【実施例】
【0033】
つぎに、本発明の実施例について説明する。ただし、本発明は、下記実施例により制限されない。市販の試薬は、特に示さない限り、それらのプロトコールに基づいて使用した。
【0034】
[実施例1]
(1)ホモ接合型変異株の取得
ホモ接合型野生株として、協会9号(財団法人日本醸造協会)の酵母を使用した。前記協会9号から特開平08−23954の方法に従い、セルレニン耐性株であるヘテロ接合型変異株を取得した(以下、「GRI−117−Cer
r」という)。具体的には、協会9号を、YPD培地(2% グルコース、2% ポリペプトンおよび1% 酵母エキス)5mLに植菌し、30℃で1日培養した後、菌体を集菌、洗浄した。この洗浄菌体に、0.2mol/L リン酸緩衝液(pH8.0)5mL、40%ブドウ糖溶液0.25mLおよびエチルメタンサルホネート0.25mLを加え、30℃で1時間、ゆっくり攪拌しながら変異処理を行った。処理後、回収した菌体を滅菌水で洗浄し、セルレニン(最終濃度2μg/mL)を含むYPD寒天培地(YPD培地に寒天2%を加えたもの)に塗沫した。この培地に生育したセルレニン耐性株のFAS2遺伝子のシークエンス解析を行い、ヘテロ接合型であることを確認した。このGRI−117−Cer
r株をヘテロ接合型変異株として使用した。
【0035】
前記GRI−117−Cer
r株を、YPD液体培地(2% グルコース、2% ポリペプトンおよび1% 酵母エキス)を用いて、30℃で3日間、振とう培養した。培養後の菌体を回収し、滅菌水で洗浄した後、滅菌水で再度懸濁した。この懸濁液を、0、2、4、6、8および10μg/mLのセルレニンを含むSD寒天培地に、1×10
6細胞/プレートになるように塗布し、30℃で静置培養した。前記SD寒天培地の組成は、0.67% Yeast nitrogen base w/o amino acids(Becton, Dickinson and Company社製)、0.079% Complete supplement mixture(MP Biomedicals社製)、2% Glucose、2% Agarとした。下記表1に、培養5日後の各プレート(セルレニン0、2、4、6、8および10μg/mL)での生育度合、各プレートから採取したコロニー数および採取したコロニーのうちホモ接合型変異株の数を示す。なお、生育度合は、「+」で示した。「+」の数が多いほど生育が顕著であることを示し、プレート全面にコロニーが形成されたものを最大の「++++」とした。
【0036】
【表1】
【0037】
前記表1に示すように、セルレニン0μg/mLおよび2μg/mLのプレートは、一面にコロニーが出現していたの対して、セルレニン4、6、8および10μg/mLのプレートに出現したコロニーは、それぞれ、数個から数十個であった。セルレニン0、2μg/mLのプレートに、1×10
3細胞/プレートになるように再度塗布し、0μg/mLのプレートから16個のコロニー、2μg/mLのプレートから18個のコロニー、4μg/mLのプレートから21個のコロニー、6μg/mLのプレートから24個のコロニー、8μg/mLのプレートから15個のコロニー、10μg/mLのプレートから8個のコロニーを採取し、各コロニーについて、FAS2遺伝子のシークエンス解析を行った。この結果、0μg/mLおよび2μg/mLのプレートから採取した計34個のコロニーは全てへテロ接合型変異株であった。これに対し、4μg/mLのプレートから採取した21個のコロニーのうち8個、6μg/mLのプレートから採取した24個のコロニーのうち13個、8μg/mLのプレートから採取した15個のコロニーのうち8個、及び、10μg/mLのプレートから採取した8個のコロニーのうち、5個のコロニーが、ホモ接合型変異株であることが確認された。得られたホモ接合型変異株を、GRI−117−CHRともいう。このように、本方法によれば、ヘテロ接合型変異株から通常10
−6〜10
−4という極めて低い頻度でしか出現しないホモ接合型変異株を、数十%の確率、すなわち、通常の1000〜10万倍という非常に高い確率で取得できることがわかった。
【0038】
(2)培養
前記ホモ接合型変異株、ヘテロ接合型変異株、ホモ接合型野生株を、それぞれ、YPD液体培地(2% グルコース、2% ポリペプトンおよび1% 酵母エキス)を用いて、30℃で50時間、振とう培養を行った。
【0039】
図1に、各培養液について、経時的にOD
660を測定した結果を示す。
図1は、各培養液の経時的なOD
660の変化を表わすグラフであり、縦軸が、OD
660であり、横軸が、培養時間を示す。同図において、ひし形のシンボルが、ホモ接合型野生株(WT)、丸形のシンボルが、ヘテロ接合型変異株(Hetero)、三角のシンボルが、ホモ接合型変異株(Homo)の結果である。同図に示すように、ホモ接合型野生株と比較すると、ヘテロ接合型変異株およびホモ接合型変異株の増殖率は、若干低下したが、ヘテロ接合型変異株およびホモ接合型変異株との間では、大きな差は見られなかった。
【0040】
(3)セルレニン耐性試験
(3−1) 前記ホモ接合型変異株、ヘテロ接合型変異株およびホモ接合型野生株を、それぞれ、前記YPD液体培地を用いて、30℃で3日間、振とう培養した。培養後の菌体を回収し、滅菌水で洗浄した後、滅菌水で2×10
4細胞/μLになるように再度懸濁した。この懸濁液を、10
4倍、10
3倍、10
2倍、10倍と段階的に希釈して、0、2、4、6、8および10μg/mLのセルレニンを含む前記SD寒天培地に5μLずつ塗布し、30℃で静置培養した。培養5日後の各プレート(0、2、4、6および8μg/mL)の写真を、
図3に示す。
図3の各セルレニン濃度のプレートは、左から、前記懸濁液を、10倍、10
2倍、10
3倍、10
4倍希釈した結果である。
【0041】
(3−2) 前記ホモ接合型変異株、ヘテロ接合型変異株およびホモ接合型野生株を、それぞれ、前記YPD液体培地を用いて、30℃で3日間、振とう培養した。培養後の菌体を回収し、滅菌水で洗浄した後、滅菌水で再度懸濁した。この懸濁液を、0、2、4、6、8および10μg/mLのセルレニンを含む前記SD寒天培地に1×10
6細胞/プレートになるように塗布し、30℃で静置培養した。培養5日後の各プレート(0、2、4、6、8および10μg/mL)での生育度合を、下記表2に示す。なお、生育度合は、「+」で示した。「+」の数が多いほど生育が顕著であることを示し、プレート全面にコロニーが形成されたものを最大の「++++」とした。
【0042】
【表2】
【0043】
これらの結果から、ヘテロ接合型変異株とホモ接合型変異株は、セルレニン耐性濃度が異なり、ホモ接合型変異株は、ヘテロ接合型変異株よりも高いセルレニン耐性能を持っていることがわかった。
【0044】
(4)形質安定性試験
前記(3)と同様にして、前記ホモ接合型変異株、ヘテロ接合型変異株およびホモ接合型野生株について、培養菌体の懸濁液を準備し、4μg/mLのセルレニンを含むSD寒天培地に、1×10
6細胞/プレートになるように塗布し、30℃で静置培養した。培養5日後の各プレートでの生育度合を、前記(3)と同様にして評価した。そして、前記各プレートで生育したコロニーを、再度、前記YPD液体培地を用いて、30℃で3日間、振とう培養し、集菌、洗浄後、4μg/mLのセルレニンを含むSD寒天培地に、1×10
6細胞/プレートになるように塗布し、30℃で静置培養するという工程を繰り返し行った。これによって、継代による形質の安定性を確認した。下記表3に、継代回数と生育度合を示す。
【0045】
【表3】
【0046】
前記表3に示すように、ホモ接合型変異株は、セルレニン耐性の表現系が安定に保持されたのに対し、ヘテロ接合型変異株は、6回の継代でセルレニン耐性の表現系を失った。このように、ホモ接合型変異株の形質は非常に安定であることが確認できた。
【0047】
(5)仕込み試験
前記ホモ接合型変異株、ヘテロ接合型変異株、ホモ接合型野生株を、それぞれ、下記組成となるように仕込み、15℃で18日間インキュベートした。そして、各仕込み液について、経時的な炭酸ガス減少量の変化を確認し、アルコメイト(理研計器社製)によって、経時的なアルコール含有率の変化を確認した。また、仕込みを18日間行った後の仕込み液を、12000×gで15分間遠心分離して、その上清をヘッドスペースガスクロマトグラフィーに供し、酢酸エチル、n−プロパノール、イソブチルアルコール、イソアミルアルコール、酢酸イソアミル、カプロン酸エチルなどの香気成分の含有量を確認した。
【0048】
仕込み液組成
α化米(精米歩合70%) 200g
乾燥麹 40g
水 365g
乳酸 50μL
【0049】
図2(A)に、各仕込み液について、経時的に炭酸ガス減少量を測定した結果を示す。
図2(A)において、縦軸が、炭酸ガス減少量(g)であり、横軸が、仕込み時間(日)を示す。
図2(B)に、各仕込み液について、経時的にエタノール含有率を測定した結果を示す。
図2(B)において、縦軸が、前記仕込み液におけるエタノールの含有率(%(v/v))であり、横軸が、仕込み時間(日)を示す。
図2(A)および(B)において、ひし形のシンボルが、ホモ接合型野生株(WT)、丸形のシンボルが、ヘテロ接合型変異株(Hetero)、三角のシンボルが、ホモ接合型変異株(Homo)の結果である。
【0050】
図2(A)および
図2(B)に示すように、炭酸ガスの減少量およびエタノールの含有率には、大きな違いは見られなかった。
【0051】
下記表4に、各香気成分の含有量を示す。下記表4に示すように、カプロン酸エチルの含有量は、ホモ接合型野生株(GRI−117)と比較して、ヘテロ接合型変異株(GRI−117−Cer
r)が5倍であるのに対し、ホモ接合型変異株(GRI−117−CHR)は、さらに6.5倍(ヘテロ接合型変異株の1.3倍)もの含有量を示した。このように、ホモ接合型変異株によれば、カプロン酸エチルの生成を一層促進できることがわかった。カプロン酸エチル/カプロン酸の比は、いずれの仕込み液も同程度であったことから、香りのバランスを崩さず、高香気な清酒を醸造できたといえる。また、ホモ接合型変異株によれば、吟醸香であるカプロン酸エチルの含有量を増加させるとともに、イソアミルアルコールの含有量を減少することができた。イソアミルアルコールは、異臭物質であるイソバレルアルデヒドの前駆体であることが知られており、吟醸酒の中でも官能評価点の高い物は、イソアミルアルコールの含有量が少ない傾向にあることが、福岡県工業技術センター研究報告No.19(2009)に記載されている。
【0052】
【表4】
【0053】
[実施例2]
(1)ホモ接合型変異株の取得
ヘテロ接合型変異株として、協会1801号(K−1801)株(日本醸造協会)を使用した。
【0054】
前記実施例1と同様にして、前記YPD液体培地により前記ヘテロ接合型変異株を培養し、さらに、回収した菌体を、0、2、4、6、8および10μg/mLのセルレニンを含む前記SD寒天培地に1×10
6細胞/プレートになるように塗布し、30度で静置培養した。その結果、培養5日後において、セルレニン0μg/mLおよび2μg/mLのプレートは、一面にコロニーが出現していた。これに対して、セルレニン4、6、8および10μg/mLのプレートに出現したコロニーは、それぞれ、数個から数十個であった。そして、前記実施例1と同様に、セルレニン4、6、8および10μg/mLのプレートからホモ接合型変異株が取得できた。具体的には、6μg/mLのプレートからは、81のコロニーを採取した結果、18個のコロニーが、ホモ接合型変異株であることが確認された。得られたホモ接合型変異株を、K−1801−CHRとして、以下の実施例に用いた。
【0055】
(2)仕込み試験
前記ヘテロ接合型変異株(K−1801)、実施例2の前記(1)で取得した5種類のホモ接合型変異株(K−1801−CHR−1、K−1801−CHR−2、K−1801−CHR−3、K−1801−CHR−4、K−1801−CHR−5)を使用した以外は、前記実施例1と同様にして、16日間の仕込みを行い、日本酒度、ならびに、エタノール、グルコースおよびカプロン酸エチル等の各種香気成分の含有量を確認した。グルコースの測定は、ADAMS(登録商標)Glucose(商品名、アークレイ社製)を使用した。日本酒度の測定は、国税庁所定分析法注解(日本醸造協会)に基づいて分析を行った。また、香気成分は、それぞれ、ヘッドスペースガスクロマトグラフィーにより分析した。これらの結果を、下記表5に示す。
【0056】
【表5】
【0057】
前記表5に示すように、エタノール含有率に、大きな違いは見られなかった。これに対して、カプロン酸エチルの含有量については、ホモ接合型変異株が、ヘテロ接合型変異株に対して、1.65〜2.6倍を示した。このように、ホモ接合型変異株によれば、カプロン酸エチルの生成を一層促進できることがわかった。また、ホモ接合型変異株は、吟醸香であるカプロン酸エチルの含有量を増加させるとともに、イソアミルアルコールの含有量を減少することができた。
【0058】
(3)官能試験
前記(2)で得られた、16日間の仕込みを行った仕込み液について、専門パネラー5名によるブラインドでの官能試験を行い、吟醸酒としての評価を行った。この結果を、下記表6に示す。評価点は、1から5の5段階評価とし、1が最も吟醸酒として好評であることを示す。下記表6に示すように、ホモ接合型変異株を使用することで、官能評価に優れた清酒を醸造することができた。
【0059】
【表6】