特許第5713006号(P5713006)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人 岡山大学の特許一覧

特許5713006チオスルホナート化合物、タンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤並びに可溶化方法
<>
  • 特許5713006-チオスルホナート化合物、タンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤並びに可溶化方法 図000009
  • 特許5713006-チオスルホナート化合物、タンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤並びに可溶化方法 図000010
  • 特許5713006-チオスルホナート化合物、タンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤並びに可溶化方法 図000011
  • 特許5713006-チオスルホナート化合物、タンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤並びに可溶化方法 図000012
  • 特許5713006-チオスルホナート化合物、タンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤並びに可溶化方法 図000013
  • 特許5713006-チオスルホナート化合物、タンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤並びに可溶化方法 図000014
  • 特許5713006-チオスルホナート化合物、タンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤並びに可溶化方法 図000015
  • 特許5713006-チオスルホナート化合物、タンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤並びに可溶化方法 図000016
  • 特許5713006-チオスルホナート化合物、タンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤並びに可溶化方法 図000017
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5713006
(24)【登録日】2015年3月20日
(45)【発行日】2015年5月7日
(54)【発明の名称】チオスルホナート化合物、タンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤並びに可溶化方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 381/04 20060101AFI20150416BHJP
   C07K 1/02 20060101ALI20150416BHJP
   C07K 1/06 20060101ALI20150416BHJP
【FI】
   C07C381/04CSP
   C07K1/02
   C07K1/06
【請求項の数】9
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2012-507073(P2012-507073)
(86)(22)【出願日】2011年3月24日
(86)【国際出願番号】JP2011057238
(87)【国際公開番号】WO2011118731
(87)【国際公開日】20110929
【審査請求日】2014年2月26日
(31)【優先権主張番号】特願2010-70804(P2010-70804)
(32)【優先日】2010年3月25日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】特許業務法人 安富国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】二見 淳一郎
(72)【発明者】
【氏名】山田 秀徳
(72)【発明者】
【氏名】久良木 豪
(72)【発明者】
【氏名】矢木 恵一郎
【審査官】 前田 憲彦
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2008/001888(WO,A1)
【文献】 特開2007−314526(JP,A)
【文献】 特開平11−056386(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 381/00
C07K 1/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1分子内に、第4級アンモニウム基に由来するカチオンを3個以上有し、下記一般式(1):
【化1】
(式中、Rは、同一又は異なって、炭素原子数2〜20のアルキレン基を表す。Rは、低級アルキル基を表す。nは、3〜10の整数である。)で表されることを特徴とするチオスルホナート化合物。
【請求項2】
前記一般式(1)中のRが、炭素原子数2〜6の直鎖状アルキレン基であることを特徴とする請求項に記載のチオスルホナート化合物。
【請求項3】
前記Rが、プロピレン基であることを特徴とする請求項に記載のチオスルホナート化合物。
【請求項4】
前記一般式(1)中のnが3であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のチオスルホナート化合物。
【請求項5】
前記一般式(1)中のRがメチル基であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のチオスルホナート化合物。
【請求項6】
タンパク質及び/又はペプチドを可逆的にカチオン化するための可逆的カチオン化剤であって、該可逆的カチオン化剤は、請求項1〜5のいずれかに記載のチオスルホナート化合物を含むことを特徴とするタンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤。
【請求項7】
請求項に記載の可逆的カチオン化剤を用いることを特徴とするタンパク質及び/又はペプチドの可溶化方法。
【請求項8】
前記タンパク質及び/又はペプチドは、変性状態のタンパク質及び/又はペプチドであることを特徴とする請求項に記載のタンパク質及び/又はペプチドの可溶化方法。
【請求項9】
培養細胞及び/又は生体組織から抽出した変性状態の総タンパク質の混合物を生理的な塩溶液中に可溶化する方法であって、
該可溶化方法は、請求項に記載の可逆的カチオン化剤を用いることを特徴とする可溶化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チオスルホナート化合物、タンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤並びに可溶化方法に関する。より詳しくは、新規なチオスルホナート化合物、これを用いたタンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤並びに可溶化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質やペプチドは、非生理的な条件下ではしばしば立体構造が崩壊(変性)し、水に不溶性の沈殿を生じることがある。例えばタンパク質の不溶化の分子機構は、Native構造のタンパク質では分子の内部に埋もれていた疎水性のアミノ酸残基が、変性に伴って露出することで、分子間の疎水的相互作用が強まることで凝集するものと考えられる(図1左参照)。変性状態のタンパク質等、水溶性の低いタンパク質に高い溶解性を付与するための1つの手段として、化学修飾法を用いて親水性の高い官能基を導入する手法が開発されている。この親水性の高い官能基としては、電荷を保有するものがよく、特に正電荷(カチオン)を保有する官能基が有利である(図1右、非特許文献1参照)。
【0003】
図1右の(a)は、不可逆なカチオン化試薬を使用した例であるが、この場合、可溶化後に再構成(リフォールディング)することができない。これに対し、図1右の点線内((b)、(c))のように、タンパク質中のCys(システイン)残基に対し、可逆的なジスルフィド結合(SS結合)を介して正電荷を付与する‘可逆的(変性)カチオン化’手法を用いれば、必要に応じて還元剤でカチオン化に用いた試薬を解離させることも可能である(非特許文献2参照)。
【0004】
タンパク質を可逆的にカチオン化するための試薬としては、例えば、TAPS−sulfonate(トリメチルアンモニオプロピルメタンチオスルホナート・ブロミド)が開発され、上市されている(非特許文献3、4参照)。この試薬は、変性状態のタンパク質にSS結合を介して1価の第4級アンモニウムイオンを付加することができる。また、ポリエチレンイミン(PEI)等のカチオン性の基を有する重合体(カチオン性ポリマー)の誘導体が開示されている(例えば、特許文献1〜3参照。)。PEI誘導体として、例えば、特許文献1〜2に、PEI−SPDP(ポリエチレンイミンと、N−スクシニミジル−3−(2−ピリジルチオ)プロピオネートとの混合反応試薬)等が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−120017号公報
【特許文献2】特開2004−049214号公報
【特許文献3】特開2008−115150号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Journal of Biochemistry、英国、Oxford Univ.Press、1994年、第116号、p.852
【非特許文献2】Biotechnology and Applied Biochemistry、米国、Academic Press Inc.、1998年、第28号、p.207
【非特許文献3】山田秀徳、「新規カチオン性SH保護試薬TAPS−sulfonateの蛋白質工学への応用−大腸菌に生産させたSS結合を持つ外来性タンパク質の精製と巻き戻し−」、和光純薬時報、和光純薬工業株式会社、2000年、第68巻、第1号、p.28−30
【非特許文献4】“封入体からのタンパク質可溶化と巻き戻し補助剤「TAPS−sulfonate」”、[online]、片山化学工業株式会社、[平成22年2月17日検索]、インターネット<URL:http://katayamakagaku.co.jp/products/lifescience/>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、タンパク質を可逆的にカチオン化するための試薬が種々開発されている。
しかし、TAPS−sulfonate(図3参照)は1価のカチオン化試薬であり、1ヶ所のCys残基に1つのカチオンしか導入できないため、図2に示すSolubility Index(SI)の点から、より多くのタンパク質の溶解性を充分なものとし得ない場合もあった。
また、特許文献1〜2等に記載のPEI誘導体は、多数のカチオンを導入できることから、疎水性の高い(難溶性)タンパク質のカチオン化に有用と考えられている。しかし、PEI−SPDP等の試薬は、多価の正電荷を導入するのに非常に有用であるが、高分子化合物の誘導体であるために、分子量・構造(分岐度)が均一でなく、カチオン化後のタンパク質の電荷分布がヘテロになる、立体障害により完全にカチオン化することができず微量のSH基が残存する、等の問題があった。また、定量的なカチオン化が困難であることに加えて、凍結乾燥した際に凝縮傾向があるという問題もあった。
【0008】
また従来法で得られる可逆的変性カチオン化タンパク質(すなわち、可逆的にカチオン化された変性タンパク質)は、純水にはよく溶解するが、細胞培養に用いることが可能な生理的な塩溶液や培地中での溶解度が低い、といった課題もあり、その解決が望まれている。更に、細菌宿主で発現させた組換えタンパク質や、生体細胞(癌細胞等)や組織から変性状態で抽出した総タンパク質等の効率の良い可溶化法が求められているが、そのような方法は未だ確立されていない。特に癌の免疫治療においては、癌抗原タンパク質を効率的に可溶化することが望ましいが、従来の凍結融解法ではその全てを可溶化することは容易ではない。
【0009】
本発明は、上記現状に鑑みてなされたものであり、より広範囲のタンパク質やペプチドを、品質安定性高く、かつ正確に可逆的カチオン化することができ、高度な精製及び回収に有用な新規チオスルホナート化合物、タンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤、並びに、それを用いるタンパク質及び/又はペプチドの可溶化方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、タンパク質を可逆的にカチオン化しうる試薬について種々検討したところ、1分子内に第4級アンモニウム基に由来するカチオンを3個以上有するチオスルホナート化合物が、これまでにない新規な化合物であって、上記課題をみごとに解決することができることを見いだした。このような化合物は、タンパク質が有する1ヶ所のCys残基に、第4級アンモニウム基に由来する3個以上のカチオンを導入することができることに起因して、主に、次の4つの作用効果を発現することができる。
(1)疎水性のタンパク質の可溶化が容易になり、より広範な変性状態のタンパク質にも高い溶解性を付与することができる。
(2)本発明の新規化合物は、構造上、一分子あたりのカチオンの数が明確であり、かつ構造上立体障害等を受けにくく、全Cys残基と反応することが可能であるため、電荷が明確で定量的な処理が可能で、タンパク質やペプチドのシステイン残基に正確にカチオンを導入してカチオン化でき、可溶化することが可能である。
(3)従来法により可逆的にカチオン化された変性タンパク質は、純水中では比較的高い溶解性を示すが、溶媒のイオン強度が上がると充分な溶解性を示さなかった。しかし、本発明の新規化合物を用いて得られるカチオン化変性タンパク質は、生理食塩水等の生理的な塩溶液中でも高い溶解性を示し、かつ、凍結乾燥等の濃縮工程にも耐え得る。
(4)本発明の新規化合物を用いることにより(好ましくは、更に逆相HPLC等の高度可溶化プロトコルと組み合わせて)、核酸を含まない細胞内総タンパク質(好ましくは変性状態の細胞内総タンパク質)を可逆的に可溶化することが可能である。また、上記(3)に記載のとおり、カチオン化タンパク質は生理食塩水中でも高い溶解性を示すため、生理的な条件下でのタンパク質の高純度な精製、回収等が可能である。また、凍結乾燥後の可逆的な水和等の操作にも耐え得る。
【0011】
本発明者等はまた、これらの作用効果が、タンパク質のみならずペプチドに適用した場合にも発揮されることを見いだし、本発明の新規化合物がタンパク質及び/又はペプチドを可逆的にカチオン化させる試薬、すなわちタンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤として有用であることを見いだした。中でも特に、疎水性の高い変性状態のタンパク質及び/又はペプチド、具体的には大腸菌等により生産された組み換えタンパク質や動物細胞の全タンパク質・ペプチド等の可逆的カチオン化剤として有用である。また、この可逆的カチオン化剤は、タンパク質及び/又はペプチドの可溶化剤として有用であり、該可溶化剤を用いてタンパク質及び/又はペプチドを可溶化する方法は、タンパク質及び/又はペプチドを扱う分野で極めて有用な技術である。このような本発明の技術は、細胞内のタンパク質の解析や、樹状細胞を用いる癌免疫療法への応用等、基礎研究及び臨床の両分野で有用であり、化学の研究、医療その他の応用範囲は広いと考えられる。例えば、脊髄等の組織への投与、癌細胞又は癌組織と樹状細胞を用いる癌の免疫療法等において、より効率よく目的の樹状細胞ワクチンを調製し、治療効果の向上に寄与し得る等、多大な可能性・発展性を持つ技術といえる。
【0012】
すなわち本発明は、1分子内に、第4級アンモニウム基に由来するカチオンを3個以上有するチオスルホナート化合物である。
本発明はまた、タンパク質及び/又はペプチドを可逆的にカチオン化するための可逆的カチオン化剤であって、該可逆的カチオン化剤は、上記チオスルホナート化合物を含むタンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤でもある。
本発明は更に、タンパク質及び/又はペプチドを可溶化する方法であって、該可溶化方法は、上記タンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤を用いるタンパク質及び/又はペプチドの可溶化方法でもある。
本発明はそして、培養細胞及び/又は生体組織から抽出した変性状態の総タンパク質の混合物を生理的な塩溶液中に可溶化する方法であって、該可溶化方法は、上記タンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤を用いる可溶化方法でもある。
以下に本発明を詳述する。
【0013】
<チオスルホナート化合物>
本発明のチオスルホナート化合物は、1分子内に、第4級アンモニウム基に由来するカチオンを3個以上有し、かつ、チオスルホナート基を有する化合物である。また、対アニオンとして、ハロゲンイオン等を有する形態が好適である。なお、本発明の化合物の構造は、NMRや元素分析等により確認することができる。
上記チオスルホナート化合物は、好ましくは、下記一般式(1):
【0014】
【化1】
(式中、Rは、同一又は異なって、炭素原子数2〜20のアルキレン基を表す。Rは、低級アルキル基を表す。nは、3以上の整数である。)で表される。
【0015】
上記一般式(1)中のnは、第4級アンモニウム基に由来するカチオンの数を表す。このカチオンの数が多すぎると、立体障害等によってタンパク質及び/又はペプチドを定量的にカチオン化することが難しくなると考えられる。従って、本発明のチオスルホナート化合物をタンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤や可溶化剤等として用いる場合には、タンパク質及び/又はペプチドとの反応の定量性と、可溶化可能なタンパク質及び/又はペプチドの適用範囲との関係から、nは3〜10が好ましい。より好ましくは、nは3〜8であり、更に好ましくは3〜5、特に好ましくは3である。
【0016】
また上記一般式(1)中のRは、同一又は異なって、炭素原子数2〜20のアルキレン基を表す。このようなアルキレン基は直鎖アルキレン基であってもよいし、分岐鎖又は環状鎖を有するアルキレン基のいずれであってもよい。本発明のチオスルホナート化合物をタンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤や可溶化剤等として用いる場合には、直鎖アルキレン基か、又は、分岐鎖を有する低級アルキレン基であることが好適である。これは、立体障害が大きくなることによって上記チオスルホナート化合物とタンパク質及び/又はペプチドとの反応性が不充分になり、使い勝手が影響を受ける可能性(例えば、凍結乾燥等の過程が使えない等)を考慮したものである。
【0017】
上記Rで表されるアルキレン基は、炭素原子数が大きくなればなるほど上記チオスルホナート化合物の疎水性が向上するため、タンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤や可溶化剤等として用いる場合の目的、すなわちカチオン化で親水性を向上させるという目的と相反することから、10以下であることが好適である。また、安定性をも考慮して、上記Rで表されるアルキレン基の炭素数は2〜10、好ましくは2〜6、より好ましくは2〜4から選択される。Rとしては直鎖状アルキレンが好ましく、プロピレン基が特に好ましい。Rが互いに異なる場合、上記一般式(1)で表される化合物の構造中におけるそれらの結合順序は任意である。
上記Rで表される低級アルキル基としては、メチル基が好ましい。
【0018】
上記チオスルホナート化合物の分子量としては、例えば、300〜3000であることが好適である。中でも、タンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤や可溶化剤として使用する場合は、立体障害等を考慮して、300〜2000であることがより好ましい。更に好ましくは300〜1000である。
ここでいう分子量は、構成する元素の原子量の総和として計算された値である。
【0019】
上記チオスルホナート化合物の製造方法(合成方法)としては、例えば、1分子内に第4級アンモニウム基に由来するカチオンを1個以上有するアンモニオアルキルハライド(例えば、(3−ブロモプロピル)トリメチルアンモニウム ブロマイド等)に、トリメチルジアミンやトリエチルジアミン等のトリアルキルジアミンを反応させた後、ジブロモプロパン等のジハロアルカンを反応させ、次いで、メタンチオスルホン酸ナトリウム塩等のチオスルホネート塩を反応させることにより得ることができる。なお、目的とするチオスルホナート化合物中の第4級アンモニウム基由来カチオンの数に応じて、アンモニオアルキルハライドのカチオンの数を変えて反応させてもよい。
【0020】
<タンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤>
本発明のタンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤は、上述した本発明のチオスルホナート化合物を含む。すなわち、本発明のチオスルホナート化合物をタンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤に用いることになる。このような可逆的カチオン化剤は、従来の試薬に比べ、疎水性の高い変性タンパク質やペプチドの可逆的カチオン化に非常に有効である。また、構造上、一分子あたりのカチオンの数が明確であり、かつ立体障害等を受けにくいことから、全Cys残基と反応することが可能である。このように、本発明の可逆的カチオン化剤は電荷が明確で定量的な処理が可能であることから、タンパク質やペプチドのシステイン残基に正確にカチオンを導入してカチオン化し、可溶化することが可能となる。更に、おそらくこれらの利点に関連して、水以外の生理食塩水のような変性状態のタンパク質や疎水性の高いペプチド等の可溶化が困難な条件下でも可溶化させることができるうえ、細胞や組織の、核酸不含の変性状態の全タンパク質やペプチドを、生理食塩水中で可溶化、精製、回収することができる。つまり、必要に応じて、試験管内又は細胞内でリフォールディングし、目的のタンパク質又はペプチドを単離、精製することができる。そのため、生化学の研究、医療、その他、応用範囲は広いと考えられる。例えば、脊髄等の組織への投与、癌細胞又は癌組織と樹状細胞を用いる癌の免疫療法等において、より効率よく目的の樹状細胞を調製し、治療効果の向上に寄与することができると考えられる。特に癌の免疫治療においては、癌抗原タンパク質を効率的に可溶化することが望ましいが、従来の凍結融解法ではその全てを可溶化することは容易ではない。例えば、マウスメラノーマ細胞を凍結融解法で処理した場合、をモデルとして実施した例では、癌抗原タンパク質であるgp100の約50%が凍結融解後に不溶性となることが確認されている(図9参照)。この課題に対し、本発明により開発した可溶化技術を活用すれば、細胞内の総タンパク質の可溶化が可能で、実際にがん抗原となり得るEGF受容体、TRP2及びgp100の各タンパク質を、定量的に、生理食塩水中に可溶化できることが確認されている(図8参照)。
なお、本発明のタンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤は、本発明のチオスルホナート化合物を含む限り、更に該チオスルホナート化合物以外の他の成分を1種又は2種以上含んでもよく、含まなくてもよい。
【0021】
ここで、本発明においてタンパク質及び/又はペプチドを可逆的にカチオン化するとは、可逆的な結合を介して正電荷を導入することを意味し、例えば、タンパク質及び/又はペプチドが有するメルカプト基をジスルフィド化して正電荷を導入する形態が挙げられる。
【0022】
また本発明において、タンパク質及び/又はペプチドとは、2個以上のアミノ酸がペプチド結合により結合して生じる化合物を意味し、例えば、糖鎖、脂質、リン酸基等が結合した複合タンパク質及び/又はペプチドであってもよい。このようなタンパク質及び/又はペプチドとしては、例えば、ペプチド、酵素、抗体、その他機能性(薬理作用等の生理活性)を有し、医薬・薬物として有用なタンパク質及び/又はペプチド等を用いることができ、その分子量としては、100〜1000000であることが好ましい。
【0023】
上記可逆的カチオン化剤は任意の態様のタンパク質及び/又はペプチドの可溶化に用いることができるが、変性状態のタンパク質及び/又はペプチドの可溶化に用いることが好適である。すなわち、上記可逆的カチオン化剤が可逆的にカチオン化しようとするタンパク質及び/又はペプチドが、変性状態のタンパク質及び/又はペプチド(変性タンパク質及び/又は変性ペプチド)であることが好ましい。これによって、上述した効果の発現をより確認することができる。
【0024】
上記変性状態としては、タンパク質及び/又はペプチド分子がほぼ生理的条件下で示す、天然状態(ネイティブ状態)に相当する固有の立体構造が、共有結合の切断を伴わずに失われた状態が挙げられる。このような状態のタンパク質及び/又はペプチドとしては、例えば、ネイティブ状態のものの取得が困難なタンパク質及び/又はペプチド;細胞内に導入するためにタンパク質及び/又はペプチドをカチオン化する過程で変性・沈殿を生じてしまうタンパク質及び/又はペプチド;大腸菌等によりインクルージョンボディとして発現されたタンパク質及び/又はペプチド等が挙げられる。中でも、メルカプト基を有するものであることが好ましく、システイン残基を有するものが好適である。
【0025】
<タンパク質及び/又はペプチドの可溶化方法>
本発明のタンパク質及び/又はペプチドの可溶化方法では、上記タンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤を用いることになる。上記可溶化方法は特に、変性状態のタンパク質及び/又はペプチドを可溶化する方法であることが好適である。すなわち、上記可溶化方法が可溶化しようとするタンパク質及び/又はペプチドが、変性状態のタンパク質及び/又はペプチド(変性タンパク質及び/又は変性ペプチド)であることが好ましい。これによって、上述した効果の発現をより確認することができる。なお、変性剤として、例えば、尿素、塩酸グアニジンを用いることができる。
【0026】
上記可溶化方法では、可溶化しようとするタンパク質及び/又はペプチド(目的とするタンパク質及び/又はペプチド)と、上記可逆的カチオン化剤とを反応させることが好適である。この可逆的カチオン化反応における可逆的カチオン化剤の使用量としては、目的とするタンパク質及び/又はペプチドが有するメルカプト基のモル濃度に対して、可逆的カチオン化剤が1〜100倍のモル濃度となるように設定することが好ましい。より好ましくは、1.1〜2倍である。
【0027】
上記可溶化方法において、可逆的カチオン化反応を変性剤及び還元剤の存在下で行うこと、又は、該可逆的カチオン化反応の後に還元剤を反応させることも好ましい。還元剤としては、例えば、DTT(ジチオトレイトール)、β−メルカプトエタノールを用いることが好適である。ただし、還元剤存在下で上記可逆的カチオン化反応を行う場合は、反応液中に含まれる還元剤とタンパク質及び/又はペプチドが有するメルカプト基の総モル濃度を考慮して、可逆的カチオン化剤を1.1〜2倍量添加して反応させることが好ましい。また、可逆的カチオン化反応を行う際の温度としては、5〜40℃とすることが好適である。より好ましくは25℃である。
【0028】
上記可溶化方法ではまた、上記可逆的カチオン化反応後に、透析やカラムクロマトグラフィー等の常法により可逆的にカチオン化したタンパク質及び/又はペプチドを精製することができる。精製は、酸性条件下で行うことが好ましい。酸性条件下で透析を行うことにより、ジスルフィド結合は充分に安定化され、得られる可逆的カチオン化タンパク質及び/又はペプチドの溶解性・収率が向上するため、例えば可逆的カチオン化タンパク質及び/又はペプチドを細胞内に導入する場合に、細胞内での活性化が容易に行える。また大腸菌により発現させたタンパク質及び/又はペプチドを用いる場合は、大腸菌由来の夾雑物(核酸、糖、脂質)が酸性条件下で不溶化しやすく、その後の精製を更に容易に行うことが可能となる。より好ましくはpH6以下の条件下で精製することである。
【0029】
また、生体組織や培養細胞に由来する総タンパク質を材料として可溶化する場合は、Trizol試薬(Invitrogen社製、フェノール/グアニジンイソチオシアナート)等を活用して、予め核酸を除去した総タンパク質を材料とすることが望ましく、その可溶化手順は上記可逆的変性カチオン化法に準ずる。これらの可逆的変性カチオン化タンパク質の溶媒は純水が好ましいが、生理的な塩溶液に置換する必要がある場合は、透析手順や精製方法を工夫することで高い溶解性を維持することができる。例えば、純水中に溶解した可逆的変性カチオン化タンパク質の溶媒に生理的な濃度の塩を添加して沈殿を生じた場合は、これを再び尿素、グアニジン塩酸塩等の変性剤に溶解し、置換したい生理的な塩溶液対して透析することにより、目的の塩溶液に対する溶解度を向上させることができる。また、逆相HPLC等を用いて高純度に精製することにより、溶解性を向上させることもできる。
【0030】
このように、本発明のカチオン化剤を用いれば、複数のタンパク質の可溶化、精製等に用いられるプロトコル(例えば、透析、HPLC等)を組み合わせてなる多段階プロトコルを適用することにより、種々の塩溶液中でタンパク質等を可溶化することが可能になる。そのようなプロトコルや条件は当業者に既知である。また、プロトコルの数や組み合わせは特に限定されない。
【0031】
本発明の可溶化方法においては、可溶化の途中で又は可溶化終了後に、生成物を凍結乾燥等により濃縮してもよい。凍結乾燥した場合、得られた生成物はそのまま、再構成可能な状態で安定的に保存することが可能である。凍結乾燥品は、必要に応じて適当な溶媒で再構成して使用するか、さらに精製することができる。本発明の可溶化剤を使用すると、凍結乾燥による品質の低下がほとんど無いことが確認されている(データ示さず)。
【0032】
上記可溶化方法では更に、必要に応じて、可逆的にカチオン化されたタンパク質及び/又はペプチドから上記可逆的カチオン化剤を解離してもよい。可逆的カチオン化剤の解離は、触媒の存在下、SH/SS交換反応を利用して行うこともできるし、また、細胞質内の還元的な環境等では自発的に解離することもある。
【0033】
例えば、タンパク質及び/又はペプチドとして卵白リゾチームを用いる場合は、酸化型グルタチオン:還元型グルタチオン=1:4(モル量比)で混合した溶媒中で、SH/SS交換反応を行うことが好ましいが、このSH/SS交換反応の過程で可逆的カチオン化剤は解離することになる。活性構造の卵白リゾチームは1分子内に4組のSS結合が存在し、正しい組み合わせに巻き戻す必要があるが、活性構造の卵白リゾチームは自由エネルギーが最も低い(=安定な)構造になるため、最終的に可逆的カチオン化剤が解離して正しい4組のSS結合を形成した分子が生理活性を発現することになる。なお、後述する実験例1での「巻き戻し率」は、リゾチームが示す溶菌活性(酵素活性)で評価している。
【0034】
上記のように、本発明は、培養細胞及び/又は生体組織から抽出した変性状態の総タンパク質の混合物を生理的な塩溶液中に可溶化する方法を提供する。このような可溶化方法においては、上記一般式(1)で表される基を有するチオスルホナート化合物を含むタンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤を用いることが好ましい。
すなわち、培養細胞及び/又は生体組織から抽出した変性状態の総タンパク質の混合物を生理的な塩溶液中に可溶化する方法であって、該可溶化方法は、上記タンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤を用いる可溶化方法もまた、本発明の1つである。
上記チオスルホナート化合物は、一般式(1)中のRがメチル基であるチオスルホナート化合物であることが好ましい。また、上記可溶化方法は、必要に応じて1又は2以上の上記精製プロトコルを組み合わせて用いることが好適である。
【発明の効果】
【0035】
本発明の新規チオスルホナート化合物は、上述のような構成であるので、より広範囲のタンパク質やペプチドを、品質安定性高く、かつ正確に可逆的カチオン化することができ、高度な精製及び回収に有用なものであり、タンパク質及び/又はペプチドの可逆的カチオン化剤として極めて優れた化合物である。このような可逆的カチオン化剤を用いたタンパク質及び/又はペプチドを可溶化する方法は、細胞内のタンパク質の解析や、細胞内にタンパク質を導入することを特徴とする研究用試薬や医薬品、本法でタンパク質を導入して人工的な機能が付与された細胞の利用、抗原タンパク質を樹状細胞や生体内に導入する癌免疫療法への応用等、基礎研究及び臨床の両分野で有用であり、化学の研究、医療その他の応用範囲は広いと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
図1】従来の技術の一例を示した概念図であり、変性剤中で溶解したタンパク質(図1左上)は、変性剤非存在下では水中で会合し不溶化する(図1左下)一方で、カチオン化により変性タンパク質の疎水性を上回る親水性を付与すれば、水中で高い溶解性が付与される(図1右)ことを示している。
図2】カチオン化変性タンパク質の溶解性を予測するSolubility Indexを説明する図である。
図3】従来の可逆的カチオン化試薬の一例であるTAPS−Sulfonateの化学構造式を示す図である。
図4】従来の可逆的カチオン化試薬であるTAPS−Sulfonate(T1)、及び、本発明の新規スルホネート化合物であるTAP3S−Sulfonate(T3)それぞれで可逆的変性カチオン化したニワトリ卵白リゾチーム(HEL)の解析結果を示す図である。
図5】細胞より抽出した総タンパク質が変性状態のまま高い水溶性を保持させることが可能な処理条件の例を示す図である。
図6】変性状態の細胞内総タンパク質を生理食塩水中で高度に可溶化する2段階透析プロトコルの例を示す図である。
図7図6記載の2段階透析プロトコルによる変性状態の細胞内総タンパク質の溶解度を示す図である。
図8図6に示した手順で、TAP3S−Sulfonateを用いてヒト上皮様細胞がん由来細胞株A431とマウスメラノーマB16−F10細胞が含有する総タンパク質をカチオン化して調製した生理食塩水中のライセート中に含まれるタンパク質を、抗β−tubulin抗体、抗EGF受容体抗体、抗TRP2抗体及び抗gp100抗体を用いたウエスタンブロッティング(W.B.)で定量した結果を示す図である。
図9】マウスメラノーマB16−F10細胞をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)中で凍結融解により破砕し、分画して得られた可溶性画分及び不溶性画分が含有するgp100タンパク質の量を、抗gp100抗体を用いたウエスタンブロッティング(W.B.)により定量した結果を示す図である。図中の(1)〜(4)は、W.B.のレーン1〜4に対応する。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明は実施例のみに限定されるものではない。なお、特に断りのない限り、「%」は「モル%」を意味するものとする。
【0038】
実施例1:新規カチオン化試薬(TAP3S−Sulfonate)の合成
本発明の新規化合物であるTAP3S−Sulfonateの合成は、下記式(i)〜(iii)示すスキームに従って行った。以下に具体的に説明する。
【0039】
【化2】
【0040】
上記式(i)の反応は以下のとおりである。
TAP−Br((3−bromopropyl)trimethylammonium bromide,J.Biochem.,116,852−857(1994))を35.1g(134mmol)量りとり、500mlのエタノールに溶解し、N,N,N’,N’−tetramethyl−1,3−diaminopropaneを87.5g(672mmol)加え、85℃で20時間還流しながら反応し(CHCHCHCH(CHCHCHCHN(CH・2Brを得た。収量113mmol(収率86%)。
【0041】
上記式(ii)の反応は以下のとおりである。
(CHCHCHCH(CHCHCHCHN(CH・2Brを40.89g(104.5mmol)量り500mlのエタノールに溶かし、100ml(979mmol)の1,3−dibromopropaneを加え85℃で還流させながら2日反応させTAP3−Brを得た。収量68.8mmol(収率66%)。
【0042】
上記式(iii)の反応は以下のとおりである。
TAP3−Brを31.37g(52.9mmol)量りとり、500mlのエタノールに溶かし、CHSOSNaを7.096g(52.9mmol)加え85℃で還流させながら2日反応させTAP3S−Sulfonateを得た。生成物はNMRにより確認した。
H−NMR(300MHz,D2O):δ 3.57−3.33(m,10H),3.50(s,3H),3.30(t,J=6.8Hz,2H),3.15(s,6H),3.14(ds,15H),2.40−2.18(m,6H)
収量30mmol(収率56%)
【0043】
実験例1:TAP3S−Sulfonateのタンパク質との反応性及び物性評価
ニワトリ卵白リゾチーム(HEL、分子量14.3kDa、8Cys残基/mol)をモデルタンパク質とし、TAPS−sulfonate(非特許文献3〜4等に記載の従来のカチオン化試薬)と、実施例1で調製したTAP3S−Sulfonate(新規カチオン化剤)との性能比較を行った。
10mgのHELを1mlの6Mグアニジン塩酸塩、0.1M Tris−HCl、1mM EDTA pH8.5に溶解し、脱気、窒素置換を行った。次に、5mg(0.03 mmol)のDithiothreitol(DTT)を添加し、37℃で90分間の還元反応後、TAPS−sulfonate又はTAP3S−Sulfonateを、DTTの3倍モル量になるようにそれぞれ添加し、37℃で30分間反応した。得られた反応液は純水に対して充分に透析を行い、可溶性画分に得られた可逆的変性カチオン化HELを用いて物性評価を行った。各サンプルをSDS−PAGEにより解析を行った結果、TAPS−sulfonate及びTAP3S−Sulfonateともに、SS結合を介して定量的にタンパク質と結合していることが確認された(図4A参照)。
【0044】
また、逆相HPLC(C18カラム)を用いてアセトニトリルの直線濃度勾配で溶出を行ったところ、TAP3S−Sulfonateでカチオン化した場合は、溶出時間が短縮されており、親水性が向上していることが確認された(図4B参照)。更に、両者の可逆的変性カチオン化HELをグルタチオンを用いた酸化還元系で巻き戻しを行うと、両者とも90%程度の再活性化率(※1)が得られたことから、本試薬ではSS結合を介した化学修飾以外の副反応は進行していないことが示唆された(図4C参照)。
※1:活性構造の卵白リゾチームは1分子内に4組のSS結合が存在し、正しい組み合わせに巻き戻す必要があるが、活性構造の卵白リゾチームは自由エネルギーが最も低い(=安定な)構造になるため、最終的にカチオン化剤が解離して正しい4組のSS結合を形成した分子が生理活性を発現する。なお、本実験での「巻き戻し率」は、リゾチームが示す溶菌活性(酵素活性)で評価した。
【0045】
実験例2:難溶性タンパク質の可溶化技術への実証実験
図2に記載のSolubility Indexからも予想されるとおり、疎水性残基が多数含まれるタンパク質は、変性状態での溶解性が極めて低い。このようなモデルタンパク質の1つとして、ヒトβActin(表1参照)モデルとして可逆的変性カチオン化による可溶化の検証実験を進めた。表1に、ヒトβActinタンパク質のアミノ酸組成を示す。
【0046】
【表1】
【0047】
ここで、pH5におけるヒトβActinのSolubility Index(SI)を計算すると、以下のとおりとなり、負又は正の大きな値を示せば溶解しやすくなる性質から、TAP3S−Sulfonateでカチオン化した場合が最も優位な溶解性となることが予測される。
未修飾:SI=(48−49)/72=−0.014
T1(TAPS化):SI(TAPS化)=(48−49+6)/72=+0.07
T3(TAP3化):SI(TAP3化)=(48−49+18)/72=+0.236
【0048】
実証実験は以下のとおり行った。
大腸菌で発現させたヒトβActinは超音波破砕による溶菌の後、遠心分離を行うと、不溶性画分(インクルージョンボディ)として回収され、SDS−PAGEによる解析では、この時点で90%以上の純度であることが確認された。このヒトβActinを6M塩酸グアニジン中で溶解し、終濃度30mMになるようにDTTを添加して37℃で2時間処理することでタンパク質を完全に還元した。次にTAPS−sulfonate及びTAP3S−Sulfonateを、それぞれ終濃度が90mMになるように添加し、37℃で30分反応した後、純水に対して充分に透析を行い、可逆的変性カチオン化βActinとした。
【0049】
それぞれのサンプルの溶解度を280nm及び320nmにおける吸光度を測定することで評価した(表2参照)。その結果、両者の可逆的変性カチオン化βActinは純水中で可溶性に存在していたが、TAPS化βActinタンパク質は、相対的に320nmにおける吸光度が高く、溶媒中で凝集が進んでいることが示唆された。表2に、可逆的変性カチオン化βActinタンパク質の純水中での溶解度(4倍希釈後の吸光度)を示す。
【0050】
【表2】
【0051】
次に、純水中に溶解している各可逆的変性カチオン化βActinタンパク質を、生理食塩水(0.15M NaCl)中で溶解するための次のA〜Cの条件下で実験を行った。表3に、このA〜Cの条件を示す。
【0052】
【表3】
【0053】
上記のA〜Cの精製条件で調製した可逆的変性カチオン化βActinタンパク質の生理食塩水中での溶解性の評価を表4にまとめた。この結果からも明らかなとおり、従来型のTAPS化ではほとんど可溶化できなかったが、本発明の新規試薬を用いたTAP3S化ではよく可溶化できることが確認された。また、逆相HPLCを用いて高純度に精製すれば、凍結乾燥後の個体からも容易に水和できることや、溶液中での凝集も極めて低レベルに抑制されており、理想的な溶解状態にあることが確認された。表4に、可逆的変性カチオン化βActinタンパク質の生理食塩水中での溶解度とサンプル調製方法との関係を示す。
【0054】
【表4】
【0055】
逆相カラム精製を経て溶解性が大幅に向上する機構は解析中であるが、カウンターイオンの種類や低分子夾雑物(メタンスルフィン酸等)の除去が鍵と考えられ、可逆的変性カチオン化タンパク質の大幅な溶解度の向上が可能となった。
【0056】
実験例3:細胞内総タンパク質の可溶化技術への応用―1
がん細胞等の含まれる総タンパク質を丸ごと可溶化するための手法を開発するために、本試薬の有効性を検証した。がん細胞等の生体組織を材料として、その中に含まれるタンパク質をカチオン化する場合には、生体組織内に多量に含まれる核酸が強い負電荷を持つため、カチオン化タンパク質と静電的に会合して不溶化することは明白であった。
そこで、生体組織から定量的に核酸とタンパク質を分離・精製することが可能なTrizol試薬(Invitrogen社製、フェノール/グアニジンイソチオシアナート)を活用して核酸フリーの総タンパク質を抽出することとした。この手法で取得した変性タンパク質の可溶化条件を検討するため、図5に示した手法で総タンパク質を処理したところ、未修飾の変性タンパク質の混合物が、水中でよく溶解することが判明した。このような変性タンパク質の溶解性に関する知見は報告されていないと思われるが、真核生物の細胞内タンパク質が示す本質的な性質であるものと推定され、タンパク質科学的にも非常に興味深い知見である。なお、図5の培養細胞として、マウスB16メラノーマを使用したが、他のヒトのがん細胞(HeLa、A431等)を用いた場合も結果はほぼ同じであった。
【0057】
Trizol試薬を用いて抽出した細胞内総タンパク質は、6M塩酸グアニジンで溶解した後に、前述の方法でTAPS−sulfonate及びTAP3S−Sulfonateでそれぞれカチオン化反応を行ったが、それぞれのカチオン化タンパク質は生理食塩水中では高い溶解性を示すことができなかった。そこで、前述のβActinタンパク質の可溶化条件の検討において、逆相カラム精製により夾雑物を除去する過程が溶解性向上に寄与したことを参考として、図6に示す2段階透析プロトコルを開発した。
【0058】
これらの検討の結果、2段階透析プロトコルにより処理した細胞内総タンパク質は、可逆的変性カチオン化法により、生理食塩水中においても高い溶解性を示すことが確認された(図7参照)。特に、TAP3S−Sulfonateでカチオン化したタンパク質は、生理食塩水中でもほとんど溶解性が低下せず、培養細胞等に添加する際等、細胞の生理条件を維持する必要がある場合には非常に有用性が高いことが確認された。
【0059】
実験例4:細胞内総タンパク質の可溶化技術への応用−2
(1)ヒト上皮様細胞がん由来細胞株A431とマウスメラノーマB16−F10細胞に含有する総タンパク質を、図6に示した手順でTAP3S−Sulfonateを用いてカチオン化し、生理食塩水中で溶解したライセートを調製した。それぞれのライセート中に含まれるタンパク質を抗β−tubulin抗体(Cell signaling Technology:#2146)、抗EGF受容体抗体(Sigma社製:E2760)、抗TRP2抗体(Santa cruz biotechnology社製:SC−25544)、抗gp100抗体(Santa cruz biotechnology社製:SC−33590)を用いたウエスタンブロッティング(W.B.)により定量した。その結果、これらの抗体に対応する抗原タンパク質が溶解していることが確認された(図8参照)。本手法を活用して、がん細胞内に含まれる総タンパク質を生理食塩水中に完全溶解させることが可能で、実際に癌抗原タンパク質として知られているEGF受容体、TRP2、gp100の各抗原が溶解していることが確認された。本手法はがん細胞からがん治療用のワクチンを調製する上でも強力な手法と言える。
【0060】
(2)比較のために、マウスメラノーマB16−F10細胞内をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)中で−80℃での凍結と37℃での融解とを5回繰り返す凍結融解法により細胞を破砕した後、遠心分離により可溶性画分と不溶性画分に分画し、それぞれが含有するgp100タンパク質の量を、抗gp100抗体(Santa cruz biotechnology社製:SC−33590)を用いたウエスタンブロッティング(W.B.)により定量した。その結果、癌抗原タンパク質であるgp100の約50%は凍結融解後に不溶性となることが確認された(図9参照)。
図1
図2
図3
図5
図6
図7
図4
図8
図9