【実施例】
【0032】
[セシウム吸着剤の作製]
【0033】
〔実施例1−1〕
フェリシアン化カリウム(和光純薬社製)に、フェロシアン化カリウム(和光純薬社製)を、重量比が1.5:1の割合となるように添加して混合した。
この混合物14wt%に対し、苛性ソーダ(24%水溶液)23wt%、純水63wt%を添加して、pHが13以上の、フェリシアン化カリウムとフェロシアン化カリウムとの混合物のアルカリ水溶液を得た。
得られたフェリシアン化カリウムとフェロシアン化カリウムとの混合物のアルカリ水溶液に対して5.2重量部の硫酸マンガン・1水和物を、撹拌しながら徐々に投入した。投入完了後30min以上撹拌を継続すると、粘度上昇してスラリーが得られた。このスラリーのpHを測定、記録した。
スラリーのpHが安定したところで、塩酸を投入してスラリーのpHを5とし、その後、苛性ソーダを投入してスラリーのpHを8まで中和した。スラリーのpHが8.5で安定した後、撹拌を止めて、スラリーのpH調整を完了した。
pHを調整したスラリーから、遠心分離により水溶性の塩を除去した後、約70℃で乾燥させ、粉体のセシウム吸着剤を得た。
得られたセシウム吸着剤の結晶構造について、X線回折法で構造解析を行った。組成式K
2Mn[Fe(CN)
6](H
2O)
2及びKMn[Fe(CN)
6]・2H
2Oで同定される、鉄シアノ金属化合物が生成していることを確認した。
【0034】
〔実施例1−2〕
フェリシアン化カリウムとフェロシアン化カリウムとの混合物のアルカリ水溶液を得る際、混合物14wt%に対して、苛性ソーダ(24%水溶液)25wt%、純水61wt%を添加した点を除き、実施例1−1と同様の方法により、セシウム吸着剤を作製した。
【0035】
〔実施例2〕
フェリシアン化カリウムとフェロシアン化カリウムとの混合物に代えて、フェリシアン化化合物のみを使用して、実施例1−1と同様の方法により、セシウム吸着剤を作製した。
構造解析を行い、実施例1−1と同じものが生成していたことを確認した。
【0036】
〔実施例3−1〕
電子部品のクロム層のエッチング処理により排出された、クロム濃度の異なる2種類の廃液(クロム濃厚廃液及びクロム希薄廃液)を用意した。クロム層のエッチング処理溶液は、フェリシアン化カリウム(>98%)を11wt%、フェロシアン化カリウム(>98%)を3wt%、苛性ソーダ(24%水溶液)を23wt%、純水を63wt%配合したものであった。このクロム濃厚廃液24重量部に対してクロム希薄廃液12重量部を攪拌しながら投入し、pHを測定、記録したところ、pHは13以上であった。
得られた廃液混合物に対して5.2重量部の硫酸マンガン・1水和物を、撹拌しながら徐々に投入した。投入完了後30min以上撹拌を継続すると、粘度上昇してスラリーが得られた。このスラリーのpHを測定、記録した。
スラリーのpHが安定したところで、塩鉄(SUS)廃液を投入してスラリーのpHを5とし、その後、苛性ソーダを投入してスラリーのpHを8まで中和した。
塩鉄廃液と苛性ソーダによるpH調整の操作を、pHの許容範囲5〜10の間で3〜4回繰り返し、最終的に、スラリーのpHを8まで中和した。スラリーのpHが8.5で安定した後、撹拌を止めて、スラリーのpH調整を完了した。
pHを調整したスラリーを、110℃のホットプレートで乾燥させ、粉体を得た。この粉体を水洗・ろ過して塩を取り除き、12時間真空乾燥して、セシウム吸着剤を得た。
構造解析を行い、実施例1−1と同じものが生成していたことを確認した。
【0037】
〔実施例3−2〕
クロム層のエッチング処理溶液として、フェリシアン化カリウム(>98%)を14wt%、フェロシアン化カリウム(>98%)を2.5wt%、苛性ソーダ(24%水溶液)を25wt%、純水を58.5wt%配合したものを使用した点を除き、実施例3−1と同様の方法により、セシウム吸着剤を作製した。
【0038】
[セシウム吸着剤の性能評価]
【0039】
実施例で得られたセシウム吸着剤、及び比較のため、大日精化工業社製の紺青(905紺青)(比較例1)、並びに関東化学社製約10wt%プルシアンブルーナノ分散液H(比較例2)について、次のとおりの性能評価を行った。
まず、セシウム吸着剤を10mg秤量し、10ppmの塩化セシウム溶液を10ml加えた(吸着剤添加量0.1wt%)。次に、溶液を振とう機で180rpmで1時間振とうした。
振とう後の溶液を、0.22μmのシリンジフィルターでろ過した。さらに、ろ液を10000rpmで10分間、遠心分離(LMS社製 MINI CENTRIFUGE MCF-1350)にかけた。
この時、実施例で得られたセシウム吸着剤は、ろ過及び遠心分離により容易に固液分離して回収することができたが、比較例1の紺青は、固液分離するのが困難であった。さらに、比較例2のプルシアンブルーは、ろ過及び遠心分離により固液分離することが極めて困難であり、凝集沈殿剤(ビジョン開発社製グバロビットF1)が必要であった。
固液分離により得られた液体に濃硝酸を0.593ml加え、ここからサンプルを1ml採取し、50mlに希釈した。希釈したサンプルについて、ICP−MS(Agilent Technologies社製ICP質量分析装置7700X)で、セシウム濃度の測定を行った。
なお、セシウム濃度の定量を行うため、予め、蒸留水にセシウム標準液(関東化学社製、製品番号08007-1B)を添加したものを標準試料としてセシウム濃度の測定を行い、検量線を作成した。
セシウムの吸着率は、Cs吸着率(%)=[(吸着前のCs濃度)−(吸着後のCs濃度)]/(吸着前のCs濃度)として算出した。
また、セシウムの分配係数は、Cs分配係数=[(吸着前のCs濃度)−(吸着後のCs濃度)]/(吸着後のCs濃度)×(汚染溶液量/吸着剤量)として算出した。
結果を表1に示す。
【0040】
【表1】
【0041】
[模擬汚染液による吸着性能試験]
蒸留水、腐葉土の抽出液、及び海水に、10000Bq/kgに相当する放射性Cs(Cs-137)を添加して、模擬汚染液を作成した。これら模擬汚染液のそれぞれを、バイアル瓶に50g 分取し、吸着剤を添加した。吸着剤としては、実施例2で得られたセシウム吸着剤のほか、比較のため、比較例1の紺青を使用した。吸着剤の添加量としては、0.1wt%とした。
なお、使用したCs-137の原液は、CsClとして非放射性Csが10mg/L含まれるものであった。
吸着剤を添加した模擬汚染液を1 時間振とうした後、上澄み液相を採取し、採取したサンプルについて、放射性Csについては、ゲルマニウム半導体検出器(ORTEC社製 GEM-35)で、非放射性Csについては、ICP-MS(パーキンエルマー社 ELAN6100DRC)でそれぞれセシウム濃度の測定を行った。
結果を表2に示す。
【0042】
【表2】
放射性Cs、非放射性Csの違いによらず、Cs吸着性能はほぼ同程度であった。
【0043】
[セシウム吸着剤からのシアン溶出]
実施例1−1で得られたセシウム吸着剤について、環境省告示13号の「産業廃棄物に含まれる金属等の検定方法」に従って、中性からアルカリの領域(5<pH<11)において、シアン成分の溶出量を測定した。結果を
図1に示す。pH<10でシアンの溶出が1ppm以下であることが確認された。これは、セシウム吸着剤として従来使用されているプルシアンブルーの場合、pH>7のアルカリ領域でシアン成分が溶出してしまうという問題があったのに対し、本発明のセシウム吸着剤では、pHが高い場合であってもシアン成分の溶出量が極めて低いことを示している。
比較のため、比較例1の紺青を使用して同様の測定を行った。pH=7で、19000ppmという極めて高いシアンの溶出が検出された。
【0044】
[吸着性能に対する塩の影響]
従来の吸着剤では、吸着対象物を含む処理物質に塩が含まれている場合、吸着性能が急激に低下することがあった。
そこで、実施例1−1で得られたセシウム吸着剤について、塩化セシウム溶液に塩化ナトリウム(NaCl)を添加して、上記[セシウム吸着剤の性能評価]と同様の手法により、セシウムの吸着率を測定した。
結果を表3に示す。
【0045】
【表3】
なお、塩濃度34000ppmは、海水中の塩濃度に相当する。
本発明の吸着剤によれば、吸着対象物を含む処理物質に塩が含まれていても、吸着性能に大きな影響はない。
【0046】
[セシウム吸着剤からのシアン溶出に対する塩の影響]
吸着対象物を含む処理物質に塩が含まれている場合、吸着剤から溶出するシアン成分の量が増加する可能性がある。そこで、実施例2で得られたセシウム吸着剤について、塩化セシウム溶液に塩(NaCl、KCl、MgCl
2)を添加して、上記[セシウム吸着剤からのシアン溶出]と同様の手法により、シアン成分の溶出量を測定した。
結果を表4に示す。
【0047】
【表4】
(表中の数字は、水中の全シアン濃度[mg/L]である。)
本発明のセシウム吸着剤では、吸着対象物を含む処理物質に塩が含まれていても、シアン成分の溶出量は極めて低い。
【0048】
[吸着剤の使用量]
従来の吸着剤では、吸着剤の使用量が少なくなると、吸着性能の低下が著しい場合があった。
そこで、実施例3−1で得られたセシウム吸着剤について、吸着剤の添加量を半分(0.05wt%)にして、上記[セシウム吸着剤の性能評価]と同様の手法により、セシウムの吸着率を測定した。
比較のため、比較例1の紺青を使用して同様の測定を行った。
結果を
図2に示す。本発明の吸着剤によれば、吸着剤の使用量が減少しても吸着性能に大きな影響はないのに対し、紺青の場合、吸着剤の使用量が減少すると吸着性能が大きく低下した。
【0049】
[吸着速度]
吸着時間を短縮した(1時間に代えて10分とした)ことを除き、実施例2で得られたセシウム吸着剤について、上記[セシウム吸着剤の性能評価]と同様の手法により、セシウムの吸着率を測定した。
結果を表5に示す。
【0050】
【表5】
本発明のセシウム吸着剤によれば、吸着時間が短くても、高い吸着率が得られた。
【0051】
[熱分解試験]
吸着剤の耐熱性について評価するための熱分解試験を、次の通り行った。
吸着剤として、実施例1−1で得られたセシウム吸着剤を容器に約0.3g秤量した。吸着剤入りの容器を炉内(モトヤマ社製 ラボ用ロータリーキルン炉 MS-3229)に入れ、雰囲気ガスを空気とし、送風流量を0.5L/minとして、10℃/minの昇温速度で炉内の温度を室温付近から300℃まで昇温させ、次いで自然冷却により降温させながら、吸着剤が分解することにより発生するシアン(HCN)の濃度を測定した(Analytical Technology社製 C16 PortaSens IIPortable Gas Leak Detector)。また、比較のため、比較例1の紺青を使用して同様の測定を行った。
電気炉の炉壁温度とHCNガス濃度の関係についての結果を
図3に示す。実施例1−1で得られたセシウム吸着剤の場合、炉内の温度を上昇させても、シアンの発生はわずか数ppm程度であった。一方、比較例の紺青については、炉内の温度を上昇させると、温度上昇に伴ってシアンの発生量が急激に増加した。尚、比較例
1における300℃付近のプロットは、検出上限の限界値であり、実際の濃度はそれよりも高いと推測される。
【0052】
[吸着性能に対するpHの影響]
実施例2で得られたセシウム吸着剤について、pHがそれぞれ5、9.5、11である3種類の溶液について、上記[セシウム吸着剤の性能評価]と同様の手法により、セシウムの吸着率を測定した。
結果を
図4に示す。酸性からアルカリの領域(pH=5〜11)において、いずれも高い吸着性能を有することを確認した。
【0053】
[吸着性能に対する吸着対象物の濃度の影響]
除染対象物に含まれるCsの初期濃度は、地域によるCs飛散量、蓄積量や処理方法等の違いによって様々である。したがって、セシウム吸着剤は、広いセシウムの濃度範囲に渡って適用可能であることが望まれる。
そこで、濃度2ppbの放射性Cs及び非放射性CsのCs水溶液、並びに濃度10ppmの非放射性CsのCs水溶液を用意し、実施例2で得られたセシウム吸着剤について、上記[セシウム吸着剤の性能評価]と同様の手法により、セシウムの吸着率を測定した。
結果を
図5に示す。2ppbと10ppmでは3ケタの濃度差があるにも関わらず、いずれの場合においても吸着率はほぼ100%であった。
【0054】
[固液分離による回収容易性]
表1で示した回収容易性について、実施例2及び比較例1で合成した吸着剤を用いて固液分離性の検討を行った
(イ)ろ紙による固液分離
蒸留水20mlに吸着剤をそれぞれ0.1g%添加した。室温で24h、150rpmで振とう(振とう器:アズワン社製 ラボシェイカー SR-1)した溶液をそれぞれ、孔径の異なる(1μm〜7μm)ろ紙で吸引ろ過し、ろ液を観察した。
結果を表6に示す。
【0055】
【表6】
比較例1の吸着剤については、孔径が1μmのろ紙でもろ過することはできなかったが、実施例2の吸着剤については、目視で孔径が3μmのろ紙までろ液は無色透明、7μmまでは若干濁りがあるが透明な溶液が得られた。
【0056】
(ロ)遠心分離による固液分離
蒸留水30mlに吸着剤をそれぞれ5g添加した。24時間室温にて振とう後、3種類の回転数(500rpm、1500rpm、3200rpm)でそれぞれ遠心分離(コクサン社製 H-36)を行った。
結果を表7に示す。
【0057】
【表7】
実施例2の吸着剤については、いずれの回転数でも十分に分離できたが、比較例1の吸着剤については分離ができなかった。
【0058】
(ハ)静置による固液分離
蒸留水20mlに吸着剤をそれぞれ0.1g添加後、室温で24h振とうした溶液を所定時間静置し、沈降による分離性を比較した。
結果を表8に示す。
【0059】
【表8】
(※大半が沈殿し上澄み液は透明ではあるが、若干の濁りあり)
実施例2の吸着剤は開始直後から沈殿し始めたが、比較例1の吸着剤は1.5時間経過後も目視では変化が見られず、沈降による分離は確認されなかった。
【0060】
[アルカリ環境下での耐Cs溶出性]
可燃性の放射能汚染物については、主に焼却によって灰にされる除染方法が実施されている。灰は、必要に応じて水洗等によって主灰と飛灰に分けられる。Csを多く含有する灰(特に飛灰)については、そのまま、あるはさらに濃縮分離され、セメント固化による不溶性対策が施され、その固化体は長期間中間貯蔵施設や最終処分場に保管される。一方、Cs不溶化の為セメント固化した灰(コンクリートやモルタル)は水に触れるとアルカリ水が溶出するため、長期保存においてはリスク対策が必要である。
そこで、アルカリ耐性のある吸着剤を不溶化剤として使用することを想定して、下記のような検討を行った。
まず、模擬焼却灰溶出水を作成した。NaCl, KClをそれぞれ数ppm含む水酸化カルシウムの飽和溶液を調製した(pH≒11〜12)。この溶液に、Csが10ppmとなるようにCsClを添加し、実施例2の吸着剤を使用して、上記[セシウム吸着剤の性能評価]と同様の手法により、セシウムを吸着させた。その後、セシウムを吸着した吸着剤を回収し、乾燥させたものを用いて、蒸留水に対し5wt%の上記セシウムが吸着している吸着剤を添加し、所定日数遮光保存し、セシウムの溶出量をICP−MSで測定することにより、不溶性の試験を実施した。
結果を
図6に示す。保存日数7日までCsの溶出は約0.4%であって、再溶出はほとんど確認されなかった。