(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5713887
(24)【登録日】2015年3月20日
(45)【発行日】2015年5月7日
(54)【発明の名称】筋変性疾患の検出方法、及び治療効果判定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20150416BHJP
G01N 27/62 20060101ALI20150416BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20150416BHJP
G01N 30/88 20060101ALI20150416BHJP
G01N 33/88 20060101ALI20150416BHJP
G01N 33/543 20060101ALI20150416BHJP
【FI】
G01N33/53 S
G01N27/62 V
G01N27/62 X
G01N30/72 C
G01N30/88 E
G01N33/88
G01N33/543 545A
G01N33/543 541B
G01N33/543 575
【請求項の数】7
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2011-503802(P2011-503802)
(86)(22)【出願日】2010年3月8日
(86)【国際出願番号】JP2010053762
(87)【国際公開番号】WO2010104025
(87)【国際公開日】20100916
【審査請求日】2012年2月13日
(31)【優先権主張番号】特願2009-55057(P2009-55057)
(32)【優先日】2009年3月9日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(73)【特許権者】
【識別番号】510147776
【氏名又は名称】独立行政法人国立精神・神経医療研究センター
(73)【特許権者】
【識別番号】000207827
【氏名又は名称】大鵬薬品工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】裏出 良博
(72)【発明者】
【氏名】有竹 浩介
(72)【発明者】
【氏名】丸山 敏彦
(72)【発明者】
【氏名】鎌内 慎也
(72)【発明者】
【氏名】武田 伸一
(72)【発明者】
【氏名】中村 昭則
【審査官】
三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】
特開2010−002416(JP,A)
【文献】
国際公開第2007/007778(WO,A1)
【文献】
Takeshi Okinaga, Ikuko Mohri, Harutoshi Fujimura, Katsumi Imai, JiroOno, Yoshihiro Urade, Masako Taniike, Induction of hematopoietic prostaglandinD synthase in hyalinated necrotic muscle fibers: its implication in groupednecrosis, Acta Neuropathol, 2002, Vol.104, No.4, Page.377-384
【文献】
Wen-Liang Song, Miao Wang, Emanuela Ricciotti, Susanne Fries, Ying Yu,Tilo Grosser, Muredach Reilly,John A. Lawson, and Garret A. FitzGerald, TetranorPGDM, an Abundant Urinary Metabolite Reflects Biosynthesis of Prostaglandin D2in Mice and Humans, J Biol Chem, 2008.01.11, Vol.283, No.2, Page.1179-1188
【文献】
Cathy K. Ellis, Murray D. Smigel, John A. Oates, Oswald Oelz,and Brian J. Sweetman, Metabolism of Prostaglandin D2 in theMonkey, J Biol Chem, 1979, Vol.254, No.10, Page.4152-4163
【文献】
Ikuko Mohri, Kosuke Aritake, Hidetoshi Taniguchi, Yo Sato,Shinya Kamauchi, Nanae Nagata, Toshihiko Maruyama, MasakoTaniike, and Yoshihiro Urade, Inhibition of Prostaglandin DSynthase Suppresses Muscular Necrosis, Am J Pathol, 2009.05,Vol.174, No.5, Page.1735-1744
【文献】
鎌内慎也, 林正裕, 丸山敏彦, 有竹浩介, 裏出良博, 筋壊死動物モデルにおけるプロスタグランジンD2 尿中代謝物の変動, 生化学,2009.09.25, 抄録CD Page.ROMBUNNO.2P-138
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/53
G01N 27/62
G01N 30/72
G01N 30/88
G01N 33/543
G01N 33/88
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
筋変性疾患の検出方法であって、被験体から分離した検体中のTetranor-PGDM含量を測定する工程を含み、前記検体が尿であり、筋変性疾患が進行性筋ジストロフィー症、先天性筋ジストロフィー症、肢帯型筋ジストロフィー症、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー症、筋強直性筋ジストロフィー症、筋萎縮性側索硬化症またはミオパチーである、筋変性疾患の検出方法。
【請求項2】
筋変性疾患に対する治療薬及び/又は治療方法の効果判定方法であって、筋変性疾患の患者から分離した検体中のTetranor-PGDM含量を測定する工程を含み、前記検体が尿であり、筋変性疾患が進行性筋ジストロフィー症、先天性筋ジストロフィー症、肢帯型筋ジストロフィー症、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー症、筋強直性筋ジストロフィー症、筋萎縮性側索硬化症またはミオパチーである、筋変性疾患に対する治療薬及び/又は治療方法の効果判定方法。
【請求項3】
Tetranor-PGDMの測定による治療効果の判定方法は、治療薬投与を伴う治療管理下において、治療薬投与前の患者の尿中に含まれるTetranor-PGDM濃度の値を所定値とし、尿中のTetranor-PGDM濃度の値がこの所定値よりも有意または有意傾向をもって低下する場合には治療薬ないし治療方法が有効であると判定され、尿中のTetranor-PGDM濃度の値が有意または有意傾向をもって低下しない場合には治療方法ないし治療薬は有効ではないと判断する、請求項2に記載の筋変性疾患に対する治療薬及び/又は治療方法の効果判定方法。
【請求項4】
Tetranor-PGDMの測定が、高速液体クロマトグラフィー−タンデムマススペクトロメトリー法(HPLC-MS/MS)、酵素免疫測定法(EIA)、放射性免疫測定法(RIA)、蛍光免疫測定法(FIA)、エライザ法(ELISA)または酵素法により行われる、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
筋変性疾患の診断測定用キットであって、Tetranor-PGDMに対する抗体を含み、筋変性疾患が進行性筋ジストロフィー症、先天性筋ジストロフィー症、肢帯型筋ジストロフィー症、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー症、筋強直性筋ジストロフィー症、筋萎縮性側索硬化症またはミオパチーであることを特徴とする筋変性疾患の診断測定用キット。
【請求項6】
筋変性疾患の治療薬及び/又は治療方法の効果予測及び/又は判定用キットであって、Tetranor-PGDMに対する抗体を含み、筋変性疾患が進行性筋ジストロフィー症、先天性筋ジストロフィー症、肢帯型筋ジストロフィー症、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー症、筋強直性筋ジストロフィー症、筋萎縮性側索硬化症またはミオパチーであることを特徴とする筋変性疾患の治療薬及び/又は治療方法の効果予測及び/又は判定用キット。
【請求項7】
Tetranor-PGDMに対する抗体、標識されたTetranor-PGDM、必要に応じてさらに抗イムノグロブリン抗体、検体希釈液、抗体ないし標識Tetranor-PGDMの希釈液、既知濃度の標準Tetranor-PGDM、EIA用の基質、EIA用の停止液からなる群から選ばれる少なくとも1種を含む請求項5又は6に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筋変性疾患の早期検出方法、ならびに治療薬及び/又は治療方法の予測及び/又は判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
筋障害あるいは筋壊死を伴う疾患群はミオパチーと呼ばれる。代表的な疾患として、筋ジストロフィー症、筋萎縮症がある。筋ジストロフィーは徐々に筋肉が弱くなり筋肉が萎縮していく遺伝性疾患の総称である。中でも、進行性筋ジストロフィーは最も患者数が多く、遺伝性で進行性筋力低下を来す。また、筋萎縮症は運動神経の障害によって起きる神経原性疾患である。
【0003】
筋ジストロフィーのうち最も患者数の多いデュシェンヌ型筋ジストロフィーは、性染色体劣性遺伝で男子だけに発症する疾患であり、人口10万人あたり3〜5人、出生男児2000〜3000人あたり1人といわれている。通常3〜5歳頃、走れない、転びやすいなど歩行、起立に関する異常が発現し、10歳前後に歩行不能となる。その後、脊柱の変形や関節拘縮が急速に進行し、多くは呼吸不全、時に心不全、肺炎を起こす。
【0004】
筋ジストロフィー診断のための検査として、血液検査、神経伝導検査、筋電図、筋生検、DNA解析などがある。神経伝導検査は運動障害、知覚障害の原因が、末梢神経障害によるものか、またその障害部位や障害程度などを調べる検査であり、神経を電気刺激して刺激が伝わる速度を計測する。検査の性質上、特殊な装置を必要とし、神経を直接電気刺激するため、ビリビリ感、痛み、違和感を覚え、多少の苦痛を伴う。
【0005】
筋電図検査は運動障害が筋肉由来か神経由来か、またその障害部位や程度を調べる検査であり、特殊な装置を必要とし、筋肉に針を刺入することによる痛みを伴う。痛みを伴わない体表面筋電図検査もあるが、測定のために検査施設での拘束が余儀なくされる。
【0006】
筋生検では筋肉組織を採取する必要があるため、侵襲的であり簡便な検査とは言い難い。また、DNA解析はジストロフィン遺伝子の変異が原因であるデュシェンヌ型あるいはベッカー型筋ジストロフィーの診断には必須であるが、筋変成疾患としての適用はなく、汎用性に欠ける。
【0007】
血液検査としてはクレアチンキナーゼが一般的である。クレアチンキナーゼは骨格筋、心筋の可溶性分画に主として存在する酵素であり、細胞の損傷によって血液中に漏出する。筋ジストロフィーでは骨格筋が障害ならびに壊死することで、血液中クレアチンキナーゼが著しい高値を示すことから診断されるが、血液中クレアチンキナーゼ値は他の疾患でも高値を示すことがあるため、この濃度のみで鑑別診断は難しく、その他の検査も同時に行う。
【0008】
その他の進行性筋ジストロフィー症、神経の異常が原因で筋肉が障害あるいは壊死する疾患においても、血液検査として血液中クレアチンキナーゼの測定が行われるが、同様に筋障害あるいは筋壊死のみで高値を示すとはいえないため、その他の筋障害あるいは筋壊死のマーカーが必要である。
【0009】
従って、筋ジストロフィー等の筋変性疾患を、早期、且つ簡便に診断できる方法、或いは診断キットが望まれている。
【0010】
11,15-Dioxo-9α-hydroxy-2,3,4,5-tetranorprostan-1,20-dioic acid(以下、Tetranor-PGDM)は、プロスタグランジンD
2(以下、PGD
2)の代謝物として知られており、ヒトやマウスにおける炎症反応に伴って尿中排泄量が増加すること、さらにPGD
2の生成を反映するマーカーであることが報告されている(非特許文献1)。
【0011】
一方、筋ジストロフィー等の筋変性疾患の変性部位ではPGD
2の産生を触媒する造血器型プロスタグランジンD合成酵素(以下、HPGDS)の発現が亢進し、疾患の進行の防止及び改善には、PGD
2が関与することが報告されている(特許文献1、非特許文献2)。
【0012】
しかしながら、Tetranor-PGDMが筋変性疾患の患者の尿中排泄物として高濃度で検出され、そのTetranor-PGDM濃度がHPGDS阻害剤の投与により有意に減少することは全く知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2005-119984号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】J.Biol.Chem, Vol.283, No.2, 1179-1188(2008)
【非特許文献2】Acta Neuropathol, 104, 377-384(2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明の目的は、尿中Tetranor-PGDMを測定することにより、筋変性疾患を効率的に診断する方法、さらにこれら疾患の治療薬及び/又は治療方法の治療効果を判定する方法を提供することである。
【0016】
さらに本発明の目的は、Tetranor-PGDMを対象とすることを特徴とする、筋変性疾患の診断用キットを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記目的を達成するために本発明者は鋭意研究を行い、次のような知見を得たことに基づいて、本発明を完成した。
1)正常動物に比較して、尿中PGD
2代謝物であるTetranor-PGDMが、筋ジストロフィーモデル動物において増加していた。
2)筋ジストロフィーモデル動物に、公知のPGD
2合成酵素阻害剤を投与することにより、Tetranor-PGDMの尿中排泄量が減少した。
【0018】
本発明は、以下の筋変性疾患の検出方法、筋変性疾患の診断測定用キットおよび筋変性疾患の治療薬及び/又は治療方法の効果予測及び/又は判定用キットを提供するものである。
項1. 被験体から分離した検体中のTetranor-PGDM含量を測定する工程を含む、筋変性疾患の検出方法。
項2. 筋変性疾患の患者から分離した検体中のTetranor-PGDM含量を測定する工程を含む、筋変性疾患に対する治療薬及び/又は治療方法の効果判定方法。
項3. 前記検体が尿である、項1又は2に記載の方法。
項4. Tetranor-PGDMの測定が、高速液体クロマトグラフィー−タンデムマススペクトロメトリー法(HPLC-MS/MS)、酵素免疫測定法(EIA)、放射性免疫測定法(RIA)、蛍光免疫測定法(FIA)、エライザ法(ELISA)または酵素法により行われる、項1〜3のいずれかに記載の方法。
項5. 筋変性疾患が進行性筋ジストロフィー症、先天性筋ジストロフィー症、肢帯型筋ジストロフィー症、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー症、筋強直性筋ジストロフィー症、筋萎縮性側索硬化症またはミオパチーである、項1又は2に記載の方法。
項6. Tetranor-PGDMに対する抗体を含むことを特徴とする筋変性疾患の診断測定用キット。
項7. Tetranor-PGDMに対する抗体を含むことを特徴とする筋変性疾患の治療薬及び/又は治療方法の効果予測及び/又は判定用キット。
項8. Tetranor-PGDMに対する抗体、標識されたTetranor-PGDM、必要に応じてさらに抗イムノグロブリン抗体、検体希釈液、抗体ないし標識Tetranor-PGDMの希釈液、既知濃度の標準Tetranor-PGDM、EIA用の基質、EIA用の停止液からなる群から選ばれる少なくとも1種を含む項6又は7に記載のキット。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、被験体から分離した検体中のTetranor-PGDMを測定することにより、簡便かつ早期に筋変性疾患を診断することができ、さらにこれら疾患の治療薬及び/又は治療方法の治療効果を効果的に判定することができる。
【0020】
さらに本発明により、筋変性疾患において、尿中に増加するTetranor-PGDMをマーカーとして用いることにより、これら疾患を簡便に診断することができる診断用キットとして利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】MdxマウスでのHPGDS阻害剤投与後の尿中Tetranor-PGDM濃度ならびに前肢握力の変化を示す図である。
【
図2】左図は、HPGDS阻害剤を約1年間にわたり投与した後に、溶媒投与に切り替えた際の尿中Tetranor-PGDM濃度の変化を示した図であり、右図は、溶媒を約1年間にわたり投与した後に、阻害剤投与に切り替えた際の筋ジストロフィー犬 (CXMD
J) の尿中Tetranor-PGDM濃度の変化を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明では、Tetranor-PGDMを指標として、筋変性疾患の診断が可能であり、これら疾患の治療薬及び/又は治療方法の治療効果を効果的に判定することができる。さらにTetranor-PGDMをマーカーとして用いることによりこれら疾患の診断用キット、また筋変性疾患の治療薬及び/又は治療方法の効果予測及び/又は判定用キットを提供することができる。
【0023】
本発明の1つの実施形態によれば、筋変性疾患に罹患したもしくは罹患した可能性のある被験体から分離した検体中のTetranor-PGDMを測定することにより、筋障害あるいは筋壊死を伴う疾患を検出ないし診断することができる。具体的には、検体中のTetranor-PGDMの濃度あるいは含量が所定値よりも高い場合に筋変性疾患であると診断することができる。被験体から分離した検体中のTetranor-PGDMの所定値は、健常者の検体と筋変性疾患患者の検体のTetranor-PGDMを測定することにより決定できる。
【0024】
また、治療薬及び/又は治療方法の効果判定方法は、筋変性疾患の患者の治療開始前/治療薬投与開始前の検体中のTetranor-PGDMと、治療開始後/治療薬投与開始後のTetranor-PGDMの測定値を比較し、治療開始後/治療薬投与開始後の方が検体中のTetranor-PGDMの測定値が有意もしくは有意傾向をもって低下している場合に、治療ないし治療薬投与が有効であると判定し、検体中のTetranor-PGDMの測定値が治療開始/治療薬投与開始の前後で有意差が無く、有意傾向もない場合には、当該治療薬/治療方法は有効ではないと判定される。
【0025】
本発明の別の態様によれば、検体中のTetranor-PGDMを検出することができる抗体を用いた診断用キットを提供することができる。
【0026】
本発明における被験体とは、哺乳動物、例えばヒト、サル、ウシ、ウマ、ラット、マウス、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ヤギなどが挙げられ、好ましくはヒトである。
【0027】
本発明の方法により測定されるTetranor-PGDMは、PGD
2の尿中の代謝物として見出される。また、Tetranor-PGDMは、血液中及び糞便中にも見出される。
本発明における被験体から分離した検体とは、好ましくは尿、糞便、血液、血漿、血清であり、より好ましくは尿である。
【0028】
本発明における測定という語は、検出、定量及び半定量のいずれをも包含する。従って、「Tetranor-PGDMを測定する」とは、検体中のTetranor-PGDMを検出すること、及びその発現量を測定することの両者が包含され、さらに、発現量が所定値以上であるか否かを判別する場合、換言すれば、発現量が所定値以上の場合にその発現を検出する場合も包含される。
【0029】
Tetranor-PGDMを測定する方法としては、GC-MS、HPLC、高速液体クロマトグラフィー−タンデムマススペクトロメトリー法(HPLC-MS/MS)、酵素免疫測定法(EIA)、放射性免疫測定法(RIA)、蛍光免疫測定法(FIA)、エライザ法(ELISA)、酵素法等が例示され、高速液体クロマトグラフィー−タンデムマススペクトロメトリー法(HPLC-MS/MS)、或いは操作の簡便性から抗Tetranor-PGDM抗体を用いた免疫測定法、特に酵素免疫測定法(EIA)、放射性免疫測定法(RIA)、蛍光免疫測定法(FIA)、エライザ法(ELISA)が好ましく、特に酵素免疫測定法(EIA)或いはエライザ法(ELISA)が好ましい。
【0030】
筋変性疾患としては、進行性筋ジストロフィー症、先天性筋ジストロフィー症、肢帯型筋ジストロフィー症、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー症、筋強直性筋ジストロフィー症、筋萎縮性側索硬化症、ミオパチー、肉離れ、カルディオミオパチー(心筋梗塞)、糖尿病性末梢血管障害(血管平滑筋障害)等が例示され、好ましくは進行性筋ジストロフィー症、先天性筋ジストロフィー症、肢帯型筋ジストロフィー症、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー症、筋強直性筋ジストロフィー症等の、筋ジストロフィー症および筋萎縮性側索硬化症である。
【0031】
筋変性疾患の治療効果を判定することのできる治療薬としては、特に限定されずあらゆる治療薬を対象とすることができ、例えば造血器型プロスタグランジンD合成酵素(HPGDS)阻害剤、プロスタグランジンD受容体拮抗剤等が例示され、好ましくは造血器型プロスタグランジンD合成酵素(HPGDS)阻害剤である。
【0032】
Tetranor-PGDMの検体中の濃度測定は、多量の検体を同時に簡便に測定することができるため、免疫測定法で実施することが好ましい。
【0033】
免疫測定法ないしキットに用いることができる抗Tetranor-PGDM抗体としては、例えば、抗体に関してはポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体等を挙げることができる。
【0034】
抗体の製造にあたっては、Tetranor-PGDMを動物(ラット、マウス、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ヤギなど)に投与して免疫付与し、ポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体を作製してもよく、Tetranor-PGDMを適当なタンパク質、例えば牛血清アルブミン(BSA)、グロブリン、サイログロブリン、ヘモシアニンなどと結合させた後、適当なアジュバントと懸濁混合して動物(ラット、マウス、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ヤギなど)に投与間隔をあけて投与し、所定期間経過後動物の血清を採取し、公知の方法で処理をすることにより、ポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体を取得することができる。
【0035】
モノクローナル抗体は、具体的には、ポリクローナル抗体の作製時に用いたTetranor-PGDMを、必要に応じて適当なタンパク質と結合させて免疫原として用いて動物を免疫し、脾臓より得られるモノクローナル抗体産生細胞とミエローマ細胞とを細胞融合することによって作成されるハイブリドーマにより産生させることができる。
【0036】
ハイブリドーマは、次の方法で得ることができる。上述のようにして得たTetranor-PGDM単独あるいはそのタンパク質結合体をフロイントの完全アジュバンドとともに、数回に分けて、マウス、ラット、ウサギなどの適当な哺乳動物に、2〜3週間おきに、腹腔内又は静脈内又は皮下投与することによって免疫する。次いで、脾臓などに由来する抗体産生細胞と、ミエローマ細胞などの試験管内で増殖可能な腫瘍細胞とを融合させる。融合方法としては、ケーラーとミルシュタインの常法(Nature、vol.256、495(1975))に従ってポリエチレングリコールによって行うことができ、又はセンダイウイルスなどによって行うこともできる。
【0037】
上記方法により得られる抗Tetranor-PGDM抗体を用いて、Tetranor-PGDMの免疫測定法を実施する。この免疫測定法としては、測定対象物質のTetranor-PGDMに対する周知の競合法による免疫測定法で行うことが好ましく、標識物質で分類した酵素免疫測定法(EIA)、蛍光免疫測定法、発光免疫測定法、放射免疫測定法(RIA)などを挙げることができる。EIA法が特に好ましい。
【0038】
通常、競合法には標識された抗原が用いられる。標識物質としては、例えば、酵素、蛍光物質、発光物質、放射性同位元素などである。標識物質と抗原との結合方法は、公知の共有結合又は非共有結合を作る方法を利用して製造することができる。結合の方法には、例えば縮合剤を用いて共有結合を作成する方法、各種架橋剤を用いる方法などを挙げることができる(例えば「蛋白質核酸酵素」別冊31号、37〜45頁(1985)参照)。共有結合による方法では、抗原に存在する官能基を用いることができる他、例えばチオール基、アミノ基、カルボキシル基、水酸基などの官能基を常法により導入したのち、結合法により標識抗原を製造することができる。また非共有結合による方法としては物理吸着法などを挙げることができる。
【0039】
Tetranor-PGDMの測定は、例えば以下に記載の免疫測定法で実施することが好ましい。所定量の標識されたTetranor-PGDM、抗Tetranor-PGDM抗体、Tetranor-PGDMを含有する検体(特に尿検体)とを競合的に反応させ、抗体と結合した又は結合しなかった標識された抗原の量から検体中のTetranor-PGDMを定量する。
【0040】
抗体と結合した標識された抗原を結合しなかった標識された抗原との分離は、更に抗イムノグロブリン抗体を加えて、(標識抗原)−(抗Tetranor-PGDM抗体)−(抗イムノグロブリン抗体)複合体を沈殿させて分離して、複合体に結合している標識物質又は結合していない標識物質を測定することにより実施することができる。この方法は二抗体法と呼ばれ、チャーコールフィルターを用いた方法などによっても実施することもできる。抗イムノグロブリン抗体は、固相に結合させた抗イムノグロブリン抗体、固相に結合した標識物質又は結合していない標識物質を測定することによっても実施される。抗イムノグロブリン抗体は、周知の方法、例えば物理吸着法、架橋剤又は共有結合を利用した化学結合法、アビジン−ビオチン結合を利用した結合法などにより固相に結合させることができる。標識物質の測定にあたっては標識物質に対応して選択することは言うまでもない。
【0041】
本発明のキットには、抗Tetranor-PGDM抗体が含まれ、さらに好ましい実施形態では、標識されたTetranor-PGDM、抗Tetranor-PGDM抗体が含まれる。キットには、必要に応じて例えば抗Tetranor-PGDM抗体と結合する抗イムノグロブリン抗体、検体希釈液、抗体ないし標識Tetranor-PGDMの希釈液、既知濃度の標準Tetranor-PGDM等、EIA用のキットでは、基質、停止液等を加えることができる。
【0042】
本発明に使用するTetranor-PGDMの測定を実施する検体としては、特にヒトから採取される尿を挙げることができる。
【0043】
筋変性疾患患者の効果判定方法では、治療薬の投与前後の検体(特に尿)中におけるTetranor-PGDMの測定値を比較する。
【0044】
検体は、一日分を蓄尿した検体を用いてもよく、採取した検体をそのまま用いて測定を行うこともできる。採取した尿は室温で保存してもよいが、測定に用いるまで低温で保存することが好ましい。
【0045】
検体に含まれるTetranor-PGDMの測定は、採取される検体全量を基準として実施してもよいし、採取される検体の一部について、クレアチニンなどの基準物質による補正を考慮して実施してもよい。
【0046】
操作の簡便性から、検体に含まれるTetranor-PGDMの測定は、採取される検体の一部について、クレアチニンによる補正を考慮して実施することが好ましい。
【0047】
次に本発明に使用する所定値について説明する。
【0048】
筋変性疾患患者の治療効果判定の所定値については、健常者と患者の検体中のTetranor-PGDMを測定し、各々の測定値により、常法に従い治療効果の有無を判定する基準となる「所定値」を決定することができる。
【0049】
所定値を求めるときは、例えば検体が尿である場合、健常者と筋変性疾患患者の一日蓄尿あるいは定められた時刻に採取された尿を使用することが好ましい。
【0050】
Tetranor-PGDMの測定による治療効果の判定方法は、治療薬投与を伴う治療管理下において、治療薬投与前の患者の尿中に含まれるTetranor-PGDM濃度の値を所定値とし、尿中のTetranor-PGDM濃度の値がこの所定値よりも有意または有意傾向をもって低下する場合には治療薬ないし治療方法が有効であると判定されその治療法ないし治療薬投与を続ける。また、尿中のTetranor-PGDM濃度の値が有意または有意傾向をもって低下しない場合には治療方法ないし治療薬は有効ではないと判断し、他の治療薬ないし治療方法を試みることになる。
【実施例】
【0051】
以下、本発明を実施例を用いてより詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されない。
実施例1
1.材料及び方法
(1)材料および検体
筋ジストロフィーモデル動物として、以下の動物を使用した。
筋ジストロフィーマウス:mdx (C57Bl/10 ScSn、入手先:JAX Laboratories)
筋ジストロフィー犬 :CXMD
J(CXMDJ、入手先:国立精神・神経センター)
また、比較対照動物として同系統の動物を使用した。
Wild-type マウス(C57BL/10 ScSn、入手先:JAX Laboratories)
正常ビーグル犬(入手先:国立精神・神経センター)
【0052】
(2)被験化合物
被験化合物として、公知の造血器型プロスタグランジンD合成酵素(HPGDS)阻害剤として入手可能な、被験化合物1;4-ベンズヒドリルオキシ-1-{3-(1H-テトラゾール-5-イル)-プロピル}ピペリジン(Jpn. J. Pharmacol., 78, 1-10 (1998))、被験化合物2;N-メトキシ-N-メチル-4-(5-ベンゾイルベンゾイミダゾール-2-イル-3,5-ジメチルピロール-2-カルボキサミド(国際公開WO2007007778号公報)を用いた。
【0053】
(3)マウス尿採取
4週齢のmdxマウスを用いて、溶媒(0.5% メチルセルロース溶液)あるいは被験化合物1を30mg/kgの用量で5日間経口投与した。被験化合物1の投与開始前および投与5日後の尿は、マウス用代謝ケージを用いて約12時間採取した。また、比較対照として同週齢の同系統wild-typeマウスから尿を採取した。尿中クレアチニン濃度は測定キット(Lタイプワコー CRE・M、和光純薬)を用いて行った。
【0054】
(4)犬尿採取
CXMD
Jに溶媒(0.5% メチルセルロース溶液)あるいは被験化合物2を約1年間経口投与した後、溶媒投与犬には被験化合物2を、また被験化合物2投与犬には溶媒投与を開始した。溶媒投与から被験化合物2投与への切り替え前に、被験化合物2投与から溶媒投与への切り替え前にそれぞれ尿を採取した。また、投与液を切り替え後は経時的に尿を採取した。また、比較対照として正常ビーグル犬から尿を採取した。
【0055】
(5)尿の前処理
採取したマウスあるいは犬の尿200μLに、内部標準としてTetranor-PGDMの重水素標識体であるTetranor-PGDM-d6(Cayman Chemical社)5ngを混合した。精製水で容量を2mLとし、pHを3に調整した。あらかじめアセトニトリル5mLおよび精製水5mLで平衡化したSep-Pak Vac C18カートリッジ(Waters)に尿を注入した。精製水で調製した10%アセトニトリル溶液5mLおよびヘキサン10mLで洗浄後、酢酸エチル5mLで溶出させ、窒素気流下で乾固した。残渣を精製水で調製した10%アセトニトリル溶液100μLに溶解し、測定サンプルとした。
【0056】
(6)Tetranor-PGDMの測定
前処理後の尿サンプルを用いて、Tetranor-PGDM量を測定した。測定には高速液体クロマトグラフィー−タンデムマススペクトロメトリー(HPLC-MS/MS)装置を使用した。HPLC装置として、Prominence system(システムコントローラ―CBM-20A、送液ユニットLC-20AD2台、オンライン脱気装置DGU-20A
3、カラムオーブンCTO-20A、冷却機能付きオートサンプラーSIL-20AC、島津製作所製)、ガードカラムとしてInertsilODS3、内径2.1mm×長さ50mm(GLサイエンス社製)を、分離カラムにはInertsilODS3、内径2.1mm×長さ250mm(GLサイエンス社製)を使用し、移動相は0.01%〜0.2%蟻酸あるいは0.01%〜0.2%酢酸と、アセトニトリルあるいはアセトニトリル/メタノール(90:10)の濃度勾配で流速は0.2mL/minとした。カラムオーブンは37℃、オートサンプラーは4℃に設定した。MS/MS部はエレクトロスプレーイオン化をイオン源とする3連四重極型質量分析装置(4000 Q TRAP LC/MS/MS system、アプライドバイオシステムズ社製)を用いた。定量法としてはMRM (Multiple Reaction Monitoring)法を用いた。本法は、親イオン(プレカーサーイオン)とCID(衝突誘起解離)により生じたフラグメントイオンの質量から、真の親イオンのみを特異的に選択し、その面積から親イオンを正確に定量する方法であり、すなわちエレクトロスプレーイオン化法により目的分子の親イオンを生成し、1番目の質量分析器(Q1)で当該親イオンを分離し、衝突部(Q2)ではCID(衝突誘起解離)により当該親イオンに特徴的なフラグメントイオンを生成し、さらに2番目の質量分析器(Q3)では当該フラグメントイオンを分離し、その下流の検出部で当該フラグメントイオンを検出する。Tetranor-PGDM(質量数328)の検出は生成したm/z(質量数÷電荷)327のイオンをさらにCID(衝突誘起解離)によって分解し、生成するプロダクトイオンm/z155、143、109のいずれかを用いて行った。内部標準Tetranor-PGDM-d6(質量数334)の検出は生成したm/z(質量数÷電荷)333のイオンをさらにCID(衝突誘起解離)によって分解し、生成するプロダクトイオンm/z161、149、109のいずれかを用いて行った。データ解析はMS/MSに付属するソフトウェアAnalyst Version 1.4.1を用いて行った。作成されたマスクロマトグラムから、Tetranor-PGDM由来のピークについて面積計算を行い、標準試料を用いて作成した検量線より各ピークの定量を行った。定量の際には、分析毎の抽出効率およびイオン化効率を補正するために内部標準として導入したTetranor-PGDM-d6由来ピークの面積値を用いて補正を行った。
【0057】
(7) 症状評価
mdxマウスでの症状評価として、マウス用握力測定装置(トラクションメーター、ブレインサイエンスイデア製)を用いて前肢の握力を測定した。1回の測定を2分以内に行い、5回の試行における平均値を算出した。
【0058】
2.結果
(1)mdxマウスで尿中Tetranor-PGDM濃度は高値を示す
尿中クレアチニン濃度で補正したTetranor-PGDM濃度はwild-typeマウスにおいて6.8±1.0ng/mg Cre(平均値±標準誤差)であったが、mdxマウスでは17.8±0.8ng/mg Cre(平均値±標準誤差、p<0.0003)であり、約3倍の高値を示した。この結果は、尿中Tetranor-PGDM濃度が筋ジストロフィー症状発現に伴う尿中マーカーとなることを示している。
【0059】
(2)HPGDS阻害剤はmdxマウスの症状を改善し、尿中Tetranor-PGDM濃度を減少させる
次に、mdxマウスの症状に対するHPGDS阻害剤の作用を評価した。溶媒投与群では前肢握力の有意な変化はなかったが、被験化合物1を反復経口投与することでmdxマウスの前肢握力は有意に増加した(
図1右)。同じmdxマウスでの尿中Tetranor-PGDM濃度を測定した結果、被験化合物1投与群では尿中Tetranor-PGDM濃度が有意に低下した(
図1左)。この結果はmdxマウスでの症状改善と尿中Tetranor-PGDM濃度の変動が相関することを示している。
【0060】
(3)CXMD
Jで尿中Tetranor-PGDM濃度は高値を示した
正常犬に比べて、筋ジストロフィーモデル犬であるCXMD
Jでは尿中Tetranor-PGDM濃度は高値を示し、被験化合物2を投与したCXMD
Jでは尿中Tetranor-PGDM濃度が減少した(表1)。この結果は、尿中Tetranor-PGDM濃度が筋ジストロフィー症状発現に伴う尿中マーカーとなることを示している。
【0061】
【表1】
【0062】
(4)HPGDS阻害剤投与によりCXMD
Jでの尿中Tetranor-PGDM濃度は低下した
約1年間にわたり被験化合物2を経口投与した後に、溶媒投与に切り替えたCXMD
Jでは尿中Tetranor-PGDM濃度が増加し(
図2左)、症状スコアが増悪していた。一方、約1年間にわたり溶媒を経口投与した後に、阻害剤投与に切り替えたCXMD
Jでは尿中Tetranor-PGDM濃度が低下し(
図2右)、症状スコアが軽減していた。この結果は、尿中Tetranor-PGDM濃度の変動が筋ジストロフィー治療薬投与による効果判定マーカー、又は予測マーカーになりうることを示している。