【実施例】
【0202】
以下に具体的な実施例を説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0203】
<実施例1>D-3-フェニル乳酸の生産菌のスクリーニング及びそれの生産するフェニルピルビン酸還元酵素(PPR)の精製
(1)D-3-フェニル乳酸を生産するTK1菌株の取得
日本国の茨城県つくば市内の環境中の土壌や水を数十箇所で採取し、適宜希釈後、YPD寒天培地(2%酵母抽出液、1%ポリペプトン、1%D−グルコース/蒸留水 1L)に塗布した。28℃で2日から4日培養後、現れたコロニーを適宜希釈後、新たなYPD寒天培地に接種することにより、純粋分離した。さらに分離した菌株1白金耳を表1に示すMinimum medium(以下、「MM」ともいう)液体培地に植菌し、好気条件にて、28℃で2日から4日培養した。
【0204】
光学活性フェニル乳酸の生産量が良好なものを、以下の測定方法にて選抜し、そのうち1つをTK1菌株とした。
【表1】
【表2】
【0205】
〔3−フェニル乳酸の定性及び定量方法〕
1)ガスクロマトグラフィー質量分析計(GC/MS)を用いた3−フェニル乳酸の定性
試料を、1% NaOH 200 μL、Methanol 167 μL、Pyridine 34 μLに完全に懸濁する。これに、Methyl chlorocarbonateを20 μL加え、激しく攪拌することにより試料をメチル化する。Methyl chlorocarbonateを加え攪拌する操作を繰り返した後、Chloroformを400 μL加え、攪拌する。次に、50 mM Sodium bicarbonateを加え、攪拌後の水層を除去する。得られたChloroform層に0.1gのSodium sulfateを加えることによりChloroform層を完全に脱水し、得られた溶液に含まれる有機酸をGC/MS(GCMS-QP2010 Plus、Shimadzu)を用いて測定する。このGC/MS分析の条件を以下に示す。
【0206】
なお、培養液を分析する場合、培養液5 mLを、1% NaOHを用いてpHを9から10に調整し、遠心エバポレーターを用いて減圧乾燥し、これを試料として使用する。
【0207】
分析器:GC/MS-QP2010 Plus (Shimadzu)
カラム:DB-5(0.32 mm x 30 m)
カラム温度:60 ℃ (2 min)-8℃/min-180℃ (5 min)-40℃/min-220℃ (5 min)
インターフェイス温度:230℃
イオンソース温度:250℃
キャリアガス:He
流量:30 mL/min
2)高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いた3−フェニル乳酸の定量
試料中の3−フェニル乳酸の定量はHPLCを用いて、以下の分析条件にて、分析する。
【0208】
なお、培養液を分析する場合は、濾過や遠心分離等により菌体を除去した培養上清を試料として使用する。
【0209】
分析器:HP-1100 ( Hewlett-Packard)
カラム:TSKgel ODS-80(登録商標) (4.6 × 150 mm, Tosoh, Tokyo, Japan)
カラム温度:28℃
流速:1.0 mL/min
移動相:20 mm potassium phosphate buffer (pH 2.5): methanol (6:4, v/v)
3)HPLCを用いたキラル分析
試料(酵素反応液)中の3−フェニル乳酸の光学異性を、HPLCを用いて、以下の分析条件にて、決定する。なお、培養液を分析する場合には、培養液から濾過や遠心分離等により菌体を除去した培養上清を試料として使用する。
【0210】
分析器:HP-1100 ( Hewlett-Packard)
カラム:Nucleosil Chiral-1 (Macherey-Nagel)
カラム温度:60℃
流速:1.2 mL/min
移動相:0.5 mM CuSO4
【0211】
(2)TK1菌株の同定
全容50 mLの試験管に分注したYPD培地 10 mLに、予め菌体を生育させたYPD寒天培地から、菌体を一白金耳植菌し、30℃で2日間、120 rpmで振とう培養した。
【0212】
前培養液2.5 mLから菌体を遠心分離により集菌し、その沈殿を生理食塩水で洗浄した。これを10 mLのMM液体培地全容50 mLの試験管に植菌し、30℃で2日間、120 rpmで振盪培養した。なお、嫌気条件下で培養する際には、試験管の気相を窒素で置換しブチルゴム栓をし、これを30℃、6日間、120 rpmで振とう培養した。
【0213】
〔26S rDNA-D1/D2塩基配列解析〕
抽出からサイクルシーケンスまでの操作は、DNA抽出(物理的破壊およびMarmur(1961))、PCR(puReTaq Ready-To-Go PCR beads(Amersham Biosciences, NJ, USA))、サイクルシーケンス BigDye Terminator v3.1 Kit (Applied Biosystems, CA, USA)、使用プライマー (NL1およびNL4 (O’Donnell, 1993))、シーケンス (ABI PRISM 3130xl Genetic Analyzer System (Applied Biosystems, CA, USA))、相同性検索および簡易分子系統解析(ソフトウェア アポロン2.0 (テクノスルガラボ), データベース アポロン DB-FU3.0 (テクノスルガラボ), 国際塩基配列データベース (GeneBank/DDBJ/EMBL))の各プロトコルに従った。
【0214】
〔生理性状試験〕
試験方法はBarnett et al. (2000)およびKurtzman and Fell (1998)に準拠し、培養は温度耐性試験を除き25℃で行った。表3に示す生理性状の試験を行った。その結果を表3に示す。
【表3】
【0215】
〔簡易形態観察〕
光学顕微鏡(BX オリンパス、東京)を用いて簡易形態観察を行った。その結果を
図1に示す。なお、バーは、5μmである。
【0216】
〔TK1菌株の同定〕
アポロンDB-FUに対するBLAST(Altschul, S.F. et al., (1990) J. Mol. Biol. 215:403-410.)を用いた塩基配列の相同性検索の結果、Strain TK1菌株の26S rDNA- D1/D2塩基配列は、子嚢菌酵母の一種である
Wickerhamia fluorescens の基準株である NRRL YB-4819のそれと100%の相同性を示した。GenBank/DDBJ/EMBLなどの国際塩基配列データベースに対しする相同性検索においても、Strain TK1菌株の26S rDNA-D1/D2塩基配列は、
W.
fluorescensのNRR YB-4819菌株に対して、100%の高い相同性を示した。
【0217】
また簡易形態観察の結果、Strain TK1菌株の栄養細胞は、レモン形、卵形、長卵形であり、増殖は両極出芽により、出芽部位は広く、偽菌糸の形成が認められた(
図1)。また、培養開始19日目には、子嚢にスポーツ帽形の子嚢胞子を形成されることが確認された。これらの形態学観察は
W.
fluorescensの形態学的特徴と一致する(Kurtzman C.P., Fell J.W. The Yeasts: A Taxonomic Study, 4th edition Elsevier, Amsterdam, Netherlands.)。
【0218】
生理・生化学的性状試験の結果、Strain TK1菌株は糖発酵性を示し、炭素源としてイノシトールを資化せず、窒素源として硝酸塩を資化しなかった(表3)。これらはWickerhamia属の特徴と一致した(Kurtzman C.P., Fell J.W. The Yeasts: A Taxonomic Study, 4th edition. Elsevier, Amsterdam, Netherlands.)。
【0219】
以上の生理性状試験、簡易形態観察の結果は26S rDNA-D1/D2塩基配列の結果を支持するものであった。このことより、Strain TK1菌株は、
W.
fluorescensに帰属すると推定され、本菌株を
W.
fluorescens TK1と命名した。新規な微生物として、2010年12月13日、〒305−8566 茨城県つくば市東1−1−1 つくばセンター 中央第6、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(IPOD)に、
Wickerhamia fluorescens TK1(FERM AP-22048)として寄託した。
【0220】
(3)
W.
fluorescens TK1菌株が生産する3−フェニル乳酸の光学異性
W.
fluorescens TK1菌株が生産する3-フェニル乳酸の光学異性を決定した。培養上清を、上述の如きキラル分析(Nucleosil Chiral-1カラム)に供した(
図2)。その結果、生産されていた3-フェニル乳酸はD-3-フェニル乳酸と同一の保持時間を示し、L-3-フェニル乳酸とは異なるピークを与えた。このことより、
W.
fluorescens TK1菌株はエナンチオ選択的にD-3-フェニル乳酸を生産することが明らかとなった(
図2)。
【0221】
なお、
図2(a)はD-3-フェニル乳酸及びL-3-フェニル乳酸の標品;(b)は本菌株のMM培地培養後の上清;(c)は本菌株のGPAMM培地培養後の上清;(d)は本菌株から得られた酵素にてフェニルピルビン酸の基質を処理したものである。
【0222】
(4)MM培地(最少培地)を用いて
W.
fluorescens TK1菌株で培養した際のD-3-フェニル乳酸の生産性
W.
fluorescens TK1菌株を初期菌体濃度を0.2(O.D.600)に合わせ、MM培地を用いて好気条件下で5日間振とう培養(羽根付きフラスコ、100 mL)し、経時的に培養上清をサンプリングした。その結果、菌体の増殖は培養開始24時間以降には定常期に入った。D-3-フェニル乳酸の生産量は定常期に入っても増え続け、培養開始96時間目には培地中に0.1 mMのD-3-フェニル乳酸を生産していた(
図3)。
【0223】
なお、
図3〜5の「Cell Density」は、菌体量を示し、「PLA」はD-3-フェニル乳酸の濃度を示し、また「PPA」はフェニルピルビン酸の濃度を示し、「Phe」はL−フェニルアラニンを示す。
【0224】
(5)D-3-フェニル乳酸の生産に対するフェニルアラニンとフェニルピルビン酸の影響
W.
fluorescens TK1菌株を初期菌体濃度を0.2(O.D.600)に合わせ、MM培地に、フェニルピルビン酸を添加したGPAMM培地(表4)と、L-フェニルアラニンを添加したGPMM培地(表5)をそれぞれ用いて好気条件下でそれぞれ2日間および3日間振とう培養(羽根付きフラスコ、100 mL)し、経時的に培養液をサンプリングし、本菌によるD-3-フェニル乳酸の生産量を測定した(
図4及び5)。
【表4】
【表5】
【0225】
その結果、
W.
fluorescens TK1菌株は培地にL-フェニルアラニンを添加すると、添加しない際と比較して、菌体量は5.1倍となり、D-3-フェニル乳酸を57.5倍生産した。また、フェニルピルビン酸を添加すると菌体量は1.5倍となり、D-3-フェニル乳酸を8.9倍生産した。
【0226】
培地に5 mM のL-フェニルアラニンを添加した場合、培養24時間後にはL-フェニルアラニンは検出されなくなり、代わりに同レベル(5.7 mM)のD-3-フェニル乳酸が蓄積された。このことより、本菌によりL-フェニルアラニンがD-3-フェニル乳酸へと変換されたと考えられた。すなわち、本菌株は、光学活性フェニル乳酸を生成する酵素を有すると考えられた。
【0227】
また、L-フェニルアラニンの減少とD-3-フェニル乳酸の生産に伴った菌体の増殖が見られた。L-フェニルアラニンを添加しているGPMM培地(
図4)、L-フェニルアラニンを加えていないMM培地を用いた培養(
図3)、フェニルピルビン酸を添加しているGPAMM培地(
図4)を用いた培養での菌体の増殖量を比較すると、L-フェニルアラニンを添加しているGPMM培地を用いた培養で最も多かった。
【0228】
これは、L-フェニルアラニンのアミノ基から遊離するアンモニアが窒素源として利用されるため本菌の増殖が促進されたためと考えられる。
【0229】
(6)
W.
fluorescens TK1菌株が生産する酵素を含む無細胞抽出液の調製
湿菌体重量1.0 gあたり酸化アルミニウム2.5 gとプロテアーゼ阻害剤phenylmethylsulfonyl fluoride(PMSF)、N-tosyl-L-phenylalanylchlormethyl ketone(TPCK)各0.2 mM、10%グリセロールと1 mM dithiothreitol(DTT)を含んだ20 mMのリン酸緩衝液を加えて、菌体を乳棒と乳鉢を用いて破砕した。破砕液に菌体と同量の同緩衝液を加え、15000×gで遠心分離した。得られた培養上清を無細胞抽出液とした。以上の操作は氷中にて行った。
【0230】
(7)無細胞抽出液からの本酵素PPR回収条件の検討
フェニルピルビン酸のD-3-フェニル乳酸への還元を触媒する酵素(フェニルピルビン酸還元酵素)である本酵素PPRを
W.
fluorescens TK1菌株の無細胞抽出液から精製するのに先立って、本菌の本培養の培養時間と無細胞抽出液中のPPR活性の関係を検討した。GPMM培地を用いて培養開始4、12、48時間後の菌体より無細胞抽出液を調製したところ、培養時間12時間でのPPR活性が4時間、48時間に比べそれぞれ1.8、3.4倍高かった(
図6)。
【0231】
以上の結果から、精製に用いる菌体は12時間培養したものを用いることとした。なお、培養開始12時間後は3-フェニル乳酸の生産が行われる時間と一致することから、本酵素PPRは3-フェニル乳酸の生産に関わっている可能性が示唆された。
【0232】
(8)本酵素PPRの至適pHの検討
pH 5.5〜8のTris-HCl緩衝液(pH 7, 7.5, 8)、リン酸緩衝液(pH 5.5, 6, 6.5, 7)の各pH緩衝液を反応液に用いてPPR活性を測定し、本酵素PPRの反応の至適pHを検討した。pH 6.5で最も高いPPR活性が検出された(
図7)。このことから、本酵素PPRの至適pHは6.5であり、以後の活性測定のpHは6.5で行った。
【0233】
(9)
W.
fluorescens TK1菌株由来の本酵素PPRの調製
上述の如く、無細胞抽出液を調製し、この無細胞抽出液を100,000×gで1時間遠心分離した。
【0234】
更に、以下に示すように、遠心分離後の無細胞抽出液から、Butyl Shepharoseカラム、2’5’-ADP-Sepharoseカラム、次いでMonoQ HR 5/5カラムの各種クロマトグラフィーにて分離精製を行い、本酵素PPRを得た。
【0235】
〔Butyl Shepharoseカラム〕
遠心分離後の無細胞抽出液に、20%となるように硫安を添加した。wash buffer(10% glycerol, 1 mM dithiothreitol (DTT), 20 mMのリン酸緩衝液, 20% (NH
4)
2SO
4, pH7)をカラム容積の5倍量流しカラムの平衡化を行った。このカラムに調製したサンプルをのせ硫酸アンモニウムの直線濃度勾配(20%-0%)により溶出を行い、活性画分を得た。
【0236】
〔2’5’-ADP-Sepharoseカラム〕
上記で得られた活性画分を、透析buffer(10% glycerol, 1 mM DTT, 20 mMリン酸緩衝液, pH7)に対して一晩透析を行った。このサンプルを、wash buffer(10%glycerol, 1 mM DTT, 20 mMリン酸緩衝液, pH7)を5倍量流し平衡化を行った2’5’-ADP-Sepharoseカラムに供した。溶出はelution buffer(10% glycerol, 1 mM DTT, 0.1-1 mM NADP
+, 20 mMリン酸緩衝液, pH7)にて行い、活性画分を得た。
【0237】
〔MonoQ HR 5/5カラム〕
上記で得られた活性画分を、equilibration buffer(10% glycerol, 1 mM DTT, 20 mMリン酸緩衝液, pH7)で平衡化したMonoQ HR 5/5カラム(GE Healthcare)に供し、NaCl直線濃度勾配(0%-15%)により溶出を行った。
【0238】
〔PPR活性の測定法〕
PPRの活性測定は、酵素反応液として50 mM リン酸緩衝液(pH 6.5)、2 mM フェニルピルビン酸、0.1 mM NADPHを用い、これに試料(酵素液や無細胞抽出液など)を加えることにより反応を開始する。反応温度は25℃。活性は、反応に伴い生成されるNADPHの持つ340nmの波長の吸収の減少を紫外・可視分光時計(Beckman-Coulter DU-800)を用いて測定することによって定量する。NADPHの340 nm の波長の吸収のモル吸光係数は、6.2 mM
-1・cm
-1とする。
【0239】
〔Phenylalanine aminotransferase(PAT)の活性測定〕
PATの活性測定は、酵素反応液として50 mMリン酸緩衝液(pH 6.5)、10 mM L-フェニルアラニン、2.5 mM 2-オキソグルタル酸、12.5 μM Pridoxal phosphateを用い、これに試料(酵素液や無細胞抽出液など)を加えることにより反応を開始する。反応温度は37℃、反応時間30分とする。2 N NaOHを800 μL添加することで反応を終了させた。活性は、反応に伴い生成されるフェニルピルビン酸の持つ320 nmの波長の吸収の増加を測定することによって定量した。なおフェニルピルビン酸のモル吸光係数は17.5 mM
-1・cm
-1(Whitaker RJ., et al. J. Biol. Chem. (1982) 257, 3550-3556.)とする。
【0240】
〔PPRの分子量の定量〕
PPRの分子量の測定は、12.5%ポリアクリルアミドゲルを用いたSDS-PAGE及び/又はゲルろ過法により行う。
【0241】
SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動法を用いる際には、Laemmliらの方法に従い、行う。
【0242】
また、ゲル濾過法を用いる際には、polyethylene glycol 20,000を用いて濃縮した精製本酵素PPRサンプルなどを予めelution buffer(10% glycerol, 1 mM DTT, 20 mMリン酸緩衝液, 0.15 mM NaCl pH7)で平衡化させたSuperose 6 10/300に供し、カラム容量の1倍のelution bufferで溶出する。
【0243】
標準タンパク質として、牛血清アルブミン(M.W. 67,000)、キモトリプシノーゲン(M.W. 25,000)、α-アミラーゼ(M.W. 45,000)、β-アミラーゼ(M.W. 200,000)を用いる。
【0244】
菌体30 gより調製した無細胞抽出液中の総タンパク量は592.2 mgであり、D-3-フェニル乳酸の生産の総活性は190.8 μmol/mLであった。すなわち、フェニルピルビン酸還元酵素が無細胞抽出液中に存在することが確認できた。
【0245】
これを遠心分離して得られた可溶性画分を、上述の如く、Butyl-Sepharose(疎水カラム)、2’5’-ADP-Sepharose(アフィニティーカラム)、Mono Q HR 5/5(強陰イオン交換カラム)に順次供した結果、本酵素PPRの比活性を2260倍まで濃縮でき、収率41%で本酵素PPRが精製できた(表6)。
【0246】
精製した本酵素PPRをSDS-PAGEに供した結果、単一バンドであることが示され、またその分子量は40,000であった(
図8)。ゲル濾過法により、精製した本酵素PPR酵素の分子量は80,000と見積もられたことより本酵素PPRはホモ二量体を形成していることが明らかとなった(
図8)。
【表6】
【0247】
(10)
W.
fluorescens TK1菌株由来の生成する酵素の諸性質
〔PPRの酵素学的解析〕
本酵素PPRはNADPH依存的に、フェニルピルビン酸と反応し、D-3-フェニル乳酸を生産することが、上述のHPLCの測定方法により確認できた。
【0248】
また、2 mMのフェニルピルビン酸と2 mM のNADPHより、2 mMの3-フェニル乳酸が生産されることが確認されたことから、この反応には、以下の化学量論が成り立つことが示された(Scheme 1)。
【化2】
【0249】
D-3-フェニル乳酸、L-3-フェニル乳酸、NAD
+、NADP
+の組み合わせを基質として用いた際の酵素反応は起きなかったことより、本酵素PPRによる反応は不可逆反応であることが示された。
【0250】
また、本酵素PPRはNADPHを補酵素として利用してフェニルピルビン酸、4-ヒドロキシフェニルピルビン酸、グリオキシル酸およびヒドロキシピルビン酸を還元した(Scheme 1及びScheme 2)。
【0251】
このときkcat/Km値はフェニルピルビン酸を基質としたときに最も大きく、373 s
-1 mM
-1であった(表7)。
【0252】
また、NADHを補酵素とした際のkcat/Km値は330 s
-1mM
-1とNADPHを補酵素とした際(10143 s
-1mM
-1)の1/31という低い値になった。そのため本酵素は、補酵素としてNADHとNADPHを利用可能であるが、NADPHに対する特異性が高いことが示された。
【表7】
【0253】
〔金属イオンと阻害剤の影響〕
各金属イオンと各阻害剤をそれぞれ終濃度1 mMで反応系に添加し、PPR活性を測定した。Cu
2+ , Zn
2+ , Fe
2+, WO
2-, Hg
2+ の金属イオンにより、本酵素PPR活性の低下が見られたことから(表8)、これらがPPR活性を阻害することが示された。
【表8】
【0254】
〔D-3-フェニル乳酸生産菌及びそれの生産するPPRの諸性質〕
D-3-フェニル乳酸生産菌を検索した結果、子嚢菌酵母である
W.
fluorescens TK1菌株が培養上清中にD-3-フェニル乳酸を0.1 mM生産していたことから、新規D-3-フェニル乳酸生産菌をスクリーニングすることができたと考えられた。また、L-フェニルアラニンを培地に添加し同様に培養した際のD-3-フェニル乳酸の生産量は5.7 mM生産していた。3-フェニル乳酸の生産の報告がある
G.
candidumではTSBYE培地を用いてジャーファーメンターを用いて培養することで3.6〜6.0 mM(非特許文献2)、乳酸菌ではMRS培地を用いることで0.57 mM(J. Biochem. 2005 138, 741-74915))の3-フェニル乳酸が生産されることが報告されている。また、
Lactobacillus. Sp. SK007が3-フェニル乳酸の前駆体であるフェニルピルビン酸を培地に6 mM添加した際に5.2 mMの3-フェニル乳酸を生産し(Li, X. et al., Biotechnol. Lett (2007) 29, 593-597,)、
L. plantarum TMW1.468、
L. sanfranciscensis DSM20451では培地に50 mMのフェニルアラニンを添加した場合0.04〜0.08 mMの生産がみられた(Vermeulen, N. et al. J. Agric. Food Chem. (2006) 54, 3832- 3839)。以上の結果は、
W. fluorescens TK1菌株がジャーファーメンターなどを用いて培養条件を精密にコントロールしなくて比較的高いD-3-フェニル乳酸を生産する能力をもつことを示しものである。
【0255】
また、
W. fluorescens TK1菌株はD-3-フェニル乳酸をエナンチオ選択的に生産していた。化成品、医薬品はサリドマイドに代表されるようにエナンチオマー同士で生理活性が異なることがある。そのため、キラル分子のエナンチオ選択的な製造が求められている。よって、本菌が高いエナンチオ選択性をもちD-3-フェニル乳酸を生産していることは、本化合物の医薬品原料などへの利用を考える上で大変意義があると考えられる。
【0256】
また、精製した本菌のPPR活性は、フェニルピルビン酸を基質としたときのkcat/Km値が373 s
-1mM
-1であった。この値は、現在までに報告のあるいずれの
Lactobacillus pentosus JCM1558 (非特許文献15)、
Lactobacillu.
plantarum ATCC 8041のDLDH (Taguchi, H.; Ohta, T. J. Biol. Chem. (1991) 266, 12588- 12594)、
Rhizobium etli CFN 42のGRHPR(Fauvart, M. et al. Biochimica et Biophysica Acta 1774 (2007) 1092-1098)の分子活性よりも高い値である(表9)。
【0257】
また、これまでに唯一精製された真菌由来のフェニルピルビン酸を基質とする酵素である
Candida maltosa L4のD-4-hydroxyphenyllactate dehydrogenaseは、
W. fluorescens TK1菌株のPPRと同様にフェニルピルビン酸と4-ヒドロキシフェニルピルビン酸に対して高い親和性を示している。しかし、D-4-hydroxyphenyllactate dehydrogenase はMn
2+を補因子として必要とし、分子量250,000-280,000と本菌PPRの分子量と比較すると非常に大きい。また、本酵素PPRがフェニルピルビン酸に対する親和性が最も高かったのに対して、D-4-hydroxyphenyllactate dehydrogenaseは4-ヒドロキシフェニルピルビン酸に対する親和性の方が高かったことからも、両者は別の酵素であることが考えられる。
【表9】
【0258】
<実施例2>
ppr遺伝子のクローニング及び大腸菌での発現
(1)使用菌株
3-フェニル乳酸生産菌
W. fluorescens TK1菌株を用いた。
【0259】
E. coli Origami B (DE3)を、PPR発現用の宿主として用いた。プラスミドの構築に際しては、
E. coli JM109 株を用いた。
【0260】
(2)培養方法
全容50 mLの試験管に分注した上述のYPD培地10 mLに、予め菌体を生育させたYPD寒天培地から、菌体を一白金耳植菌し、30℃で2日間、120 rpmで振とう培養した。前培養液から菌体を遠心分離により集菌し、その沈殿を生理食塩水で洗浄した。これを150 mLのGPMM培地を含む全容500 mLの羽根つきフラスコに植菌した。これを30℃、12時間、120 rpm、好気条件下で振とう培養した。
【0261】
(3)本酵素PPRのN末端アミノ酸配列解析
〔ブロッティング〕
濾紙をA溶液(0.3 M Tris、5%メタノール)に2枚、B溶液(25 mM Tris、5%メタノール)に1枚、C溶液(25 mM Tris、40mM 6-アミノカプロン酸、5%メタノール)に3枚それぞれ浸した。精製した本酵素PPRをSDS-PAGEで電気泳動した後、ゲルをそれぞれの溶液に浸した濾紙を重ね、転写装置(ホライズブロットAE - 6670P/N、ATTO)を用いて電気的にPolyVinylidene DiFluoride(PVDF)膜(AE-6665、ATTO)に転写した。
【0262】
〔プロテインシーケンス〕
乾燥させたPVDF膜より目的のバンドを切り出し、アミノ酸配列分析装置(Applied Biosystems Procise 492 cLC)に供した。
【0263】
(4)本酵素PPRの内部アミノ酸配列の決定
SDS-PAGEに泳動した精製した本酵素PPRをゲルより切り出し、トリプシンによりゲル内消化した。トリプシン消化ペプチドをMatrix-Assisted Laser Desorption/Ionization Time-of Flight (MALDI-TOF/MS) (AXIMA(登録商標), AXIMA(登録商標)-QIT Shimazu)に供し、得られたフラグメント情報を基にアミノ酸配列を決定した。
【0264】
(5)cDNAの調製
GPMM培地で培養した
W. fluorescens TK1菌株を破砕バッファー(500 mM NaCl, 200 mM Tris-HCl (pH7.5), 10 mM EDTA, 1% SDS)に懸濁し、半量のガラスビーズと等量のフェノール・クロロホルム・イソアミルアルコール(25:24:1)を加えた(フェノクロ処理)。ボルテックスで攪拌したのち遠心分離し、上清を回収し、DNase処理し、フェノール・クロロホルム・イソアミルアルコール抽出を2回繰り返して、2.5倍量のエタノールと1/10倍量の3 M酢酸ナトリウムを添加した(エタノール沈殿)。遠心分離後、沈殿をRLC (RNeasy(登録商標) Plant Mini Kitに付属のもの) 450 μL、2-メルカプトエタノール4.5 μLに懸濁した 。以降のステップは RNeasy(登録商標) Plant Mini Kitのプロトコルに従った。調整したRNAとPrimeScript(登録商標)Reverse Transcriptaseを用いてcDNAを合成した。
【0265】
(6)全DNAの調製
YPD培地で一夜培養した
W. fluorescens TK1菌株を破砕バッファー(100 mM NaCl、10 mM Tris-HCl (pH8.0)、1 mM EDTA、2% TritonX-100)に懸濁し、半量のガラスビーズと等量のフェノール・クロロホルム・イソアミルアルコール(25:24:1)を加えた(フェノクロ処理)。ボルテックスで攪拌したのち遠心分離し、上清を回収し、フェノール・クロロホルム・イソアミルアルコール抽出を2回繰り返して、2.5倍量のエタノールと1/10倍量の3 M酢酸ナトリウムを添加した(エタノール沈殿)。遠心分離後、沈殿を70%エタノールで洗浄した。70%エタノールを捨てアスピレータで乾燥させ、RNaseを加えた適量の滅菌水に懸濁した。
【0266】
(7)クローニング
〔PCR法〕
50 μLのPCR反応系に、得られたcDNAを鋳型として1 μL、10×KOD -Plus- buffer(TOYOBO) 5 μL、各2.5 mM dNTP 4 μL、プライマーNP (5'-ATGAARAARCCNCAGGT-3')(配列番号10)、Oligo dT (5'-TTTTTTTTTTTTTTTTTTTT-3') (配列番号11)、KOD -Plus- DNA Polymerase(TOYOBO) 1 μL、25 mM MgSO4 2 μLを加えた。この反応系に対して、96℃ 30 s、50℃ 30 s、68℃ 3 minの処理を35回行った後、68℃ 5 min伸長反応させた(一次PCR)。さらに、PCR産物をテンプレート1 μL、10×Ex Taq buffer(TaKaRa) 5 μL、各2.5 mM dNTP 4 μL、プライマーNP(配列番号10)、プライマー2427P (5'-GGYTCYTCYTCRAANACRTT-3') (配列番号12)、Ex Taq Polymerase (TaKaRa) 0.5 μLを加えた。96℃ 15 s、56℃ 20 s、72℃ 1 minの処理を35回行い、72℃ 5 min伸長反応させた(二次PCR)。
【0267】
〔PPR遺伝子の全長解析〕
調製した全RNAをもとに、5’ RACE System for Rapid Amplification of cDNA Ends (RACE), Version 2.0 (Invitrogen Co., CA)を用いてPPRの5’-末端のcDNAを合成した。得られたcDNAをテンプレートとして、kit付属のアダプターオリゴヌクレオチドとPPRをコードする遺伝子に特異的なプライマー(GSP1(5'-TGAAAATGCGTTAGTATGTGGAT-3') (配列番号13)、GSP2 (5'-TGCCTTTGCTGCTTTGAATGTAT-3') (配列番号14))を用いてnested PCRした。PCRの反応条件は、96℃ 15 s、56℃ 20 s、72℃ 1 minの処理を35回行い、72℃ 5 min伸長反応させた。PCRで得られた200 kpのDNA断片をアガロース電気泳動により回収し、pGEM(登録商標)-T easy (Promega, Madison, WI)にクローニングした。得られたプラスミドの挿入断片のDNA配列を決定した。
【0268】
3’-末端は3’ RACE System for Rapid Amplification of cDNA Ends (Invitrogen Co., CA)により合成したcDNAをテンプレートとして、プライマーGSP(5'-AACTACGAGGTGCTGCC-3’) (配列番号15)、プライマーGSP nest (5'-GTCCTCCCCAGTTACCATATATAGC-3') (配列番号16)を用いて上記と同様にPCRを行い、得られた270 kbの断片の塩基配列を決定した。
【0269】
〔DNA配列解析〕
DNAの配列解析は全自動 DNAシーケンサー(CEQ2000, Beckman Coulter)を用いて解析した。方法は、プロトコルに従って行った。
【0270】
(8)リアルタイムPCR
W.
fluorescens TK1菌株を、MM培地、GPMM培地、GPAMM培地を用いて30℃ 、8時間培養し、得られた各培地の菌体からRNAを調製した。これを鋳型としてoligo-dT19プライマー、Reverse Transcriptase M-MLV (TAKARA BIO, Inc., Japan)を用いて逆転写反応を行った。得られた一本鎖cDNAを鋳型として、iQ(登録商標) SYBR(登録商標) Green Supermix (Bio-Rad Laboratories Inc., CA)を用いてMiniOpticon(登録商標)version 3.1 (Bio-Rad Laboratories Inc., CA)に供した。それぞれの菌体で
pprA遺伝子の発現量を、18S ribosomal RNAの発現量との比として表した。
【0271】
発現の比率(pprA /18SrDNA)=2
CT(pprA)−CT(18S ribosom)
*C
Tは増幅産物が蓄積し、検出可能な蛍光シグナルが得られたサイクル数。
【0272】
なお、用いた酵素pprA(pprART F (5'-ATTTAGCCGCGATGAAAGAAC-3') (配列番号17)、pprART R (5'-TCGGCAAAGGCACATCC-3') (配列番号18))および18S ribosomeのプライマー(18SRT F (5'-ACCAGGTCCAGACACAATAAGG-3') (配列番号19)、18SRT R (5'-AAGCAGACAAATCACTCCACC-3') (配列番号20))はプライマー作製ソフトprimer 3 (http://frodo.wi.mit.edu/cgi-bin/primer3/primer3.cgi)を用いて設計した。
【0273】
(9)大腸菌を用いた組換えPPR(rPPR)の発現、精製
〔形質転換体の作製〕
W. fluorescens TK1菌株のRNAから調製した一本鎖cDNAとプライマーNde-PPR(5'-GGGTTTCATATGAAAAAGCCTCAG-3')(配列番号21)、Xho-PPR(5'-CCGCTCGAGAACTACAAGATT-3')(配列番号22)を用いて、PCR反応により
pprA遺伝子のcDNA断片を増幅した。これを
NdeI,
XhoIで処理したものをpCWoriを予め同じ制限酵素で処理したものに連結して構築したプラスミド(pCW-PPR)を
E.
coli ATCC31882(ATCCより取得)に導入した(
図9及び
図10参照)。
【0274】
〔発現の誘導〕
得られた組換え体を終濃度100 μg/L アンピシリンナトリウムを含んだLB培地(LA) 10 mLで37℃、12 時間前培養した。この全量を150 mL LAに植菌した。120 rpm, 37℃、2時間培養後、終濃度1 mMのIPTGを添加し、50 rpm、室温で8時間培養した。
【0275】
〔rPPRの精製〕
培養した菌体を集菌し、buffer A (20 mM potassium phosphate (pH 7.0), 10% glycerol, 0.1 mM DTT)に懸濁して、超音波破砕した。破砕液を15,000 rpm, 30 分間遠心分離して上清(無細胞抽出液)を回収した。予めNi
2+を吸着させた後、300 mM NaClを含んだbuffer A (buffer C)で平衡化したchelating Sepharose column (Amersham)に無細胞抽出液を供した。500 mM imidazoleを含んだbuffer Cで溶出した画分を回収し、buffer Aに対して透析し、以降の解析に用いた。
【0276】
(10)分子系統解析
〔アミノ酸配列のアライメント〕
クローニングした
pprA遺伝子の推定アミノ酸配列と相同性のある配列をNational Center for Biotechnology Information(NCBI)のデータベース内で検索した。この際、BLASTを用いた。得られた配列情報を利用してClustalWによるマルチプルアライメント解析を行った。
【0277】
〔系統樹の作成〕
系統樹の作成にはMEGA 4を用いた。系統樹の作製に用いたアミノ酸配列はNCBIより入手した。系統樹の作成は近隣接合法により行い、枝上にブートストラップ反復推定値を示した。
【0278】
(11)本酵素PPRのN末端アミノ酸配列の決定
精製した本酵素PPR(1μg)をPVDF膜に電気的にブロッティングし、本酵素PPRのN末端のアミノ酸配列を分析した。その結果、MKKPOVLILGRIからなる本酵素PPRの12残基のN末端アミノ酸配列を決定することができた(配列番号1)。
【0279】
(12)本酵素PPRの内部アミノ酸配列の取得
SDS-PAGE後の本酵素PPRをゲルより切り出し、トリプシンを用いてゲル内消化を行った。得られたトリプシン消化ペプチドをMALDI-TOF MS解析した。MALDI-TOF MS解析により得られたペプチドピーク中から、m/z 2000.00とm/z 2427.27の二つのペプチドを選び、MALDI-QIT-TOF MSを用いたMS/MS解析を行った(
図11)。得られた質量フラグメントピークの情報をもとにトリプシン消化ペプチドのアミノ酸配列の
de novoシーケンスを行った結果、m/z 2000.00を示すペプチドは19アミノ酸残基からなるNIQAIYGNWGGLASFGGFKのアミノ酸配列(配列番号2)、m/z 2427.27を示すペプチドは22アミノ酸残基からなるVAFAALDVFEEEPFIHPGLIGRのアミノ酸配列(配列番号3)をそれぞれ得ることができた(
図12)。
【0280】
(13)
pprA遺伝子のクローニング
N末端アミノ酸配列(配列番号1)と内部アミノ酸配列m/z 2427.27(配列番号3)の情報を基に、プライマーNP(配列番号10)、プライマー2427P(配列番号12)をそれぞれ設計した。
W. fluorescens TK1菌株より調製したcDNAを鋳型とし、プライマーNP(配列番号10)、プライマーOligo dT(配列番号11)を用いてPCRを行った。さらに、PCR産物を鋳型として、プライマーNP(配列番号10)、プライマー2427P(配列番号12)を用いてPCRを行った。その結果、935 bpの目的のDNA断片が増幅された(
図13)。
【0281】
増幅されたDNAの塩基配列をもとにプライマーを設計し、RACE法により
pprA遺伝子の両末端の塩基配列を解析した。その結果、
pprA遺伝子は364残基のアミノ酸をコードする1,095 bpの塩基対からなることが示された(
図14:配列番号4及び5)。この推定アミノ酸配列中には、上記で決定したPPRのN末端および内部アミノ酸配列をともに見出すことができた。また、ゲノムDNAより増幅した配列とcDNAより増幅した配列とを比較したところ、
pprA遺伝子にはイントロンが存在しないことが明らかとなった。
【0282】
(14)
pprA遺伝子の染色体上でのコピー数
W. fluorescens TK1菌株のゲノム上に存在する
pprA遺伝子のコピー数を確認するためにサザンブロット解析を行った(
図15)。制限酵素(
HindIII、
EcoRI、
PstI、
BamHI)で処理した
W. fluorescens TK1菌株の全DNAに対して、
pprA遺伝子の配列を含むDNA断片をプローブとしてサザンハイブリダイゼーションを行った。その結果、いずれの制限酵素処理した全DNAを用いた場合でもバンドは一本のみ検出された。このことより、ゲノム上に存在する
pprA遺伝子は1コピーのみであり、精製した本酵素PPRは
pprA遺伝子が発現したものであることが示された。
【0283】
(15)L-フェニルアラニンによる本酵素PPRの発現制御
GPMM培地(D-グルコース及びL-フェニルアラニンを含む)、GPAMM培地(D-グルコース及びフェニルピルビン酸を含む)、MM培地(D-グルコースを含む)をそれぞれ用いて
W. fluorescens TK1菌株を10時間、30℃でそれぞれ培養して得られた菌体の無細胞抽出液中のPPR活性を上述の〔PPR活性の測定法〕に従って測定した。その結果、L-フェニルアラニンを添加したGPMM培地を用いて得られた菌体の無細胞抽出液中のPPR活性は0.22 μmol/min/mgであり、MM培地を用いて培養した際の活性に比べ3.6倍であった。また、フェニルピルビン酸を添加したGPAMM培地を用いた際のそれと比べ3.0倍高かった(
図16)。同様の条件下で
W. fluorescens TK1菌株を8時間培養して得られた菌体の
pprA遺伝子の転写量をリアルタイムPCRを用いて測定した。その結果、5 mMフェニルアラニンを添加したGPMM培地を用いて培養した菌体での
pprA遺伝子の発現量がMM培地を用いた条件に比べ40倍、GPAMM培地を用いて培養した条件に比べ18倍増加していた(
図16)。以上の結果から、
pprA遺伝子の発現は、フェニルアラニンによって誘導されることが示された。
【0284】
(16)大腸菌を用いた酵素rPPRの発現、精製
〔酵素rPPRの精製〕
大腸菌Origami B株にpET21aに
pprA遺伝子のcDNAを組込んだプラスミドを導入した。N末端にHisを付加させた本酵素PPRを発現させた後、chelating Sepharoseカラムを用いて精製した(
図17)。その結果、40 kDaに単一バンドが得られたことから、酵素rPPRを精製できたことが示された。
【0285】
〔酵素rPPRの酵素学的諸性質〕
精製した酵素rPPRは
W. fluorescens TK1菌株の酵素PPRと同様に、NADPHを補酵素として利用可能であり、フェニルピルビン酸、4−ヒドロキシフェニルピルビン酸、グリオキシル酸およびヒドロキシピルビン酸を基質とした際のkcat/Km値はフェニルピルビン酸を基質としたときが最も高かった(表10)。また、ピルビン酸とオキサロ酢酸を基質とした活性は検出されなかった(データ示さず)。これらのことより、大腸菌を用いて発現させた酵素rPPRも、
W. fluorescens TK1菌株由来の酵素PPRと同様の基質特異性を示すことが明らかとなった。
【表10】
【0286】
(17)本酵素PPRの分子系統解析
〔酵素PPRのアライメント解析〕
酵素PPRの推定アミノ酸配列は、相同性が最も高かった
Candida dubliniensis の機能未知遺伝子の推定アミノ酸配列と54%の相同性しか示さなかった。また、機能が明らかとなっているタンパク質のアミノ酸配列では
L. plantarum 由来のD-lactate dehydrogenase(DLDH)と20%、
R. etli CFN 42の組換えGRHPRと25%、
Solenostemon scutellarioide由来のhydroxyphenylpyruvate reductase(HPPR)と27%の相同性を示したのみであった。
【0287】
C. dubliniensisの機能未知遺伝子、
L. plantarum由来のDLDH、
R. etli CFN 42の組換えGRHPR、
S. scutellarioide由来のHPPRおよび
W.
fluorescens TK1菌株の推定アミノ酸配列を用いてアライメント解析を行った。
【0288】
W. fluorescens TK1菌株の推定アミノ酸配列上の185-331番目にはNADH/NADPH結合ドメインが見られた。さらにNADH/NADPH結合モチーフと思われる配列 -G-X-G-X-X-G-がPPRの推定アミノ酸配列に見られた(
図18)。また、ヒト由来GRHPR(Booth MP, et al. J Mol Biol. (2006) 360, 178-189.))の基質結合部位として同定されている基質のカルボキシル基の酸素原子と水素結合する86番目のバリン(V)(V83 in GRHPR)、87番目のグリシン(G)(GRHPR: G274)、基質のカルボキシル基とカルボニル基の酸素原子と水素結合する282番目のアルギニン(R)(GRHPR: R269)残基が酵素PPRに保存されていた。酸塩基触媒である329番目のヒスチジン(H)(GRHPR: H329)残基とH329残基のイミダゾール環と水素結合する311番目のグルタミン酸(E)(GRHPR: E311)残基も保存されていた。DLDHとGRHPRはD-isomer specific 2-hydroxyacid dehydrogenase superfamilyに属する酵素であることから、本供試菌のPPRも同ファミリーに属することが示唆された。
【0289】
〔系統樹〕
GRHPR、HPPR、DLDH、formate dehydrogenase(FDH)、L-lactate dehydrogenase(LLDH)およびmalate dehydrogenase(MDH)ファミリーに属する既知の酵素と、本酵素PPRと相同性の高かった機能未知タンパク質のアミノ酸配列を選抜し、分子系統樹を作製した。その結果、PPRはLLDH、MDH superfamily とは異なるクラスターに属しておりD-isomer specific 2-hydroxyacid dehydrogenase superfamilyに分類された。
【0290】
さらに詳細な系統解析を行うために、D-isomer specific 2-hydroxyacid dehydrogenase superfamilyに属するHPPRまたはGRHPRファミリーに属する酵素と、本酵素PPRおよび本酵素PPRと、相同性を示した機能未知タンパク質のアミノ酸配列を選び、系統樹を作製した。その結果、本菌のPPRは既存のHPPRまたはGRHPRファミリーには属しておらず、子嚢菌酵母の機能未知タンパク質と新たなクラスターを形成していた。このことより、PPRはD-isomer specific 2-hydroxyacid dehydrogenase superfamilyに属する新規ファミリーを形成することが明らかとなった。そのファミリーは系統樹上でHPPRとGRHPRファミリーの近隣に位置しており、このことは本酵素PPRが、HPPRまたはGRHPRファミリーの酵素と同様にフェニルピルビン酸、4−ヒドロキシフェニルピルビン酸、グリオキシル酸およびヒドロキシピルビン酸を基質として認識するという点と相関を示した。
【0291】
〔本酵素PPRの機能性〕
本研究において、D-3-フェニル乳酸及び光学活性4−ヒドロキシフェニル乳酸を生産可能な子嚢菌酵母
W. fluorescens TK1菌株を新たに見出した。さらに供試菌よりD-3-フェニル乳酸及びD-4-ヒドロキシフェニル乳酸の生産に関与する本酵素PPRを精製し、その遺伝子である
pprA遺伝子をクローニングした。今までにD-3-フェニル乳酸及びD-4-ヒドロキシフェニル乳酸の生産に直接関わる酵素を精製し、その遺伝子をクローニングしたという報告はなく、本研究は初めての例である。また、本酵素PPRは3-フェニル乳酸の生産に関与しているとして報告のあった乳酸菌のDLDHとは酵素学的解析、分子系統解析のいずれの結果からも異なる酵素であることが示された。系統解析より、本酵素PPRはD-isomer specific 2-hydroxyacid dehydrogenase superfamilyの既存のファミリーには分類されず、子嚢菌酵母の機能未知タンパク質と同じグループにマッピングされた。このことより、本酵素PPRはD-isomer specific 2-hydroxyacid dehydrogenase superfamilyに属する新規酵素であり、その機能は子嚢菌酵母に保存されている可能性が示唆された。
【0292】
本研究により明らかにされた
W. fluorescens TK1菌株におけるD-3-フェニル乳酸の生産機構のモデルを
図19に示す。グルコースを炭素源とした場合にはシキミ酸経路により供給されるフェニルピルビン酸が本酵素PPRにより還元されD-3-フェニル乳酸が生成すると考えられた。また、フェニルアラニンを培地に添加した場合は、フェニルアラニンはアミノトランスフェラーゼによりアミノ基の脱離がされフェニルピルビン酸へと変換される。さらに、本酵素PPRによりフェニルピルビン酸よりNADPHを補酵素として還元的にD-3-フェニル乳酸が生産される。また、
pprA遺伝子はフェニルアラニンの存在下で転写レベルでの発現量が増大していた。実際にタンパク質レベルでもPPR活性は3.6倍、D-3-フェニル乳酸の生産量もフェニルアラニン添加時では添加してないときと比較して58倍まで増加した。
【0293】
乳酸菌における3-フェニル乳酸の生産は、ピルビン酸から乳酸へと変換を触媒するLDHがフェニルアラニンの代謝中間体であるフェニルピルビン酸にも触媒作用を示したため副次的に生産されると考えられている(Valerio F. et al., (2004) FEMS Microbiol Letters, 233, 289-295)。しかし、本供試菌の本酵素PPRはLDH活性を示しておらず、基質として認識する2-ケト酸の中でフェニルピルビン酸に対しての親和性が最も高かった。これは、本酵素PPRの機能が通常の乳酸菌のLDHとは異なることを示す。
【0294】
また、本酵素PPRは、4-ヒドロキシフェニルピルビン酸からD-4-ヒドロキシフェニル乳酸を生成することが明らかとなった。
【0295】
このことより、本供試菌では、3-フェニル乳酸及びD-4-ヒドロキシフェニル乳酸の生産は副次的なものではなく、本酵素PPRによって特異的に生産されていたことが分かる。
【0296】
本研究では、大腸菌のpETシステムを利用することによって組換えPPRの発現と精製に成功した。
【0297】
また、本研究により、芳香族化合物の生合成に関する新規な酵素PPRの精製、その遺伝子のクローニングと異種生物での発現系を構築することに成功した。この成果は、今後の芳香族系化合物の発酵生産のために役立つと考えられる。3-フェニル乳酸は幅広い抗菌活性を示す抗菌物質であるが、それと同時に芳香族系ポリマーの素材としての可能性も期待されている(Tsuji H. et al., J. Appl. Polymer Sci., 110, 3954-3962 (2008))。芳香族系ポリマーはベークライトに代表されるフェノール樹脂やポリフェニレンオキシドがあり、一般的に耐熱性、耐薬品性などの優れた物性がある。
【0298】
しかし、その原料の供給は主に石油由来であり、循環型社会が叫ばれる現在では、バイオマス由来の原料への変換が求められている。現在までに、バイオポリマーとして実用化が検討されているものの主流はポリ乳酸であろう。ポリ乳酸は原料である乳酸をラクチド重合や直接重合により得られる(Yin, M.; Baker, G. L. Macromolecules 1999, 32, 7711.)。ポリ乳酸の実用化が進んでいる理由としては、原料である乳酸が代謝の基幹産物であり、乳酸菌による乳酸発酵といったバイオベースでの生産の研究がよくなされているからである。もし、芳香族系の代謝産物の発酵生産技術が確立されれば、安定的な原料の供給が可能となりバイオマス由来の芳香族系ポリマーの製造が可能となると考えられる。本研究によりD-3-フェニル乳酸の生産機構を解明したことにより、今まで研究が困難であったD-3-フェニル乳酸を用いたバイオポリマーの機能解明のためのブレイクスルーとなると考えられる。
【0299】
<実施例3>D-3-フェニル乳酸生産システムの構築
(1)
ppr遺伝子を導入したフェニルアラニン生産性大腸菌の調製
D-3-フェニル乳酸の生産株は、LB培地{10.0 g/L tryptone、5.0 g/L yeast extract、10.0 g/L NaCl}で一晩培養した後に、滅菌したグリセロールを全量の20%添加し、-80℃で保存した。
【0300】
前培養は、試験管に5.0 mLのLB培地を入れ、培地に対し1/100量のグリセロール保存溶液を接種して、37℃、120 rpmで約6時間振とう培養した。
【0301】
はじめに、フェニルアラニン生産性であるATCC31882株(ATCCより入手)に、上述の手法に準じてプラスミドを作製し、これを用いて
ppr遺伝子を導入し、形質転換した新規フェニル乳酸生産株を調製した。
【0302】
(2)新規フェニル乳酸生産株による培養
本フェニル乳酸生産株を、50 mLのフェニル乳酸生産培地(表11及び12)に20 g/Lのグルコースと50 mg/Lのカナマイシンを加えたものを用いて、1/100量の前述した前培養液を接種し、500 mL容羽根付き三角フラスコで、37℃、120 rpm、24時間振とう培養した。
【表11】
【表12】
【0303】
その結果を
図20および表13に示した。なお、D-3-フェニル乳酸およびL-フェニルアラニンの定量は、RP-18カラム(MERCK社製)を用い、HPLC(HEWLETT PACKARD社製 SERIES1100)で行った。
【0304】
フェニル乳酸の光学活性は、培地中のフェニル乳酸を再結晶法により精製し、そのサンプルを上述の如くNUCLEOSIL Chiral-1カラム(MACHEREY-NAGEL社製)に供して決定した。
【0305】
D-グルコースの定量は、グルコースCIIテストキット(Wako社製)を用いて行った。
【0306】
pprA遺伝子をフェニルアラニン生産株であるATCC31882株にそれぞれ導入することによって、99%以上D-3-フェニル乳酸をそれぞれ生産する有用株(ATCC31882 /pHSGpprA)を作製することに成功した。
【0307】
続いて実用化を目指し、ATCC31882 pHSGpprA株を用いて、ジャーファーメンターによるD-3-フェニル乳酸生産を行った(
図21)。
【0308】
400 mLの前述したフェニル乳酸生産培地を1.0 L容ジャーファーメンターに入れ、1/100量の前培養液を接種し、37℃、500 rpm、0.2 L/min(0.5 vvm)の空気を通気し、さらに、5NのNaOHを用いてpHを7.0に制御して、96時間培養した。培養環境の安定化のために、適量の消泡剤を加えた。
【0309】
なお、炭素源であるD-グルコースは、ペリシターポンプを用いて、500 g/LのD-グルコース溶液を1.50 g/L/hの速度になるように培地中へ添加した。
【0310】
また、栄養要求成分であるL-チロシンとL-トリプトファンは、長期培養による欠乏を防ぐために、予めフェニル乳酸生産培地にそれぞれ0.50 g/L添加した。
【0311】
最終的に、培養96時間でD-3-フェニル乳酸を15.5 g/L(対糖収率10.8%)生産することができた。なお、対糖収率は、D-3-フェニル乳酸の生成量(g)/D-グルコースの総添加量(g)にて算出した。
【表13】
【0312】
(4)生産されたD-3-フェニル乳酸の精製
培地中に生産されたD-フェニル乳酸は、有機溶媒を用いた抽出法と再結晶法を用いて精製された。抽出溶媒は、メタノールとヘキサンの混合溶媒(混合比1:1)を用いた。
【0313】
まず、遠心分離して菌体を除去した培養上清に塩酸を加えて酸性化し、それに抽出溶媒を等量加え、30分間緩やかに攪拌し、抽出作業を行った。
【0314】
その後、有機溶媒層を回収し、培養液に再度新しい抽出溶媒を加え、前述の工程を行った。これらの工程を2回行い、回収した有機溶媒層をエバポレートにより蒸発乾固し、D-3-フェニル乳酸を含有する粉末固体を得た。
【0315】
得られた粉末固体から高純度のD-3-フェニル乳酸を得るために、トルエンを加え、90〜100℃で粉末を十分に溶解させ、その後、ゆっくり冷却させることでトルエン溶液中に白色結晶を得ることができた。
【0316】
トルエンを除き、洗浄した白色結晶をキラルカラムとGC/MS(GC-2010 SHIMADZU社製)に供した結果、白色結晶が高純度のD体の3-フェニル乳酸であることが確認された。
【0317】
以上、本発明のPPRを用いることによって、光学活性D-3-フェニル乳酸の発酵生産を行い、生産物であるD-3-フェニル乳酸を高純度に得られる技術が確立された。また、その生産量も既報に比べて格段に多く、次項の産業用途にとって有益である。
【0318】
<実施例4>PPRをコードする遺伝子を利用した光学活性4-ヒドロキシフェニル乳酸生産システムの構築
(1)
ppr遺伝子を導入したL−チロシン生産性大腸菌の調製
光学活性4-ヒドロキシフェニル乳酸の生産株は、LB培地{10.0 g/L tryptone、5.0 g/L yeast extract、10.0 g/L NaCl}で一晩培養した後に、滅菌したグリセロールを全量の20% 添加し、-80℃で保存した。
【0319】
前培養は、試験管に5.0 mLのLB培地を入れ、培地に対し1/100量のグリセロール保存溶液を接種して、37℃、120 rpmで約6時間振とう培養した。
【0320】
はじめに、フェニルアラニン生産性であるATCC31882株(ATCCより入手)に、上述の手法に準じてプラスミドpTyrAを作製し(
図22)、これを用いて配列番号24に示す塩基配列の779塩基目のCをTに変えることによって260番目のThrをIleに置換させた
tyrA遺伝子(配列番号23)を導入し、L-チロシン生産菌を得た。このL-チロシン生産菌に、上述の手法に準じてプラスミド(pCW
pprA又はpHSG
pprA)を作製し、これを用いて更に
ppr遺伝子を導入し、形質転換した新規光学活性ヒドロキシフェニル乳酸生産株(NST-pprA生産株)を調製した。
【0321】
(2)PPRを有する新規光学活性ヒドロキシフェニル乳酸生産株の培養
PPRを有する光学活性ヒドロキシフェニル乳酸生産株を、50 mLのD-ヒドロキシフェニル乳酸生産培地(表14及び表15)に20 g/Lのグルコースと50 mg/Lのカナマイシンを加えたものを用いて、1/100量の前述した前培養液を接種し、500 mL容羽根付き三角フラスコで、37℃、120 rpm、24時間振とう培養した。
【0322】
得られた形質転換体をグルコースを炭素源とした培地を用いて培養したときに、培地中に4-ヒドロキシフェニル乳酸が検出された。生産される4-ヒドロキシフェニル乳酸はD-4-ヒドロキシフェニル乳酸であった。現在までに、2.5 g/LのD-4-ヒドロキシフェニル乳酸の発酵生産(対糖収率8%)が可能となった(表16)。
【表14】
【表15】
【表16】
【0323】
(3)PPRをコードする遺伝子を含む微生物が生産した光学活性4-ヒドロキシフェニル乳酸の精製
培地中に生産されたD-4-ヒドロキシフェニル乳酸は、有機溶媒を用いた抽出法と再結晶法を用いて精製された。抽出溶媒は、酢酸エチルとヘキサンの混合溶媒(混合比1:1)を用いた。
【0324】
まず、遠心分離して菌体を除去した培養上清に塩酸を加えて酸性化(pH2.5〜3.5)し、それに抽出溶媒を等量加え、30分間緩やかに攪拌し、抽出作業を行った。
【0325】
その後、有機溶媒層を回収し、培養液に再度新しい抽出溶媒を加え、前述の工程を行った。回収した有機溶媒層をエバポレートにより蒸発乾固し、D- 4-ヒドロキシフェニル乳酸を含有する粉末固体を得た。
【0326】
得られた粉末固体から高純度のD-4-ヒドロキシフェニル乳酸を得るために、トルエンを加え、90〜100℃で粉末を十分に溶解させ、その後、ゆっくり冷却させることでトルエン溶液中に白色結晶を得ることができた。
【0327】
トルエンを除き、洗浄した白色結晶をキラルカラムとGC/MS(GC-2010 SHIMADZU社製)に供した結果、白色結晶が高純度の光学活性のD-4-ヒドロキシフェニル乳酸(純度約99%)であることが確認された(
図23参照)。
【0328】
<実施例5>酵母
W.fluoresensTK1株を利用したD-4-ヒドロキシフェニル乳酸の発酵生産
本菌が、培地に添加したチロシンを4-ヒドロキシフェニル乳酸に変換可能であることを示した。本菌は、グルコースを原料として、シキミ酸経路、4-ヒドロキシフェニルピルビン酸を経由して4-ヒドロキシフェニル乳酸を生成すると考えられた。生産される4-ヒドロキシフェニル乳酸は光学活性体(D-4-ヒドロキシフェニル乳酸)であった。
【0329】
<高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いた4-ヒドロキシフェニル乳酸の定量>
試料中のヒドロキシフェニル乳酸の定量はHPLCを用いて、以下の分析条件にて、分析する。
【0330】
なお、培養液を分析する場合は、濾過や遠心分離等により菌体を除去した培養上清を試料として使用する。
【0331】
分析器:HP-1100 (Hewlett-Packard)
カラム:TSKgel ODS-80(登録商標) (4.6 × 150 mm, Tosoh, Tokyo, Japan)
カラム温度:28℃
流速:0.8 mL/min
移動相:20 mm potassium phosphate buffer (pH 2.5): methanol (6:4, v/v)
<ガスクロマトグラフィー質量分析計(GC/MS)を用いた4-ヒドロキシフェニル乳酸の定性>
培養液5 mLを、1% NaOHを用いてpH を9から10に調整し、遠心エバポレーターを用いて減圧乾燥した。得られた沈殿を、1% NaOH 200 μL、Methanol 167 μL、Pyridine 34 μLに完全に懸濁した。これに、Methyl chlorocarbonateを20 μL加え、激しく攪拌することにより試料をメチル化した。Methyl chlorocarbonateを加え攪拌する操作を繰り返した後、Chloroformを400 μL加え、攪拌した。次に、50 mM Sodium bicarbonateを加え、攪拌後の水層を除去した。得られたChloroform層に0.1gのSodium sulfateを加えることによりChloroform層を完全に脱水し、得られた溶液に含まれる有機酸をGC/MS(GCMS-QP2010 Plus、Shimadzu)を用いて測定した。分析の条件を以下に示す。
【0332】
分析器:GC/MS-QP2010 Plus (Shimadzu)
カラム:DB-5(0.32 mm x 30 m)
カラム温度:60 ℃ (2 min)-8℃/min-180℃ (5 min)-40℃/min-220℃ (5 min)
インターフェイス温度:230℃
イオンソース温度:250℃
キャリアガス:He
流量:30 ml/min
<生産した4-ヒドロキシフェニル乳酸の光学異性>
〔HPLCを用いたキラル分析〕
培養液中の4-ヒドロキシフェニル乳酸の光学異性を、HPLCを用いて、以下の分析条件にて、決定する。なお、培養液から濾過や遠心分離等により菌体を除去した培養上清を試料として使用する。
【0333】
分析器:HP-1100 ( Hewlett-Packard)
カラム:Nucleosil Chiral-1 (Macherey-Nagel)
カラム温度:60℃
流速:1.2 mL/min
移動相:0.5 mM CuSO
4
<生産した4-ヒドロキシフェニル乳酸の光学異性>
培養上清を回収し適宜メタノールで希釈したものを分析試料とする。ヒドロキシフェニル乳酸濃度の測定は、HPLCを用いて、以下の分析条件にて決定する。
【0334】
分析器:HP-1100 ( Hewlett-Packard)
カラム:ODS-column (5C18-MS-II : COSMSIL)
カラム温度:28℃
流速: 0.8 mL/ min
移動相:20mM リン酸:メタノール=4:6
以上、本発明の酵素PPRを利用すると、チロシンをD−4−ヒドロキシフェニル乳酸に変換可能である。更に、シキミ酸経路及びヒドロキシフェニルピルビン酸を経由するような形質転換体を利用することで、グルコースを原料としてD−4−ヒドロキシフェニル乳酸を生成することが可能である。
【0335】
そして、本発明の酵素PPR及びこれをコードする遺伝子を利用すれば、D−4−ヒドロキシフェニル乳酸を、選択的に作製することも可能である。
【0336】
よって、D−フェニル乳酸及びD−4−ヒドロキシフェニル乳酸の発酵生産を行い、生産物であるD−フェニル乳酸及びD−4−ヒドロキシフェニル乳酸を高純度に得られる技術が確立された。また、その生産量も既報に比べて格段に多く、次項の産業用途にとって有益である。