【実施例】
【0036】
材料や製造方法の異なる複数の低蛋白パンを製造し、その性能を測定して分析した。その詳細を以下に説明する。
【0037】
1.低蛋白パンの製造
(1)実施例1
小麦澱粉200gと70〜75℃の温水500mlとを混合し、とろみが出て半透明になるまで竹ベラで攪拌した。混合物を約40℃まで放熱させたのち、混合物に約40℃の温水800mlを加えて均一になるまで攪拌し、繋ぎ材料を得た(繋ぎ材料製造工程)。
【0038】
小麦澱粉1000g、砂糖50g、食塩5g、ドライイースト10gを混合して粉材料を製造した。この粉材料1065gと繋ぎ材料1500gとを混合し、なじむように10秒間竹べらでゆっくりと攪拌した。さらに、ハンドミキサー(株式会社テスコム製THM280)を使用して2分間中速度(速度調整3)で攪拌してパン生地を製造した(生地製造工程)。
【0039】
パン生地を計量して小型食パンケースに詰め、温度40℃、湿度80〜90%のホイロ中で約40分間発酵した(発酵工程)。小型食パンケースを電気焼成オーブンに静かに移して、発酵させたパン生地を200℃、30分間焼成し、低蛋白パンを製造した(焼成工程)。発酵工程でパン生地が約2倍膨張した。また、焼成時の釜伸びはなかったが、ふっくらと弾力性のある低蛋白パンが製造できた。
【0040】
(2)実施例2
粉材料に増粘剤であるコーンスターチ20gを配合したことを除き、実施例1と同様にして低蛋白パンを製造した。発酵工程ではパン生地が約2.5倍膨張した。焼成工程において釜伸びはなかったが、実施例1の低蛋白パンと比べて、よりふっくらと弾力性のある低蛋白パンが製造できた。
【0041】
(3)実施例3
繋ぎ材料製造工程において、温水と小麦澱粉とを混合して、竹ベラで均一になるまで攪拌したのち、直ちにハンドミキサー(実施例1と同じ。)を使用して高速度(速度調整5)で約4分間分間攪拌したことを除いて、実施例1と同様にして低蛋白パンを製造した。発酵工程での膨張と焼成工程での釜伸びを併せると、パン生地が約2.5倍膨張した。実施例1及び実施例2の低蛋白パンと比べて、よりふっくらと弾力性のある低蛋白パンが製造できた。
【0042】
(4)実施例4
粉材料に増粘剤であるコーンスターチ20gを配合したことを除き、実施例3と同様にして低蛋白パンを製造した。発酵工程で膨張と焼成工程での釜伸びを併せると、パン生地が約2.5倍膨張した。実施例1の低蛋白パンと比べて、よりふっくらと弾力性のある低蛋白パンが製造できた。
【0043】
(5)実施例5
焼成前にとき卵をパン上面に薄く塗布したことを除き、実施例4と同様にして低蛋白パンを製造した。発酵工程での膨張と焼成工程での釜伸びを併せると、パン生地が約2.5倍膨張した。実施例1の低蛋白パンと比べて、よりふっくらと弾力性があるとともに、配合した卵による優れた風味を有する低蛋白パンが製造できた。
【0044】
(6)実施例6
小麦澱粉200gの代わりに、小麦澱粉100gとジャガイモ澱粉100gとを混合した混合澱粉を繋ぎ材料に使用したことを除き、実施例3と同様にして低蛋白パンを製造した。発酵工程での膨張と焼成工程での釜伸びを併せると、パン生地が約2.5倍膨張した。実施例3の低蛋白パンと同等の、ふっくらと弾力性のある低蛋白パンが製造できた。
【0045】
(7)実施例7
小麦澱粉200gの代わりに、小麦澱粉100gとタピオカ澱粉100gとを混合した混合澱粉を繋ぎ材料に使用したことを除き、実施例3と同様にして低蛋白パンを製造した。発酵工程での膨張と焼成工程での釜伸びを併せると、パン生地が約2.5倍膨張した。実施例3の低蛋白パンと同等の、ふっくらと弾力性のある低蛋白パンが製造できた。
【0046】
(8)実施例8
小麦澱粉1000gの代わりに、小麦澱粉900gとジャガイモ澱粉100gとを混合した混合澱粉を粉材料に使用したことを除き、実施例3と同様にして低蛋白パンを製造した。発酵工程での膨張と焼成工程での釜伸びを併せると、パン生地が約2.5倍膨張した。実施例3の低蛋白パンに近い、ふっくらと弾力性のある低蛋白パンが製造できた。
【0047】
(9)実施例9
小麦澱粉1000gの代わりに、小麦澱粉800gとジャガイモ澱粉200gとを混合した混合澱粉を粉材料に使用したことを除き、実施例3と同様にして低蛋白パンを製造した。発酵工程での膨張と焼成工程での釜伸びを併せると、パン生地が約2.5倍膨張した。実施例3の低蛋白パンと同程度に膨らんだ。
【0048】
(10)実施例10
小麦澱粉1000gの代わりに、小麦澱粉900gとタピオカ澱粉100gとを混合した混合澱粉を粉材料に使用したことを除き、実施例3と同様にして低蛋白パンを製造した。発酵工程での膨張と焼成工程での釜伸びを併せると、パン生地が約2.5倍膨張した。実施例3の低蛋白パンと同等の、ふっくらと弾力性のある低蛋白パンが製造できた。
【0049】
(11)実施例11
小麦澱粉1000gの代わりに、小麦澱粉800gとタピオカ澱粉200gとを混合した混合澱粉を粉材料に使用したことを除き、実施例3と同様にして低蛋白パンを製造した。発酵工程での膨張と焼成工程での釜伸びを併せると、パン生地が約2.5倍膨張した。実施例3の低蛋白パンと同程度の弾力性を示したが、パンのクラム部の一部に割れが発生した。
【0050】
(12)比較例1
比較例1には、原材料にα化澱粉を含むバイオテックジャパン社製の低蛋白パン(商品名:越後の食パン)を使用した。
【0051】
(13)比較例2
粉材料を構成する小麦澱粉をタピオカ澱粉に換えたことを除き、実施例4と同様にして低蛋白パンを製造した。小麦澱粉をタピオカ澱粉に換えることによって、焼成中にパン生地が釜伸びして、焼成後は放熱中に収縮して餅のようになり、パンとは言いにくい食感となった。
【0052】
(14)比較例3
粉材料を構成する小麦澱粉をジャガイモ澱粉に換えたことを除き、実施例4と同様にして低蛋白パンを製造した。小麦澱粉をジャガイモ澱粉に換えることによって、発酵時及び焼成時の膨張が小さくなり、ふっくらとしたパンにならなかった。
【0053】
2.低蛋白パンの比較
製造した低蛋白パンの特性、具体的にはパンのふくらみ、食感、蛋白質含有量を比較した。比較内容と比較結果の詳細を以下に示す。
【0054】
(1)パンのふくらみ
パンのふくらみは、単位重量あたりの容積、言い換えると容積を重量で除してなる値、すなわち比容積により比較した。
【0055】
パンの容積は、菜種置換法により測定した。すなわち、一定の容器を充たす菜種種子の容積(V
1)と、パンを入れた状態で同じ容器を充たす菜種種子の容積(V
2)をメスシリンダーで計測し、その差(V
1−V
2)をパンの容積とした。
【0056】
また、パンの重量は、秤を使用して、比較例1を除いて製造直後に測定した。比較例1については、市販品であるため、包装開封直後の重量を測定した。なお、パン重量は、パンの水分率により影響を受け、比容積の値に影響する。そこで、パンの重量に加えて、パンの水分率についても測定し、絶乾状態における絶乾重量を算出した。なお、パンの水分率は、五訂増補日本食品標準成分表分析マニュアルに従って、135℃常圧乾燥法により測定した。
【0057】
パンの容積をパンの重量で除してなる比容積、パンの水分率、パンの容積をパンの絶乾重量で除してなる絶乾比容積を低蛋白パンごとに測定・算出した。その結果を表1に示す。
【0058】
(2)パンの食感
パンの食感は、レオメーターによるクラム部の圧縮試験により評価した。具体的には、厚さ15mmにスライスしたパンのクラム部を、粘弾性用プランジャー(直径15mm)を使用して、20mm/分で3mm圧縮し、1mm圧縮時の荷重と、3mm圧縮時の最大荷重をレオメーターで測定した。なお、レオメーターは、CR-500DX(株式会社サン科学)を使用した。また、比較のため市販されている通常の食パンについても同様に試験した。さらに、実施例3の低蛋白パンを乾燥して水分率を変え、水分率の違いが与える影響についても調べた。
【0059】
圧縮試験の生データ(荷重−変位曲線)を
図1から
図13のグラフに示し、1mm圧縮時の荷重及び3mm圧縮時の最大荷重を表1に示す。なお、
図1は実施例1の低蛋白パン、
図2は実施例2の低蛋白パン、
図3は実施例3の低蛋白パン、
図4は実施例4の低蛋白パン、
図5は実施例6の低蛋白パン、
図6は実施例7の低蛋白パン、
図7は実施例8の低蛋白パン、
図8は実施例9の低蛋白パン、
図9は実施例10の低蛋白パン、
図10は実施例11の低蛋白パン、
図11は比較例1の低蛋白パン、
図12は通常の食パンを測定して得られた「荷重−変位曲線」である。また、
図13は実施例3(
図3)の低蛋白パン(水分率47.1%)を、水分率が38.4%となるまで乾燥したものを測定して得られた「荷重−変位曲線」である。
【0060】
(3)パンの蛋白質含量
パンの蛋白質含量は、五訂増補日本食品標準成分表分析マニュアルに準じて測定した。具体的には、ミクロケルダール法によって定量した窒素量に、五訂増補日本食品標準成分表の「窒素−たんぱく質換算係数」に記載の小麦粉加工品の窒素−たんぱく質換算係数5.70を乗じて算出した。その結果を表1に示す。
【0061】
【表1】
【0062】
3.比較結果の分析
(1)パンのふくらみについて
表1から、実施例1の低蛋白パンと比較して、実施例2〜実施例11の低蛋白パンは、比容積及び絶乾比容積が大きい、すなわちよりふっくらしていることが確認できた。また、実施例の中で実施例3、実施例6〜実施例7、及び実施例9〜実施例10の低蛋白パンが特に比容積及び絶乾比容積が大きい、すなわち特にふっくらしていることが確認できた。これらの結果は、製造した際に目で見た感じと合致していた。
【0063】
なお、比較例1の低蛋白パンが、実施例の低蛋白パンと比較して比容積が大きい理由は、比較例1の水分率が小さく、重量が小さいからである。重量から水分を除いた絶乾重量から算出した絶乾比容積は、実施例1、実施例11を除いて、実施例2〜実施例4、実施例6〜実施例10と比較例1は大差ない。すなわち、比較例1低蛋白パンと比較して実施例2〜実施例4、実施例6〜実施例10の低蛋白パンのふくらみは、著しく劣るものではない。
【0064】
また、実施例3〜実施例10の低蛋白パンが、実施例1、実施例2に比較して、視覚的にふっくらしており、比容積、絶乾比容積が大きかった理由としては、実施例3〜実施例10では繋ぎ材料製造工程で繋ぎ材料を高速攪拌しているため、繋ぎ材料に微小な気泡が導入され、この気泡が焼成時に膨張したこと、が考えられる。
【0065】
(2)パンの食感について
表1から、初期弾性率と関係する1mm圧縮時の荷重は、実施例1の低蛋白パンが最も大きいこと、何れの実施例の低蛋白パンも比較例の低蛋白パンと比較すれば小さいこと、が確認できた。また、圧縮変形がさらに進んだ3mm圧縮試験の最大荷重は、実施例1の低蛋白パンを除き、実施例の低蛋白パンのほうが比較例1の低蛋白パンよりも小さいことが確認できた。
【0066】
実施例1の低蛋白パンが、1mm圧縮時の荷重及び3mm圧縮試験の最大荷重が最も大きいのは、他の実施例の低蛋白パンが気泡や増粘剤を含んでいるからである。また、3mm圧縮時の最大荷重が、実施例1と比較例1の低蛋白パンで逆転している理由は、実施例1の低蛋白パンは大きく圧縮しても弾性変形が継続しているのに対して、比較例1の低蛋白パンはパン生地の破壊が生じているからである。このことは、実施例1の低蛋白パンは噛んでも最後まで弾力性があるのに対して、比較例1の低蛋白パンは最初こそ硬いものの、噛むとビスケットように脆く崩れることから、裏付けられた。
【0067】
実施例1と実施例2との圧縮荷重の比較から、増粘剤には発酵ガスの漏れを防ぐ効果があり、パン生地中の空隙を増加させ食感の向上に寄与する効果があることが、分かった。また、実施例1と実施例3との比較から、繋ぎ材料に微小な気泡を含ませることは、増粘剤と同様に、パン生地中の空隙を増加させ、食感の向上に寄与する効果があることが、分かった。
【0068】
しかし、実施例3と実施例4との圧縮荷重の比較から、増粘剤はパンの食感を減殺する逆の効果もあることが分かった。なお、逆の効果が生じる原因については、増粘剤が前記のようにパン生地中の空隙を増加させるだけではなく、パン生地を構成する実部(空隙以外の部分)を硬化させることが考えられる。
【0069】
したがって、増粘剤を加えて空隙の増加とともに実部を硬化させるよりも、実部を硬化しない微小な気泡を含ませるほうが、食感を向上させるためには好ましいことが分かった。なお、繋材料に微小な気泡を含ませ、併せて増粘剤を使用するときは、パン生地実部の硬化を防ぐために、少量を補助的に使用することが好ましいことも分かった。
【0070】
なお、実施例3の低蛋白パンの水分濃度を変えた低蛋白パン(
図13)の1mm圧縮時の荷重は1.6Nであった。一般的に、パンはその水分率が低下すれば硬化する傾向にある。それにもかかわらず、比較例1と同程度の水分率まで、この発明に係る低蛋白パンを乾燥させても、1mm圧縮時の荷重は比較例1よりも小さかった。このことから、この発明の低蛋白パンの優れた食感が裏付けられた。
【0071】
(3)蛋白質含量について
表1から、とき卵を塗布した実施例5を除いて、何れの実施例も比較例1と比べて蛋白質の含有量が少ないこと、より具体的には20〜40%程度少ないことが確認できた。
【0072】
以上のように、この発明の低蛋白パンは、従来からある低蛋白パンと比較して、蛋白質の含有量を大きく削減したにもかかわらず、優れた食感を備えていることが分かった。