【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するため、この発明は、内外の軌道部材間に介在する複数の玉と、二個の波形の環状樹脂部品を結合することにより各ポケットの形成と共に各ポケットに前記玉を収める波形保持器とを備えたラジアル玉軸受において、前記ポケットの円周方向両側に、前記玉との接触で前記波形保持器をラジアル方向に案内するための案内面が形成されており、前記ポケットのアキシアル方向両側には、軸受停止時に前記複数の玉の中心線(PCD)から保持器外径側の領域内に存在し、かつ軸受停止時からアキシアル方向のポケットすきまを定める低速用玉受け面と、軸受停止時に前記複数の玉の中心線(PCD)よりも保持器内径側の領域内に存在し、かつ軸受回転速度に応じた前記波形保持器の変形で前記低速用玉受け面に代わってアキシアル方向のポケットすきまを定める高速用玉受け面とが形成されている構成を採用したものである。
この発明において、ポケットは、1個の玉を収めるための波形保持器の空所をいう。また、円周方向は、軸受中心軸回りの円周方向をいう。また、波形保持器の幾何的な中心軸は、軸受中心軸と同軸である。また、ラジアルの概念は、軸受中心軸に垂直な向きをいう。また、アキシアルの概念は、軸受中心軸に沿った向きをいう。また、軸受停止時は、波形保持器、内外の軌道部材及び玉が熱平衡状態となってこれらの寸法が安定し、かつ内外の軌道部材及び玉が停止している時点をいう。また、複数の玉の中心線は、内外の軌道溝間で波形保持器に複数保持された1列の玉が円周方向等配位置に並ぶときの各玉の中心を含む円周をいう。また、アキシアル方向のポケットすきまは、ある軸受回転速度において(軸受停止時を含む)、ポケット内で玉が自由にアキシアル方向に変位可能な量に相当するポケット内面と玉との間のすきまをいい、0以上の1値に定まるパラメータである。
【0009】
波形保持器は案内面に接触する玉で駆動される転動体案内方式なので、波形保持器の回転速度は軸受の玉の公転速度に相当し、軸受運転中、その回転速度に応じた遠心力が波形保持器に作用する。本発明者は、有限要素法を用い、二個の環状樹脂部品を結合した波形保持器の回転速度を様々に変更し、遠心力による波形保持器の変形を検討した。解析モデルの波形保持器は、次の(1)〜(3)を前提としたものである。
(1)保持器幅は、ポケット中心線(すなわち、PCD上に位置する玉中心と軸受中心軸とを結ぶラジアル方向の直線)を含むアキシアル平面上であって、複数の玉の中心を含む円筒面と交わる箇所において最も大きい。保持器幅及びポケットの幅は、前記アキシアル平面から円周方向に離れるに連れて狭くなる。
(2)円周方向に一列で等配されたポケットの数に対応する円周方向の回転対称性を有する。
(3)各ポケットの円周方向両側に、波形保持器を玉との接触でラジアル方向に案内するための案内面が形成され、各ポケットのアキシアル方向両側に、アキシアル方向のポケットすきまを定めるための玉受け面が形成されている。波形保持器がどちらに回転しても、波形保持器のラジアル方向案内、アキシアル方向のポケットすきまを同じにするため、案内面及び玉受け面は、前記アキシアル平面、及びポケット中心線を含むラジアル平面を鏡面とした対称形に形成され、玉受け面は前記円筒面を鏡面とした対称形に形成されている。
【0010】
図5(a)、(b)に、波形保持器の一例である解析モデルの抽出部分を示す。この抽出では、前記アキシアル平面を境界とした。同図(a)、(b)中の二点鎖線は、遠心力非作用時(停止状態)における波形保持器の外形を示す。また、同図(a)、(b)中の実線は、dn値100万に相当する遠心力作用時(回転状態)における波形保持器の外形と、エレメント分割のメッシュとを示す。同図(a)中の段階的な濃淡分けは、ラジアル方向変位の分布を示す。同図(b)中の段階的な濃淡分けは、アキシアル方向変位の分布を示す。
図5(a)、(b)に示すように、解析モデルの案内面S1は、PCD上に球中心をもった球面状で、隣り合うポケット間で円周方向に連続している繋ぎ部と、ポケットの幅を繋ぎ部から拡大する湾曲状部の繋ぎ部側とに形成されている。湾曲状部は、ラジアル方向厚さで保持器回転に対する剛性を高めるため、PCDから保持器外径側及び内径側に存在し、そのポケット内側に玉受け面S2が形成されている。玉受け面S2は、アキシアル方向のポケットすきまを全軸受回転域で定める球面状の壁面となっている。解析モデルの環状樹脂部品の素材として、ポリアミド(PA)にガラス繊維を拡散させた繊維強化樹脂を仮定した。
【0011】
同図(a)から分かるように、遠心力が作用すると、波形保持器は、全体として拡径し、円周方向に延びる。これに伴って、湾曲状部は、同図(b)から分かるように、円周方向に引っ張られて真直ぐに近づく変形を生じる。その結果、湾曲状部のうち、前記アキシアル平面上(図中の保持器断面上)のところは、アキシアル方向にポケット中心線の方へ最も大きく変位する。この変位の大きさは、前記アキシアル平面から円周方向に離れるに連れて次第に小さくなる。湾曲状部のラジアル方向の変位量は、前記アキシアル平面から円周方向に離れても大差がない。したがって、湾曲状部は、ポケット中心線を含む任意の平面上で考えると、その平面での前記ラジアル方向及びアキシアル方向の各変位量から定まる傾きの直線に沿って変位する。
図6は、様々な回転速度で解析し、前記アキシアル平面上で生じる前記アキシアル方向及びラジアル方向の変位量が回転速度の変化に応じてどのように変化するかを求め、それぞれの回転速度でアキシアル方向変位量に対するラジアル方向変位量をプロットしたグラフを示す。同図から分かるように、回転速度の大きさに応じたラジアル方向変位量は、アキシアル方向変位量に比例する。前記アキシアル平面以外の他の平面上では、前記ラジアル方向及びアキシアル方向の各変位量が同図の値と異なるが、遠心力の大きさに比例する点は同じに考えられる。したがって、湾曲状部と交わり、かつポケット中心線を含む任意の平面上で考えると、湾曲状部は、一方向の直線に沿った向きにのみ変位し、遠心力の大きさに応じて当該直線に沿った方向の変位量が変化する、と考えられる。
図5(a)、(b)のそれぞれで二点鎖線と実線の保持器外形を比較すれば、玉受け面S2と、結合構造を含む繋ぎ部に応力が分散する案内面S1との間で、ラジアル方向変位量に大差はないが、アキシアル方向変位量に顕著な差が存在する。dn値100万以上のとき、湾曲状部の剛性不足は避けられず、前記円筒面よりも保持器内径側の領域は、前記アキシアル方向及びラジアル方向の変位が相俟って、特に玉側へ接近し、前記アキシアル平面上付近にある玉受け面S2の保持器内径側でアキシアル方向のポケットすきまが定まり、遠心力による波形保持器の変形に伴ってアキシアル方向のポケットすきまが特に減少し易いことが分かる。一方、繋ぎ部ないし湾曲状部の繋ぎ部近傍に形成された案内面S1は、アキシアル方向の剛性が高いため、アキシアル方向に殆ど変位せず、ここで玉がアキシアル方向に圧迫される心配はない。
図5、
図6から把握された変位傾向は、回転対称性をもって各湾曲状部が円周方向に引っ張られることに由来するので、この解析モデルだけでなく、前記(1)〜(3)の前提をもった一般的な波形保持器でも同様に成立すると考えられる。高速回転時を前提に従来の球状ポケット内面の球径を大きく設定すると、軸受の低速回転時のポケットすきまが不要に大きくなって波形保持器が安定せず、保持器音が発生し易くなってしまう。
【0012】
上記解析で得た知見を踏まえ、この発明は、軸受回転が高速でも玉をアキシアル方向に圧迫する心配がないポケット円周方向両側には、波形保持器のラジアル方向の案内を行うための案内面を形成し、ポケットのアキシアル方向両側には、軸受停止時からアキシアル方向のポケットすきまを定める低速用玉受け面と、低速用玉受け面に代わってアキシアル方向のポケットすきまを定める高速用玉受け面とを形成した。両玉受け面は、アキシアル方向のポケットすきまを定める部分なので、アキシアル方向両側の湾曲状部に形成される。したがって、上記解析結果で述べたように、軸受回転速度に応じた波形保持器の変形で湾曲状部がラジアル方向及びアキシアル方向に変位すると、両玉受け面も、同じく変位することになる。軸受停止時にPCDから保持器外径側の領域内であれば、低速用玉受け面を、予め、玉の曲率と前記ラジアル方向変位とを利用して低速用玉受け面と玉の接近を防いだり、低速用玉受け面の面形状と前記ラジアル方向変位とを利用して同じく接近を防いだりするよう形成しておくことが可能である。また、軸受停止時にPCDよりも保持器内径側となる領域は、前記変形により、玉に対してラジアル方向及びアキシアル方向に接近するが、この変形を考慮し、高速用玉受け面を、軸受停止時に同側の低速用玉受け面よりも玉から離れ、軸受回転速度が増すと、前記ラジアル方向変位及びアキシアル方向変位によって同側の低速用玉受け面よりも玉とアキシアル方向に近くなり、低速用玉受け面に代わってアキシアル方向のポケットすきまを定めるように予め形成しておくことが可能である。このように波形保持器に特有の変形性、すなわち両玉受け面の変位性を利用すれば、低速用玉受け面で定める軸受停止時からのアキシアル方向のポケットすきまは、高速用玉受け面と別に自由な大きさに設定可能なので、低速回転時に波形保持器の安定性を犠牲にすることはない。また、低速用玉受け面で対応できなくなる高速回転時には、低速用玉受け面に代わって高速用玉受け面でアキシアル方向のポケットすきまを定めるので、両側の高速用玉受け面は勿論、両側の低速用玉受け面が玉をアキシアル方向に圧迫することもなく、異常発熱を防止することができる。
【0013】
なお、この発明において、前記案内面は、波形保持器を案内面と玉との接触で所望のラジアル方向案内性になるよう任意の面形状に形成することができ、球面状に限らず、平面状にしても良い。
【0014】
前記低速用玉受け面の面形状として、前記低速用玉受け面と交わり、かつポケット中心線を含む任意の平面上で考えて、前記変形によって前記低速用玉受け面が一方向の直線に沿った向きにのみ変位する当該直線と、前記低速用玉受け面の任意の箇所に対する接線とをアキシアル方向に対する傾き角度で比較したとき(ただし、この傾き角度は保持器外径側かつポケット中心線側の鋭角での大きさとする)、前記接線の傾き角度が前記直線以下に形成されている面形状を採用することができる。ここで、ポケット中心線は、PCD上に位置する玉中心と、軸受中心軸とを結ぶラジアル方向の直線をいう。
【0015】
上記解析結果で述べたように、前記任意の平面上で考えると、低速用玉受け面は、遠心力の大きさに応じてアキシアル方向に対して傾いた一方向の直線に沿った方向に変位する。この直線の傾き角度と低速用玉受け面の任意の箇所での接線の傾き角度とを、保持器外径側かつポケット中心線側の鋭角で比較したとき、接線の傾き角度がこの直線以下であれば、玉に対する前記ラジアル方向変位と接線の傾きのアキシアル方向成分とにより、低速用玉受け面を前記アキシアル方向変位量以上に玉からアキシアル方向に逃すことができる。したがって、波形保持器が遠心力でどれだけ変形しても、低速用玉受け面による玉の圧迫をも防止することができる。
【0016】
特に、前記任意の平面上で考えて、低速用玉受け面が前記一方向の直線に沿うように形成されていることが好ましい。前記接線の傾き角度と直線の傾き角度が等しくなるので、前記波形保持器の変形が生じても、当該平面上で低速用玉受け面と玉との間でラジアル方向すきま及びアキシアル方向すきまの最小値を同じに保つことができる。したがって、一定のアキシアル方向のポケットすきまで軸受回転を継続することが可能な低速回転域を軸受停止時から設定することができる。
【0017】
軸受停止時、アキシアル方向両側の前記高速用玉受け面と前記玉との間のアキシアル方向すきまの最小値は、玉直径の3%〜25%であり、前記低速用玉受け面で定めるアキシアル方向のポケットすきまは、玉直径の0.1%〜5%であることが好ましい。軸受停止時、前記アキシアル方向すきまの最小値を玉直径の3%以上にすれば、dn値100万を許容回転速度にすることができる。25%以下にすれば、高速用玉受け面でアキシアル方向のポケットすきまを定める高速回転時の保持器音を防止すると共に、湾曲状部外側が密封板に接触することや湾曲状部での減肉を避けるためである。
図7に、許容dn値と、前記アキシアル方向すきま(玉直径比)との関係を求めたグラフを示す。同図は、数値解析から、前記アキシアル方向変位量が最大になる前記アキシアル平面上で、軸受停止時、前記湾曲状部の前記保持器内径側の領域と玉との間のアキシアル方向すきまの最小値(玉直径比)がどれだけあれば、前記ラジアル方向変位及びアキシアル方向変位を生じた当該両側の領域と玉との間にアキシアル方向のポケットすきまを確保可能な軸受回転速度がどう変化するかを算出したものであり、縦軸の許容dn値は、その確保可能な軸受回転速度(上限)を示し、横軸のアキシアル方向すきまは、その軸受停止時のアキシアル方向すきまの最小値を示す。同図から、許容dn値100万のときに、アキシアル方向すきまの最小値が玉直径の3%未満になっているので、3%以上あれば、dn値100万の高速回転時に高速用玉受け面でアキシアル方向のポケットすきまを得ることができる、と分かる。また、低速用玉受け面で定めるアキシアル方向のポケットすきま玉直径の0.1%以上にしたのは、低速用玉受け面の設計、形成を容易にするためであり、5%以下としたのは、軸受回転開始から保持器音を防止するためである。
【0018】
特に上記玉直径に対する比率を採用する場合、前記高速用玉受け面は、前記低速用玉受け面からポケット中心線に沿って連続する保持器壁面からなり、前記低速用玉受け面は、前記玉の表面のうち、ポケット中心線に直角な向きで玉中心を通る直線から玉中心回りに前記外方の軌道部材の方へとった傾き角度で10°〜40°の領域に位置する部分のみと接触し得るように形成されていることが好ましい。低速用玉受け面からポケット中心線に沿って連続する保持器壁面で高速用玉受け面を成せば、低速用玉受け面よりも保持器内径側の部分で、湾曲状部の肉厚減少を抑えられる。低速用玉受け面を前記10°未満の玉表面域と接触可能にすると、低速用玉受け面と、ポケット中心線に沿った高速用玉受け面との間でポケット中心線からの距離差が少なく、幾何的関係から上記玉直径の比率の設定が困難になる。低速用玉受け面を前記40°以上の玉表面域と接触可能にすると、低速用玉受け面が外方の軌道部材に近くなり過ぎ、外方の軌道部材と干渉する恐れがある。
【0019】
前記案内面は、前記複数の玉の中心線(PCD)よりも保持器内径側の領域に形成されているとよい。上記解析結果で述べたように、軸受回転速度に応じて保持器全体が拡径すると、案内面は、ラジアル方向変位を外方の軌道部材の方へ生じることになる。PCDよりも保持器内径側の領域は、前記ラジアル方向変位で玉に近づく。この領域には、高速回転時に適切な円周方向のポケットすきまに設定して案内面を形成することができるので、保持器音防止を図ることができる。
【0020】
具体的には、前記案内面は、ポケット中心から円周方向に対面する案内面の方へ寄った位置に球中心をもった球面状に形成されており、ポケット中心線を含む平面の当該中心線回りの回転角度で考えて、0°−180°位置を当該平面が軸受中心軸に直角になるところとしたとき、前記案内面が0°〜45°の領域内及び135°〜180°の領域内に形成されていることが好ましい。ここで、ポケット中心は、PCD上かつポケット中心線上の位置をいう。案内面の球面状の中心をポケット中心から円周方向に対面する案内面の方へオフセットすれば、軸受停止時、PCDよりも保持器内径側において、当該案内面と玉との間の円周方向のすきまを、保持器内径に近づくに連れて次第に大きくすることができる。これにより、軸受回転速度に応じて保持器全体が拡径しても、円周方向のポケットすきまが変化することを防止することができる。PCD上に球中心をもった案内面は、円周方向に公転する玉が負荷域、非負荷域に出入りする際、波形保持器がアキシアル方向に振れを生じると、斜めから衝突する玉を受けることになる。案内面を0°〜45°の領域内及び135°〜180°の領域内に留めておけば、玉が円周方向に対して45°以上の傾きをもった方向から案内面に衝突することが防止されるので、アキシアル方向に優勢な分力発生を抑え、環状樹脂部品同士の合わせ目の開きを防止することができる。
【0021】
特に、前記案内面の曲率半径が玉の表面の曲率半径の1.1倍以上であることが好ましい。案内面の曲率半径を玉の表面の曲率半径の1.03倍にしたとき、波形保持器の耐久試験において、二個の環状樹脂部品の合わせ目が開くことが確認された。これは、案内面の曲率半径と玉の表面の曲率半径とが近い程、衝突する玉と案内面との衝突による弾性接触域がポケット中心線回りの方向に拡大し易く、アキシアル方向の分力が大きくなり易いためと考えられる。1.1倍以上であれば、合わせ目の開きを防止することができる。なお、案内面の曲率半径は、接触圧力を抑えるため、2倍以下にすることが好ましい。
【0022】
この発明においても、波形保持器のうち、ポケットに面する部分に、グリース溜りとなる凹部を形成することにより、凹部から潤滑油をポケットの内側に供給し、案内面、低速用玉受け面等の摩耗を防止することができる。
【0023】
特に、前記凹部を、前記低速用玉受け面から軸受中心軸の方に向って開放する溝部から構成すれば、凹部に溜まったグリースが遠心力でポケット外へ飛ばされることを低速用玉受け面で防止することができる。また、低速用玉受け面と玉との間の狭いすきまにも凹部に溜まったグリースから潤滑油が入り易い。凹部内のグリースが減ったとしても、凹部が軸受中心軸の方に向って開放する形状なので、内方の軌道部材と波形保持器間のすきまから、凹部の開放端を経てグリースが補給される。
【0024】
この発明に係るラジアル玉軸受は、dn値100万の高速回転に対応できるので、電動モータの回転軸を支持するのに採用することができる。