(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述した摺動部品の製造工程では、鋳造棒材またはビレットの均質化処理、鍛造用素材の焼鈍、鍛造品の溶体化処理、時効処理という複数回の熱処理を行う。このため、工程数が多く、製造効率が悪いという問題点がある。また、省エネルギー、CO
2排出量の削減という観点からも、熱処理回数を減らすことが望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上述した技術背景に鑑み、所要の機械的強度を有するブレーキピストンを従来よりも少ない工程で製造する方法を提供するものである。
【0009】
即ち、本発明のブレーキピストンの製造方法は、下記[1]〜[6]に記載の構成を有する。
【0010】
[1]SiおよびMgを含有し、かつSi濃度(C
Si質量%)およびMg濃度(C
Mg質量%)がこれらの関係(C
Si、C
Mg)においてA(0.75、1.25)、B(1.4、1)、C(1.4、0.6)、D(0.75、0.85)の4点で囲まれる範囲内であり、さらにCu濃度が0.07〜0.9質量%、Mn濃度が0.1〜0.9質量%、Ti濃度が0.005〜0.15質量%、Cr濃度が0.2質量%以下、Fe濃度が0.5質量%であり、残部がAlおよび不可避不純物からなるアルミニウム合金の棒状鋳塊を鋳造し、
前記棒状鋳塊を、均質化処理を施すことなく、鋳造後3日以内に矯正し、
矯正した棒状鋳塊を所要厚さに切断して鍛造用素材とし、
前記鍛造用素材を、焼鈍することなく、前記棒状鋳塊の鋳造後7日以内に加工率25〜90%で冷間鍛造してカップ状ブレーキピストンを成形し、
成形したブレーキピストンを溶体化処理することなく時効硬化させる
ことを特徴とするブレーキピストンの製造方法。
【0011】
[2]前記棒状鋳塊を200m/分以上の鋳造速度で連続鋳造する前項1に記載のブレーキピストンの製造方法。
【0012】
[3]連続鋳造した棒状鋳塊を連続鋳造後30日間自然時効させたときのロックウェル硬度を基準硬度とし、
前記棒状鋳塊の矯正を、下記式で表される棒状鋳塊の相対硬度が0.9以下の期間内に行う前項1または2に記載のブレーキピストンの製造方法。
【0013】
棒状鋳塊の相対硬度=棒状鋳塊のロックウェル硬度/基準硬度
[4]連続鋳造した棒状鋳塊を連続鋳造後30日間自然時効させたときのロックウェル硬度を基準硬度とし、
前記鍛造用素材の冷間鍛造を、下記式で表される鍛造用素材の相対硬度が0.95以下の期間内に行う前項1〜3のいずれかに記載のブレーキピストンの製造方法。
【0014】
鍛造用素材の相対硬度=鍛造用素材のロックウェル硬度/基準硬度
【発明の効果】
【0015】
上記[1]に記載の発明は、所定組成のアルミニウム合金によるブレーキピストンの製造に際し、棒状鋳塊の鋳造後の経過日数の少ないうちに冷間鍛造までの工程を行う。具体的には、鋳造後3日以内に棒状鋳塊を矯正し、7日以内に棒状鋳塊を切断して得た鍛造用素材で冷間鍛造する。これらの期間は硬度が低く加工性が良好であるから、矯正前および冷間鍛造前に熱処理を行わなくても良好に加工することができる。また、冷間鍛造によって成形されたブレーキピストンは、アルミニウム合金に含有する元素による固溶硬化と晶出物分散によって硬度が高められ、かつ冷間鍛造を25〜90%の加工率で行うことによる加工硬化により、溶体化処理を行わなくても、時効によりブレーキピストンとして必要な硬度を得ることができる。即ち、矯正前の均質化処理、冷間鍛造前の焼鈍、冷間鍛造後の溶体化処理を行わなくても、必要な硬度を有するブレーキピストンを製造することができる。このため、これらの熱処理を行う従来の製造方法に比べて製造効率が良く、かつエネルギーコストを低減できる。しかも、鍛造後の溶体化処理を行わないことで焼き入れ歪みの発生もないから、歪み取りのための機械加工も不要であるから、材料の無駄が減少する。
【0016】
上記[2]に記載の発明によれば、鋳造時に棒状鋳塊が急冷されるので、時効による硬度向上効果が大きい。
【0017】
上記[3]に記載の発明によれば、連続鋳造した棒状鋳塊を連続鋳造後30日間自然時効させたときのロックウェル硬度を基準硬度とし、棒状鋳塊のロックウェル硬度/基準硬度で表される矯正時の相対硬度が0.9以下であり、硬度によっても矯正性が良好であることが裏付けられている。
【0018】
上記[4]に記載の発明によれば、連続鋳造した棒状鋳塊を連続鋳造後30日間自然時効させたときのロックウェル硬度を基準硬度とし、鍛造用素材のロックウェル硬度/基準硬度で表される鍛造用素材の相対硬度が0.95以下であり、硬度によって矯正性が良好であることが裏付けられている。
【発明を実施するための形態】
【0020】
図1は本発明によって製造するカップ状のブレーキピストン(1)の一実施形態であり、
図2は本発明の製造工程を示すフロー図である。前記ブレーキピストン(1)は、例えばディスクブレーキにおいて液圧シリンダ内に進退自在に嵌挿され、開口端部で摩擦パッドをブレーキディスクに押圧するものである。
【0021】
アルミニウム合金は、鋳造直後は硬度が低く、時間経過とともに自然時効によって硬度が増していき、やがては一定の硬度となる。
図3は、アルミニウム合金の鋳造材の硬度を時間経過とともに測定し、30日後の硬度に対する相対硬度の推移を表したものである。本図の作成に用いたアルミニウム合金の化学組成は、Si:1.06質量%、Mg:0.86質量%、Cu:0.4質量%、Mn:0.49質量%、Cr:0.14質量%、Fe:0.25質量%、Ti:0.015質量%を含有し、残部がAlおよび不可避不純物である。試験材は、鋳造棒を鋳造直後に厚さ20mmに切断し、端面を面削したものとし、面削した面をロックウェル硬度計にてHRF硬度を測定した。そして、厚さ20mmの試験材を作製後直ちに初回(0日目)の測定を行い、その後は1日毎に30日目まで同じ面削面でHRF硬度を測定した。相対硬度は30日目のHRF硬度、即ち棒状鋳塊を連続鋳造後30日間自然時効させたときのロックウェル硬度(HRF硬度)を基準硬度とし、下記式で計算した。
【0022】
相対硬度=各測定日のロックウェル硬度/基準硬度
なお、
図3は上記組成のアルミニウム合金の実測データに基づいた硬度推移であるが、本発明で規定した化学組成のアルミニウム合金は同様のパターンで硬度が推移する。その理由は以下のとおりである。
【0023】
図4はアルミニウム合金中のSi濃度(C
si質量%)とMg濃度(C
Mg質量%)との関係を示したものであり、A(0.75、1.25)、B(1.4、1)、C(1.4、0.6)、D(0.75、0.85)の4点で囲まれる範囲内が本発明に用いるアルミニウム合金中のSi濃度およびMg濃度を示している。また、直線(F)は、Mg
2Si晶出物を形成するSi濃度(C
si質量%)とMg濃度(C
Mg質量%)の関係である(F)式を示している。
【0024】
Si濃度(C
si)={Si原子量/(Mg原子量×2)}×Mg濃度(C
Mg)
=0.58×Mg濃度(C
Mg) …(F)
【0025】
図4が示すように、本願発明に用いるアルミニウム合金はいずれもSi濃度が0.58×Mg濃度を超え、Mgに対して過剰のSiを含むAl−Mg−Si合金である。このため、本発明に用いるアルミニウム合金は
図3の硬度推移を実測したアルミニウム合金と類似の時効挙動となり、連続鋳造後は
図3と同様のパターンで硬度推移する。
【0026】
図3より、アルミニウム合金は鋳造後の数日間は硬度が低いことがわかる。硬度は鋳造から数日後に上昇していく点に着目して、本発明では、この鋳造後の経過日数が少なく硬度が低くて加工性の良い期間内に冷間鍛造までの工程を行い、従来実施していた加工前の熱処理を行わない。従来の製造工程では、矯正前に均質化処理を行い、冷間鍛造前に焼鈍を行っていた(
図6参照)。このように塑性加工前に熱処理を施すのは、鋳造から長時間経過して硬度が硬くなった素材を使用したり、経過時間が異なることによる硬度の異なる素材を同一工程で加工することがあるので、素材の加工性を均一化するためである。換言すれば、従来は加工を施す素材の硬度の変化状態に注意が払われておらず、その代償として加工前の熱処理による均一化を必須の工程として行っていた。
【0027】
従来の方法において、棒状鋳塊の均質化処理、鍛造用素材の焼鈍、鍛造品の溶体化処理を必須の工程としていたのは以下のような理由からである。単に棒状鋳塊の均質化処理を省略すると、硬度が堅いままなので矯正工程が困難になったためである。また、単に鍛造用素材の焼鈍処理を省略すると、硬度が堅いままなので冷間鍛造の成形が困難になったためである。また、単に熱処理工程簡略化のために鍛造品の溶体化処理を省略すると、焼入れされないので製品の強度が低下してしまうためである。
【0028】
一方、本発明は、従来の工程とは技術思想を変えて、溶体化処理に代えて、連続鋳造時の急冷効果による焼入れ硬化の効果を出来るだけ生かして好ましい硬度を有する製品を製造することを技術課題とした。そのために、連続鋳造時の急冷効果による焼入れ硬化を減少させてしまう熱処理工程(均質化処理、焼鈍処理)を省略して強度向上を図るとともに、矯正および冷間鍛造の実施時期を鋳造からの経過時間に基づいて規定し、硬度の低い時期に矯正および冷間鍛造の加工をすることで加工前の熱処理を行うことなく良好な加工性を確保した。さらに、合金組成を調整して強度向上を図った。また、冷間鍛造加工での加工率を大きくするような素材形状設計をして加工硬化による強度向上を図った。具体的には、合金組成を規定した上で、鋳造後〜矯正〜冷間鍛造の時間配分を本発明のようにすることで、矯正、冷間鍛造成形に不都合なく、かつ強度も充分に満足できるブレーキピストン材を製造することができた。
【0029】
本発明は、棒状鋳塊を矯正する時期および鍛造用素材を冷間鍛造する時期を、連続鋳造後の経過時間または加工時の材料硬度、あるいは連続鋳造後の経過時間および加工時の材料硬度の両方によって規定する。
【0030】
本発明は、たとえば、
棒状鋳塊を、鋳造工程に続く鋳造後3日以内に矯正処理する矯正工程を有し、
矯正した棒状鋳塊を所要厚さに切断して鍛造用素材とする切断工程を有し、
前記鍛造用素材を、切断工程に続く前記棒状鋳塊の鋳造後7日以内に加工率25〜90%で冷間鍛造によりカップ状ブレーキピストンを成形する鍛造工程を有し、
鍛造工程に続く成形したブレーキピストンを時効硬化させる時効処理工程を有することを特徴とするブレーキピストンの製造方法で実現できる。
【0031】
以下に本発明について詳述する。
〔アルミニウム合金の化学組成〕
本発明で用いるアルミニウム合金は、Si、Mg、Cu、Mn、Tiを含有し、CrおよびFeが規制され、残部がAlおよび不可避不純物からなる。
【0032】
SiおよびMgはブレーキピストンとして必要な強度を得るために添加される元素であり、
図4はSi濃度(C
Si質量%)とMg濃度(C
Mg質量%)との関係を示している。Si濃度(C
Si質量%)およびMg濃度(C
Mg質量%)は、これらの濃度の関係(C
Si、C
Mg)においてA(0.75、1.25)、B(1.4、1)、C(1.4、0.6)、D(0.75、0.85)の4点で囲まれる範囲内に規定する。上記のABCDより、Si濃度(C
Si質量%)の取り得る範囲は0.75〜1.4質量%であり、Mg濃度(C
Mg質量%)の取り得る範囲は0.6〜1.25質量%である。Si濃度が0.75質量%未満、あるいはMg濃度が0.6質量%未満では、強度向上効果が少なく強度不足となる。一方、Si濃度が1.4質量%を超え、あるいはMg濃度が1.25質量%を超えると、矯正時および冷間鍛造時の加工性が低下して加工不良となる。さらに、強度と加工性の両方が良好であるためには、上記ABCDの4点で囲まれた範囲内であることが必要である。
【0033】
図4において、2点を通る直線の式は以下のとおり計算される。
【0034】
ABを通る直線:C
Mg=−0.385×C
Si+1.538
BCを通る直線:C
Mg=1.4
CDを通る直線:C
Mg=−0.385×C
Si+1.138
DAを通る直線:C
Mg=0.75
【0035】
従って、本発明におけるSi濃度(C
Si質量%)およびMg濃度(C
Mg質量%)は下記の4つの式(i)(ii)(iii)(iv)を満たす範囲となる。
【0036】
(i)C
Mg≦−0.385×C
Si+1.538
(ii)C
Mg≦1.4
(iii)C
Mg≧−0.385×C
Si+1.138
(iv)C
Mg≧0.75
【0037】
また、さらに好ましい範囲として、A’(0.9、1.1)、B’(1.3、0.95)、C’(1.3、0.7)、D’(0.9、0.85)で囲まれた範囲を推奨できる(
図4参照)。
【0038】
CuおよびMnも強度を得るために添加される元素である。Cu濃度が0.07質量%未満、Mn濃度が0.1未満では強度向上効果が少なく、強度不足となる。一方、Cu濃度が0.9質量%を超え、Mn濃度が0.9質量%を超えると、冷間鍛造時の加工性が低下して加工不良となる。さらに好ましいCu濃度は0.2〜0.7質量%であり、さらに好ましいMn濃度は0.3〜0.8質量%である。
【0039】
Tiは鋳造組織を微細化して冷間鍛造における加工性を良好にするために添加される元素である。Ti濃度が0.005質量%未満では前記効果が少なく、一方0.15質量%を超えると粗大な金属間化合物が形成されて、冷間鍛造における加工性が低下する。さらに好ましいTi濃度は0.008〜0.1質量%である。
【0040】
CrおよびFeは冷間鍛造における加工性を低下させる元素であり、Cr濃度を0.2質量%以下、Fe濃度を0.5質量%以下に規制する必要がある。さらに好ましいCr濃度は0.15質量%以下であり、さらに好ましいFe濃度は0.4質量%以下である。
【0041】
上記濃度範囲の元素を含有するアルミニウム合金の残部はAlおよび不可避不純物である。
【0042】
〔製造工程〕
本発明の製造工程を示す
図2において、ブロックを実線で示した工程は必須の工程であり、破線で示した工程は任意に行う工程である。以下に、
図2のフロー図を参照しつつ、各工程について詳述する。
【0043】
(鋳造)
上述した組成のアルミニウム合金の棒状鋳塊を鋳造する。鋳造方法は限定されないが、連続鋳造が好ましい。連続鋳造は水平型および縦型のいずれでも良いが、鋳塊が急冷されて焼入れ効果が大きく、かつ鋳肌が均一で微細な金属組織が得られる点でホットトップ鋳造を推奨できる。また、200m/分以上の鋳造速度で鋳造することが好ましい。鋳造速度を早くすることで鋳塊が急冷されるため、時効による硬度向上効果が大きいためである。さらに好ましい鋳造速度は250m/分以上である。
【0044】
(矯正)
棒状鋳塊の曲がりを矯正して真直度を高める。矯正後の棒状鋳塊表面を除去するヒーリング工程において、ピーリングマシンに棒状鋳塊を挿入した際、曲がり部で引っかかり、ピーリングマシンの中で棒状鋳塊が送出すことができなくなるので、ピーリング前に矯正しておく必要がある。矯正は、均質化処理を施すことなく、鋳造後3日以内(72時間以内)に行う。
図3に示したように、鋳造後常温放置状態で3日目の硬度は、30日目の基準硬度に対する相対硬度が0.90以下であるため、均質化処理を施さなくても曲がりを矯正することができる。鋳造後3日を超えて時効硬化が進むと、均質化処理を施すことなく曲がりを矯正することが困難になる。特に好ましい矯正の実施時期は鋳造後2日以内である。
【0045】
また、均質化処理を施すことなく円滑に曲がりを矯正できるかどうかは、矯正時の硬度に影響されるので、矯正の時期を棒状鋳塊の硬度によって規定することもできる。例えば、矯正前のロックウエル硬度が76.3未満であることが好ましい。また、例えば、連続鋳造した棒状鋳塊を連続鋳造後30日間自然時効させたときのロックウェル硬度を基準硬度とし、下記式で表される棒状鋳塊の相対硬度が0.9以下の期間内であれば均質化処理を施すことなく矯正することができる。特に前記相対硬度が0.889未満の期間内であればさらに硬度が低いので矯正に好適である。さらに、ロックウエル硬度条件と相対硬度条件の両方を満たすことが好ましい。
【0046】
棒状鋳塊の相対硬度=棒状鋳塊のロックウェル硬度/基準硬度
本発明において、棒状鋳塊の矯正の実施時期は、鋳造後の経過日数、ロックウエル硬度および/または相対硬度のどちらによっても規定することができる。さらに、鋳造後の経過日数で矯正実施時期を仮設定し、ロックウエル硬度および/または相対硬度によって仮設定した実施時期が矯正に適していることを裏付けることができる。
【0047】
矯正方法は限定されず、ローラで挟んで矯正する等の周知の矯正方法により行う。
【0048】
(ピーリング、検査)
矯正した棒状鋳塊はピーリングして表面の不均質部分を除去し、その後の検査を行う。ピーリングおよび検査は本発明の必須の工程ではないので、これらを行わない場合も本発明に含まれる。
【0049】
(切断)
棒状鋳塊を所要厚さに切断し、ブレーキピストンの体積に見合う体積の鍛造用素材を作製する。
【0050】
(ボンデ処理)
冷間鍛造の前処理として、鍛造用素材に潤滑処理としてボンデ処理を施して表面に潤滑性を付与する。ボンデ処理は本発明の必須の工程ではないので、ボンデ処理を行わない場合あるいは他の方法で潤滑性を付与する場合も本発明に含まれる。
【0051】
(冷間鍛造)
図5に示すように、鍛造用素材(2)を冷間鍛造してカップ状のブレーキピストン(1)を成形する。冷間鍛造は、鍛造用素材(2)に焼鈍を施すことなく、棒状鋳塊の鋳造後7日以内(168時間以内)に行う。
図3に示したように、鋳造後7日目の硬度は、30日目の基準硬度に対する相対硬度が0.95以下であるため、焼鈍を施さなくても寸法精度の高いブレーキピストン(1)を成形することができる。鋳造後7日を超えて時効硬化が進むと、寸法精度の高いブレーキピストンを鍛造することが困難になる。特に好ましい冷間鍛造の実施時期は鋳造後5日以内である。
【0052】
また、焼鈍を施すことなく円滑に冷間鍛造できるかどうかは、冷間鍛造時の硬度に影響されるので、冷間鍛造の時期を鍛造用素材の硬度によって規定することもできる。例えば、鍛造前のロックウエル硬度が77.3未満であることが好ましい。また例えば、連続鋳造した棒状鋳塊を連続鋳造後30日間自然時効させたときのロックウェル硬度を基準硬度とし、下記式で表される鍛造用素材の相対硬度が0.95以下の期間内であれば焼鈍を施すことなく冷間鍛造することができる。特に前記相対硬度が0.899未満の期間内であればさらに硬度が低いので冷間鍛造に好適である。さらに、ロックウエル硬度条件と相対硬度条件の両方を満たすことが好ましい。
【0053】
鍛造素材の相対硬度=鍛造用素材のロックウェル硬度/基準硬度
本発明において、鍛造用素材の冷間鍛造の実施時期は、鋳造後の経過日数、相対硬度のどちらによっても規定することができる。さらに、鋳造後の経過日数で冷間鍛造実施時期を仮設定し、ロックウエル硬度および/または相対硬度によって仮設定した実施時期が冷間鍛造に適していることを裏付けることができる。
【0054】
また、下記式に基づいて計算される冷間鍛造の加工率は25〜90%とし、加工硬化によって硬度を高める。加工率が25%未満では加工硬化が不十分でブレーキピストンとして必要な硬度を得ることが困難である。一方、90%を超えると、鍛造割れなどの鍛造欠陥が生じやすくなる。特に好ましい加工率は50〜70%である。鍛造はバリ出し鍛造ではなく、密閉鍛造であることが好ましい。
【0055】
加工率(%)={(h
0−h
1)/h
0}×100
h
0:鍛造用素材(2)の厚さ
h
1:鍛造したブレーキピストン(1)の底部の厚さ
【0056】
(時効)
冷間鍛造したブレーキピストンは、溶体化処理を行うことなく時効処理を施し、硬度を高める。時効処理条件に制限はないが、好ましい時効条件として、165〜185℃で0.5〜3時間の保持を推奨でき、さらに好ましい条件として170〜180℃で1〜2.5時間の保持を推奨できる。
【0057】
(機械加工、陽極酸化処理)
時効硬化させたブレーキピストンは、内径および外径の寸法精度および表面粗さの向上を目的として機械加工を行う。また、耐摩耗性向上を目的として陽極酸化処理により表面に硬質皮膜を形成する。機械加工および陽極酸化処理は本発明の必須の工程ではないので、これらを行わない場合も本発明に含まれる。
【0058】
本発明によって製造したブレーキピストンは、アルミニウム合金に含有する元素による固溶硬化と晶出物分散によって硬度が高められ、かつ所定の加工率で冷間鍛造を行うことで加工硬化し、溶体化処理を行わなくても時効後に必要な硬度を得ることができる。通常ブレーキピストンとして要求される硬度はロックウェル硬度(HRF)で93以上であり、本発明によって上記硬度が得られる。
【0059】
本発明の方法によれば、従来の製造工程で実施していた矯正前の均質化処理、冷間鍛造前の焼鈍、冷間鍛造後の溶体化処理という3つの熱処理を行うことなく、所要硬度のブレーキピストンを製造できる。3つの熱処理を行わないことで、製造効率が向上し、かつエネルギーコストが低減される。しかも、鍛造後の溶体化処理を行わないことで焼き入れ歪みの発生もないから、歪み取りのための機械加工も不要となる。このため、冷間鍛造後に行う機械加工は寸法精度を向上させれば足りるので、従来よりも少量の切削で済み、材料の無駄が減少する。
【実施例】
【0060】
表1に示すa〜mの13種類のアルミニウム合金を用い、異なる製造工程でカップ状ブレーキピストンを鍛造した(比較例1、3〜6、10、15を除く)。
【0061】
各アルミニウム合金におけるSi濃度とMg濃度の関係は
図4に示したとおりであり、a〜gのアルミニウム合金の組成は本発明の規定範囲内であり、h〜mのアルミニウム合金の組成は本発明の範囲を逸脱している。
【0062】
【表1】
【0063】
〔製造工程〕
各例に共通する工程として、アルミニウム合金をホットトップ連続鋳造機にて、鋳造速度:250m/分で断面円形の棒状鋳塊を連続鋳造した。これらの棒状鋳塊を連続鋳造後30日間自然時効させたときのロックウェル硬度、即ち本発明における基準硬度を表1に示す。
【0064】
(実施例1〜13)
棒状鋳塊に対し、鋳造から3日後(72時間後)に均質化処理することなく、矯正用ロールで挟んで棒状鋳塊の曲がりを矯正した。矯正した棒状鋳塊はピーリングを行い、検査済みの棒状鋳塊は所要の厚さに切断して短い円柱材とし、これを鍛造用素材(2)とした。
【0065】
鍛造用素材(2)はボンデ処理を施し、焼鈍を行うことなく、
図5に示すように、鋳造から7日後(168時間後)に冷間鍛造してカップ状ブレーキピストン(1)に成形した。冷間加工における加工率は、25%、50%、71%のいずれかであり、各例の加工率は表2に示したとおりである。
【0066】
(実施例14、15)
矯正、冷間鍛造の実施時期を表2に記載したように変更したことを除き、実施例1と同じ工程でカップ状ブレーキピストン(1)を成形した。
【0067】
成形したブレーキピストンは、溶体化処理を行うことなく、175℃で2時間保持して時効処理を行い、内径および外径の寸法精度を高めるために機械加工を行った。
【0068】
(比較例1、3〜6、10、15)
棒状鋳塊に対し、鋳造から3日後(72時間後)に均質化処理することなく、矯正用ロールで挟んで棒状鋳塊の曲がりを矯正した。矯正した棒状鋳塊はピーリングを行い、検査済みの棒状鋳塊は所要の厚さに切断して短い円柱材とした。
【0069】
この円柱材に対し、冷間鍛造および溶体化処理をすることなく、実施例と同じ条件で時効処理を行った。即ち、これらの比較例は矯正、ピーリング、検査、切断、時効のみを行ったものである。
【0070】
(比較例2)
矯正の実施時期を鋳造から7日後(168時間後)に行い、冷間鍛造を鋳造から13日後(312時間後)に行ったことを除き、実施例と同じ工程ブレーキピストンを製作した。
【0071】
(比較例11)
鋳造から3日後に行う棒状鋳塊の矯正前に560℃×7時間の均質化処理を行い、鋳造用素材にボンデ処理を行う前に380℃×4時間の焼鈍を行い、冷間鍛造後に(溶体化処理条件)530℃×2.5時間で溶体化処理を行い、水焼入れ後180℃×6時間で時効処理を行い、ブレーキピストンを製作した。本例の工程は
図6のフロー図に示した従来の製造工程である。
【0072】
(比較例7〜9、12〜14、16〜19)
実施例と同じ工程でブレーキピストンを製作した。これらの比較例は、アルミニウム合金の組成のみが本発明から逸脱する。
【0073】
(比較例20,21)
矯正、冷間鍛造の実施時期を表2に記載したように変更したことを除き、実施例1と同じ工程でカップ状ブレーキピストン(1)を成形した。
【0074】
〔硬度および評価〕
鋳造後の棒状鋳塊、矯正前の棒状鋳塊、鍛造前の鍛造用素材、鍛造後のブレーキピストン、および時効後のブレーキピストンについて、ロックウェル硬度(HRF)を測定した。なお、冷間鍛造を行っていない比較例1、3〜6、10、15は、矯正後で時効処理前に硬度を測定し、この硬度を表2の鍛造前の硬度の欄に記載した。また、矯正前の棒状鋳塊および鍛造前の鍛造用素材の相対硬度を、表1に記載した各合金の基準硬度と下記式とにより計算し、表2に記載した。
【0075】
矯正前の棒状鋳塊の相対硬度=棒状鋳塊のロックウェル硬度/基準硬度
鍛造前の鍛造用素材の相対硬度=鍛造用素材のロックウェル硬度/基準硬度
また、矯正性、鍛造性、省エネルギー性について下記の基準で評価した。
【0076】
(矯正性)
棒状鋳造の曲がりについて、長さ1000mm当たりの曲がり量を2mm以下に矯正できたものを矯正性良好(○)と評価し、矯正しても2mmを超える曲がりがあったものを矯正性不良(×)と評価した。
【0077】
(鍛造性)
冷間鍛造したブレーキピストンについて、欠肉およびダレの無いものを鍛造性良好(○)と評価し、欠肉またはダレが認められたものを鍛造性不良(×)と評価した。
【0078】
(省エネルギー性)
比較例11は均質化処理、焼鈍、溶体化処理を行ったことで省エネルギー性が悪い(×)と評価し、これらの熱処理を行わなかったものを省エネルギー性が良い(○)と評価した。
【0079】
さらに、時効後の機械加工において熱歪み部分の切除の要否について調べた。
【0080】
表2に、製造工程の概略および評価結果を示す。
【0081】
【表2】
【0082】
表2より、実施例1〜15はいずれも、加工前の熱処理や鍛造後の溶体化処理を行わずとも、ロックウェル硬度(HRF)が93を超える硬度の高いブレーキピストンを製造することができた。
【0083】
一方、矯正および/または冷間鍛造の実施時期の遅い比較例2、20、21では、加工性が悪いために棒状鋳塊の曲がりを十分に矯正がなされず、また、冷間鍛造における鍛造性も悪いものであった。
【0084】
また、冷間鍛造の加工率を0%とした比較例では、加工硬化が不十分であり時効後も硬度不足であった。
【0085】
また、アルミニウム合金組成、加工率のいずれかが本発明で規定した範囲を逸脱する比較例は、硬度不足、加工困難による矯正不良または鍛造不良のいずれかの欠点があった。
【0086】
また、比較例11は、実施例に対して3つの熱処理を追加したことでエネルギーコストが高く、かつ溶体化処理を行ったことで熱歪み部分を除去しなければならなかった。
【0087】
また、比較例16は、矯正前および鍛造前の硬度が実施例2(比較例16と冷間鍛造の加工率が同じ)よりも低いが矯正性および鍛造性が不良であった。これは、比較例16の合金中のSi濃度およびMg濃度が高いためにMg
2Si晶出量が増加したことが原因であると考えられる。Mg
2Si晶出物はアルミニウム地の硬度向上に寄与しないが、矯正性、鍛造性を悪化させるため、かかる結果となったものである。比較例18はアルミニウム合金の硬度が高いために矯正性および鍛造性が悪くなったものであり、比較例16よりもSi濃度が過剰となっているためにさらに硬度が高くなり矯正性および鍛造性が悪くなったものである。比較例19もアルミニウム合金の硬度が高いために矯正性および鍛造性が悪くなったものであり、
図4のABCDで示す本発明のMg濃度およびSi濃度の範囲を逸脱し、過剰なSiを含むMg
2Si晶出物量が増加したことにより矯正性および鍛造性が悪くなったものである。
【0088】
本願は、2009年10月16日に出願された日本国特許出願の特願2009−239295号の優先権主張を伴うものであり、その開示内容はそのまま本願の一部を構成するものである。
【0089】
ここに用いられた用語および表現は、説明のために用いられたものであって限定的に解釈するために用いられたものではなく、ここに示されかつ述べられた特徴事項の如何なる均等物をも排除するものではなく、この発明のクレームされた範囲内における各種変形をも許容するものであると認識されなければならない。