特許第5716054号(P5716054)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金ステンレス株式会社の特許一覧

特許5716054酸化皮膜の電気伝導性と密着性に優れたフェライト系ステンレス鋼板
<>
  • 特許5716054-酸化皮膜の電気伝導性と密着性に優れたフェライト系ステンレス鋼板 図000003
  • 特許5716054-酸化皮膜の電気伝導性と密着性に優れたフェライト系ステンレス鋼板 図000004
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5716054
(24)【登録日】2015年3月20日
(45)【発行日】2015年5月13日
(54)【発明の名称】酸化皮膜の電気伝導性と密着性に優れたフェライト系ステンレス鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20150423BHJP
   C22C 38/26 20060101ALI20150423BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20150423BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20150423BHJP
   C21D 1/76 20060101ALI20150423BHJP
   C23C 8/14 20060101ALI20150423BHJP
   C23C 8/18 20060101ALI20150423BHJP
   H01M 8/02 20060101ALN20150423BHJP
   H01M 8/12 20060101ALN20150423BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/26
   C22C38/60
   C21D9/46 R
   C21D1/76 G
   C23C8/14
   C23C8/18
   !H01M8/02 B
   !H01M8/12
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-129692(P2013-129692)
(22)【出願日】2013年6月20日
(65)【公開番号】特開2014-31572(P2014-31572A)
(43)【公開日】2014年2月20日
【審査請求日】2013年6月21日
(31)【優先権主張番号】特願2012-157540(P2012-157540)
(32)【優先日】2012年7月13日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】新日鐵住金ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107892
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 俊太
(74)【代理人】
【識別番号】100105441
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 久喬
(72)【発明者】
【氏名】秦野 正治
(72)【発明者】
【氏名】池上 修
【審査官】 河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−318652(JP,A)
【文献】 特開2005−320625(JP,A)
【文献】 特開2008−101240(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
H01M 8/00−8/24
C23C 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%にて、C:0.02%以下、Si:0.15%以下、Mn:0.3〜1%(ただし、Mn0.35%を除く。)、P:0.04%以下、S:0.003%以下、Cr:20〜25%、Mo:0.5〜2%、Al:0.1%以下、N:0.02%以下、Nb:0.001〜0.5%、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、かつ(1)式を満たすことを特徴とする酸化皮膜の導電性と密着性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
2.5<Mn/(Si+Al)<8.0 ・・・(1)
ただし、(1)式でMn、Si、Alはそれぞれの元素の含有量(質量%)を意味する。
【請求項2】
前記鋼が、さらに質量%にて、Ti:0.12%以下、V:0.05%以下、Ni:0.3%以下、Cu:0.2%以下、Sn:0.05%以下、B:0.005%以下、Mg:0.005%以下、Ca:0.005%以下、W:0.3%以下、Co:0.1%以下、Sb:0.01%以下の1種または2種以上含有していることを特徴とする請求項1に記載する酸化皮膜の導電性と密着性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
前記鋼が、さらに質量%にて、Zr:0.01%以下、La:0.1%以下、Y:0.1%以下、REM:0.1%以下、の1種または2種以上含有していることを特徴とする請求項1または2に記載する酸化皮膜の導電性と密着性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
前記鋼は、CrならびにMnが濃化した酸化皮膜が鋼板表面に形成されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載する酸化皮膜の導電性と密着性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項5】
前記鋼を500〜1000℃の温度範囲で24hr以下の予備酸化処理を行うことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載する酸化皮膜の導電性と密着性に優れたフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温で良好な電気伝導性を有する酸化皮膜を形成するとともに,長期使用においても優れた皮膜密着性を兼備したフェライト系ステンレス鋼板に関するものであり,特に、固体酸化物型燃料電池のセパレーターおよびその周辺の高温部材に適する。
【背景技術】
【0002】
近年、石油を代表とする化石燃料の枯渇化、CO2排出による地球温暖化現象等の問題から、従来の発電システムに替わる新しいシステムの実用化が求められている。その1つとして、分散電源,自動車の動力源としても実用的価値が高い「燃料電池」が注目されている。燃料電池にはいくつかの種類があるが、その中でも固体酸化物型燃料電池(SOFC)はエネルギー効率が高く、将来の普及拡大が有望視されている。
【0003】
固体酸化物型燃料電池の作動温度は、近年、固体電解質膜の改良により600〜900℃で作動するSOFCシステムが主流となっている。この温度域になると、高価で加工性の悪いセラミックスから安価で加工性の良好な金属材料の適用が検討されている。
【0004】
金属材料に求められる特性は、先ず、600〜900℃の温度域で優れた「耐酸化性」を有していること,次に、セラミックス系の固体酸化物と同等の「熱膨張係数」を有すること、これらの基本的特性に加えて、高温での発電効率にセラミックス系固体酸化物と密着した状態において良好な「電気伝導性」を呈することである。ただし、普及拡大の視点からは、安価で高温・長期使用において酸化皮膜の剥離を抑制して電気伝導性を損なわない耐久性に優れた金属材料の適用が課題となっている。
【0005】
高温での耐酸化性に優れる金属材料としては、例えば,JIS G 4305に規定するSUS309S,SUS310Sがある。しかし、これら高Cr高Niタイプのオーステナイト系ステンレス鋼は熱膨張係数が大きいため、起動・停止が行われる状況下では熱膨張・熱収縮の繰り返しにより熱変形やスケール剥離が発生し、使用できない。一方、フェライト系ステンレス鋼の熱膨張係数はセラミックス系固体酸化物と同程度であるため、耐酸化性,電気伝導性の要件を兼ね備えていれば最適な候補材料となる。
【0006】
従来、特許文献1〜3において、上述した耐酸化性と電気伝導性を兼備したフェライト系ステンレス鋼が開示されている。特許文献1〜3には、(Y,REM(希土類元素),Zr)のグル−プから選ばれる1種または2種以上を含むことを特徴とする高Crタイプのフェライト系ステンレス鋼が開示されている。これら文献記載の発明は、鋼表面にCr系酸化皮膜を形成させ,(Y,REM,Zr)の添加によりCr系酸化皮膜の耐酸化性と電気伝導性を改善する技術思想に基づいている。
【0007】
他方、希土類元素の添加に頼らず、耐酸化性を損なわず電気伝導性を付与したフェライト系ステンレス鋼が開示されている。特許文献4に記載のものは、鋼表面にCr系酸化皮膜を形成させ,(Y,REM,Zr)等の希土類元素を必須とせず,導電性の高いCuの添加により耐酸化性を損なわず電気伝導度を高める技術思想に基づいている。特許文献5は、TiあるいはNbが共存するAl系酸化皮膜を主体とした皮膜構造とすることにより、皮膜の導電性を向上させている。
【0008】
上述したように、従来,SOFCのセパレーター用金属材料としては、Cr系酸化皮膜を形成させ、(1)大変高価な希土類元素(Y,REM,Zr)の添加、(2)導電性あるCuの添加やTiあるいはNbが共存するAl系酸化皮膜への改質により耐酸化性と電気伝導性を改善した高Crタイプのフェライト系ステンレス鋼である。前者のステンレス鋼は、普及拡大の視点からコスト低減に大きな課題がある。後者のステンレス鋼は、高温長期使用においての酸化皮膜の成長とそれに伴う電気伝導性の低下に課題がある。すなわち、レアアースである希土類元素の添加に頼ることなく、長期使用において酸化皮膜の電気伝導性と密着性に優れ、工業的に安価に大量生産可能なフェライト系ステンレス鋼については未だ出現していないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2003−173795号公報
【特許文献2】特開2005−320625号公報
【特許文献3】特開2006−57153号公報
【特許文献4】特開2006−9056号公報
【特許文献5】特開2012−67391号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】熱処理;33,(1993),251
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、従来から開示されている希土類元素を添加したフェライト系ステンレス鋼と遜色ない酸化皮膜の電気伝導性と密着性を安価に大量生産可能なフェライト系ステンレス鋼で達成する技術思想に基づくものである。すなわち、本発明は、従来技術で課題となっている希土類元素の添加に頼ることなく、酸化皮膜の電気伝導性と密着性を損なわない耐久性に優れたSOFC用のセパレーター用フェライト系ステンレス鋼板を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
(1)質量%にて、C:0.02%以下、Si:0.15%以下、Mn:0.3〜1%(ただし、Mn0.35%を除く。)、P:0.04%以下、S:0.003%以下、Cr:20〜25%、Mo:0.5〜2%、Al:0.1%以下、N:0.02%以下、Nb:0.001〜0.5%、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、かつ2.5<Mn/(Si+Al)<8.0を満たすことを特徴とする酸化皮膜の電気伝導性と密着性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。ただし、上記式でMn、Si、Alはそれぞれの元素の含有量(質量%)を意味する。
(2)前記鋼が、さらに質量%にて、Ti:0.12%以下、V:0.05%以下、Ni:0.3%以下、Cu:0.2%以下、Sn:0.05%以下、B:0.005%以下、Mg:0.005%以下、Ca:0.005%以下、W:0.3%以下、Co:0.1%以下、Sb:0.01%以下の1種または2種以上含有していることを特徴とする(1)に記載する酸化皮膜の電気伝導性と密着性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
(3)前記鋼が、さらに質量%にて、Zr:0.01%以下、La:0.1%以下、Y:0.1%以下、REM:0.1%以下、の1種または2種以上含有していることを特徴とする(1)または(2)に記載する酸化皮膜の電気伝導性と密着性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
(4)前記鋼は、CrならびにMnが濃化した酸化皮膜が鋼板表面に形成されていることを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載する酸化皮膜の導電性と密着性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
(5)前記鋼を500〜1000℃の温度範囲で24hr以下の予備酸化処理を行うことを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載する酸化皮膜の導電性と密着性に優れたフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。


【0013】
以下、上記(1),(2),(3),(4)、(5)の鋼に係わる発明をそれぞれ本発明という。また、(1)〜(5)の発明を合わせて、本発明ということがある。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】Mn/(Si+Al)と750℃の接触抵抗率との関係
図2】Mn/(Si+Al)と750℃の剥離率との関係
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、前記した課題を解決するために、高Crフェライト系ステンレス鋼板において、SOFCの高温・長期使用を想定した耐酸化性と電気伝導性に及ぼすMn,Si,Al量の相関について鋭意実験と検討を重ね、本発明を完成させた。以下に本発明で得られた知見について説明する。
【0016】
酸化皮膜の電気伝導性と密着性は、SiとAlを極力低減してかつ0.3%以上のMnを添加することで顕著に向上した。SOFC作動温度域の600〜900℃を想定した場合、酸化皮膜はCr23を主体とし、Cr23に加えてM34型酸化物(M=Mn,Cr)を形成する。一般的に、SiやAlの酸化物は電気抵抗を著しく高めることが知られている。SiやAlの酸化物生成と鋼界面への濃化を同時に抑止することで電気伝導性を改善することができる。更に、Cr23酸化皮膜においてM34型酸化物を共存させることで、電気伝導性はより高くなる挙動を示すことが分かった。このような酸化皮膜改質による電気伝導性改善に係るメカニズムについては、未だ不明な点も多いが,(a)M34型酸化物の生成によりCr23皮膜中に導入された空孔性欠陥が電気伝導性を担っている、(b)Cr23と比較して価数の大きいM34型酸化物が半導体から良導体的作用(ドナー作用)を付与する、(a)と(b)の作用効果が可能性として考えられる。
【0017】
また、当該酸化皮膜は酸化皮膜と地鉄界面の剥離を抑制して良好な密着性を有した。酸化皮膜の密着性向上には、SiとAlの低減による内部酸化物の抑止に加えて、酸化皮膜と地鉄界面でのMn酸化物(MnO)の生成も寄与している可能性が考えられる。
【0018】
上述したように、SiとAlを低減しつつ必要量のMnを添加することで、Cr23皮膜の健全性(耐酸化性)を損なうことなく、むしろ酸化皮膜の密着性を向上させ、かつ希土類元素の添加に頼ることなく電気伝導性を付与できる全く新規な知見が得られた。前記(1)〜(3)の本発明は、上述した検討結果に基づいて完成されたものである。
【0019】
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。なお、各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
【0020】
成分の限定理由を以下に説明する。
【0021】
Cは、鋼中に含まれる不可避的不純物元素であり,本発明の目標とするCr23皮膜の健全性を阻害する。そのため,C量は低いほど好ましいが,過度な低減は精錬コストの大幅な上昇を招く。従って、上限は0.02%とする。耐酸化性と製造性の点から,好ましい範囲は0.001〜0.01%である。
【0022】
Siは、一般的な脱酸元素であるものの、本発明の目標とする酸化皮膜の電気伝導性と密着性を阻害する。そのため、Si量は低いほど好ましいが、過度な低減は精錬コストの増大を招く。従って、上限は0.15%とする。本発明の目標とする特性と製造性を両立する点から、好ましい範囲は0.01〜0.12%である。さらに好ましい範囲は0.05〜0.1%である。
【0023】
Mnは、脱酸元素として有効に作用することに加えて、前記した通り、本発明の目標とする酸化皮膜の電気伝導性と密着性を向上させる作用を持つ。本発明では、0.3%以上においてその効果が発現する。従って、下限は0.3%とする。過度な添加は、Cr23皮膜の健全性を阻害して耐酸化性と電気伝導性の低下を招く。そのため、上限は1%とする。本発明の目標とする特性を効率的に発現させる視点から、好ましい範囲は0.3〜0.8%である。
【0024】
Pは、鋼中に含まれる不可避的不純物元素であり,本発明の目標とする耐酸化性の低下を招く。そのため,上限は0.04%とする。しかし,過度の低減は精錬コストの上昇を招く。従って、下限は0.01%とすることが好ましい。耐酸化性と製造性の点から,好ましい範囲は0.02〜0.03%である。
【0025】
Sは、鋼中に含まれる不可避的不純物元素であり,本発明の目標とする耐酸化性を低下させる。特に,Mn系介在物や固溶Sの存在は,高温・長時間使用におけるCr23皮膜を破壊する起点として作用する。そのため,S量は低いほど好ましいが,過度の低減は原料や精錬コストの上昇を招く。従って、上限は0.003%とする。耐酸化性と熱間加工性や製造コストの点から,好ましい範囲は0.0002〜0.001%である。
【0026】
Crは、本発明の目標とする耐酸化性と金属セパレーターとしての要件である熱膨張係数を確保する上で基本の構成元素である。本発明においては、20%未満では目的とする基本特性が十分に確保されない。従って、下限は20%とする。しかし,過度の添加は、熱間圧延鋼材の靭性や延性が著しく低下し,製造性を阻害する。本発明の目標とする合金コスト抑制という視点からも、上限は25%とする。基本特性と製造性およびコストの点から,好ましい範囲は21〜23%である。
【0027】
Moは、本発明の金属セパレーターとしての要件である熱膨張係数を確保する上で有効な構成元素である。さらに、固溶強化元素として作用し、高温部材として必要な高温強度の確保においても有効に作用する。これら効果を得るために、下限を0.5%とする。過度の添加は、原料コストの上昇や製造性を阻害する。従って、上限は2%である。コスト対効果の点から,好ましい範囲は0.8〜1.5%である。
【0028】
Alは、強力な脱酸元素であるものの、本発明の目標とする酸化皮膜の電気伝導性と密着性を阻害する作用を持つ。そのため、Al量は低いほど好ましいが、Si量の低減を図るためにも脱酸元素として必要量添加する。脱酸効果を得るために、下限を0.01%とすることが好ましい。上限は、本発明の目標とする酸化皮膜の特性を担保するために0.1%とする。本発明の目標とする特性と製造性を両立する点から、好ましい範囲は0.02〜0.06%である。
【0029】
Nは、鋼中に含まれる不可避的不純物元素であり,本発明の目標とするCr23皮膜の健全性を阻害する。そのため,N量は低いほど好ましいが,過度の低減は精錬コストの大幅な上昇を招く。従って、上限は0.02%とする。耐酸化性と製造性の点から,好ましい範囲は0.001〜0.01%である。
【0030】
Nbは、CやNを炭窒化物として固定し,本発明の目標とする耐酸化性を向上させるとともに、高温部材と必要な強度と高める作用を持つため添加する。これら効果を得るために、下限を0.001%とする。過度の添加は、原料コストの上昇や加工性を阻害するため上限は0.5%である。コスト対効果の点から、好ましい範囲は0.05〜0.35%である。
【0031】
本発明のフェライト系ステンレス鋼板は、前記した成分を有し,目標とする酸化皮膜の電気伝導性と密着性の観点からMn量と(Si+Al)量の関係を規定する必要がある。SiやAlの内部酸化を抑止したCr23主体の酸化皮膜において、Mnを濃化させてM34型酸化物(M=Mn,Cr)を生成させて導電性を得るには、Mn/(Si+Al)>2.5とする必要がある。他方、Mn/(Si+Al)≧8.0の場合、M34型酸化物の生成を促進し、Cr23主体とする酸化皮膜の保護性を阻害するとともに、酸化皮膜の成長により電気伝導性ならびに密着性の低下を招く。従って、目標とする特性を得るために、2.5<Mn/(Si+Al)<8.0とする。過度なSi,Alの低減を緩和して、目標特性を得る点から好ましい範囲は、4.0<Mn/(Si+Al)<7.0とする。式中のMn、Si、Alはそれぞれの元素の含有量(質量%)を意味する。
【0032】
以下の元素は選択的に添加することができる。
【0033】
Ti、Vは、Nbと同様にCやNを炭窒化物として固定し,本発明の目標とする耐酸化性を向上させる作用を持つため選択的に添加することができる。これら効果を得るために、添加する場合は下限を0.001%とする。過度の添加は、原料コストの上昇や加工性を阻害する。添加する場合の上限は0.5%である。コスト対効果の点から,添加する場合の好ましい範囲は0.05〜0.35%である。
【0034】
Niは、固溶強化元素として作用し、構造材として必要な高温強度の上昇に寄与するため選択的に添加することができる。これら効果を得るために、添加する場合は下限を0.1%とする。過度の添加は、原料コストの上昇や加工性を阻害する。添加する場合の上限は2%である。コスト対効果の点から,添加する場合の好ましい範囲は0.2〜0.8%である。
【0035】
B,Mg,Caは、熱間加工性を改善する作用を持つため選択的に添加することができる。これら効果を得るために、添加する場合は下限を0.0002%とする。しかし,過度な添加は製造性の低下や熱間加工での表面疵を誘発する。添加する場合の上限は0.005%とする。好ましい範囲は、製造性と効果の点から,0.0003〜0.002%である。
【0036】
Cu、Sn、Sbは、Niと同様な効果を有するものの、過度な添加は析出や偏析により酸化皮膜の密着性や製造性を阻害する作用を持つ。Cu、Snのそれぞれ添加する場合の上限は1.0%、好ましくは0.5%以下とする。Sbを添加する場合の上限は0.5%、好ましくは0.2%以下とする。添加する場合の下限は、Cu:0.1%、Sn:0.01%、Sb:0.005%とする。
【0037】
W、Coは、Niと同様な固溶強化に加え、酸化皮膜およびその直下に濃化して電気導電性を高める効果も有するものの,高価な元素である。本発明において、これら効果を発現するために選択的に添加しても構わない。それぞれ添加する場合の上限は1%、好ましくは0.5%以下とする。添加する場合の下限は、0.1%とする。
【0038】
Zr,La,Y,REMは、従来から酸化皮膜の電気伝導性と健全性を高める上で著しい効果を有するものの,大変高価な元素である。本発明は、これら元素の添加に頼ることなく特性を得ることを目標としている。しかしながら、より一層効果を発現するために選択的に添加しても構わない。添加する場合は下限を0.001%,上限を0.1%とする。添加する場合の好ましい範囲は、コスト対効果の点から,0.01〜0.05%である。
【0039】
本発明のフェライト系ステンレス鋼は、前記した成分を有し,酸化皮膜の電気伝導性と密着性の観点からMn/(Si+Al)を規定している。本発明において、製造方法は特に限定するものでない。
【0040】
本発明のフェライト系ステンレス鋼板は、主として,熱間圧延鋼帯を焼鈍あるいは焼鈍を省略してデスケ−リングの後冷間圧延し,続いて仕上げ焼鈍とデスケ−リングした冷延焼鈍板を対象としている。場合によっては、冷間圧延を施さない熱延焼鈍板でも構わない。さらに、ガス配管用としては、鋼板から製造した溶接菅も含まれる。配管は、溶接菅に限定するものでなく,熱間加工により製造した継ぎ目無し菅でもよい。上述した鋼の仕上げ焼鈍は、800〜1100℃とするのが好ましい。800℃未満では鋼の軟質化と再結晶が不十分となり,所定の材料特性が得られないこともある。他方,1100℃超では粗大粒となり,鋼の靭性・延性を阻害することもある。
【0041】
さらに、長期使用を想定した耐久性は、上記フェライト系ステンレス鋼板をSOFCセパレーター用として使用する前に予備酸化を行い、システムの運転初期において、CrならびにMnが濃化した緻密な酸化皮膜を鋼板表面に均一に形成しておく事が有効である。SOFCシステム運転前、予め緻密な酸化皮膜を表面に形成しておくことで、金属表面の状態と比較して初期に形成される酸化皮膜の均一性・バリヤー性を高め、長期使用の電気伝導性と耐酸化性を一層向上させることができる。予備酸化条件は、500〜1000℃で1min以上24hr以下とすることが好ましい。予備酸化は、大気、不活性ガス、水蒸気を含む大気または不活性ガス中で行うことができる。ここで、鋼板表面におけるCrならびにMnが濃化した酸化皮膜とは、Cr23を主体として構成された酸化皮膜であり、Cr2MnO4を10%以上含むものをいう。これら酸化皮膜は、表面のX線回折法により評価することができる。具体的には、Cr23とCr2MnO4の最強線の回折ピークにおける積分強度比から算出される。
【実施例】
【0042】
以下に、本発明の実施例について述べる。
【0043】
表1に成分を示すフェライト系ステンレス鋼を溶製し、熱間圧延を行い板厚4.0〜5.0mmの熱延板として900〜1050℃で焼鈍・酸洗した。次いで、中間焼鈍と冷間圧延を繰り返して0.4mm厚の冷延板とし、900〜1000℃で焼鈍・酸洗を行い供試材とした。鋼No.1〜20は、各元素が本発明の規定範囲内であり,本発明で規定するMn/(Si+Al)の範囲を満たすものである。これに対して、鋼No.21〜25は、各元素が本発明の規定範囲から外れ,本発明で規定するMn/(Si+Al)の範囲を満たすものである。鋼No.26と27は、各元素が本発明範囲であり、Mn/(Si+Al)が本発明の規定範囲から外れるものである。鋼No.28〜30は、各元素とMn/(Si+Al)のいずれも本発明の規定から外れるものである。尚、鋼No.30は、従来公知のREM添加フェライト系ステンレス鋼である。本発明の目標とする酸化皮膜の電気伝導性と密着性は、鋼No.30を基準に判定した。
【0044】
酸化皮膜の電気伝導性と密着性は、長期使用を想定して、以下の要領で酸化試験を実施して評価した。酸化試験は、SOFCの標準的な作動温度を想定した750℃で4.5万時間(5年)の運転で生成する酸化物の生成量を実験室的に模擬する加速試験条件を検討した。酸化皮膜の成長速度は、例えば,非特許文献1により求めることが可能であり、750℃,4.5万時間後の酸化増量はCr23皮膜の場合:1.0mg/cm2程度と予測される。これに相当する酸化増量を比較的短時間で模擬できる加速条件(温度,時間)として、900℃,400hrを選定した。試験片寸法は、板厚×25mm×20mmとし,表面と端面はエメリー紙番手#600の湿式研磨とした。加速試験後、酸化皮膜の電気伝導性と密着性を評価した。
【0045】
酸化皮膜の電気伝導性は、25mm×20mmのPtメッシュを900℃、30分で試料表面に焼き付け4端子法により測定した。具体的には、マッフル炉へ試料を挿入し、750℃に昇温した後、通電(I)時の電圧降下値(ΔV)を測定し、接触抵抗(R=ΔV/I)を求め、接触抵抗率(ρ=R×S,S:通電面積)を算出して電気伝導性の評価指標とした。Ptペーストは、田中貴金属製TR−7905、Ptメッシュは田中貴金属製φ0.076mmを使用した。測定装置は、アドバンテスト製TR6143(直流電源)を使用した。
【0046】
酸化皮膜の密着性は、酸化皮膜表面における剥離率を測定して評価した。具体的には、以下の手順で評価した。酸化試験後、試験片表裏面の外観写真を実寸から2倍程度に拡大して撮影する。そこで、表面から酸化物の飛散した痕跡である点を数える。これら点は、実寸にして0.5mm以上のものを対象とし,目視で十分認識可能な大きさとした。剥離率(ケ/cm2)は、2試料,4面からカウントした点をその表面積(20cm2)で除することにより算出した。酸化皮膜の剥離を生じることなく密着性が良好とする判定基準は、1面につき点状の痕跡1点以下の場合とした。すなわち、剥離率≦0.2(4点/20cm2)とした。
【0047】
セパレーター用鋼板の基本特性として750℃の熱膨張係数を測定した。試料寸法は5mm幅×15mm長さ、昇温時の雰囲気はAr中、熱膨張係数は25℃を起点として算出した。測定装置は、ブルカー・エイエックス製TMA4000を使用した。
【0048】
【表1】
【0049】
得られた結果を表1に示す。鋼No.1〜20は、本発明の目標とする酸化皮膜の電気伝導性と密着性の両者を満たし、基本特性である低熱膨張を達成したものである。これら鋼板は、従来公知のREM添加フェライト系ステンレス鋼板と同等以上の特性を実現した。これより,本発明で規定する各元素とMn/(Si+Al)の範囲を満たせば,Cr23皮膜の良好な耐酸化性を損なうことなく,高温での電気伝導性を付与できることが分かる。鋼No.20は、鋼No.2と同成分を、大気中800℃,12hで予備酸化して酸化皮膜の電気伝導性と密着性を改善したものである。これより、本発明で規定する予備酸化を施すことにより、同一成分の鋼において酸化皮膜の電気伝導性と密着性を高めることができる。No.20の酸化皮膜は、表面のX線回折法によりCr23を主体とし、Cr2MnO4を20%含むものであった。
【0050】
鋼No.21、22、24、26〜29は、本発明の目標とする酸化皮膜の電気伝導性と密着性の両者あるいはいずれか一方が得られないものである。これより,本発明で規定する各元素とMn/(Si+Al)のいずれかの範囲が外れる場合は、酸化皮膜の電気伝導性と密着性を兼備することは困難である。
【0051】
鋼No.23、25は、酸化皮膜の電気伝導性と密着性が目標圏内にあるものの、基本特性である低熱膨張が未達となったものである。これより,基本特性を得るためには、規定範囲のCr,Moを添加する必要がある。
【0052】
本発明で規定する各元素の範囲を満たす鋼板について、Mn/(Si+Al)と750℃の接触抵抗率ならびに剥離率との関係を図1ならびに図2に示す。これより、Cr23皮膜の良好な密着性を損なうことなく,本発明の目標とする酸化皮膜の電気伝導性(接触抵抗率)と密着性を得るには、本発明で規定する各元素の範囲を有し,かつMn/(Si+Al)を2.5〜8.0の範囲に制御することが重要であることが分かる。酸化皮膜の電気伝導性と密着性の特性を兼備する好適な範囲は、Mn/(Si+Al)を4.0〜7.0の範囲であることも分かる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明によれば、各元素の成分とMn/(Si+Al)の範囲を規定することにより,高価な希土類元素の添加に頼ることなく,SOFC用として長期使用において優れた酸化皮膜の電気伝導性と密着性を兼備する、フェライト系ステンレス鋼板を提供することが出来る。本発明のフェライト系ステンレス鋼は、特殊な製造方法に依らず,工業的に生産することが可能である。
図1
図2