(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
自動車のシートフレーム等は、省エネルギー化、環境問題への対応等から、今後益々コストの削減や資源のリサイクル性への要請が高くなる。従って、特許文献1〜3の技術のように、合金化による高強度化、高延性化よりも、リサイクル性が高くなる普通鋼(特に低炭素鋼)を用いて達成できることが望まれる。また、これらは、主として鉄鋼材料メーカーが、鋼スラブから所定の高強度高靱性鋼を作り出すために実施されている手法であり、市販の鋼を用いてシートフレーム等を加工する加工メーカーにおいて利用できる技術ではない。加工メーカーとしては、このように鉄鋼材料メーカーが高強度高靱性鋼(高張力鋼)として販売しているものを購入して使用するのではなく、鉄鋼材料メーカーから安価で成形が容易な普通鋼を購入した上で、必要な場合に必要な箇所にその普通鋼の高強度化高延性化を図ることができれば、シートフレームのコストの低減につながる。
【0007】
一方、引張り強さ980MPa以上の高強度高靱性鋼(高張力鋼)を用いた場合には、プレス加工により所定形状に加工することが極めて困難であることが指摘されている。これは引張り強さを高くした際において、成形性(伸びフランジ特性、曲げ特性等)とのバランスを図ることが困難だからである。引張り強さ980MPa級の鋼材をマルテンサイトとフェライトの2相で構成し、延性を向上させることも行われているが、それをプレス加工に供した場合にはフェライトとマルテンサイトとの界面でマイクロクラックが生じ、それに基づいて割れが生じることも知られている。
【0008】
特許文献4の技術は、普通低炭素鋼を熱処理の受入材として用いて、所望の強度、延性を得ようとする技術であるが、鋼材全体をマルテンサイト化した後に冷間圧延して均質に微細化することが必要である。従って、圧延機能を備えた設備が必要となり、設備コスト、製造コストの点で課題がある。これは、特許文献4の実施例において板厚2mmの普通低炭素鋼材が例示されていることからも明らかなように、ある程度の板厚の鋼を高強度化、高延性化するためには、板厚方向にも均質な微細化が必要であり、そのためマルテンサイト化後における所定条件下での冷間圧延工程が必須だからである。
【0009】
特許文献5の技術の場合、実施例において、板厚1.2mm、1.0mmの薄肉低炭素鋼の冷間圧延鋼板、熱間圧延鋼板を熱処理して微細化し高強度化している。予めプレス加工を施すことで低炭素鋼の高強度化を可能にしたものであるが、一つの部材を一定の引張り強さに制御することが記載されているに過ぎない。
【0010】
ところで、自動車用のシートフレームは、人を安全に支える構造体としての強度と剛性が必要であると共に、衝突などの衝撃力から人を守るために、所定の剛性を保ちながら衝撃吸収エネルギーを大きくする必要がある。しかしながら、これをシートフレームを形成するための鋼材の材料特性のみに依存していたのでは、上記した成形の困難性の点からも限界がある。さらに耐久性も改善する必要があるが、高強度化することで、切欠き感受性、残留応力が耐久劣化の要因となる。
【0011】
そこで、本発明は、所定形状にプレス加工してその後に熱処理を施すことで、一つの部材に複数の物理的特性の領域を有する構成とし、強度、耐久性、剛性、衝撃吸収特性等のバランスに優れ、特に、シートフレームとして適する薄肉鋼加工品及びその熱処理方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため、本発明の薄肉鋼加工品は、薄肉鋼を所定形状にプレス加工してなる薄肉鋼加工品であって、一つの部材中に、物理的特性の異なる複数の領域が熱処理により形成されており、前記複数の領域中の一部の領域の引張り強さが980MPa以上であることを特徴とする。
【0013】
前記複数の領域は、熱処理条件を領域毎に異ならせることにより、マルテンサイトの単相組織、マルテンサイトとフェライトの二相組織、又は粒径の異なる結晶粒を複数有する混粒組織に制御して得られることが好ましい。また、前記複数の領域は、引張り強さ、延性及び引張りの残留応力の少なくとも一つの物理的特性が異なることが好ましい。前記薄肉鋼の板厚が1.0mm以下であることが好ましい。前記薄肉鋼の板厚が0.8mm以下であることがより好ましい。前記薄肉鋼がヘミング加工により形成された重なり部に対して熱処理が施され、この重なり部における折り返し部位とその対面部位とが前記熱処理による高強度化と同時に溶着されている構成とすることができる。前記部材が、シートフレームを形成しているいずれかの板状のフレームであることが好ましい。
【0014】
また、本発明は、薄肉鋼を所定形状にプレス加工してなる薄肉鋼加工品の熱処理方法であって、400℃/秒以上の加熱速度で常温からA1変態点より高温に至るまで急加熱する急加熱工程と、前記急加熱工程後、800℃/秒以上の冷却速度で急冷する急冷工程とを有し、熱処理対象の部材に対し、前記急加熱工程の加熱温度の調整、又は、前記急冷工程の急冷開始温度をA1変態点以上とするかA1変態点未満とするかにより、物理的特性の異なる複数の領域を形成し、その一部の領域を引張り強さ980MPa以上に制御することを特徴とする薄肉鋼加工品の熱処理方法を提供する。
【0015】
前記薄肉鋼が複数枚重なり合っている重なり部に対し、前記急加熱工程と前記急冷工程を施して熱処理することが好ましい。前記重なり部として、ヘミング加工により形成されている部位に熱処理を施すことができる。前記ヘミング加工により形成された重なり部における折り返し部位とその対面部位とを、前記急加熱工程と前記急冷工程により、高強度化と同時に溶着する構成とすることが好ましい。また、前記対面部位に隣接する部分に外方に突出させた突起部が形成されており、該突起部が前記急加熱工程により溶融し、前記折り返し部位と対面部位との間に侵入する構成とすることができる。前記急加熱工程における加熱速度が1000℃/秒以上であることが好ましく、前記急冷工程における冷却速度が1000℃/秒以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、 薄肉鋼を所定形状にプレス加工してなる薄肉鋼加工品であって一つの部材中に、物理的特性の異なる複数の領域が熱処理により形成されており、その中の一部の領域の引張り強さが980MPa以上である。すなわち、プレス加工された薄肉鋼加工品に熱処理を施すことにより、一部に引張り強さ980MPa以上も領域が設定されている。引張り強さ980MPa以上の高強度高靱性鋼(高張力鋼)を用いた場合には、上記したようにプレス加工による成形性が悪く、従来のように材料特性のみに依拠していたのでは、結果として、加工度の高い部分(例えば、ヘミング加工した部分)にこのような高強度部を設けることはできないが、本発明によれば、加工度の高い部分においても引張り強さ980MPa以上の部位を設けることができ、薄肉鋼加工品の剛性を上げることができる。
【0017】
その一方、引張り強さ、延性及び引張りの残留応力のいずれかにおいて異なる特性を備えた構成とすることにより、上記したような剛性の高い部分、衝撃を受けた際のエネルギー吸収機能を果たす部分、耐久性を向上させる部分を一つの部材に設定できる。このため、特に、乗物用のシートフレームとして適する。
【0018】
また本発明の熱処理方法によれば、熱処理を施す部位に応じて、急冷開始時点をA1変態点以上とするかA1変態点未満とするかにより、引張り強さ等の特性を部分的に容易に所定の値に調整できる。また、熱処理を施すことでプレス加工等に伴う引張り方向の残留応力を除去することもできる。
【0019】
また、プレス加工等により、薄肉鋼が複数枚重なり合っている重なり部を熱処理することにより、複数枚を一体化する溶着を同時に行うことも可能である。特に、ヘミング加工により形成されている折り返し部位とその対面部位とを熱処理し、同時に溶着が行われる構成とすることで、当該部位における機械結合力を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】
図1は、本発明の一の実施形態に係る薄肉鋼加工品であるシートフレームを示した斜視図である。
【
図3】
図3(a),(b)は、
図2のC線に沿った断面図である。
【
図4】
図4(a)〜(d)は、ヘミング加工した部分において突起部を設けた場合の熱処理を説明するための図である。
【
図5】
図5は、熱処理設備の一例を示した図である。
【
図6】
図6は、熱処理設備の高周波電極を示した図である。
【
図7】
図7は、試験例の熱処理における目標温度履歴曲線である。
【
図8】
図8は、試験例における引張り試験に供した試験片形状を示した図である。
【
図9】
図9は、試験例で用いたSPCC/t1.0の応力−ひずみ曲線を示した図である。
【
図10】
図10は、試験例で用いたSPHC/t1.2の応力−ひずみ曲線を示した図である。
【
図11】
図11は、SPCC/t1.0とSPHC/t1.2の各試料のミクロ組織を示した図であり、(a)が素材、(b)が高周波焼入れを行ったもの、(c)が電気炉焼入れを行ったものの図である。
【
図12】
図12は、試験例で用いたSPCC/t0.5の熱処理の温度履歴を示した図である。
【
図13】
図13は、試験例で用いたSPCC/t0.5の応力-ひずみ曲線を示した図である。
【
図14】
図14は、試験例で用いたSPCC/t0.5の各資料のミクロ組織を示した図であり、(a)が試料A、(b)が試料B、(c)が試料Cを示した図である。
【
図15】
図15は、試験例で用いたSPFC/t0.6の熱処理の温度履歴を示した図である。
【
図16】
図16は、試験例で用いたSPFC/t0.6の応力-ひずみ曲線を示した図である。
【
図17】
図17は、試験例で用いたSPFC/t0.6の各資料のミクロ組織を示した図であり、(a)が試料A、(b)が試料B、(c)が試料Cを示した図である。
【
図18】
図18(a)は、SPCC/0.5tとSPFC440/0.6tの薄板を用いて製作したサイドフレームを含む自動車用のシートフレームの斜視図であり、
図18(b)は
図18(a)の側面図であり、
図18(c)は、
図18(b)のA−A線断面図であり、
図18(d)は、
図18(b)のB−B線断面図である。
【
図19】
図19は、下方向荷重を付加した際のシートフレームの変形挙動を示した図であり、(a)は付加前の状態を示し、(b)は付加後の状態を示す。
【
図20】
図20は、フレームからの反力と変位の解析結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明において、熱処理対象となる薄肉鋼加工品は、薄肉のもの(以下、「薄肉鋼」という)を用いてプレス加工により所定形状に加工される。薄肉鋼としては、自動車のシートフレームなどに用いられる安価で加工性のよい圧延鋼板が適し、冷間圧延鋼板と熱間圧延鋼板のいずれも含む。厚さは、1.2mm以下である。これより厚い鋼の場合、急加熱・急冷を行うに当たって、大きな熱源と大規模な冷却設備が必要となり、あるいは、熱処理に時間がかかる結果となる。薄肉鋼加工品の所望部位を迅速に急加熱、急冷の熱処理工程によって高強度化を図り、かつ、製品の軽量化も考慮すると、厚さ1.0mm以下の薄肉鋼が好ましく、厚さ0.8mm以下の薄肉鋼がより好ましく、厚さ0.5mm以下の薄肉鋼がさらに好ましい。
【0022】
上記薄肉鋼としては、安価な材料を用いることで、シートフレーム等の製造コストの低減を図ることができるため炭素含有量の少ないものが好ましく、質量%で0.12%以下、さらには0.1%以下が好ましく、0.05%以下であることがより好ましい。また、Mnの含有量が質量%で1.5%以下であることが好ましく、0.5%以下であることがより好ましい。炭素含有量の下限は限定されるものではないが、後述の試験例では0.002%のものでも本発明の方法により高強度化が図られている。但し、本発明は、既にプレス加工等を行った後の部位に熱処理を施すものであり、薄肉鋼としては、高張力鋼であってもよく、炭素含有量や合金元素の含有量がより多いものも本発明の熱処理対象となる。例えば、590MPa級、780MPa級、980MPa級以上の冷延鋼板は、フェライト+マルテンサイトの二相組織である。これは、プレス加工等に供するために所定以上の延性を持たせるために二相組織としているが、二相組織の場合には界面でのマイクロクラックが生じやすい。しかしながら、このような冷延鋼板を用いて薄肉鋼加工品を製作した後に、本発明の熱処理を適用した場合には、二相組織がマルテンサイトの単相組織になりマイクロクラックが生じにくくなるという利点がある。
【0023】
もっとも、本発明は、薄肉のプレス加工品に限定することにより、炭素含有量が低くても強度を上げるとことができる共に、延性とのバランスも図ることができるため、炭素以外の合金元素の添加等を行うことは必須ではないため、リサイクル性に優れている。なお、本発明の薄肉鋼加工品を形成している薄肉鋼としては板状のものが対象である。
【0024】
上記薄肉鋼加工品の所望部位の熱処理は、次のような急加熱工程と急冷工程により行われる。急加熱工程は、高周波電極を用いて、薄肉鋼を、400℃/秒以上の加熱速度で常温からA1変態点以上の温度(通常、約750〜1250℃)まで加熱する。加熱速度は、好ましくは1000℃/秒以上、より好ましくは2000℃/秒以上である。さらには、加熱対象の所望部位が高周波電極に対して相対的に移動することによって、高周波電極により加熱され初めてから高周波電極に対面している位置を通り過ぎるまでの間が0.5秒以内、好ましくは0.2秒以内、より好ましくは0.1秒以内で常温からA1変態点以上の温度まで加熱する。上記したように、薄肉鋼加工品は極めて薄いため、このような極めて短い時間でA1変態点以上まで加熱することが可能である。
【0025】
急冷工程は、A1変態点以上の所定の温度まで加熱した後、水冷により急冷する。冷却速度は、800℃/秒以上、好ましくは1000℃/秒以上、より好ましくは2000℃/秒以上である。さらには、加熱された所望部位が、冷却設備に対して相対的に移動することによって水により、0.5秒以内、好ましくは0.2秒以内、より好ましくは0.1秒以内で急冷開始時点の温度から常温付近まで温度を低下させる。この場合も、薄肉鋼加工品の厚さが極めて薄いため、このような短時間で急冷できる。
【0026】
水による急冷開始温度を「A1変態点」以上とした場合には、マルテンサイトの単相からなる組織等、マルテンサイト相が大部分を占める組織が形成される。水による急冷開始温度を「A1変態点」未満とした場合には、例えば、結晶粒径1〜5μmの微細な結晶と10μm以上の結晶が混ざったフェライトの単相の混粒組織が形成される。従って、A1変態点以上から急冷した場合には、引張り強度は高くなるが、延性は低めになる。A1変態点未満から急冷した場合には、マルテンサイトの単相組織よりも引張り強度は低くなるが延性は高くなる。
【0027】
本発明は、プレス加工により、薄肉鋼を所定形状に加工した薄肉鋼加工品に対して熱処理を行う。薄肉鋼加工品としては、自動車などの乗物用シートのシートフレーム等が挙げられるが、本発明では、サイドフレーム等の一つの部材に複数の物理的特性を設定したものである。例えば、
図1及び
図2に示したシートフレーム1において、薄肉鋼が複数枚重なり合った
重なり部に対して熱処理を施すと、その部分において重なり合った薄肉鋼同士が溶着される。特に、
図1に示したように、サイドフレーム2として採用される2枚の薄肉鋼(インナーフレーム10、アウターフレーム20(
図3参照))を重ね合わせ、インナーフレーム10の端縁を180度折り返すヘミング加工を行って重なり合った部分(
重なり部2a)に対して熱処理することが好ましい。
【0028】
図3に示したように、インナーフレーム10の端縁を折り返した折り返し部位11とこの折り返し部位11に対面するアウターフレーム20の対面部位21に対して、熱処理を行う。高周波電極30からの距離は、折り返し部位11の方が対面部位21よりも近い。しかし、
図3(a)に示したように、折り返し部位11及び対面部位21を含んだフランジ部は、板が3枚重ねになっているため温度上昇しにくい。しかし、
図3(b)に示したように、折り返し部位11の裏側(すなわち、折り返し部位11と対面部位21との間)に空隙を設けた構成としておくと、このフランジ部は温度上昇しやすい。従って、両者が同時に加熱された後急冷される場合、急冷開始時点の温度は、裏側に空隙のある折り返し部位11の方が高くなる。このため、裏側に空隙のある折り返し部位11の方が対面部位21よりも引張り強度が高く、延性が低くなる。このとき、裏側に空隙のある折り返し部位11の急冷開始時点の温度がA1変態点以上であれば、折り返し部位11は、マルテンサイト相が大部分を占めた組織(例えば、マルテンサイト相の単相組織)となる。対面部位21の急冷開始時点の温度がA1変態点未満であれば、例えば、結晶粒径1〜5μmの微細な結晶と10μm以上の結晶が混ざったフェライトの単相の混粒組織となり、延性が高めになる。すなわち、折り返し部位11を、マルテンサイト相の単相組織とすることにより、シートフレームの強度の向上が図られる。一方、アウターフレーム20の対面部位21においては、所定の延性を備えているため、衝撃を受けた際には、粘りながら変形し、衝撃吸収特性に役立つ。
【0029】
インナーフレーム10の折り返し部位11とアウターフレーム20の対面部位21とは、上記のような熱処理が行われることにより、裏側に空隙のある折り返し部11が溶融し、重力ないし圧力(空気圧や水圧)によりアウターフレーム20の対面部位21に溶着されることが好ましい。これにより、ヘミング加工した部位の機械結合力を高めることができる。しかも、本発明によれば、熱処理による表面組織の改質と溶着とを一つの工程で達成できるため、作業工程が簡素化でき、製造コストの低減にもつながる。
【0030】
折り返し部位11と対面部位21との溶接を別の部位で行わせるために、
図4(a),(c)に示したように、アウターフレーム20における対面部位21に隣接する部分に外方に突出させた突起部22を形成しておくこともできる。この突起部22は、インナーフレーム10の折り返し部位11と同じ高さかそれよりも高くなるように設けることが好ましい。これにより、高周波電極との距離が近くなり、突起部22は加熱時に溶融して(
図4(b),(d)参照)、折り返し部位11と対面部位21との間隙に入り込み溶加材の機能を果たし、折り返し部位11と対面部位21との溶着を確実に行うことができる。なお、突起部22の形状は限定されるものではなく、
図4(a)に示したように、対面部位21に隣接して湾曲状に突出させてもよいし、
図4(c)に示したように、対面部位21に隣接する部分全体を外方に膨出させた形状でもよい。溶融時には、
図4(a)の突起部22は例えば
図4(b)に示したように溶融変形して折り返し部位11と対面部位21との間隙に入り込み、
図4(c)の突起部22は例えば
図4(d)に示したように溶融変形して折り返し部位11と対面部位21との間隙に入り込む。
【0031】
ここで、熱処理設備100は、
図5に示したように、高周波電極30、水冷ノズル40を有すると共にワークを把持して位置制御するロボットアーム50を備えている。高周波電極30は、
図6に示したように、平面から見て略U字状に形成さているものが好ましい。そして、ワークの熱処理対象部が略U字状の2本の対向辺部31,32の対向方向(
図6の矢印方向)に沿って相対的に動くように操作される。それにより、熱処理対象部は、最初に通過する対向辺部31により第1段階の加熱がなされ、次に通過する対向辺部32により第2段階の加熱がなされるため、2つの対向辺部31,32が通過する間に、一気に常温からA1変態点以上まで加熱される。また、高周波電極30(対向辺部31,32)は、急加熱するために、熱処理対象部に対して数mm以下(例えば、1〜3mm)の離間距離となるように設定される。
【0032】
また、本発明によれば、プレス加工による伸びフランジ部に生じる引張りの残留応力をその部位への熱処理によって低減でき、あるいはゼロにでき、あるいは圧縮の残留応力が生じた状態とすることができ、それにより、製品の耐久性を向上させることができる。
【0033】
(試験例)
(試料)
供試材料として、自動車用極軟鋼薄鋼板SPCC/t1.0、SPCC/t0.5、SPHC/t1.2、および自動車用低炭素薄鋼板SPFC440/t0.6を用いた。表1は、ミルシートによる化学成分を示す。炭素含有量は、SPCC/t1.0は0.002 mass%、SPHC/t1.2は0.050 mass%、SPCC/t0.5は0.040 mass%、SPFC440/t0.6は0.120 mass%である。
【0035】
(熱処理)
高周波電源は、容量30kWの汎用装置を用いた。SPCC/t1.0、とSPHC/t1.2については、比較のために電気炉焼入れも行った。
図7は、自動車用薄鋼板に加熱と冷却を施すことによる目標温度履歴曲線を示す。温度の計測は、サーモグラフィーを使用し、
図6に示したように測定した。表2は、その熱処理条件を示す。
【0037】
(引張り試験)
SPCC/t1.0、SPCC/t0.5、SPHC/t1.2、およびSPFC440/t0.6各試料は、熱処理した部分をワイヤー放電加工によって切り出し、
図8に示すJIS−Z2201規定13B号の試験片形状とした。精密万能試験機(AG-250kNG、島津製作所製)を用いて、表3に示す試験条件で引張試験を行い、それぞれの試料の引張り強さや破断伸びなどを評価した。
【0039】
(ミクロ組織観察)
熱処理を行った試料表面には酸化膜が付着しているため、耐水研磨紙で取り除き、試料表面を鏡面に仕上げた。その後、腐食液としてピクラール(アルコール:ピクリン酸=100:5)を用い、10〜30秒程度の浸漬によりエッチングを行った。
【0040】
(実験結果)
・SPCC/t1.0およびSPHC/t1.2について
図9は、SPCC/t1.0の応力−ひずみ曲線を示し、
図10は、SPHC/t1.2の応力−ひずみ曲線を示す。SPCC、SPHC共に、高周波焼入れを行うことにより、素材と比較すると、引張強さについては、約300MPaから約600MPaまで2倍程度増加している。一方で、破断伸びについては、約40%から20%未満に、1/2程度減少している。これらの結果から、炭素含有量0.1%以下(Mn1.5%以下)、さらには、炭素含有量0.05%以下(Mn0.5%以下)の自動車用極軟鋼薄鋼板でも熱処理による強度増加が可能であると言える。
【0041】
電気炉焼入れのSPCCについては、引張強さについては約400MPaとなり、高周波焼入れの試料と比較すると低い値を示した。一方、SPHCについては、引張強さについては高周波焼入れと同様であるが、破断伸びは10%未満となり、延性が極端に少なくなっている。電気炉焼入れの引張強さおよび破断伸びの違いについては、SPCCでは炭素含有量0.002 mass%であるのに対し、SPHCでは炭素含有量0.05 mass%であり、炭素含有量が異なることが原因と考えられる。
【0042】
図11は、SPCC/t1.0とSPHC/t1.2の各試料のミクロ組織の観察結果を示す。(a)が素材、(b)が高周波焼入れを行ったもの、(c)が電気炉焼入れを行ったもので、いずれも左列がSPCC、右列がSPHCである。
【0043】
素材では、SPCC、SPHC共に平均結晶粒径が10μm程度の典型的なフェライト組織となっていることがわかる。素材に高周波焼入れを行うことにより、SPCC、SPHC共に結晶粒径1〜3μmの微細な結晶粒が10μm程度の結晶の粒界に分散した混粒組織となっている。一方で、電気炉焼入れでは、SPHCの方はほぼ全域にわたって、数10μmの粒界の中にパケット、ブロックおよびラスが認められるラスマルテンサイト組織となっている。
【0044】
ミクロ組織の観察結果から、高周波焼入れによって、結晶粒径1〜3μmの微細な結晶粒が10μm程度の結晶の周囲に分散した混粒組織に変化したと推定され、これが強度向上に関連していると考えられる。以上から、通常は焼入れの対象にならない自動車用極軟鋼薄鋼板でも、冷却速度を十分高めることができる熱容量の小さい薄板であれば、焼入れによる強化が期待できることが確認された。
【0045】
次に、SPCC/t0.5は、
図12に示すような温度履歴で、試料を作成した。それぞれ、急加熱により、1〜2秒でA1変態点(723℃)以上の温度になっている。最高温度の違いにより水冷ノズルで急冷される直前の温度は、試料BではA1変態点(723℃)未満であり、試料CではA1変態点(723℃)以上であった。
【0046】
これら試料と素材(試料A)について、
図13に応力−ひずみ曲線を、
図14にミクロ組織を示す。引張り試験結果から、引張り強さ320MPa、破断伸び45%の素材(試料A)(
図14(a))と比べると、A1変態点直下から急冷した試料B(
図14(b))では、引張り強さ590MPaで約2倍、破断伸び20%で約1/2を示している。さらに、A1変態点直上から急冷した試料C(
図14(c))では、引張り強さ840MPaで約2.7倍、破断伸び20%で約1/4を示している。これらの試料のミクロ組織を調べると、上記したSPCCおよびSPHCの結果と同様に、平均結晶粒径10μm程度のフェライト組織を示す素材(試料A)が、試料Bでは結晶粒径1〜5μmの微細な結晶と10μm以上の結晶が混ざった組織に変化しており、試料Cではマルテンサイト組織に変化している。
【0047】
SPFC440/t0.6は、
図15に示すような温度履歴で試料を作成した。それぞれ、急加熱により、1〜2秒でA1変態点(723℃)以上の温度になっている。時間経過の違いにより水冷ノズルで急冷される直前の温度は、試料BではA1変態点(723℃)未満であり、試料CではA1変態点(723℃)以上であった。
【0048】
これら試料と素材(試料A)について、
図16に応力−ひずみ曲線を、
図17にミクロ組織を示す。引張り試験結果から、引張り強さ450MPa、破断伸び35%の素材(試料A)(
図17(a))と比べると、A1変態点直下から急冷した試料B(
図17(b))では、引張り強さ830MPaで約2倍、破断伸び17%で約1/2を示している。さらに、A1変態点直上から急冷した試料C(
図17(c))では、引張り強さ1220MPaで約2.7倍、破断伸び10%で約1/4を示している。これらの試料のミクロ組織を調べると、平均結晶粒径6μm程度のフェライト組織を示す素材(試料A)が、試料Bでは平均結晶粒径2μmに微細化している。一方、試料Cでは平均結晶粒径3μmに微細化するとともに、一部にマルテンサイト組織が認められる。このことから、プレス加工により所定形状に加工した後に本発明の熱処理を適用することにより、980MPa以上の引張り強さを備えた薄肉鋼加工品が得られることがわかる。
【0049】
上記試験から明らかなように、SPCC/t1.0、SPCC/t0.5およびSPHC/t1.2の炭素含有量は0.05%以下であり、焼入性を向上させるMnなど合金元素は特別には含有していない。一方、SPFC440は、炭素含有量は0.12 mass%でマンガンも1.06 mass%あり、SPCC、SPHCに比べて焼入れ性を向上させる合金元素は、特別には入れていないが、焼入れ性は大きくなっていると考えられる。これら自動車用極軟鋼薄鋼板、自動車用低炭素薄鋼板は、通常の焼入れを施しても強化しにくいこいとが定説である。しかしながら、SPCC/t1.0、SPCC/t0.5、SPH C /t1.2、SPFC440/t0.6などの低炭素薄鋼板を上記した条件で高周波焼入れすると、混粒組織や微細組織が得られ、極端な脆化を伴わずに強度向上ができることが明らかとなった。
【0050】
特に、上記した試験では、高周波誘導加熱と直後の水冷により、
図12および
図15の温度履歴に示すように、1〜2秒で800〜1,000℃まで急加熱され、A1変態点付近から0.5秒程度で100℃以下に急冷却されている。そして、比較的低い温度(A1変態点未満)から急冷した場合はフェライトの単相の混粒組織や微細組織が得られ、比較的高い温度(A1変態点以上)から急冷した場合はマルテンサイトの単相組織、あるいは、マルテンサイト相とフェライト相の二相でかつ粒径の異なるものが混じり合った混粒組織が得られる。これらの組織変化は、特に、冷却速度が1000℃/s程度と極めて大きいことに起因しているものと考えられる。従って、一つの部材に対して部分的に異なる条件で熱処理を行うことにより、すなわち、A1変態点未満から急冷する領域、A1変態点以上から急冷する領域といったように、熱処理条件を部分的に変えることにより、複数の物理的特性をもった部材を提供できる。
【0051】
(自動車用シートフレームへの適用)
SPCC/0.5tとSPFC440/0.6tの薄板を
図18(c),(d)に示したようにヘミング加工して閉断面をつくり、
図18(a),(b)に示した自動車用シートフレームのサイドフレームを作った。ヘミング加工した部分を熱処理した。ヘミング加工した部分に熱処理を施し、折り返し部分11は、マルテンサイト相の単相組織となり、対面部位21は、粒径1〜5μmの微細な結晶と10μm以上の結晶が混ざったフェライトの単相の混粒組織となっていた(
図3参照)。この自動車用シートフレームに対して、
図19(a)の矢印Aの位置に、人体を模したモデルによって荷重を下方に負荷した。
図19(b)はそれにより座屈したときの様子を示した図である。
図20は、フレームからの反力と変位の解析結果である。
図20から、熱処理を施すことで、座屈現象が無くなり、2倍強の反力が生まれたことが分かる。以上のことから、成形性のよい軟鋼板を素材としたプレス成形品に高周波焼入れを施すと共に部分的に異なる物理特性を一つの部材(例えばサイドフレーム)に設定することにより、例えば自動車を構成する種々の構造部品に関して、強度を損なうことなく軽量化が可能であることがわかった。