【実施例】
【0037】
水素吸蔵合金を構成する成分からMgを除いた他の成分を、高周波誘導溶解炉を用いて、アルゴンガスを満たした減圧雰囲気下で溶解し、次いで、その溶湯内に金属Mg原料を添加して、表1に示した成分組成に調整したのち、その水素吸蔵合金の溶湯を水冷鋳型に鋳造し、冷却速度を変化させて凝固させた。次いで、その水素吸蔵合金を、アルゴンガス雰囲気下で900℃〜インターグロウス相の融点の間の種々の温度で2〜75hr保持する熱処理を施した後、粉砕して所定の粒度(平均粒径:50〜500μm)の水素吸蔵合金粉末を得た。
【0038】
上記のようにして得た水素吸蔵合金粉末について、以下の測定に供した。
<化学成分分析>
溶解後のインゴットおよび熱処理後の合金の化学成分をICP法により測定し、溶解による化学成分の変化および熱処理時のMg蒸発による成分組成の変化を確認した。
<X線回折>
水素吸蔵合金を構成する相の結晶構造とその割合を、粉末X線回折法を用いて測定した。X線回折測定は、得られた合金をアルゴンガス中で乳鉢を用いて75μm以下に粉砕した後、40kV、40mA(X線管球:Cu)の条件で行い、各相の割合および各相の構造は、X線回折で得られたプロファイルをリートベルト法で解析して求めた。
なお、主相と不純物相の割合を、走査型電子顕微鏡で反射電子像を観察することによっても算出した結果、X線回折結果をリートベルト解析した結果と矛盾しない結果が得られたため、本実施例では、主としてX線回折結果をリートベルト解析することで主相や不純物相の同定や割合の測定を行うこととした。
<走査透過型電子顕微鏡による高角散乱環状暗視野法による観察>
上記の粉砕した粉末を、走査透過型電子顕微鏡(STEM)を用いて高角散乱環状暗視野法で観察し、Zコントラスト像を20ヶ所で撮像することによって、主相の結晶粒内にインターグロウス型にAB
2相が分散析出しているか否かを確認した。また、得られた像中の析出相(インターグロウス相)のC軸に垂直な面方向の厚みを、X線回折結果より求めた主相の格子定数の値を基準にして算出した。
【0039】
<電池特性の評価>
上記のようにして得た各種水素吸蔵合金粉末を活物質として用い、ニッケル水素二次電池を作製し、電池特性(容量、高率放電容量、容量維持率)を以下の要領で調査した。
表1に示した成分組成と製造条件によって得られた各合金粉末を負極の活物質とし、これに導電助剤としてニッケル粉末を、結合剤として2mass%のポリビニルアルコール(PVA)水溶液を、活物質:導電助剤:結合材=80:5:15の割合となるよう添加し、活物質のスラリーとし、発泡状のニッケル基材に充填し、負極電極とした。充填されたスラリーの重量は約1.4gであった。なお、基材のサイズは25mm×30mmで30mm側を5mm潰しマスキングし、集電体ニッケルリード線をスポット溶接する部分とした。従って、活物質が充填される面積は25mm×25mmとなる。充填後の負極電極は、その後、80℃で2時間乾燥し、PVA水溶液の水分を飛ばして活物質と導電助剤を結合させた後、ニッケルリードをスポット溶接するために貼ったマスキングテープを剥がしてから、ロールプレスを用いて圧延し、圧延後の電極に、5mm幅のニッケルリードをスポット溶接し、集電リードとした。
【0040】
セルの構造は、負極を中央に配し、その両側を30mm×40mmサイズ(負極に対して十分な電気容量を持つ)の焼結式水酸化ニッケル電極を対極(正極)として、ポリプロピレン不織布のセパレータを介して配した構造とした。焼結式水酸化ニッケル電極は、予め、30mass%水酸化カリウム溶液(30g/L水酸化リチウムを含む)中で、対極にニッケルプレートを用いて120%充電を行って活性化後、蒸留水を用いてアルカリ溶液を水洗後60℃のヒーターで1時間乾燥後、負極と同様に、5mm幅のニッケルリードをスポット溶接し、集電リードとした。次いで、負極をポリプロピレン不織布のセパレータで挟み、対極の焼結式水酸化ニッケル電極で両側から挟み、さらにアクリル板で挟んだものを最終的な電極とした。電解液は、30mass%水酸化カリウム溶液(30g/L水酸化リチウムを含む)を用い、これを上記アクリル容器に十分な量を満たして開放型のセルとした。
【0041】
電池特性の評価は、まず、負極の活性化および容量評価のために、0.2C(充填された合金の電気容量を350mAh/gと仮定して計算)の電流値で電圧2Vまで6hrの充電(120%充電)を行い、15minの休止後、0.3Cで1Vまで4hrの放電(120%放電)を行い、これを5回繰り返して活性化し、初期の電池容量を求めた。なお、試験は25℃の恒温槽内にて行った。その後、0.5Cでの充放電を100サイクル繰り返して行い、(100サイクル時の放電容量/初期の放電容量)×100(%)を容量維持率として算出した。
【0042】
上記水素吸蔵合金の測定結果および電池特性の評価結果を表2に示した。表1および表2から、本発明に適合する成分組成を有し、かつ適正な条件(冷却速度、熱処理条件)で製造された本発明例の水素吸蔵合金は、主相がA
2B
7および/またはA
5B
19相で構成され、その合計割合が95vol%以上であり、かつ、主相の結晶構造のC軸に垂直な方向にAB
2相がインターグロウス型に整合な界面を有して適正量析出していることが確認された。そして、これらの本発明例の合金を用いて作製したニッケル水素二次電池は、初期の放電容量および100サイクル後の容量維持率ともに目標とする特性(放電容量:320mAh/g以上、容量維持率:90%以上)を満たしていることがわかる。
これに対して、本発明の条件の全てを満たしていない比較例の水素吸蔵合金は、初期の放電容量または100サイクル後の容量維持率のいずれかが、上記目標特性と比べて劣っていることがわかる。
【0043】
【表1】
【0044】
【表2】
【0045】
まず、本発明の水素吸蔵合金の特徴である主相について説明する。
図1は、合金の主相であるA
2B
7相およびA
5B
19相が、完全に整合な界面を有した状態で単一の主相を形成していることがわかる、走査透過型電子顕微鏡で観察した結果(以降、「透過型電子顕微鏡写真」という)である。また、この写真の中には、不規則にA
2B
7相およびA
5B
19相が混在した部分も確認できる。これからわかるように、A
2B
7相およびA
5B
19相は非常に結晶構造が類似しており、整合な界面を有して隣接することが可能である。これが正に、本発明がこれらの相を単一の主相として取り扱っている理由である。また、この主相の結晶構造のC軸に垂直な方向に整合な界面を有した、インターグロウス型の析出相が存在していることも、本発明合金の特徴である。
【0046】
以下、表1および表2に示した発明例の合金と比較例の合金とを比較して、個別具体的に説明する。
図2は、AB比xの値が本発明の範囲を外れている比較例9および10の合金をX線回折した結果(以降、「X線回折プロファイル」という)を、また、
図3は、同じく比較例9および10の合金を走査型電子顕微鏡で観察した結果(以降、「走査型電子顕微鏡写真」という)を示したものであり、いずれの合金も主相であるA
2B
7相およびA
5B
19相の割合の合計が本発明範囲より低い70,80vol%となっている。その結果、表2に記したように、発明例5の合金と比較して、初期の放電容量は同等であるが、サイクル特性に劣り、実用に供することはできないものとなっている。
【0047】
また、表3は、合金の成分組成が本発明に適合し、かつ適正な条件で製造された発明例6〜8の合金を、走査透過型電子顕微鏡を用いてインターグロウス相を観察し、その量を測定するとともに、エネルギー分散型の分光器EDS(Energy Dispersive X−ray Spectrometer)にて分析してインターグロウス相の成分組成を分析した結果を示したものである。この結果から、本発明例の合金では、主相中に化学組成が(RE,Mg)(Ni,Al)
2でAB
2型のインターグロウス相が、主相に対して1〜20vol%の範囲内で生成していることがわかる。なお、表3には、Alの原子比が本発明外である比較例3と比較例4の合金のインターグロウス相の量と成分組成の分析結果も示したが、インターグロウス相の生成に必要なAlを含まない比較例3の合金は、
図4に示した透過型電子顕微鏡写真からわかるように、インターグロウス相が生成せず、一方、Alの原子比bが0.22とAlを過剰に含む比較例4の合金は、インターグロウス相が本発明の適正範囲を超えて多量に生成して肥大化し、
図5に示した走査型電子顕微鏡写真からわかるように、主相と非整合な界面を有する不純物AB
2相に変化している。
【0048】
【表3】
【0049】
また、
図6は、発明例6および7の合金におけるインターグロウス相を観察した透過型電子顕微鏡写真を、また、
図7は、発明例8の合金を走査透過型電子顕微鏡で観察し、EDS分析によりインターグロウス相の成分組成を分析した結果を示したものである。これらの結果からわかるように、本発明の水素吸蔵合金では、インターグロウス型に析出したAB
2相と主相との境界は整合な界面であり、かつ、界面を挟んだ両側の相がまったく別の結晶構造を有し、配列パターンも異なるところに特徴がある。これに対して、特許文献3に記載された結晶の逆位相境界は、境界を挟んで両側の相が同一でかつ同一の規則配列を持っているものである。したがって、本発明におけるインターグロウス型析出相と主相との境界は、逆位相境界とは全く別のものであることがわかる。
【0050】
次に、本発明の水素吸蔵合金の特性に及ぼす成分組成の影響について説明する。
本発明に適合する合金の成分組成を有し、かつ適正な条件で製造された発明例1〜4の合金のX線回折プロファイルおよび走査型電子顕微鏡写真をそれぞれ
図8および9に示した。また、発明例1の合金を、走査透過型電子顕微鏡でインターグロウス相を観察した結果を
図10に示した。これらの結果から、水素吸蔵合金の成分組成を本発明に合わせて調整すること、および、製造条件を適正範囲に制御することで、主相の割合が95vol%以上で不純物相がほとんど存在せず、さらに、所定量のインターグロウス相を析出させることができ、ひいては、表2に示したように、初期容量およびサイクル特性に優れた水素吸蔵合金が得られることがわかる。
【0051】
これに対して、比較例1は、Mgの原子比aが本発明範囲外の0.04の合金例であり、この合金を用いたニッケル水素二次電池は、表2に示したように、初期の放電容量が低く、100サイクル時の容量維持率も28%でしかない。
図11は、この合金の水素吸蔵前後におけるX線回折プロファイルを比較して示したものであり、Mg量が少ない合金では、水素を吸蔵することによって超格子構造が容易に分解してしまうことがわかる。この結果は、可逆的に水素を吸蔵・放出を行わせるためには、所定量のMgが必要であることを示している。
【0052】
また、比較例2は、Mgの原子比aが本発明範囲外の0.30の合金例であり、初期の放電容量は高いものの、100サイクル時の容量維持率は64%でしかない。この原因は、表2に示したように、この合金のX線回折プロファイル(
図12)をリートベルト解析して求めたAB
2相の値が10%もあることから、REと置換できない過剰なMgが、不純物相であるAB
2相となって合金内に析出し、サイクル特性の劣化を招いたものと推察される。なお、
図13は、比較例2の合金の走査型電子顕微鏡写真であり、AB
2相が多く析出していることがわかる。
【0053】
また、比較例3は、Alを含有しない合金例であり、初期の放電容量は高いものの、100サイクル時の容量維持率は58%でしかない。この原因は、インターグロウス相の生成に必要なAlを含まないために、インターグロウス相が生成されず、微粉化が促進された結果であると推察される(先述した表3、
図4参照)。
【0054】
また、比較例4は、Alの原子比bが0.2以上の0.22である合金例であり、初期の放電容量が低く、100サイクル時の容量維持率も84%でしかない。この原因は、過剰に含まれるAlによって、インターグロウス相が多量に生成し、主相と非整合な界面を有する独立したAB
2組成の不純物相が生成したためと考えられる(先述した表3、
図4参照)。また、比較例5は、Alの原子比bがさらに高い0.27の合金例であり、X線回折プロファイル(
図14)および走査型電子顕微鏡写真(
図15)からわかるように、インターグロウス相が異常成長して、主相と非整合な界面を有した不純物相AB
2を形成した結果、比較例4の合金よりさらに特性が低下している。
【0055】
また、比較例6は、M原子(Co,Mn)の原子比cが0.4以上の0.42である合金例であり、初期の放電容量は若干低めで、100サイクル時の容量維持率は74%でしかない。この原因は、この合金のX線回折プロファイル(
図16)および走査型電子顕微鏡写真(
図17)からわかるように、M原子を多量に添加した結果、不純物相であるAB
5相が過剰に析出し、主相の割合が低下したためと考えられる。
【0056】
また、比較例7は、AB比xの値が3.2以下の3.0である合金例であり、初期の放電容量は高いものの、100サイクル時の容量維持率は69%でしかない。この原因は、この合金のX線回折プロファイル(
図18)および走査型電子顕微鏡写真(
図19)からわかるように、不純物相であるAB
3型の結晶構造を有する相が多量に析出して主相の割合が低下し、サイクル特性の劣化を招いたものと推察される。
【0057】
また、比較例8は、AB比xの値が3.9以上の4.1の合金例であり、初期の放電容量は若干低めで、100サイクル時の容量維持率は76%でしかない。この原因は、この合金のX線回折プロファイル(
図20)および走査型電子顕微鏡写真(
図21)からわかるように、AB
5相が多量に析出して主相の割合が低下し、容量の低下を招いたものと推察された。
【0058】
次に、本発明の水素吸蔵合金の特性に及ぼす製造条件(鋳造条件、熱処理条件)の影響について説明する。
発明例9は、溶解時の成分組成が本発明に適合するPr
0.85Mg
0.15Ni
3.45Al
0.25の成分組成を有する合金を、本発明に適合する条件で鋳造し、熱処理した合金例であり、表2に示したように、初期の放電容量が347mAh/gで、100サイクル時の容量維持率が93%という優れた特性を有している。同様に、上記発明例9とは異なる本発明に適合する成分組成を有する発明例10および11の合金も、本発明に適合する条件で製造された場合には、同様の結果が得られている。なお、
図22および23には、発明例9〜11の合金の、走査型電子顕微鏡写真およびX線回折プロファイルを示した。
【0059】
これに対して、比較例11は、発明例9と同じ成分組成の合金を、鋳造時の冷却速度を1000℃/秒を超える2000℃/秒で急冷して製造した合金例であり、容量維持率が77%と、サイクル特性が劣っている。この原因は、この合金の透過型電子顕微鏡写真(
図24)からわかるように、急冷凝固法した場合には、インターグロウス相が主相内に生成することができないためと考えられる。
【0060】
また、比較例12は、発明例9の合金の熱処理を、900℃未満の850℃の温度で行った合金例であり、初期の放電容量が若干低めで、100サイクル時の容量維持率は82%でしかない。この原因は、この合金のX線回折プロファイル(
図25)に、ブロードなピークや不純物相由来のピークが確認されていることから、低温の熱処理では、主相の歪除去や不純物相の除去が不十分であったためと考えられる。なお、
図26には、同合金の走査型電子顕微鏡写真を示した。
【0061】
また、比較例13は、発明例9の合金の熱処理を、インターグロウス相の融点以上の温度で行った合金例であり、初期の放電容量が若干低めで、100サイクル時の容量維持率は79%でしかない。この原因は、この合金のX線回折プロファイルおよび走査型電子顕微鏡写真をそれぞれ
図27および
図28に示したように、インターグロウス相の融点以上の熱処理では,インターグロウス相が異常に成長して粗大化し、主相と非整合な界面を有するAB
2型の不純物相に変化したためと推察される。
【0062】
また、比較例14は、発明例9の合金の熱処理時間を3時間未満とした合金例であり、初期の放電容量が若干低めで、100サイクル時の容量維持率は79%でしかない。この合金の場合、X線回折プロファイル(
図29)にブロードなピークや不純物相由来のピークや主相の割合の低下が確認できることから、主相の歪みの除去や不純物相の除去が充分ではないことが原因と考えられる。なお、
図30には、同合金の走査型電子顕微鏡写真を示した。
【0063】
逆に、比較例15は、発明例9の合金に、50時間以上の熱処理を施した合金例であり、100サイクル時の容量維持率は81%でしかない。この原因は、長時間の熱処理によってMgが蒸発し、合金の組成が、鋳造後の「Pr0.85Mg0.15Ni3.45Al0.25」から、「Pr0.95Mg0.05Ni3.68Al0.21」に変化し、主相の割合が大きく低下したためと考えられる。