【実施例】
【0053】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限されず、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0054】
実施例1
前述した方法に基づき、
図1に示す薄膜トランジスタ(TFT)を作製し、保護膜形成前後のTFT特性を評価した。
【0055】
まず、ガラス基板(コーニング社製イーグル2000、直径100mm×厚さ0.7mm)上に、ゲート電極としてTi薄膜を100nm、およびゲート絶縁膜SiO
2(20
0nm)を順次成膜した。ゲート電極は純Tiのスパッタリングターゲットを使用し、DCスパッタ法により、成膜温度:室温、成膜パワー:300W、キャリアガス:Ar、ガス圧:2mTorrにて成膜した。また、ゲート絶縁膜はプラスマCVD法を用い、キャリアガス:SiH
4とN
2Oの混合ガス、成膜パワー:100W、成膜温度:300℃にて成膜した。
【0056】
次に、表1および表2に記載の種々の組成の酸化物薄膜を、スパッタリングターゲット(後記する。)を用いてスパッタリング法によって成膜した。酸化物薄膜としては、Zn−Sn−O中にSiを含むZTO−Si(本発明例)のほか、比較のため、Siを含まないZTO(従来例)、およびSiの代わりにNiを含むZTO−Ni(比較例)も成膜した。スパッタリングに使用した装置は(株)アルバック製「CS−200」であり、スパッタリング条件は以下のとおりである。
基板温度:室温
ガス圧:5mTorr
酸素分圧:O
2/(Ar+O
2)=2%
膜厚:50nm
使用ターゲットサイズ:φ4インチ×5mm
【0057】
Zn−Sn−O(従来例)の成膜に当たっては、Zn:Snの比(原子%比)が6:4の酸化物ターゲット(Zn−Sn−O)とZnOの酸化物ターゲットを同時放電するCo−Sputter法を用いて成膜した。また、Zn−Sn−Si−OまたはZn−Sn−Ni−Oの成膜に当たっては、上記ZTOの成膜に用いたターゲット[すなわち、Zn:Snの比(原子%比)が6:4である酸化物ターゲット(ZTO)とZnOのターゲット]と、SiO
2またはNiOの酸化物ターゲットとを用い、同時放電するCo−Sput
ter法を用いて成膜した。なお、Zn−Sn−Si−O中のSi比、またはZn−Sn−Ni−O中のNi比は、Si比またはNi比が表1または表2に記載の範囲となるように投入電力密度を調整した。
【0058】
このようにして得られた酸化物薄膜中の金属元素の各含有量は、XPS(X−ray Photoelectron Spectroscopy)法によって分析した。詳細には、最表面から1nm程度深さまでの範囲をArイオンにてスパッタリングした後、下記条件にて分析を行なった。
X線源:Al Kα
X線出力:350W
光電子取り出し角:20°
【0059】
上記のようにして酸化物薄膜を成膜した後、フォトリソグラフィおよびウエットエッチングによりパターニングを行った。ウェットエッチャント液としては、関東科学製「ITO−07N」を使用した。本実施例では、実験を行なった酸化物薄膜について光学顕微鏡観察によりウェットエッチング性を評価した。評価結果より実験を行なった全ての組成でウエットエッチングによる残渣はなく、適切にエッチングできたことを確認している。
【0060】
酸化物半導体膜をパターニングした後、膜質を向上させるためプレアニール処理を行った。プレアニールは、大気圧下にて、350℃で1時間行なった。
【0061】
次に、純Tiを使用し、リフトオフ法によりソース・ドレイン電極を形成した。具体的にはフォトレジストを用いてパターニングを行った後、Ti薄膜をDCスパッタリング法により成膜(膜厚は100nm)した。ソース・ドレイン電極用Ti薄膜の成膜方法は、前述したゲート電極の場合と同じである。次いで、アセトン中で超音波洗浄器にかけて不要なフォトレジストを除去し、TFTのチャネル長を10μm、チャネル幅を200μmとした。
【0062】
このようにしてソース・ドレイン電極を形成した後、酸化物半導体層を保護するための保護膜を形成した。保護膜として、SiO
2(膜厚200nm)とSiN(膜厚200nm)の積層膜(合計膜厚400nm)を用いた。上記SiO
2およびSiNの形成は、サムコ製「PD−220NL」を用い、プラズマCVD法を用いて行なった。本実施例では、N
2Oガスによってプラズマ処理を行った後、SiO
2膜、およびSiN膜を順次形成した。SiO
2膜の形成にはN
2OおよびSiH
4の混合ガスを用い、SiN膜の形成にはSiH
4、N
2、NH
3の混合ガスを用いた。いずれの場合も成膜パワーを100W、成膜温度を150℃とした。
【0063】
次にフォトリソグラフィ、およびドライエッチングにより、保護膜にトランジスタ特性評価用プロービングのためのコンタクトホールを形成した。次に、DCスパッタリング法を用い、キャリアガス:アルゴンおよび酸素ガスの混合ガス、成膜パワー:200W、ガス圧:5mTorrにてITO膜(膜厚80nm)を成膜し、
図1のTFTを作製した。
【0064】
このようにして得られた各TFTについて、以下のようにして、保護膜形成前後における(1)トランジスタ特性(ドレイン電流−ゲート電圧特性、Id−Vg特性)、(2)しきい値電圧、(3)S値、および(4)電界効果移動度を測定した。本実施例では、
図2に示すように6インチ基板面内(φ=150mm)の9箇所について下記(1)〜(4)の測定を行ったときの最小値と最大値を求め、基板面内のばらつきを評価した。
【0065】
(1)トランジスタ特性の測定
トランジスタ特性の測定はNational Instruments社製「4156C」の半導体パラメータアナライザーを使用した。詳細な測定条件は以下のとおりである。
ソース電圧 :0V
ドレイン電圧:10V
ゲート電圧 :−30〜30V(測定間隔:1V)
【0066】
(2)しきい値電圧(Vth)
しきい値電圧とは、おおまかにいえば、トランジスタがオフ状態(ドレイン電流の低い状態)からオン状態(ドレイン電流の高い状態)に移行する際のゲート電圧の値である。本実施例では、ドレイン電流が、オン電流とオフ電流の間の1nA付近であるときの電圧をしきい値電圧と定義し、各TFT毎のしきい値電圧を測定した。
【0067】
(3)S値
S値は、ドレイン電流を一桁増加させるのに必要なゲート電圧の最小値とした。
【0068】
(4)電界効果移動度
電界効果移動度は、TFT特性からV
g>V
d−V
thである線形領域にて導出した。線形領域ではV
g、V
dをそれぞれゲート電圧、ドレイン電圧、I
dをドレイン電流、L、WをそれぞれTFT素子のチャネル長、チャネル幅、C
iをゲート絶縁膜の静電容量、μ
FEを電界効果移動度は以下の式から導出される。本実施例では、線形領域を満たすゲート電圧付近におけるドレイン電流−ゲート電圧特性(I
d−V
g特性)の傾きから電界効果移動度μ
FEを導出した。
【0069】
【数1】
【0070】
これらの結果を表1および2、並びに
図3および
図4に示す。これらの表には「移動度判定」の欄を設け、移動度の最小値が10cm
2/Vs以上であり、且つ、最大値と最小値の差が6以下の範囲に抑えられて基板面内ばらつきが小さいものを「○」と評価し、それ以外のものを「×」とした。更に、Vthについて、これらの表に「Vthばらつき」の欄を設け、各例について最大値と最小値の差を記入すると共に、「Vthばらつき判定」の欄を設け、上記Vthばらつきが10以下であって基板面内ばらつきが小さいものを「○」と評価し、それ以外のものを「×」とした。また、これらの表の最右欄に「総合判定」の欄を設け、いずれの特性もすべて良好なものに「○」を付け、いずれか一つでも劣るものに「×」を付けた。
【0071】
【表1】
【0072】
【表2】
【0073】
まず、表1について考察する。表1は、[Zn]+[Sn]に対する[Zn]の原子比(Zn比)がすべて0.60(一定)の例である。このうちNo.1および3は、従来のZTO(Siの添加なし)を用いた例であり、No.1は保護膜の成膜前、No.3は保護膜の成膜後の結果を示している。また、No.10は、Siの代わりにNiを添加した例である。
【0074】
まず、従来のZTOを用いたときは、No.1および3に示すように保護膜の成膜前後で移動度の大きな変化は見られなかったが、保護膜成膜後のS値としきい値電圧Vthは大きくばらつき、或る箇所ではVthが−30V未満と、スイッチング素子として機能しない箇所が見られた(Vthばらつき判定×)。
【0075】
更に上記の試料(Zn比=0.60)を用い、保護膜成膜前後におけるTFT特性の基板面内分布変化を調べた結果を
図3に示す。
図3(a)は保護膜成膜前の結果を示すグラフであり、前述した表1のNo.1に対応する。
図3(b)は保護膜成膜後の結果を示すグラフであり、前述した表1のNo.3に対応する。
図3において、図中の番号は、
図2の測定箇所(ポイント1〜9)を示す。
【0076】
図3(a)に示すように保護膜の成膜前では、ゲート電圧Vgが−30Vから30Vへ変化するに伴い、ドレイン電流Idが8桁程度増加しており、良好なスイッチング特性を示していることがわかる。また、基板面内の特性分布についても、しきい値電圧は−5〜−2Vの範囲におさまっていた。
【0077】
一方、保護膜の成膜後は
図3(b)に示すように、TFT特性は基板面内で大きくばらついており、ポイント7〜9のように良好なスイッチング特性を示すものもあるが、ポイント1〜3ではスイッチング特性を全く示さず、酸化物半導体層が導体化していることが分かる。これは、保護膜成膜時のプラズマ照射によって酸化物半導体表面が損傷したためと推察される。
【0078】
これに対し、Siを含有し、[Zn]+[Sn]+[Si]に対する[Si]の原子比(Si比)が本発明の好ましい範囲(0.01以上0.30以下)を満足するものは、表1、更には
図4(後記する。)に示すように、保護膜の成膜前後ですべて良好な特性を示した。
【0079】
詳細には、No.2(保護膜の成膜前)およびNo.4(保護膜の成膜後)は、上記Si比が0.05の例であるが、表1に示すように保護膜成膜前後で移動度およびS値の大きな変化は見られず良好な値を示すと共に、保護膜成膜後のしきい値電圧Vthも、−2〜−10Vの範囲内であり、スイッチング素子として有用であることが分かった。同様にSi比を本発明の好ましい範囲で変化させたNo.5〜8(保護膜成膜後)についても、いずれの特性も良好であることが分かった。なお、上記No.5〜8については、保護膜成膜前のデータを示していないが、いずれも良好な特性を有することを確認している。
【0080】
一方、上記のSi比が本発明の好ましい上限(0.30)を超えるNo.9は、Vthばらつきは抑制されたが、移動度が低下した。
【0081】
また、Siの代わりにNiを添加したNo.10は、移動度が低く、Vthばらつきも大きい。
【0082】
図4は、Si比=0.05の試料を用い、前述した
図3と同様にして保護膜成膜前後におけるTFT特性の基板面内分布変化を調べた結果を示す。
図4(a)は保護膜成膜前の結果を示すグラフであり、前述した表1のNo.2に対応する。
図4(b)は保護膜成膜後の結果を示すグラフであり、前述した表1のNo.4に対応する。
図4において、図中の番号は、
図2の測定箇所(ポイント1〜9)を示す。
【0083】
図4(b)と、Siを添加しない前述した
図3(b)を対比すると明らかなように、Siの添加によって保護膜成膜後の基板面内ばらつきが解消され、いずれの箇所でも良好なスイッチング特性を有することが分かる。また、保護膜成膜後のTFT特性は、保護膜形成前[
図4(a)]と殆ど遜色のないものであることも分かった。
【0084】
上記の結果より、ZTO中にSiを好ましい範囲で添加することにより、高い移動度などを具備したまま、特に保護膜成膜後のVthばらつきが有効に抑えられることが分かった。すなわち、Siの添加は、ZTO系酸化物半導体の構造安定に大きく寄与しており、酸素欠損が生成し易い保護膜成膜プロセスにおいてもTFT特性の劣化が生じないことが確認された。
【0085】
次に表2について考察する。表2には、上記Si比を全て0.05(一定)とし、Zn比を表2に示すように変化させた例について、保護膜成膜後の結果を示している。表2中、「−」は測定不能を意味する。
【0086】
表2に示すように、Zn比が本発明の好ましい範囲(0.8以下)に制御されたNo.1〜5は、いずれも良好な特性を示している。これに対し、Zn比が本発明の好ましい上限を超えるNo.6では、移動度が低くスイッチング特性を示さなかった。これは、Zn比が大きくなるとZnの結晶相が形成され、キャリア濃度を安定して制御できないためと推察される。
【0087】
次に
図5について考察する。
図5は、Siの添加量が移動度に及ぼす影響を調べた結果を示すグラフである。ここでは、比較のため、Siの代わりにNiを添加したときの結果も示している。詳細には、ZTOに添加する元素をX元素(X元素=SiまたはNi)としたとき、[Zn]+[Sn]+[X]に占める[X]の原子比(X比)を、
図5に示すように変化させたときの、保護膜成膜後の移動度μを、上記と同様にして測定した。なお、Zn比はいずれも0.6である。ここでは、移動度μ≧10cm
2/Vsを合格目安としている。
【0088】
図5に示すように、Niを添加した場合は、Ni比が増加するにつれ、移動度が急激に低下した。これは、酸化物半導体中に含まれるNiがキャリアを散乱する不純物として働いているためと推察される。
【0089】
これに対し、Siを添加した場合は、Si比が増加するにつれ、移動度は低下する傾向が見られたが、移動度の低下度合いはNiに比べて著しく小さく、Si比を、本発明の好ましい上限である0.3に高めても移動度は合格目安の10cm
2/Vsを下回らないこ
とが分かった。これは、Siが電子の動きを妨げない安定な格子位置に配置され、キャリアの散乱が小さく移動度を低下させ難いためと考えられる。
【0090】
以上の実験結果を総合的に勘案すると、X元素としてSiを添加し、Si比およびZn比を好ましい範囲に制御することにより、保護膜成膜後も高い移動度が得られ、基板面内ばらつきが少ない良好なTFTが得られることが実証された。
【0091】
なお、Siを添加した酸化物は、ウエットエッチング加工も良好に行なわれたことから、アモルファス構造であると推察される。
【0092】
実施例2
本実施例では、表1のNo.4に対応する組成の酸化物[Zn−Sn−5at%Si−O、[Zn]:[Sn]=6:4、Zn比=[Zn]/([Zn]+[Sn])=0.6、Si比=[Si]/([Zn]+[Sn]+[Si])=0.05)を用い、スパッタリング成膜時のガス圧を1mTorr、または5mTorrに制御して得られた酸化物膜(膜厚100nm)の密度を測定した。更に、前述した実施例1と同様にして作成したTFTについて、キャリア移動度(電界効果移動度)は、以下の式を用いて移動度を算出した。本実施例ではこのようにして得られる飽和移動度が5cm
2/Vs以上のものを合格とした。更に、ストレス試験(光照射+負バイアスを印加)後のしきい値電圧の変化量(ΔVth)を調べた。これらの測定方法は、以下のとおりである。
【0093】
【数2】
【0094】
(酸化物膜の密度の測定)
酸化物膜の密度は、XRR(X線反射率法)を用いて測定した。詳細な測定条件は以下のとおりである。
【0095】
・分析装置:(株)リガク製水平型X線回折装置SmartLab
・ターゲット:Cu(線源:Kα線)
・ターゲット出力:45kV−200mA
・測定試料の作製
ガラス基板上に各組成の酸化物を下記スパッタリング条件で成膜した(膜厚100nm)後、前述した実施例1のTFT製造過程におけるプレアニール処理を模擬して、当該プレアニール処理と同じ熱処理を施したしたものを使用
スパッタガス圧:1mTorrまたは5mTorr
酸素分圧:O
2/(Ar+O
2)=2%
成膜パワー密度:DC2.55W/cm
2
熱処理:大気雰囲気にて350℃で1時間
【0096】
(ストレス耐性の評価:ストレスとして光照射+負バイアスを印加)
本実施例では、実際のパネル駆動時の環境(ストレス)を模擬して、ゲート電極に負バイアスをかけながら光を照射するストレス印加試験を行った。ストレス印加条件は以下のとおりである。光の波長としては、酸化物半導体のバンドギャップに近く、トランジスタ特性が変動し易い400nm程度を選択した。
ゲート電圧:−20V
基板温度:60℃
光ストレス
波長:400nm
照度(TFTに照射される光の強度):0.1μW/cm
2
光源:OPTOSUPPLY社製LED(NDフィルターによって光量を調整)
ストレス印加時間:3時間
【0097】
詳細には、ストレス印加前後のしきい値電圧(Vth)を上記の方法に基づき、測定し、その差(ΔVth)を測定した。
【0098】
これらの結果を表3に示す。
【0099】
【表3】
【0100】
表3より、本発明で規定するX群元素のSiを含む表3の酸化物は、いずれも5.8g/cm
3以上の高い密度が得られた。詳細には、ガス圧=5mTorrのとき(No.2)の膜密度は5.8g/cm
3であったのに対し、ガス圧=1mTorrのとき(No.1)の膜密度は6.2g/cm
3であり、ガス圧力が低くなるにつれ、より高い密度が得られた。また、膜密度の上昇に伴い、ストレス試験によるしきい値電圧シフト量ΔVthの絶対値も減少した。
【0101】
以上の実験結果より、酸化物膜の密度はスパッタリング成膜時のガス圧によって変化し、当該ガス圧を下げると膜密度が上昇し、これに伴って電界効果移動度も大きく増加し、ストレス試験(光照射+負バイアスストレス)におけるしきい値電圧シフト量ΔVthの絶対値も減少することが分かった。これは、スパッタリング成膜時のガス圧を低下させることにより、スパッタリングされた原子(分子)の動乱が抑えられ、膜中の欠陥が少なくなって移動度や電気伝導性が向上し、TFTの安定性が向上したためと推察される。