(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
少なくとも眼内レンズを載置する挿入部であって離型剤または帯電防止剤となる添加物を微量に含んだ樹脂からなる挿入部を有する眼内レンズ挿入器具の製造方法において、
前記挿入部の内壁に水溶性高分子を塗布し乾燥させることにより前記水溶性高分子によるコーティング層を形成させる第1ステップと、
前記第1ステップを介して前記挿入部内壁から析出された前記添加物を溶融させるために、前記第1ステップの後、前記挿入部に対して前記添加物を溶融する第1所定温度で加温処理する第2ステップと、
を含むことを特徴とする眼内レンズ挿入器具の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に本発明の実施の形態を図面に示しながら説明する。
図1は本実施形態の眼内レンズ挿入器具(以下、インジェクターと記す)10の概略外観図であり、
図1(a)はインジェクター10を上方から、
図1(b)は側方から見た状態を示している。
図2はインジェクター10の内部構成を示した断面模式図である。
インジェクター10は、眼内レンズ1が内部に載置される樹脂製の挿入部20と、挿入部20を先端に備える筒部本体30と、筒部本体(以下、筒部)30に対して前後方向に移動可能に取り付けられ、眼内レンズ1を押し出すための押出部材40とから構成されている。
【0010】
挿入部20は、先端に向かうに従いその内径が徐々に小さく(細く)なる領域を有したテーパ形状を有する挿入筒21と、眼内レンズ1を挿入筒21内に入れるための開口位置に取り付けられた蓋部材20aと、挿入筒21内で眼内レンズ1を置く為の載置台22と、眼内レンズ1が送出される先端21aとから構成されている。なお、本実施形態では挿入部20の内壁に水溶性の高分子材料からなるコーティング層が形成されており、使用時には挿入部20内にヒアルロン酸水溶液等の粘弾性物質、生理食塩水等の液体(眼灌流液)が塗布されることで、高分子材料が溶け、眼内レンズ1の射出時の滑性が向上されるようになっている。
【0011】
中空状の筒部30の内部には、押出部材40が筒部30から挿入部20の先端まで繋がる通路で軸方向に進退可能に挿通されている。押出部材40は眼内レンズ1を押し出す際に、光学部2に当接される先端44と、術者により押圧される押圧部41と、押圧部41が接続された軸基部42と、先端44と軸基部42とを繋ぐ押出棒43とから構成される。
【0012】
次に、挿入部20に置かれる眼内レンズ1の例を示す。
図3は眼内レンズ1の構成の説明図であり、ここでは正面図が示されている。
眼内レンズ1は所定の屈折力を有する領域を持つ光学部2と、光学部2を眼内で支持するための一対の支持部3からなる。光学部2は、HEMA(ヒドロキシエチルメタクリレート)等の単体、アクリル酸エステルとメタクリル酸エステルの複合材料等、従来、折り曲げ可能な軟性眼内レンズ用の材料を用いて切削加工、モールディング加工等で形成される。一方、支持部はPMMA(ポリメチルメタクリレート)、ポリプロピレン等の従来眼内レンズの支持部として用いられる材料にて形成される。そして、光学部と,先端が自由端とされ細いループ形状(C字状、J字状)からなる支持部とを別々に作成しておき、その後、一体化させることで3ピースタイプの眼内レンズが得られる。
なお、眼内レンズとしては、光学部2と支持部3とを、上記の光学部に使用される材料にて、一体的に形成することで得られる1ピース型の眼内レンズであっても良い。
【0013】
次に、以上のような構成のインジェクター10の製造方法を説明する。
図4に眼内レンズ挿入器具の製造方法のフローチャートを示す。はじめに、ステップ101のインジェクター形成工程で、インジェクター10本体が作られる。樹脂を用いた射出成形によりインジェクター10の各部品(例えば、挿入部20や筒部本体30等)が形成される。なお、樹脂には挿入部20の離型性及び帯電防止性を考慮して予め微量の添加物が含まれているものとする。
【0014】
なお、樹脂としてはポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブテン、またはこれらの共重合体からなるポリアルケン系樹脂、又は、ポリカーボネート樹脂等の周知の熱可塑性樹脂が挙げられる。一方、樹脂に含まれる添加剤としては、モノオレイン酸グリセロール、モノパルミチン酸グリセロール、モノステアリン酸グリセロール、モノラウリン酸グリセロール、モノリグノセリン酸グリセロール、モノモンタン酸グリセロール、モノミリスチン酸グリセロール等のカルボン酸のグリセロールエステル。エルカ酸アミド、オレイン酸アミド、ステアリン酸アミド等の脂肪酸アミド等、射出成形で形成される基材が離型性、帯電防止性を有するために適した添加剤が挙げられる。このような添加剤は樹脂材料に微量含有される。
【0015】
次に、以上のように形成された挿入部20や筒部本体30を接合することで、インジェクター10本体が形成される。得られたインジェクター10は、樹脂材料に上述した添加剤が微量含まれており、この状態では徐々に析出してくる。このような添加物はインジェクターの使用時に眼内レンズに視認される状態で付着してしまう。このためステップ102のプレコンディショニング工程では、挿入部20に混入されている添加剤を加温により故意に析出させ、ステップ103の洗浄工程で析出した添加物を洗い流す処理を行う。なお、プレコンディショニング工程は、周知の恒温オーブンを用いて、インジェクター10の温度を所定温度(例えば、50℃)で、数時間保持させるようにする。そして、ステップ103の洗浄工程では、周知の超音波洗浄器等を用いて析出した添加物を洗い流す。
【0016】
次に、ステップ104のコーティング処理で、挿入部20の内壁にコーティング層を形成させる。なお、コーティングに使用される材料としては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリアクリルアミド、ポリスチレンスルホン酸ナトリウム、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ポリエチレンイミン、カルボキシメチルセルロース、デキストラン硫酸ナトリウム、ポリリン酸、酸化ポリエチレン、酸化ポリプロピレン、ヒアルロン酸ナトリウム等の多糖類、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリペプチド等の水溶性高分子材料が選択される。
なお、コーティング処理は、挿入部20をコーティング液に浸した状態で、周知の恒温オーブンを用いて、所定温度(例えば、60℃)で、一定時間(例えば、10分間)保持させることにより行う。
【0017】
なお、ステップ104のコーティング処理を行う前に、周知のプラズマ処理にて挿入部20の内壁の表面状態を粗く加工するようにしてもよい。これにより、挿入部20内により好適にコーティング層が結合されるようになる。なお、上述したように本実施形態ではステップ102及びステップ103により、インジェクター10を形成する樹脂に含まれている添加剤を故意に析出させ、洗い流すことを行っているが、このような処理を行うことにより、コーティング層が形成されているインジェクター10内壁(挿入部内壁)から添加剤がより析出しやすくなってしまうことが判った。
【0018】
その後、インジェクター10の滅菌処理を行う。滅菌処理にはエチレンオキサイドガス等、インジェクターの滅菌に使用される周知の成分の滅菌ガスが使用される。例えば、所定温度に保たれた滅菌ガスの雰囲気下にインジェクター10を所定時間置く事で滅菌処理が行われる。
【0019】
そして、本実施形態では、以上のようなインジェクター10の表面処理工程後に、ステップ105でインジェクター10(挿入部20)の加温処理を行う。これにより、コーティング処理までの工程、及びその後の時間経過により更に外部に析出された添加剤を無くし、眼内レンズに付着することを抑制する。なお、加温処理は、周知の恒温オーブンを用いて、少なくとも挿入部20(インジェクター10)の表面温度が添加剤を溶融する温度とされ、完全に溶融するのに必要な時間だけ行われる。本実施形態での加温処理は、挿入部20が70℃以上100℃以下、15分以上60分以下保持することで行われる。表面温度が70℃よりも低いと添加剤が溶融されず析出物として固形化したまま残ってしまい眼内レンズへの付着が抑制され難い。一方、温度が100℃よりも高いとインジェクター10自体が変形する可能性が高くなる。同様に処理時間が15分よりも短いと添加剤を完全に溶融させることが難しい。また、60分よりも長いとインジェクターが変形する可能性が高くなる。
【0020】
なお、このような加温処理はコーティング処理を行った後、添加剤が析出するだけの時間をおいた後、行うことが好ましい。例えば、梱包前のインジェクター10に行われる他、製品出荷前の梱包状態のインジェクター10に対して行っても良い。この場合、コーティング層に接するインジェクター10の表面温度が所期の温度となるように、恒温オーブンの温度調節がされる。
【0021】
次に、本発明の実施例を具体的に説明する。なお、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
(実施例1)
挿入部を形成するための樹脂として微量の添加剤が混入されたポリプロピレン(なお、添加剤としては、モノステアリン酸グリセロールが100〜3000ppm程度含有されていることが想定された)を使用し、金型を用いて射出成形により挿入部を形成した。その後、プレコンディショニング工程において、インジェクター(挿入部)の内部の添加剤を析出させた後、洗浄工程で、外部に析出された添加剤を洗い流した。
そして、水溶性高分子材料としてヒアルロン酸ナトリウムを超純水に溶かして0.5重量%のコーティング液を作った。コーティング処理は、挿入部内をコーティング液で浸した状態で、恒温送風オーブン(ヤマト科学(株)製、DN600)に入れ、挿入部の内壁面にコーティング層を物理的に固定させた。
挿入部にコーティング層が形成されたインジェクターを滅菌処理(ガス滅菌)した後、インジェクターを製品梱包した状態で、上記と同じ恒温オーブンを使用して、インジェクター(挿入部)の表面温度が100℃程度となるように設定し、15分間の加温処理を行った。
【0022】
そして、以上のような一連の表面処理が行われたインジェクターを用いて眼内レンズの射出を行い、眼内レンズへの析出物の付着の有無を観察した(析出物付着評価)。また、上記処理を行ったインジェクターに対して眼内レンズを挿入部にセットし、眼内レンズの押出にかかる荷重の測定結果から滑性状態を評価した(荷重評価)。なお、眼内レンズには、折り曲げ可能なアクリル製(度数25D)のものを使用した。
【0023】
析出物付着評価は、シャーレ内を眼内レンズが隠れる程度の超純水で満たし、射出後の眼内レンズの後面(インジェクター内壁面と擦れ合った面)が上側となるようにシャーレに入れた。そして、光学顕微鏡((株)ニコン製、SMZ−1500)を用いて倍率15倍で表面観察を行った。
また、荷重評価は、挿入部の内側に超純水を塗布した状態で載置台に眼内レンズを載せ、挿抜耐久試験装置((株)島津製作所製、ENT−150)にセットした。そして、1.0mm/秒で眼内レンズの押し込みにかかる荷重を測定した。その結果を表1に示す。
【0024】
なお、目視観察による析出物付着評価において、析出物の付着がほとんどなく十分に効果が得られたとされる状態を<評価◎>、析出物の発生はあるが、ある程度効果が得られたとされる状態を<評価○>、析出物多く効果があまり見られないとされる状態を<評価×>、とした。また、荷重評価において、滑性状態が非常に良く容易に眼内レンズを押し出すことができる状態を<評価◎>、滑性状態が良好であるが眼内レンズの押出に有る程度の荷重が必要となる状態を<評価○>、滑性状態が悪く眼内レンズの押出に必要となる荷重が大きい状態を<評価×>、とした。
【0025】
図5は実施例1の析出物評価の観察結果である。実施例1のコーティング処理が行われたインジェクターに加温処理を行うことで、レンズへの析出物の付着が全くなく好適に抑制されていることが分かる。また、眼内レンズの押出には有る程度の荷重が必要となるが滑性状態は良好であることが分かった。
【0026】
(実施例2)
加温処理でのインジェクターの表面温度を70℃とした以外は、全て実施例1と同じ条件でインジェクターの表面処理を行った。その後、実施例1と同様の条件で眼内レンズ1の射出を行い、観察・評価を行った。評価結果を表1に示す。実施例1と同様にコーティング処理が行われたインジェクターに、加温処理を行うことでレンズへの析出物の付着が全くなく好適に抑制されていた。また、眼内レンズの押出には有る程度の荷重が必要となるが滑性状態が良好であると評価された。
【0027】
(実施例3)
実施例1で用いた樹脂材料(添加物が微量含有)に添加物(モノステアリン酸グリセロール)を5000ppmの割合で混入させた樹脂材料を用いてインジェクター(挿入部)を成形した以外は、全て実施例1と同じ条件でインジェクターの表面処理を行った。その後、実施例1と同様の条件で眼内レンズ1の射出を行い、観察・評価を行った。評価結果を表1に示す。実施例1と比べるとレンズへの析出物の付着は若干あったものの抑制効果はあると判断された。また、眼内レンズの押出には有る程度の荷重が必要となるが滑性状態は良好であると評価された。
【0028】
(実施例4)
実施例3と同様に添加物を5000ppmの割合で混入させた以外は、全て実施例2と同じ条件でインジェクターの表面処理を行った。その後、実施例1と同様の条件で眼内レンズ1の射出を行い、観察・評価を行った。評価結果を表1に示す。実施例2と比べるとレンズへの析出物の付着は若干あったものの抑制効果はあると判断された。また、眼内レンズの押出には有る程度の荷重が必要となるが滑性状態は良好であると評価できる。
【0029】
(比較例1)
加温処理の工程を行わなかった以外は、全て実施例1と同じ条件でインジェクターの表面処理を行った。その後、観察・評価を行った。評価結果を表1に示す。また、
図6に比較例1の観察結果を示す。同様の実験条件で加温処理を行う実施例1の場合と比べて、レンズ表面に非常に多くの添加物が付着していた。一方、眼内レンズの押出に必要となる荷重は小さく滑性状態が非常に良好であることが分かった。
従って、コーティング処理有りで加温処理を行う実施例1〜4と、コーティング有りで加温処理をしない比較例1とを比べたときに、添加物の割合又は加温処理温度に違いはあるものの、加温処理をした場合に眼内レンズへの析出物の付着が抑制されることが分かった。
【0030】
(比較例2)
コーティング処理を行わなかった以外は、全て実施例3と同じ条件でインジェクターの表面処理を行った。その後、実施例1と同様の条件で眼内レンズ1の射出を行い、観察・評価を行った。評価結果を表1に示す。同様の実験条件でコーティング処理がある実施例3と比べてレンズへの析出物の付着は少なかった。一方、滑性状態が悪く眼内レンズの押出に必要となる荷重が大きい状態であった。
【0031】
(比較例3)
加温処理工程を行わなかった以外は、全て実施例3と同じ条件でインジェクターの表面処理を行った。その後、実施例1と同様の条件で眼内レンズ1の射出を行い、観察・評価を行った。評価結果を表1に示す。同様の実験条件で加温処理を行う実施例3と比べて、レンズ表面に析出物が多く付着された。一方、滑性状態が非常に良く容易に眼内レンズを押し出すことができる状態であった。
以上から、比較例3と同様のコーティング処理が行われている実施例3との比較から、加温処理を行うことで析出物の付着が抑制されることが分かった。
【0032】
(比較例4)
コーティング処理を行わなかった以外は、全て比較例1と同じ条件でインジェクターの表面処理を行った。その後、実施例1と同様の条件で眼内レンズ1の射出を行い、観察・評価を行った。評価結果を表1に示す。また、
図7に比較例4の観察結果を示す。同様の実験条件でコーティング処理を行う比較例1と比べて、レンズ表面への析出物の付着は少ないが、コーティング処理が無いことで、滑性状態が悪く眼内レンズの押出に必要となる荷重が大きい状態であった。従って、インジェクター内部の摩擦抵抗を抑えて滑性を良くするためには、コーティング処理があることが好ましい事が分かった。
【0033】
【表1】
以上の結果から、インジェクターのコーティング処理が有る場合と無い場合とでは、同じ条件でコーティング処理が有る場合の滑性状態が良好であることが分かった。また、インジェクターにコーティング処理がされている場合に、加温処理が行われることで、眼内レンズの押出によるレンズ表面への析出物の付着が好適に抑制されることが分かった。
【0034】
なお、本発明は以上のような構成の眼内レンズ挿入器具に限られるものではない。例えば、眼内レンズが載置された挿入部を眼内レンズ挿入器具本体に取り付けるタイプの眼内レンズ挿入器具、又は、眼内レンズを載置するための挿入部をレンズパッケージ(レンズケース)として用い、挿入部とハンドピースとが予め一体的に成形され、ホルダにて保持されるプリセットタイプの眼内レンズ挿入システム等に、本発明の眼内レンズ挿入器具の製造方法が用いられることで、眼内レンズへの添加物の付着を抑制すると共に好適に眼内レンズの射出を行うことができるようになる。