【実施例】
【0051】
実験例1.
S. aureusの採取
(1)
S. aureusの分離
乳腺炎(Mastitis)を発症した乳牛(北海道)の原乳を採取し、100μLをbrain-heart infusion agar(日本製薬(株)製)に広げ、37℃で15時間培養した。
生じた各コロニーから細菌を採取し、それぞれマンニット食塩寒天培地を用いた通常のコアグラーゼ試験とヒツジ血液寒天培地を用いた通常の溶血試験を行った。
以上の試験の結果、コアグラーゼ試験と溶血試験の両方で陽性と判断されたコロニー 15株(strain)を選択・分離した。
【0052】
(2)性状の確認(characterization)
分離した株それぞれについて、コアグラーゼのC末端部分をコードする遺伝子(
coa)、プロテインAのhyper variable SpaX領域をコードする遺伝子(
spaX)、IgG結合領域をコードする遺伝子及びエンテロトキシンC,G,H及びIをコードする遺伝子を以下の通り、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応、Polymerase Chain Reaction)法で増幅させ、その結果に基づいて、分離した株をcharacterizeした。
【0053】
即ち、分離した15株の
S. aureusそれぞれから、要すればガラスプランジャーとチューブを用いたホモジネーションを行ったのち、常法であるフェノール-クロロホルム抽出を行って、DNAを分離した。これをPCRの鋳型として用いた。
【0054】
PCRに用いるFプライマーとRプライマーは、Oliveira et al., J. Clin. Microbiol., 2001, 39(2), 574-580 及びDewanand et al., J.Vet.Sci., 2007, 8(2), 151-154、Omoe et al. J. Clin. Microb., 2002, 40(3), 857-862に開示された下記表1に記載のものを用いた。増幅対象の遺伝子と、配列表に記載された各プライマーの塩基配列の、それぞれの配列番号も、SEQ ID NO:として表1に併せて示す。
【0055】
【表1】
【0056】
PCRは、94℃で5分間加温、72℃で20分間加温の後、増幅対象の遺伝子毎に、それぞれ下記の条件で行った。
【0057】
coaの増幅:94℃ 40秒、58〜62℃ 60秒、72℃ 60秒 を30サイクル、
spaXの増幅:94℃ 60秒、60℃60秒、72℃ 60秒 を35サイクル、
IgG結合領域遺伝子の増幅:94℃ 40秒、60℃40秒、72℃ 40秒 を30サイクル、
エンテロトキシン遺伝子の増幅:94℃ 30秒、58℃60秒、72℃30秒 を30サイクル
得られた増幅産物を、エチジウムブロマイドを添加した2%アガロース電気泳動の後、UV照射によって可視化した。また、CEQ 8000 (Beckman Coulter)を用いて、得られた増幅産物のシーケンシングを行った。.
以上の解析により得られた各
S. aureus株の遺伝的特性を、下記表2にそれぞれ示す。
【0058】
【表2】
【0059】
PCRによる解析の結果、コアグラーゼのC末端側をコードする
coa遺伝子に関しては、350bp、593bp、674bp、836bp、1079bpの5種類の大きさのものが検出された。また、
coa部分には、複数の81bpの繰り返しが存在していた。
【0060】
spaXの解析の結果、150bp、200bp、250bp、300bp、400bpの大きさの
spaXが確認された。また、この部分には、KPGKEDNK(配列番号15)又はKPGKEDGN(配列番号16)のアミノ酸配列のどちらか又は両方をコードする25bpの、2〜10回繰り返しが確認された。
【0061】
エンテロトキシン遺伝子の解析の結果、15株のうち4株が、エンテロトキシン遺伝子を持つことが確認された。
【0062】
実施例1.バクテリオファージの分離・精製
(1)宿主菌体の調製
宿主菌体として用いる
Staphiococcus aureus JCM2151(ATCC6538)を、LB培地で定常期(OD660=1.5程度)になるまで十分培養(full growth)させておいた。
尚、本明細書の実施例を通して使用したLB培地の組成は以下の通りである。即ち、LB液体培地の場合、NaCl 0.5w/v%、Yeast extract 0.5w/w%、ポリペプトン 1w/v%を含有する。LB寒天培地の場合、上記組成に更に1.5% agarを含有する。
【0063】
(2)バクテリオファージの採取
一般家庭下水流水1.2 Lを採取し12000rpmで15分間、4℃で遠心分離後、上清を回収した。上清にPEG6000及びNaClをそれぞれ終濃度 10W/V%,4W/V%になるよう加え、十分撹拌した後、4℃で一昼夜静置した。12000rpmで15分間遠心分離後、上清を除いた。次いで、沈殿にSM-buffer(50mM Tris-HCl pH=7.5、0.1M NaCl、7mM MgSO
4/7H
2O、0.01%ゼラチン含有)を10mL加えて攪拌し、バクテリオファージの懸濁液を得た。
【0064】
(3)バクテリオファージの単離
バクテリオファージの懸濁液110μLと、上記(1)で調製した宿主菌体培養液110μL(1×10
8-9CFU /mL)をマイクロチューブに分取し、混合した。得られた混合液200μLを、3mLのLB軟寒天培地(0.5%agar含有)に加え、混合した後、LB寒天培地上に重層した。軟寒天培地が固まった後、37℃で一晩インキュベートした。使用した下水流入水にファージが存在する場合は軟寒天培地層上にプラークが形成される。次に、形成されたプラークを回収し、SM bufferに懸濁した。続いて通常のプレートライセート法を行って、それぞれのプラークのバクテリオファージを精製した。最終的に、バクテリオファージをPEG 6000-NaClにより沈殿させ、遠心処理してバクテリオファージを濃縮した後、更にCsCl密度勾配遠心を行って、バクテリオファージを精製した後、SM bufferに再懸濁した(以下、「バクテリオファージライセート」という)。
【0065】
以上の操作により、52株のバクテリオファージを単離した。
【0066】
実施例2.ウシ乳腺炎由来
S. aureusに対する溶菌活性を有するバクテリオファージの選択
実施例1で単離した52株のバクテリオファージそれぞれの、
S. aureusに対する宿主域を調べた。
【0067】
以下の試験において、バクテリオファージの宿主として用いた菌株は、実験例1でウシ乳腺炎(乳房炎)感染原乳から分離・選択した
S. aureusの分離株、すなわちSA001株, SA002株, SA003株, SA009株, SA019株, SA020株, SA021株, SA026株, SA028株, SA029株, SA031株, SA033株, SA047, SA048, SA049株の15株と、ATCC6538(基準株、laboratory reference strain)の計16株である。
【0068】
各宿主菌株培養液110μL(1×10
8-9CFU/mL)を、それぞれ3mLの軟寒天培地(0.5% top agar)に加え、混合した後、LB寒天培地上に重層した。軟寒天培地が固まった後、実施例1で調製した各バクテリオファージライセート(>10
8 PFU/mL)を、軟寒天培地に2μLずつ滴下(スポット)し、一昼夜37℃で培養した。
【0069】
その後、軟寒天培地上に生じたプラークの検出を行った。
【0070】
バクテリオファージの溶菌活性は、発生したプラーク(plaques)の透明具合によって判別した。すなわち、もしそのスポットのバクテリオファージが、使用した
S. aureus分離株に対して溶菌活性を持っている場合は、一昼夜培養しても
S. aureusが増殖することが出来ず、軟寒天上に透明なスポットが形成されるはずである。プラークが一部濁っていたり、非常に濁っている場合は、そのバクテリオファージによる宿主(
S. aureus)の溶菌活性が低いことを示す。
【0071】
結果を表3に示す。表3において、各スポットに生じたプラークの透明具合がClearな場合をC、Turbidな場合をT、Very turbidな場合をVT、プラークが発生しなかった場合を−で示す。
【0072】
【表3】
【0073】
試験した52株のバクテリオファージのうち、3株以上の
S. aureusを溶菌できたバクテリオファージは表3記載の16株であった。これらのバクテリオファージは、表3から明らかなとおり、広範な宿主域を示した。
【0074】
中でも、表3から明らかな如く、φSA012は、
S. aureusのSA001株, SA003株, SA009株, SA019株, SA020株, SA021株, SA026株, SA028株, SA029株, SA031株, SA033株, SA047株, SA048株, SA049株とATCC6538(基準株、laboratory reference strain)に溶菌活性を示した。特にSA003株, SA020株, SA028株, SA031株, SA033株, SA047株, SA049株, ATCC6538株に対してClearなプラークが得られ、高い溶菌活性を示した。
【0075】
また、φSA039は、試験したすべての
S. aureus株に対して溶菌活性を示した。特にSA002株, SA003株, SA009株, SA019株, SA020株, SA021株, SA026株, SA028株, SA029株, SA031株, SA033株, SA047株, SA049株に対してClearなプラークが得られ、強い溶菌活性を示した。
【0076】
以上のことから、φSA012及びφSA039を、本発明の目的を達成する候補ファージとして選択した。
【0077】
尚、φSA012は、2008年12月25日付で、独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジー本部 特許微生物寄託センター(郵便番号 292-0818、日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に、受託番号 NITE BP-693として寄託してある。
【0078】
またφSA039は、2008年12月25日付で、独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジー本部 特許微生物寄託センター(郵便番号 292-0818、日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に、受託番号 NITE BP-694として寄託してある。
【0079】
実施例3・バクテリオファージの画像解析
実施例1で得られたバクテリオファージφSA012、φSA039それぞれのPEG6000-NaCl濃縮液から、CsCl密度勾配遠心法による常法によってバクテリオファージを精製した。SM緩衝液で、6μLの濃縮されたバクテリオファージ懸濁液(minimum 10
10 PFU/ml)を調製し、下記の常法で、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope; TEM、)用の試料を調製した。
【0080】
即ち、調製したバクテリオファージ懸濁液を、TEM用のhydrophilic Formvar-carbon-coated copper grid 又はcollodion-carbon-coated copper grid (Nisshin EM Corporation)にスポットした。2分間静置して、バクテリオファージをグリッド(grid)に吸着させた。余分なバクテリオファージ懸濁液を除去後、蒸留水で洗浄した。次いで、1.6%酢酸ウラニルでバクテリオファージをネガティブ染色した。2分後、過剰の染色剤を除いて、30分風乾した。乾燥させたグリッドをTEM HITACHI-H7500((株)日立製作所製)にセットして、80kVでバクテリオファージを観察し、写真撮影した。
【0081】
そして、バクテリオファージ1株毎に、各25個のバクテリオファージの頭部(head)の直径及び長さ、尾部(tail)の直径及び長さを測定して、それぞれの平均値を求めた。
【0082】
φSA012のTEM写真を
図1(1)に、φSA039のTEM写真を
図1(2)にそれぞれ示す。図中のスケールバーは、100nmを示す。また、
図1(1)の矢印は、φSA012の収縮したシース(sheath)を示す。
【0083】
また、以上の解析で得られたφSA012及びφSA039の形状に関する知見を、下記表4にまとめて示す。
【0084】
【表4】
【0085】
TEMによる観察で、φSA012とφSA039は、ともにT4ファージと同程度の大きさで、且つT4ファージより若干長いことが知られた。また、φSA012およびφSA039は、収縮性のシースを持つことから、ミオビリデ科(
Myoviridate family)に属するものと推察される。
【0086】
実施例4.φSA012の溶菌活性試験
LB培地4mlをL字型試験管に採り、実験例1で分離した
S. aureus のうち、SA-003株、SA020株、SA028株、又はSA-031株の昼夜培養液40μlを接種し、それぞれ37℃で、対数増殖期になる(OD
660=0.1)まで、40rpmで振盪培養した。次いで、実施例1で得られたバクテリオファージφSA012のライセートをMOI=10(Multiplicity of Infection:菌量に対するバクテリオファージの相対量。MOI=10は、菌の総数に対して、10倍の個数のバクテリオファージを感染させたことを意味する。)で加えて、φSA012を
S. aureusに感染させた。次いで、LB培地の660nmにおける吸光度の経時変化を、TVS062CA Biophotorecorder (Advantec, Tokyo)を用いて測定した。尚、測定は、
S. aureusの培養液にφSA012を添加後、15分のインターバルの後、行った。
【0087】
また、φSA012を添加せずに、
S. aureus菌体のみで培養した場合をcontrolとした。
【0088】
得られた結果を
図2にそれぞれ示す。
尚、
図2において各シンボルは、下記表5に記載の条件で試験した結果を示す。
【0089】
【表5】
【0090】
図2から明らかな如く、バクテリオファージの不在下では、SA003株、SA020株、SA028株及びSA031株共に、培養によって増殖し、吸光度が上昇した(Control)。しかし、φSA012を接種すると、すべての株で、吸光度が殆ど0付近にまで急速に減少した。すなわち、今回用いた
S. aureus株はすべて、φSA012によって溶菌された。このことから、φSA012は、
S. aureus株であるSA003株、SA020株、SA028株、SA031株等の、複数の
S. aureus株に対して、強い溶菌活性を持つことがわかる。
【0091】
実施例5.φSA039の溶菌活性試験
実験例1で分離した
S. aureus のうち、SA003株、SA020株、SA026株、SA029株又はSA031株を宿主細菌として用い、バクテリオファージとして実施例1で単離したバクテリオファージφSA039を用いる以外は、実施例4と同様の試薬及び機器を用いて培養を行い、LB培地の660nmにおける吸光度の経時変化を測定した。
【0092】
また、φSA039を添加せずに、
S. aureus菌体のみで培養した場合をcontrolとした。
【0093】
結果を
図3に示す。
また、
図3において、各シンボルは、下記表6に記載の条件で試験した結果を示す。
【0094】
【表6】
【0095】
図3より明らかな如く、バクテリオファージの不在下では、SA003株、SA020株、SA026株、SA029株又はSA-031株共に、培養によって増殖し、吸光度が上昇した(Control)。しかし、φSA039を接種すると、すべての菌株で、培養30時間前後で吸光度が殆ど0付近にまで減少した。すなわち、今回用いた
S. aureus株は、すべてがφSA039によって溶菌された。以上のことから、φSA039は、SA003株、SA020株、SA026株、SA029株、SA031株等の、複数の
S. aureus株に対して強い溶菌活性を持つことが判る。
【0096】
実施例6.MRSAに対する溶菌活性を有するバクテリオファージの選択
S. aureusのMRSA Typing strain であるSA050 (GTC01186), SA051 (GTC01187), SA052 (GTC01213), SA053 (GTC01217), SA054 (GTC01221)の5株を、宿主菌株として用いた。
【0097】
これらの菌株は、岐阜大学大学院医学研究科より分譲された。
【0098】
各宿主菌株培養液 110μL(1×10
8-9CFU /mL)を、それぞれ3mLの軟寒天培地(0.5% top agar)に加え、混合した後、LB寒天培地上に重層した。軟寒天培地が固まった後、実施例1で調製した各バクテリオファージライセート(>10
8 PFU/mL)を、軟寒天培地に2μLずつ滴下(スポット)し、一昼夜37℃で培養した。
その後、実施例2と同様の方法で、軟寒天培地上に生じたプラークの検出を行った。
【0099】
結果を表7に示す。表7において、各スポットに生じたプラークの透明具合がClearな場合をC、Turbidな場合をT、Very turbidな場合をVT、プラークが発生しなかった場合を−で示す。
【0100】
【表7】
【0101】
試験した52株のバクテリオファージのうち、MRSAのいずれかの株を溶菌できたバクテリオファージは、表7記載の21株であった。
【0102】
中でも、表7から明らかな如く、φSA12は、SA050 (GTC01186) 株, SA051 (GTC01187) 株, SA052 (GTC01213) 株, SA053 (GTC01217) 株, SA054 (GTC01221) 株のすべてに溶菌活性を示し、特にSA052 (GTC01213) 株及びSA053 (GTC01217) 株に対して強い溶菌活性を示した。
【0103】
また、本発明のバクテリオファージφSA039は、
S. aureusのMRSA Typing strainであるA050 (GTC01186) 株, SA052 (GTC01213) 株, SA053 (GTC01217) 株及びSA054 (GTC01221) 株に溶菌活性を示し、特に病原因子が特定されているSA054 (GTC01221)株に対して強い溶菌活性を示した。
【0104】
即ち、本発明のバクテリオファージであるφSA012及びφ037-039は、複数のMRSA株に対して高い溶菌活性を示し、MRSAの除菌剤等への応用が可能であることが示唆された。
【0105】
実施例7.
下記の方法でマウスに乳腺炎を発症させる
S. aureus(以下、本実施例では「SA」と略記する。)を注入して実験的に乳腺炎を発症した乳腺炎モデルマウスを作製し、それに本発明に係るバクテリオファージを注入して、マウス乳腺炎に対する本発明のバクテリオファージの効果を確認した。
【0106】
(1)乳腺炎モデルマウスの作製
下記4種の組成の注射液を調製した。
(i) SA群:SA(SA019) 1×10
5 CFU/25μL PBS
(ii) SA・ファージ群1:[SA 1×10
5 CFU+バクテリオファージ(φSA039) 1×10
5 PFU]/25μL PBS
(iii) SA・ファージ群2:[SA 1×10
5 CFU+バクテリオファージ1×10
7 PFU]/25μL PBS
(iv)ファージ群:バクテリオファージ1×10
7 PFU/25μL PBS
【0107】
次いで、調製した上記各注射液を、SA注入の2時間前に仔マウスを分離した、出産後7〜10日の母親マウス(ddy系)の、L4、R4の乳頭下の乳槽内に、35G(ゲージ)の注射針で全量(25μL)を注入した。
【0108】
注射液を注入後、6時間経過したところで、仔マウスを母親マウスに戻した。
【0109】
注入2日後又は4日後に母親マウスの乳房を写真撮影し、その後マウスを解剖し、乳腺組織を写真撮影した。
【0110】
また乳腺組織を採取して、以下のように乳腺組織中のSAの細菌数を算定した。
【0111】
(2)乳腺組織中のSA生菌数の測定
上記(1)で採取した乳腺組織を適当量(15mg−20mg)チューブに採取し、1mL滅菌PBSに浮遊させた。次いで、全体重量からチューブ及びPBS等の重量を減ずることで、採取した組織の湿重量を測定した。
ビーズを用いて、約2分間乳腺組織を振盪破砕し、乳腺組織ホモジネートを調製した。得られた乳腺組織ホモジネートをPBSを用いて段階希釈(1×10
1−1×10
10)した。
【0112】
段階希釈液各100μLを夫々5%羊赤血球加寒天培地に塗布し、37℃で24時間培養し、コロニー数を数えた。コロニー数に乳腺組織ホモジネートの希釈率を乗じて菌数を算定し、それを乳腺組織g重量あたりのSAの生菌数に換算した。
【0113】
(3)結果
1)乳腺組織の様子
上記(1)で得られた、乳腺炎モデルマウスにSA群、SA・ファージ群1又はSA・ファージ群2の注射液を注入して2日、及び4日経過後に乳房及び乳腺組織を写真撮影した結果を
図4及び
図5に示す。
【0114】
図4は注射液注入2日後のマウスの乳房及び乳腺組織の写真、
図5は注射液4日後の乳房及び乳腺組織の写真を夫々示す。
図4及び
図5において、上の写真がマウスL4及びR4の乳房の写真、下の写真が乳腺組織の写真である。
【0115】
また、
図4及び
図5において、(i)はSA群の注射液を注入したマウス、(ii)はSA・ファージ群1の注射液を注入したマウス、(iii)はSA・ファージ群2の注射液を注入したマウスの乳房及び乳腺組織の写真を夫々示す。
【0116】
また、
図4及び
図5において、太い矢印(▲)は、乳腺の炎症反応が腹膜まで達していることを示す部分を指す。また、細い矢印(→)は、注入した部位で、炎症反応が見られていることを示す部分を指す。
【0117】
図4(i)及び
図5(i)から明らかな如く、SAのみを注入したマウスでは、SA注入2日後で、乳腺の炎症反応が腹膜まで達しており、SA注入4日後では、その炎症が更に広がっていることが判る(太い矢印)。
【0118】
一方、
図4の(ii)及び(iii)から明らかな如く、SAとバクテリオファージ(1×10
5PFU、1×10
7PFU)を注入した場合は、SAのみを注入した場合と比較して、明らかに乳腺の炎症反応が抑えられていた。
【0119】
更に
図5の(ii)及び(iii)から明らかな如く、SAとバクテリオファージ(1×10
5PFU、1×10
7PFU)を注入して4日経過した場合、SAのみを注入した場合と比較して、明らかに乳腺の炎症反応が抑えられており、更に2日経過した場合(
図4の(ii)及び(iii))と比較すると、炎症が更に小さくなっていることがわかる。
【0120】
更にまた、
図4の(ii)と(iii)、
図5の(ii)と(iii)を比較すると、(ii)バクテリオファージを1×10
5PFU注入した場合よりも(iii)1×10
7PFUを注入した場合の方が、乳腺の炎症がより小さくなっていることが判る。
【0121】
以上のことから、本発明のバクテリオファージを、
S. aureus感染により乳腺炎を発症したマウスに投与することで、乳腺炎の炎症を抑制することができることがわかる。
【0122】
尚、図には示していないが、ファージ群のみを注射したマウスでは、2日後、及び4日後のいずれでも、乳腺炎は発症しなかった。
【0123】
2)乳腺組織中のSA数の変化
上記(2)で得られた、乳腺炎モデルマウスにバクテリオファージを注入して2日、及び4日経過後の乳腺組織中のSA生菌数を算出した結果を
図6に示す。
【0124】
図6において、横軸は注射液をマウスに注入後の経過日数、マウスに注入した注射液のSA数及びバクテリオファージ数を、縦軸は乳腺組織gあたりのSA生菌数(CFU)を対数で示す。
【0125】
図6から明らかな如く、マウスにSAとバクテリオファージとを注入すると、SAのみを注入した場合と比較して、SA生菌数が激減していることが判る。例えば、SAのみを注入して2日後のマウスの乳腺組織中のSA生菌数は約7×10
10 CFUであるが、SAと1×10
7 PFUのバクテリオファージを注入して2日後のSA生菌数は約4×10
7 CFU程度であった。また、SAのみを注入して4日後のマウスの乳腺組織中のSA生菌数は約4×10
9 CFUであるが、SAと1×10
7 PFUのバクテリオファージを注入して4日後のSA生菌数は約5×10
4 CFU程度であった。
【0126】
すなわち、SA生菌数は、1×10
7 PFUのバクテリオファージ投与2日後で、SAのみを投与したSA群に比べ、約1,800分の1、投与4日後には約80,000分の1に減少していた。
【0127】
また、このことから、本発明のバクテリオファージは、マウスの免疫系の中でも
S.aureus溶菌活性を維持していることがわかる。
【0128】
以上の結果から、本発明のバクテリオファージを注射することにより、SA感染により発症した乳腺炎の炎症を抑制させ、乳腺組織中のSA生菌数を激減させることが出来ることが明らかとなり、本発明のバクテリオファージはSA感染による乳腺炎の治療に極めて有効な治療剤となり得ることがわかる。
【0129】
尚、(iv)ファージ群、すなわち本発明のバクテリオファージ1×10
7 PFUのみを注入して2日、4日経過後のマウスには、乳腺炎のみならず、ショック症状等の目立った変化は観察されなかった。
【0130】
実施例8.
(1)乳腺炎モデルマウスの作製
SA注入の2時間前に仔マウスを分離した、出産後7〜10日の母親マウス(ddy系)の、L4、R4の乳頭下の乳槽内に、34G(ゲージ)の注射針で、下記(i)又は(ii)の全量(25μL)を注入した(バクテリオファージ非投与群、乳腺内投与群)。
(i) [SA(SA003) 1×10
3 CFU/25μL PBS]
(ii)[SA(SA003) 1×10
3 CFU+バクテリオファージ(φSA012) 1×10
7 PFU]/25μL PBS
【0131】
また、上記と同様の準備をした母親マウスのL4、R4の乳頭下の乳槽内に、34G(ゲージ)の注射針で[SA(SA003) 1×10
3 CFU/25μL PBS] 25μLを注入した。その後すぐに、[バクテリオファージ(φSA012) 4×10
7 PFU/100μL PBS] 100μLを、同じ母親マウスの頚静脈に注入した(血中投与群)。
尚、上記の組成の注射液は、夫々各2匹のマウスに投与した。
【0132】
注射液の注入を完了後、6時間経過したところで、仔マウスを母親マウスに戻した。
【0133】
注入2日後に母親マウスの乳腺組織を採取して、以下のように乳腺組織中のSAの細菌数を算定した。
【0134】
(2)乳腺組織中のSA生菌数の測定
上記(1)で採取した乳腺組織を適当量(15mg−20mg)チューブに採取し、1mL滅菌PBSに浮遊させた。次いで、全体重量からチューブ及びPBS等の重量を減ずることで、採取した組織の湿重量を測定した。
ビーズを用いて、約2分間乳腺組織を振盪破砕し、乳腺組織ホモジネートを調製した。得られた乳腺組織ホモジネートをPBSを用いて段階希釈(1×10
1−1×10
10)した。
【0135】
段階希釈液各100μLを夫々5%羊赤血球加寒天培地に塗布し、37℃で24時間培養し、コロニー数を数えた。コロニー数に乳腺組織ホモジネートの希釈率を乗じて菌数を算定し、それを乳腺組織g重量あたりのSAの生菌数に換算した。
【0136】
(3)結果
結果を
図7に示す。
【0137】
すなわち、
図7は、SAのみを乳腺内投与した場合(バクテリオファージを投与しなかった場合:バクテリオファージ非投与群)、1×10
3 CFUのSAと1×10
7 PFU のバクテリオファージを乳腺内投与した場合(乳腺内投与群)、1×10
3 CFU のSAを乳腺投与した後、4×10
7 PFUのバクテリオファージを血中投与した場合(血中投与群)の、夫々の場合における、乳腺組織gあたりのSA生菌数(CFU)を示す。データはそれぞれ乳腺組織3組織分(n=3)である。
【0138】
図7から明らかな如く、マウスにSAとバクテリオファージとを注入した場合(乳腺内投与群、血中投与群)は、SAのみを注入した場合(バクテリオファージ非投与群)と比較して、SA生菌数が激減していることが判る。例えば、SAのみを注入して2日後のバクテリオファージ非投与群の乳腺組織中のSA生菌数は約5.5×10
4 CFUであるが、SAと1×10
7 PFUのバクテリオファージを組織内へ注入して2日後の乳腺内投与群のマウスの乳腺組織中のSA生菌数は約8×10
3 CFU程度であった。さらに、血液中へ4×10
7 PFUのバクテリオファージを注入して2日後の、血中投与群のマウスの乳腺組織中のSA生菌数は約2×10
3 CFUであった。
【0139】
以上のことから、本発明のバクテリオファージを血中投与することにより、組織内へバクテリオファージ注入(乳腺内投与)する場合よりも、更に乳腺組織中のSA生菌数を減少させる効果が高く、本発明のバクテリオファージが安定して効いていることが判る。
【0140】
このことから、本発明のバクテリオファージは、血液中への投与で、組織内感染の
S.aureusに対しても溶菌活性効果を発揮できることがわかる。
以上の結果から、本発明のバクテリオファージを血液中内に注射することによっても、SA感染により発症した乳腺炎の炎症を抑制させ、乳腺組織中のSA生菌数を激減させることが出来ることが明らかとなり、本発明のバクテリオファージはSA感染による乳腺炎の治療に極めて有効な治療剤となり得ることがわかる。