(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0012】
樹脂フィルムからなる基材に酸化珪素薄膜が積層された従来のガスバリア積層体においては、酸化珪素薄膜が積層されたフィルム基材表面における凝集力の低下が、基材との密着性の低下を引き起こして、バリア性劣化の原因となっている。
【0013】
本発明者らは、酸化珪素薄膜が形成されたPETフィルムからなる基材表面の凝集力に関して鋭意検討した結果、面配向係数が関連していることを見出した。通常、PETフィルムは、二軸延伸した後、適切な熱固定温度で保持し、面に対して水平方向に分子が配列するように調整される。この分子の配列の度合いが、面配向係数として測定される。
【0014】
面配向係数は、位相差測定法、アッベの屈折測定法などの手法を用いて求めることができるが、アッベの屈折測定法の場合には、測定者による測定値のバラつきが大きい。これに対して位相差測定法は、測定者によらず安定して測定でき、測定値のバラつきも少ない。しかも、正確に面配向係数を算出することができることから、本明細書においては位相差測定法による面配向係数が用いられる。
【0015】
位相差測定法により算出された面配向係数が所定の範囲内のPETフィルムを基材として用いることによって、この上に積層される酸化珪素薄膜の密着性が高められる。その結果、バリア性の劣化を防ぐことが可能となった。しかも、こうした特性は、高温高湿環境下においても維持することができる。これは、本発明者らによって初めて得られた知見である。
【0016】
PETフィルムの面配向係数の算出にあたっては、位相差測定装置を用いて、所定の寸法に切り出されたPETフィルムの位相差を所定の入射角で測定する。各測定値と平均屈折率とを用いて、面配向係数が算出される。
【0017】
以下、図面を参照して本発明の実施形態について説明する。
【0018】
図1は、一実施形態のガスバリア積層体を示す断面図である。ガスバリア積層体20においては、PETフィルムからなる基材1の上に酸化珪素の薄膜2が積層されている。
【0019】
PETフィルムは、位相差測定法による面配向係数が、0.135以上0.150以下の範囲内に規定される。酸化珪素薄膜の透明性が損なわれないように、PETフィルムは透明であることが望まれる。
【0020】
機械的強度が高く寸法安定性にも優れることから、PETフィルムは延伸したものが用いられる。0.135以上の面配向係数を確保するためにも、本実施形態において用いられるPETフィルムは、二軸延伸および熱固定を経たものである。二軸延伸および/または熱固定の条件を適切に選択することによって、面配向係数を制御することができる。例えば、低温長時間の熱固定が行なわれると、PETフィルムの面配向係数を所望の範囲内に調整することが可能となる。なお、二軸延伸が行なわれない場合には、PETフィルムの面配向係数は極めて小さくなって、0.135には達しないことが知られている。
【0021】
位相差測定法による面配向係数が0.135以上0.150以下の範囲内であるPETフィルムは、酸化珪素薄膜との密着性が高められる。その結果、バリア性が向上することとなる。なお、バリア性は、水蒸気透過度により評価することができる。しかも、こうした特性は、高温高湿環境下においても維持され、容易には劣化しない。
【0022】
基材1の厚さは、特に制限されないが、薄すぎる場合には、巻取り装置で酸化珪素薄膜を形成する際にシワの発生やフィルムの破断が生じるおそれがある。一方、厚すぎる場合には、フィルムの柔軟性が低下するため巻取り装置での加工が困難となるおそれがある。3〜200μmの範囲内の厚さの基材であれば、何等不都合を生じることなく巻取り装置で酸化珪素薄膜を形成することができる。基材1の厚さは、6〜50μmの範囲内がより好ましい。
【0023】
基材1上の薄膜2を構成する酸化珪素は、XPS測定法によって算出される酸素と珪素との比(O/Si)が小さすぎる場合には、十分なバリア性を確保できず、しかもバリア層が着色して透明性が損なわれるおそれがある。比(O/Si)が大きすぎる場合には、バリア膜の残留応力が大きく柔軟性が失われることから、クラック等の膜欠陥が生じやすい。その結果、バリア性が低下するおそれがある。比(O/Si)が1.6〜2.0の範囲内であれば、適切なバリア性を有する透明な酸化珪素薄膜を形成することができる。
【0024】
酸化珪素の薄膜2の厚さが薄すぎる場合には、均一な膜を得ることができず、ガスバリア材としての機能を十分に果たすことができないおそれがある。一方、厚すぎる場合には、残留応力によりフレキシビリティを保持できず、成膜後の外的な要因によって亀裂が生じるおそれがある。5〜300nmの範囲内であれば、ガスバリア材に適切なフレキシブルな酸化珪素の薄膜を、均一な膜厚で得ることができる。酸化珪素薄膜2の厚さは、10〜300nmの範囲内がより好ましい。
【0025】
酸化珪素薄膜2は、例えば、真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法、およびプラズマ気相成長法などにより基材1の表面に積層することができる。生産性を考慮すれば、真空蒸着法が好ましい。
【0026】
真空蒸着法における加熱の方式は特に限定されず、例えば、電子線加熱方式、抵抗加熱方式、および誘導加熱方式等から選択することができる。蒸発材料の選択性の幅が広いことから、電子加熱方式または抵抗加熱方式が好ましい。
【0027】
酸化珪素薄膜2と基材1との密着性、および酸化珪素薄膜2の緻密性を向上させるために、プラズマアシスト法やイオンビームアシスト法を用いて蒸着してもよい。また、酸素等の各種ガスなどを吹き込みつつ蒸着を行なう(反応蒸着)ことによって、蒸着される酸化珪素薄膜の透明性を、よりいっそう高めることができる。
【0028】
図2に示すように、基材1と酸化珪素薄膜2との間に、処理層3が設けられていてもよい。処理層3は、例えばアンカーコート層とすることができる。あるいは、基材1の表面にリアクティブイオンエッチング(RIE)処理による前処理を施すことによって、処理層3を形成することもできる。
【0029】
アンカーコート層は、基材1と酸化珪素薄膜2との密着性をさらに向上させる作用を有する。アンカーコート層は、基材1の表面にアンカーコート剤を塗布することによって形成することができる。
【0030】
アンカーコート剤としては、例えば、溶剤溶解性または水溶性のポリエステル樹脂、イソシアネート樹脂、ウレタン樹脂、アクリル樹脂、ビニルアルコール樹脂、エチレンビニルアルコール樹脂、ビニル変性樹脂、エポキシ樹脂、オキサゾリン基含有樹脂、変性スチレン樹脂、変性シリコン樹脂、およびアルキルチタネート等を単独、あるいは2種以上組み合わせて使用することができる。
【0031】
アンカーコート層の厚さは、通常5nm〜5μm程度とすることができる。こうした範囲内であれば、内部応力が抑制されたアンカーコート層を均一な膜厚で形成することができる。アンカーコート層の厚さは、より好ましくは10nm〜1μm程度である。
【0032】
アンカー塗布性、接着性を改良するために、アンカーコート剤の塗布に先立って、基材表面に放電処理を施してもよい。
【0033】
一方、基材表面にRIE処理を施す場合には、プラズマが利用されることから、発生したラジカルやイオンにより、基材の表面に官能基を付与するといった化学的効果が得られる。これに加えて、イオンエッチングによる表面の不純物の除去、表面粗さを大きくするといった物理的効果も得られる。その結果、基材1と酸化珪素薄膜2との密着性をさらに向上させ、高温高湿環境下においても両者が剥離しない構造となる。
【0034】
また、RIE処理は、PETフィルムからなる基材の面配向係数をより適切な値に調整するという作用も有する。
【0035】
RIEによる処理を巻取り式のインライン装置で行なう方法としては、基材の設置されている冷却ドラムに電圧を印加してプレーナ型にする方法がある。この方法による場合は、例えば
図3に示されるように、処理ロール6の内側に電極4が配置され、PETフィルムからなる基材1の表面にプラズマ5が作用する。プレーナ型で処理を行なえば、基材1は陰極(カソード)側に設置することができ、高い自己バイアスを得ることによってRIEによる処理を行なうことができる。
【0036】
あるいは、ホロアノード・プラズマ処理器を用いてRIE処理を行なうこともできる。この方法による場合は、例えば
図4に示されるように、処理ロール6の対面側に遮蔽板10とともに電極4が設けられ、基材1は陽極(アノード)側に設置される。なお、
図4中、参照符号8および9は、それぞれガス導入口およびマッチングボックスを示している。PET基材は高い自己バイアスを得られず、ラジカル5が基材1表面に作用し化学反応するだけの、いわゆるプラズマエッチングしか行なわれない。このため、酸化珪素薄膜と基材との密着性は低いままである。
【0037】
図3に示されるように、ホロアノード・プラズマ処理器は、中空上の陽極を有し、その陽極の表面(Sa)が、対極となる基板面積(Sc)より大きい(Sa>Sc)処理器である。陽極の面積を大きくすることで、対極となる陰極(PETフィルム基材)上に大きな自己バイアスを発生させることができる。この大きな自己バイアスにより、安価で強力な表面処理が可能となる。
【0038】
ホロアノード電極中に磁石を組み込んで、磁気アシスト・ホロアノードとすることが好ましい。これによって、より強力で安定したプラズマ表面処理を高速で行なうことが可能となる。磁気電極から発生される磁界により、プラズマ閉じ込め効果をさらに高め、大きな自己バイアスで高いイオン電流密度を得ることができる。
【0039】
RIEによる前処理を行なうためのガス種としては、アルゴン、酸素、窒素、水素を使用することができる。これらのガスは単独でも2種以上を組み合わせて用いてもよい。また、2基以上の処理器を用いて、連続して処理を行なうこともできる。このとき、2基以上の処理器は同じものを使用する必要はない。例えば、プレーナ型で処理を行ない、その後、連続してホロアノード・プラズマ処理器を用いて処理を行なうこともできる。
【0040】
図1および
図2のいずれの構造の場合も、さらに別の層を含むことができる。例えば、基材1の他方の面にも、酸化珪素薄膜2を形成してもよい。
また、保護および接着性を向上させるために、酸化珪素薄膜2上に、オーバーコート層を形成してもよい。オーバーコート層の材質は、例えば、溶剤溶解性または水溶性のポリエステル樹脂、イソシアネート樹脂、ウレタン樹脂、アクリル系樹脂、ビニルアルコール樹脂、エチレン・ビニルアルコール共重合体(EVOH)樹脂、ビニル変性樹脂、エポキシ樹脂、オキサゾリン基含有樹脂、変性スチレン樹脂、変性シリコン樹脂、およびアルキルチタネート等から選択することができる。これらのいずれかを用いた単独の層によって、あるいは2層以上の積層によってオーバーコート層を構成することができる。
【0041】
バリア性、磨耗性、滑り性等を高めるために、オーバーコート層中にフィラーが含まれていてもよい。フィラーとしては、例えば、シリカゾル、アルミナゾル、粒子状無機フィラー、および層状無機フィラーなどが挙げられる。これらは単独で、または2種以上を組み合わせて用いることができる。前述の樹脂にフィラーを添加し、重合または縮合させることにより得られたオーバーコート層が好ましい。
【0042】
基材1の片面のみに酸化珪素薄膜が設けられる場合、他方の面には、公知の添加剤、例えば帯電防止剤、紫外線吸収剤、または可塑剤などを含む層が設けられてもよい。
【0043】
また、産業資材、包装材料としての適性を考慮して、ガスバリア積層体に別のフィルムを積層することができる。例えば、ポリエチレンテレフタレートなどのポリエステルフィルム、ポリフッ化ビニルフィルムやポリフッ化ジビニルなどのフッ素系樹脂フィルムなどが挙げられる。さらに、これら以外の樹脂フィルムを積層することもできる。
【実施例】
【0044】
以下に、ガスバリア積層体の具体例を示すが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0045】
まず、厚さ12μmのPETフィルムを7種用意し、それぞれ位相差を測定して面配向係数を求めた。位相差の測定に用いた測定装置は、位相差測定装置(王子計測機器社製、KOBRA−WR)である。40mm×40mmの面積について、0〜50°(10°ピッチ)の入射角で位相差を測定した。ここで、PETの平均屈折率は1.57とした。算出された7種類のPETフィルムの面配向係数は、0.138から0.161の間の値であった。
【0046】
それぞれのPETフィルムの一方の面に、電子線加熱方式により酸化珪素を蒸着して、厚さ40nmの薄膜を形成した。こうして、7種類のガスバリア積層体サンプルを得た。各サンプルにおける酸化珪素膜中のO/Siを、X線光電子分光法(XPS)により求めた。
【0047】
測定装置は、X線光電子分光分析装置(日本電子株式会社製、JPS−90MXV)である。X線源として、非単色化MgKα(1253.6eV)を用い、100W(10kV−10mA)のX線出力で測定した。O1sで2.28の相対感度因子を用いた定量分析によりOを求め、Si2pで0.9の相対感度因子を用いた定量分析によりSiを求めて、O/Siが得られた。7種類のサンプルについての(O/Si)は、1.7から2.1の間の値であった。
【0048】
各サンプルについて、それぞれ次のような手法によって、剥離強度および水蒸気透過度を調べた。
【0049】
剥離強度の測定にあたっては、まず、ウレタン系の接着剤を用いて、ガスバリア積層体サンプルの両面に厚さ100μmのPETフィルムを接着してラミネート構造とした。接着されたPETフィルムと酸化珪素薄膜との界面で剥がしきっかけを作って、剥離強度を測定した。引張試験機としては、オリエンテック社製テンシロンRTC−1250を用い、180°剥離して剥離強度を測定した。剥離強度は、2N/15mm以上を合格とした。
【0050】
また、各サンプルを、85℃85%の環境下に1000時間放置し、その前後おける水蒸気透過度(g/m
2/day)を測定して、ガスバリア性の指標とした。測定方法にはモコン法を用い、その際の測定条件は、水蒸気透過度が40℃−90%RHとした。水蒸気透過度は、2g/m
2/day以下を合格とした。
【0051】
得られた結果を、各PETフィルムの面配向係数、酸化珪素における(O/Si)、および判定とともに、下記表1にまとめる。
【表1】
【0052】
上記表1に示されるように、面配向係数が0.157の比較例1では、剥離強度は1.8N/15mmであり、水蒸気透過度は2.36(g/m
2/day)であり、いずれも合格範囲から外れている。また、面配向係数が0.161の比較例2も同様に、剥離強度は1.5N/15mmであり、水蒸気透過度は3.06(g/m
2/day)であり、いずれも合格範囲から外れている。このように、所望の密着性およびバリア性を有するガスバリア積層体を作製することができない。
【0053】
これに対して、実施例1〜5のサンプルでは、いずれも剥離強度は2.6N/15mm以上で、最大では4.3N/15mmにも及んでいる。水蒸気透過度についても、1.68(g/m
2/day)以下であり、1.25(g/m
2/day)といった値も得られている。
【0054】
実施例1〜5のサンプルは、PETフィルムの位相差法による面配向係数が0.135以上0.150以下の範囲内であることから、所望の密着性およびバリア性をガスバリア積層体に付与することが可能となった。
【0055】
以上のように、位相差法による面配向係数が所定の範囲内に規定されたPETフィルムによって、高温高湿環境下でもバリア性、密着性が劣化しにくいガスバリア積層体を提供できる。