【文献】
OKA T. et al.,A simple method for detecting single base substitutions and its application to HLA-DPB1 typing,Nucleic Acids Res.,1994年 5月11日,Vol.22, No.9,pp.1541-1547
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記標準2本鎖核酸を構成する2本の核酸鎖のうち、一方の鎖の3’端部が第1標識物質により、他方の鎖の5’端部が第2標識物質により、それぞれ標識されており、
前記第1標識物質と前記第2標識物質は、互いにエネルギー移動可能な物質であり、
前記第1標識物質及び前記第2標識物質間のエネルギー移動によるエネルギー変化の度合いを測定することにより、前記識別工程における標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との間で鎖置換が生じた程度を測定することを特徴とする請求項1〜7のいずれか記載の遺伝子型の識別方法。
【背景技術】
【0002】
ヒトゲノムの解読、特にSNP(Single Nucleotide Polymorphism)地図を作成する国際ハップマッププロジェクトにより、ヒトゲノムに関する情報は増加の一途をたどっている。さらに、得られたゲノム情報と個人の体質との関連を見出し、遺伝子レベルで個人の体質の違いを把握し、個人の特性に応じた病気の診断・治療・予防や薬剤の投与を可能とする「個人の遺伝情報に応じた医療」(オーダーメード医療)の実現をめざした研究が、世界全体で大規模に展開されている。ここでの遺伝子の違いは、個々人のゲノムの塩基配列上での違いを意味し、その主たる違いは一塩基の違い(SNP)である。また、最近では、短い塩基配列が繰り返される回数(コピー数)の違い(Copy Number Variation:CNV)も、ゲノム全体に広がっていることがわかり、このCNVの違いと病気との関連性も指摘されている。
【0003】
ここで、個人の遺伝子レベルでの違いを把握するためには、各個人の遺伝子型を調べる必要が生じてくる。たとえば、あるSNPでは、その遺伝子型はAA、AG、GGの3種類であることが分かっているとする。Aはアデニン、Gはグアニン塩基を示し、このSNPは、ゲノムのその位置がアデニンの場合とグアニンの場合がある一例である。従って、当該SNPの遺伝子型を識別するための検査は、この3種類の遺伝子型のいずれであるかを決定することになる。すなわち、Aについて0と100のいずれであるか、Gについて0と100のいずれであるか、又は、AとGが50と50であるかどうかを見ればよい。このように、SNP等の生殖細胞変異の検出は、ほぼ定性的な検出といってよく、その方法は比較的容易で簡便な各種方法が実用化されている。
【0004】
一方、がん細胞においては、体細胞のレベルで変異が生じ、その変異ががんの引き金となって異常な増殖につながると考えられている。従って、ある特定の種類のがん細胞では、特定の遺伝子の変異がみられることがあり、当該変異を指標にがん細胞の検出を行うことも可能である。但し、がん細胞は多様性に富み、一種類の変異でがん細胞を特定することは必ずしも容易ではない。
【0005】
また、最近の薬物療法においては、生体内の特定の分子(タンパク質等)を標的とした薬剤が開発され、副作用が少なく、効果が高いものが見出されてきている。これらは分子標的薬と呼ばれ、主にがん治療の領域で活発に開発されている。ごく最近、これら分子標的薬では、標的としている分子のシグナル伝達の下流のタンパク質に変異が生じている場合には当該薬剤の効果が発揮できないこと等が明らかになってきている。この場合、変異を生じているタンパク質をコードする遺伝子の変異を調べることにより、当該薬剤の効果を予測することが可能となってきており、SNP検出とは異なる新たなオーダーメード医療の領域が開けつつある。
【0006】
ここで述べた、がん細胞に特徴的な変異又は分子標的薬に抵抗性を示す変異は、そのほとんどが体細胞変異である。先に述べた生殖細胞変異の場合、どの細胞でも共通の変異が見られるのに対し、体細胞変異では変異を起こした細胞でのみ変異が見られ、変異を起こしていない細胞(通常は正常細胞)では変異は見られない。従って、通常、検体(検査の対象となる試料)中では、変異した細胞と正常細胞が混在する状況となっており、これらの細胞の存在比に応じて、変異した遺伝子と正常の遺伝子が存在することになる。つまり、試料の大部分が正常細胞であって一部変異細胞が含まれる場合、多くの正常な遺伝子中に存在するわずかな変異遺伝子を検出しなければならず、この点が生殖細胞における変異検出と異なる点で、体細胞の遺伝子変異検出をより困難にしている点である。
【0007】
体細胞の遺伝子変異検出法には大きく分けて二つの方法がある。一つは、遺伝子増幅の段階で正常な遺伝子と変異遺伝子を区別する方法であり、具体的には、変異遺伝子のみを特異的に増幅する方法である。
【0008】
たとえば、最も感度がよいとされている方法は、正常な遺伝子のみを制限酵素を用いて切断し、切断されていない変異遺伝子のみを増幅する“mutant−enriched PCR”と呼ばれている方法である(例えば、非特許文献1参照。)。この方法では、変異遺伝子を増幅する反応を繰り返すことにより、正常遺伝子10
6分子中の1分子の変異遺伝子を検出できるとされている(例えば、非特許文献2参照。)。この方法はこのように高感度という点では優れているが、操作はひじょうに煩雑で一般の診断に適用できる方法ではない。
また、PCR等のプライマーの伸張反応において、一塩基の違いを区別して増幅する方法が開発されている。この方法は、“ARMS(amplification refractory mutation system)”(例えば、非特許文献3参照。)、“ASPCR(allele specific PCR)”(例えば、非特許文献4参照。)等と呼ばれている方法である。この方法は、比較的高感度であり、さらに一般的なPCRの増幅反応以外の操作を必要とせず、反応のすべてを閉鎖系で行うことができ、かつ非常に簡便であり、PCRのキャリーオーバーコンタミネーションのない優れた方法である。しかしながら、一度でも一塩基識別を誤って正常遺伝子を増幅した場合、以後の増幅反応において、変異遺伝子の増幅と同じように正常遺伝子も増幅されてしまうため、擬陽性の危険が高い方法とも言える。この方法を用いる場合、反応条件、すなわち反応温度や塩濃度等を厳密に制御する必要があり、また鋳型量も厳密に同じにする必要があり(例えば、非特許文献5参照。)、不特定多数の検体を検査する臨床検査や、高い精度が要求される上に簡便性も求められる診断方法には不向きである。
【0009】
体細胞の遺伝子変異を検出するもう一つの方法は、変異遺伝子と正常遺伝子を同時に増幅し、その後変異遺伝子と正常遺伝子を区別して検出する方法である。増幅された変異遺伝子と正常遺伝子を区別して検出する方法としては、電気泳動を利用する方法、ハイブリダイゼーションを利用する各種方法等がある(例えば、非特許文献5参照。)。しかしながら、ほとんどの方法において、多量の正常遺伝子に含まれる少量の変異遺伝子を精度よく検出することは困難である。例えば、変異遺伝子検出のゴールドスタンダードといわれている方法として、ジデオキシシークエンシング法がある。ジデオキシシークエンシング法は、変異遺伝子を比較的高感度で検出することが可能であるものの、変異遺伝子と正常遺伝子が混在する場合に、変異遺伝子の検出感度は10%程度であり、それほど高感度の検出はできない。その他、ピロシークエンシング法では、5%程度まで検出感度を高めることができ、ジデオキシシークエンシング法より優れていることが報告されている(例えば、非特許文献6参照。)。
また、変異を含む配列をPCRにより増幅し、その生成物の2本鎖DNAの融解曲線を求め、変異遺伝子と正常遺伝子の融解曲線の違いから変異遺伝子の割合を求める方法が開発されている。この方法でも、正常遺伝子に含まれる変異遺伝子を5%程度まで検出できるとされている(例えば、非特許文献7参照。)。
【0010】
その他、同じ塩基配列をもつ2本鎖間での鎖の組み換え反応(鎖置換反応)を利用したPCR−PHFA法が開発された。PCR−PHFA法は、遺伝子型の識別対象であるサンプル(2本鎖核酸)と配列既知の標準2本鎖核酸との間で塩基配列がまったく同じであれば、それぞれの鎖を区別することができず、鎖の組換え(鎖置換)が起こるが、1塩基でも違いがあれば、完全に相補的な塩基配列を持つ鎖同士が優先的に2本鎖を形成するために、サンプルと標準2本鎖核酸との間で組換えが起こらないことを利用した変異検出法である。このPCR−PHFA法を用いることにより、実際の検体から1%程度という高感度で変異遺伝子を検出できることが報告されている(例えば、非特許文献8参照。)。このように、PCR−PHFA法は、検出感度が高く、再現性に優れた方法であるが、操作がやや煩雑であり(例えば、特許文献1参照。)、また、キャリーオーバーコンタミネーション等も問題であった。それらの問題を解決するために、幾つかの改良法が提案されている。
【0011】
例えば特許文献2には、PCR−PHFA法の改良法として、蛍光共鳴エネルギー移動を利用する方法が開示されている。微量の変異遺伝子を高感度で正確に測定するPCR−PHFA法においては、同じ配列をもつ二つの2本鎖核酸の間での鎖の組換えを検出する必要があるが、サンプルの2本鎖核酸は非標識とし、鎖の組換えを起こさせるための配列既知の標準核酸を標識する場合が多い。特許文献2記載の方法では、標準核酸の一方の鎖の5’末端付近に蛍光物質を結合させて標識し、他方の鎖の3’末端付近を別の蛍光物質で標識する。鎖置換反応が起こらず標準核酸が元の2本鎖の場合には、二つの異なる蛍光物質の間での蛍光共鳴エネルギー移動が観察される。これに対して、サンプルの2本鎖核酸との間での鎖置換反応が起こると、蛍光共鳴エネルギー移動は観察されなくなる。従って、この蛍光共鳴エネルギー移動の程度を測定することで鎖の組換えの程度を測定することができる。
【0012】
一方、近年の遺伝子検出技術の進展は著しく、微細加工技術と蛍光検出法を組み合わせた多数の遺伝子発現や変異を同時に検出する方法が開発されており、これらの技術と組み合わせることの可能な変異遺伝子の高感度検出が望まれるところである。さらに、閉鎖系の反応容器中でPCR−PHFAを行うことにより、チューブ内で行うよりもコンタミネーションの危険性は劇的に低減し、簡便で迅速な核酸検査への応用が可能である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明において遺伝子変異とは、同一生物種の個体間において存在する遺伝子の塩基配列の相違を意味し、変異部位とは、塩基配列中の相違する部位を意味する。具体的には、塩基配列中の1又は複数の塩基が置換・欠失・挿入されていることにより、塩基配列の相違は生じる。すなわち、本発明において遺伝子変異とは、体細胞変異等のように後天的な変異に加えて、SNPやマイクロサテライト多型等の遺伝子多型のような先天的な変異も含む。
【0023】
本発明の遺伝子型の識別方法において、標準2本鎖核酸とは、識別対象である試料由来の2本鎖核酸と競合的に鎖を置換させる塩基配列既知の2本鎖核酸を意味する。具体的には、標準2本鎖核酸は、対象の遺伝子の変異部位を含む部分領域であって、変異部位が特定の遺伝子型である配列と同一の塩基配列を含む2本鎖核酸である。この標準2本鎖核酸と試料由来の2本鎖核酸との間で鎖置換反応が起こった場合には、当該試料中に含まれている遺伝子は、標準2本鎖核酸と同一の遺伝子型であり、鎖置換反応が起こらなかった場合には、標準2本鎖核酸とは異なる遺伝子型であると識別することができる。
【0024】
本発明の遺伝子型の識別方法は、遺伝子変異における遺伝子型をPCR−PHFA法を用いて識別する際に、競合的鎖置換反応中に生じるポリメラーゼによる伸長反応を阻害することにより、競合的鎖置換反応における塩基配列の識別感度及び精度を改善させる方法である。伸長反応を阻害することにより、塩基配列の識別感度が改善できる理由は明らかではないが、下記のように推察される。
【0025】
従来のPCR−PHFA法では、試料中の核酸を鋳型として非標識のプライマーを用いて核酸増幅反応を行い、得られた増幅産物を、精製を行うことなく、鎖の組換えを起こさせるための配列既知の標識された標準2本鎖核酸と混合し、競合的鎖置換反応を行い、試料由来の非標識核酸と標識された標準2本鎖核との間に生じた鎖置換反応の程度を測定することにより、試料中の遺伝子の遺伝子型が、標準2本鎖核酸と同一か否かを識別している。ここで、核酸増幅反応の反応液中には、DNAポリメラーゼやプライマー等の核酸の伸長反応を行うための試薬が含まれているが、これらの試薬もその活性を維持したまま、核酸増幅産物と同時に標準2本鎖核酸と混合されることになる。核酸増幅反応に用いたプライマーは、標準2本鎖核酸ともハイブリダイズし得ることから、例えば、未精製の核酸増幅産物と標準2本鎖核酸とを混合して熱変性し、徐々に温度を下降させて競合的鎖置換反応を行うと、温度条件がポリメラーゼによる伸長反応に適した温度になった時点で、標準2本鎖核酸にプライマーがハイブリダイズして新たな伸長生成物が生じてしまう。
【0026】
試料に含まれていた遺伝子の遺伝子型と、標準2本鎖核酸の遺伝子型が同じ場合は、この伸長生成物は試料由来の非標識核酸と同じ遺伝子型となる。つまり、競合的鎖置換反応中にポリメラーゼによる伸長反応が起こったとしても、それは試料由来の非標識核酸と同じ遺伝子型をもつ非標識の核酸が合成されるに過ぎず、結果にはほとんど影響を及ぼさないと考えられる。これに対して、試料に含まれていた遺伝子の遺伝子型と、標準2本鎖核酸の遺伝子型が異なる場合には、競合的鎖置換反応中に伸長反応が生じることにより、試料には含まれていなかった遺伝子型をもつ非標識の核酸が新たに合成され、反応液中に存在することになる。この非標識の核酸は、標準2本鎖核酸を鋳型としていることから、標準2本鎖核酸とまったく同じ塩基配列を持つものであり、変性により1本鎖となった標準2本鎖核酸由来の核酸鎖同士が元の2本鎖に戻るのと競合してしまうことになる。
【0027】
図1は、競合的鎖置換反応中にポリメラーゼによる伸長反応が生じた場合の識別感度への影響を模式的に示した図である。なお、図中、「○」は蛍光標識を、「●」はエネルギー移動によりこの蛍光標識から発される蛍光を消光する消光剤標識を示す。
【0028】
図1に示す反応系では、蛍光標識から発される蛍光を検出することにより、試料由来の2本鎖核酸(サンプル)の遺伝子型が、標識された標準2本鎖核酸(標識標準DNA)の遺伝子型と同一であるか否かを識別する。競合的鎖置換反応後の反応液から、蛍光標識から発される蛍光が検出されなかった場合には、鎖置換が起こらず標識標準DNAが元に戻った、つまり、サンプルは標識標準DNAとは異なる遺伝子型であると識別される。一方、蛍光が検出された場合には、鎖置換が起こり、標識標準DNAが元に戻らなかった、つまり、サンプルは標識標準DNAと同じ遺伝子型であると識別される。
【0029】
図1中、上段(A)が、試料に含まれていた遺伝子の遺伝子型と、標識された標準2本鎖核酸(標識標準DNA)の遺伝子型が同じ場合を説明したものである。核酸増幅反応により得られた試料由来の2本鎖核酸(サンプル)が20個あり、これに、1個の標識標準DNAを混合して競合的鎖置換反応を行った場合、競合的鎖置換反応中に伸長反応が生じなかった場合には、競合的鎖置換反応後に標識標準DNAが元に戻る確率は1/21である。一方、競合的鎖置換反応中に伸長反応が生じ、1個の標識標準DNAと同じ塩基配列をもつ非標識の2本鎖核酸が産生されると、競合的鎖置換反応後に標識標準DNAが元に戻る確率は1/22となる。このように、伸長反応が生じることにより、標識標準DNAが元に戻る確率は低下するものの、遺伝子型の識別感度に大きな影響はない。
【0030】
図1中、下段(B)が、試料に含まれていた遺伝子の遺伝子型と、標識された標準2本鎖核酸(標識標準DNA)の遺伝子型が異なる場合を説明したものである。図中、「◆」が標識標準DNA中の変異部位(サンプルと異なる塩基)を示す。上段(A)と同様に、20個のサンプルに1個の標識標準DNAを混合して競合的鎖置換反応を行った場合、競合的鎖置換反応中に伸長反応が生じなかった場合には、標識標準DNAはサンプルとはハイブリダイズしないため、競合的鎖置換反応後に標識標準DNAが元に戻る確率は1である。一方、競合的鎖置換反応中に伸長反応が生じ、1個の標識標準DNAと同じ塩基配列をもつ非標識の2本鎖核酸が産生されると、この新たに産生された伸長産物は標識標準DNAと競合的にハイブリダイズするため、競合的鎖置換反応後に標識標準DNAが元に戻る確率は1/2と顕著に低下してしまう。その結果、競合的鎖置換反応の前(変性後)の1本鎖の状態の蛍光値と競合的鎖置換反応後の2本鎖状態の蛍光値との変化量が小さくなり、これが感度の低下につながる。
【0031】
また、PCR−PHFA法においては、標識した標準2本鎖核酸と、非標識の試料由来の2本鎖核酸との間の鎖置換を利用することが根本原理であり、反応中に試料に由来しない非標識の核酸が生成することは、精度からして好ましくないことである。例えば、
図1の下段(B)に示すように、新たに産生された伸長産物と標識標準DNAとの間で鎖置換が起こると、競合的鎖置換反応後の反応液から蛍光が検出され、サンプルは標識標準DNAと同じ遺伝子型であると誤って識別されてしまう。つまり、競合的鎖置換反応中に伸長反応が生じることにより、遺伝子型の識別精度も低下することになる。
【0032】
競合的鎖置換反応中に、核酸増幅反応の反応液から持ち込まれたポリメラーゼによる伸長反応が起こり、この結果、核酸の塩基配列の識別精度及び感度が低下することは、本発明者らにより初めて見出された知見である。本発明はこの知見に基づき、競合的鎖置換反応中のポリメラーゼによる伸長反応を抑制することにより、識別精度及び感度を改善する。
【0033】
本発明の遺伝子型の識別方法は、具体的には、試料に含まれる遺伝子中の変異部位を含む領域を核酸増幅反応により増幅し、試料2本鎖核酸を含有する増幅反応液を得る核酸増幅工程と、標識物質により標識されている標準2本鎖核酸と前記核酸増幅工程で得られた増幅反応液とを混合して、ポリメラーゼによる伸長反応が抑制された条件で競合的鎖置換反応を行い、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との間で鎖置換が生じた程度を測定することにより、前記標準2本鎖核酸と前記試料2本鎖核酸との同一性を識別する識別工程とを有する。
【0034】
本発明の識別方法に供される試料としては、例えば、細菌、ウィルス等の病原体、ヒト等の生体から分離された血液、唾液、組織病片等、或いは糞尿等の排泄物が挙げられる。更に、出生前診断を行う場合は、羊水中に存在する胎児の細胞や、試験管内での分裂卵細胞の一部を検体とすることもできる。また、これらの試料は直接、又は必要に応じて遠心分離操作等により沈渣として濃縮した後、例えば、酵素処理、熱処理、界面活性剤処理、超音波処理、或いはこれらの組み合わせ等による細胞破壊処理を予め施したものを使用することができる。この場合、上記細胞破壊処理は、目的とする組織由来の核酸を顕在化させる目的で行われる。なお、細胞破壊処理の具体的な方法は、PCRプロトコルス・アカデミック・プレス・インク(PCR PROTOCOLS Academic Press Inc.,p14、p352(1990))等の文献に記載された公知の方法に従って行うことができる。また、試料中の核酸は、トータル量で5〜50ng程度であることが好ましいが、5ng以下でも充分増幅可能である。
【0035】
本発明の識別方法において識別対象とする変異部位としては、がん関連遺伝子、遺伝病に関連する遺伝子、ウィルス遺伝子、細菌遺伝子及び病気のリスクファクターと呼ばれる多型性を示す遺伝子等に存在するものが挙げられる。がん関連遺伝子としては、例えばK−ras遺伝子、N−ras遺伝子、p53遺伝子、BRCA1遺伝子、BRCA2遺伝子、又はAPC遺伝子等が挙げられる。遺伝病に関連する遺伝子としては、各種先天性代謝異常症等との関連が報告されている遺伝子等が挙げられる。ウィルス遺伝子、細菌遺伝子としては、例えばC型肝炎ウィルス、B型肝炎ウィルス等の遺伝子が挙げられる。多型性を示す遺伝子としては、例えば、HLA(Human Leukocyte Antigen)や血液型に関する遺伝子のように、病気等の原因とは必ずしも直接は関係のない、個体によって異なる塩基配列を持つ遺伝子や、高血圧、糖尿病等の発症に関係するとされている遺伝子等が挙げられる。これらの遺伝子は、その大部分が宿主の染色体上に存在するが、ミトコンドリア遺伝子にコードされている場合もある。
【0036】
本発明においては、まず、核酸増幅工程として、試料に含まれる遺伝子中の変異部位を含む領域を核酸増幅反応により増幅し、試料2本鎖核酸を調製する。核酸増幅反応としては、変異部位を含む領域を2本鎖核酸として増幅可能な反応であれば、特に限定されるものではなく、PCR法、LCR(Ligase Chain Reaction)法、3SR(Self−sustained Sequence Replication)法、SDA(Strand Displacement Amplification)法等の公知の核酸増幅反応の中から適宜選択して用いることができる(Manak,DNA Probes 2nd Edition p255〜291,Stockton Press(1993))。本発明においては、特にPCR法が好適である。
【0037】
例えば、変異部位を含む増幅する領域を挟むようにプライマーを設計し、ポリメラーゼを用いたプライマーの伸長反応を繰り返し行うことにより、試料2本鎖核酸を調製することができる。この伸長反応に用いられるdNTP、ポリメラーゼ等の試薬は、核酸増幅を行う場合に通常用いられている試薬の中から、適宜選択して用いることができる。例えば、ポリメラーゼとしては、E.coliDNAポリメラーゼI、E.coliDNAポリメラーゼIのクレノウ断片、T4 DNAポリメラーゼ等の任意のDNAポリメラーゼを用いることができるが、特にTaq DNAポリメラーゼ、Tth DNAポリメラーゼ、Vent DNAポリメラーゼ等の熱安定性DNAポリメラーゼを用いることが好ましい。これによりサイクル毎に新たな酵素の添加の必要性がなくなり、自動的にサイクルを繰り返すことが可能になる。更にアニーリング温度を50〜60℃に設定することが可能なため、プライマーによる標的塩基配列認識の特異性を高めることができ、迅速かつ特異的に遺伝子増幅反応を行うことができる(詳細については特開平1−314965号公報、特開平1−252300号公報参照)。また、この伸長反応を行う際の反応条件等の具体的な方法については、実験医学第8巻第9号(羊土社、(1990))、PCRテクノロジー・ストックトン・プレス(PCR Technology Stockton press)(1989)等の文献に記載された公知の方法に従い行うことができる。
【0038】
試料2本鎖核酸は、遺伝子型が標準2本鎖核酸と同一であった場合に、標準2本鎖核酸と鎖置換反応が起こるように、遺伝子中の変異部位を含む領域を増幅したものであればよく、その両末端は標準2本鎖核酸の両末端と必ずしも等しくなくてもよい。例えば、試料2本鎖核酸と標準2本鎖核酸の鎖長の違いは、両末端それぞれ10塩基以内程度であってもよい。本発明においては、変異部位が1塩基のみである場合の識別精度をより向上させることができるため、試料2本鎖核酸は、変異部位を含む遺伝子中の領域のうち、標準2本鎖核酸と完全に同一の領域を核酸増幅して得られた2本鎖核酸であることが好ましい。
【0039】
次いで、識別工程として、標準2本鎖核酸と前記核酸増幅工程で得られた増幅反応液とを混合して、ポリメラーゼによる伸長反応が抑制された条件で競合的鎖置換反応を行い、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との間で鎖置換が生じた程度を測定することにより、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との同一性を識別する。
【0040】
伸長反応を防ぐ第1の方法として、競合的鎖置換反応の反応液に伸長反応阻害剤を添加する方法がある。競合的鎖置換反応の反応液に伸長反応阻害剤を添加することにより、その他の特段の作業を要することなく、競合的鎖置換反応中の伸長反応を阻害することができる。ここで、伸長反応阻害剤とは、伸長反応に必要なポリメラーゼ、ヌクレオチド三リン酸、又はプライマーを直接、分解させることなく、伸長反応を阻害する作用を有する化合物であれば特に限定されるものではなく、核酸増幅反応において用いたポリメラーゼの種類等を考慮して、伸長反応阻害作用を有する公知の化合物の中から適宜選択して用いることができる。このような伸長反応阻害剤としては、例えば、キレート剤やDNA合成阻害剤等が挙げられる。
【0041】
例えば、PCRにおいて汎用されているポリメラーゼは、その酵素活性がイオン濃度、特に2価イオン濃度に影響され易い。例えば、マグネシウムイオンはDNAポリメラーゼが活性を発揮するためには必須の二価の金属イオンである。このため、競合的鎖置換反応の反応液に、ポリメラーゼ活性を抑制可能な濃度のキレート剤を添加することにより、伸長反応を効果的に阻害することができる。なお、マグネシウムイオンを物理的に除く方法もあるが、操作が煩雑である。キレート剤は、単に競合的鎖置換反応の反応液に添加するだけでよく、簡便であり、また以降のPCR−PHFA反応に及ぼす影響も小さいと考えられる。
【0042】
キレート剤としてはEDTA、CDTA、DTPA等がある。キレート剤の添加量は、キレート剤の種類、ポリメラーゼの種類等を考慮して、実験的に求めることが可能である。例えば、キレート剤としてEDTAを使用した場合には、競合的鎖置換反応の反応液中のEDTA濃度が15mM以上となるように添加することが好ましい。好ましいEDTA濃度の範囲は、15mM〜100mMであり、より好ましい範囲は25mM〜50mMである。
【0043】
その他、競合的鎖置換反応の反応液に、酵素の阻害物質を添加することによっても、伸長反応を阻害することができる。一般的にDNAポリメラーゼの活性を阻害するものとしてはDNA合成阻害剤がある。DNA合成阻害剤は、DNAポリメラーゼに結合してその活性を阻害するものと、DNAに結合して合成阻害するものの2種類に大別される。本発明においては、DNAに結合するものを使用した場合には、PCR−PHFAの反応そのものを阻害する可能性がある。このため、DNAポリメラーゼに結合するDNA合成阻害剤を使うことが好ましい。また、DNAポリメラーゼと結合する負イオン性のタンパク質を添加することによってもDNAポリメラーゼの活性を阻害することもできる。すなわち、ポリメラーゼと結合する負イオン性のタンパク質も伸長反応阻害剤として用いることができる。
【0044】
伸長反応を防ぐ第2の方法として、核酸増幅反応後の増幅反応液を熱処理する方法がある。核酸増幅反応後の増幅反応液を熱処理することにより、増幅反応液に含まれているポリメラーゼを失活させることができる。一般的にはPCR反応には耐熱性のDNAポリメラーゼが用いられるが、これらのポリメラーゼは、95℃以上で10分間以上処理することにより活性を失う場合が多い。耐熱性DNAポリメラーゼの熱による安定性は酵素によって異なるため、熱処理の温度及び時間は、核酸増幅反応において用いた酵素の種類を考慮して、適宜設定することができる。たとえば、汎用されているTaq DNAポリメラーゼは、耐熱性DNAポリメラーゼの中では比較的耐熱性が低く、このような酵素を用いてPCR反応を行ったものを試料とする場合は、比較的容易に熱処理により新たな伸長反応を防ぐことが可能である。
【0045】
増幅反応液の熱処理は、競合的鎖置換反応前に行えばよく、標準2本鎖核酸との混合前に行ってもよく、混合後に行ってもよい。混合後に行う場合には、この熱処理により、標準2本鎖核酸及び試料2本鎖核酸の両方を変性することができるため、別途変性操作を行わなくてもよい。
【0046】
伸長反応を防ぐ第3の方法として、増幅反応液中の伸長反応に必要な物質等を分解又は失活(変性)させる方法がある。具体的には、増幅反応液を1本鎖核酸分解処理又はヌクレオチド三リン酸分解処理する方法が挙げられる。
【0047】
増幅反応液中には、伸長反応に必要なプライマーが残留しており、これが標準2本鎖核酸にハイブリダイズして伸長反応が引き起こされる。そこで、増幅反応液を1本鎖核酸分解処理し、このプライマーを分解することによって、伸長反応を抑制することができる。1本鎖核酸分解処理は、具体的には、増幅反応液に1本鎖特異的ヌクレアーゼを添加して酵素反応を行うことができる。なお、増幅反応液中には、試料2本鎖核酸も含まれているが、これは2本鎖核酸であるため、1本鎖特異的ヌクレアーゼにより、プライマーのみを選択的に分解し、プライマーとしての機能を失わせることができる。
【0048】
1本鎖核酸分解処理は、競合的鎖置換反応前に行えばよく、標準2本鎖核酸との混合前に行ってもよく、混合後に行ってもよい。標準2本鎖核酸も1本鎖特異的ヌクレアーゼによっては分解されないためである。但し、競合的鎖置換反応の変性処理前には、競合的鎖置換反応の反応液中の1本鎖特異的ヌクレアーゼ活性は失活している必要がある。変性処理により1本鎖となった試料2本鎖核酸及び標準2本鎖核酸の分解を防止するためである。このため、1本鎖核酸分解処理には、2本鎖核酸が変性する高温下では失活してしまうような1本鎖特異的ヌクレアーゼを用いることが好ましい。そのようなnucleaseとしては、エキソヌクレアーゼI、エキソヌクレアーゼT、マングビーンヌクレアーゼ等がある。
【0049】
また、増幅反応液中には、伸長反応に必要な基質である4種類のデオキシ三リン酸も残存している。これらはデオキシ一リン酸に分解されてしまうとその基質としての活性を失ってしまう。そこで、増幅反応液をヌクレオチド三リン酸分解処理し、デオキシ三リン酸をデオキシ一リン酸にまで分解することによって、伸長反応を抑制することができる。デオキシ三リン酸をデオキシ一リン酸に変換する酵素としては、アピラーゼ等がある。
【0050】
ポリメラーゼによる伸張反応を防ぐためには、核酸増幅反応により生成した2本鎖核酸を精製し、その後PCR−PHFA反応を行えばよいと考えられる。しかしながら、精製には手間がかかり、また増幅物の飛散による汚染の原因となりやすく診断の現場に適した方法とはいえない。本発明においては、前述する3つの方法のように、より簡単な操作で新たな伸長反応を抑制することができる。
【0051】
競合的鎖組み換え反応は、相同な塩基配列を持つ2本鎖核酸と1本鎖核酸との間、或いは相同な塩基配列を持つ2本鎖核酸と2本鎖核酸との間で起こる競合的な核酸鎖の置換反応(コンペティティブハイブリダイゼーション)であり、標準2本鎖核酸及び試料2本鎖核酸を変性した後、アニーリングすることにより行うことができる。
【0052】
標準2本鎖核酸及び試料2本鎖核酸を変性する方法としては、加熱による方法又はアルカリによる方法が好ましい。本発明においては、簡便であることから、加熱により変性させることが好ましい。具体的には、2本鎖核酸を、90〜100℃、好ましくは95〜100℃に一定時間加熱することにより、変性させることができる。なお、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸とを混合する時期は、変性直前であってもよく、変性後であってもよい。
【0053】
変性させた標準2本鎖核酸及び試料2本鎖核酸をアニーリングさせる場合には、反応液中の塩濃度が最適になるように調製することが好ましい。最適な塩濃度は、一般的には鎖長に依存する。一般に、ハイブリダイゼーションにおいては、SSC(20×SSC:3M塩化ナトリウム、0.3Mクエン酸ナトリウム)やSSPE(20×SSPE:3.6M塩化ナトリウム、0.2Mリン酸ナトリウム、2mM EDTA)が使われており、本発明の識別方法においても、これらの溶液を好適な濃度に希釈して使用することができる。また、必要に応じてジメチルスルフォキシド(DMSO)、ジメチルフォルムアミド(DMF)等の有機溶媒を添加することもできる。
【0054】
加熱により変性させた場合には、反応液の温度を、高温(一般的には、変性温度であり、例えば、90〜100℃の範囲のいずれかの温度)から徐々に下げることにより、アニーリングを行い、競合的鎖組み換え反応を行うことができる。反応液の降温速度や反応終了時点の反応液の温度等の条件は、標準2本鎖核酸及び試料2本鎖核酸の鎖長や塩基配列に応じて適宜設定することができる。反応液の温度低下がゆっくりであるほど、非相補的な塩基配列を有する1本鎖同士がハイブリダイズする確率を低減することができる。例えば、98〜50℃の範囲で0.1℃/分〜0.3℃/分の速度、より好ましくは98〜70℃の範囲で0.1℃/分の速度で温度を下げることにより、精度よく競合的鎖組み換え反応を行うことができる。
【0055】
本発明においては、標準2本鎖核酸を標識物質により標識し、試料2本鎖核酸は非標識のものを調製する。標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との間で鎖置換が生じた程度は、当該標識を指標として測定することができる。例えば、標準2本鎖核酸を構成する2本の核酸鎖のうち、一方の鎖をある標識物質で標識し、他方の鎖を別の標識物質で標識する。この場合、鎖置換反応が起こらなかった場合には、2種類の標識物質は全て同じ分子から検出される。一方、鎖置換反応が起こった場合には、2種類の標識物質のうちのいずれか一方のみ検出される分子が存在する。よって、反応液中の2本鎖核酸の各分子がいずれの標識物質で標識されているかを検出することにより、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との間で鎖置換が生じた程度を測定することができる。
【0056】
標識物質としては、非放射性、放射性物質のどちらを用いてもよいが、好ましくは非放射性物質が用いられる。非放射性の標識物質としては、直接標識可能なものとして蛍光物質[例えばフルオレッセイン誘導体(フルオレッセインイソチオシアネート等)、ローダミン及びその誘導体(テトラメチルローダミンイソチオシアネート等)]、化学発光物質(例えばアクリジン等)等が挙げられる。また、標識物質と特異的に結合する物質を利用することにより、間接的に標識物質を検出することができる。このような標識物質としては、ビオチン、リガンド、特定の核酸あるいはタンパク質ハプテン等が挙げられる。そして、標識物質と特異的に結合する物質としては、ビオチンの場合にはこれに特異的に結合するアビジンあるいはストレプトアビジンが、ハプテンの場合はこれに特異的に結合する抗体が、リガンドの場合はレセプターが、特定の核酸あるいはタンパク質の場合はこれと特異的に結合する核酸、核酸結合タンパク質あるいは特定のタンパク質と親和性のあるタンパク質等が利用できる。 上記ハプテンとしては2,4−ジニトロフェニル基を有する化合物やジゴキシゲニンを使うことができ、更にはビオチンあるいは蛍光物質等もハプテンとして使用することができる。これらの標識物質は、いずれも単独又は必要があれば複数種の組み合わせで公知の手段(特開昭59−93099号公報、特開昭59−148798号公報、特開昭59−204200号公報参照。)により、導入することができる。
【0057】
また、標準2本鎖核酸を標識する2種類の標識物質のうち、いずれかの標識物質を固相担体に結合可能な物質とした場合には、汎用されている固液分離作業を行うことにより、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との間で鎖置換が生じた程度を測定することができる。例えば、標準2本鎖核酸の一方の鎖を標識物質Aで標識し、他方の鎖を固相担体に結合可能な標識物質Bで標識し、鎖置換反応後の反応液を標識物質Bが結合可能な固相担体に接触させる。その後、当該固相担体に結合している2本鎖核酸中の標識物質Aを測定する。鎖置換反応が起こった場合には、固相担体に結合している2本鎖核酸中の標識物質Aにより標識されている2本鎖核酸の割合が減少する。
【0058】
特に、本発明においては、互いにエネルギー移動可能な2種類の標識物質(例えば、励起により蛍光を発生するドナー標識物質と、その蛍光を吸収するアクセプター標識物質)を用いて、これらの標識物質間のエネルギー移動によるエネルギー変化の度合いを指標として、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との間で鎖置換が生じた程度を測定することが好ましい。
【0059】
本発明における標識物質間のエネルギー移動とは、エネルギーを発生するドナー標識物質とこのドナー標識物質から発生したエネルギーを吸収するアクセプター標識物質との少なくとも2種の標識物質が、互いに近接した状態にある場合に、ドナー標識物質からアクセプター標識物質へのエネルギーの移動をいう。例えば、2種の標識物質が蛍光物質である場合、ドナー標識物質を励起して生じる蛍光をアクセプター標識物質が吸収し、このアクセプター標識物質が発する蛍光を測定する。又はドナー標識物質を励起して生じる蛍光をアクセプター標識物質が吸収することにより起こるドナー標識物質の消光を測定することができる(PCR Methods and applications 4,357−362(1995)、Nature Biotechnology 16,49−53(1998))。なお、ドナー標識物質の蛍光波長とアクセプター標識物質の吸収波長に重なりがなくてもエネルギー移動が起こる場合があるが、このようなエネルギー移動も本発明に含まれる。
【0060】
具体的には、標準2本鎖核酸として、構成する2本の核酸鎖のうち、一方の鎖の3’端部を第1標識物質により標識し、他方の鎖の5’端部を第1標識物質と互いにエネルギー移動可能な第2標識物質により標識したものを用いる。第1標識物質と第2標識物質のいずれがドナー標識物質であってもよい。この標準2本鎖核酸は、第1標識物質と第2標識物質が近接した状態にあるため、エネルギー移動が生じる。一方、試料2本鎖核酸との間で競合的鎖置換反応が起こると、鎖の置換が起こった2本鎖核酸では、第1標識物質と第2標識物質とが離れているため、エネルギー移動が生じず、反応液中のエネルギー移動が生じた2本鎖核酸の割合が減少する。そこで、第1標識物質又は第2標識物質から発されるエネルギー(蛍光物質である場合には蛍光強度)を測定することにより、エネルギー移動によるエネルギー変化の度合いを測定し、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との間で鎖置換が生じた程度を測定することができる。
【0061】
遺伝子型が異なる(変異部の塩基配列が相違する)核酸鎖同士に比べて、遺伝子型が同一の(完全に相補的な塩基配列を持つ)核酸鎖同士のほうがより優先的に2本鎖を形成する。このため、これに伴って標識物質間でのエネルギー移動によるエネルギー変化の度合、すなわち、鎖置き換え反応によって生じたり消失したりするエネルギー移動の変化の度合を任意の検出器を用いて測定することにより、試料中に含まれていた遺伝子の変異部位の遺伝子型が、標準2本鎖核酸と同一であるかどうかや、試料中に含まれていた標準2本鎖核酸と同一の遺伝子型の割合を検出することができる。例えば、検出に蛍光エネルギー移動を利用する場合には、分光蛍光光度計、蛍光プレートリーダーなどで特定波長の蛍光スペクトルを測定することにより、標準2本鎖核酸と同一の遺伝子型を持つ遺伝子の有無や割合を容易に検出することができる。
【0062】
図2A及び
図2Bは、一方の鎖の3’端部をドナー標識物質により標識し、他方の鎖の5’端部をアクセプター標識物質により標識した標準2本鎖核酸と、非標識の試料2本鎖核酸とを混合し、変性後、徐々に温度を降下させた場合の、ドナー標識物質の蛍光強度の挙動(
図2A)及びアクセプター標識物質の蛍光強度の挙動(
図2B)を模式的に示した図である。図中、「マッチ」は、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸の遺伝子型が同一である場合、「ミスマッチ」は、互いに遺伝子型が異なる場合の挙動である。
【0063】
このように、標識物質間のエネルギー移動によるエネルギー変化の度合いを測定することによって、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との間で鎖組み換えが生じた程度を測定することにより、固液分離作業等の煩雑な作業を要することなく、迅速かつ簡便に標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸との同一性を識別することができる。しかも、両標識物質を、互いに近接する3’端部と5’端部とに導入することにより、鎖の置き換えが生じた程度を正確かつ確実に捕えることができる上、標準2本鎖核酸又は試料2本鎖核酸が鎖の長い遺伝子断片であっても、常に良好な感度をもって正確かつ確実に相補鎖の置換の程度を測定し得、遺伝子型の同一性を正確かつ安定的に識別することができる。特に、従来の煩雑な固液の分離作業を必要としない簡易な方法であることから、自動化も可能となり、最前線の医療現場での要望に応えることができる。
【0064】
第1標識物質又は第2標識物質として用いることができる標識物質としては、互いに近接した状態でエネルギー移動可能なものであれば特に制限されないが、中でも蛍光物質、遅延蛍光物質が好ましく、場合によっては化学発光物質、生物発光物質等を用いることもできる。このような標識物質の組み合せとしては、フルオレセイン及びその誘導体(例えばフルオレセインイソチオシアネート等)とローダミン及びその誘導体(例えばテトラメチルローダミンイソチオシアネート、テトラメチルローダミン−5−(and−6−)ヘキサノイックアシッド等)との組み合わせ、フルオレセインとダブシルとの組み合わせ等が挙げられ、これらの中から任意の組み合わせを選択することができる(Nonisotopic DNA Probe Techniques.Academic Press(1992))。その他、近接させた場合に熱エネルギーの放出が生じる組み合わせの分子であってもよい。このような標識物質の組み合わせとしては、Alexa Fluor(登録商標)488(インビトロジェン社製)、ATTO 488(ATTO-TEC GmbH社製)、Alexa Fluor(登録商標)594(インビトロジェン社製)、及びROX(Carboxy-X-rhodamine)からなる群より選択される1とBHQ(登録商標、Black hole quencher)−1又はBHQ(登録商標)−2との組み合わせ等が挙げられる。
【0065】
標準2本鎖核酸に第1標識物質又は第2標識物質を導入する方法としては、一般的な核酸への標識導入方法を採用することができる。例えば、標識物質を核酸に直接化学的に導入する方法(Biotechniques 24,484−489(1998))、DNAポリメラーゼ反応あるいはRNAポリメラーゼ反応により標識物質結合モノヌクレオチドを導入する方法(Science 238,336−3341(1987))、標識物質を導入したプライマーを用いてPCR反応を行うことにより導入する方法(PCR Methods and Applications 2,34−40(1992))等が挙げられる。
【0066】
標準2本鎖核酸に標識物質を導入する位置は、鎖置き換え反応によりエネルギー移動が生じたり、消失する位置、すなわち、核酸鎖の3’端部及び/又は5’端部である必要がある。具体的には、本発明において、5’端部及び3’端部とは、核酸鎖の5’末端及び3’末端からそれぞれ30塩基以内の範囲を示すが、両方の標識物質が近ければ近いほどエネルギー移動を起こし易いため、好ましくはそれぞれの末端から10塩基以内であり、最も好ましくは5’末端及び3’末端である。ここで、標識物質を相補鎖とハイブリダイズする塩基部分に多数導入すると1塩基程度の置換が検出できなくなる可能性があるため、それぞれの核酸鎖の端部分のみに導入することが好ましい。例えば、2種の標識物質の一方を一方の核酸鎖の5’端部(3’端部)に導入すると共に、これと相補的な他方の核酸鎖の3’端部(5’端部)に他方の標識物質を導入することにより、ハイブリダイゼーション反応に影響を与えることなく、両核酸鎖は鎖置き換え反応により、エネルギー移動を生じたり、消失したりする。
【0067】
具体的には、5’端部に標識を有する核酸鎖を調製するには、5’端部に標識物質が導入されたオリゴヌクレオチドと任意の核酸鎖をリガーゼにより結合させる方法(Nucleic Acids Res.25,922−923(1997))、あるいは5’端部に標識物質が導入されたプライマーを用いてPCR反応を行う方法(PCR Methods and Applications 2,34−40(1992))等が挙げられる。
【0068】
一方、3’端部に標識を有する核酸鎖を調製するには、上記5’端部に標識物質を導入する場合と同様に、3’端部に標識物質が導入されたオリゴヌクレオチドと任意の核酸鎖をリガーゼにより結合させる方法がある。なお、核酸鎖がDNAではなくRNAであったり、DNAの3’端部がRNAである場合には、その末端のRNAの糖(リボース)部を選択的に開環させて、生じたアルデヒド基を利用して標識することもできる。
【0069】
さらに、標識物質を導入したモノヌクレオチド三リン酸を、ターミナルデオキシヌクレオチジルトランスフェラーゼの働きにより核酸鎖の3’端部に導入することもできる(Biotechniques 15,486−496(1993))。
【0070】
標準2本鎖核酸が100塩基以下の比較的短い核酸鎖である場合には、直接化学合成により標識核酸を調製することもできる(Nucleic Acids Res.16,2659−2669(1988)、Bioconjug.Chem.3,85−87(1992))。
【0071】
なお、標準2本鎖核酸は、変異部位が所望の遺伝子型である塩基配列が既知の核酸を鋳型として核酸増幅反応を行うことにより調製することができる。この際の核酸増幅反応は、試料2本鎖核酸を調製する場合と同様に、公知の核酸増幅反応の中から適宜選択して用いることができる。本発明においては、特にPCR法が好適である。さらに、核酸増幅反応したものを、プラスミドベクター、ファージベクター、又はプラスミドとファージのキメラベクターから選ばれるベクターに組み込み、大腸菌、枯草菌等の細菌あるいは酵母等の増殖可能な任意の宿主に導入して大量に調製することもできる(遺伝子クローニング)。
【0072】
また、標準2本鎖核酸は、例えば、公知の化学合成によっても調製することができる。化学合成法としては、トリエステル法、亜リン酸法等が挙げられる。例えば、液相法又は不溶性の担体を使った固相合成法等を利用した通常の自動合成機(APPLIED BIOSYSTEMS社392等)を使用して1本鎖のDNAを大量に調製し、その後アニーリングを行うことにより2本鎖DNAを調製することができる。
【0073】
標識物質間のエネルギー移動によるエネルギー変化の度合いの測定は、一般的に、標識物質から発される蛍光を測定することにより行われるが、この蛍光測定は、多数の検体を同時に測定でき、しかも多彩な温度制御ができるいわゆるリアルタイムPCR装置等を使う場合が多い。しかしながら、このような装置では、検出ごとの蛍光測定精度は必ずしも高くなく、ウェルごとのバラツキが大きくなる場合が多い。また、添加する標準2本鎖核酸の添加量のバラツキも、測定精度に大きな影響を与える要因となり得る。従って、定量的な測定を行う場合には、それら測定間でのバラツキを補正することが好ましい。
【0074】
蛍光共鳴エネルギー移動を利用した検出法においては、一般的に、ドナーとなる蛍光物質とアクセプターとなる蛍光物質の両方の蛍光値の比を求めることにより、測定間のバラツキを補正する方法が行われている。すなわち、ドナーを励起して生じる蛍光と、ドナーからのエネルギー移動で励起されて発光したアクセプターの蛍光との両方を測定し、その比を求める方法である。そこで、本発明者らは、本発明の遺伝子型の識別方法において、標識物質間のエネルギー移動によるエネルギー変化の度合いを測定する際に、鎖組み換え反応後(エンドポイント)におけるドナー標識物質の蛍光値とアクセプター標識物質の蛍光値との比を求めることによりバラツキが低減できるかどうかを検討したが、後述する実施例6に示すように、この方法では十分なバラツキ補正を行うことはできなかった。これは、鎖組み換え反応後のドナー標識物質の蛍光値は非常に小さく、このような状態での蛍光測定はバラツキが非常に大きくなり易く、このため、ドナー標識物質の蛍光値とアクセプター標識物質の蛍光値との比の値は大きなバラツキを生じることになるためと考えられる。なお、ドナー標識物質の蛍光値が小さいのは、鎖組み換え反応が起こらずに、変性後の標準2本鎖核酸が元の2本鎖核酸に戻ったときには、エネルギー移動が生じるため、ドナー標識物質の蛍光はほとんどアクセプター標識物質にエネルギー移動される結果、非常に弱い発光となるためである。
【0075】
そこで、本発明者らは、さらに検討を重ねた結果、反応液の温度低下による蛍光強度の変化量、つまり、試料二本鎖核酸が存在する反応液(試料反応液)における変性による1本鎖の状態における蛍光強度と、アニーリング後の2本鎖核酸の状態における蛍光強度との変化量ΔF(フルオラセンス)を、試料2本鎖核酸が存在しない反応液(対照反応液)におけるΔFとで比較することにより、測定間のバラツキをよく補正できることを見出した。
【0076】
ΔFは、ドナー標識物質の変化量であってもよく、アクセプター標識物質の変化量であってもよい。ドナー標識物質のΔFは、具体的には、下記式(1)により求めることができる。同じくアクセプター標識物質のΔFは、下記式(2)により求めることができる。下記式(1)及び(2)中、「F[start-point]」は、反応液の温度降下開始時点の温度における蛍光強度、「F[end-point]」は、反応液の温度降下終了時点の温度における蛍光強度を意味する。
【0078】
また、ΔFは、ドナー標識物質とアクセプター標識物質のいずれであっても、下記式(3)により求めることもできる。下記式(3)中、「F[max]」は、反応液の温度降下開始から終了までの温度依存的な蛍光挙動内で最も高い蛍光強度を意味し、「F[min]」は、同じく温度依存的な蛍光挙動内で最も低い蛍光強度を意味する。
【0080】
図3は、ドナー標識物質の蛍光強度の挙動を用いて、ΔFの求め方を説明した図である。図中、「マッチ」は、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸の遺伝子型が同一である場合、「ミスマッチ」は、互いに遺伝子型が異なる場合、「標識標準DNA」は、試料2本鎖核酸が含まれない場合(対照反応液)の挙動である。
【0081】
反応液の温度低下によるΔFと、対照反応液の温度低下によるΔFとの比較は、具体的には、下記式(4)で表されるIndex値(%)として求めることができる。
【0083】
鎖組み換え反応が起こらずに、変性後の標準2本鎖核酸が元の2本鎖核酸に戻ったときには、鎖組み換え反応後のドナー標識物質の蛍光は弱く、また、1本鎖の状態におけるアクセプター標識物質の蛍光も弱いが、このような状況でも、競合的鎖置換反応前の1本鎖状態のドナー標識物質の蛍光値あるいは競合的鎖置換反応後の2本鎖状態のアクセプター標識物質の蛍光値との差のバラツキは、ドナー標識物質の蛍光値とアクセプター標識物質の蛍光値との比をとった場合ほど大きくなく、測定間のバラツキをよく補正できることがわかった。
【0084】
標識した2本鎖核酸のみの蛍光共鳴エネルギー移動の程度、つまりΔF[対照反応液]を100%とし、標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸の組み換えがどの程度起こっているかを求めることができる。標準2本鎖核酸と試料2本鎖核酸とを混合し、鎖組み換え反応を行った場合に、Index値が100%に近い場合には、鎖組み換えが起こらなかったことを示し、試料2本鎖核酸の遺伝子型は標準2本鎖核酸とは異なると識別される。一方、Index値が0%に近い場合には、鎖組み換えが起こったことを示し、試料2本鎖核酸の遺伝子型は標準2本鎖核酸と同一であると識別される。
【0085】
さらに本発明者らは、競合的鎖置換反応に要する反応時間の短縮化についても検討した。前述したように、PCR−PHFA法においては、試料2本鎖核酸と標準2本鎖核酸の混合物を高温で変性し、ゆっくりと温度を下げることが重要であるとされている(Oka,T.,Nucleic Acids Res.,1994,vol.22,p1541−1547参照。)。しかしながら、実際の検査においては迅速な検査が望まれ、反応時間の短縮は重要な課題である。例えば、特許文献1には、98℃〜58℃までの範囲で3〜10分間に1℃の速度で温度を下げる条件を目安とすればよいことが記載されている。この場合には、反応時間はおよそ120分間から400分間となり、非常に長時間を要することになる。
【0086】
本発明者らは、PCR−PHFA法において鎖置換反応が生じるのはある一定の温度以上の時であり、その範囲内でゆっくりとした温度変化をさせることが重要であると考えた。そして、標準2本鎖核酸をドナー標識物質及びアクセプター標識物質で標識した場合には、標準2本鎖核酸を変性させ徐々に温度を下げたときの蛍光強度変化を測定することにより、鎖置換反応が起こる範囲を推定することができると考えられる。この鎖置換反応が起こる温度範囲において、反応液の降温速度を十分にゆっくりにし、その他の温度範囲では降温速度を速くすることにより、識別精度を犠牲にすることなく反応時間を短縮することが可能となる。鎖置換反応が起こる範囲は、蛍光強度変化の変曲点(蛍光強度の温度に対する平均変化率が最大となる温度)付近であり、この蛍光強度変化の変曲点は、個々の温度での蛍光強度変化を算出することにより求めることができる(dF/dT:Fは蛍光値、Tは時間)。この変曲点は、一般に、2本鎖核酸の融解温度の基準として用いられるTmに相当する。Tm値は2本鎖核酸の長さ、塩基配列、溶液組成等によって異なると考えられている。本発明においては、使用する標準2本鎖核酸の競合的鎖置換反応の反応液中での変曲点を求め、それに対応する温度を目安として温度変化の範囲を設定することができる。また、温度変化の速度については、遺伝子型の識別が十分にできる範囲内で速めることが可能である。遺伝子型の識別の難易は塩基配列に依存し、予想は非常に困難であることから、変異の識別を目安に試行錯誤的に速める必要がある。
【0087】
本発明の遺伝子の識別方法は、遺伝子型の識別精度が非常に優れており、SNP等の生殖細胞変異のみならず、がん細胞等で観察されるような体細胞変異をも十分な精度で識別することが可能である。よって、臨床検査等においても非常に有用である。
【0088】
本発明の遺伝子型識別用キットは、本発明の遺伝子型の識別方法に従って、試料中に含まれている遺伝子変異の遺伝子型を識別したり、特定の遺伝子型が含まれている割合を検出するために用いられるキットであって、伸長反応阻害剤、1本鎖核酸分解酵素、及びヌクレオチド三リン酸分解からなる群より選択される1以上と、試料2本鎖核酸を調製するための核酸増幅試薬とを具備することを特徴とする。さらに、キットには、互いにエネルギー移動可能な2種類の標識物質と、核酸鎖の3’端部に標識物質を導入するための試薬と、核酸鎖の5’端部に標識物質を導入するための試薬を組み合わせることも好ましい。その他、試料前処理用の細胞破壊試薬や、標識物質の標識を検出するための試薬等を組み合わせても良い。このように、本発明の遺伝子型の識別方法に必要な試薬等をキット化することにより、より簡便かつ短時間で遺伝子型の識別を行うことができる。
【実施例】
【0089】
以下、実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0090】
実施例1〜6では、がん遺伝子であるK−rasのコドン12又はコドン13の遺伝子変異を識別対象の変異部位とした。また、変異部位が各遺伝子型である標識した標準2本鎖核酸(以下、「標識標準DNA」という。)は、常法のオリゴヌクレオチド化学合成法に従い調製した。各標識標準DNAは、2本鎖のうちの一方の鎖の5’末端はFAM標識(グレンリサーチ社)し、もう一方の鎖の3’末端はAlexa標識(インビトロジェン社製)した。表1に、化学合成したDNA鎖の配列を、遺伝子型ごとに示す。表1中、コドン12、13は下線で示し、変異部位は小文字で表した。また、「Wild」は野生型を、「G12S」はコドン12の1番目がグアニンからアデニンに変異した遺伝子型を、「G12R」はコドン12の1番目がグアニンからシトシンに変異した遺伝子型を、「G12C」はコドン12の1番目がグアニンからチミンに変異した遺伝子型を、「G12D」はコドン12の2番目がグアニンからアデニンに変異した遺伝子型を、「G12A」はコドン12の2番目がグアニンからシトシンに変異した遺伝子型を、「G12V」はコドン12の2番目がグアニンからチミンに変異した遺伝子型を、「G13D」はコドン13の2番目がグアニンからアデニンに変異した遺伝子型を、それぞれ意味する。さらに、遺伝子型の後に「−FAM」と記載されているものは、5’末端がFAM標識されたDNA鎖であり、「−Ale」と記載されているものは、3’末端がAlexa標識されたDNA鎖であることを意味する。右欄の数字は配列表中の対応する配列番号を示す。
【0091】
【表1】
【0092】
その他、プライマー等の非標識オリゴヌクレオチドも常法のオリゴヌクレオチド化学合成に従い調製した。また、PCR反応は、T−gradient thermoblock(Biometra社製)を用いて行い、PCR−PHFAは、ABI−7900(ABI社製)を用いて行った。
【0093】
[実施例1]
鋳型を添加せずにPCRを行って得られたPCR反応液をそのまま競合的鎖置換反応に添加し、持ち込まれたPCR反応液の成分が鎖置換反応に及ぼす影響を調べた。
PCR反応液の組成は、250nM KFプライマー、250nM KRプライマー、250μM dNTP、1×PCRバッファー、2.5ユニット Taq DNAポリメラーゼ(Takara Taq Hot Start Version)とし、全体の反応液を100.5μLとした。このPCR反応液を、95℃3分間の処理後、95℃(20秒間)→57℃(30秒間)→72℃(30秒)の変性、アニーリング、伸長反応を、40サイクル行った。使用したKFプライマー及びKRプライマーの塩基配列を表2に示す。表中の右欄の数字は配列表中の対応する配列番号を示す。
【0094】
【表2】
【0095】
得られたPCR反応液(15μL)、500nM G12D−FAM(1μL)、500nM G12D−Alexa(1μL)、2M NaCl(1μL)、H
2O(2μL)を混合し、PCR−PHFA反応液とした〔標識標準DNA+PCR鋳型(−)〕。また、PCR反応液を加えないコントロールとして、500nM G12D−FAM(1μL)、500nM G12D−Alexa(1μL)、2M NaCl(1μL)、10×PCRバッファー(2μL:100mM Tris−HCl(pH8.3),500mM KCl,15mM MgCl
2)、H
2O(15μL)を混合した〔標識標準DNAのみ〕。
ABI−7900を用いて、これらのPCR−PHFA反応液の温度変化に伴う蛍光変化(蛍光強度変化)を測定した。温度条件は、95℃で5分間変性し、85℃から60℃の間で1℃の降温ごとに5分間ずつその温度を保持しながらゆっくり温度を下げ、最後は35℃まで温度を下げた。
【0096】
温度変化にともなうFAMの蛍光変化を
図4に示した。G12D−FAMとG12D−Alexaからなる遺伝子型がG12Dの標識標準DNAは、熱変性(90℃)により2つの鎖が解離してほぼ最大の蛍光発光を示し、その後徐々に温度を下げることにより2本鎖が元にもどり蛍光発光は最小となった(
図4、〔標識標準DNAのみ〕)。しかしながら、この標識標準DNAに、鋳型をのぞくすべての試薬を加えてPCRを行った反応液を加えて、同様にして蛍光変化を測定すると、1本鎖状態と2本鎖状態の蛍光変化が、何も加えない(標識標準DNAのみ)場合に比較して小さくなっていた(
図4、〔標識標準DNA+PCR鋳型(−)〕)つまり、標識標準DNAのみで見られる高温から低温への温度変化に伴う蛍光変化は、PCR反応液を添加することで減少しており、PCR反応液の成分により、標識標準DNAが変性後元に戻る割合が低下することが確認された。これは、標識標準DNAと鋳型を加えてないPCR反応液を混合し温度を徐々に下げる段階で、PCR反応液に含まれるプライマーが標識標準DNAに結合し、伸長反応が起こって新たに非標識DNA鎖が生じ、この非標識DNAと標識DNAとからなる2本鎖が生じたことに原因があると考えられる。
【0097】
[実施例2]
PCR−PHFAに及ぼすPCR反応液の影響をさらに詳しく調べるため、実施例1と同じプライマー、標識DNAを用い、鋳型及びTaq DNAポリメラーゼを加えていないPCR反応液、鋳型及びプライマーを加えていないPCR反応液を調製し、実施例1と同様に温度変化に伴う蛍光変化を測定した。
鋳型及びTaq DNAポリメラーゼを加えていないPCR反応液の組成は、250nM KFプライマー、250nM KRプライマー、250μM dNTP、1×PCRバッファーとし、全体の反応液を100.5μLとした〔標識標準DNA+PCR鋳型(−)、Taq(−)〕。鋳型及びプライマーを加えていないPCR反応液の組成は、250μM dNTP、1×PCRバッファー、2.5ユニット Taq DNAポリメラーゼ(Takara Taq Hot Start Version)とし、全体の反応液を100.5μLとした〔標識標準DNA+PCR鋳型(−)、プライマー(−)〕。これらのPCR反応液を、95℃3分間の処理後、95℃(20秒間)→57℃(30秒間)→72℃(30秒)の変性、アニーリング、伸長反応を、40サイクル行った。得られたPCR反応液を用いて、実施例1と同様に、PCR−PHFA反応液を調製して温度変化に対する蛍光変化を測定した。
【0098】
温度変化にともなうFAMの蛍光変化を
図5に示した。この結果、Taq DNAポリメラーゼを加えていない場合〔標識標準DNA+PCR鋳型(−)、Taq(−)〕と、プライマーを加えていない場合〔標識標準DNA+PCR鋳型(−)、プライマー(−)〕のいずれにおいても、それぞれを加えた場合〔標識標準DNA+PCR鋳型(−)〕と比較して低温での蛍光の値が小さくなり、何も加えない場合〔標識標準DNAのみ〕に近い挙動を示すことが明らかとなった。
【0099】
【表3】
【0100】
蛍光測定のバラツキを補正するため、それぞれの反応における温度低下による蛍光強度の変化量ΔFを求めた。具体的には、前記式(1)に基づき、95℃における蛍光値から35℃における蛍光値を差し引いた値をΔFとした。求めた値を表3に示す。この結果からも、鋳型を加えないPCR反応液を加えた場合には明らかに高温と低温の蛍光変化が小さくなっていることが分かった。
【0101】
[実施例3]
添加するPCR反応液を加熱処理し、Taqポリメラーゼを失活させることにより、競合的鎖置換反応における核酸の伸長反応を阻害した。
まず、実施例1と同じ組成のPCR反応液に対して、同じ条件でPCR反応を行った。得られたPCR反応液の一部を99℃で15分間加熱処理し、別の一部を99℃で60分間加熱処理した。これらの加熱処理した反応液と加熱未処理のものを、実施例1と同じ標識標準DNAを用いて、同様にPCR−PHFA反応液を調製し、同様の温度条件で、温度変化に伴う蛍光変化を測定した。また、実施例1と同様にして、PCR反応液を加えないコントロール〔標識標準DNAのみ〕のPCR−PHFA反応液を調製し、同様に蛍光変化を測定した。
【0102】
温度変化にともなうFAMの蛍光変化を
図6に示した。この結果、99℃15分間の加熱処理を施した場合〔標識標準DNA+PCR反応液、(99℃15分間処理)〕と99℃60分間の加熱処理を施した場合〔標識標準DNA+PCR反応液、(99℃60分間処理)〕のいずれも、加熱未処理の場合〔標識標準DNA+PCR反応液、(未処理)〕よりも高温と低温の蛍光変化が大きく、何も加えない場合〔標識標準DNAのみ〕に近い挙動を示した。
【0103】
また、実施例2と同様にして、それぞれの反応の95℃における蛍光値から35℃における蛍光値を差し引き、ΔFを求めた。
図7に各反応におけるΔFを示した。PCR反応液を未処理のまま標識標準DNAと反応させた場合と比較して、99℃15分間処理、99℃60分間処理のいずれの場合もΔFが大きくなっており、PCR反応液を加えなかった場合〔標識標準DNAのみ〕のΔF値に近づいていた。これらの結果から、熱処理によりTaqポリメラーゼの活性が失われるかあるいは低下したことにより、競合的鎖置換反応中の伸長反応が抑制されたことが示された。
【0104】
[実施例4]
PCR−PHFA反応液にEDTAを添加することにより、競合的鎖置換反応における核酸の伸長反応を阻害した。
まず、実施例1と同じ組成のPCR反応液に対して、同じ条件でPCR反応を行った。
得られたPCR反応液(15μL)、500nM G12D−FAM(1μL)、500nM G12D−Alexa(1μL)、2M NaCl(1μL)、H
2O(2μL)を混合し、EDTAを含まないPCR−PHFA反応液とした〔標識標準DNA+PCR鋳型(−)〕。また、PCR反応液(15μL)、500nM G12D−FAM(1μL)、500nM G12D−Alexa(1μL)、2M NaCl(1μL)、500mM EDTA(0.6μL)、H
2O(1.4μL)を混合し、15mM EDTAを含むPCR−PHFA反応液とした〔15mM EDTA添加標識標準DNA+PCR鋳型(−)〕。同様に、PCR反応液(15μL)、500nM G12D−FAM(1μL)、500nM G12D−Alexa(1μL)、2M NaCl(1μL)、500mM EDTA(2μL)を混合し、50mM EDTAを含むPCR−PHFA反応液とした〔50mM EDTA添加標識標準DNA+PCR鋳型(−)〕。PCR反応液を加えないコントロールとして、500nM G12D−FAM(1μL)、500nM G12D−Alexa(1μL)、2M NaCl(1μL)、10×PCRバッファー(2μL:100mM Tris−HCl(pH8.3),500mM KCl,15mM MgCl
2)、H
2O(15μL)を混合した〔標識標準DNAのみ〕。実施例1と同様の温度条件で、これらのPCR−PHFA反応液の温度変化に伴う蛍光変化を測定した。
【0105】
温度変化にともなうFAMの蛍光変化を
図8に示した。この結果、15mMのEDTAを添加した場合と50mMのEDTAを添加した場合のいずれも、EDTA無添加の場合よりも高温と低温の蛍光変化が大きく、標識標準DNAのみの場合に近い挙動を示した。
【0106】
また、実施例2と同様にして、それぞれの反応の95℃における蛍光値から35℃における蛍光値を差し引き、ΔFを求め、
図8に記載した。EDTA未添加の場合と比較して、EDTAを添加することによりΔFが大きくなり、標識標準DNAのみの場合の値に近づいていることが明らかとなった。
【0107】
この結果、EDTA濃度が15mMではEDTA未添加の時とほぼ同様のΔF値を示し、ほとんど改善効果はないが、EDTA50mMではΔF値は大きくなり、EDTA添加によるミスマッチ識別能が劇的に改善された。本実施例から添加EDTA濃度依存的にTaqポリメラーゼの活性が抑制されていることが推測された。
なお、特許文献2に記載されているPCR−PHFAの改良法においても、PCR−PHFA反応液中には1mMのEDTAが含まれている。しかしながら、実施例4ではEDTA15mMでもほとんどTaqポリメラーゼの活性を抑制できていないため、従来の1mM程度のEDTA濃度ではDNAポリメラーゼの活性を抑えるにはまったく効果がなく、PHFAのミスマッチ識別能が低下することが、実施例4の結果からも明らかである。特許文献2ではEDTAは、単にDNAをヌクレアーゼから保護する目的で添加されているに過ぎない。
【0108】
[実施例5]
PCR−PHFA法の反応液に、各種濃度のEDTAを添加し、遺伝子型の識別精度に対する効果を調べた。
遺伝子型の識別対象である遺伝子を含む試料として、がん細胞由来の培養細胞SW403より抽出したゲノムDNAを使用した。なお、SW403は、K−ras遺伝子のコドン12の2番目のグアニンがチミンホモジニアスに変異している(G12V)遺伝子型であることがわかっている細胞である。
また、標識標準DNAとして、遺伝子型が野生型、G12C、G12D、G12S、及びG12Aのものをそれぞれ用いた。
【0109】
まず、実施例1に示したプライマーを用い、実施例1と同じ条件でSW403のゲノムの遺伝子を増幅したPCR反応液を得た。
次に、各遺伝子型の標識標準DNAとPCR反応液に加えて各種濃度となるようにEDTAを添加したPCR−PHFA反応液を調製した。具体的には、野生型標識標準DNAを用いる場合には、最初に、500nM Wild−FAM(1μL)及び500nM Wild−Alexa(1μL)をチューブに添加し、乾燥固化した。そこに、PCR反応液(14μL)、2M NaCl(1μL)、500mM EDTA(XμL)、H
2O(5−XμL)を加えてPCR−PHFA反応液とした。EDTA無添加の場合には、X=0であり、H
2Oを5μL加えた。また、500mM EDTAを1、2、3、又は4μL加えて(X=1、2、3、又は4)、25mM EDTA添加、50mM EDTA添加、75mM EDTA添加又は100mM EDTA添加のPCR−PHFA反応液とした。他の遺伝子型についても同様にしてPCR−PHFA反応液を調製した。
【0110】
さらに、実施例1と同様の温度条件で競合的鎖置換反応を行い、これらのPCR−PHFA反応液の温度変化に伴う蛍光変化を測定した。また、実施例2と同様にして、それぞれの反応の95℃における蛍光値から35℃における蛍光値を差し引き、ΔFを求めた。
図9は、各反応において得られたΔFをEDTA濃度に対してプロットした図である。サンプル(SW403)の遺伝子型は、添加されたいずれの標識標準DNAとも異なるため、ΔFが大きいほど遺伝子型の識別が明確にできていることを示す。サンプルと標識標準DNAのすべての組み合わせにおいて、EDTA濃度が25mM以上の場合にΔFが最大になっており、25mM以上のEDTA濃度がPCR−PHFAに最適であることがわかった。
【0111】
[実施例6]
本発明の遺伝子型の識別方法において、前記式(4)で表されるIndex値(%)を用いてバラツキ補正を行った。
遺伝子型の識別対象である遺伝子を含む試料として、野生型のK−ras遺伝子を有することが分かっている培養細胞より抽出したゲノムDNAを使用した。また、標識標準DNAとして、遺伝子型が野生型、G12A、G12C、G12D、G12R、G12V、G12S、及びG13Dのものをそれぞれ用いた。
まず、実施例1に示したプライマーを用い、実施例1と同じ条件で培養細胞より抽出したゲノムDNAを鋳型として野生型の遺伝子を増幅したPCR反応液を得た。
次に、実施例5と同様にして、各遺伝子型の標識標準DNAとPCR反応液を混合した25mM EDTA添加PCR−PHFA反応液を調製した。また、各遺伝子型に対して、PCR反応液に代えて等量の水を添加した25mM EDTA添加対照反応液を調製した。
さらに、これらの25mM EDTA添加PCR−PHFA反応液及び25mM EDTA添加対照反応液それぞれに対して、実施例1と同様の温度条件で競合的鎖置換反応を行い、温度変化に伴う蛍光変化を測定した。
【0112】
まず、従来法に従い、鎖置換反応が終了した35℃におけるアクセプター標識物質の蛍光値とドナー標識物質の蛍光値の比([アクセプター標識物質の蛍光値]/[ドナー標識物質の蛍光値])を求め、Index値とした。
図10Aは得られたIndex値を示した図である。図中、「Wt」は野生型標識標準DNA、「12A」はG12A標識標準DNA、「12C」はG12C標識標準DNA、「12D」はG12D標識標準DNA、「12R」はG12R標識標準DNA、「12V」はG12V標識標準DNA、「12S」はG12S標識標準DNA、「13D」はG13D標識標準DNAの結果をそれぞれ示す。試料は野生型であり、野生型の標識標準DNAでのみIndex値が下がり、他の変異型標識標準DNAではIndex値が下がらないことが期待される。しかしながら、G12V及びG12Dの標識標準DNAでもIndex値が低下しており、マッチである野生型のIndex値との差が小さかった。
【0113】
一方、実施例2と同様にして、それぞれの反応の95℃における蛍光値から35℃における蛍光値を差し引き、ΔFを求め、前記式(4)に従ってIndex値を求めた。
図10Bは式(4)に従って得られたIndex値を示した図である。図中の「Wt」、「12D」等は、
図1と同じである。この結果、マッチである野生型の標識標準DNAでは低いIndex値を示し、そのほかの変異型の標識標準DNAではすべて高いIndex値を示しており、試料が野生型であることを従来法よりも明瞭に識別することができ、バラツキを顕著に改善し得ることが明らかである。