【実施例】
【0038】
1.各種ピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)の乳酸資化特性
(1)L‐乳酸資化性菌
ピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)と既知のピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)7菌株(NBRC1004株、NBRC1284株、NBRC1789株、NBRC1790株、NBRC10062株、NBRC100562株、NBRC10562株)のL‐乳酸資化特性を比較検討した。
【0039】
(2)乳酸生産菌
乳酸生産菌としては、ラクトバチルス デルブリュッキ サブスピーシーズ デルブリュッキ(Lactobacillus delbrueckii subsp. delbrueckii)141株(D‐乳酸生産菌)、ラクトバチルス パラカゼイ サブスピーシーズ パラカゼイ(Lactobacillus paracasei subsp. paracasei)1532株(L−乳酸生産菌)およびラクトバチルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NRIC 1067株(DL−乳酸生産菌)を使用した。
【0040】
(3)乳酸資化特性の評価
YM培地を用いて培養した各L‐乳酸資化性菌の培養液を使用し、これらをそれぞれLYP培地(DL-Lactic acid:Purity 85.0~90.0%(Wako Pure Chemical Industries, Ltd.)2.5%、Peptone0.25%、Yeast extract(BD.Bacto)0.25%、KH
2PO
40.04%、pH3.8)に添加して30℃で72時間培養を行ったのち、培養液中に残存するD−乳酸およびL−乳酸の濃度を定量し、乳酸資化特性を評価した。
【0041】
L‐乳酸及びD‐乳酸の分別定量は、酵素法(DL‐乳酸測定用Fキット:ロシュ・ダイアグノスティックス社製)によって行った。なお、DL‐乳酸の分別定量に供する培養液試料の調製は、以下のとおりである。すなわち、マイクロチューブに、培養液の遠心分離(4℃、12,000rpm、10分)上清を入れてキャップをロックした後、80〜90℃の温浴中で15分間加温することにより、培養液中に含まれる各種酵素を失活させた。これを水浴中で冷却した後、遠心分離(4℃、12,000rpm、10分)し、回収した上清を定量試験に用いた。また、対照(Control)には試料液の代わりに同量の蒸留水を用いた。
【0042】
結果を表2に示す。表2に示すように、いずれの菌においても、培養液中の残存乳酸濃度は、初発乳酸濃度の約1/2〜1/4程度となっており、用いた全ての菌が乳酸資化能を有することが明らかとなった。
【0043】
また、乳酸資化の様相から、いずれもL−乳酸の資化力が強く、その特性がピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)の場合と類似していることが明らかとなったが、D−乳酸の割合が最も高くなったピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)NBRC1790株においても、その比はD:L=81.66:18.34に過ぎなかった。
【0044】
以上のことから、L−乳酸資化能はピキア マンシュリカ(P. manshurica)に比較的広範に認められる共通の性質であるものの、他の菌よりもD−乳酸を資化せず特異的にL−乳酸を資化する特性を有するという観点からは、分離菌ピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)は、極めて特異な菌であることが明らかとなった。
【0045】
【表2】
【0046】
2.ピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株の培養特性
(1)培養温度の検討
ピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)の培養温度条件を検討した。なお、該試験はYM培地を用いて調製した菌体を種菌として用い、これをLYP培地に添加して、25℃、30℃、35℃あるいは40℃で72時間振とう培養(120 oscillations/min)した。
【0047】
試験したすべての温度で菌体の増殖が認められた。特に、増殖速度は、培養温度35℃までは温度の上昇と共に増加し、最大菌体濃度はOD
660値で約25となった。一方、培養温度40℃の場合では、菌体増殖速度及び菌体濃度ともに低下した。以上のことから、ピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)の生育および乳酸資化に関わる最適培養温度は30〜35℃であると考えられた。
【0048】
(2)初発pHの検討
ピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)の培養時における培地の初発pHについて検討した。なお、該試験はYM培地を用いて調製した菌体を種菌として用い、これを1N‐HClあるいは6N‐NaOHによって初発pHを2.6〜7.0に調整したLYP培地に添加し、30℃で72時間振とう培養(120 oscillations/min)した。
【0049】
培地の初発pHが3.0〜4.6の範囲で菌体の増殖が良好であり、培養72時間後にOD
660値が約20〜25であった。また、初発pHが3.0〜3.8の範囲で特に良好な乳酸資化が認められ、初発乳酸量の約60%に相当する乳酸が資化された。一方、培地の初発pHを2.6以下あるいは7.0以上にした場合は、菌体増殖及び乳酸資化力が低下した。特に、該菌株のL‐乳酸資化能を利用した高純度D‐乳酸生産において、培地の初発pHは、菌体の増殖が最も良好であり、高い乳酸資化性が認められたpH3.8が最も良いことが分かった。
【0050】
(3)窒素源の検討
該菌株の培養時における培地の窒素源として添加する素材の種類について検討を行った。なお、該試験はYM培地を用いて調製した菌体を種菌として用い、前記LYP培地の窒素源をYeast extract 0.1%及び各種窒素源素材0.4%に置換した培地を用いて、30℃で72時間振とう培養(120 oscillations/min)を行った。
【0051】
窒素源素材としてPeptoneあるいはExtract ehlrichを添加した場合、菌体の増殖が良好であり、培養72時間後の菌体濃度がOD
660値で20以上になり、初発乳酸量の約55〜60%が資化された。また、硫酸アンモニウムを添加した場合では、先の2つの条件の場合と比較して十分な菌体の増殖は認められなかった(OD
660値は12.88)ものの、乳酸資化量は同程度であった。これらに対して、硝酸ナトリウムあるいは尿素を添加した場合では、菌体濃度(OD
660値は12以下)及び乳酸資化量(初発乳酸量の23〜50%程度)は低い値であった。このように、該菌株の培養時における培地の窒素源としては、有機態窒素及びアンモニア態窒素のいずれも使用可能であった。
【0052】
(4)窒素源濃度の検討
さらに培地の窒素源の添加濃度についても検討を行った。なお、該試験はYM培地を用いて調製した菌体を種菌として用い、本培養で使用するLYP培地の窒素源素材をYeast extractおよびPeptoneとした。
【0053】
窒素源濃度0.3%以上の場合、菌体の増殖及び乳酸の資化が良好であり、乳酸資化速度も高い値を示した。中でも、窒素源濃度を0.7%とした場合、培養72時間後に菌体濃度が最大(OD
660値は26.9)となり、初発乳酸量の約63%が資化された。これに対し、窒素源濃度0.1%の場合は、培養72時間後の菌体濃度(OD
660値は9.75)は小さく、資化された乳酸量も初発量の50%以下であった。以上を総合的に考慮すれば、培地の窒素源及びその濃度は、Yeast extract 0.25%とPeptone 0.25%とを含む場合が最適であると判断された。ピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)の増殖範囲及び最適培養条件を表3に示す。
【0054】
【表3】
【0055】
3.乳酸試薬からの高光学純度D-乳酸の生産
(1)実験方法
実験には、市販の乳酸(DL-乳酸比50:50)を用いて調製したLYP培地を使用し、ここにあらかじめYM培地を用いて培養したピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)を添加して振とう培養を行い、液中の乳酸光学純度を経時的に測定した。
【0056】
(2)結果
図2はDL-乳酸を含む培地(LYP培地)を乳酸溶液として高光学純度D‐乳酸の生産を実施した結果を示す図である。
図2に示すように、培養開始直後より菌体の良好な増殖が認められ、培養開始48時間で菌体量は定常となった。また、菌体増殖と連動するような型式でのL−乳酸濃度の急激な低下が観察され、これに起因すると思われる培養液pHの上昇も認められた。しかしながら、培養液中のD−乳酸濃度にはほとんど変化が見られなかった。培養開始72時間後における培養液中のDL比は88.1:11.9であり、ピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)の添加によるD−乳酸の光学純度向上が認められた。
【0057】
以上のことから、L−乳酸を優先的あるいは選択的に資化するというピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)の特性に着目し、本菌の培養系を利用することで、高光学純度D−乳酸の調製が十分に可能であることが示唆された。
【0058】
4.乳酸発酵液からの高光学純度D‐乳酸の生産
(1)乳酸発酵液の調製
乳酸溶液として、上記1.(2)に記載の乳酸生産菌を液体培養して得られた乳酸発酵液を使用した。その調製手順は以下の通りである。
【0059】
すなわち、100ml容三角フラスコにMRS broth培地(Oxoid社製)50mlを入れ、121℃、10分の条件でオートクレーブ滅菌を行った。ここに前記1.(2)に記載の乳酸生産菌を1白金線接種し、各乳酸生産菌の適温(Lb. delbrueckii 141株:37℃、Lb. plantarum NRIC1067株:30℃、Lb. paracasei 1532株:30℃)で24時間静置培養した(前培養)。
【0060】
500ml容三角フラスコにGYP培地(Glucose 1%、Yeast extract 1%、Peptone 0.5%、CH
3COONa・3H
2O 0.1%、MgSO
4・7H
2O 0.02%、FeSO
4・7H
2O 0.001%、MnSO
4・4H
2O 0.001%、NaCl 0.001%、Tween80 0.05%)300mlを入れ、121℃、10分の条件でオートクレーブ滅菌をした後、ここに上述の前培養液3mlおよび、あらかじめ乾熱滅菌(180℃、120分)した炭酸カルシウム6.0gを添加し、マグネティックスターラーにより液を穏やかに撹拌しながら、各乳酸生産菌の生育最適温度で48時間培養(本培養)した。
【0061】
そして、培養液を遠心分離(4℃、10000G、30分)して得た上清を、121℃、10分の条件でオートクレーブ滅菌したあと流水で急冷し、これを乳酸発酵液とした。
【0062】
なお乳酸発酵液の名称は、その調製に使用した乳酸菌の種類によって、それぞれD‐乳酸発酵液(Lb. delbrueckii 141株により調製)、DL‐乳酸発酵液(Lb. plantarum NRIC 1067株により調製)およびL‐乳酸発酵液(Lb. paracasei 1532株により調製)とした。
【0063】
各乳酸発酵液に含まれる乳酸のDL比は乳酸生産菌の種類によって異なり、D‐乳酸発酵液はDL比=97.6:2.4、DL‐乳酸発酵液はDL比=51.4:48.6、L‐乳酸発酵液はDL比=6.1:93.9であった。
【0064】
(2)実験方法
D‐乳酸発酵液(DL比=97.6:2.4)に、あらかじめYM培地を用いて培養したピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)を添加してこれを30℃で振とう培養し、培養液中の乳酸光学純度を経時的に測定した。また、比較対象として、DL‐乳酸発酵液(DL比=51.4:48.6)、L‐乳酸発酵液(DL比=6.1:93.9)を乳酸溶液として用いた場合についても同様に実施した。
【0065】
(3)結果
図3はD‐乳酸発酵液を乳酸溶液として高光学純度D‐乳酸の生産を実施した結果を示す図である。
図3に示すように、ピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)は培養開始直後より良好に生育し、培養開始48時間でその菌体量はほぼ定常値となった。また、菌体増殖と連動して培養液中のL−乳酸もその大部分が資化されたが、D−乳酸は初発の半分以上が残存しており、培養開始72時間のD−乳酸濃度は約8.8g/l(回収率57.33%)であった。また同時点における培養液中の乳酸のDL比は約99.8:0.2であった。
【0066】
以上のことから、D−乳酸生産菌の発酵液を対象とした場合においても、ピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)の乳酸資化特性を利用した高光学純度D−乳酸の調製が可能であることが示唆された。
【0067】
図4及び
図5はDL‐乳酸発酵液及びL‐乳酸発酵液を乳酸溶液として高光学純度D‐乳酸の生産を実施した結果を示す図である。DL‐乳酸発酵液(DL比=51:49)を使用してもD‐乳酸発酵液を使用した場合と比較してピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)の生育にほとんど差は認められなかった。しかしながら、ピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)を添加した直後から、液中に多量に存在しているL−乳酸が直ちに資化され、これを伴って培養液pH値が急激に上昇した。
【0068】
分離菌ピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)によるL−乳酸の資化は培養72時間でほぼ停止し、その時点における液中の乳酸のDL比は81:19であったことから、分離菌によるD−乳酸の光学純度向上が確認されたが、その光学純度や収量はD‐乳酸発酵液を用いた場合と比べると低い値であった。
【0069】
一方、液中のL−乳酸含量が極めて高いL‐乳酸発酵液(DL比=6.1:93.9)を用いた場合には、ピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)の添加によりL−乳酸が資化されたが、72時間の培養を行っても系内にL−乳酸が多量に残存しており、乳酸のDL比は11:89であったことからD−乳酸の光学純度が向上したと考えられるが、その程度は極めて低いものであった。
【0070】
以上のことから、ピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)のL−乳酸資化特性を利用すれば、乳酸発酵液の種類を問わずその液中D−乳酸の光学純度を向上させることが可能であることが示された。また、高光学純度の乳酸を高収量で得るためには、D−乳酸の初発光学純度や濃度が高い試料を用いることが望ましいことが推察された。
【0071】
4.混合培養法における高純度D‐乳酸生産
これまでの高光学純度D−乳酸の調製は、「D−乳酸溶液の調製」と「D−乳酸の高光学純度化」という2段階の工程からなっており、各工程で使用する種菌もそれぞれ別途用意する必要があることから、工程の運転・管理の簡素化や生産効率の向上に関して改善すべき問題点も少なくないと考えられた。そこで、これら問題の解決策の1つとして、ラクトバチルス デルブリュッキ(Lb. delbrueckii)141株とピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)との混合培養による高光学純度D−乳酸の生産を試みた。
【0072】
(1)実験方法
坂口フラスコを用いた振とう培養法によるラクトバチルス デルブリュッキ(Lb. delbrueckii)141株とピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)との混合培養を行い、高光学純度D−乳酸の生産を試みた。実験には、炭酸カルシウム0.5%を添加したGYP培地を使用し、培養開始から24時間後まではD−乳酸生産菌であるラクトバチルス デルブリュッキ(Lb. delbrueckii)141株の最適生育温度である37℃で静置培養を行い、培養24時間目以降はL−乳酸資化性菌であるピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)の最適生育温度である30℃で振とう培養を行った。
【0073】
(2)結果
図6はラクトバチルス デルブリュッキー(Lb. delbrueckii)141株とピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)の混合培養法により高純度D‐乳酸生産を実施した結果を示す図である。
図6に示すように、OD
660で表される菌体の生育は典型的なシグモイド曲線となり、培地に添加したグルコースは培養開始後約48時間で消費されたことから、いずれの菌も培養期間全体を通じて良好に生育していると考えられた。
【0074】
また、D−乳酸の生産形態は菌体の増殖と連動しており、72時間の混合培養により11.98g/l(対糖収率59.90%)のD−乳酸が得られた。一方、培養液中のL−乳酸濃度は培養開始24時間目までは増加し、その濃度は最大で約0.2g/lに達したが、それ以後濃度は徐々に低下し、72時間の培養で0.05g/lとなった。72時間の培養で得られたD‐乳酸の光学純度は99.58%であり、ラクトバチルス デルブリュッキ(Lb. delbrueckii)141株とピキア マンシュリカ(Pichia manshurica)LAAM001株(受
託番号:NITE
P−902)との混合培養により、極めて高光学純度のD−乳酸を効率的に生産可能であることが明らかとなった。