【実施例】
【0048】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明の範囲はこれらにより限定されるものではない。
【0049】
[実施例1]『矩形波3ステップ法によるエレクトロポレーション』
矩形波3ステップ法を用いることによって、細胞壁を有したままの緑藻類の細胞に対してキュベット電極を用いたエレクトロポレーション法による形質転換が可能かを検討した。
【0050】
(1)「藻類細胞溶液の調製」
まず、形質転換の解析が容易な単細胞緑藻類クラミドモナスを対象にして検討を行った。
乾熱滅菌処理した300mL容三角フラスコにTAP培地(Tris-Acetate-Phospate培地)を100mLずつ分注し、TAP培地にて前培養していたクラミドモナス(Chlamydomonas reinhardtii C-9株:国立環境研究所 NIES-2235株)の培養液5mLを接種した。25℃で50μmol/m
2/secの光照射下にて100rpmで撹拌しながら、細胞濃度が1〜2×10
6/mL(730nmのODが0.3〜0.4)になるまで培養した。
当該藻類培養液を遠心(600×gで5分間)し、TSバッファー(40mMシュークロースを含むTAP培地)に懸濁し細胞溶液を調製した。
【0051】
(2)「DNA溶液の調製」
プラスミドpHyg3(Berthold P. et al., Protist., 153(4), p401-412, (2002) 参照)のハイグロマイシン耐性遺伝子aph7を含む領域について、配列番号1,2に記載の塩基配列からなるプライマーを用いてPCR反応を行い(酵素:PrimeSTAR GXL DNA Polymerase, TAKARA, Japanを用いて)、1999bpのDNA断片を得た。これをPCR purification kit(QIAGEN, USA)を用いて精製し、DNA溶液を調製した。
【0052】
(3)「電気パルス処理」
2mL容エッペンチューブに、細胞溶液とDNA溶液とを常温にて泡立てることなく良く混合して、最終細胞濃度1×10
8細胞/mL、最終DNA濃度10μg/mLの懸濁液を調製した。当該溶液40μL(4×10
6細胞/40μL、400ng/40μL)を2mm gapキュベット(EC-002S NEPAキュベット電極 40〜400μL容, ネッパジーン(株))に充填した。
【0053】
当該キュベットを、矩形波電気パルスの発生が可能な電気パルス発生装置(NEPA21(登録商標), ネッパジーン(株)のキュベット電極用チャンバー(CU500, ネッパジーン(株))に装着し、Poring Pulse (Pp)、Transfer Pulse 1 (Tp1)、Transfer Pulse 2 (Tp2)の3種類の矩形波電気パルスを順に与える3ステップ式多重パルス電気穿孔法(
図1 参照)による電気パルス処理を行った(試験区1-1)。なお、一連の操作は、キュベットへの水滴付着を防止するため、室温条件にて行った。なお、表中における、Transfer Pulseの極性を表す「+」の記号はPoring Pulseと同じ極性の電気パルスを、「−」の記号はPoring Pulseと逆の極性の電気パルスを与えたことを示す。
一方、対照として、通常の減衰波電気パルス発生装置(Gene-Pulser, Bio-Rad)を使用して、減衰波電気パルス法での標準的条件での電気パルス処理を行った(試験区1-2)。
【0054】
(4)「形質転換効率の評価」
電気処理後1分以内に、当該細胞/DNA懸濁液を、14mL容ポリエチレンチューブ内に調製したTSバッファー10mLと混合した。これを、2〜3μmol/m
2/secの光照射下で、25℃で24時間静置培養した。
培養後、当該溶液を遠心(600×g, 5分間)して上清を捨て、30μg/mLハイグロマイシンBを含む1.5%寒天TAP培地にプレーティングした。80μmol/m
2/secの光照射下で、25℃で静置培養し、4日後にハイグロマイシン抵抗性のコロニーの数を計測した。結果を表1に示した。また、形質転換細胞が増殖した後のTAP寒天培地の写真像図を
図2に示した。
【0055】
その結果、表1に記載の電気条件にてPoring Pulse、Transfer Pulse 1、Transfer Pulse 2 の3種類の矩形波電気パルスを順に与えるエレクトロポレーションを行うことにより、細胞壁を有したままの緑藻類細胞(クラミドモナス)に対して、極めて高効率での形質転換が可能なことが示された(試験区1-1)。
一方、従来の減衰波電気パルス法での標準的条件にてエレクトロポレーション法を行った場合、細胞壁を有する緑藻類細胞が形質転換された数は少なかった(試験区1-2)。
【0056】
(5)「考察」
上記条件での3種類の矩形波電気パルスを順に与えることによって、細胞壁を有した状態の真核藻類に対して極めて高い効率での形質転換が可能となることが示された。当該実施例の方法では、藻類細胞に前処理を行うことなくとも、従来法の約26倍もの高い導入効率が達成できることが示された。
【0057】
【表1】
【0058】
[実施例2]『Poring Pulseの電圧値及びパルス幅の検討』
Poring Pulseの電気パルス条件について、電圧値及びパルス幅が形質転換効率に与える影響を検討した。
【0059】
(1)「電気パルス処理」
実施例1に記載の方法と同様にして細胞/DNA懸濁液(Chlamydomonas reinhardtii C-9株:1×10
8細胞/mL、pHyg3のaph7を含む約2kbpのDNA断片:10μg/mL)を調製し、当該溶液40μL(4×10
6細胞/40μL、400ng/40μL)を2mm gapキュベットに充填した。
調製した試料ごとにPoring Pulseの電圧を200V(1000V/cm), 250V(1250V/cm), 300V(1500V/cm)に変化させ、各電圧条件についてパルス幅を2ms, 4ms, 6ms, 8msで変化させて、3ステップ法による矩形波電気パルス処理を行った。なお、各条件について6サンプルずつ(計72サンプル)の試験を行った。また、パルス回数、減衰率、パルス間隔については、表2に示す固定値にて行った。また、当該処理に用いた機器や基本的操作は、実施例1に記載の方法と同様にして行った。
【0060】
(2)「形質転換効率の評価」
実施例1に記載の方法と同様にして、TAP寒天培地で電気パルス処理後の細胞を培養し、培養後のハイグロマイシン抵抗性のコロニーの数を計測することで形質転換効率を評価した。結果を
図3(A)〜(C)に示した。
【0061】
その結果、Poring Pulseの電圧条件が200V(1000V/cm)(
図3(A)), 250V(1250V/cm)(
図3(B))の条件では、パルス幅を2〜8msに設定した場合、パルス幅が長い程形質転換体数は高い値となった。
一方、300V(1500V/cm)(
図3(C))では、パルス幅を2〜6msに設定した場合パルス幅を増やすと導入効率が増加し、パルス幅6msの時に形質転換体数がピークを示す傾向が見られた。また、パルス幅を8msに設定した場合、形質転換体数がやや減少する傾向が見られた。
また、250V(1250V/cm)の条件の8msの場合(
図3(B))と、300V(1500V/cm)の条件の8msの場合(
図3(C))とを比較すると、電圧が低い250V(1250V/cm)の条件の方が、形質転換体数が多くなる傾向が見られた。
【0062】
(3)「考察」
これらの結果から、当該方法における形質転換効率は、Poring Pulseの電気条件と密接な関係があることが示されたが、電圧値や電流値等との単純な比例関係にはないことが示された。
【0063】
【表2】
【0064】
[実施例3]『Poring Pulseの電気量の検討』
Poring Pulseの電気パルス条件について、電力量が形質転換効率に与える影響を検討した。
【0065】
(1)「電気パルス処理」
実施例1に記載の方法と同様にして細胞/DNA懸濁液(Chlamydomonas reinhardtii C-9株:1×10
8細胞/mL、pHyg3のaph7を含む約2kbpのDNA断片:10μg/mL)を調製し、当該溶液40μL(4×10
6細胞/40μL、400ng/40μL)を2mm gapキュベットに充填した。
調製した試料ごとにPoring Pulseの総電力量(J/100μL)を
図4に示す横軸値(0.5〜5J/100μLの範囲)で変化させて、計84サンプルについて3ステップ法による矩形波電気パルス処理を行った。なお、各種電気条件については、表3に示す値の範囲で行った。また、当該処理に用いた機器や基本的操作は、実施例1に記載の方法と同様にして行った。
なお、当該電気条件におけるTransfer Pulseの最初の1パルスあたりの電力量は、0.16〜0.25J/100μL程度の値であった。
【0066】
(2)「形質転換効率の評価」
実施例1に記載の方法と同様にして、TAP寒天培地で電気パルス処理後の細胞を培養し、培養後のハイグロマイシン抵抗性のコロニーの数を計測することで形質転換効率を評価した。結果のグラフを
図4に示した。なお、当該グラフにおいては、各データをプロットした点の集合から近似曲線を作成した。
【0067】
その結果、当該方法における形質転換効率は、Poring Pulseの総電力量が1.3〜4.9J/100μLの範囲では、約1000細胞/μgDNA以上の形質転換細胞が得られる傾向があり、従来技術(減衰波法:試験区1-2参照)の値である約150細胞/μgDNAよりも約6.7倍以上の高い導入効率となると認められた。
また、1.7〜4.8J/100μLの範囲では、約1500細胞/μgDNA以上の形質転換細胞が得られる傾向があり、当該従来技術よりも約10倍以上のより高い導入効率となると認められた。
また、1.9〜4.6J/100μLの範囲では、約2000細胞/μgDNA以上の形質転換細胞が得られる傾向があり、当該従来技術よりも約13.3倍以上の特に高い導入効率となると認められた。
また、2.1〜4.3J/100μLの範囲では、約2500細胞/μgDNA以上の形質転換細胞が得られる傾向があり、当該従来技術よりも約16.7倍以上の一層高い導入効率となると認められた。
また、2.4〜3.8J/100μLの範囲では、約3000細胞/μgDNA以上の形質転換細胞が得られる傾向があり、当該従来技術よりも約20倍以上の一層高い導入効率となると認められた。
また、2.7〜3.3J/100μLの範囲では、約3500細胞/μgDNA以上の形質転換細胞が得られる傾向があり、当該従来技術よりも約23.3倍以上のより一層高い導入効率となると認められた。
また、3J/100μL付近では、約3700細胞/μgDNAの形質転換細胞が得られる傾向があり、当該従来技術よりも約24.7倍と最も高い導入効率となると認められた。
【0068】
(3)「考察」
これらの結果から、当該方法における形質転換効率は、Poring Pulseの総電力量と密接な関係があり、上記至適範囲が存在することが明らかになった。
【0069】
【表3】
【0070】
[実施例4]『DNA濃度の検討』
細胞/DNA懸濁液の調製において、溶液中のDNA濃度が形質転換効率に与える影響を検討した。
【0071】
(1)「電気パルス処理」
表4に示すDNA濃度の細胞/DNA溶液(Chlamydomonas reinhardtii C-9株:1×10
8細胞/mL、pHyg3のaph7を含む約2kbpのDNA断片:1〜100μg/mL)を調製し、当該溶液40μL(4×10
6細胞/40μL、40ng〜4μg/40μL)を2mm gapキュベットに充填した。調製した試料ごとに実施例1の試験区1-1に示す電気条件(Poring Pulseの総電力量=2.69〜3.11J/100μL、Transfer Pulseの最初の1パルスあたりの電力量=0.16〜0.25J/100μL程度)にて3ステップ法による矩形波電気パルス処理を行った。また、当該処理に用いた機器や基本的操作は、実施例1に記載の方法と同様にして行った。
【0072】
(2)「形質転換効率の評価」
実施例1に記載の方法と同様にして、TAP寒天培地で電気パルス処理後の細胞を培養し、培養後のハイグロマイシン抵抗性のコロニーの数を計測することで形質転換効率を評価した。結果を表4,
図5に示した。
【0073】
その結果、DNA濃度1.25〜100μg/mLという幅広いDNA濃度に調製したいずれの溶液を用いた場合であっても、当該方法を用いることによって、約1000細胞/μgDNA以上の導入効率での形質転換が可能であることが示された。また、DNA濃度2.5〜50μg/mLのDNA濃度に調製した溶液では、1700細胞/μgDNA以上の効率での形質転換が可能であることが示された。
具体的には、DNA濃度が5μg/mLまではDNA濃度の増加とともに形質転換数が急激に上昇し、5〜25μg/mLで3000細胞/μgDNA以上の著しく高い導入効率となることが示された。
【0074】
(3)「考察」
これらの結果から、当該方法における形質転換効率は、DNA濃度1.25〜100μg/mLという幅広いDNA濃度の溶液を用いた高効率での形質転換が可能であることが示された。特に、DNA濃度2.5〜50μg/mL、最も好ましくは5〜25μg/mLの時に著しく高い効率での形質転換が実現可能なことが示された。
【0075】
【表4】
【0076】
[実施例5]『外来性蛍光タンパク質の発現及び機能試験』
細胞/DNA懸濁液の調製において外来遺伝子を組み込んだプラスミドDNAを用い、外来性蛍光タンパク質(レポーター遺伝子産物)の発現機能が可能かを検討した。
【0077】
(1)「DNA溶液の調製」
pTT1-LciB-GFP(Yamano T. et al., Plant Cell Physiol., 51, p1453-1468, (2010) 参照)のプラスミドDNA(約7800bp)を大腸菌とプラスミド抽出キットを用いて調製し、制限酵素KpnIで線状化したDNA溶液を調製した。
【0078】
(2)「電気パルス処理」
上記プラスミドDNAを用いた細胞/DNA溶液(Chlamydomonas reinhardtii C-9株:1×10
8細胞/mL、pTT1-LciB-GFP 約7.8kbpのDNA断片:10μg/mL)を調製し、当該溶液40μL(4×10
6細胞/40μL、400ng/40μL)を2mm gapキュベットに充填した。調製した試料ごとに実施例1の試験区1-1に示す電気条件(Poring Pulseの総電力量=2.69〜3.11J/100μL、Transfer Pulseの最初の1パルスあたりの電力量=0.16〜0.25J/100μL程度)にて3ステップ法による矩形波電気パルス処理を行った。また、当該処理に用いた機器や基本的操作は、実施例1に記載の方法と同様にして行った。
【0079】
(3)「形質転換効率の評価」
実施例1に記載の方法と同様にして、TAP寒天培地で電気パルス処理後の細胞を培養し、培養後のハイグロマイシン抵抗性のコロニーの数を計測することで形質転換効率を評価した。また、蛍光顕微鏡(BZ-9000 KEYENCE, Japan)を用いて励起光490nmで蛍光510nmを検出して撮影した写真像図を
図6に示した。
その結果、約7.8kbのプラスミドDNAを用いた場合であっても、約500細胞/μgDNAという導入効率での形質転換が可能であることが示された。また、形質転換細胞からGFP蛍光を発する形質転換体が生じることが確認された(
図6 参照)
【0080】
(4)「考察」
この結果から、当該方法を用いることによって、細胞壁を有した状態のままの真核藻類細胞にプラスミドDNAを効率良く導入して形質転換し、外来性タンパク質を正常に発現機能できることが示された。
なお、当該実施例における形質転換細胞数が他の実施例の形質転換細胞数より低い値となった理由は、導入対象のDNAが長いことに起因すると推測された
【0081】
[実施例6]『Transfer Pulseの検討』
Transfer Pulseの回数が形質転換効率に与える影響を検討した。
【0082】
(1)「電気パルス処理」
実施例5に記載の方法と同様にして細胞/DNA溶液(Chlamydomonas reinhardtii C-9株:1×10
8細胞/mL、pTT1-LciB-GFP 約7.8kbpのDNA断片:10μg/mL)を調製し、当該溶液40μL(4×10
6細胞/40μL、400ng/40μL)を2mm gapキュベットに充填した。調製した試料ごとに表5-Aに示す電気条件(Poring Pulseの総電力量=1.51〜1.56J/100μL、Transfer Pulseの最初の1パルスの電力量=0.22〜0.23J/100μL程度)にて、3ステップ法による矩形波電気パルス処理を行った。また、当該処理に用いた機器や基本的操作は、実施例1に記載の方法と同様にして行った。
なお、当該電気条件におけるTransfer Pulse 1 (Tp1)、Transfer Pulse 2 (Tp2)の回数は表5-Bに記載の回数にて行った。
【0083】
(2)「形質転換効率の評価」
実施例1に記載の方法と同様にして、TAP寒天培地で電気パルス処理後の細胞を培養し、培養後のハイグロマイシン抵抗性のコロニーの数を計測することで形質転換効率を評価した。結果を表5-Bに示した。
その結果、Transfer Pulse1,2の回数を、それぞれ5回から10回に増加することによって、形質転換細胞数が増加し導入効率が向上することが示された。
【0084】
(3)「考察」
これらの結果から、当該方法におけるTransfer Pulseの回数は、Transfer Pulse 1、Transfer Pulse 2ともそれぞれ10回程度とすることによって、形質転換効率が大幅に高まることが示された。これは、Transfer Pulseの回数が増えたことで、DNAの導入効率が向上し、形質転換された細胞の生存細胞が得られやすくなったためと推測された。
なお、当該実施例における形質転換細胞数が他の実施例の形質転換細胞数より低い値となった理由は、Poring Pulseの総電力量が低めの値であること及び導入対象のDNAが長いことに起因すると考えられた。
【0085】
【表5-A】
【0086】
【表5-B】
【0087】
[実施例7]『他の緑藻類細胞への応用』
上記決定したPoring Pulseの電力量条件を満たすようにエレクトロポレーションを行って、他の緑藻類細胞に対して形質転換が可能かを検討した。
【0088】
(1)「電気パルス処理」
表6に示すクラミドモナス株の細胞溶液を実施例1に記載の方法と同様にして調製し、細胞/DNA懸濁液(緑藻細胞:1×10
8細胞/mL、pHyg3のaph7を含む約2kbpのDNA断片:10μg/mL)を調製し、当該溶液40μL(4×10
6細胞/40μL、400ng/40μL、)を2mm gapキュベットに充填した。調製した試料ごとに実施例1の試験区1-1に示す電気条件(Poring Pulseの総電力量=2.69〜3.11J/100μL、Transfer Pulseの最初の1パルスあたりの電力量=0.16〜0.25J/100μL程度)にて3ステップ法による矩形波電気パルス処理を行った。また、当該処理に用いた機器や基本的操作は、実施例1に記載の方法と同様にして行った。
【0089】
(2)「形質転換効率の評価」
実施例1に記載の方法と同様にして、TAP寒天培地で電気パルス処理後の細胞を培養し、培養後のハイグロマイシン抵抗性のコロニーの数を計測することで形質転換効率を評価した。結果を表6に示した。
【0090】
その結果、上記決定したPoring Pulseの電気量の条件を満たすようにして3ステップ法のエレクトロポレーションを行ったところ、各種クラミドモナス株に対しても高効率での形質転換が可能なことが示された(試験区7-1〜7-4)。
【0091】
(3)「考察」
CC-125株を対象とした場合、C-9株等の他の株に比べて形質転換数が低い値となった。このことは、CC-125株細胞壁が他のC-9株等の他の株に比べて細胞壁が厚いためと推測される。当該結果を踏まえると、本発明の方法は、細胞壁の厚さの異なる多様な各種緑藻類の細胞に対しても、好適に適用可能な技術であると推測される。
【0092】
【表6】
【0093】
[実施例8]『珪藻類細胞への応用』
上記決定したPoring Pulseの電力量条件を満たすようにエレクトロポレーションを行って、緑藻類以外の藻類に対しても形質転換が可能かを検討した。
【0094】
(1)「藻類細胞溶液の調製」
緑藻類とは進化的な系統関係が全く異なり且つ硬い珪酸質の細胞壁を有する珪藻類を対象にして検討を行った。
乾熱滅菌処理した三角フラスコに、0.2 mM Na
2SiO
3を含むダイゴIMK液体培地(Nihon Pharmaceutical Co. Ltd.)に人工海水塩(Sigma)を加えた培地を分注し、前培養していたフェオダクチラム(Phaeodactylum tricornutum テキサス大学 UTEX 642株)を接種した。20℃のインキュベーターで、白色蛍光灯下で30μmol/m
2/secの連続光照射下にて培養した。
当該対数増殖期(OD700=0.2〜0.4)にある当該藻類の培養液を遠心(700×gで4分間)し、0.77Mマンニトール水溶液で洗浄した後、8%IMKを含む0.77Mマンニトール水溶液に懸濁した。
【0095】
(2)「DNA溶液の調製」
プラスミドpPha-T1(fcpBプロモーターの下流にブレノマイシン耐性遺伝子を結合させたカセットを含むプラスミド(Zaslavskaia LA. et al. J.Phycol., 36, p379-386 (2000) 参照)のマルチクローニングサイトに、レポーター遺伝子としてsGFP遺伝子(sgfp)又はGUS遺伝子(uidA)を挿入した。
当該コンストラクトを有するプラスミドDNAを大腸菌とプラスミド抽出キットを用いて調製し、制限酵素NdeIで線状化したDNA溶液を調製した。
【0096】
(3)「電気パルス処理」
上記プラスミドDNAを用いた細胞/DNA溶液(Phaeodactylum tricornutum UTEX 642株:2.5×10
7細胞/mL、sgfp又はuidAを挿入したpPha-T1のDNA断片:50μg/mL)を調製し、当該溶液40μL(1×10
6細胞/40μL、2μg/40μL)を2mm gapキュベットに充填した。調製した試料ごとにPoring Pulseの総電力量(J/100μL)を
図7に示す横軸値(0.01〜17.6J/100μLの範囲)で変化させて、計26サンプルについて3ステップ法による矩形波電気パルス処理を行った。なお、各種電気条件については、表7に示す値の範囲で行った。また、当該処理に用いた機器や基本的操作は、実施例1に記載の方法と同様にして行った。
なお、当該電気条件におけるTransfer Pulseの最初の1パルスあたりの電力量は、0.17〜0.39J/100μL程度の値であった。
【0097】
(4)「形質転換効率の評価」
電気処理後1分以内に、当該細胞/DNA懸濁液を、14mL容ポリエチレンチューブ内に調製したダイゴIMK液体培地4mLと混合した。これを、20℃で30μmol/m
2/secの光照射下で、20時間静置培養した。なお、フェオダクチラムの増殖速度は遅いため、当該培養中に分裂する細胞はほとんどいない。
培養後、当該培地を遠心(700×g, 4分間)して上清を捨て、0.2mLのダイゴIMK液体培地に懸濁し、100μg/mL zeocin(R)(Invirtogen)を含む1%寒天ダイゴIMK培地にプレーティングした。30μmol/m
2/secの光照射下で、20℃で20時間の静置培養(回復培養)を行い、10日後にゼオシン耐性を有するコロニーの数を計測することで形質転換効率を評価した。結果のグラフを
図7に示した。なお、当該グラフにおいては、各データをプロットした点の集合から近似曲線を作成した。
【0098】
また、ゼオシン耐性コロニーにおけるレポーター遺伝子の発現及び機能を確認した。形質転換細胞について顕微鏡を用いて可視光下で撮影した写真像図を
図8(A)に示した。また、蛍光顕微鏡(BZ-9000 KEYENCE, Japan)を用いて励起光490nmで蛍光510nmを検出して撮影した写真像図を
図8(B)に示した。また、GUS染色後に顕微鏡を用いて可視光下で撮影した写真像図を
図8(C)に示した。
【0099】
その結果、Poring Pulseの総電力量が3.3〜14.3J/100μLの範囲では、約500細胞/μgDNA以上の形質転換細胞が得られる傾向が認められ、高い導入効率になることが示された。
また、4.8〜12.9J/100μLの範囲では、約1000細胞/μgDNA以上の形質転換細胞が得られる傾向が認められ、高い導入効率になることが示された。
また、6.5〜11.3J/100μLの範囲では、約1500細胞/μgDNA以上の形質転換細胞が得られる傾向が認められ、高い導入効率になることが示された。
また、7.5〜10.2J/100μLの範囲では、約1700細胞/μgDNA以上の形質転換細胞が得られる傾向が認められ、高い導入効率になることが示された。
また、8.9J/100μL付近では、約1850細胞/μgDNAの形質転換細胞が得られる傾向が認められ、高い導入効率になることが示された。
【0100】
なお、得られたゼオシン耐性コロニー(形質転換細胞)からゲノムDNAを抽出して、sgfp遺伝子、またはuidA遺伝子に特異的なプライマーを用いてPCR反応を行ったところ、全ての形質転換細胞のゲノムDNAから、sgfp遺伝子又はuidA遺伝子の増幅断片が検出された。
また、ゼオシン耐性コロニーの約90%から、GFP蛍光の観察及びGUS染色が確認された。即ち、形質転換細胞の大部分において、外来性タンパク質の発現機能(レポーター遺伝子の発現機能)が正常に起こっていることが確認された。
【0101】
(5)「考察」
これらの結果から、珪藻類に対して3段階方式の矩形波多重パルスを与えて遺伝子導入を行うためには、Poring Pulseの総電力量の条件を上記至適範囲に調整して行う必要があることが明らかになった。
当該フェオダクチラムに遺伝子導入を行うために好適なPoring Pulseの総電力量範囲は、緑藻類であるクラミドモナスに対する好適な総電力量の範囲に比べて、高い範囲にあるものと認められた。これは、珪藻類であるフェオダクチラムの外層が、珪酸質の厚い被殻の細胞壁で覆われているためと推測された。
【0102】
【表7】