(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
軸方向に連続する第1加熱部および第2加熱部を有するワークを、当該ワークの周方向に沿って囲む誘導焼入装置の誘導加熱コイルにより加熱して焼入れする誘導焼入方法であって、
前記誘導焼入装置は、
前記ワークの軸方向の両端部を保持するワーク保持装置と、
前記誘導加熱コイルに対して前記ワークを、その軸方向に相対移動する移動装置と、
周波数の異なる2種類の周波数のうち低周波電力を前記誘導加熱コイルに出力する低周波出力装置と、
前記低周波電力よりも高周波の高周波電力を前記誘導加熱コイルに出力する高周波出力装置と、
前記ワークの前記誘導加熱コイルを通過した部位に冷却液を噴出する冷却装置と、を備え、
誘導加熱コイルの内周面が、前記ワークの第1加熱部の外周面に対向する位置に、前記誘導加熱コイルおよびワークを相対移動させた後、前記誘導加熱コイルおよびワークを相対移動させずに定置状態に維持し、この定置状態時に冷却装置を作動させずに前記低周波出力装置を作動させて前記誘導加熱コイルに低周波電力を単独で供給して第1加熱部を加熱させる定置加熱処理を所定の定置時間実行し、
前記定置加熱処理後に、前記誘導加熱コイルおよびワークを相対移動させずに、かつ、前記冷却装置を作動させずに前記誘導加熱コイルに電力を供給しない放冷処理を所定の放冷時間実行し、
前記放冷処理後に、前記移動装置により前記誘導加熱コイルおよびワークを相対移動させつつ、前記ワークの第1加熱部が誘導加熱コイルを通過した後は、前記低周波出力装置および高周波出力装置を作動させて前記誘導加熱コイルに低周波電力および高周波電力を供給して第2加熱部を加熱するとともに、前記冷却装置を作動させて誘導加熱コイルで加熱された第1加熱部および第2加熱部を冷却する焼入処理を実行し、
前記誘導加熱コイルに前記低周波出力装置から低周波電力が単独で供給されている場合と、前記低周波出力装置および高周波出力装置から低周波電力および高周波電力が供給されている場合に、
前記誘導加熱コイルに供給される電力値を測定し、この測定された電力値が予め設定された監視設定値を中心値とする監視範囲内に納まっているかを監視し、焼入処理が正常に行われているか否かを判断するとともに、
加熱処理した所定数のワークにおいて検査に合格したワークの加熱処理時の低周波電力および高周波電力を各加熱処理工程毎に測定し、各加熱処理工程において測定された各電力の最大値および最小値の中心値を、各加熱処理工程毎の監視設定値に設定する
ことを特徴とする誘導焼入方法。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の一実施形態を、図面を参照して説明する。
〔1.誘導焼入装置の全体構成〕
図1は、本実施形態における誘導焼入装置100の概略構成を示す回路図である。ここで、この誘導焼入装置100は、
図3および
図4に示すスプラインシャフト200を誘導加熱および冷却により表面焼入れするものであり、
図1の誘導焼入装置100のほか、スプラインシャフト200を保持するワーク保持装置300を備えて構成されている。
【0028】
〔2.誘導焼入装置の構成〕
誘導焼入装置100は、異なる2つの周波数を利用して、スプラインシャフト200を誘導加熱して焼入れする装置である。
この誘導焼入装置100は、スプラインシャフト200を誘導加熱する誘導加熱コイル110と、変圧器としての第1の変圧器120および第2の変圧器125と、低周波出力装置140と、高周波出力装置130と、制御装置としての制御手段150と、を備えている。
【0029】
〔2−1.誘導加熱コイル〕
誘導加熱コイル110は、高周波出力装置130および低周波出力装置140に並列に接続されている。この誘導加熱コイル110は、高周波出力装置130と低周波出力装置140とのそれぞれから所定周波数の電力が供給され、スプラインシャフト200を誘導加熱する。なお、以下の説明では、低周波出力装置140によって供給される電力を低周波電力、高周波出力装置130によって供給される電力を高周波電力とする。
【0030】
〔2−2.第1の変圧器〕
第1の変圧器120は、高周波出力装置130および誘導加熱コイル110に接続され、所定の周波数の交流電力(高周波電力)を誘導加熱コイル110に供給する。
この第1の変圧器120は、例えば自己インダクタンスが小さいもの、すなわち空芯結合形のもので、2次側となる2次巻線122および3次巻線123が1回巻きで、これら2次巻線122および3次巻線123のインダクタンスの値と、誘導加熱コイル110のインダクタンスの値とが略同一となる状態に設定されたものである。そして、第1の変圧器120は、2次巻線122の一端側と、3次巻線123の一端側との間に、誘導加熱コイル110が接続されている。
また、2次巻線122の他端側と、3次巻線123の他端側との間には、第3のコンデンサC3および第4のコンデンサC4の直列回路が接続されている。この第3のコンデンサC3および第4のコンデンサC4の接続点は、グラウンドに接続されている。
これらの第3のコンデンサC3および第4のコンデンサC4は、高周波の交流電流をバイパスするために第1の変圧器120の2次側を低いインダクタンスとした第1の変圧器120の無効電力を補償する。
【0031】
〔2−3.第2の変圧器〕
第2の変圧器125は、低周波出力装置140および誘導加熱コイル110に接続され、所定の周波数の交流電力(低周波電力)を誘導加熱コイル110に供給する。
第2の変圧器125の2次巻線127の出力端子は、誘導加熱コイル110に接続されている。
したがって、第1の変圧器120の2次巻線122および3次巻線123と、第2の変圧器125の2次巻線127とは、誘導加熱コイル110に並列に接続されている。
【0032】
〔2−4.高周波出力装置〕
高周波出力装置130は、低周波出力装置140によって供給される電力よりも高い周波数の電力を誘導加熱コイル110に供給して誘導加熱させるものである。
例えば、低周波出力装置140によって供給される電力(低周波電力)の周波数が1kHz以上、50kHz未満の場合、高周波出力装置130は、例えば10kHz以上、400kHz以下の範囲で前記低周波電力よりも周波数の高い電力(高周波電力)を供給する。
【0033】
前記高周波出力装置130は、第1の発振手段131と、第3の変圧器132と、第1のコンデンサC1とを備えている。第1の発振手段131は、第1のコンバータ131Aと、第1の平滑コンデンサCf1と、第1のインバータ131Bとを備えている。
【0034】
第1のコンバータ131Aは、例えば各種のブリッジ整流回路が用いられる順変換回路で、商用交流電源eに接続されて商用交流電源eの交流を直流に変換する。この変換した直流電流は、第1の平滑コンデンサCf1を介して適宜平滑され、第1のインバータ131Bへ出力される。
第1のインバータ131Bは、例えば電圧形インバータで、第1の平滑コンデンサCf1を介して入力される直流電流を所定の周波数である上述した高周波の交流電流に変換する。また、第1のインバータ131Bの出力端子間には、第3の変圧器132の1次巻線132Aが直列に接続されている。
【0035】
そして、高周波出力装置130は、第3の変圧器132の2次巻線132Bの出力端子間に、第1のコンデンサC1および第1の変圧器120の1次巻線121が直列に接続されて構成される。
すなわち、第1のコンデンサC1は、第1のインバータ131Bから出力され第3の変圧器132を介して供給される高周波電力により直列共振状態となり、誘導加熱コイル110にてスプラインシャフト200を誘導加熱させる。
また、第1のコンデンサC1は、第1の変圧器120および誘導加熱コイル110の無効電力を補償するとともに、第1の変圧器120で低周波出力装置140から帰還される交流電力の低周波成分を減衰する。
そして、高周波出力装置130は、上述したように、周波数が10kHz以上400kHz以下の高周波電力を第1の変圧器120を介して誘導加熱コイル110に供給し、第1のコンデンサC1で直列共振により、スプラインシャフト200を誘導加熱させる。
【0036】
ここで、高周波出力装置130が供給する高周波電力の周波数が10kHzより低くなると、特にスプラインシャフトのスプライン部の凹凸被加熱面において良好な焼入れが得られなくなるおそれがある。一方、400kHzより高くなると、良好な誘導加熱が得られにくくなるおそれがある。このため、高周波出力装置130で供給する周波数は、10kHz以上400kHz以下の範囲に設定することが好ましい。
【0037】
〔2−5.低周波出力装置〕
低周波出力装置140は、第2の発振手段141と、第4の変圧器142と、リアクトルL1と、第2のコンデンサC2とを備えている。
第2の発振手段141は、高周波出力装置130と同様に、第2のコンバータ141Aと、第2の平滑コンデンサCf2と、第2のインバータ141Bと、を備えている。
また、第2のコンバータ141Aは、例えば各種のブリッジ整流回路が用いられる順変換回路で、商用交流電源eに接続されて商用交流電源eの交流を直流に変換する。この変換した直流電流は、第2の平滑コンデンサCf2を介して適宜平滑され、第2のインバータ141Bへ出力される。第2のインバータ141Bは、例えば電圧形インバータで、第2の平滑コンデンサCf2を介して入力される直流電流を上述した低周波の交流電流に変換する。また、第2のインバータ141Bの出力端子間には、第4の変圧器142の1次巻線142Aが直列に接続されている。
【0038】
低周波出力装置140は、第4の変圧器142の2次巻線142B間に、リアクトルL1と、第2のコンデンサC2と、第2の変圧器125の1次巻線126との直列回路が接続されている。そして、低周波出力装置140は、リアクトルL1が高周波出力装置130の高周波の帰還成分を減衰し、直列共振回路を構成する。
低周波出力装置140は、上述したように、周波数が1kHz以上50kHz未満の低周波電力を誘導加熱コイル110に供給し、リアクトルL1および第2のコンデンサC2の直列共振により、スプラインシャフト200を誘導加熱させる。
【0039】
ここで、低周波出力装置140が供給する低周波電力の周波数が1kHzより低くなると、良好な誘導加熱が得られにくくなるおそれがある。一方、50kHz以上に高くなると、スプラインシャフト200表面から内部に至る良好な誘導加熱が得られなくなるおそれがある。このことから、低周波出力装置140にて供給する周波数は、1kHz以上50kHz未満が好ましい。
【0040】
〔2−6.誘導焼入装置の他の例〕
なお、誘導焼入装置100としては、
図2に示すように、誘導加熱コイル110に対して、第1の変圧器120の2次巻線122および3次巻線123と、第2の変圧器125の2次巻線127とが直列に接続されたものでもよい。
【0041】
〔2−7.制御手段〕
制御手段150は、高周波出力装置130および低周波出力装置140の動作を制御する。この制御手段150は、高周波出力装置130および低周波出力装置140を電流一定制御で制御しており、入力電流を設定することで、高周波出力装置130および低周波出力装置140から誘導加熱コイル110に供給する交流電力の大きさを制御する。
高周波出力装置130および低周波出力装置140から誘導加熱コイル110に供給される高周波の交流電力および低周波の交流電力は、それぞれ単独で供給可能であるとともに、高周波および低周波を適宜合成して供給可能となっている。すなわち、
図1,2の誘導焼入装置100は、誘導加熱コイル110に対して、第1の変圧器120の2次巻線122および3次巻線123と、第2の変圧器125の2次巻線127とが並列あるいは直列に接続されているので、高周波電力および低周波電力が同時に出力された場合には、それらが重畳(ミックス)して誘導加熱コイル110に出力される。
【0042】
さらに、制御手段150は、後述するように、加熱されたスプラインシャフト200を冷却する冷却装置と、前記ワークを保持するワーク保持装置300を制御する。
【0043】
〔3.スプラインシャフトの構成〕
次に、本実施形態の誘導焼入装置100のワークであるスプラインシャフト200の構成を説明する。
スプラインシャフト200は、
図3,4に示すように、歯山211および歯底212を有するスプライン部210と、冶具などで保持される略円柱状の軸部290とを備えている。ここで、軸部290は、スプライン部210と連続する側に、スプラインシャフト200の軸方向に対して突出する段差部250を有している。そして、スプライン部210により第2加熱部が構成され、段差部250により第1加熱部が構成される。
また、本実施形態では、スプラインシャフト200の材質はS35C鋼とされ、冷間鍛造により形成されている。なお、スプラインシャフト200の材質はこれに限らず、スプライン部210や、段差部250を含む軸部290の寸法、形状なども限定されない。
【0044】
図4(A)は、スプラインシャフト200の平面図であり、
図4(B)はスプラインシャフト200のスプライン部210および段差部250を示す縦断面図である。
スプライン部210は、
図4(A)に示すように、異形とされており、6つの歯山211が2つずつ近接して配置され、形状の異なる歯底212A,212Bが各歯山211の間に形成されている。これらの歯底212A,212Bそれぞれにおいて、軸中心からの距離は異なり、これらの歯底212A,212Bの両方に所定の焼入深さの焼入硬化層を形成する必要があるが、以下では、これらの歯底212A,212Bを特に区別する必要がない場合、これらを歯底212と総称する。また、以下では、スプラインシャフト200の軸方向をSという。
【0045】
段差部250は、
図4(A)に示すように、スプライン部210の歯山211よりも大きな径とされており、
図4(B)に示すように、歯底212から立ち上がる立ち上がり面251と、立ち上がり面251と交差し軸方向Sにほぼ沿う外周面252とを含んで形成されている。
なお、段差部250の基端部、具体的には、歯底212と立ち上がり面251とが交差する角隅部にR部251Rが形成されている。
【0046】
一方、スプライン部210の段差部250と反対側の端面215には、軸方向に沿って突出する突部260が形成されている。突部260の中心軸には、所定深さの穴261が形成されている。
【0047】
〔4.ワーク保持装置〕
誘導焼入装置100には、
図3に示すように、ワークであるスプラインシャフト200を保持するワーク保持装置300が設けられている。
ワーク保持装置300は、軸方向Sが上下方向となるように配置されたスプラインシャフト200の上部側(前記突部260側)を保持する上部保持装置310と、下部側を保持する下部保持装置350とを備えている。
【0048】
〔4−1.上部保持装置〕
上部保持装置310は、上センターストックと呼ばれるものであり、上部保持装置本体320と、この上部保持装置本体320に固定されてワークであるスプラインシャフト200の上端を直接保持する第1保持具である上部保持具330とを備えている。
上部保持装置本体320は、前記上部保持具330が固定される固定軸321を有し、前記軸方向Sに沿って上下動可能に構成されている。
【0049】
〔4−2.上部保持具〕
前記上部保持具330は、円柱状の銅材を加工して製造されたものである。具体的には、上部保持具330は、
図5に示すように、円柱状の本体部331と、本体部331の一方の端部(本実施形態では下端)に連続するテーパー部332と、テーパー部332の小径側の端部(本実施形態では下端)に連続するシールド部333とを備えている。
ここで、
図5において、中心に記載されている図は上部保持具330の正面図であり、その上側に記載されている図は上面図、下側に記載されている図は底面図、右側に記載されている図は右側面図、左側に記載されている図は左側面図である。なお、上部保持具330の背面図は、正面図と対称の図であるため、省略している。
【0050】
本体部331の他方の端部(本実施形態では上端)には、
図6にも示すように、前記固定軸321が挿入される挿入穴331Aが形成されている。この挿入穴331Aは、開口形状が円形とされ、前記固定軸321を隙間無く挿入できる直径とされている。
【0051】
本体部331の側面には、ねじ穴331Bが形成されている。ねじ穴331Bは、前記挿入穴331Aまで開口されている。そして、前記上部保持装置本体320の固定軸321を挿入穴331Aに挿入した状態で、前記ねじ穴331Bに止めねじ335をねじ込むことで、上部保持具330は、上部保持装置本体320に固定される。
【0052】
テーパー部332は、本体部331の軸方向に対する傾斜角度が約15度の円錐台形状とされている。
シールド部333は、円柱状に形成され、
図6にも示すように、下端部側に開口されてシールド部333の軸方向に所定長さ設けられた保持穴334を備えている。この保持穴334には、前記スプラインシャフト200の突部260が挿入され、突部260の外周を被覆する。
【0053】
〔4−3.下部保持装置〕
下部保持装置350は、下センターストックと呼ばれるものであり、
図3に示すように、下部保持装置本体360と、この下部保持装置本体360に固定されてワークであるスプラインシャフト200の下端を直接保持する第2保持具である下部保持具370とを備えている。
下部保持装置本体360は、上部保持装置本体320と同様に、前記下部保持具370が固定される固定軸361を有し、前記軸方向Sに沿って上下動可能に構成されている。
さらに、下部保持装置本体360は、前記軸方向を回転軸としてモーターによって回転可能に構成されている。
【0054】
〔4−4.下部保持具〕
前記下部保持具370は、金属材を加工して製造されたものである。具体的には、下部保持具370は、
図7に示すように、円柱状の本体部371と、本体部371の一方の端部(本実施形態では上端)に連続するテーパー部372とを備えている。
ここで、
図7において、中心に記載されている図は下部保持具370の正面図であり、その上側に記載されている図は上面図、下側に記載されている図は底面図、右側に記載されている図は右側面図、左側に記載されている図は左側面図である。なお、下部保持具370の背面図は、正面図と対称の図であるため、省略している。
【0055】
本体部371の他方の端部(本実施形態では下端)には、
図8に示すように、前記固定軸361が挿入される挿入穴371Aが形成されている。この挿入穴371Aは、開口形状が円形とされ、前記固定軸361を隙間無く挿入できる直径とされている。
【0056】
本体部371の側面には、ねじ穴371Bが形成されている。ねじ穴371Bは、前記挿入穴371Aまで開口されている。そして、
図3に示すように、前記下部保持装置本体360の固定軸361を挿入穴371Aに挿入した状態で、前記ねじ穴371Bに止めねじ385をねじ込むことで、下部保持具370は、下部保持装置本体360に固定される。
【0057】
テーパー部372は、本体部371の軸方向に対する傾斜角度が約45度の円錐台形状とされている。
テーパー部372には、
図8に示すように、上端面に開口されてテーパー部372の軸方向に所定長さ設けられた保持穴373を備えている。この保持穴373は、前記スプラインシャフト200の下端部が挿入されるものである。そして、保持穴373の底面は、保持穴373の内側面373Aに連続するテーパー面373Bと、テーパー面373Bに連続する平面373Cとを備えている。
テーパー面373Bは、保持穴373の中心軸に向かうにしたがって、下方に傾斜する円錐面である。すなわち、テーパー面373Bは平面373Cに接する内周側が、内側面373Aに接する外周側に比べて、穴の深さ寸法が大きくなるように構成されている。
平面373Cは、保持穴373の底面中心に配置され、保持穴373の直径に比べて約半分の直径に形成されている。
【0058】
〔4−5.ワーク保持装置によるスプラインシャフトの保持〕
このようなワーク保持装置300の上部保持装置310および下部保持装置350は、互いに近接する方向および離間する方向に上下動され、ワークであるスプラインシャフト200の保持や、加熱処理されたスプラインシャフト200の取り出しを行う。
すなわち、
図9に示すように、スプラインシャフト200の下端部を下部保持具370の保持穴373に差し込み、上部保持装置310を下部保持具370に対して相対的に近づける。そして、上部保持具330の保持穴334に、スプラインシャフト200の突部260を挿入し、シールド部333の下端面をスプラインシャフト200の端面215に当接させる。これにより、スプラインシャフト200の上下両端は、上部保持装置310および下部保持装置350の上部保持具330、下部保持具370に保持される。また、スプラインシャフト200の突部260は、シールド部333で覆われる。
この突部260は、導電率の高い銅製のシールド部333で覆われるため、誘導加熱コイル110による加熱を防止できる。すなわち、本実施形態の上部保持装置310を用いて突部260をシールドすることで、突部260の焼入れを防止できる。
【0059】
さらに、前記下部保持装置350は、前述の通り、図示略のモーターによって、固定軸361の下部保持装置本体360の中心軸を回転軸として回転可能に構成されている。
下部保持装置本体360が回転すると、止めねじ385により一体化されている下部保持具370も回転する。すると、下部保持具370の保持穴373に挿入されているスプラインシャフト200も下部保持具370とともに回転する。
【0060】
すなわち、上部保持装置310はスプラインシャフト200の端面215に当接しており、スプラインシャフト200に対して押圧力が加わるため、スプラインシャフト200の下端は下部保持装置350の保持穴373に対して所定の力で圧接している。
また、保持穴373の底面にはテーパー面373Bが形成されているので、スプラインシャフト200の下端外周縁が前記テーパー面373Bに接触する。このため、例えば、下部保持具の上端を円錐状に形成し、その先端をスプラインシャフト200の下端面に形成される穴に差し込んで保持する従来の保持構造に比べて、スプラインシャフト200と下部保持具370との接触面積が大きくなる。
【0061】
このため、下部保持装置350が回転した際に、下部保持具370とスプラインシャフト200との摩擦力が増大し、スプラインシャフト200の滑りを抑制、あるいは防止できる。従って、スプラインシャフト200を下部保持装置350の回転に連動して確実に回転させることができる。
なお、上部保持装置310は、下部保持装置350に連動して回転させてもよいし、回転させずに停止状態としてもよい。
上部保持装置310が下部保持装置350とともに回転する場合には、スプラインシャフト200をよりスムーズに回転することができる。
【0062】
一方、上部保持装置310が停止状態とされている場合、前記突部260が上部保持装置310の保持穴334に挿入されているため、突部260を軸にスプラインシャフト200は回転する。この際、突部260と保持穴334との接触部分で摩擦抵抗が加わるが、前述したように、本実施形態では、下部保持具370とスプラインシャフト200との摩擦力が増大しているので、スプラインシャフト200は下部保持装置350の回転に連動して回転する。
また、上部保持装置310をスプラインシャフト200との摩擦力で回転させ、この上部保持装置310の回転を回転検出センサーで検出するように構成してもよい。この場合、スプラインシャフト200や上部保持装置310の回転異常を検出でき、異常発生時に加熱処理を停止させるなどの対応を取ることができる。
【0063】
さらに、ワーク保持装置300は、上部保持装置310および下部保持装置350でワーク(スプラインシャフト200)を保持した状態で、上下動できるように構成されている。このため、本実施形態のワーク保持装置300は、ワークを誘導加熱コイル110に対して相対的に移動させる移動装置を兼ねている。
【0064】
〔5.誘導加熱コイルの構造〕
誘導焼入装置100の誘導加熱コイル110は、環状で幅6mmの1ターン(巻数1回)とされているとともに、冷却水(焼入水)を噴射する冷却装置と一体化されている。すなわち、
図10に示すように、誘導加熱コイル110には冷却水の噴射孔115が形成され、誘導加熱コイル110内部に供給された冷却水が前記噴射孔115から噴出するように構成されている。
本実施形態では誘導加熱コイル110の周方向に沿って多数の噴射孔115が4列で千鳥配列され、冷却幅は20.0mm以上となっている。
【0065】
また、本実施形態では、段差部250のR部251Rを含めて立ち上がり面251全体に冷却水がかかるように、噴射孔115の噴射角度θを軸方向Sに対して約30度に設定している。
前記噴射角度θは約30度に限定されないが、25〜35度程度の範囲に設定することが好ましい。噴射角度θが25度未満と小さくなると、スプラインシャフト200において、誘導加熱コイル110に対向配置されて加熱される位置から冷却水によって冷却される位置までの距離が長くなり、加熱後に冷却水で焼入れするまでに時間がかかってしまう。
一方で、噴射角度θが35度以上と大きくなると、スプラインシャフト200に噴出した冷却水が、誘導加熱コイル110側に跳ね却って誘導加熱コイル110の上面側に冷却水が溜まり、誘導加熱コイル110の温度上昇を妨げるおそれがある。
そこで、噴射角度θを25〜35度の範囲、例えば30度に設定すれば、冷却水の誘導加熱コイル110側への跳ね返りも抑制できる。また、誘導加熱コイル110の加熱位置と冷却位置との距離を小さくできるため、誘導加熱コイル110で加熱した部分を即座に急冷して焼入れすることができる。
【0066】
さらに、誘導加熱コイル110の内周面110Aの軸方向のスプラインシャフト200の軸方向2に沿った長さ寸法は、段差部250の外周面252の軸方向の長さ寸法と同程度の長さに設定されている。
【0067】
〔6.スプラインシャフトの誘導焼入処理の概略〕
次に
図10を参照して、スプラインシャフト200の誘導焼入処理の概略を説明する。
すなわち、スプラインシャフト200を誘導焼入装置100の誘導加熱コイル110の内周側に配置し、前記ワーク保持装置300によってスプラインシャフト200の上下両端を保持する。
そして、下部保持装置350によってスプラインシャフト200を回転しながら、誘導加熱コイル110に対してスプラインシャフト200を軸方向Sに沿って移動させる。
スプラインシャフト200の熱処理開始位置は、
図10に示すように、誘導加熱コイル110の内周面110Aに段差部250が対向する位置であり、
図10の状態から、スプラインシャフト200を軸方向Sに沿って下方に移動させ、スプライン部210の段差部250とは反対側の端部(上端)が誘導加熱コイル110の内周面110Aを通過したとき、スプラインシャフト200への加熱を終了する。
また、スプラインシャフト200を移動させながら加熱する際に、噴射孔115から冷却水を噴出することで、加熱された部分を急冷して焼入れを行っている。
【0068】
〔6−1.スプラインシャフトの誘導焼入処理の詳細〕
次に、
図11〜15をも参照して、スプラインシャフト200の誘導焼入処理(熱処理)の詳細について説明する。
【0069】
本実施形態では、前述した誘導焼入装置100により、低周波・高周波の2周波を用いてスプラインシャフト200を段差部250側から焼入れする。
図11は、低周波・高周波をそれぞれ供給するタイミングを示す(熱処理サイクル)。
図11のグラフの縦軸は、低周波加熱および高周波加熱の監視電力の設定値であり、グラフ横軸は、誘導加熱コイル110の内周面110Aに段差部250が対向した状態(
図10)を加熱処理開始時とした場合の経過時間を示す。
【0070】
〔6−2.焼入条件の設定工程〕
図12は、誘導焼入装置100に設けられる図示略の表示装置に表示される焼入条件設定画面510の例である。この表示装置はタッチパネル式であり、制御手段150にて制御されている。
条件設定画面510には、焼入条件の設定データ表示領域511と、下センターストックである下部保持装置350の現在位置を示す位置表示領域512と、設定条件を入力する際に行(STEP)を選択する上下移動ボタン513と、設定データ表示領域511において行(STEP)を挿入する行挿入ボタン514、行を削除する行削除ボタン515、加熱処理を開始する加熱ボタン516などが表示されている。
ここで、「STEP」は各加熱処理の各工程を表し、
図11のグラフにおける各STEPに対応する。
【0071】
図12の設定データ表示領域511に表示された「時間」は、各STEPの処理時間を設定するものである。
図12のSTEP2,3,9は、スプラインシャフト200が軸方向に移動せずに停止(定置)された状態で処理するので、処理工程を時間で制御している。
一方、「時間」が「0」とされた他のSTEPは、スプラインシャフト200を軸方向に移動しているので、設定された位置に移動するまで処理を継続し、その位置に移動した時点で処理を終了する制御を行う。
このため、
図12の「位置」は、制御終了条件となるスプラインシャフト200の位置を表す。なお、本実施形態では、具体的には、下部保持装置350の位置(例えば下部保持具370の上端位置)で制御しているため、前記「位置」も下部保持装置350の位置を表す。なお、下部保持装置350の位置は、所定の基準位置からの高さ位置で表され、本実施形態では、
図10の状態の場合を「680mm」に設定している。
【0072】
図12の「速度」は、誘導加熱コイル110とスプラインシャフト200との相対移動速度を表す。
従って、
図12のSTEP1は、下センターストックである下部保持装置350が「680mm」の高さ位置となるまで、50mm/sの速度で下部保持装置350つまりスプラインシャフト200を移動する制御が設定されている。
【0073】
図12の「VR1」、「VR2」は、それぞれ低周波出力装置140、高周波出力装置130の入力電流の設定値を表す。
図12の「監視1」、「監視2」は、それぞれ低周波出力装置140、高周波出力装置130から供給される電力(出力電力)の監視設定値を表す。
ここで、本実施形態では、前記電力の監視設定値を中心値とし、電力上限幅および下限幅を予め設定し、電力監視範囲を設定している。例えば、本実施形態では、上限幅を+1.0kW、下限幅を−1.0kWに設定している。
従って、電力監視範囲は「監視1」、「監視2」の監視設定値を中心に±1.0kWの範囲で設定される。例えば、
図12のSTEP2の「監視1」は12.1kWに設定されているので、この場合の監視範囲は、11.1kW以上、13.1kW以下の範囲となる。この±1.0kWの監視幅は、従来の誘導焼入装置における監視に比べると、非常に小さなものであり、厳密な監視が行われている。
【0074】
図12の「回転」は、各STEP毎に下部保持装置350を回転させるか否かを設定するものであり、「冷却」は、各STEP毎に冷却水を噴出してワークを冷却するか否かを設定するものである。
【0075】
〔6−3.焼入処理工程〕
図12の加熱ボタン516を押すと、
図12の条件設定画面510で設定した条件に従ってワークの焼入処理が行われる。
【0076】
〔STEP1:焼入開始位置への移動処理〕
焼入処理を開始すると、制御手段150は、ワーク保持装置300を作動してワーク(スプラインシャフト200)を焼入開始位置に移動する。
本実施形態では、ワーク保持装置300がワークを保持する際の下部保持装置350の初期位置は、原点位置(上下方向であるZ軸の原点位置)から810mmの高さ位置に設定されている。そして、STEP1では、スプラインシャフト200の段差部250が誘導加熱コイル110に対向する位置、つまり誘導加熱コイル110と段差部250の高さ位置が一致する
図9,10の位置まで、設定速度(50mm/s)でワーク保持装置300が移動する。この際、回転設定も「ON」なので、ワーク保持装置300はスプラインシャフト200を回転させながら移動する。そして、下部保持装置350がSTEP1で設定された位置(680mm)に移動すると、制御手段150はワーク保持装置300の下方への移動を停止してSTEP1の処理を終了し、STEP2の処理を実行する。
【0077】
〔STEP2:段差部の定置加熱処理〕
次に、制御手段150は、段差部250に対する定置加熱を行う。定置加熱とは、ワークに対して誘導加熱コイル110を停止させた状態で加熱することである。なお、ワークに対して誘導加熱コイル110を相対的に移動させながら加熱することは、移動加熱と呼ぶ。
STEP2の定置加熱では、低周波電力のみを単独で誘導加熱コイル110に供給する低周波加熱処理が行われる。このため、制御手段150は、低周波出力装置140に条件設定画面510で設定されたVR1の入力電流を、設定時間(1.5秒間)供給して低周波加熱処理を行う。
【0078】
[加熱処理時の電力監視方法]
制御手段150は、加熱処理中に高周波出力装置130、低周波出力装置140から供給される各電力を測定して監視する。
図13は、各STEP処理時の測定データを示す測定データ表示画面520である。ここで、各STEPの時間、位置、速度は、前記条件設定画面510と同じ項目であるため、説明を省略する。
「総電力」は、低周波出力装置140の電力f1と、高周波出力装置130の電力f2の合計値である。
「電力f1」は、低周波出力装置140の電力であり、移動加熱処理時と、1秒以上の定置加熱時は、監視マスク時間経過後からSTEPが切り替わるまで、所定時間間隔(本実施形態では10msec毎)で演算した平均電力が表示される。一方、定置加熱処理が1秒未満の場合は、その加熱処理が終了して次のSTEPに切り替わるSTEP切り替わり時の瞬時電力値が表示される。
【0079】
ここで、監視マスク時間とは、制御手段150が電力監視を行わない時間(範囲)である。すなわち、誘導加熱処理では、
図11のグラフに示すように、加熱処理を開始してから電力が安定するまでに一定の時間が掛かる。この電力が安定するまでの期間は、電力監視が行えないため、監視マスク時間に設定している。
従って、制御手段150は、STEPの開始時から監視マスク時間が終わるまでは電力監視を行わない。この監視マスク時間は各STEPの設定条件に応じて設定できるが、STEP2の監視マスク時間M2は0.3秒に設定されている。
【0080】
「電力f1MAX」、「電力f1MIN」は、前記監視マスク時間経過後からSTEPが切り替わるまで所定時間間隔で演算された低周波出力装置140の平均電力における最大値および最小値である。定置加熱処理が1秒未満の場合は、瞬時電力値のみを測定しているため、最大値、最小値は表示されない。
同様に、「電力f2」は、高周波出力装置130の平均電力または瞬時電力値であり、「電力f2MAX」、「電力f2MIN」は、高周波出力装置130の平均電力における最大値および最小値である。
「回転数」は下部保持装置350つまりワークの1分間の回転数であり、「液量」は冷却水の1分間の噴出量である。
【0081】
制御手段150は、監視マスク時間M2の経過後は、STEP2が終了するまで(1.5秒経過するまで)、電力監視を行う。具体的には、制御手段150は、10msec毎に平均電力を演算し、監視設定値と比較して監視する。平均電力は、累積電力をサンプリング回数で除算して求めている。
【0082】
ここで、定置加熱の適切な設定時間(所定の定置時間)は、加熱対象によって変化する。このため、定置加熱時間が1秒未満と短くなる場合もある。例えば、前記監視マスク時間である0.3秒よりも短い場合もありえる。このため、本実施形態では、定置加熱時間が1秒未満であった場合は、前記平均電力の演算を行わず、STEPの切り替わり時(定置加熱処理の終了時)の瞬時電力値を測定し、監視設定値と比較する。
【0083】
〔STEP3:放冷処理〕
制御手段150は、STEP2の定置加熱処理が終了すると、STEP3の放冷処理を行う。放冷処理では、制御手段150は、スプラインシャフト200のZ軸方向の移動は停止した状態のまま、低周波出力装置140への電力供給を停止する。この際、スプラインシャフト200の回転は継続するが、冷却水による冷却は開始されない。
【0084】
この放冷処理は、予め設定された放冷時間(所定の放冷時間であり本実施形態では1秒間)、継続される。
この放冷処理時には、冷却水による焼入れは行われないため、前記定置加熱で段差部250に加えられた熱は、段差部250の中心軸側に移動する。このため、段差部250の外周面の角部のオーバーヒートを抑制しつつ、段差部250における立ち上がり面251の基端部(R部251R)を含む所定深さまで熱が移動して加熱される。
なお、この放冷時間も、段差部250における加熱深さ(焼入深さ)などによって設定される。すなわち、放冷時間が短ければ加熱深さ寸法も小さくなり、放冷時間が長ければ加熱深さ寸法も大きくなる。
【0085】
〔STEP4:移動加熱:低周波加熱処理〕
制御手段150は、放冷処理時間が経過すると、STEP4の低周波加熱処理を行う。STEP4では、制御手段150は、誘導加熱コイル110に対してスプラインシャフト200を低速で所定の位置(676.5mm)まで移動させる。この移動量は僅かであるため、段差部250の立ち上がり面251が誘導加熱コイル110間に位置する状態は維持される。
本実施形態では、低周波出力装置140で誘導加熱コイル110に供給する低周波電力の周波数は10kHzであり、このため、段差部250の特に立ち上がり面251は所定の焼入深さで加熱される。
図14では、低周波電力の供給により形成される低周波硬化パターン271をライトグレー(淡灰色)で示す。
また、制御手段150は、所定の監視マスク期間M4が終了した後は、前記STEP2と同様に、低周波出力装置140から供給される低周波電力を監視する。
【0086】
〔STEP5:移動加熱:低周波加熱処理+高周波低電圧供給処理〕
制御手段150は、STEP4でスプラインシャフト200が所定の位置に移動すると、STEP5の加熱処理を行う。
STEP5では、制御手段150は、スプラインシャフト200を低速で所定の位置(前記立ち上がり面251と誘導加熱コイル110の下面とが一致する高さ位置)まで移動させながら、低周波出力装置140および高周波出力装置130によって低周波・高周波の2周波を合成して誘導加熱コイル110に供給する。
なお、STEP5の高周波出力装置130に入力する電圧は、STEP6以降で入力する電圧よりも低い電圧とされている。これにより、特に段差部250の立ち上がり面251側の角部がオーバーヒートしないようにされている。
【0087】
本実施形態では、高周波出力装置130で誘導加熱コイル110に供給する高周波電力の周波数は200kHzである。この高周波電力の供給により形成される高周波硬化パターン272は、
図14ではダークグレー(濃灰色)で示す。
図14に示すように、高周波硬化パターン272は、低周波硬化パターン271よりも浅い位置(スプライン部210の歯先側)に形成される。
また、制御手段150は、所定の監視マスク期間M5が経過した後は、前記STEP2と同様に、低周波出力装置140および高周波出力装置130から供給される低周波電力および高周波電力を監視する。
【0088】
〔STEP6:移動加熱:低周波加熱処理+高周波高電圧供給処理〕
制御手段150は、STEP5でスプラインシャフト200が所定の位置に移動すると、STEP6の加熱処理を行う。
STEP6では、制御手段150は、高周波出力装置130に入力する電圧をSTEP5よりも高い設定値(VR850)に設定し、スプラインシャフト200を低速で所定の位置まで移動させる。
STEP6においても、制御手段150は、所定の監視マスク期間M6が経過した後は、前記STEP2と同様に、低周波出力装置140および高周波出力装置130から供給される低周波電力および高周波電力を監視する。
【0089】
〔STEP7:焼入処理:低周波&高周波加熱処理〕
制御手段150は、STEP6でスプラインシャフト200が所定の位置に移動すると、STEP7の加熱処理を行う。
STEP7では、低周波および高周波の2周波の電力を誘導加熱コイル110に供給して加熱する。この際、スプライン部210の軸心を含む所定範囲に熱影響が至らない未焼部を確保するために、制御手段150は、スプラインシャフト200を20mm/秒の比較的高速で移動させる。
この2周波供給による加熱処理により、
図14に示したように、スプライン部210の歯底212における低周波硬化パターン271、および、歯山211における高周波硬化パターン272が形成される。
なお、スプラインシャフト200の上端の突部260は、上部保持具330が被覆されてシールドされているので、焼入れが行われない。
【0090】
さらに、STEP7では、冷却制御がONに設定されているので、STEP7の開始と共に、冷却装置は冷却水の噴射を開始する。冷却水は、誘導加熱コイル110の噴射孔115から斜め下方に噴出されるので、冷却開始時には段差部250に充分に掛かる。
さらに、STEP7では、スプラインシャフト200の移動により、誘導加熱コイル110の内周面110Aを通過したスプラインシャフト200の部位に冷却水を連続的に噴射して冷却処理を継続する。
STEP7においても、制御手段150は、所定の監視マスク期間M7が経過した後は、前記STEP2と同様に、低周波出力装置140および高周波出力装置130から供給される低周波電力および高周波電力を監視する。
【0091】
〔STEP8:加熱終了&冷却処理〕
制御手段150は、STEP7でスプラインシャフト200が所定の位置に移動すると、STEP8の処理を行う。
STEP8では、出力電力の供給を停止して加熱を終了する一方、冷却処理は継続し、スプラインシャフト200を25mm/秒で所定位置まで移動させる。
これによりSTEP7で加熱されたスプライン部210全体が焼入れされる。
【0092】
〔STEP9:定置冷却〕
最後に、定置状態での冷却を2秒程度行い、スプラインシャフト200の誘導加熱焼入れを完了する。
【0093】
〔6−4.供給電力の監視設定値の設定工程〕
次に、以上のような焼入処理時の誘導加熱コイル110に供給する電力の監視設定値の設定工程について説明する。
本実施形態では、加熱処理を監視するため、前述の通り、予め設定した監視設定値に対して±1kWと狭い監視範囲を設定して監視している。従来は、同一種類の複数のワークを加熱処理する際に、最初のワークを加熱処理し、そのワークが焼入処理後の検査で合格した場合には、その加熱処理時に測定した電力値をそのまま監視設定値として設定していた。
また、最初に加熱処理されたワークが検査で不合格であった場合には、その検査結果に応じて制御条件を変更し、検査に合格した最初のワークの加熱処理時の測定値を監視設定値としていた。
【0094】
ところで、加熱処理されたワークが検査に合格する正常品となる加熱処理条件にはある程度の幅がある。例えば、あるSTEPでの処理において不良とならない電力条件が、例えば、10〜14kWであったとする。この際、従来のように最初に検査に合格した際の測定データが13.5kWであった場合、この測定データ13.5kWを監視設定値とすると、この監視設定値を中心に±1kWの範囲、つまり12.5〜14.5kWを正常範囲として監視することになる。
この場合、測定データが10〜12.5kWの範囲であると前記下限値(12.5kW)を下回る。すると、そのワークは実際には正常品でありながら、不良品として扱われてしまう。一方で、測定データが14〜14.5kWの範囲であると、そのワークは実際には不良品である可能性が高いのに、前記上限値(14.5kW)以下であるため正常品として扱われる。
このため、最初に検査に合格したワークの電力測定値を監視設定値とした場合には、正確な監視が難しくなり、加熱処理時の電力監視のみでは正常品であるか不良品であるかを判別することが難しい。
【0095】
一方、本実施形態では、各STEPでの電力測定時に、前述のように最大値および最小値を求め、電力の変動範囲を把握し、最大変動範囲の中心値を監視設定値としている。
すなわち、加熱処理後の検査でワークが合格した場合、作業者が前記測定データ画面の登録ボタン521を押す。すると、制御手段150は、各STEPにおける各電力の最大値(f1MAX、f2MAX)と、最小値(f1MIN、f2MIN)を記憶手段に記憶し、中心値=(最大値+最小値)/2を演算し、
図15に示す監視設定画面530に表示する。
【0096】
そして、ワークが検査に合格する毎に、作業者は前記登録ボタン521を押し、制御手段150は、最大値、最小値の記憶と、中心値の演算処理を繰り返す。この際、記憶手段に記憶される各電力の最大値は、その登録済みの最大値よりも、今回測定された最大値が大きい場合のみ書き換えられる。同様に、記憶手段に記憶される各電力の最小値も、登録済みの最小値よりも、今回測定された最小値が小さい場合のみ書き換えられる。
【0097】
以上の作業を、所定数、例えば10本のワーク分だけ繰り返す。このため、各STEPにおける電力の最大値は、所定数のワークの加熱処理時に測定された各STEPにおける最大値の中でも最も大きな値となる。同様に、各STEPにおける電力の最小値は、所定数のワークの加熱処理時に測定された各STEPにおける最小値の中でも最も小さな値となる。従って、所定数のワーク加熱処理時に測定された各STEPにおける最大値および最小値を平均するものではなく、所定数のワーク加熱時の電力の最大変動幅を把握することができる。
そして、監視設定画面530において、作業者が登録ボタン531を押すと、制御手段150は、この最大変動幅の中心値f1,f2を、前記監視設定値として設定する。
【0098】
その後、制御手段150は、前述したように、各ワークを加熱処理する際に、測定した電力が監視設定値を中心とした監視範囲(本実施形態では±1kWの範囲)内にあるか否かを監視する。そして、測定電力が前記監視範囲外になった場合には、異常が発生したと判断する。異常が出たワークは、不良品として処分してもよいし、別途、検査を行って不良であるかを最終的に判断してもよい。
【0099】
〔7.本実施形態による効果〕
以上のような本実施形態によれば、次のような効果が得られる。
(1)誘導焼入装置100によって低周波加熱処理および高低2周波による焼入処理を実施し、スプラインシャフト200の各部位に応じて低周波単独で、あるいは低周波・高周波の合成でそれぞれ誘導加熱を行うことによって、段差部250と、スプライン部210の歯底212・歯山211とのそれぞれが適切に昇温する。これにより、これら段差部250と、スプライン部210の歯底212および歯山211のそれぞれに所定硬さの焼入硬化層270を充分な焼入深さで形成することができる。
【0100】
(2)また、段差部250を加熱する際に、低周波電力による定置加熱を所定時間(定置加熱時間)行った後、放冷処理を所定時間(放冷時間)行っているので、段差部250がオーバーヒートしたり、段差部250の基端のR部251Rの加熱不足を防止でき、段差部250を所定深さまで適切に加熱して焼入れすることができる。
すなわち、低周波電力での定置加熱と放冷とを行うことで、段差部250において誘導加熱コイル110と近接する部位が過熱で溶損することもなく、立ち上がり面251基端のR部251Rを含めた立ち上がり面251全体に亘って適切な加熱深さが得られる。
また、誘導加熱コイル110が立ち上がり面251を通過した後に開始する低周波電力および高周波電力による加熱処理では、低周波によって歯底212が昇温し、高周波によって歯山211が昇温するので、スプライン部210の表面全体に亘り、適切な加熱深さが得られる。
すなわち、高周波加熱および低周波加熱それぞれの特長を生かし、さらに放冷処理を組み合わせることで、段差部250が形成されたスプラインシャフトにおいて、スプライン部210および段差部250両方の焼入れを適切に行うことができる。
【0101】
(3)放冷処理後に、低周波を供給しつつ低速で相対移動させる処理(STEP4)を行っており、誘導加熱コイル110が立ち上がり面251を通過する際の移動速度が低速であることで、立ち上がり面251基端のR部251Rにおける昇温をより充分に得ることができる。
【0102】
(4)加熱制御時に、予め設定された監視設定値を基準に誘導加熱コイル110に供給される電力を測定して監視しているので、加熱制御のバラツキなどを検出できる。特に、本実施形態では、監視設定値は、検査に合格したワークの加熱時に測定された電力の最大値および最小値の中間値に設定しているので、正常な加熱処理が行われる最大の変動幅の中心値に設定できる。このため、この監視設定値を中心値とする監視範囲で監視すれば、前記変動幅を考慮して正常な加熱が行われているか否かを判断でき、スプラインシャフト200の良品判定を正確にかつ容易に行うことができる。
【0103】
(5)さらに、電力監視時には、監視マスク時間を設定しているので、熱処理工程の切替え直後などの、電力が上昇または下降している途中段階を監視してしまい、不良品と判定してしまうことを防止できる。
【0104】
(6)誘導加熱コイル110に実装された冷却装置による噴射角度が、スプラインシャフト200の軸方向に対して傾斜しているため、立ち上がり面251基端のR部251Rを含めた立ち上がり面251全体に冷却水が充分にかかる。これにより、段差部250およびスプライン部210の端部それぞれが急冷され、所定硬さの焼入硬化層270をより確実に形成できる。
【0105】
(7)上部保持具330は、突部260の焼入れを防止するシールド材と、スプラインシャフト200の端部を保持する保持具を兼用しているので、シールド材の取り付け作業とワークの保持作業が同時に行われるため、作業性を向上できる。その上、上部保持具330がシールド材を兼ねているのでシールド材を装着し忘れることも確実に防止できる。
【0106】
(8)下部保持具370の保持穴373の底面にテーパー面373Bを形成しているので、スプラインシャフト200の下端外周縁をテーパー面373Bに確実に接触できる。このため、下部保持具370を回転した際に、下部保持具370とスプラインシャフト200との摩擦力を増大でき、ワークの滑りを抑制あるいは防止できる。従って、スプラインシャフト200を第2保持具の回転に連動して確実に回転させることができる。
【0107】
〔本発明の変形例〕
本発明におけるワークとしては、前記スプラインシャフト200に限らず、少なくとも第1加熱部および第2加熱部を備えたものであればよい。例えば、ワークとしては、スプライン部210が異形のスプラインシャフト200に限らず、
図17に示すような一般的なスプラインシャフト400でもよい。
ここで、
図17(A)は、スプラインシャフト400の平面図であり、
図17(B)はスプラインシャフト400のスプライン部410および段差部450を示す縦断面図である。
スプライン部410は、歯山411が一定ピッチで形成され、各歯山411間に形成された歯底412も互いに同形状とされている。段差部450は、スプライン部410の歯山411よりも大きな径とされており、歯底412から立ち上がる立ち上がり面451と、立ち上がり面451と交差し軸方向Sにほぼ沿う外周面452とを含んで形成されている。
従って、スプラインシャフト400は、スプライン部410が異形ではない点を除けば、前記実施形態のスプラインシャフト200と同様の構成を備えている。
【0108】
また、ワークとしては、スプラインシャフトに限らず、歯山および歯底を有する歯車部と、歯山と同等の径のツバ部とを備えたものでもよい。さらに、ワークとしては、第1加熱部と第2加熱部を有し、第2加熱部にキーやキー溝などの段差部が形成された軸状部材でもよい。
【0109】
前記実施形態では、スプラインシャフト200の一端に焼入れしない突部260が形成されていたため、前記上部保持具330を用いていたが、他の構造の上部保持具を用いてもよい。同様に、下部保持具370も前記実施形態のものに限らない。
すなわち、本発明の加熱処理方法、具体的には定置加熱後に放冷処理を行う点や、電力監視を監視設定値に基づいて行う点や、その監視設定値を決めるために測定した電力の最大値および最小値の中間値を監視設定値に設定する点は、前記突部260が設けられていないワークや、突部260も焼入れするワークを加熱処理する際に利用してもよい。
【0110】
一方で、前記上部保持具330や下部保持具370は、本発明の加熱処理方法を行う場合のみに用いられるものではなく、従来の加熱処理方法を採用する場合にも適用できる。例えば、特許文献1に記載された放冷処理を行わない加熱処理時に、ワークを保持するために前記上部保持具330や下部保持具370を用いてもよい。
さらに、前記上部保持具330や下部保持具370の具体的な構造は前記実施形態のものに限定されない。例えば、上部保持具330は、シールドする突部260の寸法などに応じてシールド部333の形状やサイズを設定すればよい。同様に、下部保持具370は、保持するワーク端部の形状、サイズ等に応じて形状やサイズを設定すればよい。
【0111】
また、誘導焼入装置としては、
図1,2に示すように、高周波電力および低周波電力を同時に出力し、これらを重畳して誘導加熱コイル110に出力する重畳方式の誘導焼入装置100に限らない。
例えば、高周波電力および低周波電力をある時間内(出力周期内)で交互に出力して加熱する時分割方式の誘導焼入装置を用いてもよい。なお、時分割方式の誘導焼入装置においても、
図1,2と同様に、誘導加熱コイル110に対して、第1の変圧器120の2次巻線122および3次巻線123と、第2の変圧器125の2次巻線127とが並列に接続される場合と、直列に接続される場合のいずれも採用できる。
【0112】
図16には、重畳方式と時分割方式の各誘導焼入装置の出力電力の波形を示す。
図16(A)は、重畳方式の誘導焼入装置の出力波形であり、
図16(B)は、時分割方式の誘導焼入装置の出力波形である。
図16(A)に示すように、重畳方式の誘導焼入装置では、低周波出力に高周波出力が重畳して出力される。一方、
図16(B)に示すように、時分割方式の誘導焼入装置では、出力周期T内で低周波出力と高周波出力とを交互に出力する。低周波出力および高周波出力の出力時間(割合)は、低周波占有率(DT)で設定する。低周波占有率は、出力周期に対してパーセント指示で設定する。出力周期は例えば100msに固定される。従って、低周波占有率が100%に設定された場合は低周波電力のみが誘導加熱コイル110に出力され、0%に設定された場合は高周波電力のみが出力される。
なお、誘導焼入装置の構成は、重畳方式や時分割方式に限定されず、誘導加熱コイル110に対して高周波電力および低周波電力を出力できるものであればよい。