(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の抗がん剤は、前記の式(1a)〜式(1d)で表される化合物の群から選択される少なくとも1種のホスフィン遷移金属錯体を含有している。このホスフィン遷移金属錯体は、中心金属イオンMに対して、2,3−ビスホスフィノピラジン誘導体からなる配位子が2個配位した構造を有している。2,3−ビスホスフィノピラジン誘導体においては、R
1とR
2が異なる基であることによって、2つのリン原子がキラル中心となる。その結果、この2,3−ビスホスフィノピラジン誘導体は、立体配置の異なる(R,R)体、(S,S)体及び(R,S)体の3種類の異性体が存在する。したがって、式(1a)〜式(1d)で表される化合物は、互いに立体配置の異なる異性体となる。先に背景技術の項で述べたとおり、式(1a)〜式(1d)を包含する(1’)で表されるホスフィン遷移金属錯体は、立体配置の異なる数多くの異性体を含むところ、本発明者らが鋭意検討した結果、かかる異性体のうち、式(1a)〜式(1d)で表される化合物を用いることで、特許文献1に記載の抗がん剤よりも高い抗がん活性を有し、かつ毒性の低い抗がん剤が得られることが見出された。
【0012】
式(1a)〜式(1d)で表される化合物が、抗がん活性が高く、かつ毒性の低い理由については完全に明確になっていないが、抗がん剤の抗がん活性や抗がんスペクトルは、その抗がん剤の化学構造に大きく依存するためではないかと本発明者らは考えている。例えば、以下の(1a’)で表される化合物は、特許文献1に記載の化合物(1’)で表される化合物に包含されるものの、この化合物(1a’)は毒性が相対的に高いことが、本発明者らの検討の結果判明している(後述する比較例1参照)。
【0014】
前記の式(1a)〜式(1d)で表される化合物は、これらを単独で用いてもよく、あるいは2種以上を組み合わせて用いてもよい。本発明者らが検討したところ、式(1a)〜式(1d)で表される化合物は、これらを単独で使用するよりも、2種以上を組み合わせて使用することが、毒性の一層の低下の点から有利であることが判明した。特に、式(1a)〜式(1d)で表される化合物をすべて組み合わせて使用することで、高い抗がん活性が発揮され、かつ毒性が極めて低下することが判明した。
【0015】
前記の式(1a)〜式(1d)で表される化合物をすべて組み合わせて使用する場合には、これら四者の配合比(モル比)は特に臨界的ではないが、例えば(1a):(1b):(1c):(1d)=10〜90:10〜90:10〜90:10〜90、特に20〜40:20〜40:20〜40:20〜40とすることができる。このモル比の範囲内において4種の化合物を組み合わせて用いることで、毒性を更に一層低下させることができる。なお、現在のHPLCの技術では、式(1a)〜式(1d)で表される化合物を分離することはできないが、後述する製造方法に従えば、その生成物には、式(1a)〜式(1d)で表される化合物が前記のモル比で含まれていると考えられる。
【0016】
本発明の抗がん剤においては、前記の式(1a)〜式(1d)で表される化合物に加えて、以下の式(2a)〜式(2c)で表される化合物の群から選択される少なくとも1種のホスフィン遷移金属錯体を含有させてもよい。式(2a)〜式(2c)で表される化合物を併用することで、本発明の抗がん剤の毒性を一層低くすることができる。
【0018】
前記の式(2a)〜式(2c)で表される化合物は、これらを単独で用いてもよく、あるいは2種以上を組み合わせて用いてもよい。本発明者らが検討したところ、式(2a)〜式(2c)で表される化合物は、これらを単独で使用するよりも、2種以上を組み合わせて使用することが、毒性の一層の低下の点から有利であることが判明した。特に、式(2a)〜式(2c)で表される化合物をすべて組み合わせて使用することで、毒性が一層低下することが判明した。
【0019】
前記の式(2a)〜式(2c)で表される化合物を2種組み合わせて使用する場合、当該2種の化合物の配合比(モル比)は、いずれの組み合わせにおいても25/75〜75/25、特に40/60〜60/40であることが好ましい。このモル比の範囲内において2種の化合物を組み合わせて用いることで、毒性を一層低下させることができる。
【0020】
前記の式(2a)〜式(2c)で表される化合物をすべて組み合わせて使用する場合には、これら三者の配合比(モル比)は特に臨界的ではないが、例えば(2a):(2b):(2c)=10〜40:20〜80:10〜40、特に20〜30:40〜60:20〜30とすることができる。このモル比の範囲内において3種の化合物を組み合わせて用いることで、毒性を更に一層低下させることができる。なお、現在のHPLCの技術では、式(2a)〜式(2c)で表される化合物を分離することはできないが、後述する製造方法に従えば、その生成物には、式(2a)〜式(2c)で表される化合物が前記のモル比で含まれていると考えられる。
【0021】
式(1a)〜式(1d)で表される化合物と、式(2a)〜式(2c)で表される化合物とを併用する場合、式(1a)〜式(1d)で表される化合物の全量と、式(2a)〜式(2c)で表される化合物の全量とのモル比(前者:後者)は、10〜90:90〜10、特に50〜80:20〜50であることが、毒性の低下の点から好ましい。
【0022】
本発明の抗がん剤においては、前記の式(1a)〜式(1d)で表される化合物に加えて、以下の式(3)で表されるホスフィン遷移金属錯体を含有させてもよい。式(3)で表される化合物を併用することでも、本発明の抗がん剤の毒性を一層低くすることができる。
【0024】
式(1a)〜式(1d)で表される化合物と、式(3)で表される化合物とを併用する場合、式(1a)〜式(1d)で表される化合物の全量と、式(3)で表される化合物とのモル比(前者:後者)は、10〜90:90〜10、特に50〜80:20〜50であることが、毒性の低下の点から好ましい。
【0025】
更に、本発明の抗がん剤においては、前記の式(1a)〜式(1d)で表される化合物と、前記の式(2a)〜式(2c)で表される化合物と、前記の式(3)で表される化合物とを組み合わせて用いてもよい。三者の組み合わせを用いることでも、高い抗がん活性が発揮され、かつ毒性を一層低下させることができる。三者を組み合わせて使用する場合、式(1a)〜式(1d)で表される化合物の全量と、式(2a)〜式(2c)で表される化合物の全量と、式(3)で表される化合物との配合比(モル比)を、式(1a)〜式(1d):式(2a)〜式(2c):式(3)=20〜80:10〜30:10〜80、特に40〜70:5〜25:15〜50とすることが好ましい。
【0026】
本発明の抗がん剤においては、前記の式(1a’)で表される化合物が極力含まれていないことが望ましい。しかし、少量(例えば全体の10モル%以下)であれば、式(1a’)で表される化合物が含まれていることは妨げられない。
【0027】
前記の式(1a)〜式(1d)、式(2a)〜式(2c)及び式(3)において、R
1及びR
2は、直鎖状若しくは分岐鎖状のアルキル基、シクロアルキル基、置換基を有するシクロアルキル基、アダマンチル基、フェニル基又は置換基を有するフェニル基を示す。R
1及びR
2は、炭素数が1〜10である。また、R
1及びR
2は互いに異なる基である。更に、R
1及びR
2は、RS法に従う順位付けにおいて、R
1はR
2よりも優先順位が高い基である。
【0028】
R
1及びR
2に係るアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、イソプロピル基、n−プロピル基、イソブチル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、イソヘプチル基、n−ヘプチル基、イソヘキシル基、n−ヘキシル基が挙げられる。R
1及びR
2に係るシクロアルキル基としては、シクロペンチル基、シクロヘキシル基が挙げられる。R
1及びR
2が置換基を有するシクロアルキル基又は置換基を有するフェニル基である場合、該置換基としては、アルキル基、ニトロ基、アミノ基、ヒドロキシル基、フルオロ基、クロロ基、ブロモ基、ヨード基等が挙げられる。特に、R
1がtert−ブチル基又はアダマンチル基であり、R
2がメチル基であることが、抗がん活性が高くなる点で好ましい。
【0029】
R
3及びR
4は、水素原子又は直鎖状若しくは分岐鎖状のアルキル基を示す。R
3及びR
4のアルキル基は炭素数が1〜6である。R
3及びR
4は、同一の基であっても異なる基であってもよい。またR
3及びR
4が互いに結合して飽和又は不飽和の環を形成する場合、飽和又は不飽和の環は、置換基を有していてもよい。
【0030】
R
3及びR
4に係るアルキル基としては、例えばエチル基、イソプロピル基、n−プロピル基、イソブチル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、イソヘプチル基、n−ヘプチル基、イソヘキシル基、n−ヘキシル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基等が挙げられる。
【0031】
R
3及びR
4が互いに結合して飽和又は不飽和の環を形成している場合、該環としては、飽和又は不飽和の五員環又は六員環が挙げられる。例えば、フェニル基、シクロヘキシル基、シクロペンチル基等が挙げられる。該環は、一価の置換基を有してもよく、その置換基としては、例えば、直鎖状又は分岐鎖状でありかつ炭素数が1〜5のアルキル基、ニトロ基、アミノ基、ヒドロキシル基、フルオロ基、クロロ基、ブロモ基、ヨード基が挙げられる。
【0032】
特にR
3及びR
4は、これらが互いに結合してベンゼン環を形成していることが、抗がん活性が高くなる点で好ましい。その場合、金属Mに配位している配位子は、キノキサリン誘導体となる。このキノキサリン誘導体におけるベンゼン環は、4個の水素原子のうちの少なくとも1個が、上述した置換基によって置換されていてもよい。
【0033】
Mは、金、銅及び銀の群から選ばれる一価の遷移金属原子を示す。特にMが金原子であることが、抗がん活性が高くなる点で好ましい。
【0034】
X
-は、アニオンを示し、例えば、塩素イオン、臭素イオン、ヨウ素イオン、四フッ化ホウ素イオン、六フッ化リン酸イオン、過塩素酸イオン等が挙げられる。これらのうち、X
-が、塩素イオン、臭素イオン、ヨウ素イオンであることが、抗がん活性が高くなる点で好ましい。
【0035】
次に、本発明の抗がん剤に含まれるホスフィン遷移金属錯体の好適な製造方法について説明する。このホスフィン遷移金属錯体は、式(4)で表される2,3−ビスホスフィノピラジン誘導体と、金、銅又は銀の塩とを反応させることで得られる。
【0037】
式(4)で表される2,3−ビスホスフィノピラジン誘導体は、例えば、反応式(9)に示すように、2,3−ジクロロピラジン(6)と、ホスフィン―ボラン(7)とを反応させ、ビス(ホスフィン−ボラン)ピラジン(8)を得、次いで、得られたビス(ホスフィン−ボラン)ピラジン(8)の脱ボラン化反応を行うことにより製造される。
【0039】
反応式(9)において、2,3−ジクロロピラジン(6)と、ホスフィン−ボラン(7)との反応は、例えば、n−ブチルリチウム等の塩基の存在下、テトラヒドロフランやN,N−ジメチルホルムアミド等の不活性溶媒中、−78〜30℃で、1〜24時間反応させることにより行なわれる。
【0040】
2,3−ジクロロピラジン(6)及びホスフィン−ボラン(7)は、公知の方法により製造される。2,3−ジクロロピラジン(6)は、市販されている。ホスフィン−ボラン(7)は、例えば特開2003−300988号公報、特開2001−253889号公報、J.Org.Chem,2000,vol.65,P4185-4188等に記載されている方法を用いて製造される。
【0041】
ビス(ホスフィン−ボラン)ピラジン(8)の脱ボラン化反応は、ビス(ホスフィン−ボラン)ピラジン(8)を含有する反応系に、N,N,N’,N’,−テトラメチルエチレンジアミン(TMEDA)等の脱ボラン化剤を添加し、0〜100℃で、10分〜3時間反応させることにより行なわれる。
【0042】
式(4)で表される2,3−ビスホスフィノピラジン誘導体においては、R
1とR
2が異なる基であることによって、2つのリン原子がキラル中心となる。その結果、この2,3−ビスホスフィノピラジン誘導体は、立体配置の異なる(R,R)体、(S,S)体及び(R,S)体の3種類の異性体が存在する。これら3種類の異性体のうち、(R,S)体はメソ体であり、(R,R)体と(S,S)体の等モル混合物はラセミ体となる。これら3種類の異性体を適切な量で用いることで、目的とする立体構造を有するホスフィン遷移金属錯体を得ることができる。
【0043】
例えば、2,3−ビスホスフィノピラジン誘導体として、(R,S)体、つまりメソ体と、(R,R)体及び(S,S)体のラセミ体との混合物を用いることで、式(1a)〜式(1d)で表される4種の化合物からなるホスフィン遷移金属錯体と、式(2a)〜式(2c)で表される3種の化合物からなるホスフィン遷移金属錯体と、式(3)で表されるホスフィン遷移金属錯体との混合物が得られる。
【0044】
また、2,3−ビスホスフィノピラジン誘導体として、(R,S)体、つまりメソ体を用いることで、式(2a)〜式(2c)で表される3種の化合物からなるホスフィン遷移金属錯体が得られる。更に、(R,R)体と(S,S)体のラセミ体を用いることで、式(3)で表される化合物からなるホスフィン遷移金属錯体が得られる。
【0045】
メソ体とラセミ体との混合物は、前記の反応式(9)において、ホスフィン−ボラン(7)として、R体とS体とのラセミ体を用いることで得ることができる。この場合、反応式(9)において不活性溶媒として2種以上の混合溶媒を用い、それらの組成を調整することで、メソ体とラセミ体との生成比率をコントロールすることができる。混合溶媒としては、例えばテトラヒドロフランとN,N−ジメチルホルムアミドとの組み合わせを用いることができる。
【0046】
(R,S)体の2,3−ビスホスフィノピラジン誘導体は、得られたメソ体とラセミ体との混合物を、クロマトグラフィーで分離することで、メソ体(つまり(R,S)体)と、ラセミ体(つまり(R,R)体と(S,S)体)とが分離され、(R,S)体を単離することができる。ラセミ体、つまり(R,R)体と(S,S)体とは分離されない。
【0047】
また、(R,R)体の2,3−ビスホスフィノピラジン誘導体は、例えば本出願人の先の出願に係る特開2007−56007号の実施例1に記載の方法に従い得ることができる。
【0048】
式(4)で表される2,3−ビスホスフィノピラジン誘導体と反応する金、銅又は銀の塩は、例えば、これらの金属のハロゲン化物、硝酸塩、過塩素酸塩、四フッ化ホウ素酸塩、六フッ化リン酸塩等である。また、これらの金属の価数は、一価である。また、これらの金属の塩は、金属又はアニオンのいずれか一方又は両方が異なる2種以上の塩であってもよい。
【0049】
好ましい金の遷移金属塩としては、例えば、塩化金(I)酸、塩化金(I)、あるいはテトラブチルアンモニウムクロリド・塩化金(I)等(「第5版 実験化学講座21」、編者 社団法人日本化学会、発行所 丸善、発行日 平成16年3月30日、p366〜380、Aust.J.Chemm.,1997,50,775-778頁参照)が挙げられる。好ましい銅の遷移金属塩としては、例えば、塩化銅(I)、臭化銅(I)、ヨウ化銅(I)等(「第5版 実験化学講座21」、編者 社団法人日本化学会、発行所 丸善、発行日 平成16年3月30日、p349〜361)が挙げられる。また、好ましい銀の遷移金属塩としては、例えば、塩化銀(I)、臭化銀(I)、ヨウ化銀(I)等(「第5版 実験化学講座21」、編者 社団法人日本化学会、発行所 丸善、発行日 平成16年3月30日、p361〜366)が挙げられる。なお、本発明のホスフィン遷移金属錯体の製造方法に係る遷移金属塩は、無水物であっても含水物であってもよい。
【0050】
金、銅又は銀の塩に対する、式(4)で表わされる2,3−ビスホスフィノピラジン誘導体のモル比は、好ましくは1〜5倍モル、更に好ましくは1.8〜2.2倍モルとする。反応は、アセトン、アセトニトリル、メタノール、エタノール、テトラヒドロフラン、ジクロロメタン、クロロホルム等の溶媒中で行うことができる。反応温度は好ましくは−20〜60℃、更に好ましくは0〜25℃であり、反応時間は好ましくは0.5〜48時間、更に好ましくは1〜3時間である。この反応によって、式(1a)〜式(1d)、式(2a)〜式(2c)又は式(3)で表されるホスフィン遷移金属錯体が得られる。反応終了後は、必要に応じて常法の精製を行うことができる。
【0051】
このようにして得られた式(1a)〜式(1d)、式(2a)〜式(2c)又は式(3)で表されるホスフィン遷移金属錯体におけるアニオンを、他の所望のアニオンに変換してもよい。例えば、先ず、上述の製造方法に従い、式(1a)〜式(1d)、式(2a)〜式(2c)又は式(3)中のX
-が、ハロゲン化物イオンであるホスフィン遷移金属錯体を合成し、次いで、このホスフィン遷移金属錯体と、所望のアニオンを有する無機酸、有機酸又はそれらのアルカリ金属塩とを、適切な溶媒中で反応させることにより、X
-が、所望のアニオンであるホスフィン遷移金属錯体を得ることができる。このような方法の詳細は、例えば特開平10−147590号公報、特開平10−114782号公報及び特開昭61−10594号公報等に記載されている。
【0052】
このようにして得られたホスフィン遷移金属錯体は、抗がん剤として用いられる。本発明の抗がん剤が適用されるがんの種類は、特に限定されるものではなく、例えば、悪性黒色腫、悪性リンパ腫、消化器癌、肺癌、食道癌、胃癌、大腸癌、直腸癌、結腸癌、尿管腫瘍、胆嚢癌、胆管癌、胆道癌、乳癌、肝臓癌、膵臓癌、睾丸腫瘍、上顎癌、舌癌、口唇癌、口腔癌、咽頭癌、喉頭癌、卵巣癌、子宮癌、前立腺癌、甲状腺癌、脳腫瘍、カポジ肉腫、血管腫、白血病、真性多血症、神経芽腫、網膜芽腫、骨髄腫、膀胱腫、肉腫、骨肉腫、筋肉腫、皮膚癌、基底細胞癌、皮膚付属器癌、皮膚転移癌、皮膚黒色腫等が挙げられる。更に、悪性腫瘍ばかりでなく良性腫瘍にも適用され得る。また、本発明の抗がん剤は、がん転移を抑制するために使用されることができ、特に、術後のがん転移抑制剤としても有用である。
【0053】
本発明の抗がん剤は、溶解性を向上させるため、シクロデキストリン化合物と併用して用いることができる。前記シクロデキストリン化合物としては、例えばα―シクロデキストリン、β−シクロデキストリン、γ―シクロデキストリン、メチル−β−シクロデキストリン、ジメチル−β−シクロデキストリン、トリメチル−β−シクロデキストリン、2−ヒドロキシプロピル−β―シクロデキストリン、2−ヒドロキシプロピル−α−シクロデキストリン、ジヒドロキシプロピル−β−シクロデキストリン、ヒドロキシエチル−β−シクロデキストリン、カルボキシメチル−β−シクロデキストリン、モノアセチル−β―シクロデキストリン、2−ヒドロキシプロピル−γ−シクロデキストリン、グルコシル−β−シクロデキストリン、マルトシル−α−シクロデキストリン、マルトシル−β−シクロデキストリン、パーシャリーメチル−β−シクロデキストリン、α−シクロデキストリンスルフェート、β−シクロデキストリンスルフェート等が挙がられる。
【0054】
本発明の抗がん剤の使用においては、種々の形態でヒト又は動物に、本発明の抗がん剤を投与することができる。投与形態としては、経口投与でもよいし、静脈内、筋肉内、皮下又は皮内等への注射、直腸内投与、経粘膜投与等の非経口投与でもよい。経口投与に適する製剤形態としては、例えば錠剤、丸剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤、液剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤などを挙げることができる。非経口投与に適する医薬組成物としては、例えば、注射剤、点滴剤、点鼻剤、噴霧剤、吸入剤、坐剤、あるいは、軟膏、クリーム、粉状塗布剤、液状塗布剤、貼付剤等の経皮吸収剤等が挙げられる。更に、本発明の抗がん剤の製剤形態として、埋め込み用ペレットや公知の技術を用いた持続性製剤が挙げられる。
【0055】
上述したうち、好ましい投与形態や製剤形態等は、患者の年齢、性別、体質、症状、処置時期等に応じて、医師によって適宜選択される。
【0056】
本発明の抗がん剤が、錠剤、丸剤、散剤、粉剤、顆粒剤等の固形製剤の場合、これらの固形製剤は、式(1a)〜式(1d)、式(2a)〜式(2c)又は式(3)で表されるホスフィン遷移金属錯体を、常法に従って適当な添加剤、例えば乳糖、ショ糖、D−マンニトール、トウモロコシデンプン、合成若しくは天然ガム、結晶セルロース等の賦形剤、デンプン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、アラビアゴム、ゼラチン、ポリビニルピロリドン等の結合剤、カルボキシメチルセルロースカルシウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム、デンプン、コーンスターチ、アルギン酸ナトリウム等の崩壊剤、タルク、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸ナトリウム等の滑沢剤、炭酸カルシウム、炭酸ナトリウム、リン酸カルシウム、リン酸ナトリウム等の充填剤又は希釈剤等と適宜混合して製造される。錠剤等は、必要に応じて、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、白糖、ポリエチレングリコール、酸化チタン等のコーティング剤を用いて、糖衣、ゼラチン、腸溶被覆、フイルムコーティング等が施されても良い。
【0057】
本発明の抗がん剤が、注射剤、点眼剤、点鼻剤、吸入剤、噴霧剤、ローション剤、シロップ剤、液剤、懸濁剤、乳剤等の液状製剤である場合、これらの液状製剤は、式(1a)〜式(1d)、式(2a)〜式(2c)又は式(3)で表されるホスフィン遷移金属錯体を、精製水、リン酸緩衝液等の適当な緩衝液、生理的食塩水、リンゲル溶液、ロック溶液等の生理的塩類溶液、カカオバター、ゴマ油、オリーブ油等の植物油、鉱油、高級アルコール、高級脂肪酸、エタノール等の有機溶媒等に溶解して、必要に応じてコレステロール等の乳化剤、アラビアゴム等の懸濁剤、分散助剤、浸潤剤、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油系、ポリエチレングリコール系等の界面活性剤、リン酸ナトリウム等の溶解補助剤、糖、糖アルコール、アルブミン等の安定化剤、パラベン等の保存剤、塩化ナトリウム、ブドウ糖、グリセリン等の等張化剤、緩衝剤、無痛化剤、吸着防止剤、保湿剤、酸化防止剤、着色剤、甘味料、フレーバー、芳香物質等を適宜添加することにより、滅菌された水溶液、非水溶液、懸濁液、リポソーム又はエマルジョン等として調整される。この際、注射剤は、生理学的なpHを有することが好ましく、6〜8の範囲内のpHを有することが特に好ましい。
【0058】
本発明の抗がん剤が、ローション剤、クリーム剤、軟膏等の半固形製剤の場合、これらの半固形製剤は、前記一般式(1)で表されるホスフィン遷移金属錯体を脂肪、脂肪油、ラノリン、ワセリン、パラフィン、蝋、硬膏剤、樹脂、プラスチック、グリコール類、高級アルコール、グリセリン、水、乳化剤、懸濁化剤等と適宜混和することにより製造される。
【0059】
本発明の抗がん剤中の式(1a)〜式(1d)、式(2a)〜式(2c)及び式(3)で表されるホスフィン遷移金属錯体の含有量は、投与形態、重篤度や目的とする投与量などによって様々であるが、一般的には、抗がん剤の全質量に対する、式(1a)〜式(1d)、式(2a)〜式(2c)及び式(3)で表されるホスフィン遷移金属錯体の全量の割合が、好ましくは0.001〜80質量%、更に好ましくは0.1〜50質量%である。
【0060】
本発明の抗がん剤の投与量は、例えば患者の年齢、性別、体重、症状及び投与経路などの条件に応じて適宜医師により決定されるものであるが、一般的には、成人一日あたりの有効成分の量として1μg/kgから1,000mg/kg程度の範囲であり、好ましくは10μg/kgから10mg/kg程度の範囲である。この投与量の範囲内において、抗がん剤を一日一回で投与することができ、あるいは数回(例えば、2〜4回程度)に分けて投与することができる。
【0061】
本発明の抗がん剤の使用においては、既知の化学療法、外科的治療法、放射線療法、温熱療法や免疫療法などと組み合わせることもできる。
【実施例】
【0062】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。特に断らない限り、「%」は「重量%」を意味する。
【0063】
〔実施例1〕
(1)<(R,S)−2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリン(メソ体)と、(R,R)−2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリン及び(S,S)−2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリンのラセミ体との混合物の合成>
水分を充分に除去し窒素ガスで置換した1L四ツ口フラスコに、カリウム−tert−ブトキシド84.2g(750mmol)、脱水THF375mlを加えた。これを氷浴で0℃に冷却し、ラセミ−tert−ブチルメチルホスフィンボランのTHF60%溶液177.0g(900mmol)を滴下して30分撹拌した。水分を充分に除去し窒素ガスで置換した別の3L四ツ口フラスコに、2,3−ジクロロキノキサリン59.7g(300mmol)、脱水THF300mlと脱水DMF75mlの混合溶液を加え−10℃にした。ここに、最初に合成したホスフィンボラン溶液を滴下して1時間攪拌した。続いてテトラメチルエチレンジアミン139.4g(1200mmol)を加えて室温に戻し3時間攪拌した。10%塩酸600gを滴下してクエンチして分液し、続いて5%塩酸150g、更に2.5%重曹水300gで洗浄した。更に、ヘキサン200mlを加えて純水150mlで洗浄した。得られた有機層を乾固させた後、40℃でメタノール300mlを加え1時間攪拌し、発生した固体をろ過することで、橙色固体の2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリン69.9gを得た(収率69.7%)。同定データは次のとおりである。
・
31P−NMR(CDCl
3);ラセミ体:−18.1、メソ体:−15.4
・HPLC(カラム Cosmosil 5C18−MS−II 4.6×250mm、移動層 メタノール、流速0.5ml/min、温度30℃、UV 254nm、溶離時間ラセミ体15分、メソ体17分)ラセミ体:メソ体のモル比=52:48
【0064】
(2)<ビス(2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリン)金(I)クロリドの合成>
窒素ガスで置換した500ml二口フラスコに、前記の方法で得られたラセミ体:メソ体のモル比=52:48の2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリン5.50g(16.4mmol)を一般品THF220mlに溶かした。ここにテトラブチルアンモニウム金ジクロリド4.19g(8.2mmol)を加え、室温で5時間撹拌した。生成した褐色沈殿をろ別し、次いでジクロロメタン42mlに溶かして水50mlで洗浄し、更に硫酸ナトリウムで乾燥した。これをろ過したのち溶液を乾固させた。この固体をジクロロメタン50mlに溶解し、ジエチルエーテル270mlを加え、0℃にしたところ固体が析出し、ビス(2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリン)金(I)クロリド6.60g(収率89.2%)を得た。この化合物は、式(1a)〜式(1d)で表される化合物をそれらの全量で54モル%、式(2a)〜式(2c)で表される化合物をそれらの全量で16モル%、式(3)で表される化合物を22モル%含むものであった。更に式(1a’)に対応する化合物を8モル%含有していた。
・
31P−NMR(CDCl
3);7.6−9.6(m)、10.2(s)、11.6−1
3.1(m)、13.6(s)、14.6−15.9(m)
・HPLC(カラム スミキラル OA−8000 4.6×250mm、移動層 ヘキサン:エタノール:メタノール:トリフルオロ酢酸=930:40:30:1、流速1.0ml/min、温度35℃、UV 254nm、溶離時間;式(2a)〜式(2c)で表される化合物42分、式(1a)〜式(1d)で表される化合物52分、式(1a’)で表される化合物56分、式(3)で表される化合物61分)
【0065】
〔実施例2〕
実施例1の(1)の工程において、脱水THFの量を670mlとし、かつ脱水DMFの量を80mlとする以外は実施例1と同様にして、(R,S)−2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリン(メソ体)と、(R,R)−2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリン及び(S,S)−2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリンのラセミ体との混合物を合成した。ラセミ体:メソ体のモル比は54:46であった。これ以外は実施例1と同様にしてビス(2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリン)金(I)クロリドを得た。この化合物は、式(1a)〜式(1d)で表される化合物をそれらの全量で60モル%、式(2a)〜式(2c)で表される化合物をそれらの全量で9モル%、式(3)で表される化合物を26モル%含むものであった。更に式(1a’)に対応する化合物を5モル%含有していた。各化合物の比は、上述した実施例1にあるビス(2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリン)金(I)クロリドの合成でのHPLC分析法と同様にして決定した。
・
31P−NMR(CDCl
3);7.6−9.6(m)、10.2(s)、11.6−1
3.1(m)、13.6(s)、14.6−15.9(m)
【0066】
〔実施例3〕
実施例1の(1)の工程において、脱水THFの量を700mlとし、かつ脱水DMFの量を50mlとする以外は実施例1と同様にして、(R,S)−2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリン(メソ体)と、(R,R)−2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリン及び(S,S)−2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリンのラセミ体との混合物を合成した。ラセミ体:メソ体のモル比は44:56であった。これ以外は実施例1と同様にしてビス(2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリン)金(I)クロリドを得た。この化合物は、式(1a)〜式(1d)で表される化合物をそれらの全量で62モル%、式(2a)〜式(2c)で表される化合物をそれらの全量で15モル%、式(3)で表される化合物を18モル%含むものであった。更に式(1a’)に対応する化合物を5モル%含有していた。各化合物の比は、上述した実施例1にあるビス(2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリン)金(I)クロリドの合成でのHPLC分析法と同様にして決定した。
・
31P−NMR(CDCl
3);7.6−9.6(m)、10.2(s)、11.6−13.1(m)、13.6(s)、14.6−15.9(m)
【0067】
〔比較例1〕
(1)<(R,R)−2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリンの合成>
本出願人の先の出願に係る特開2007−56007号公報における実施例1の記載に従い、(R,R)−2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリンを得た。
【0068】
(2)<ビス(2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリン)金(I)クロリドの合成>
(R,R)−2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリンを用いる以外は、実施例1の(2)の工程と同様にして、ビス(2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリン)金(I)クロリドを得た。この化合物は、式(1a’)で表される化合物から構成されていた。
・
31P−NMR(CDCl
3);13.6
・[α]
D=+195.3(c=0.5、メタノール、25℃)
【0069】
〔評価〕
実施例及び比較例で得られたホスフィン遷移金属錯体について、in vitro抗腫瘍活性試験及びマウスに経口投与したときの毒性試験を以下の方法で行った。それらの結果を以下の表1に示す。
【0070】
〔in vitro抗腫瘍活性試験〕
また、実施例及び比較例で得られたホスフィン遷移金属錯体について、in vitroの抗腫瘍活性試験を行った。具体的には、癌細胞としてKB(口腔扁平上皮癌)とA375(悪性黒色腫)を使用し、10%非働化新生仔ウシ血清、L−グルタミン、ピルビン酸ナトリウム、1×10
5U/Lペニシリン、100mg/Lストレプトマイシンを補足した培地(RPMI−1640又はDEME)中でインキュベータ中、37℃で培養した。 細胞は1ウェルあたり2×10
5となるように加えた。次にジメチルスルホキシドに溶解したホスフィン遷移金属錯体溶液を加え48時間培養した。48時間培養した後、1ウェルあたり5mg/mlの(3,[4,5−dimethylthiazol−2−yl]−2,5−diphenyltetrazolium bromide、MTT)溶液を20μl加え、3〜4時間培養器で培養した。更に1ウェルあたり溶解液を100μl加え生成したホルマザン結晶を完全に可溶化させた。そして、492nmにおける吸光度を測定してIC
50を算出した。
【0071】
〔毒性試験〕
実施例及び比較例で得られたホスフィン遷移金属錯体を、マウスに経口投与したときの毒性試験を行った。具体的には、KMマウスの雄雌を約1週間検疫・馴化飼育した後、選ばれたラット雄雌各10匹計20匹を一群とした。投与前一晩絶食させた体重を記録したラットに、溶媒としてコーンオイルを用い、実施例及び比較例で得られたホスフィン遷移金属錯体を、LD
50を決定するために十分な死亡例が出る群が含まれるように設定して単回経口投与した。投与後、10、30分、1、2、4時間及び以後毎日、14日目まで観察しラットの生存率から50%致死量(LD
50)を求めた。
【0072】
【表1】
【0073】
表1に示す結果から、本発明のホスフィン遷移金属錯体を含む抗がん剤は、従来よりも抗がん活性が高く、かつ毒性の低いものであることが判る。