(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
更に他の元素として、Ni:0.25%未満(0%を含まない)、Cu:0.25%未満(0%を含まない)、およびMo:0.08%未満(0%を含まない)よりなる群から選択される1種以上を含む請求項1または2に記載の軸受用鋼材。
【背景技術】
【0002】
軸受用鋼として、従来からJIS G 4805(1999)に規定されるSUJ2等の高炭素クロム軸受鋼が、自動車や各種産業機械等の種々の分野で用いられている軸受の材料として使用されている。しかし軸受は、接触面圧が非常に高い玉軸受やころ軸受等の内・外輪や転動体等、過酷な環境で用いられるため、非常に微細な欠陥(介在物等)から疲労破壊が生じ易いといった問題がある。この問題に対し、転動疲労寿命そのものを高めて上記保守の回数を低減させるべく、軸受用鋼材の改善が試みられている。
【0003】
例えば特許文献1には、軸受材料において、欠陥となる酸化物系非金属介在物の個数を厳密に規定することにより高寿命化を図っている。一方で、特許文献2では、上記特許文献1の評価面積よりもはるかに大きい30000mm
2の被検面積を観察することによって、特に、硫化物の最大サイズが転動疲労寿命に影響していることを見出した旨示されている。
【0004】
しかしながら、現在、工業的に用いられている軸受用鋼材の介在物は非常に厳密に制御されたものが多く、こうした介在物の制御だけでは転動疲労寿命を更に向上させることは困難な状況になっている。
【0005】
そこで、特許文献3、4に示されるように、縞状偏析を低減することによって転動疲労寿命を改善する技術が提案されている。このうち特許文献3では、圧延温度を低めにし、鍛圧比を大きく(60以上)することで、縞状偏析に起因する硬さばらつきを低減するものである。また、特許文献4では、圧延温度は比較的高めとし、鍛圧速度を遅くすることによって、縞状偏析を改善し、その後の球状化熱処理後における炭化物の面積率のばらつきを低減して転動疲労寿命を向上するものである。
【0006】
これら特許文献3、4の技術では、転動疲労寿命の改善効果は発揮されていると言える。しかしながら、いずれも圧延方法や圧延サイズに制約があって、工業的に自由度の高い方法とは言えない。また、転動疲労寿命の改善効果についても、更に高まる長寿命化要望に必ずしも十分に対応できているとは言えないものである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、転動疲労寿命の向上を目指し、介在物制御とは異なる観点として、縞状偏析の影響を更に詳細に検討した。その結果、鋼材の圧延方向に平行な面において、圧延方向に垂直な方向にEPMAライン分析したとき、CrのX線強度値の標準偏差と平均値が、下記(1)式の関係を満足するようにすれば、転動疲労寿命が格段に向上し得ることを見出し、本発明を完成した。
(CrのX線強度値の標準偏差/CrのX線強度値の平均値)≦0.25…(1)
【0014】
Crの偏析は、球状化処理したときの炭化物サイズや面積率の不均一を招き、その結果として軸受として用いたときに転動疲労寿命を低下させることになる。上記(1)式の関係を満足したとき、Crの偏析が著しく低減された状態となって、転動疲労寿命が極めて優れたものとなる。
【0015】
本発明の軸受用鋼材は圧延材(球状化熱処理、および焼入れ・焼戻し前の鋼材)を想定したものであるが、上記(1)式の関係は、球状化材、および焼入れ・焼戻し材で実質的に変化しないため、いずれにも本発明の規定を適用できる。尚、上記(1)式の右辺の値は、好ましくは0.23以下であり、より好ましくは0.20以下である。
【0016】
本発明の鋼材は、JIS G4805(1999)で規定するSUJ2〜4の化学成分組成をベースとするものであり、C:0.95〜1.10%、Si:0.15〜0.90%、Mn:1.2%以下(0%を含まない)、Cr:0.90〜1.60%を満たすものである。これらの元素の範囲限定理由は次の通りである。
【0017】
[C:0.95〜1.10%]
Cは焼入硬さを増大させ、室温、高温における強度を維持して耐摩耗性を付与するために必須の元素である。従って、0.95%以上含有させなければならず、好ましくは0.98%以上のCを含有させることが望ましい。しかしながら、C含有量が多くなり過ぎると巨大炭化物が生成し易くなり、転動疲労特性に却って悪影響を及ぼす様になるので、C含有量は1.10%以下、好ましくは1.05%以下に抑えるべきである。
【0018】
[Si:0.15〜0.90%]
Siは固溶強化元素であり、最終的に軸受等の部品とするときに、焼入れ・焼戻し工程において、焼戻し軟化を抑制する効果を発揮する他、炭化物を微細にする効果も発揮する。Si含有量が0.15%未満では、これらの効果が発揮されず、0.90%を超えると、冷間鍛造性および熱間加工性を劣化させる等の悪影響がでるため、0.90%以下とする必要がある。Si含有量の好ましい下限は0.20%以上(より好ましくは0.25%以上)であり、好ましい上限は0.8%以下(より好ましくは0.7%以下)である。
【0019】
[Mn:1.2%以下(0%を含まない)]
Mnは軸受鋼の焼入れ性を高めるために有効な元素であるが、その含有量が過剰になると、熱間加工後の硬さが高くなる過ぎて工業生産に支障を来す他、最終製品としたときに、残留オーステナイト相を多量に生成して疲労寿命を低下させるため、1.2%以下とする必要がある。Mn含有量の好ましい下限は0.3%以上(より好ましくは0.35%以上)であり、好ましい上限は1.0%以下(より好ましくは0.8%以下)である。
【0020】
[Cr:0.90〜1.60%]
Crは、Cと結びついて微細な炭化物を形成し、耐摩耗性を付与すると共に、焼入性の向上に寄与する元素である。この様な効果を発揮させるには、Cr含有量を0.90%以上とする。好ましくは1.0%以上である。しかし、Crが過剰に存在すると、粗大な炭化物が生成し、転動疲労寿命が却って低下する。従ってCr含有量は1.60%以下とする。好ましくは1.5%以下である。
【0021】
PやSについては、JIS G 4805(1999)で規定するSUJ2〜4の化学成分組成に示される通り、夫々P:0.025%以下(0%を含まない)、S:0.025%以下(0%を含まない)とする必要があるが、これらの元素は縞状偏析を助長する傾向があり、その結果としてCrの偏析も助長する傾向がある。こうしたことから、PやSについては合計含有量(P+S)で0.020%以下(0%を含まない)とすることが好ましい。PおよびSの合計含有量は、より好ましくは0.015%以下であり、更に好ましくは0.010%以下であるが、量産工程で製造する観点からは、その下限が0.006%程度となる。
【0022】
本発明で規定する含有元素は上記の通りであって、残部は鉄および不可避不純物であり、該不可避不純物として、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素(例えば、Al、O、N等)の混入が許容され得る。尚、転動疲労寿命を高めるため、下記元素を規定範囲内で積極的に含有させることも可能である。
【0023】
[Ni:0.25%未満(0%を含まない)、Cu:0.25%未満(0%を含まない)、およびMo:0.08%未満(0%を含まない)よりなる群から選択される1種以上]
Ni、Cu、Moは、いずれも母相の焼入性向上元素として作用し、硬さを高めて転動疲労特性の向上に寄与する元素である。これらの効果は、好ましくはNiで0.03%以上、Cuで0.03%以上、Moで0.01%以上含有させることによって有効に発揮される。しかし、Ni含有量が0.25%以上、あるいはMo含有量が0.08%以上になると、加工性が劣化し、Cu含有量が0.25%以上になると熱間圧延時の割れを助長するので、好ましくは夫々上記範囲内とするべきである。
【0024】
本発明の軸受用鋼材は、上記成分組成を満たす鋼材を、例えばソーキング炉で加熱した後、熱間圧延することにより得られるが、上記(1)式の関係を満足するようにCrの偏析を低減するためには、その製造条件もできるだけ厳密に制御することが好ましい。
【0025】
本発明の軸受用鋼材を得るためには、上記成分組成を満たす鋼材を、鋳造から軸受部品となるまでの或る段階で、適正な条件で加熱する必要があるが、その加熱条件は、鋼材が鋳造されてからの加工履歴に大きく依存する。即ち、本発明で問題としているのは、鋳造時に不可避的に生じるミクロ偏析がその後の圧延で縞状に伸びた縞状偏析であるが、圧延や鍛造での鍛圧比(後述する「一次鍛圧比」)によって、縞状偏析の幅が変化する。従って、縞状偏析を熱処理で改善するためには、縞状偏析の幅に応じた加熱条件を設定する必要がある。
【0026】
従来では、偏析を低減するために、鋳造後の鋳片を加熱して、CrやCの拡散を行ってきたのであるが、実用的な熱処理温度と時間では、偏析元素の均質化が不十分であった。そのため、その後の圧延処理で偏析を低減する必要があったが、圧延処理では加熱温度が低過ぎて、必ずしも偏析を低減することはできていなかった。
【0027】
そこで、本発明では、鋳片のままでなく、或る程度圧延若しくは鍛造した後に、偏析を低減する熱処理を行うことによって、偏析を大幅に改善し、その後の圧延条件の制約を少なくして、一般的な加工条件を含めて加工条件によらず、その後の球状化熱処理、焼入れ・焼戻しを経て軸受部品としたときの転動疲労寿命を向上し得たのである。
【0028】
具体的な条件として、鋳造後に一旦一次鍛圧比(「鋳片の鋳造方向に垂直な断面積/圧延材若しくは鍛造材の加工方向に垂直な断面積」を言う。以下同じ)で3以上まで圧延若しくは鍛造した段階で、1200〜1350℃で加熱処理(拡散熱処理)を施し、ミクロ偏析を改善した後、任意の条件で圧延や鍛造を施すことで、夫々の部品に合わせたサイズの軸受用鋼材が実現できる。そのときの加熱時間は、Crの拡散に基づく、後述する(2)式の関係を満足することが目安となり、工業的に無駄なく効率的な製造条件が提供できることになる。
【0029】
上記の考え方は、
一次鍛圧比によって変わる縞状偏析の幅に応じて、Crの拡散が十分となる加熱温度と時間に設定することがポイントとなる。
一次鍛圧比をRf、加熱温度をT(K)、加熱時間をt(時)とすると、下記の関係がある。
縞状偏析の幅 ∝ √(1/Rf)
拡散距離 ∝ √(拡散係数×t)
拡散係数 ∝ exp(−Q/RT)
但し、Q:拡散の活性化エネルギー
R:気体定数
必要な加熱時間t ∝ (1/Rf)×(exp(−Q/RT))
【0030】
本発明者らは、上記の考え方に基づいて、Crのミクロ偏析を低減するためには、拡散熱処理条件を実験によって確かめ、推奨する熱処理条件を得た。即ち、拡散熱処理時間tを、下記(2)式を満足するように設定し、その時間よりも20%程度以上長くしても改善幅は飽和するため、上限は工業的観点から決定した。尚、[(2)式の右辺]×1.2程度が推奨される。
t>8×10
-9×(1/Rf)×exp[69.7/(0.001986242×T)]
…(2)
【0031】
尚、拡散熱処理温度を1200℃以上としているのは、工業的に合理的な時間内で処理を終えるために設定した下限であり、1350℃以下としているのは、この温度を超えて加熱すると、工業的に加熱設備コストが増大し、鋼
材の表面に分厚い酸化膜が生成して次の圧延工程のための酸化皮膜除去工程コストが増大するためである。また、
一次鍛圧比を大きくすればするほど、拡散熱処理時間は短くてすむが、工業的に連続炉で熱処理する場合は良いが、バッチ炉で熱処理を行う場合、炉の大きさに合わせて切断する必要が生じるため、生産性が著しく低下する。従って
、一次鍛圧
比は3以上(より好ましくは5以上)、10以下(より好ましくは8以下)程度が好ましい。
【0032】
本発明の軸受用鋼材は、所定の部品形状にされた後、球状化熱処理、および焼入れ・焼戻しされて軸受部品を製造するものであるが、鋼材段階の形状についてはこうした製造に適用できるような線状・棒状のいずれも含むものであり、そのサイズも、最終製品に応じて適宜決めることができる。
【0033】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することは勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0034】
下記表1に示す各種化学成分組成の鋼を150kg真空熔解によって溶製し、直径:230mm(丸棒材)のインゴットを作製した。
【0035】
【表1】
【0036】
上記で得られたインゴットを用い、下記表2に示す条件(鍛造温度、一次鍛圧比)で一旦所定の
一次鍛圧比まで熱間鍛造した後、種々の条件で加熱処理を行い[拡散熱処理温度、拡散熱処理時間、および(2)式の右辺の値(8×10
-9×(1/Rf)×exp[69.7/(0.001986242×T)])、更に熱間鍛造(二次鍛造温度、トータル鍛圧
比)して、直径:65mmの丸棒とした。
【0037】
【表2】
【0038】
得られた丸棒を球状化熱処理し、更に焼入れ・焼戻しを実施してスラスト転動疲労試験を実施した。このときの球状化熱処理の条件は、一般的な条件として、760℃×6時間加熱して、680℃まで8時間かけて(平均冷却速度10℃/時)徐冷した。焼入れ・焼戻しの条件は、840℃×30分で加熱後油焼入れし、160℃×120分で焼戻しした
。
【0039】
得られた各鋼材(焼入れ・焼戻し材)からスラスト試験片を作製し、面圧:5.3GPaにてスラスト転動疲労試験を各10回ずつ実施し、疲労寿命L
10(累積破損確率10%における疲労破壊までの応力繰り返し数)を評価し、疲労寿命L
10が6×10
6回以上を合格基準とした。
【0040】
また、各鋼材について、圧延方向に平行な面(鋼材の縦断面)において、球状化焼鈍前の状態で、圧延方向に垂直な方向でのEPMAライン分析(加速電圧:15kV)を、1mm長さ(2μm間隔で約500点分析)で実施し、各データ点のCrのX線強度を用いて平均値と標準偏差を計算し、(CrのX線強度の標準偏差/CrのX線強度の平均値)を評価した。
【0041】
これらの結果[(CrのX線強度の標準偏差/CrのX線強度の平均値)、疲労寿命L
10]を、下記表3に示す。
【0042】
【表3】
【0043】
これらの結果から、次のように考察することができる。即ち、試験No.1〜12のものでは、本発明で規定する要件を満足しており、いずれも転動疲労寿命が優れていることがわかる。特に、PとSの合計含有量(「P+S」で表示)が0.020%以下の鋼材を用いたもの(試験No.9)や、所定量のMoを含有したもの(試験No.11、12)では、より優れた転動疲労寿命を発揮していることが分かる。
【0044】
これに対し、試験No.13〜16のものでは、本発明で規定する要件を外れているため[(CrのX線強度の標準偏差/CrのX線強度の平均値)が大きい]、いずれも疲労寿命L
10が低くなっている。即ち、試験No.13、14のものは、拡散熱処理条件が適正ではなく、疲労寿命L
10が低くなっている。
【0045】
試験No.15のものは、一次鍛造を行っていないため、拡散熱処理条件が不適切となっており、上記試験No.13、14と同様の結果となっている。試験No.16のものは、拡散熱処理を行っていないため、偏析が改善されず、疲労寿命L
10が低くなっている。
【0046】
これらのデータに基づいて、(CrのX線強度値の標準偏差/CrのX線強度値の平均値)とL
10寿命との関係を
図1に示すが、(CrのX線強度値の標準偏差/CrのX線強度値の平均値)を適切は範囲に制御することによって、優れた疲労寿命(転動疲労寿命)が達成されることが分かる。