【実施例】
【0032】
以下に、本発明の内容を実施例によりさらに具体的に示すが、本発明は本実施例の記載に限定されるものではない。
<実施例1>
実施例1は、山口県山口市所在の耕作放棄地で行われた。該耕作放棄地は平成10年頃まで果樹園として利用されていた土地であり、実施例1の実施前は、外来植物であるセイタカアワダチソウが蔓延していた。実施前の状態を
図1に示す。
【0033】
前記耕作放棄地について、土壌を採取し化学分析を実施した。その結果、かつての耕作や施肥あるいは土壌改良資材投入の影響等により、土壌pH(H
2O中)は7.4、置換酸度y1は0.2であった。一方、前記耕作放棄地に隣接する林地には、クリやコナラ等の在来植物が生育していた。そこで該林地の未かく乱土壌についても、土壌を採取し化学分析を実施した。その結果、土壌pH(H
2O中)は4.7、置換酸度y1は15であった。
【0034】
なお、置換酸度y1は下記の方法により測定した。風乾土10gを100mL容三角フラスコにとり、1 mol L
―1 塩化カリウム溶液を25mL加えて24時間振とう後、ろ液を得た。ろ液について0.1 mol L
―1 あるいは0.02 mol L
―1 水酸化ナトリウム溶液で滴定し、その値から全抽出液の1/2を中和するのに要する水酸化ナトリウム溶液の容量を0.1 mol L
―1 溶液のmL数に換算(土壌100gを供試した場合に換算)してy1値とした。この置換酸度y1は、土壌1kgあたりから1 mol L
―1 塩化カリウム溶液によって抽出された酸の量をmmol数で表したものの半量に相当する。
【0035】
そこで、前記耕作放棄地の土壌に対して塩化アルミニウムを適宜添加し、その際に起こる置換酸度y1の変化を、室内実験により求めた。結果を
図2に示す。
図2の結果から、該土壌に対して塩化アルミニウムをおよそ50 mmol kg
―1添加すると置換酸度y1はおよそ5になることが判明した。この土壌は比重がおよそ1.0であること、および塩化アルミニウム6水和物の分子量は241であることから、土壌の表層から深さ5cmまでを置換酸度y1を5とするために必要な塩化アルミニウム6水和物の量は、
0.241(kg mol
−1)×0.05(mol kg
−1)×50(kg m
―2)=0.6 kg m
―2であると計算された(半量区)。また、該土壌を10cmの深さまで置換酸度y1を5とするために必要な塩化アルミニウム量は、1.2kg m
−2であると計算された(全量区)。
【0036】
そこで、前記耕作放棄地に生育している植物を2009年8月17日に一旦刈り取り、次いで2009年8月19日に該刈り取り後の耕作放棄地に対して、0.6kg/m
2(半量区)、及び1.2kg/m
2(全量区)の塩化アルミニウム粉末(和光純薬社製、特級試薬)を散布した。以後、2009年9月11日、2009年10月13日、2009年12月1日、2010年1月29日、2010年4月13日、2010年6月22日、2010年9月26日に植生調査を実施した。
【0037】
実施例1の現地試験圃場における被度の推移を
図3に示す。なお
図3における被度は、各植物ごとに地表面の被覆率(%)×高さ(m)を求め、これらを全ての出現植物について積算した値として求めた。
図3の結果から、地面を覆う植物の被度は、資材の処理直後は低くなったが、半量区ではおよそ10ヵ月後に、全量区ではおよそ13ヵ月後に、無処理区と同程度まで回復したと言える。
【0038】
実施例1の現地試験圃場における植物の平均出現種数の推移を
図4に示す。
図4の結果から、出現種数は、資材の処理直後は少なくなったが、半量区・全量区ともにおよそ10ヵ月後に無処理区と同程度に回復し、13ヵ月後には無処理区よりも多くなった。
【0039】
また各植物種群の相対被度の推移を
図5に示す。なお、
図5における相対被度とは、調査地における全出現植物種の被度の合計に占める当該植物種群の被度の割合をパーセントで示したものである。
図5より、処理約1年後において無処理区と比較すると、全量処理区ではセイタカアワダチソウの生育が顕著に抑えられて、その代わりに在来植物が多数出現した。その結果、植物の多様性が高くなり、より望ましい植生になったと考えられる。
【0040】
また塩化アルミニウム処理後のセイタカアワダチソウ(侵略的外来植物)の相対被度の変化(%)を表1に示す。なお相対被度は前記と同様に求めた。
【表1】
【0041】
表1の結果から、全量処理区ではセイタカアワダチソウの再生が1年間以上にわたってほぼ完全に抑えられた。
【0042】
また、処理後およそ10ヵ月(2010年6月22日)の植生の状態を
図6に示す。
図5、及び
図6から、およそ1年後にはセイタカアワダチソウに代わって在来植物であるチガヤが優占種となった。
【0043】
このように、本発明によって、外来植物であるセイタカアワダチソウが優占する植物群落を、チガヤやススキといった在来植物が優占する多様度の高い植生群落に誘導することができた。本効果は、土壌の酸性化およびカルシウムイオンなど植物栄養陽イオンの交換・溶脱によるものと考えられる。
【0044】
本効果は、アルミニウムイオンを土壌に施用することにより、土壌に保持されているカルシウムイオン等の植物栄養塩類をイオン交換反応によってアルミニウムイオンと置き換えて溶脱させるとともに、下記の反応により土壌酸性を高めるものである。
【0045】
【化2】
【0046】
<実施例2>
前記の通り実施例1に示した土壌環境制御による植生制御効果は、土壌の酸性化およびカルシウムイオンなど植物栄養陽イオンの交換・溶脱によるものと考えられることから、このような効果は塩化アルミニウムに限られるものではなく、他のアルミニウム塩化合物、鉄(III)塩化合物、鉄(II)塩化合物、アルミニウムイオンあるいは鉄イオンを適当な担体に保持させた資材等でも同様の効果が考えられる。
【0047】
そこで、これら塩化アルミニウム以外の資材が土壌酸性を高める効果について、塩化アルミニウム、ポリ塩化アルミニウム粉末(多木化学社製)、硝酸鉄(Fe(NO
3)
3)、塩化鉄(FeCl
3)、硫酸鉄(FeSO
4)、塩化鉄(FeCl
2)を供試資材として、以下の方法で測定した。
【0048】
供試土壌として茨城県牛久市の火山灰土壌を用い、表2に示す供試資材及び添加量を、また実施例1で使用したものとは異なる山口県山口市の赤黄色土壌を用い、表3に示す供試資材及び添加量を、それぞれ添加し、24時間反応後、実施例1と同様の方法により置換酸度y1を測定した。添加した資材による茨城県牛久市の火山灰土壌の置換酸度y1の上昇効果を表2、
図7に、山口県山口市の赤黄色土壌の置換酸度y1の上昇効果を表3、
図8に示す。
【0049】
【表2】
【0050】
【表3】
【0051】
また茨城県牛久市土壌について、実施例1と同様、土壌の比重は1.0であるとして、塩化アルミニウム6水和物の分子量は241,硝酸鉄(III)9水和物の分子量は404,硫酸鉄(II)7水和物の分子量は378,ポリ塩化アルミニウム粉末は340gでAl
2O
3が1 mol含まれているとして、置換酸度y1を5とするために必要なそれぞれの資材量を計算し、表4に示した。
【表4】
【0052】
また山口県山口市土壌について、実施例1と同様、土壌の比重は1.0であるとして、塩化アルミニウム6水和物の分子量は241,塩化鉄(III)6水和物の分子量は270,塩化鉄(II)4水和物の分子量は199として、置換酸度y1を5とするために必要なそれぞれの資材量を計算し、表5に示した。
【表5】
【0053】
表2、表3、
図7および
図8より、茨城県牛久市の火山灰土壌および山口県山口市の赤黄色土壌を酸性化させる効果は、塩化アルミニウム同様、ポリ塩化アルミニウム粉末、硝酸鉄(Fe(NO
3)
3)、塩化鉄(FeCl
3)、硫酸鉄(FeSO
4)、塩化鉄(FeCl
2)にも認められ、その効果は塩化アルミニウムの2倍程度から1/2倍程度の範囲内にあった。これらの資材を利用して、表4あるいは表5の計算結果にもとづき、土壌表層5cmあるいは10cmに対して置換酸度y1を5とするために必要な資材量を施用すれば、実施例1に示した塩化アルミニウムと同等の植生制御効果を得ることが出来る。
【0054】
アルミニウムおよび鉄は、いずれも土壌を構成する主要元素であり、これらの土壌中における含有率は数%〜数十%を占める。このため、これらの元素を土壌に施用しても、土壌の元素組成が大きく変化することはない。また、自然土壌中でも、これらの元素が下記の反応によって土壌酸性を制御していることが知られている。
【0055】
【化3】
【0056】
したがって、アルミニウムあるいは鉄を土壌に施用して土壌酸性をコントロールする本発明は、自然環境に対する安全性が高いと言える。
【0057】
<実施例3>
酸性化資材の投入によって土壌の置換酸度y1が上昇し、これに伴って発揮される植生に対する制御効果については、セイタカアワダチソウおよびチガヤに限られるものではなく、他の多くの外来植物および在来植物に対しても有効であると考えられる。このことを確かめるため、植物の種類および土壌の種類を変えて室内栽培実験を行い、植物の成長と置換酸度y1の関係を調査した。
【0058】
外来植物として、セイタカアワダチソウ、コセンダングサ、マルバフジバカマ、及びオオマツヨイグサを、在来植物としてイヌビエ、クズ及びヨモギを供試した。調査は、日本の代表的な土壌6点(アロフェン質黒ぼく土、非アロフェン黒ぼく土、灰色沖積土壌、赤黄色土、赤褐色石灰質土、対照土(クレハ園芸用倍土))をそれぞれ50 mLずつ小型ポットにはかりとり、調査対象植物を播種した後、人工気象室内にて2週間生育させ、各植物体の根の長さ調査した。なお、各土壌の置換酸度y1は、アロフェン質黒ぼく土で0.3、非アロフェン黒ぼく土で13、灰色沖積土壌で0.4、赤黄色土で20、赤褐色石灰質土で0、対照土0であった。また、栽培実験は、1区3連制で実施した。
【0059】
植物生育実験の結果を
図9〜15に示す。図では、植物の生育量を縦軸に、土壌の置換酸度y1を横軸に取り、セイタカアワダチソウの生育量は
図9に、コセンダングサの生育量は
図10に、マルバフジバカマの生育量は
図11に、オオマツヨイグサの生育量は
図12に、イヌビエの生育量は
図13に、クズの生育量は
図14に、ヨモギの生育量は
図15に示した。
【0060】
図9に示す通り、土壌の置換酸度y1を上昇させることによって、外来植物であるセイタカアワダチソウの生育は顕著に抑制される。同様に、
図10〜12に示す通り、コセンダングサ、マルバフジバカマ、オオマツヨイグサといった他の侵略的外来植物の生育も抑えることが出来る。
【0061】
これに対して、
図13および
図14に示す通り、イヌビエやクズといった在来植物は、土壌の置換酸度y1が上昇しても植物生育はほとんど抑制されないため、本技術によって土壌の置換酸度y1を上昇させることによって、上記に挙げたような外来植物を衰退させ、上記に挙げたような在来植物が優占する植物群落へと誘導することが出来ると考えられる。ただし、
図15に示す通り、在来植物の中にはヨモギのように置換酸度の高い土壌では生育することが難しい植物もあることから、本技術によって誘導することが出来るのは、置換酸度が高くても正常な生育が可能な植物の群落であると言える。