特許第5725212号(P5725212)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5725212
(24)【登録日】2015年4月10日
(45)【発行日】2015年5月27日
(54)【発明の名称】可変光減衰器
(51)【国際特許分類】
   G02F 1/09 20060101AFI20150507BHJP
【FI】
   G02F1/09 501
【請求項の数】6
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-556213(P2013-556213)
(86)(22)【出願日】2012年12月14日
(86)【国際出願番号】JP2012082466
(87)【国際公開番号】WO2013114742
(87)【国際公開日】20130808
【審査請求日】2014年4月3日
(31)【優先権主張番号】特願2012-20540(P2012-20540)
(32)【優先日】2012年2月2日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005234
【氏名又は名称】富士電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100125450
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 広明
(74)【代理人】
【識別番号】100130960
【弁理士】
【氏名又は名称】岡本 正之
(72)【発明者】
【氏名】荻本 泰史
(72)【発明者】
【氏名】大登 正敬
【審査官】 廣崎 拓登
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−034093(JP,A)
【文献】 特開2005−213078(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/077517(WO,A1)
【文献】 M. J. Zhuo et al.,"Single [101]-oriented growth of La0.9Sr0.1MnO3 films on vicinal SrTiO3(001) substrates",Applied Physics Letters,米国,2006年 2月13日,Vol.88, No.7,071905
【文献】 N. Kida et al.,"Optical Magnetoelectric Effect of Patterned Oxide Superlattices with Ferromagnetic Interfaces",Physical Review Letters,米国,2007年11月 9日,Vol.99, No.19,197404
【文献】 K. X. Jin et al.,"Transport and photoinduced properties in La0.8Sn0.2MnO3 thin film",Journal of Alloys and Compounds,米国,ELSEVIR,2009年 2月20日,Vol.470, No.1-2,pp.552-556
【文献】 M. Saito et al.,"Gigantic Optical Magnetoelectric Effect in CuB2O4",Journal of the Physical Society of Japan,2008年 1月10日,Vol.77, No.1,013705
【文献】 J. Igarashi et al.,"Analysis of optical magnetoelectric effect in GaFeO3",Physical Review B,2009年 8月31日,Vol.80, No.5,054418
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02F 1/00 − 1/125
1/21 − 7/00
H01L 29/82
43/00 −43/14
Science Direct
IEEE Xplore
Google Scholar
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(210)面方位の基板の上に形成され、La1−xSrMnO膜(LSMO膜、ただし、0.1<x<0.7)および透明絶縁膜が交互に積層した超格子と、
該超格子に含まれているLSMO膜のうちの少なくともいくつかにおける膜面内の磁化を制御する磁化制御手段と
を備え、
前記超格子のLSMO膜の膜面内の磁化を制御することにより、該超格子の透過光に対する透過率が制御される
可変光減衰器。
【請求項2】
前記LSMO膜の各層の厚みが5単位胞以上10単位胞以下である
請求項1に記載の可変光減衰器。
【請求項3】
前記透明絶縁膜の各層の厚みが2単位胞以上である
請求項1に記載の可変光減衰器。
【請求項4】
前記透明絶縁膜の材質が前記基板と同一の材質である
請求項1に記載の可変光減衰器。
【請求項5】
前記基板がSrTiOの組成である
請求項1に記載の可変光減衰器。
【請求項6】
前記透明絶縁膜がSrTiOの組成である
請求項1または請求項4に記載の可変光減衰器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は可変光減衰器に関する。さらに詳細には本発明は、電気磁気効果による光の非相反性を用いた可変光減衰器に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、光の非侵襲性やスペクトロスコピ―を活用したセンシング技術が注目を集めている。例えば、ヘモグロビンの酸素飽和度を測定する眼底検査装置や生体の特定部位に結合した蛍光たんぱくによる癌検査等では、可視から近赤外の波長範囲のレーザー光を用いたスペクトロスコピックなイメージング技術の開発が精力的に行われている。これらのイメージング装置や蛍光顕微鏡では用途に応じた多波長光源が必要であり、非線形光学結晶に超短パルスレーザー光を照射することにより発生するスーパーコンティニュウム光と呼ばれる白色レーザー光が用いられることが多い。ここで重要となるのは、連続した波長から必要となる波長を選択する可変波長フィルタ及びその強度を調整する可変光減衰器である。このうち、可変光減衰器として現在使用されているものは導波路タイプのものが多く、大面積化は困難である。
【0003】
一方、これまでと全く異なる動作原理が最近報告されている。これは、時間反転対称性を破る磁化と空間反転対称性を破る分極が共存する物質において、非相反性(nonreciprocity)に起因して方向二色性(directional dichroism)という性質が発現することを利用するものである。この方向二色性は、いわゆる電気磁気効果、すなわち電場により磁化が誘起され、磁場により分極が誘起される効果に基づくものである。例えば、GaFeO結晶に回折格子を形成し、1次回折光を磁化の方向により変える光スイッチや(特許文献1)、ErをドープしたBaTiO単結晶などの光ファイバーにより従来使用されている光アイソレータを省略しうること(特許文献2)が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−034093号公報
【特許文献2】国際公開第2006/129453号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、GaFeOは方向二色性の機能発現温度が室温(例えば300K)より低いという問題がある。また、ErをドープしたBaTiO単結晶は常磁性であるため、方向二色性を得るには常に磁場を印加しなければならないという問題がある。
【0006】
本発明は上記問題点に鑑みてなされたものである。本発明は、大面積化が容易であり、透過率を変化させる時以外は外場印加が不要であり、また、室温動作が可能であるような可変光減衰器を製造することに貢献するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を吟味した結果、本願の発明者らは、高指数面基板の面の上に形成した強相関酸化物薄膜において、基板歪により誘起される結晶軸方向の分極が、物質の磁気的性質によらず、例えば300Kを超える室温以上でも存在し続けることに着目した。そして、全く新たな原理に基づき上記課題の少なくともいずれかを解決しうる具体的手段を見出した。
【0008】
その具体的解決手段として、本発明のある態様においては、(210)面方位の基板の上に形成され、La1−xSrMnO膜(LSMO膜、ただし、0.1<x<0.7)および透明絶縁膜が交互に積層した超格子と、該超格子に含まれているLSMO膜のうちの少なくともいくつかにおける膜面内の磁化を制御する磁化制御手段とを備え、前記超格子のLSMO膜の膜面内の磁化を制御することにより、該超格子の透過光に対する透過率が制御される可変光減衰器が提供される。
【0009】
上記態様により、LSMO膜の膜内に、面内の成分として[−120]軸方向の成分を有する分極を室温で生成させることが可能となる。しかも、LSMO膜の膜面内の磁化は、上記分極の有無とは無関係に、例えば、[001]軸あるいは[00−1]軸方向に生成することが可能となる。つまり、互いに直交する分極および磁化をLSMO膜内に室温にて共存させることが可能となる。その結果、室温での電気磁気効果が利用可能となり、方向二色性を動作原理とする可変光減衰器を実現することができる。すなわち本構成では、例えば、概して平面状に形成した可変光減衰器の基板および超格子を含む構成(光変調素子)の表または裏側の面から光を入射させることが可能となるため、導波路とは異なり、大面積化が容易である。しかも、LSMO膜が強磁性であることから、変調された透過率を維持するために外場(外部磁場または注入電流)の印加を要さない。加えて、LSMO膜および透明絶縁膜が交互に積層した超格子を利用する本態様においては、透過率変調量を増大させることが可能となる。なお、本出願全般において、可変光減衰器を透過する際に減衰等により制御される光は、可視光のみならず、例えば光通信用の近赤外や赤外光をはじめとして、LSMO膜の方向二色性を発揮しうる任意の波長の電磁波を含んでいる。また、透明絶縁膜とは、制御される波長の光に対する透過性を示す絶縁性物質の膜を意味している。
【0010】
上記態様において磁化制御手段とは、LSMO膜の磁化についての方向および強度の少なくともいずれかを制御する任意の物理的手段を含む。典型的な磁化制御手段は、LSMO膜に対し外部から磁場を印加し、その磁場の強度や方向を変化させることができるような磁場印加手段を含む。
【0011】
また、上記態様の可変光減衰器において、前記LSMO膜の各層の厚みが10単位胞以上であると好適である。この態様において、上記態様の可変光減衰器において、前記透明絶縁膜の各層の厚みが2単位胞以上であるとさらに好適である。なお、単位胞を単位として各層の厚みを特定する場合には、その単位胞を数える向きは、(210)面方位基板における面直方向であり3d(210)が単位胞の厚みとなる。
【0012】
本発明のこれらの態様においては、電気磁気効果以外の吸収を抑制しつつLSMO膜の合計の厚みを厚く堆積することが可能となり、電気磁気効果による方向二色性を動作原理とする透過率変化の範囲をより大きくすることが可能となる。これは、強磁性を保ちつつLSMO膜の各層間のキャリアの伝搬を透明絶縁膜により抑制でき、例えばキャリアがバンド間遷移したり運動エネルギーとして失う吸収が抑制されるためである。
【0013】
さらに、上記態様の可変光減衰器において、前記透明絶縁膜の材質が前記基板と同一の材質であると好適である。この態様において、格子不整合による欠陥等のない超格子を容易に形成することが可能となる。
【0014】
そして、上記各態様の可変光減衰器において、前記基板がSrTiOの組成であると好適である。また、前記透明絶縁膜がSrTiOの組成であると好適である。SrTiOを利用することにより、基板に対してエピタキシャルに成長させた超格子中のLSMO膜における分極の向きを、基板に対して垂直方向に透過する透過光に対して有効な向きに向けることが可能となる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の可変光減衰器は、基板上に形成した膜の電気磁気効果による方向二色性を原理とするため、大面積化が容易であり、透過率を変化させる時以外は外場印加が不要で室温動作可能な可変光減衰器を実現するとともに、透過率変化を増大させることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明のある実施形態の可変光減衰器の構成と、光変調素子の使用時の配置を示す説明図である。図1(a)は第1の配置、図1(b)は第2の配置である。
図2】本発明のある実施形態において、光変調素子の超格子の内部構造を示す概略断面図である。
図3】本発明のある実施形態の光変調素子においてLSMO膜の磁化と分極の配置を、光変調素子の膜面から見た向きで示す説明図である。図3(a)および(b)はそれぞれ第1および第2の配置の場合である。
図4】本発明のある実施形態における光変調素子の概略断面図であり、図4(a)は全体像を示し、図4(b)はLSMO膜の結晶構造を示す拡大図である。
図5】本発明ある実施形態の可変光減衰器において磁場印加の様子を示す模式図(図5(a))と、光変調素子の透過率の変調の様子を示すグラフ(図5(b))である。
図6】本発明ある実施形態において、LSMO層の膜厚と、透明絶縁膜の膜厚との組合せに対して、良好な特性が得られる領域を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係る可変光減衰器の実施形態を図面に基づき説明する。当該説明に際し特に言及がない限り、全図にわたり共通する部分または要素には共通する参照符号が付されている。また、図中、各実施形態の要素のそれぞれは、必ずしも互いの縮尺比を保って示されてはいない。
【0018】
<第1実施形態>
以下、本発明に係る可変光減衰器の実施形態を図1図6を参照して説明する。図1は、可変光減衰器100の構成と、光変調素子10の使用時の配置を示す説明図である。可変光減衰器100は、光変調素子10と磁化制御手段50とを含んでいる。磁化制御手段50は、典型的には磁場4の方向と強度を調整することができる任意の手段である。また光変調素子10には、SrTiOの(210)面方位の基板1の表面の上に、La1−xSrMnO膜21(以下「LSMO膜21」という)と、透明絶縁体である透明絶縁膜22とが交互に積層されてなる超格子2を形成する。ここでは、LSMO膜21の具体的な組成についてx=0.3の場合を例として説明する。基板1は、(210)面方位に作製されている。また、透明絶縁膜22は、典型的には、基板1と同一の組成のSrTiO膜である。基板1のSrTiOの結晶構造は、(210)面方位に作製されており、例えばペロフスカイト構造である。
【0019】
可変光減衰器100に含まれる光変調素子10は、第1および第2の配置(configuration)により使用される。図1(a)は基板1側から入射光31Aを入射する第1の配置、図1(b)は膜面側から入射光31Bを入射する第2の配置をそれぞれ示したものである。第1および第2の配置の出射光は、それぞれ、出射光32Aおよび32Bである。入射光31Aおよび入射光31Bは、ともにLSMO膜21の結晶構造の[001]軸方向に直線偏光した光である。これらの配置では、光の入射方向に加え、LSMO膜21における磁化の方向も異なっている。つまり、第1および第2の配置は、LSMO膜21の膜中の磁化および分極と、光の入射方向と、磁場印加方向の組合せとして図1(a)および図1(b)のように設定される。
【0020】
図2は、光変調素子10の超格子2の内部構造を示す概略断面図である。超格子2は、LSMO膜21と透明絶縁膜22とが交互に積層されて形成される超格子2である。典型的な超格子2は、LSMO膜21と透明絶縁膜22のNセット(Nは整数)の積層体である。なお、超格子2の最上層は、図2に示したように、LSMO膜21としても、また、透明絶縁膜によりキャップしても良い。LSMO膜21および透明絶縁膜22は、基板1の(210)面の上に、基板1の結晶構造に対してコヒーレントに成長させて形成する。このため、基板1、LSMO膜21および透明絶縁膜22のすべては、透明絶縁膜22をSrTiO膜とした場合、後述する図4に示す(210)面方位の基板1の結晶方位を反映したペロフスカイト構造に形成される。なお、超格子2に含めるLSMO膜21と透明絶縁膜22のセット数Nは、超格子2全体としての透過率の変調度を調整する目的を満たすように変更される。
【0021】
この際考慮すべきは、セット数Nを調整することによる透過率特性の変化である。LSMO膜21と透明絶縁膜22それぞれの厚みを固定した場合、一般に、セット数Nを増大させると、減衰が弱い状態の透過率(明状態の透過率)と、減衰が強い状態の透過率(暗状態の透過率)の比率を大きくすることができる。しかし、セット数Nを増大させると明状態の透過率が低下する弊害もある。したがって、可変光減衰器100では、その適用用途に合わせ、明状態と暗状態の透過率の比率と、明状態の透過率とが適切になるようにセット数Nを調整する。特に留意すべきは、超格子2におけるLSMO膜21の膜厚の合計と同じ厚みで超格子とせず連続して形成したLSMO膜では、その透過率が、上記超格子2に比べて低くなることである。つまり、本実施形態のように、光変調素子10のLSMO膜21を、SrTiO膜(透明絶縁膜22)と交互に形成した超格子2とすることには、透過率の変調能力を確保しつつ、明状態における透過率の過剰な低下を防止する利点がある。
【0022】
図3は、本実施形態の光変調素子10においてLSMO膜21の磁化5と分極6の配置を、光変調素子10の膜面から見た向きで示す説明図であり、図3(a)および(b)はそれぞれ、第1および第2の配置の場合の磁化5と分極6の配置を図1(a)および(b)に対応させて示している。LSMO膜21では磁化方向は膜面内となる。(210)基板1上に形成した超格子2中のLSMO膜21では後述するように、[−120]軸方向に分極6が生じている。この分極6は、図1では手前から奥へ、また図3では紙面上左から右に向かう向きに描いている。
【0023】
LSMO膜21のキュリー温度(T)は360Kであり室温で強磁性を示す。また、その保磁力は20Oe(約0.25A/m)程度である。LSMO膜21を10単位胞の厚みに形成し、SrTiO膜を2単位胞の厚みに形成し、このセットを繰り返し堆積した超格子2における保磁力は50Oe程度とそれほど増加せず、キュリー温度(T)も320Kとそれほど低下しない。
【0024】
次に、本実施形態の可変光減衰器100のLSMO膜21において利用される方向二色性を、第1の配置(図1(a)および図3(a))の場合について説明する。第1の配置では、磁化5を、図中上向き([001]軸方向)としておく。このため、図3(a)では右向きの分極6に対し磁化5は上向きであり、磁化5と分極6は超格子2の膜面内において直交している。第1の配置では、基板1側から入射させる入射光31Aに対してLSMO膜21の電気磁気効果により出射光32Aが弱まることから、透過率が低くなる。これに対し、この第1の配置において膜面側から入射した逆方向入射光(図示しない)に対してはLSMO膜21の電気磁気効果は作用せず、出射光(図示しない)は弱まりにくい。これは、逆方向入射光の場合、通常の膜表面の反射と膜自体の吸収以外の減衰を受けず透過するためである。このような伝播方向により透過率が異なる性質が方向二色性である。この方向二色性は、SrTiO膜などの透明絶縁膜22とともに積層されているLSMO膜21の各層において、同様に発現する。
【0025】
方向二色性は、第2の配置(図1(b)および図3(b))の場合にも発現する。第2の配置が第1の配置と異なるのは、図3(b)に示した配置の通り、右向きの分極6に対し磁化5を図中下向き([001]軸とは反対向き)とすることである。このため、第2の配置では図3(b)に示した配置の通りに下向きの磁化5と右向きの分極6となる。この場合、LSMO膜21の側から入射させる入射光31Bに対してLSMO膜21の電気磁気効果が作用し、出射光32Bが弱まり透過率が低くなる。これに対し、基板1の側から入射させた逆方向入射光(図示しない)に対しては、LSMO膜21の電気磁気効果は作用せず、出射光(図示しない)は弱まりにくい。第2の配置においても、SrTiO膜などの透明絶縁膜22とともに積層されているLSMO膜21の各層において、方向二色性が発現する。
【0026】
第1および第2の両配置においてみられる方向二色性の原因は、磁化5および分極6の光の進行方向に対する非対称性すなわち非相反性である。このため、本実施形態の光変調素子10を使用する初期状態の配置を上述した第1または第2の配置のいずれかとする。つまり、入射光31Aおよび31B、磁化5、および分極6の配置は、出射光32Aまたは32Bが弱まりLSMO膜21の透過率が低くなる組合せを初期状態に設定する。初期状態は、その状態自体がLSMO膜21の磁化5により維持されている。
【0027】
可変光減衰器100の典型的な変調動作は、この初期状態から、磁化制御手段50による外部磁場4(以下「磁場4」という)を利用し透過率を変調するものである。初期状態から、磁化5と反対方向に磁場4を印加すると、上記の第1および第2の配置のいずれの場合でも磁化5が小さくなるかまたは反転し、透過光に対する減衰が弱まる結果、出射光32Aまたは32Bが増大する。第1の配置において例示すれば、図1(a)の初期状態の[001]向きの磁化5が、その向きのまま弱まるかまたは[00−1]向きとなり、出射光32Aが初期状態に比べ増大する。ここで、透過率を変調するために印加する磁場4の大きさをLSMO膜21の保磁力以下とする場合、磁化5は向きが変わらないものの大きさが変わる。したがって、磁場4の印加により磁化5の大きさを制御し、その磁化5の大きさに応じ出射光32Aの強度を制御する、という透過率の変調が実現される。しかも、磁場4の印加を停止しても、磁化5はLSMO膜21の性質により維持される。このため、可変光減衰器100は、透過率を変調する時以外は磁場の印加は要さない。
【0028】
続いて、(210)面方位の基板1に形成したLSMO膜21それぞれにおける分極6を簡単に説明する。図4は、基板1の紙面上上方にLSMO膜21を向けた向きでの光変調素子10の概略断面図であり、図4(a)は全体像を示し、図4(b)はLSMO膜21の結晶構造を示す拡大図である。LSMO膜21それぞれの膜中においては、図4(a)にやや上向きの右矢印により示すように、カチオンが酸素原子のアニオンに対して相対的に変位し、その結果分極も生じる。この分極の膜面内の成分は[−120]軸方向である。この原因を基板1およびLSMO膜21の結晶格子の方位に注目して説明する。(210)面方位の基板1は(010)面が約26.6度傾いた結晶格子を有している。このため、図4(b)に示すように、基板1の面の上にコヒーレントに形成した超格子2中のLSMO膜21においても、(La,Sr)O−MnO−(La,Sr)O−MnO−…というように、(La,Sr)Oの原子面とMnを含むMnO原子面とが交互に積層された構造となる。なお、(La,Sr)は、ペロフスカイトのAサイトをLaまたはSrがランダムに占めていることを意味する。図示しないものの、透明絶縁膜22もSrTiO膜である場合、同様にAサイトのカチオンとBサイトのカチオンからなる原子面がSrO−TiO−SrO−TiO−…と交互に積層されている。
【0029】
上記の原子面の交互の積層は、LSMO膜21の面の法線方向(基板面直方向)に向かって形成されている。このようなLSMO膜21の結晶においては面内の対称性が破れる。その結果、図4(b)の原子積層面において(La,Sr)、Mnそれぞれに付した矢印のように、(La,Sr)、Mnが空間的に変位する。そしてこの変位と同方向に、つまり、[−120]軸からやや積層方向に傾いた方向、すなわち[−110]軸方向に、分極6が生じるのである。本実施形態の可変光減衰器100において、分極6は、主として基板1の結晶格子の向きに対応して定まる。
【0030】
ここで(210)基板1として採用可能な材質は、LSMO膜21および透明絶縁膜22の結晶をエピタキシャル成長させるために適する任意の材質である。このような材質の例は、(LaAlO0.3(SrAl0.5Ta0.50.7(LSAT)やSrTiOを含んでいる。特にSrTiOを採用することは、超格子2中のLSMO膜21に発生した分極6が、垂直方向の透過光にとって有効に利用される点において有利である。すなわち、基板1からの伸張歪がLSMO膜21に影響すると分極6の基板表面からの角度は約18.4度となる。その結果、光変調素子10に対して垂直方向に伝播する透過光に対して作用する分極6の膜面内への射影成分は、分極6の大きさの約95%程度まで高まり、生成された分極6の大半が透過光への非相反性に寄与する好適な構成となる。また、入射光に対する光変調素子の角度を任意に設定可能な場合には、(210)面内の磁化と基板表面から約18.4度傾いた分極6がつくる平面(すなわち(110)面)に対して垂直に透過光が伝播するよう入射角を設定することにより、非相反性による強度変化をいささかたりとも減ずることなく利用することが可能である。
【0031】
ちなみに、上記分極6のような分極は、例えば面内が4回対称である(100)面方位の基板の面にコヒーレントに形成された薄膜では得られないことを付記しておく。
【0032】
次に、第1の配置(図1(a)および図3(a))を例に、磁化と反対方向に磁場4を印加し透過率を変調する様子を、図5を参照して説明する。図5は、可変光減衰器100において第1の配置の場合の磁場印加の様子を示す模式図(図5(a))と、光変調素子10の透過率の変調の様子を示すグラフ(図5(b))である。図5(a)に示すように、磁場4の印加により磁化5がその方向を保ちながら強度を減少させる。つまり、磁化5および分極6は、左端の(a1)に示した磁場4の印加前から、(a2)、(a3)…と磁場4を増加させるにつれて、磁化5が方向を変えず小さくなる。ここで印加される磁場4はLSMO膜21の保磁力以下としている。この磁化5の変化に対応しLSMO膜21の透過率が変化する。つまり、透過率は、磁場4の増大に応じ、図5(b)に模式的に示すように増大する。このように、可変光減衰器100の動作においては、磁化5と反対向きの磁場4を印加することにより磁化5の大きさを制御し、最終的に超格子2を有する光変調素子10の透過率を変化させることが可能となる。
【0033】
なお上述したように、磁場4の印加などの磁化制御手段の動作を要するのは透過率をそれまでの値から変更する必要があるタイミングのみである。磁化制御手段が外部磁場を制御するものである場合、LSMO膜21が磁化5を保持する強磁性体であるため、保磁力よりも弱い範囲で磁場4の印加を停止させればその停止時点の磁化5の強度が維持される。これに応じて透過率も、図5(b)に矢印により示したように、印加した磁場を弱めて0とした後も維持される。この透過率は、多段階または連続的に変調することも可能となる。また、図5に関連する説明は第1の配置の場合のみ示したものの、第2の配置においても同様のメカニズムにて透過率を制御することが可能である。
【0034】
さて、図2に示すような超格子2を有する可変光減衰器100において、LSMO膜21と透明絶縁膜である透明絶縁膜22各々の原子層数すなわち膜厚が透過率の変調特性に与える影響について説明する。図6は、LSMO層21の膜厚と、透明絶縁膜22の膜厚との組合せに対して、良好な特性が得られる領域を示す説明図である。横軸は、各LSMO膜21の膜厚、縦軸はSrTiO膜などの各透明絶縁膜22の膜厚を、それぞれの原子層数(単位胞数)を単位にして示したものである。図6のグラフ内のハッチングにより示した領域、すなわちLSMO層数5〜10単位胞、透明絶縁層数2単位胞以上の領域が、良好な透過率変調特性が得られる範囲である。この領域においては、LSMO膜21の強磁性が保持され、かつ、可変光減衰器100の使用条件の上で必要な程度の透過率が確保される。すなわち、LSMO膜21が臨界膜厚以下の場合は、LSMO膜21自体の強磁性は保持されず、超格子2のような積層構造の場合であっても、各々のLSMO膜21内の強磁性金属相を安定に存在させるためにはある程度の厚さが必要となる。しかし、LSMO膜21の厚みを増大させると、その厚み自体によって、減衰が少ない明状態であっても、減衰が過大となって、可変光減衰器100の使用条件を満たさない場合がある。このため、LSMO膜21の厚みには上限があり、例えばx=0.3の場合には10単位胞である。これに対し、透明絶縁膜22の厚みの条件は、ある厚み、ここでは2単位胞以上であれば良い、という条件である。このような超格子構造をとることにより、単膜でLSMO膜21を形成するよりもLSMO膜21自体の吸収を減らすことが可能である。つまり、超格子2の全体としてみたときには、LSMO膜21の厚みの合計をより大きくしうる結果、電気磁気効果による方向二色性を原理とする透過率の可変範囲を広げることが可能となる。なお、透明絶縁膜22の膜厚とのそれぞれの膜厚の効果は互いに異なるメカニズムに基づくものである。このため、図6においては、LSMO層21の膜厚と透明絶縁膜22の膜厚とのそれぞれの上記各範囲が可変光減衰器100の良好な特性が得られる好適な範囲となる。
【0035】
そして、本実施形態の光変調素子10の作製方法を説明する。本実施形態の光変調素子10は、SrTiO(210)面方位基板を基板1として、LSMO膜21とSrTiO膜などの透明絶縁膜22とを対にして交互に繰り返し堆積させることより作製することができる。具体的には、LSMO膜21と、SrTiO膜などの透明絶縁膜22とをいずれもレーザーアブレーション法により形成する。各薄膜のためのターゲット材には、固相反応法により作製したそれぞれの材質の多結晶材料を採用する。最初に真空チャンバー内にSrTiO(210)基板を取り付けた後、例えば3×10−9Torr(4×10−7Pa)以下に真空排気する。その後、高純度の酸素ガスを1mTorr(0.133Pa)導入し、例えば到達温度900℃程度の温度に基板を加熱する。続いて、例えば波長248nmのKrFエキシマレーザなどのレーザーを、LSMOのターゲットに照射することにより、LSMO膜21としてLSMOを任意の原子層だけ形成する。ここで、膜厚つまり原子層数の制御は、事前に検討したレーザーパルスのショット数と原子層数との間の関係に基づき決定することができる。そして、引き続き同一雰囲気中で、SrTiOのターゲットに上記レーザーを照射することにより、透明絶縁膜22であるSrTiOの薄膜を任意の原子層だけ形成する。再びLSMOのターゲットを用い次のLSMO膜21を形成する。このような成膜を必要な回数だけ繰り返すことにより、任意のセット数だけLSMO膜21と透明絶縁膜22を形成することができる。
【0036】
<本実施形態の変形例:LSMO膜の組成範囲>
上記実施形態の説明において、可変光減衰器100はLSMO膜21のLa1−xSrMnOはx=0.3のものを説明した。本発明の実施形態は、上記説明のx=0.3以外の範囲のLSMO膜21を採用することも可能である。具体的には、0.1<x<0.7の組成範囲が使用可能である。というのは、上記組成範囲において、La1−xSrMnOは強磁性相を示すからである。さらに0.1<x<0.17の組成範囲においてはLa1−xSrMnOは強磁性絶縁相を示すため好適である。これは、LSMO膜21の導電性が高い場合に増加する変調不能な吸収を削減することができるためである。
【0037】
以上説明したように、本実施形態の可変光減衰器100は大面積化が容易であり、透過率を変化させる時以外は外場印加が不要で室温動作可能な可変光減衰器が実現可能となる。上述の各実施形態は、発明を説明するために記載されたものである。なお、薄膜や基板の材料やその組成、膜厚、形成方法、磁場印加手段の具体的種類、形成方法等は、上記実施形態に限定されるものではない。むしろ、本出願の発明の範囲は、請求の範囲の記載基づき定められるべきものである。また、各実施形態の他の組合せを含む本発明の範囲内に存在する変形例もまた、請求の範囲に含まれるものである。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、可変光減衰器を利用する任意の装置に適用される。
【符号の説明】
【0039】
100 可変光減衰器
10 光変調素子
1 (210)面方位基板
2 超格子
21 La1−xSrMnO膜(0.1<x<0.7)
22 透明絶縁膜
31A、31B 入射光
32A、32B 出射光
4 磁場(外部磁場)
5 磁化
6 分極
50 磁化制御手段
図1
図2
図3
図4
図5
図6