(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5725506
(24)【登録日】2015年4月10日
(45)【発行日】2015年5月27日
(54)【発明の名称】有機化合物中のメチルエーテル結合の開裂方法
(51)【国際特許分類】
C07C 37/055 20060101AFI20150507BHJP
C07C 39/08 20060101ALI20150507BHJP
C07C 41/26 20060101ALI20150507BHJP
C07C 43/23 20060101ALI20150507BHJP
C07C 45/64 20060101ALI20150507BHJP
C07C 49/825 20060101ALI20150507BHJP
C07C 51/367 20060101ALI20150507BHJP
C07C 59/52 20060101ALI20150507BHJP
【FI】
C07C37/055
C07C39/08
C07C41/26
C07C43/23 A
C07C45/64
C07C49/825
C07C51/367
C07C59/52
【請求項の数】3
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2011-172666(P2011-172666)
(22)【出願日】2011年8月8日
(65)【公開番号】特開2013-35775(P2013-35775A)
(43)【公開日】2013年2月21日
【審査請求日】2014年8月7日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 (発行者) 社団法人 日本化学会 (刊行物名)日本化学会第91春季年会(2011)講演予稿集IV3PB−061 (発行日) 平成23年3月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人 千葉大学
(73)【特許権者】
【識別番号】392000888
【氏名又は名称】株式会社合同資源
(74)【代理人】
【識別番号】100120868
【弁理士】
【氏名又は名称】安彦 元
(72)【発明者】
【氏名】松本 祥治
(72)【発明者】
【氏名】赤染 元浩
(72)【発明者】
【氏名】大谷 康彦
【審査官】
増山 慎也
(56)【参考文献】
【文献】
特開2007−277101(JP,A)
【文献】
特開平08−119894(JP,A)
【文献】
特表平09−507061(JP,A)
【文献】
特開昭63−044554(JP,A)
【文献】
特開平10−067762(JP,A)
【文献】
松本祥治,橋本顕慎,森 隆浩,赤染元浩,大谷康彦,ヨウ化水素ガスを用いた無溶媒条件下でのエーテル開裂反応,日本化学会第91春季年会(2011)講演予稿集IV,日本,社団法人 日本化学会,2011年 3月11日,3PB-061
【文献】
Zhang, Lan; Tang, Ganghua; Yin, Duanzhi; Tang, Xiaolan; Wang, Yongxian,Enantioselective synthesis of no-carrier added (NCA) 6-[18F]Fluoro-L-Dopa,Applied Radiation and Isotopes,2002年,Volume 57, Issue 2,145-151
【文献】
Kaerkaes, Markus D.; Johnston, Eric V.; Karlsson, Erik A.; Lee, Bao-Lin; Aakermark, Torbjoern; Shariatgorji, Mohammadreza; Ilag, Leopold; Hansson, Oerjan; Baeckvall, Jan-E.; Aakermark, Bjoern,Light-Induced Water Oxidation by a Ru complex Containing a Bio-Inspired Ligand,Chemistry - A European Journal,2011年,17(28),7953-7959
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 37/055
C07C 39/08
C07C 41/26
C07C 43/23
C07C 45/64
C07C 49/825
C07C 51/367
C07C 59/52
CASREACT(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
メチルエーテル結合を含む有機化合物を、溶媒に溶解させることなく、室温中でヨウ化水素ガスに接触させることにより、当該メチルエーテル結合を開裂させることを特徴とする有機化合物中のメチルエーテル結合の開裂方法。
【請求項2】
メチルエーテル結合と他の官能基の結合とを含む有機化合物を、溶媒に溶解させることなく、室温中でヨウ化水素ガスに接触させることにより、当該メチルエーテル結合のみを選択的に開裂させることを特徴とする有機化合物中のメチルエーテル結合の開裂方法。
【請求項3】
上記ヨウ化水素ガスに接触させて反応が完了した後に、上記メチルエーテル結合の開裂後におけるヒドロキシ基形成に必要な後処理剤を用いることなく、開裂後の生成物を得ることを特徴とする請求項1又は2記載の有機化合物中のメチルエーテル結合の開裂方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば医薬品、色素材料、液晶材料、偏光フィルム等に適用される有機化合物中のメチルエーテル結合を開裂させる有機化合物中のメチルエーテル結合の開裂方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
メチルエーテル基は、ヒドロキシ基の保護基として広く利用されている。特にこのメチルエーテル基を構成する炭素と酸素間の結合を開裂させる開裂反応は、種々の有機化合物の合成上、非常に重要な反応といえる。
【0003】
従来におけるメチルエーテル基の開裂反応としては、以下の[化1]に示すように三臭化ホウ素(BBr
3)を用いた反応(非特許文献1参照。)や、[化2]に示すように、ヨウ化トリメチルシラン((CH
3)
3SiI)を用いた反応(非特許文献2参照。)、更には[化3]に示すように、チオールのナトリウム塩やナトリウム金属を用いた反応等(非特許文献3参照。)が報告されている。
【0004】
【化1】
【0005】
【化2】
【0006】
【化3】
【0007】
これに加えて、例えば[化4]に示すように、ヨウ化水素水溶液(ヨウ化水素酸)を用いた開裂反応の従来技術も提案されている(非特許文献4参照。)。
【0008】
【化4】
【0009】
ちなみに、ヨウ化水素酸を脱アルキル化剤として用いる技術的思想は、特許文献1にも示されており、以下の[化5]に示すように、液晶中間体として有用なヘキサヒドロキシトリフェニレンの合成法としてもヨウ化水素水溶液を用いる技術が提案されている。
【0010】
【化5】
【0011】
特にジメトキシベンゼン誘導体のメチルエーテル結合を開裂することで得られるジヒドロキシベンゼン誘導体は、各種有用性の高い化合物に利用されている。例えば、レゾルシノール誘導体は、殺菌剤等にその構造が適用されるものであり、またカテコール誘導体は、染料の着色剤として利用されている。また、ヒドロキノン誘導体は、重合防止剤や還元剤として利用されている。これらの化合物群を化学修飾する上でメチルエーテル結合の開裂反応は、必要不可欠な技術であるといえる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平8−119894号公報
【特許文献2】特開平9−20709号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Tetrahedron,24号,2289頁(1968)
【非特許文献2】The Journal of Organic Chemistry,42号,3761頁(1977)
【非特許文献3】Tetrahedron,38号,3687頁(1982)
【非特許文献4】European Journal of Organic Chemistry,359頁(1992)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上述したように、メチルエーテル開裂反応には様々な手法が提案されているが、これら各反応では何れも溶媒と後処理が必要となる。非特許文献1の開示技術では、三臭化ホウ素(BBr
3)は、水に対して不安定であることから有機溶媒を必要とし、反応後に水を加えることによる後処理を行う必要もある。また、非特許文献2の開示技術では、ヨウ化トリメチルシラン((CH
3)
3SiI)を用いた反応においても溶媒が必要となり、メタノールを加えることによりヨウ化トリメチルシランを分解させる必要がある。また、非特許文献3の開示技術では、チオールのナトリウム塩やナトリウム金属は水に対して不安定であり、反応後に水による後処理が必要となる。即ち、この非特許文献3の開示技術では、反応槽中に水や溶媒を加える必要があり、そのための抽出処理や濃縮処理を行うことが必要とされる。
【0015】
なお、ヨウ化水素水溶液を用いた開裂方法では、一般的に反応中に別の溶媒を添加する必要はないが、非特許文献4の開示技術では、抽出・カラムクロマトグラフィーによる精製を行っている。即ち、従来の方法によれば、反応や後処理において有機溶媒や後処理剤を用いる必要があり、使用済みの有機溶媒や後処理剤の処理労力に関する問題点があった。また、これら有機溶媒や後処理剤を使用しない方法として、特許文献1の開示技術によれば、結晶化した化合物に関しては対応できるが、結晶化しない化合物に対しては解決法となり得ない。さらに、この非特許文献4並びに特許文献1の開示技術における、ヨウ化水素水溶液を用いた反応では、高温に加熱することも必要とされる。
【0016】
このように従来の方法では、反応に用いる溶媒や後処理剤に関する問題点に加え、分離精製に関する労力負担、或いは高温反応による原料の分解が必要となることによる作業性に関する問題点が存在していた。
【0017】
また、ヨウ化水素酸を用いた開裂方法で溶媒を用いない手法としては、例えば特許文献2に示す方法も開示されている。しかしながら、この特許文献2の開示技術では、複数のエーテル結合が存在する化合物については特段の検討がなされていない。このため、一挙に複数のメチルエーテルを開裂させる手法の確立が望まれていた。
【0018】
即ち、溶媒や後処理剤を必要とせず、複数のメチルエーテル結合の開裂や、異なるアルキルエーテル結合に対する選択的な開裂の達成には至っていないのが現状であった。
【0019】
そこで本発明は、上述した問題点に鑑みて案出されたものであり、その目的とするところは、有機化合物中のメチルエーテル結合を開裂させる有機化合物中のメチルエーテル結合の開裂方法において、特に溶媒や後処理剤を用いることなく、また多様な有機化合物合成の手法として利用することが可能なメチルエーテル結合の開裂方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者は、上述した問題点を解決するために、メチルエーテル結合を含む有機化合物を、溶媒に溶解させることなく、室温中でヨウ化水素ガスに接触させることにより、当該メチルエーテル結合を開裂させることにより、溶媒や後処理剤を用いることなく、複数のメチルエーテル結合が形成されていてもこれらを一挙に開裂させることが可能なメチルエーテル結合の開裂方法を発明した。
【0021】
即ち、請求項1記載のメチルエーテル結合の開裂方法は、メチルエーテル結合を含む有機化合物を、溶媒に溶解させることなく、室温中でヨウ化水素ガスに接触させることにより、当該メチルエーテル結合を開裂させることを特徴とする。
【0022】
請求項2記載のメチルエーテル結合の開裂方法は、メチルエーテル結合と他の官能基の結合とを含む有機化合物を、溶媒に溶解させることなく、室温中でヨウ化水素ガスに接触させることにより、当該メチルエーテル結合のみを選択的に開裂させることを特徴とする。
【0023】
請求項3記載のメチルエーテル結合の開裂方法は、請求項1又は2記載の発明において、上記ヨウ化水素ガスに接触させて反応が完了した後に、上記メチルエーテル結合の開裂後におけるヒドロキシ基形成に必要な後処理剤を用いることなく、開裂後の生成物を得ることを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
上述した構成からなる本発明によれば、三臭化ホウ素やヨウ化トリメチルシリルを用いた際に必要とされていた、溶媒や水などの後処理剤が不要となる。このため、本発明によれば廃棄物の軽減がより促進される。また、室温付近(20℃〜35℃)で反応させることができるため、ヨウ化水素水溶液を用いた反応で問題となる、熱に不安定な有機化合物であっても、その製造に伴う作業性を向上させることができる。また、様々な生成物に対して簡便な反応や後処理方法を提供できる。さらに、一挙に複数のメチルエーテルを開裂させることができ、異なるアルキルエーテル結合に対する選択的な開裂の達成も可能となり、多様な有機化合物合成の手法として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明を適用した有機化合物中のメチルエーテル結合の開裂方法を実現するための実験系を示す図である。
【
図2】本発明を適用した有機化合物中のメチルエーテル結合の開裂方法を実現するための反応系を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0027】
本発明を適用したメチルエーテル結合の開裂方法は、有機化合物中のメチルエーテル結合を、溶媒に溶解させることなく、開裂させるものである。
【0028】
以下の[化6]は、本発明を適用したメチルエーテル結合の開裂方法に用いられる出発物質の一般式を示している。
【0030】
この一般式において、出発物質におけるR
1〜R
5は、それぞれ独立に水素原子、置換又は未置換の1価の脂肪族炭化水素、置換又は未置換の1価の芳香環基、エーテル基、カルボニル基を示すものである。また、この出発物質においてこれらR
1〜R
5以外に、少なくとも1以上のメチルエーテル基(−OCH
3)が結合されている。ちなみに、2以上のメチルエーテル基が結合される場合には、これらR
1〜R
5のうち1以上がメチルエーテル基となる。
【0031】
本発明では、少なくとも一のメチルエーテル結合が結合された上述の如き出発物質となる有機化合物に対して、後述するように無溶媒下で開裂反応を起こさせることにより、当該メチルエーテル結合におけるメチル基を開裂させて酸素原子に水素原子を結合させたヒドロキシ基へと変化させるものである。
【0032】
以下の[化7]式、[化8]式は、本発明を適用した有機化合物中のメチルエーテル結合の開裂方法の一般式を示している。
【0036】
[化7]式の反応では、メチルエーテル結合を2つ有する有機化合物を出発物質として、これについて室温中でヨウ化水素ガスに接触させることにより開裂反応を行わせる例である。また、[化8]では、メチルエーテル基とエチルエーテル基とを有する有機化合物について、室温中でヨウ化水素ガスに接触させることにより開裂反応を行わせる例である。[化9]では、メチルエーテル基とカルボニル基とを有する化合物について、室温中でヨウ化水素ガスに接触させることにより開裂反応を行わせる例である。
【0037】
[化7]では、何れか一方のみしかメチルエーテル結合を開裂させることができない場合もあるが、2つのメチルエーテル結合それぞれについて開裂させてヒドロキシ基へと変化させることができたことが示されている。また、[化8]では、メチルエーテル基のみが選択的に開裂されており、他の官能基であるエチルエーテル基への開裂があまり進んでいない点が示されている。[化9]では、メチルエーテル以外にカルボニル基が置換している場合に、メチルエーテル結合の開裂のみが進行している点が示されている。
【0038】
これらの開裂方法では、メチルエーテル結合を含む有機化合物(出発物質)を溶媒に溶解させることなく、室温中でヨウ化水素ガスに接触させる。ここでいう室温とは、20℃〜35℃程度をいうものであるが、厳密にこの温度範囲に限定されるものではない。仮に開裂反応時の室温が20℃未満では、以下に説明する所期の開裂反応が進行しない。これに対して開裂反応時の室温が35℃を超える場合には、反応そのものは進行するものの、その得られる化合物の安定性が低下してしまう。このため、室温は、20℃〜35℃程度とされていることが望ましい。
【0039】
即ち、ヨウ化水素ガスを使用することにより、溶媒や後処理剤を使用することなく、反応後に減圧下で副生成物を除去することで、開裂後の有機化合物を得るものである。
【0040】
実際には、窒素雰囲気下に出発物質のみを装入し、当該窒素を取り除いた後に更にヨウ化水素ガスを接触させることにより、室温(25℃程度)下において、出発物質におけるメチルエーテルの開裂反応をさせる。そして、その開裂反応後に、ポンプによって残存しているヨウ化水素ガスや副生成物となるヨウ化メチルをダイヤフラム式ポンプで取り除く。これによりメチルエーテル結合がヒドロキシ基に置換された、目的化合物を得ることが可能となる。
【0041】
上述の如き構成からなる本発明によれば、三臭化ホウ素やヨウ化トリメチルシランを用いた際に必要であった溶媒や水等の添加による後処理が不要となることから、廃棄物をより軽減させることが可能となる。また、上述した開裂反応は何れも室温下で達成しえるものである。このため、仮に出発物質が高温下において不安定となる有機化合物を用いる場合であっても、これとヨウ化水素酸と容易に反応させることが可能となる。更に、有機化合物がメチルエーテル基に加え、他の官能基を含む場合においても、メチルエーテル基のみに対して選択的に開裂反応を進行させることができ、各種多様な有機化合物合成に応用することも可能となる。
【0042】
次に、本発明を適用した有機化合物中のメチルエーテル結合の開裂方法を実際に行わせるための実施例について説明をする。後述する実施例1〜実施例7は、
図1に示す実験系1を利用して実際に実験的検証を行ったものである。先ず、実験系1について説明をする。
【0043】
この実験系1では、窒素ボンベ11と、ヨウ化水素ボンベ12と、窒素ボンベ11並びにヨウ化水素ボンベ12からの合流経路を構成する枝付き管13と、この枝付き管を通過した気体の流量を測定するフローメータ14と、この枝付き管13と交換可能なポンプ15と、フローメータ14に接続された分岐管20と、この分岐管20の枝管20a先端に設けられたゴム栓21とを備えている。
【0044】
また、この実験系1では、分岐管20の他端に接続された逆流防止容器16と、この逆流防止容器16に接続された中和用容器17とを備えている。
【0045】
窒素ボンベ11は、実際に反応容器内を洗浄するための窒素ガスが充填されたボンベであり、バルブ11aをあけることにより充填された窒素ガスを送出可能な構成とされている。この窒素ボンベ11には、窒素の流出量を測定するための流量計11bが設けられるのが通常である。
【0046】
ヨウ化水素ボンベ12は、本発明を適用した開裂方法を行う上で必要なヨウ化水素ガスが充填されている。このヨウ化水素ボンベ12についても同様にバルブ12aを開閉させることにより内部のガスの流出、停止を制御することが可能となる。
【0047】
枝付き管13は、窒素ボンベ11、ヨウ化水素ボンベ12に接続され、それぞれのボンベ11、12から供給されてくる窒素ガス又はヨウ化水素ガスをフローメータ14へと導く。フローメータ14は、この枝付き管13から送られてきたそれぞれのガス流量を測定するとともに、これを作業者が視認可能なように表示する。
【0048】
逆流防止容器16は、例えば集気ビン等で構成され、この分岐官20を通過した各ガスが供給される。この逆流防止容器に集められたガスは、中和用容器17へと送出される。中和用容器17は、NaOH水溶液が予め容器の半分程度まで満たされている。逆流防止容器16から送られてくるガスは、この中和用容器17中のNaOH水溶液と必ず接触することにより、酸性のガスがNaOHによるアルカリによって中和されることとなる。このNaOHによる中和されたガスは、中和用容器17から排出されることとなる。
【0049】
ポンプ15は、枝付き管13と交換可能とされており、各容器を減圧化させる際に使用される。このポンプ15は、後述するフラスコ内を減圧化させる際においても用いることができる。ポンプ15は、例えばダイヤフラム式ポンプ等により具体化されるものであってもよい。
【0050】
またシリンジ用注射器22は、その針22bの先端がゴム栓21を貫通させて分岐管20内に突出させることで固定される。このシリンジ用注射器22は、ピストン22aを引くことにより注射管内部に気体を吸引可能な構成となっている。上述のように分岐管20内に針22b先端を突出させてピストン22aを引くことにより、当該分岐管20内部を流れるガスをこの注射管内部に収容することが可能となる。
【0051】
図2(a)は、実際にメチルエーテル結合を含む有機化合物を開裂させるための反応系2の例を示している。この反応系2では、出発物質26を装入して開裂反応を行われるためのフラスコ25と、このフラスコ25の開口部に挿入されたゴム栓27と、一端がゴム栓27を介してフラスコ25内に突出される二方コック24とを備えている。
【0052】
フラスコ25は、三角フラスコ、丸底フラスコ、ナスフラスコ等、いかなる各種フラスコを使用してもよいが、ナスフラスコを使用することが望ましい。また、二方コック24はつまみを開けた状態では、このフラスコ25内部を外気に対して開放させることが可能となり、またつまみを閉めた状態では、フラスコ25内部を外部との間で密閉させることが可能となる。
【0053】
次に、このような実験系1、反応系2を用いて実際に本発明を適用した開裂方法を実行する場合について説明をする。
【0054】
先ず、反応系2において、フラスコ25中に、メチルエーテル結合を含む有機化合物からなる出発物質を装入する。次に、このフラスコ25の開口をゴム栓27で閉めて、更にこれを介して二方コック24を取り付ける。そして、ポンプ15を用いてこのフラスコ25内を減圧させ、しばらく静置させることにより出発物質26を乾燥させる。次に、このフラスコ25内において窒素を注入することにより大気圧に戻す。
【0055】
実際に、フラスコ25内において窒素を注入する際には、二方コック24の一端に窒素で満たしたゴム風船を取り付け、二方コック24のつまみを開くことで、ゴム風船内の窒素ガスがフラスコ25内へと導入されることとなる。次に再びポンプ15を用いてフラスコ25内の減圧を行う。減圧の過程においては、
図2(a)に示すように二方コック24のつまみを開けておく。
【0056】
次に、フラスコ25内においてヨウ化水素ガスを注入する。かかる場合には、実験系1においてヨウ化水素ボンベ12からヨウ化水素ガスを流しつつゴム栓21を介して針22bの先端を突出させたシリンジ用注射器22のピストン22aを引くことにより注射管内をヨウ化水素ガスで満たす。次に、
図2(a)に示すように、ゴム栓21を二方コック24の一端に取り付け、二方コック24のつまみを開くとともに、ピストン22aを押し込む。これにより、注射管内のヨウ化水素ガスがフラスコ25内へと導入されることとなる。
【0057】
次に、このヨウ化水素ガスが充填されたフラスコ25内に更に窒素ガスを導入することにより、当該フラスコ25内を大気圧へと戻す。ちなみにこのフラスコ25内に窒素ガスを導入する方法は、上述したプロセスと同様であるため、ここでの説明は省略する。この窒素充填によりフラスコ25内を大気圧に戻した後、
図2(b)に示すように二方コック24のつまみを閉めて密閉させ、室温(25℃程度)にて24時間程度静置する。この過程で開裂反応が進行することとなる。その後、ポンプ15を用いてフラスコ25内を再度減圧させる。
【0058】
上述の如きプロセスを実行することにより、メチルエーテル結合を含む有機化合物を、溶媒に溶解させることなく、室温中でヨウ化水素ガスに接触させることにより、当該メチルエーテル結合を開裂させることが可能となる。
【0059】
上述した構成からなる本発明によれば、三臭化ホウ素やヨウ化トリメチルシリルを用いた際に必要でとされていた、メチルエーテル結合開裂後のヒドロキシ基形成に必要な水や塩酸、硫酸、硝酸、リン酸などのプロトン酸、またはメタノール、エタノール、2−プロパノール、フェノール、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、安息香酸などアルコール系およびカルボン酸などのヒドロキシ基やカルボン酸を持つ有機化合物、さらにジエチルエーテルやジイソプロピルエーテル、テトラヒドロフラン、酢酸エチル、メチルエチルケトン、ベンゼン、トルエン、クロロホルム、塩化メチレンなどのエーテル系、エステル系、ケトン系、芳香族炭化水素、ハロゲン化炭化水素系有機溶媒からなる群から選ばれた少なくともひとつを含む抽出用有機溶媒等を始めとした後処理剤が不要となる。このため、本発明によれば廃棄物の軽減がより促進される。また、室温付近で反応させることができるため、ヨウ化水素水溶液を用いた反応で問題となる、熱に不安定な有機化合物であっても、その製造に伴う作業性を向上させることができる。また、様々な生成物に対して簡便な反応や後処理方法を提供できる。さらに、一挙に複数のメチルエーテルを開裂させることができ、或いはメチルエーテル結合以外の官能基が存在する場合に、メチルエーテル結合以外の官能基を変化させることなく、当該メチルエーテル結合のみを選択的に開裂させることも可能となり、多様な有機化合物合成の手法として利用できる。
【実施例1】
【0060】
カテコール(o-ジヒドロキシベンゼン)の合成
【0061】
【化10】
【0062】
o-ジメトキシベンゼン(144 mg, 1.04 mmol)を入れたナスフラスコに、先端にセプタムをつけた二方コックを取りつけ、五酸化二リン共存下減圧にて一晩静置することで乾燥させ、窒素にて大気圧に戻した。再びダイヤフラム式ポンプにより減圧にした後、セプタムから50 mLのシリンジを用いてヨウ化水素ガス(512 mg, 4.00 mmol)を導入し、窒素充填により大気圧に戻してから25℃にて24時間静置した。反応後、ダイヤフラム式ポンプにより減圧にすることでカテコール(o-ジヒドロキシベンゼン)(109.9 mg)を得た。収率はテトラ-n-ブチルアンモニウムブロミドを内部標準として
1H-NMRの積分比より96%と決定した。
【実施例2】
【0063】
レゾルシノール(m-ジヒドロキシベンゼン)の合成
【0064】
【化11】
【0065】
m-ジメトキシベンゼン(142 mg, 1.03 mmol)を入れたナスフラスコに、先端にセプタムをつけた二方コックを取りつけ、五酸化二リン共存下減圧にて一晩静置することで乾燥させ、窒素にて大気圧に戻した。再びダイヤフラム式ポンプにより減圧にした後、セプタムから50 mLのシリンジを用いてヨウ化水素ガス(509 mg, 3.97 mmol)を導入し、窒素充填により大気圧に戻してから25℃にて24時間静置した。反応後、ダイヤフラム式ポンプにより減圧にすることでレゾルシノール(m-ジヒドロキシベンゼン)とm-メトキシフェノール、m-ジメトキシベンゼンの混合物(112.6 mg)を得た。
【0066】
収率はテトラ-n-ブチルアンモニウムブロミドを内部標準として
1H-NMRの積分比より、レゾルシノール(m-ジヒドロキシベンゼン):m-メトキシフェノール:m-ジメトキシベンゼンを85%:12%:3%と決定した。
【実施例3】
【0067】
ヒドロキノン(p-ジヒドロキシベンゼン)の合成
【0068】
【化12】
【0069】
p-ジメトキシベンゼン(141 mg, 1.02 mmol)を入れたナスフラスコに、先端にセプタムをつけた二方コックを取りつけ、五酸化二リン共存下減圧にて一晩静置することで乾燥させ、窒素にて大気圧に戻した。再びダイヤフラム式ポンプにより減圧にした後、セプタムから50 mLのシリンジを用いてヨウ化水素ガス(500 mg, 3.90 mmol)を導入し、窒素充填により大気圧に戻してから25℃にて24時間静置した。反応後、ダイヤフラム式ポンプにより減圧にすることでヒドロキノンル(p-ジヒドロキシベンゼン)とp-メトキシフェノールの混合物(112.9 mg)を得た。収率はテトラ-n-ブチルアンモニウムブロミドを内部標準として
1H-NMRの積分比より、ヒドロキノン(p-ジヒドロキシベンゼン):p-メトキシフェノールを96%:4%と決定した。
【実施例4】
【0070】
o-エトキシフェノールの合成
【0071】
【化13】
【0072】
o-エトキシメトキシベンゼン(150 mg, 0.98 mmol)を入れたナスフラスコに、先端にセプタムをつけた二方コックを取りつけ、五酸化二リン共存下減圧にて一晩静置することで乾燥させ、窒素にて大気圧に戻した。再びダイヤフラム式ポンプにより減圧にした後、セプタムから50 mLのシリンジを用いてヨウ化水素ガス(127 mg, 0.99 mmol)を導入し、窒素充填により大気圧に戻してから25℃にて48時間静置した。反応後、ダイヤフラム式ポンプにより減圧にすることでo-エトキシフェノール、o-メトキシフェノール、o-エトキシメトキシベンゼンの混合物(139.0 mg)を得た。収率はフェナントレンを内部標準として
1H-NMRの積分比より、o-エトキシフェノール:o-メトキシフェノール:o-エトキシメトキシベンゼンを77%:9%:14%と決定した。
【実施例5】
【0073】
o-ヒドロキシアセトフェノンの合成
【0074】
【化14】
【0075】
o-メトキシアセトフェノン(159 mg, 1.05 mmol)を入れたナスフラスコに、先端にセプタムをつけた二方コックを取りつけ、五酸化二リン共存下減圧にて一晩静置することで乾燥させ、窒素にて大気圧に戻した。再びダイヤフラム式ポンプにより減圧にした後、セプタムから50 mLのシリンジを用いてヨウ化水素ガス(257 mg, 2.01 mmol)を導入し、窒素充填により大気圧に戻してから25℃にて24時間静置した。反応後、ダイヤフラム式ポンプにより減圧にすることでo-ヒドロキシアセトフェノンとo-メトキシアセトフェノンの混合物(128.6 mg)を得た。収率はフェナントレンを内部標準として
1H-NMRの積分比より、o-ヒドロキシアセトフェノン:o-メトキシアセトフェノンを89%:1%と決定した。
【実施例6】
【0076】
p-ヒドロキシフェニル酢酸の合成
【0077】
【化15】
【0078】
p-メトキシフェニル酢酸(166 mg, 1.00 mmol)を入れたナスフラスコに、先端にセプタムをつけた二方コックを取りつけ、五酸化二リン共存下減圧にて一晩静置することで乾燥させ、窒素にて大気圧に戻した。再びダイヤフラム式ポンプにより減圧にした後、セプタムから50 mLのシリンジを用いてヨウ化水素ガス(243 mg, 1.89 mmol)を導入し、窒素充填により大気圧に戻してから25℃にて24時間静置した。反応後、ダイヤフラム式ポンプにより減圧にすることでp-ヒドロキシフェニル酢酸とp-メトキシフェニル酢酸の混合物(142.9 mg)を得た。収率はテトラ-n-ブチルアンモニウムブロミドを内部標準として
1H-NMRの積分比より、p-ヒドロキシフェニル酢酸:p-メトキシフェニル酢酸を36%:53%と決定した。
【実施例7】
【0079】
o-エトキシフェノールの合成
【0080】
【化16】
【0081】
o-エトキシメトキシベンゼン(150 mg, 0.98 mmol)を入れたねじ蓋口付試験管を、五酸化二リン共存下減圧にて一晩静置することで乾燥させ、窒素にて大気圧に戻した。1 mLのシリンジを用いて55 wt%ヨウ化水素水溶液(235 mg, 1.01 mmol)を導入し、加熱還流下にて48時間静置した。反応後、五酸化二リン共存下減圧にて2日間静置することで乾燥させ、o-エトキシフェノール、o-メトキシフェノール、o-エトキシメトキシベンゼンの混合物(199 mg)を得た。収率はフェナントレンを内部標準として
1H-NMRの積分比より、o-エトキシフェノール:o-メトキシフェノール:o-エトキシメトキシベンゼンを63%:13%:20%と決定した。
【符号の説明】
【0082】
1 実験系
2 反応系
11 窒素ボンベ
12 ヨウ化水素ボンベ
13 枝付き管
14 フローメータ
15 ポンプ
16 逆流防止容器
17 中和用容器
20 分岐管
21 ゴム栓
22 シリンジ用注射器
24 二方コック
25 フラスコ
26 出発物質
27 ゴム栓