【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明のプラスチック成形金型用鋼のうち、第1の本発明は、質量%にて、C:0.21〜0.26%、Si:0.15%以下、Mn:0.3〜1.2%、Cr:1.6〜2.1%、Al:0.03〜0.06%、B:0.001〜0.005%、MoとWを単独もしくは複合でMo+1/2W:0.2〜0.6%、V:0.05〜0.3%を含有し、残部がFeと不可避不純物とからなり、かつ前記不可避不純物中でNi:0.5%以下、Cu:0.4%以下、S:0.005%以下、O:0.0080%以下、N:0.02%以下に規制した組成を有し、硬さが27〜33HRCの範囲内にあることを特徴とする。
【0009】
第2の本発明のプラスチック成形金型用鋼は、前記第1の本発明において、室温での熱伝導率が38W/m/K以上であることを特徴とする。
【0010】
第3の本発明のプラスチック成形金型用鋼は、前記第1または第2の本発明において、旧オーステナイト粒径が、結晶粒度番号で4以上であることを特徴とする。
【0011】
第4の本発明のプラスチック成形金型用鋼は、前記第1〜3のいずれかの本発明において、ノッチ深さが2mmのUノッチ形状試験片における室温のシャルピー衝撃値が70J/cm
2以上であることを特徴とする。
【0012】
第5の本発明のプラスチック成形金型用鋼の製造方法は、前記第1の本発明の組成を有し、調質によってプラスチック成形金型用鋼を製造する方法であって、最終オーステナイト化工程前に初析フェライトを体積率で8%以上析出させ、該最終オーステナイト化工程および焼戻しによる調質によって、旧オーステナイト粒径を結晶粒度番号で4以上、硬さを27〜33HRCの範囲内とすることを特徴とする。
【0013】
第6の本発明のプラスチック成形金型用鋼の製造方法は、前記第5の本発明において、前記最終オーステナイト化工程が、焼準しまたは焼入れであることを特徴とする。
【0014】
以下に、本発明で規定する条件等について説明する。なお、以下の組成における成分はいずれも質量%で示されるものである。
【0015】
(組成)
鉄鋼中では、Si、Mn、Crなどの含有量を少なくすることによって、高熱伝導率化することができる。金属中においては、自由電子による熱伝導が支配的であり、これらの合金元素には、自由電子の動きを阻害する作用があると推察される。しかしながら、これらは焼入れ性を向上させる元素であり、これらの元素を極端に減じると、焼入れ性が低下してフェライトが混在する場合があり、局所的に硬さが低下する。前述したように、金型用鋼の硬さは鏡面性に大きく影響する因子であり、フェライトが混在すると金型用鋼内で鏡面性にばらつきが生じるために好ましくない。これらの点を配慮して組成が定められている。以下、本発明で成分範囲を限定した理由を以下に説明する。
【0016】
C:0.21〜0.26%
Cは焼入れ性を向上させる元素であり、また目的の硬さに調整するためにも0.21%以上の含有が必要である。一方 多量に含有する場合には、熱伝導性が低下するとともに、焼入れ性が向上しすぎて、調質などの最終オーステナイト化工程前に初析フェライトが析出しなくなる。また、溶接性も劣化することから、その上限を0.26%とする。
【0017】
Si:0.15%以下
Siは熱伝導性を顕著に低下させるとともに、成分偏析が生じて鏡面性を劣化させることから、その上限を0.15%とする。一方、製鋼工程の脱酸剤として使われ、少なすぎると脱酸能が悪化することから、0.01%以上の含有量が望ましい.同様の理由で下限を0.05%、上限を0.10%とするのが一層望ましい。
【0018】
Mn:0.3〜1.2%
Mnは焼入れ性向上に効果的な元素であり、添加により良好な機械的性質を得ることができる。その効果を得るためには、0.3%以上の含有が必要である。ただし、過度の含有は熱伝導性の低下を招くとともに、焼入れ性が向上しすぎて、調質などの最終オーステナイト化工程前に初析フェライトが析出しなくなるので、上限を1.2%とする。
同様の理由で下限を0.5%、上限を0.9%とするのが望ましい。
【0019】
Cr:1.6〜2.1%
Crは焼入れ性の向上作用をもたらす。また、金型の使用時の錆発生によって鏡面性が低下するのを防止する観点から、金型用鋼にとって耐食性は望ましい特性であり、Crの含有は耐食性の向上をもたらす。以上の理由から、1.6%以上の含有が必要である。一方で、過度の含有は熱伝導率の低下をもたらすとともに、焼入れ性が向上して、調質などの最終オーステナイト化工程前に初析フェライトが析出しなくなることから、その上限を2.1%とする。
同様の理由で下限を1.7%、上限を1.9%とするのが一層望ましい。
【0020】
Al:0.03〜0.06%
AlはSiと同様に鋼塊溶製時に脱酸剤として用いられる。本発明鋼では、熱伝導率を向上させるために、Siを低く抑えていることから、最低でも0.03%の含有量が必要である。しかし、多すぎるとAl
2O
3系介在物が鋼中に残留し、被削性や鏡面性を悪化させる原因となるため、0.06%以下とする。
【0021】
B:0.001〜0.005%
Bは焼入れ性の向上効果を有するに加えて、被削性を付与させる作用もあるため、0.001%以上の含有が必要である。一方で過度に含有する場合は、熱間加工性を阻害することに加えて溶接時の割れ感受性を高めるために、その上限を0.005%とする。
同様の理由で上限を0.003%とするのが一層望ましい。
【0022】
Mo+1/2W:0.2〜0.6%
MoとWは、焼戻し時に微細な炭化物を形成し、硬さ向上の役割を果たすが、過剰に含有すると靭性の低下をもたらすことから、上限及び下限を定めることが必要である。ここでWは、Moに対して質量%でほぼ倍の量で同様の効果が認められることから、Mo+1/2Wの計算式で、下限を0.2%、上限を0.6%に規制する。なお、MoはCrと同様に耐食性向上効果も有することから、その下限を0.3%にするのが望ましい。また、上限は、靱性の低下の観点から0.6%以下が望ましい。
【0023】
V:0.05〜0.3%
Vは焼戻し軟化抵抗性を高めると共に、硬質の炭化物を微細に形成して耐摩耗性を向上させる効果があるため、0.05%以上の含有が必要である。一方、多すぎると金型加工時の工具の摩耗を増加させるとともに、多量の炭化物の析出による靭性低下を招くことから、その上限を0.3%以下とする。
なお、 同様の理由で下限を0.1%、上限を0.2%とするのが一層望ましい。
【0024】
Ni:0.5%以下
Niは、本発明鋼を製造するに当たってスクラップを原料とする場合、不可避的に混入する可能性がある。Niは焼入れ性を高めるのに有効な元素であるが、本発明ではC、Mn、Crなどの添加で調質後に初析フェライトが析出しない程度の十分な焼入れ性を得ることができることに加え、過度の含有は熱伝導率の低下をもたらすことから、その上限を0.5%とした。なお、焼入れ性や硬さの向上を意図する場合は0.2%以上含有するのが望ましいが、Niは含有しない、または不可避的不純物とした場合は0.2%未満が望ましい。
【0025】
Cu:0.4%以下
Cuは、本発明鋼を製造するに当たってスクラップを原料とする場合、不可避的に混入する可能性がある。Cuは多すぎると被削性を低下させることに加え、熱間加工性の著しい低下をもたらす。加えて、焼入れ性が向上して、調質などの最終オーステナイト化工程前に初析フェライトが析出しなくなることから、上限を0.4%に規制する。
なお、耐食性や焼入れ性の向上を意図する場合は、Cuを0.2%以上含有するのが望ましいが、Cuは含有しない、または不可避的不純物とした場合は0.2%未満が望ましい。
【0026】
S:0.005%以下、O:0.0080%以下、N:0.02%以下
SはMn、OはSiやAlなど、NはAlなどと結合して非金属介在物を形成する。これらは、鏡面研磨時にはピンホール欠陥として現出する場合があるため、鏡面性を高める上での障害となる。また、腐食環境下での錆の起点ともなりうる。これらの理由から、上記した非金属介在物はできるだけ少なくするのが望ましく、そのためには、S、O、Nの含有量を極力低減させることが必要である。このため、S、O、Nの上限は、それぞれ0.005%、0.0080%、0.02%とする。また、望ましくは、上限をさらに0.003%、0.004%、0.01%に規制する。
【0027】
硬さ:27〜33HRC
本プリハードン鋼の硬さは、27〜33HRCの範囲に調質される。硬さが27HRC未満になると、素地と硬質な非金属介在物の間の硬さの差異が大きくなり、研磨時に非金属介在物による引っかき傷が生じやすくなって鏡面性が低下する。一方、硬さが33HRCを越えると、靭性が低下する.
なお、硬さの測定は、JIS Z 2245で規定されているロックウェル硬さ測定方法によって行うことができる。
【0028】
室温での熱伝導率:38W/m/K以上
室温(15℃〜35℃)での熱伝導率を38W/m/K以上とすることで、生産性の向上、ヒートチェックの抑制を図ることができる。
【0029】
旧オーステナイト粒径:結晶粒度番号4以上
旧オーステナイト粒径を結晶粒度番号4以上とすることで良好な靱性が得られる。したがって、上記結晶粒度番号の条件を満たすことが望ましい。
なお、上記粒径は、JIS G 0551に規定される方法によって測定することができる。
【0030】
シャルピー衝撃値:70J/cm
2以上
十分なシャルピー衝撃値を有することで、割れを効果的に防ぎ、さらにヒートチェックを抑制するので、上記シャルピー衝撃値を有するのが望ましい。
なお、上記シャルピー衝撃値は、JIS Z 2242で規定されている条件によって測定することができる。
【0031】
最終オーステナイト化工程前の初析フェライト体積率:8%以上
最終オーステナイト化工程の前に初析フェライト体積率を8%以上にしておくことで、同工程後に細粒の組織が得られ、優れた靱性が得られる。したがって、最終オーステナイト化工程前の初析フェライト体積率は8%以上であるのが望ましい。
すなわち、高靭性化させるためには、結晶粒径は小さいほうが良い。再結晶時の核生成サイトを多く分布させておくのが、結晶粒を微細化させる一つの方法であり、核生成サイトの一つとして結晶粒界が挙げられる。たとえば、調質前の旧オーステナイト結晶粒径が同等で、初析フェライトが析出した鋼とフルベイナイトもしくはフルマルテンサイトの鋼を比較した場合、初析フェライトが析出した鋼で結晶粒界の密度が高いために、調質後の旧オーステナイト結晶粒はフルベイナイトもしくはフルマルテンサイトの鋼より微細になる。
【0032】
なお、最終オーステナイト化工程の前における初析フェライト体積率は、同工程前の熱履歴における冷却工程の影響を受ける。このような冷却工程としては、熱間加工や焼準しでの冷却工程が例示される。これらの工程における冷却速度を小さくするほど、初析フェライトが析出しやすくなるが、冷却速度を極端に小さくしないと初析フェライトが析出しない場合は、冷却に長時間を要することになり、金型用鋼の製造効率が低下する。
なお、熱伝導率の向上と最終オーステナイト化工程前での初析フェライト析出を利用した結晶粒微細化に伴う高靭性化を達成するには、いずれも焼入れ性向上元素の添加量が少ない方が望ましいが、これらを極端に減じると最終オーステナイト化工程後にも初析フェライトが分布して、鏡面性を損なう可能性がある。本発明で最終オーステナイト化工程前の初析フェライト体積率を限定する場合、それぞれの添加元素量を限定することにより、熱伝導性と靭性、及び鏡面性のいずれの特性も満足することができる。
なお、上記調質の内容は本発明としては特定のものに限定されるものではないが、焼入れ温度880〜1020℃、水冷や油冷の条件による焼入れ、加熱温度500〜650℃、空冷や炉冷の条件による焼戻しを例示することができる。焼入れ前に焼準しを行うものであってもよい。なお、小さい製品などでは、加熱後に水冷や油冷を行わず、例えば、空冷やファンを使用した衝風冷却による焼準しによって最終オーステナイト化を行うこともできる。
なお、最終オーステナイト化工程は、最終的にオーステナイト化の現象が生じる工程を意味しており、熱処理用の加熱および冷却を行う場合の他、例えば熱間加工後の冷却過程を制御するものであってもよい。