(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記金属組織を光学顕微鏡で観察したときに、焼入れマルテンサイトおよび残留オーステナイトが複合したMA混合相が存在している場合には、前記MA混合相の全個数に対して、円相当直径dが7μm超を有するMA混合相の個数割合が15%未満(0%を含む)である請求項1に記載の高強度鋼板。
上記式(4)を満たす温度域で保持した後、冷却し、次いで電気亜鉛めっき、溶融亜鉛めっき、または合金化溶融亜鉛めっきを行う請求項10に記載の高強度鋼板の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明者らは、引張強度が590MPa以上の高強度鋼板の加工性、特に伸びと局所変形能、および低温靭性を改善するために検討を重ねてきた。その結果、
(1)鋼板の金属組織を、ポリゴナルフェライト主体、具体的には、金属組織全体に対する面積率が50%超としたうえで、ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、および残留γを含む混合組織とし、特にベイナイトとして、
(1a)隣接する残留γ同士、隣接する炭化物同士、或いは隣接する残留γと隣接する炭化物(以下、これらをまとめて「残留γ等」と表記することがある。)の中心位置間距離の平均間隔が1μm以上である高温域生成ベイナイトと、
(1b)残留γ等の中心位置間距離の平均間隔が1μm未満である低温域生成ベイナイトの2種類のベイナイトを生成させれば、伸びを劣化させることなく局所変形能を改善した加工性に優れた高強度鋼板を提供できること、
(2)具体的には、上記高温域生成ベイナイトは鋼板の伸び向上に寄与し、上記低温域生成ベイナイトは鋼板の局所変形能向上に寄与すること、
(3)さらに体心立方格子(体心正方格子含む)の結晶粒ごとのIQ分布が、式(1)[(IQave−IQmin)/(IQmax−IQmin)≧0.40]、および式(2)[(σIQ)/(IQmax−IQmin)≦0.25]の関係を満足するよう制御することで、低温靭性に優れた高強度鋼板を提供できること、
(4)上記ポリゴナルフェライト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、および残留オーステナイトを所定量生成させ、かつ上記式(1)、式(2)を満足する所定のIQ分布を実現するには、所定の成分組成を満足する鋼板を800℃以上、Ac
3点−10℃以下の二相温度域に加熱し、該温度域で50秒間以上保持して均熱した後、600℃以上の範囲を平均冷却速度20℃/秒以下で冷却し、その後、150℃以上、400℃以下、但し、Ms点が400℃以下の場合は、Ms点以下を満たす任意の温度Tまで平均冷却速度10℃/秒以上で冷却し、且つ式(3)[150℃≦T1(℃)≦400℃]を満たすT1温度域で、10〜200秒間保持した後、式(4)[400℃<T2(℃)≦540℃]を満たすT2温度域に加熱し、該温度域で50秒間以上保持すればよいことを見出し、本発明を完成した。
【0022】
まず、本発明に係る高強度鋼板を特徴づける金属組織について説明する。
【0023】
《金属組織について》
本発明に係る高強度鋼板の金属組織は、ポリゴナルフェライト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、および残留γを含む混合組織である。
【0024】
[ポリゴナルフェライト]
本発明の鋼板の金属組織は、ポリゴナルフェライトを主体としている。主体とは、金属組織全体に対する面積率が50%超であることを意味する。ポリゴナルフェライトは、ベイナイトに比べて軟質であり、鋼板の伸びを高めて加工性を改善するのに作用する組織である。こうした作用を発揮させるには、ポリゴナルフェライトの面積率は、金属組織全体に対して50%超、好ましくは55%以上、より好ましくは60%以上とする。ポリゴナルフェライトの面積率の上限は、飽和磁化法で測定される残留γの占積率を考慮して決定されるが、例えば、85%である。
【0025】
上記ポリゴナルフェライト粒の平均円相当直径Dは、10μm以下(0μmを含まない)であることが好ましい。ポリゴナルフェライト粒の平均円相当直径Dを小さくし、細かく分散させることによって、鋼板の伸びを一段と向上させることができる。この詳細なメカニズムは明らかではないが、ポリゴナルフェライトを微細化することによって、金属組織全体に対するポリゴナルフェライトの分散状態が均一になるため、不均一な変形が起こりにくくなり、これが伸びの一層の向上に寄与していると考えられる。すなわち、本発明の鋼板の金属組織は、ポリゴナルフェライト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、および残留γの混合組織で構成されている場合、ポリゴナルフェライト粒の粒径が大きくなると、個々の組織の大きさにバラツキが生じる。そのため、不均一な変形が生じて歪みが局所的に集中して加工性、特に、ポリゴナルフェライト生成による伸び向上作用を改善することが難しくなると考えられる。従ってポリゴナルフェライトの平均円相当直径Dは、好ましくは10μm以下、より好ましくは8μm以下、更に好ましくは5μm以下、特に好ましくは4μm以下である。
【0026】
上記ポリゴナルフェライトの面積率および平均円相当直径Dは、走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)で観察することによって測定できる。
【0027】
[ベイナイトおよび焼戻しマルテンサイト]
本発明の鋼板は、ベイナイトが、高温域生成ベイナイトと、高温域生成ベイナイトに比べて強度が高い低温域生成ベイナイトとの複合組織から構成されているところに特徴がある。高温域生成ベイナイトは鋼板の伸び向上に寄与し、低温域生成ベイナイトは鋼板の局所変形能向上に寄与する。そしてこれら2種類のベイナイト組織を含むことにより、鋼板の伸びを劣化させることなく、局所変形能を向上させることができ、鋼板の加工性全般を高めることができる。これは強度レベルの異なるベイナイト組織を複合化することによって不均一変形が生じるため、加工硬化能が上昇することに起因すると考えられる。
【0028】
上記高温域生成ベイナイトとは、ベイナイト生成域の中でも比較的高温域で生成するベイナイトであり、主に400℃超、540℃以下のT2温度域で生成するベイナイト組織である。高温域生成ベイナイトは、ナイタール腐食した鋼板断面をSEM観察したときに、残留γ等の平均間隔が1μm以上になっている組織である。
【0029】
一方、上記低温域生成ベイナイトとは、比較的低温域で生成するベイナイトであり、主として150℃以上、400℃以下のT1温度域で生成するベイナイト組織である。低温域生成ベイナイトは、ナイタール腐食した鋼板断面をSEM観察したときに、残留γ等の平均間隔が1μm未満になっている組織である。
【0030】
ここで「残留γ等の平均間隔」とは、鋼板断面をSEM観察したとき、隣接する残留γ同士の中心位置間距離、隣接する炭化物同士の中心位置間距離、または隣接する残留γと隣接する炭化物との中心位置間距離を測定した結果を平均した値である。上記中心位置間距離は、最も隣接している残留γおよび/または炭化物について測定したときに、残留γや炭化物の中心位置を求め、この中心位置同士の距離を意味する。中心位置は、残留γや炭化物の長径と短径を決定し、長径と短径が交差する位置とする。
【0031】
但し、残留γや炭化物がラスの境界上に析出する場合は、複数の残留γと炭化物が連なってその形態は針状または板状になるため、中心位置間距離は、残留γおよび/または炭化物同士の距離ではなく、
図1に示すように、残留γおよび/または炭化物が長径方向に連なって形成する線と線の間隔、すなわち、ラス間距離を中心位置間距離とすればよい。
【0032】
また、焼戻しマルテンサイトは、上記低温域生成ベイナイトと同様の作用を有する組織であり、鋼板の局所変形能向上に寄与する。なお、上記低温域生成ベイナイトと焼戻しマルテンサイトは、SEM観察しても区別できないため、本発明では、低温域生成ベイナイトと焼戻しマルテンサイトをまとめて「低温域生成ベイナイト等」と呼ぶこととする。
【0033】
本発明において、ベイナイトを上記のように生成温度域の相違および残留γ等の平均間隔の相違によって「高温域生成ベイナイト」と「低温域生成ベイナイト等」に区別した理由は、一般的な学術的組織分類ではベイナイトを明瞭に区別し難いからである。例えば、ラス状のベイナイトとベイニティックフェライトは、変態温度に応じて上部ベイナイトと下部ベイナイトに分類される。しかし本発明のようにSiを1.0%以上と多く含んだ鋼種では、ベイナイト変態に伴う炭化物の析出が抑制されるため、SEM観察では、マルテンサイト組織も含めてこれらを区別することは困難である。そこで本発明では、ベイナイトを学術的な組織定義により分類するのではなく、上記のように生成温度域の相違および残留γ等の平均間隔に基づいて区別した次第である。
【0034】
高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の分布状態は特に限定されず、旧γ粒内に高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の両方が生成していてもよいし、旧γ粒毎に高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等が夫々生成していてもよい。
【0035】
高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の分布状態を模式的に
図2A、Bに示す。図中では、高温域生成ベイナイトには斜線を付し、低温域生成ベイナイト等には細かい点々を付した。
図2Aは、旧γ粒内に高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の両方が混合して生成している様子を示しており、
図2Bは、旧γ粒毎に高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等が夫々生成している様子を示している。各図中に示した黒丸は、MA混合相を示している。MA混合相については後述する。
【0036】
本発明では、金属組織全体に占める高温域生成ベイナイトの面積率をbとし、金属組織全体に占める低温域生成ベイナイト等の合計面積率をcとしたとき、該面積率bおよびcは、いずれも5〜40%を満足していることが必要である。ここで、低温域生成ベイナイトの面積率ではなく、低温域生成ベイナイトと焼戻しマルテンサイトの合計面積率を規定した理由は、前述したようにSEM観察ではこれらの組織を区別できないからである。
【0037】
上記面積率bは、5〜40%とする。高温域生成ベイナイトの生成量が少な過ぎると鋼板の伸びが低下して加工性を改善できない。従って上記面積率bは5%以上、好ましくは8%以上、より好ましくは10%以上である。しかし高温域生成ベイナイトの生成量が過剰になると低温域生成ベイナイト等との生成量のバランスが悪くなり、高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の複合化による効果が発揮されない。従って高温域生成ベイナイトの面積率bは40%以下、好ましくは35%以下、より好ましくは30%以下、更に好ましくは25%以下とする。
【0038】
また、上記合計面積率cは、5〜40%とする。低温域生成ベイナイト等の生成量が少な過ぎると鋼板の局所変形能が低下して加工性を改善できない。従って上記合計面積率cは5%以上、好ましくは8%以上、より好ましくは10%以上である。しかし低温域生成ベイナイト等の生成量が過剰になると高温域生成ベイナイトとの生成量のバランスが悪くなり、低温域生成ベイナイト等と高温域生成ベイナイトの複合化による効果が発揮されない。従って低温域生成ベイナイト等の面積率cは40%以下、好ましくは35%以下、より好ましくは30%以下、更に好ましくは25%以下とする。
【0039】
上記面積率bと上記合計面積率cの関係は、それぞれの範囲が上記範囲を満足していれば特に限定されず、b>c、b<c、b=cのいずれの態様も含まれる。
【0040】
高温域生成ベイナイトと、低温域生成ベイナイト等の混合比率は、鋼板に要求される特性に応じて定めればよい。具体的には、鋼板の加工性のうち局所変形能(特に、伸びフランジ性(λ))を一層向上させるには、高温域生成ベイナイトの比率をできるだけ小さくし、低温域生成ベイナイト等の比率をできるだけ大きくすればよい。一方、鋼板の加工性のうち伸びを一層向上させるには、高温域生成ベイナイトの比率をできるだけ大きくし、低温域生成ベイナイト等の比率をできるだけ小さくすればよい。また、鋼板の強度を一層高めるには、低温域生成ベイナイト等の比率をできるだけ大きくし、高温域生成ベイナイトの比率をできるだけ小さくすればよい。
【0041】
なお、本発明において、ベイナイトには、ベイニティックフェライトも含まれる。ベイナイトは炭化物が析出した組織であり、ベイニティックフェライトは炭化物が析出していない組織である。
【0042】
[ポリゴナルフェライト+ベイナイト+焼戻しマルテンサイト]
本発明では、上記ポリゴナルフェライトの面積率a、上記高温域生成ベイナイトの面積率b、および上記低温域生成ベイナイト等の合計面積率cの合計(以下、「a+b+cの合計面積率」という)が、金属組織全体に対して70%以上を満足していることが好ましい。a+b+cの合計面積率が70%を下回ると、伸びが劣化することがある。a+b+cの合計面積率は、より好ましくは75%以上、更に好ましくは80%以上である。a+b+cの合計面積率の上限は、飽和磁化法で測定される残留γの占積率を考慮して決定されるが、例えば、100%である。
【0043】
[残留γ]
残留γは、鋼板が応力を受けて変形する際にマルテンサイトに変態することによって変形部の硬化を促し、歪の集中を防ぐ効果があり、それにより均一変形能が向上して良好な伸びを発揮する。こうした効果は、一般的にTRIP効果と呼ばれている。
【0044】
これらの効果を発揮させるために、金属組織全体に対する残留γの体積率は、飽和磁化法で測定したとき、5体積%以上含有させる必要がある。残留γは、好ましくは8体積%以上、より好ましくは10体積%以上である。しかし残留γの生成量が多くなり過ぎると、後述するMA混合相も過剰に生成し、MA混合相が粗大化し易くなるため、局所変形能特に伸びフランジ性および曲げ性を低下させてしまう。従って残留γの上限は好ましくは30体積%以下程度、より好ましくは25体積%以下である。
【0045】
残留γは、主に金属組織のラス間に生成しているが、ラス状組織の集合体、例えば、ブロックやパケットなどや旧γの粒界上に、後述するMA混合相の一部として塊状に存在することもある。
【0046】
[その他]
本発明に係る鋼板の金属組織は、上述したように、ポリゴナルフェライト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、および残留γを含むものであり、これらのみから構成されていてもよいが、本発明の効果を損なわない範囲で、(a)焼入れマルテンサイトと残留γとが複合したMA混合相や、(b)パーライト等の残部組織が存在していてもよい。
【0047】
(a)MA混合相
MA混合相は、焼入れマルテンサイトと残留γとの複合相として一般的に知られており、最終冷却前までは未変態のオーステナイトとして存在していた組織の一部が、最終冷却時にマルテンサイトに変態し、残りはオーステナイトのまま残存することによって生成する組織である。こうして生成するMA混合相は、熱処理、特に、オーステンパ処理の過程で炭素が高濃度に濃化し、しかも一部がマルテンサイト組織になっているため、非常に硬い組織である。そのためベイナイトとMA混合相との硬度差は大きく、変形に際して応力が集中してボイド発生の起点となりやすいので、MA混合相が過剰に生成すると、伸びフランジ性や曲げ性が低下して局所変形能が低下する。また、MA混合相が過剰に生成すると、強度が高くなり過ぎる傾向がある。MA混合相は、残留γ量が多くなるほど、またSi含有量が多くなるほど生成し易くなるが、その生成量はできるだけ少ない方が好ましい。
【0048】
上記MA混合相は、金属組織を光学顕微鏡で観察したときに、金属組織全体に対して好ましくは30面積%以下、より好ましくは25面積%以下、更に好ましくは20面積%以下である。
【0049】
上記MA混合相は、円相当直径dが7μmを超えるMA混合相の個数割合が、MA混合相の全個数に対して15%未満(0%を含む)であることが好ましい。円相当直径dが7μmを超える粗大なMA混合相は、局所変形能に悪影響を及ぼす。上記円相当直径dが7μmを超えるMA混合相の個数割合は、MA混合相の全個数に対してより好ましくは10%未満、更に好ましくは5%未満である。
【0050】
上記円相当直径dが7μmを超えるMA混合相の個数割合は、圧延方向に平行な断面表面を光学顕微鏡で観察して算出すればよい。
【0051】
なお、上記MA混合相は、その粒径が大きくなるほどボイドが発生し易くなる傾向が実験により認められたため、MA混合相はできるだけ小さいことが推奨される。
【0052】
(b)パーライト
上記パーライトは、金属組織をSEM観察したときに、金属組織全体に対して好ましくは20面積%以下である。パーライトの面積率が20%を超えると、伸びが劣化し、加工性を改善することが難しくなる。パーライトの面積率は、金属組織全体に対してより好ましくは15%以下、更に好ましくは10%以下、より更に好ましくは5%以下である。
【0053】
上記の金属組織は、次の手順で測定できる。
【0054】
[SEM観察]
ポリゴナルフェライト、高温域生成ベイナイト、低温域生成ベイナイト等、およびパーライトは、鋼板の圧延方向に平行な断面のうち、板厚の1/4位置をナイタール腐食し、倍率3000倍程度でSEM観察すれば識別できる。
【0055】
ポリゴナルフェライトは、結晶粒の内部に上述した白色もしくは薄い灰色の残留γ等を含まない結晶粒として観察される。
【0056】
高温域生成ベイナイトおよび低温域生成ベイナイト等は、主に灰色で観察され、結晶粒の中に白色もしくは薄い灰色の残留γ等が分散している組織として観察される。従ってSEM観察によれば、高温域生成ベイナイトおよび低温域生成ベイナイト等には、残留γや炭化物も含まれるため、残留γ等も含めた面積率として算出される。
【0057】
鋼板の断面をナイタール腐食すると、炭化物と残留γは、いずれも白色もしくは薄い灰色の組織として観察され、両者を区別することは困難である。これらのうち例えばセメンタイトなどの炭化物は、低温域で生成するほど、ラス間よりもラス内に析出する傾向があるため、炭化物同士の間隔が広い場合は、高温域で生成したと考えられ、炭化物同士の間隔が狭い場合は、低温域で生成したと考えることができる。残留γは、通常ラス間に生成するが、ラスの大きさは組織の生成温度が低くなるほど小さくなるため、残留γ同士の間隔が広い場合は、高温域で生成したと考えられ、残留γ同士の間隔が狭い場合は、低温域で生成したと考えることができる。従って本発明ではナイタール腐食した断面をSEM観察し、観察視野内に白色または薄い灰色として観察される残留γ等に着目し、隣接する残留γ等間の中心位置間距離を測定したときに、この平均値、すなわち平均間隔が1μm以上である組織を高温域生成ベイナイト、平均間隔が1μm未満である組織を低温域生成ベイナイト等とする。
【0058】
パーライトは、炭化物とフェライトが層状になった組織として観察される。
【0059】
[飽和磁化法]
残留γは、SEM観察による組織の同定ができないため、飽和磁化法により体積率を測定する。この体積率の値はそのまま面積率と読み替えることができる。飽和磁化法による詳細な測定原理は、「R&D神戸製鋼技報、Vol.52、No.3、2002年、p.43〜46」を参照すればよい。
【0060】
このように残留γの体積率は飽和磁化法で測定しているのに対し、高温域生成ベイナイトおよび低温域生成ベイナイト等の面積率はSEM観察で残留γを含めて測定しているため、これらの合計は100%を超える場合がある。
【0061】
[光学顕微鏡観察]
MA混合相は、鋼板の圧延方向に平行な断面のうち、板厚の1/4位置をレペラ腐食し、倍率1000倍程度で光学顕微鏡観察すれば、白色組織として観察される。
【0062】
次に、本発明に係る高強度鋼板のIQ(Image Quality)分布について説明する。
【0063】
[IQ分布]
本発明ではEBSDによる測定点間の結晶方位差が3°以上である境界で囲まれた領域を「結晶粒」と定義し、IQとして、体心立方格子(体心正方格子含む)の結晶粒毎に解析したEBSDパターンの鮮明度に基づく各平均IQを用いる(以下、単に「IQ」ということがある)。上記結晶方位差を3°以上としたのは、ラス境界を除外する趣旨である。なお、体心正方格子は、C原子が、体心立方格子内の特定の侵入型位置に固溶することで、格子が一方向に伸長したものであり、構造自体は体心立方格子と同等であるため、低温靭性に及ぼす効果も同等である。また、EBSDでも、これら格子を区別することはできない。したがって、本発明では体心立方格子の測定には体心正方格子を含むものとした。
【0064】
IQとはEBSDパターンの鮮明度である。IQは結晶中の歪量に影響を受けることが知られており、具体的にはIQが小さいほど、結晶中に歪が多く存在する傾向にある。本発明者らは結晶粒の歪みと低温靭性との関係に着目して研究を重ねた。まず、EBSDによる各測定点のIQ、すなわち、歪みの多い面積と歪みの少ない面積の関係から低温靭性に与える影響を検討したが、各測定点のIQと低温靭性との関係性は見出せなかった。一方、結晶粒毎の平均IQ、すなわち、歪みの多い結晶粒数と歪みの少ない結晶粒数の関係から低温靭性に与える影響を検討した結果、歪みの少ない結晶粒が歪みの多い結晶粒に対して相対的に多くなるように制御すれば、低温靭性を向上できることがわかった。そしてフェライトおよび残留γを含有する金属組織であっても、鋼板の体心立方格子(体心正方格子含む)を有する各結晶粒のIQ分布を下記式(1)、式(2)を満足するように適切に制御すれば、良好な低温靭性が得られることを見出した。
【0065】
(IQave−IQmin)/(IQmax−IQmin)≧0.40・・・(1)
σIQ/(IQmax−IQmin)≦0.25・・・(2)
(式中、
IQaveは、各結晶粒の平均IQ全データの平均値
IQminは、各結晶粒の平均IQ全データの最小値
IQmaxは、各結晶粒の平均IQ全データの最大値
σIQは、各結晶粒の平均IQ全データの標準偏差を表す)
【0066】
上記各結晶粒の平均IQ値は、供試材の圧延方向に平行な断面を研磨し、板厚の1/4位置にて、100μm×100μmの領域を測定領域とし、1ステップ:0.25μmで18万点のEBSD測定を行い、この測定結果から求められる各結晶粒のIQの平均値である。なお、測定領域の境界線で一部が分断された結晶粒は測定対象から除外し、測定領域内に一つの結晶粒が完全に収まっている結晶粒のみを対象とする。
【0067】
またIQの解析においては信頼性を確保する観点からCI(Confidence Index)<0.1の測定点を解析から除外する。CIは、データの信頼度であり、各測定点で検出されたEBSDパターンが、指定された結晶系、例えば鉄の場合は体心立方格子あるいは面心立方格子(FCC:Face Centered Cubic)のデータベース値との一致度を示す指標である。
【0068】
更に上記式(1)、式(2)の計算においては、異常値を除外する観点から最大側、および最小側それぞれにおいて全データから2%のデータを除外した値を用いる。
【0069】
また上記式(1)、および式(2)では、検出器の影響などによりIQの絶対値が変動することを考慮して、IQmin、IQmaxを用いて相対化している。
【0070】
IQaveと、σIQは低温靭性への影響を示す指標であり、IQaveが大きく、かつ、σIQが小さいと良好な低温靭性が得られる。良好な低温靭性を確保する観点からは、式(1)は0.40以上、好ましくは0.42以上、より好ましくは0.45以上である。式(1)の値が高い程、歪みの少ない結晶粒が多く、より優れた低温靭性が得られるため、上限は特に限定されないが、例えば、0.80以下である。一方、式(2)は0.25以下、好ましくは0.24以下、より好ましくは0.23以下である。式(2)の値が小さいほど、ヒストグラムで表される結晶粒のIQ分布がシャープになり、低温靭性向上に好ましい分布となるため下限は特に限定されないが、例えば、0.15以上である。
【0071】
本発明では上記式(1)、式(2)を両方満足することで優れた低温靭性が得られる。
図4は、式(1)が0.40未満であって、式(2)が0.25以下のIQ分布図である。また
図5は、式(1)が0.40以上であって、式(2)が0.25超のIQ分布図である。これらは式(1)、あるいは式(2)のいずれかしか満たさないため低温靭性が悪い。
図6は、式(1)、式(2)を両方満足するIQ分布図であり、低温靭性が良好である。
【0072】
定性的には、
図6のように、IQminからIQmaxの範囲内の平均IQの大きい結晶粒側、すなわち式(1)の値が0.40以上となる箇所において、ピークとなる結晶粒数が多いシャープな山状の分布、すなわち式(2)の値が0.25以下となるようなIQ分布であれば、低温靭性が向上する。低温靭性が向上する理由は必ずしも明確ではないが、式(1)と式(2)を満足すれば、歪みの少ない結晶粒、すなわち高IQ結晶粒が、歪の多い結晶粒、すなわち低IQ結晶粒に対して相対的に多くなり、脆性破壊の起点となる高歪の結晶粒が抑制されるためと考えられる。
【0073】
次に、本発明に係る高強度鋼板の化学成分組成について説明する。
【0074】
《成分組成》
本発明の高強度鋼板は、C:0.10〜0.5%、Si:1.0〜3%、Mn:1.5〜3.0%、Al:0.005〜1.0%、P:0.1%以下(0%を含まない)、およびS:0.05%以下(0%を含まない)を満足し、残部が鉄および不可避不純物からなる鋼板である。こうした範囲を定めた理由は次の通りである。
【0075】
[C:0.10〜0.5%]
Cは、鋼板の強度を高めると共に、残留γを生成させるために必要な元素である。従ってC量は0.10%以上、好ましくは0.13%以上、より好ましくは0.15%以上である。しかし、Cを過剰に含有すると溶接性が低下する。従ってC量は0.5%以下、好ましくは0.3%以下、より好ましくは0.25%以下、更に好ましくは0.20%以下とする。
【0076】
[Si:1.0〜3%]
Siは、固溶強化元素として鋼板の高強度化に寄与する他、後述するT1温度域およびT2温度域での保持中、特にオーステンパ処理中に炭化物が析出するのを抑制し、残留γを効果的に生成させるうえで大変重要な元素である。従ってSi量は1.0%以上、好ましくは1.2%以上、より好ましくは1.3%以上である。しかしSiを過剰に含有すると、焼鈍での加熱・均熱時にγ相への逆変態が起こらず、ポリゴナルフェライトが多量に残存し、強度不足になる。また、熱間圧延の際に鋼板表面にSiスケールを発生して鋼板の表面性状を悪化させる。従ってSi量は3%以下、好ましくは2.5%以下、より好ましくは2.0%以下である。
【0077】
[Mn:1.5〜3.0%]
Mnは、ベイナイトおよび焼戻しマルテンサイトを得るために必要な元素である。またMnは、オーステナイトを安定化させて残留γを生成させるのにも有効に作用する元素である。こうした作用を発揮させるために、Mn量は1.5%以上、好ましくは1.8%以上、より好ましくは2.0%以上とする。しかしMnを過剰に含有すると、高温域生成ベイナイトの生成が著しく抑制される。また、Mnの過剰添加は、溶接性の劣化や偏析による加工性の劣化を招く。従ってMn量は3.0%以下、好ましくは2.7%以下、より好ましくは2.5%以下、更に好ましくは2.4%以下とする。
【0078】
[Al:0.005〜1.0%]
Alは、Siと同様に、オーステンパ処理中に炭化物が析出するのを抑制し、残留γを生成させるのに寄与する元素である。またAlは、製鋼工程で脱酸剤として作用する元素である。従ってAl量は0.005%以上、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.03%以上とする。しかしAlを過剰に含有すると、鋼板中の介在物が多くなり過ぎて延性が劣化する。従ってAl量は1.0%以下、好ましくは0.8%以下、より好ましくは0.5%以下とする。
【0079】
[P:0.1%以下(0%を含まない)]
Pは、鋼に不可避的に含まれる不純物元素であり、P量が過剰になると鋼板の溶接性が劣化する。従ってP量は0.1%以下、好ましくは0.08%以下、より好ましくは0.05%以下である。P量はできるだけ少ない方がよいが、0%にするのは工業的に困難である。
【0080】
[S:0.05%以下(0%を含まない)]
Sは、鋼に不可避的に含まれる不純物元素であり、上記Pと同様、鋼板の溶接性を劣化させる元素である。またSは、鋼板中に硫化物系介在物を形成し、これが増大すると加工性が低下する。従ってS量は0.05%以下、好ましくは0.01%以下、より好ましくは0.005%以下である。S量はできるだけ少ない方が良いが、0%にするのは工業的に困難である。
【0081】
本発明に係る高強度鋼板は、上記成分組成を満足するものであり、残部成分は鉄および上記P、S以外の不可避不純物である。不可避不純物としては、例えば、NやO(酸素)、例えば、Pb、Bi、Sb、Snなどのトランプ元素などが含まれる。不可避不純物のうち、N量は0.01%以下(0%を含まない)、O量は0.01%以下(0%を含まない)であることが好ましい。
【0082】
[N:0.01%以下(0%を含まない)]
Nは、鋼板中に窒化物を析出させて鋼板の強化に寄与する元素であるが、Nを過剰に含有すると、窒化物が多量に析出して伸び、伸びフランジ性、および曲げ性の劣化を引き起こす。従ってN量は0.01%以下であることが好ましく、より好ましくは0.008%以下、更に好ましくは0.005%以下である。
【0083】
[O:0.01%以下(0%を含まない)]
O(酸素)は、過剰に含有すると伸び、伸びフランジ性、および曲げ性の低下を招く元素である。従ってO量は0.01%以下であることが好ましく、より好ましくは0.005%以下、更に好ましくは0.003%以下である。
【0084】
本発明の鋼板は、更に他の元素として、
(a)Cr:1%以下(0%を含まない)およびMo:1%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される1種以上の元素、
(b)Ti:0.15%以下(0%を含まない)、Nb:0.15%以下(0%を含まない)およびV:0.15%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される1種以上の元素、
(c)Cu:1%以下(0%を含まない)およびNi:1%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される1種以上の元素、
(d)B:0.005%以下(0%を含まない)、
(e)Ca:0.01%以下(0%を含まない)、Mg:0.01%以下(0%を含まない)および希土類元素:0.01%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される1種以上の元素、等を含有してもよい。
【0085】
(a)[Cr:1%以下(0%を含まない)およびMo:1%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも1種以上の元素]
CrとMoは、上記Mnと同様に、ベイナイトと焼戻しマルテンサイトを得るために有効に作用する元素である。これらの元素は、単独で、或いは併用して使用できる。こうした作用を有効に発揮させるには、CrとMoは、夫々単独で、0.1%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.2%以上である。しかしCrとMoの含有量が、夫々1%を超えると、高温域生成ベイナイトの生成が著しく抑制される。また、過剰な添加はコスト高となる。従ってCrとMoは、夫々1%以下であることが好ましく、より好ましくは0.8%以下、更に好ましくは0.5%以下である。CrとMoを併用する場合は、合計量を1.5%以下とすることが推奨される。
【0086】
(b)[Ti:0.15%以下(0%を含まない)、Nb:0.15%以下(0%を含まない)およびV:0.15%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される1種以上の元素]
Ti、NbおよびVは、鋼板中に炭化物や窒化物等の析出物を形成し、鋼板を強化すると共に、旧γ粒の微細化によりポリゴナルフェライト粒を細かくする作用も有する元素である。こうした作用を有効に発揮させるには、Ti、NbおよびVは、夫々単独で、0.01%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.02%以上である。しかし過剰に含有すると、粒界に炭化物が析出し、鋼板の伸びフランジ性や曲げ性が劣化する。従ってTi、NbおよびVは、夫々単独で、0.15%以下であることが好ましく、より好ましくは0.12%以下、更に好ましくは0.1%以下である。Ti、NbおよびVは、夫々単独で含有させてもよいし、任意に選ばれる2種以上の元素を含有させてもよい。
【0087】
(c)[Cu:1%以下(0%を含まない)およびNi:1%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される1種以上の元素]
CuとNiは、γを安定化させて残留γを生成させるのに有効に作用する元素である。これらの元素は、単独で、或いは併用して使用できる。こうした作用を有効に発揮させるには、CuとNiは、夫々単独で0.05%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.1%以上である。しかしCuとNiを過剰に含有すると、熱間加工性が劣化する。従ってCuとNiは、夫々単独で1%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.8%以下、更に好ましくは0.5%以下である。なお、Cuを1%を超えて含有させると熱間加工性が劣化するが、Niを添加すれば熱間加工性の劣化は抑制されるため、CuとNiを併用する場合は、コスト高となるが1%を超えてCuを添加してもよい。
【0088】
(d)[B:0.005%以下(0%を含まない)]
Bは、上記Mn、CrおよびMoと同様に、ベイナイトと焼戻しマルテンサイトを生成させるのに有効に作用する元素である。こうした作用を有効に発揮させるには、Bは0.0005%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.001%以上である。しかしBを過剰に含有すると、鋼板中にホウ化物を生成して延性を劣化させる。またBを過剰に含有すると、上記CrやMoと同様に、高温域生成ベイナイトの生成が著しく抑制される。従ってB量は0.005%以下であることが好ましく、より好ましくは0.004%以下、更に好ましくは0.003%以下である。
【0089】
(e)[Ca:0.01%以下(0%を含まない)、Mg:0.01%以下(0%を含まない)および希土類元素:0.01%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される1種以上の元素]
Ca、Mgおよび希土類元素(REM)は、鋼板中の介在物を微細分散させるのに作用する元素である。こうした作用を有効に発揮させるには、Ca、Mgおよび希土類元素は、夫々単独で、0.0005%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.001%以上である。しかし過剰に含有すると、鋳造性や熱間加工性などを劣化させ、製造し難くなる。また、過剰添加は、鋼板の延性を劣化させる原因となる。従ってCa、Mgおよび希土類元素は、夫々単独で、0.01%以下であることが好ましく、より好ましくは0.005%以下、更に好ましくは0.003%以下である。
【0090】
上記希土類元素とは、ランタノイド元素(LaからLuまでの15元素)およびSc(スカンジウム)とY(イットリウム)を含む意味であり、これらの元素のなかでも、La、CeおよびYよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することが好ましく、より好ましくはLaおよび/またはCeを含有させるのがよい。
【0091】
以上、本発明に係る高強度鋼板の金属組織と成分組成について説明した。
【0092】
《製造方法》
次に、上記高強度鋼板の製造方法について説明する。上記高強度鋼板は、上記成分組成を満足する鋼板を800℃以上、Ac
3点−10℃以下の二相温度域に加熱する工程と、該温度域で50秒間以上保持して均熱する工程と、600℃以上の範囲を平均冷却速度20℃/秒以下で冷却し、その後、150℃以上、400℃以下(但し、Ms点が400℃以下の場合は、Ms点以下)を満たす任意の温度Tまで平均冷却速度10℃/秒以上で冷却する工程と、下記式(3)を満たすT1温度域で10〜200秒間保持する工程と、下記式(4)を満たすT2温度域で50秒間以上保持する工程と、をこの順で含むことによって製造できる。以下、各工程について順を追って説明する。
150℃≦T1(℃)≦400℃ ・・・(3)
400℃<T2(℃)≦540℃ ・・・(4)
【0093】
[熱延および冷延]
まず、800℃以上、Ac
3点−10℃の温度域に加熱する前の高強度鋼板として、スラブを常法に従って熱間圧延し、得られた熱延鋼板を冷間圧延したものを準備する。熱間圧延は、仕上げ圧延温度を、例えば800℃以上、巻取り温度を、例えば700℃以下とすればよい。冷間圧延では、冷延率を例えば10〜70%の範囲として圧延すればよい。
【0094】
[均熱]
冷間圧延して得られた冷延鋼板は、連続焼鈍ラインで、800℃以上、Ac
3点−10℃以下の温度域に加熱し、この温度域で50秒間以上保持して均熱する。
【0095】
加熱温度をフェライトとオーステナイトの二相温度域にすることによって、所定量のポリゴナルフェライトを生成させることができる。加熱温度が高過ぎるとオーステナイト単相域となり、ポリゴナルフェライトの生成が抑制されるため、鋼板の伸びを改善できず、加工性が劣化する。従って加熱温度は、Ac
3点−10℃以下、好ましくはAc
3点−15℃以下、より好ましくはAc
3点−20℃以下とする。一方、加熱温度が800℃を下回ると、冷間圧延による展伸組織が残存し、オーステナイトへの逆変態も進行しないため、所望とする伸びや伸びフランジ性などに悪影響を及ぼす。したがって加熱温度は、800℃以上、好ましくは810℃以上、より好ましくは820℃以上である。
【0096】
上記温度域で保持する均熱時間は50秒以上である。均熱時間が50秒を下回ると、鋼板を均一に加熱できないため、炭化物が未固溶のまま残存し、残留γの生成が抑制され、またオーステナイトへの逆変態が進行しないので、最終的にベイナイトや焼戻しマルテンサイトの分率も確保しにくくなり、加工性を改善できない。従って均熱時間は50秒以上、好ましくは100秒以上とする。しかし均熱時間が長過ぎると、オーステナイト粒径が大きくなり、それに伴いポリゴナルフェライト粒も粗大化し、伸びおよび局所変形能が悪くなる傾向がある。従って均熱時間は、好ましくは500秒以下、より好ましくは450秒以下である。
【0097】
なお、上記冷延鋼板を、上記二相温度域に加熱するときの平均加熱速度は、例えば1℃/秒以上とすればよい。
【0098】
上記Ac
3点は、「レスリー鉄鋼材料科学」(丸善株式会社、1985年5月31日発行、P.273)に記載されている下記式(a)から算出できる。下記式(a)中、[ ]は各元素の含有量(質量%)を示しており、鋼板に含まれない元素の含有量は0質量%として計算すればよい。
Ac
3(℃)=910−203×[C]
1/2+44.7×[Si]−30×[Mn]−11×[Cr]+31.5×[Mo]−20×[Cu]−15.2×[Ni]+400×[Ti]+104×[V]+700×[P]+400×[Al]・・・(a)
【0099】
[冷却工程]
上記二相温度域に加熱して50秒間以上保持して均熱処理した後は、600℃以上の範囲を平均冷却速度20℃/秒以下で徐冷する(以下、600℃以上の範囲の平均冷却速度を「CR1」ということがある)。この範囲での平均冷却速度を適切に制御することによって、所定量のポリゴナルフェライトを確保しつつ、低温域生成ベイナイトや高温域生成ベイナイトの生成促進に有効なマルテンサイトを生成させることができる。
【0100】
また600℃以上の範囲の平均冷却速度が20℃/秒を上回ると、所定量のポリゴナルフェライトを確保できず、伸びが低下する。したがって平均冷却速度は20℃/秒以下、好ましくは15℃/秒以下、より好ましくは10℃/秒以下である。
【0101】
その後、150℃以上、400℃以下(但し、下記式で表されるMs点が400℃以下の場合は、Ms点以下)を満たす任意の温度T(以下、「冷却停止温度T」ということがある。)まで平均冷却速度10℃/秒以上で急冷する(以下、600℃未満〜冷却停止温度Tの範囲の平均冷却速度を「CR2」と表記することがある)。
【0102】
冷却停止温度Tが150℃を下回ると、マルテンサイトの生成量が多くなって所望の金属組織が得られず、伸びや伸びフランジ性、エリクセン試験で評価される複合的な加工性などが劣化する。冷却停止温度Tは150℃以上、好ましくは160℃以上、より好ましくは170℃以上である。一方、冷却停止温度Tが400℃を超えると(但し、Ms点が400℃より低い場合はMs点超)になると、マルテンサイトが生成せず、ベイナイト組織の複合化やMA混合相の微細化が図れないため、伸びや伸びフランジ性、曲げ性、エリクセン試験で評価される複合的な加工性が劣化する。また、冷却停止温度が高すぎると、IQaveが低下すると共に、σIQが上昇して低温靭性向上効果が得られないことがある。冷却停止温度Tは400℃以下、但し、Ms点が400℃より低い場合はMs点以下)、好ましくは380℃以下、但し、Ms点−20℃が380℃より低い場合はMs点−20℃以下、より好ましくは350℃以下、但し、Ms点−50℃が350℃より低い場合はMs点−50℃以下である。
【0103】
なお、本発明においてMs点は、上記「レスリー鉄鋼材料科学」(P.231)に記載されている式に、フェライト分率を考慮した下記式(b)から算出できる。本発明では鋼材の製造に先立って、予め同一組成の鋼材を用いてMs点を算出し、冷却停止温度Tを設定すればよい。
Ms点(℃)=561−474×[C]/(1−Vf/100)−33×[Mn]−17×[Ni]−17×[Cr]−21×[Mo]・・・(b)
(式中、Vfは別途、加熱、均熱から冷却までの焼鈍パターンを再現したサンプルを作製したときの該サンプル中のフェライト分率測定値を意味する。また式中、[ ]は各元素の含有量(質量%)を示しており、鋼板に含まれない元素の含有量は0質量%として計算する。)
【0104】
冷却停止温度Tまでの平均冷却速度が10℃/秒を下回ると、パーライト変態を起こしてパーライトが過剰に生成する一方で、残留γ量が不足し、伸びが低下して加工性が劣化する。したがって600℃未満から冷却停止温度Tまでの温度域(以下、「600℃未満の温度領域」ということがある。)の平均冷却速度は、10℃/秒以上、好ましくは15℃/秒以上、より好ましくは20℃/秒以上である。600℃未満の温度領域の平均冷却速度の上限は特に限定されないが、平均冷却速度が大きくなり過ぎると温度制御が困難となるため、上限は、例えば100℃/秒程度であればよい。
【0105】
なお、CR1とCR2の関係は特に限定されず、上記所定の平均冷却速度を満たせば、同一の冷却速度であってもよいが、好ましくはCR2>CR1の関係を満足するように冷却速度を制御することが所望の金属組織を得る観点からは望ましい。
【0106】
[冷却後の焼鈍条件]
冷却停止温度Tまで冷却した後は、上記式(3)を満たすT1温度域で10〜200秒間保持した後、上記式(4)を満たすT2温度域に加熱し、このT2温度域で50秒間以上保持する。本発明ではT1温度域とT2温度域に保持する時間を夫々適切に制御することによって、高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等を所定量ずつ生成させることができる。具体的には、T1温度域で所定時間保持することにより、未変態オーステナイトを低温域生成ベイナイト、またはマルテンサイトに変態させる。T2温度域で所定時間保持するオーステンパ処理によって、さらに未変態オーステナイトを高温域生成ベイナイトに変態させ、その生成量を制御するとともに、炭素をオーステナイトへ濃化させて残留γを生成させ、本発明で規定する上記所望の金属組織、およびIQ分布を実現できる。
【0107】
また、T1温度域における保持と、T2温度域における保持を組み合わせることにより、MA混合相の生成を抑制できる効果も発揮される。すなわち、上記所定の温度で均熱した後、上記所定の平均冷却速度で冷却停止温度Tまで冷却し、T1温度域で保持することによって、マルテンサイトや低温域生成ベイナイトが生成するため、未変態部が微細化し、また未変態部への炭素濃化も適度に抑制されるため、MA混合相が微細化する。
【0108】
なお、均熱温度から、上記所定の冷却速度で冷却停止温度Tまで冷却し、上記式(3)を満たすT1温度域のみで保持し、上記式(4)を満たすT2温度域へ加熱して保持しない場合、即ち、単純な低温保持のオーステンパ処理であっても、ラス状組織のサイズは小さくなるため、MA混合相自体を小さくできる。しかしこの場合は、上記T2温度域で保持していないため、高温域生成ベイナイトが殆ど生成せず、また基地のラス状組織の転位密度が大きくなり、強度が高くなり過ぎて伸びが低下し、IQaveも低くなる。
【0109】
[冷却停止温度]
本発明において、上記式(3)で規定するT1温度域は、具体的には、150℃以上、400℃以下とする。この温度域で所定時間保持することによって、未変態オーステナイトを低温域生成ベイナイト、またはマルテンサイトに変態させることができる。また、充分な保持時間を確保することによりベイナイト変態が進行して、最終的に残留γが生成し、MA混合相も細分化される。このマルテンサイトは、変態直後は焼入れマルテンサイトとして存在するが、後述するT2温度域で保持している間に焼戻され、焼戻しマルテンサイトとして残留する。この焼戻しマルテンサイトは、鋼板の伸び、伸びフランジ性、または曲げ性のいずれにも悪影響を及ぼさない。
【0110】
しかし400℃超の保持温度とすると、低温域生成ベイナイトやマルテンサイトが所定量生成せず、ベイナイト組織の複合化ができない。またMA混合相を微細化できず、局所変形能が低下して伸びフランジ性や曲げ性を改善できない。したがってT1温度域は400℃以下とする。好ましくは380℃以下、更に好ましくは350℃以下にする。一方、保持温度が150℃を下回ると、マルテンサイト分率が多くなりすぎるため、伸びやエリクセン試験での複合的な加工性が劣化する。したがってT1温度域の下限は150℃以上、好ましくは160℃以上、より好ましくは170℃以上である。
【0111】
[冷却後の保持]
上記式(3)を満たすT1温度域で保持する時間は、10〜200秒間とする。T1温度域での保持時間が短過ぎると低温域生成ベイナイトの生成量が少なくなり、ベイナイト組織の複合化や、MA混合相の微細化が図れないため、伸びや伸びフランジ性が低下する。またIQaveが低下すると共にσIQが上昇し、所望の低温靭性が得られないことがある。したがってT1温度域での保持時間は10秒以上とし、好ましくは15秒以上、より好ましくは30秒以上、更に好ましくは50秒以上である。しかし保持時間が200秒を超えると、低温域生成ベイナイトが過剰に生成するため、後述するように、T2温度域で所定時間保持しても高温域生成ベイナイト等の生成量を確保できなくなり、残留γ量も不足するため、伸び、エリクセン試験で評価される複合的な加工性などが低下する。したがってT1温度域での保持時間は200秒以下、好ましくは180秒以下、より好ましくは150秒以下とする。
【0112】
本発明において、T1温度域で保持する時間とは、所定の温度で均熱した後、鋼板の表面温度が、400℃となった時点(但し、Ms点が400℃以下の場合は、Ms点)から、T1温度域で保持した後に加熱を開始し、鋼板の表面温度が、400℃に到達するまでの時間を意味する(
図3中、「x」の区間の時間)。従って、本発明では、後述するようにT2温度域で保持した後、室温まで冷却しているため、鋼板はT1温度域を再度通過することとなるが、本発明では、この冷却時に通過する時間は、T1温度域における滞在時間に含めていない。この冷却時には、変態は殆ど完了しているため、低温域生成ベイナイトは生成しないからである。
【0113】
上記式(3)を満たすT1温度域で保持する方法は、T1温度域での滞留時間が10〜200秒間であれば特に限定されず、例えば、
図3の(i)〜(iii)に示すヒートパターンを採用すればよい。但し、本発明はこれに限定する趣旨ではなく、本発明の要件を満足する限り、上記以外のヒートパターンを適宜採用できる。
【0114】
このうち
図3の(i)は、均熱温度から任意の冷却停止温度Tまで平均冷却速度を上記のように制御しながら冷却した後、この冷却停止温度Tで所定時間恒温保持する例であり、恒温保持後、上記式(4)を満足する任意の温度まで加熱している。
図3の(i)では、一段階の恒温保持を行った場合について示しているが、本発明はこれに限定されず、図示しないがT1温度域の範囲内であれば、保持温度が異なる2段階以上の恒温保持を行ってもよい。
【0115】
図3の(ii)は、均熱温度から任意の冷却停止温度Tまで平均冷却速度を上記のように制御しながら冷却した後、冷却速度を変更し、T1温度域の範囲内で所定時間かけて冷却した後、上記式(4)を満足する任意の温度まで加熱する例である。
図3の(ii)では、一段階の冷却を行った場合について示しているが、本発明はこれに限定されず、図示しないが冷却速度が異なる二段以上の多段冷却を行ってもよい。
【0116】
図3の(iii)は、均熱温度から任意の冷却停止温度Tまで平均冷却速度を上記のように制御しながら冷却した後、T1温度域の範囲内で所定時間かけて加熱した後、上記式(4)を満足する任意の温度まで加熱する例である。
図3の(iii)では、一段階の加熱を行った場合について示しているが、本発明はこれに限定されず、図示しないが昇温速度が異なる二段以上の多段加熱を行ってもよい。
【0117】
[再加熱保持]
本発明において、上記式(4)で規定するT2温度域は、具体的には、400℃超、540℃以下とする。この温度域で所定時間保持することによって、高温域生成ベイナイトと残留γを生成させることができる。またT2温度域における保持温度によるIQ分布への影響は明確でないが、上記T2温度域で保持することで、所望のIQ分布が得られる。540℃を超える温度域で保持すると、ポリゴナルフェライトや擬似パーライトが生成し、所望の金属組織が得られず、伸びなどが確保できない。したがってT2温度域の上限は540℃以下、好ましくは500℃以下、より好ましくは480℃以下とする。一方、400℃以下になると、高温域生成ベイナイト量が不足し、またベイナイト変態に伴う未変態部分への炭素濃化も不十分となって残留γ量も少なくなるため、伸びやエリクセン試験で評価される複合的な加工性が低下する。したがってT2温度域の下限は400℃以上、好ましくは420℃以上、より好ましくは425℃以上とする。
【0118】
上記式(4)を満たすT2温度域で保持する時間は、50秒間以上とする。本発明によれば、T2温度域における保持時間を50秒間程度としても、予め上記T1温度域で所定時間保持して低温域生成ベイナイト等を生成させているため、低温域生成ベイナイト等が高温域生成ベイナイトの生成を促進するため、高温域生成ベイナイトの生成量を確保できる。しかし保持時間が50秒間より短くなると、未変態部が多く残り、炭素濃化が不充分なため、T2温度域からの最終冷却時に硬質な焼入れままマルテンサイトが生成する。そのため粗大なMA混合相が多く生成し、強度が高くなりすぎて伸びが低下すると共に、伸びフランジ性や曲げ性などの局所変形能が著しく低下する。またT2温度域での保持時間が短い場合には、IQaveが低下する傾向があり、上記所望のIQ分布を得るためには保持時間を50秒以上とすることが有効である。生産性を向上させる観点からは、T2温度域での保持時間はできるだけ短くする方が好ましいが、高温域生成ベイナイトを確実に生成させるためには、90秒間以上とすることが好ましく、より好ましくは120秒以上とする。T2温度域で保持するときの上限は特に限定されないが、長時間保持しても高温域生成ベイナイトの生成は飽和し、また生産性が低下する。更に濃化した炭素が炭化物として析出して残留γを確保できず、伸びが劣化する。そのため、T2温度域での保持時間は1800秒以下とすることが好ましい。より好ましくは1500秒以下、更に好ましくは1000秒以下とする。
【0119】
また、T2温度域で保持する時間(保持時間)とは、T1温度域で保持した後に加熱し、鋼板の表面温度が、400℃となる時点から、T2温度域で保持した後に冷却を開始し、鋼板の表面温度が、400℃に到達するまでの時間を意味する(
図3中、「y」の区間の時間)。従って、本発明では、上述したように、均熱後、T1温度域へ冷却する途中で、T2温度域を通過しているが、本発明では、この冷却時に通過する時間は、T2温度域における滞在時間に含めていない。この冷却時には、滞在時間が短過ぎるため、変態は殆ど起こらず、高温域生成ベイナイトは生成しないからである。
【0120】
上記式(4)を満たすT2温度域で保持する方法は、T2温度域で保持する滞留時間が50秒間以上となれば特に限定されず、上記T1温度域内におけるヒートパターンのように、T2温度域における任意の温度で恒温保持してもよいし、T2温度域内で冷却または加熱してもよい。
【0121】
なお、本発明では、低温側のT1温度域で保持した後、高温側のT2温度域で保持しているが、T1温度域で生成した低温域生成ベイナイト等については、T2温度域に加熱され、焼戻しによって下部組織の回復は生じるものの、ラス間隔、すなわち残留γおよび/または炭化物の平均間隔は変化しないことを本発明者らは確認している。
【0122】
[めっき]
上記高強度鋼板の表面には、電気亜鉛めっき層(EG:Electro−Galvanizing)、溶融亜鉛めっき層(GI:Hot Dip Galvanized)、または合金化溶融亜鉛めっき層(GA:Alloyed Hot Dip Galvanized)を形成してもよい。
【0123】
電気亜鉛めっき層、溶融亜鉛めっき層、または合金化溶融亜鉛めっき層を形成するときの条件は特に限定されず、常法の電気亜鉛めっき処理、溶融亜鉛めっき処理、合金化処理を採用することができ、これにより電気亜鉛めっき鋼板(以下、「EG鋼板」ということがある)、溶融亜鉛めっき鋼板(以下、「GI鋼板」ということがある)および合金化溶融亜鉛めっき鋼板(以下、「GA鋼板」ということがある)が得られる。
【0124】
EG鋼板を製造する場合には、上記鋼板を、例えば、55℃の亜鉛溶液に浸漬しつつ通電し、電気亜鉛めっき処理を行う方法が挙げられる。
【0125】
GI鋼板を製造する場合には、上記鋼板を、例えば、温度が約430〜500℃に調整されためっき浴に浸漬させて溶融亜鉛めっきを施し、その後、冷却することが挙げられる。
【0126】
GA鋼板を製造する場合には、上記鋼板を、例えば、上記溶融亜鉛めっき後、500〜540℃程度の温度まで加熱して合金化を行ない、冷却することが挙げられる。
【0127】
また、GI鋼板を製造する場合には、上記T2温度域で保持した後、室温まで冷却せずに、上記T2温度域において、上述した温度域に調整されためっき浴に浸漬させて溶融亜鉛めっきを施し、その後、冷却してもよい。GA鋼板を製造する場合には、上記T2温度域において、溶融亜鉛めっき後、引き続いて合金化処理を施せばよい。この場合、溶融亜鉛めっきに要した時間および合金化処理に要した時間は、上記T2温度域における保持時間に含めて制御すればよい。
【0128】
また、GI鋼板を製造する場合には、上記T1温度域で保持した後、上記T2温度域で保持する工程と溶融亜鉛めっき処理を兼ねてもよい。即ち、T1温度域で保持した後、上記T2温度域において、上述した温度域に調整されためっき浴に浸漬させて溶融亜鉛めっきを施すことによって、溶融亜鉛めっきとT2温度域における保持とを兼ねて行ってもよい。また、GA鋼板を製造する場合には、上記T2温度域において、溶融亜鉛めっき後、引き続いて合金化処理を施せばよい。
【0129】
めっき付着量も特に限定されず、例えば、片面あたり10〜100g/m
2程度とすることが挙げられる。
【0130】
[本発明の高強度鋼板の利用分野]
本発明の技術は、特に、板厚が3mm以下の薄鋼板に好適に採用できる。本発明に係る高強度鋼板は、引張強度が590MPa以上で、伸びに優れ、しかも局所変形能および低温靭性も良好であるため、加工性に優れている。また低温靭性も良好であり、例えば−20℃以下の低温環境下における脆性破壊を抑制できる。この高強度鋼板は、自動車の構造部品の素材として好適に用いられる。自動車の構造部品としては、例えば、フロントやリア部サイドメンバやクラッシュボックスなどの正突部品をはじめ、ピラー類などの補強材(例えば、センターピラーリインフォース)、ルーフレールの補強材、サイドシル、フロアメンバー、キック部などの車体構成部品、バンパーの補強材やドアインパクトビームなどの耐衝撃吸収部品、シート部品などが挙げられる。
【0131】
また、上記高強度鋼板は、温間での加工性が良好であるため、温間成形用の素材としても好適に用いることができる。なお、温間加工とは、50〜500℃程度の温度範囲で成形することを意味している。
【実施例】
【0132】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0133】
下記表1に示す化学成分組成の鋼、但し、残部は鉄およびP、S、N、O以外の不可避不純物を真空溶製して実験用スラブを製造した。下記表1において、REMは、Laを50%程度、Ceを30%程度含有するミッシュメタルを用いた。
【0134】
下記表1に示した化学成分と、上記式(a)に基づいてAc
3点、上記式(b)に基づいてMs点を算出した。なお、No.D−3は逆変態も進行せず、炭化物も残存しているため、規定の組織を確保できなかったため、Ms点を計算しなかった(表2中「※」)。
【0135】
得られた実験用スラブを熱間圧延した後に冷間圧延し、次いで連続焼鈍して供試材を製造した。具体的な条件は次の通りである。
【0136】
実験用スラブを1250℃で30分間加熱保持した後、圧下率を約90%とし、仕上げ圧延温度が920℃となるように熱間圧延し、この温度から平均冷却速度30℃/秒で巻取り温度500℃まで冷却して巻き取った。巻き取った後、巻取り温度500℃で30分間保持し、次いで室温まで炉冷して板厚2.6mmの熱延鋼板を製造した。
【0137】
得られた熱延鋼板を酸洗して表面スケールを除去してから、冷延率46%で冷間圧延を行い、板厚1.4mmの冷延鋼板を製造した。
【0138】
得られた冷延鋼板を、下記表2に示す温度(「均熱温度(℃)」)に加熱し、表2に示す時間(「均熱時間(秒)」)保持して均熱した後、次に示すパターンi〜iiiに従って連続焼鈍して供試材を製造した(表2に示す「パターン」)。なお、一部冷延鋼板についてはステップ冷却等、表中とは異なるパターンで処理を施した(表2中、「パターン」欄に「−」と表記)。また均熱後、600℃以上の範囲の平均冷却速度は「徐冷速度(℃/s)」とした。
【0139】
(パターンi:上記
図3の(i)に対応)
均熱後、表2に示す平均冷却速度、すなわち、600℃以上の範囲は「徐冷速度(℃/s)、600℃未満、冷却停止温度Tまでの範囲は「急冷速度(℃/s)」で冷却停止温度Tに相当する表2に示す「停止温度(℃)」まで冷却した後、この停止温度で表2に示す時間(「保持時間(秒)」)恒温保持し、次いで表2に示すT2温度域における「保持温度(℃)」まで加熱し、この保持温度で、表2に示す時間(「保持時間(秒)」)保持した。
【0140】
(パターンii:上記
図3の(ii)に対応)
パターンiと同様均熱後、表2に示す平均冷却速度(「徐冷速度(℃/s)」・「急冷速度(℃/s)」)で表2に示す「停止温度(℃)」まで冷却した後、この停止温度から表2に示す「終了温度(℃)」まで、表2に示す時間(「保持時間(秒)」)をかけて冷却し、次いで表2に示すT2温度域における「保持温度(℃)」まで加熱し、この保持温度で表2に示す時間(「保持時間(秒)」)保持した。
【0141】
(パターンiii:上記
図3の(iii)に対応)
パターンiと同様、均熱後、表2に示す平均冷却速度(「徐冷速度(℃/s)」・「急冷速度(℃/s)」)で表2に示す「停止温度(℃)」まで冷却した後、この停止温度から表2に示す「終了温度(℃)」まで、表2に示す時間(「保持時間(秒)」)をかけて加熱し、次いで表2に示す2温度域における「保持温度(℃)」まで更に加熱し、この保持温度で表2に示す時間(「保持時間(秒)」)保持した。
【0142】
表2には、T1温度域で保持を完了した時点から、T2温度域における保持温度に到達するまでの時間(秒)も示した(「T1→T2間の時間(秒)」)。また、表2に、
図3中、「x」の区間の滞在時間に相当するT1温度域での保持時間(「T1温度域滞在時間(秒)」)と
図3中、「y」の区間の滞在時間に相当するT2温度域での保持時間(「T2温度域滞在時間(秒)」)を夫々示した。T2温度域において保持した後は、室温まで平均冷却速度5℃/秒で冷却した。
【0143】
なお、表2に示したT1温度域における開始温度(「停止温度(℃)」)、「終了温度(℃)」、T2温度域における開始温度(「保持温度(℃)」)のうち、本発明で規定しているT1温度域またはT2温度域から外れている例もあるが、説明の便宜上、ヒートパターンを示すために、各欄に温度を記載した。
【0144】
例えば鋼種Aの供試材5(「No.A−5」、以下同じ)は、均熱後、T1温度域における開始温度Tまで冷却した後、「T1温度域滞在時間」0秒、すなわち、該温度域で保持せずに、直ちにT2温度域へ加熱した例である。
【0145】
連続焼鈍して得られた供試材の一部については、室温まで冷却した後、下記めっき処理を施してEG鋼板、GA鋼板、GI鋼板を得た。
【0146】
[電気亜鉛めっき(EG)処理]
供試材を55℃の亜鉛めっき浴に浸漬して電流密度30〜50A/dm
2で電気めっき処理を施した後、水洗、乾燥してEG鋼板を得た。亜鉛めっき付着量は、片面当たり10〜100g/m
2とした。
【0147】
[溶融亜鉛めっき(GI)処理]
供試材を450℃の溶融亜鉛めっき浴に浸漬してめっき処理を施した後、室温まで冷却してGI鋼板を得た。亜鉛めっき付着量は、片面当たり10〜100g/m
2とした。
【0148】
[合金化溶融亜鉛めっき(GA)処理]
上記亜鉛めっき浴に浸漬後、更に500℃で合金化処理を行ってから室温まで冷却してGA鋼板を得た。
【0149】
なお、No.K−1については、所定のパターンに従って連続焼鈍した後、冷却せずに引き続いてT2温度域において溶融亜鉛めっき(GI)処理を施した例である。すなわち、表2に示すT2温度域における「保持温度(℃)」で、所定の時間(「保持時間(秒)」)保持した後、冷却せずに、引き続いて460℃の溶融亜鉛めっき浴に5秒間浸漬して溶融亜鉛めっきを行い、次いで440℃まで20秒間かけて徐冷を行った後、室温まで平均冷却速度5℃/秒で冷却した例である。
【0150】
また、No.I−1、M−4については、所定のパターンに従って連続焼鈍した後、冷却せずに、引き続いてT2温度域において溶融亜鉛めっきおよび合金化処理を施した例である。すなわち、表2に示すT2温度域における「保持温度(℃)」で、所定の時間保持(「保持時間(秒)」)した後、冷却せずに、引き続いて460℃の溶融亜鉛めっき浴に5秒間浸漬して溶融亜鉛めっきを行い、次いで500℃に加熱してこの温度で20秒間保持して合金化処理を行い、室温まで平均冷却速度5℃/秒で冷却した例である。
【0151】
上記めっき処理では、適宜、アルカリ水溶液浸漬脱脂、水洗、酸洗等の洗浄処理を行った。
【0152】
得られた供試材の区分を下記表2、3に示す(「冷延/めっき区分」)。表中、「冷延」は冷延鋼板、「EG」はEG鋼板、「GI」はGI鋼板、「GA」はGA鋼板を夫々示している。
【0153】
得られた供試材(冷延鋼板、EG鋼板、GI鋼板、GA鋼板を含む意味。以下同じ。)について、金属組織の観察と機械的特性の評価を次の手順で行った。
【0154】
《金属組織の観察》
金属組織のうち、ポリゴナルフェライト、高温域生成ベイナイト、および低温域生成ベイナイト等の面積率はSEM観察した結果に基づいて算出し、残留γの体積率は飽和磁化法で測定した。
【0155】
[ポリゴナルフェライト、高温域生成ベイナイト、および低温域生成ベイナイト等の組織分率]
供試材の圧延方向に平行な断面について、表面を研磨し、更に電解研磨した後、ナイタール腐食させて板厚の1/4位置をSEMで、倍率3000倍で5視野観察した。観察視野は約50μm×約50μmとした。
【0156】
次に、観察視野内において、白色または薄い灰色として観察される残留γと炭化物の平均間隔を前述した方法に基づいて測定した。これらの平均間隔によって区別される高温域生成ベイナイトおよび低温域生成ベイナイト等の面積率は、点算法により測定した。
【0157】
ポリゴナルフェライトの面積率a(「PF(面積%)」)、高温域生成ベイナイトの面積率b(「高温域B(面積%))、低温域生成ベイナイトと焼戻しマルテンサイトとの合計面積率c(「低温域B+焼戻しM(面積%))、を下記表3に示す。また、上記面積率a、面積率b、および合計面積率cの合計面積率(「合計(面積%))も併せて示す。
【0158】
また、観察視野内に認められるポリゴナルフェライト粒の円相当直径を測定し、平均値を求めた結果を下記表3に示す(「PF粒径(μm)」)。
【0159】
[残留γの体積率]
金属組織のうち、残留γの体積率は、飽和磁化法で測定した。具体的には、供試材の飽和磁化(I)と、400℃で15時間熱処理した標準試料の飽和磁化(Is)を測定し、下記式から残留γの体積率(Vγr)を求めた。飽和磁化の測定は、理研電子製の直流磁化B−H特性自動記録装置「model BHS−40」を用い、最大印加磁化を5000(Oe)として室温で測定した(表3中、「残留γ(体積%)」)。
Vγr=(1−I/Is)×100
【0160】
また、供試材の圧延方向に平行な断面の表面を研磨し、レペラ腐食させて板厚の1/4位置を光学顕微鏡を用いて観察倍率1000倍で5視野について観察し、残留γと焼入れマルテンサイトとが複合したMA混合相の円相当直径dを測定した。MA混合相の全個数に対して、観察断面での円相当直径dが7μmを超えるMA混合相の個数割合を算出した。個数割合が15%未満(0%を含む)である場合を合格(○)、15%以上である場合を不合格(×)として評価結果を下記表3に示す(「MA混合相数割合評価結果」)。
【0161】
[IQ分布]
供試材の圧延方向に平行な断面について、表面を研磨し、板厚の1/4位置にて、100μm×100μmの領域について、1ステップ:0.25μmで18万点のEBSD測定(テクセムラボラトリーズ社製OIMシステム)を実施した。この測定結果から、各粒における平均IQ値を求めた。なお、結晶粒は、測定領域内に完全に一つの結晶粒が収まっているもののみを測定対象とすると共に、CI<0.1の測定点は解析から除外した。また下記式(1)、式(2)では、最大側、最小側共にそれぞれ全データ数の2%のデータを除外した。表3には、(IQave−IQmin)/(IQmax−IQmin)の値を「式(1)」、σIQ/(IQmax−IQmin)の値を「式(2)」に記載した。
(IQave−IQmin)/(IQmax−IQmin)≧0.40・・・(1)
σIQ/(IQmax−IQmin)≦0.25・・・(2)
【0162】
《機械的特性の評価》
[引張強度(TS)、伸び(EL)]
引張強度(TS)と伸び(EL)は、JIS Z2241に基づいて引張試験を行って測定した。試験片は、供試材の圧延方向に対して垂直な方向が長手方向となるように、JIS Z2201で規定される5号試験片を供試材から切り出したものを用いた。測定結果を下記表4に示す(「TS(MPa)」、「EL(%)」)。
【0163】
[伸びフランジ性(λ)]
伸びフランジ性(λ)は、穴拡げ率によって評価する。穴拡げ率(λ)は、鉄鋼連盟規格JFST 1001に基づいて穴拡げ試験を行って測定した。測定結果を下記表4に示す(「λ(%)」)。
【0164】
[曲げ性(R)]
曲げ性(R)は、限界曲げ半径によって評価する。JIS Z2248に基づいてV曲げ試験を行って測定した。試験片は、供試材の圧延方向に対して垂直な方向が長手方向、すなわち曲げ稜線が圧延方向と一致するように、JIS Z2204で規定される板厚1.4mmとした1号試験片を供試材から切り出したものを用いた。なお、V曲げ試験は、亀裂が発生しないように試験片の長手方向の端面に機械研削を施してから行った。
【0165】
ダイとパンチの角度は90°とし、パンチの先端半径を0.5mm単位で変えてV曲げ試験を行い、亀裂が発生せずに曲げることができるパンチ先端半径を限界曲げ半径として求めた。測定結果を下記表4に示す(「R(mm)」)。なお、亀裂発生の有無はルーペを用いて観察し、ヘアークラック発生なしを基準として判定した。
【0166】
[エリクセン値]
エリクセン値は、JIS Z2247に基づいてエリクセン試験を行って測定した。試験片は、90mm×90mm×厚み1.4mmとなるように供試材から切り出したものを用いた。エリクセン試験は、パンチ径が20mmのものを用いて行った。測定結果を下記表4に示す(「エリクセン値(mm)」)。なお、エリクセン試験によれば、鋼板の全伸び特性と局部延性の両方による複合効果を評価できる。
【0167】
[低温靭性]
低温靱性は、JIS Z2242に基づいて、−20℃におけるシャルピー衝撃試験を行い、そのときの脆性破面率(%)によって評価した。試験片幅は板厚と同じ1.4mmとした。試験片は、供試材の圧延方向に対して垂直な方向が長手方向となるように、Vノッチ試験片を供試材から切り出したものを用いた。測定結果を下記表4に示す(「低温靭性(%)」)。
【0168】
鋼板に要求される機械的特性は、引張強度(TS)によって異なるため、引張強度(TS)に応じて伸び(EL)、伸びフランジ性(λ)、曲げ性(R)、およびエリクセン値を評価した。低温靱性は、一律に−20℃におけるシャルピー衝撃試験で脆性破面率が10%以下を合格基準とした。
【0169】
下記評価基準に基づいて、伸び(EL)、伸びフランジ性(λ)、曲げ性(R)、エリクセン値、低温靭性の全ての特性が満足している場合を合格(○)、何れかの特性が基準値に満たない場合を不合格(×)とし、評価結果を下記表4に示した(「総合評価」)。
【0170】
[590MPa級の場合]
引張強度(TS) :590MPa以上、780MPa未満
伸び(EL) :34%以上
伸びフランジ性(λ):30%以上
曲げ性(R) :0.5mm以下
エリクセン値 :10.8mm以上
低温靭性 :10%以下
【0171】
[780MPa級の場合]
引張強度(TS) :780MPa以上、980MPa未満
伸び(EL) :25%以上
伸びフランジ性(λ):30%以上
曲げ性(R) :1.0mm以下
エリクセン値 :10.4mm以上
低温靭性 :10%以下
【0172】
[980MPa級の場合]
引張強度(TS) :980MPa以上、1180MPa未満
伸び(EL) :19%以上
伸びフランジ性(λ):20%以上
曲げ性(R) :3.0mm以下
エリクセン値 :10.0mm以上
低温靭性 :10%以下
【0173】
[1180MPa級の場合]
引張強度(TS) :1180MPa以上、1270MPa未満
伸び(EL) :15%以上
伸びフランジ性(λ):20%以上
曲げ性(R) :4.5mm以下
エリクセン値 :9.6mm以上
低温靭性 :10%以下
【0174】
なお、本発明では、引張強度(TS)が590MPa以上、1270MPa未満であることを前提としており、引張強度(TS)が590MPa未満であるか、1270MPa以上の場合は、機械特性が良好であっても対象外として扱う。
【0175】
【表1】
【0176】
【表2】
【0177】
【表3】
【0178】
【表4】
【0179】
上記結果から次のように考察できる。表4において、総合評価に○が付されている例は、いずれも本発明で規定する要件を満足している鋼板であり、各引張強度(TS)に応じて定めた伸び(EL)、伸びフランジ性(λ)、曲げ性(R)、エリクセン値、および低温靭性の基準値を満足している。従って本発明の高強度鋼板は、加工性全般に亘って良好であると共に低温靭性に優れていることが分かる。
【0180】
一方、総合評価に×が付されている例は、本発明で規定するいずれかの要件を満足していない鋼板である。詳細は次の通りである。
【0181】
No.A−3は均熱時間が短過ぎる例である。この例では、炭化物が未固溶のまま残っているので残留γが少なかった。そのため、伸び(EL)、エリクセン値が悪化した。
【0182】
No.A−4は、均熱後の冷却停止温度が高く、T1温度域で保持していない例である。この例では低温域ベイナイト等が殆ど生成せず、またマルテンサイトを殆ど生成できなかったため、ベイナイト組織の複合化が不十分であり、またMA混合相の微細化が図れなかった。そのため、伸びフランジ性(λ)が悪化した。またIQave(式(1))、σIQ(式(2))ともに規定の範囲を外れており、低温靭性が悪かった。
【0183】
No.A−5は、均熱後、T2温度域に相当する高温側の440℃で保持した後、T1温度域に相当する低温側の320℃で保持したステップ冷却を行った例である。この例では低温側の保持時間が短過ぎるため、低温域生成ベイナイト等の生成量が少なくなり、また粗大なMA混合相が多く生成した。そのため、伸びフランジ性(λ)、曲げ性(R)が悪化した。また、σIQ(式(2))が規定の範囲を外れており、低温靭性が悪かった。
【0184】
No.B−3は、T1温度域における保持時間(「T1温度域滞在時間(秒)」)が短過ぎる例である。この例では低温域生成ベイナイト等が殆ど生成せず、ベイナイト組織の複合化が不十分であった。そのため、伸びフランジ性(λ)、およびエリクセン値が悪化した。また、σIQ(式(2))が規定の範囲を外れており、低温靭性が悪かった。
【0185】
No.B−4は、均熱温度が高すぎる例である。この例では加熱温度が高すぎるため、ポリゴナルフェライトが十分に確保できず、一方、低温域生成ベイナイト等の生成量が多くなった。そのため、伸び(EL)が悪かった。
【0186】
No.C−3は、均熱後、T1温度域における任意の温度Tまで冷却するときの平均冷却速度(「急冷速度(℃/s)」)が遅過ぎる例である。この例では、冷却途中でポリゴナルフェライトやパーライトが多く生成したため、低温域生成ベイナイト等を確保できなかった。また高温域生成ベイナイトの生成量も少なかった。そのため、伸び(EL)、およびエリクセン値が悪化した。また、σIQ(式(2))が規定の範囲を外れており、低温靭性が悪かった。
【0187】
No.C−4は、T2温度域における保持時間(「T2温度域滞在時間(秒)」)が短過ぎる例である。この例では高温域生成ベイナイトの生成量が少なく、また未変態オーステナイト量が多く残り、炭素濃化も不十分なため、T2温度域から冷却する途中で硬質な焼入れままマルテンサイトが多く生成し、粗大なMA混合相が生成した。そのため、伸び(EL)、および伸びフランジ性(λ)が悪化した。またIQave(式(1))、σIQ(式(2))ともに規定の範囲を外れており、低温靭性が悪かった。
【0188】
No.D−3は、均熱温度が低過ぎて、加工組織が多く残存し、またオーステナイトへの逆変態も殆ど進行せず、高温域生成ベイナイトや低温域生成ベイナイト等の生成量が少なく、所定の金属組織を確保できなかった。そのため、伸び(EL)、およびエリクセン値が悪化した。
【0189】
No.D−4は、均熱後、T1温度域を下回る温度(80℃)まで冷却し(「停止温度(℃)」)、そのままT1温度域を下回る温度で保持した例である。この例では高温域生成ベイナイトの生成量を確保できていない。そのため、伸び(EL)やエリクセン値が悪かった。
【0190】
No.E−2は、T2温度域での保持温度が低すぎる例である。この例では、高温域生成ベイナイトを確保できていない。そのため、伸び(EL)、およびエリクセン値が悪化した。
【0191】
No.H−1は、均熱後、まず、T2温度域に相当する420℃の高温側で保持した後、T1温度域に相当する380℃の低温側で保持したステップ冷却の例である。この例では、過冷却後、オーステンパする本発明の製法とは異なる冷却パターンをおこなったため、IQave(式(1))、σIQ(式(2))ともに規定の範囲を外れており、低温靭性が悪かった。
【0192】
No.M−2は、T1温度域における保持時間(「T1温度域滞在時間(秒)」)が長すぎる例である。この例では、低温域生成ベイナイトが過剰に生成した。その結果、高温域生成ベイナイト量を確保できず、また残留γ量が不足した。そのため、伸び(EL)やエリクセン値が悪化した。
【0193】
No.M−3は、T2温度域での保持温度が高すぎる例である。この例では、パーライトが生成したため、高温域生成ベイナイトの生成量が確保できておらず、また残留γの生成量も少なかった。そのため、伸び(EL)、およびエリクセン値が悪化した。
【0194】
No.N−1は、C量が少な過ぎる例である。この例では残留γの生成量が少なかった。そのため、伸び(EL)、およびエリクセン値が悪化した。
【0195】
No.O−1は、Si量が少な過ぎる例である。この例では残留γの生成量が少なかった。そのため、伸び(EL)、およびエリクセン値が悪化した。
【0196】
No.P−1は、Mn量が少な過ぎる例である。この例では充分に焼入れができていないため、冷却中にフェライトが生成し、低温域生成ベイナイト等や高温域生成ベイナイトの生成が抑制され、また残留γの生成量も少なく、伸び(EL)、およびエリクセン値が悪化した。また、σIQ(式(2))が規定の範囲を外れており、低温靭性が悪かった。