(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、燃料電池に用いられる炭化水素系電解質材料としては、要求される発電性能に応じたプロトン伝導性やガス透過性(特に、酸素透過性)、耐熱性等を得ることができるように、ミクロ相分離構造を精密に制御可能であることが望ましい。しかしながら、上記特許文献1に記載されたブロックコポリマーのように、芳香族骨格を主鎖とするポリマーは、ガラス転移温度Tgが高いために、ミクロ相分離構造の制御が困難であるという問題がある。この問題を解決する方法として、単純には、非イオン伝導性成分である疎水性セグメントにガラス転移温度Tgが低いポリマーを採用することや、エーテル鎖等で可とう性を付与すること、等が考えられる。しかしながら、これらの方法を用いた場合には、芳香族骨格を主鎖とするポリマーの利点として期待されている高耐熱性や高膨潤抑制効果が失われることになる。
【0005】
本発明は、上述の課題を解決するためになされたものであり、ミクロ相分離構造の制御が可能な炭化水素系の燃料電池用電解質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態または適用例として実現することが可能である。
[形態1]
燃料電池用電解質であって、
後述する化学式(F1)で表され、芳香族骨格を主鎖とするイオン伝導性セグメントと芳香族骨格を主鎖とする非イオン伝導性セグメントとで構成されるブロックコポリマーである
ことを特徴とする燃料電池用電解質。
形態1の燃料電池用電解質膜では、芳香族骨格のみを主鎖とするイオン伝導性セグメントと芳香族骨格のみを主鎖とする非イオン伝導性セグメントによるミクロ相分離構造により、耐熱性を維持しつつ、プロトン伝導性を向上させることができる。
【0007】
[適用例1]
燃料電池用電解質であって、芳香族骨格を主鎖とするイオン伝導性セグメントと芳香族骨格を主鎖とする非イオン伝導性セグメントとで構成されるブロックコポリマーであることを特徴とする燃料電池用電解質。
適用例1の燃料電池用電解質膜では、芳香族骨格のみを主鎖とするイオン伝導性セグメントと芳香族骨格のみを主鎖とする非イオン伝導性セグメントによるミクロ相分離構造により、耐熱性を維持しつつ、プロトン伝導性を向上させることができる。
【0008】
[適用例2]
適用例1に記載の燃料電池用電解質であって、前記イオン伝導性セグメントと前記非イオン伝導性セグメントの組成比は、前記ブロックコポリマーが難水溶性または非水溶性を有する範囲であることを特徴とする燃料電池用電解質。
この場合には、発電により生成された水に溶解して性能が劣化することを抑制することができる。
【0009】
[適用例3]
適用例1または適用例2に記載の燃料電池用電解質であって、前記イオン伝導性セグメントと前記非イオン伝導性セグメントの組成比が1:9〜3:7のユニット比の範囲内であることを特徴とする燃料電池用電解質。
この場合には、イオン伝導性セグメントと比イオン伝導性セグメントによるミクロ相分離構造を構成することが可能である。
【0010】
[適用例4]
適用例1ないし適用例3のいずれか一つに記載の燃料電池用電解質膜であって、さらに、数量平均分子量に対する重量平均分子量の比である分散比が1〜1.50の範囲内であることを特徴とする燃料電池用電解質。
この場合には、緻密なミクロ相分離構造となるように制御することができる。
【0011】
[適用例5]
適用例1ないし適用例4のいずれか一つに記載の燃料電池用電解質であって、さらに、前記ブロックコポリマーは、下記反応式(1)および(2)に従った触媒移動型縮合重合によってイオン伝導性用セグメントと非イオン伝導性用セグメントとで構成されたコポリマーを形成し、形成したコポリマーの前記イオン伝導性用セグメントを構成するイオン伝導性用モノマーの置換基に有する保護基付の極性基を脱保護することにより形成されることを特徴とする燃料電池用電解質。
【化1】
【化2】
ただし、置換基R
1'は、少なくとも、接続の基部としての電子供与性基と、末端部としての保護基付の極性基と、を有する置換基であり、置換基R
2は、少なくとも、接続の基部としての電子供与性基を有する置換基である。
適用例5の燃料電池用電解質では、各セグメントのセグメント長(ユニット数)や分子量を精密に制御することができ、適用例1ないし適用例4に記載の燃料電池用電解質を容易に形成することができる。
【0012】
[適用例6]
適用例1ないし適用例5のいずれか一つに記載の燃料電池用電解質を用いて電極触媒層を構成した燃料電池。
適用例1ないし適用例5のいずれか一つに記載の燃料電池用電解質を用いて電極触媒層を構成した燃料電池では、高耐熱性を維持しつつ、IV特性を向上させた燃料電池を提供することができる。
【0013】
[適用例7]
適用例1ないし適用例5のいずれか一つに記載の燃料電池用電解質を電解質膜として用いた燃料電池。
適用例1ないし適用例5のいずれか一つに記載の燃料電池用電解質を電解質膜として用いた燃料電池でも、高耐熱性を維持しつつ、IV特性を向上させた燃料電池を提供することができる。
【0014】
[適用例8]
燃料電池用電解質の製造方法であって、下記反応式(1)および(2)に従った触媒移動型縮合重合によってブロックコポリマーを形成する工程と、前記ブロックコポリマーを構成するイオン伝導性用セグメントと非イオン伝導性用セグメントのうち、前記イオン伝導性用セグメントを構成するイオン伝導性用モノマーの置換基に有する保護基付の極性基を脱保護する工程と、を備えることを特徴とする燃料電池用電解質の製造方法。
【化3】
【化4】
ただし、置換基R
1'は、少なくとも、接続の基部としての電子供与性基と、末端部としての保護基付の極性基と、を有する置換基であり、置換基R
2は、少なくとも、接続の基部としての電子供与性基を有する置換基である。
適用例8の燃料電池用電解質の製造方法によれば、ブロックコポリマーを構成する各セグメントのセグメント長(ユニット数)や分子量を精密に制御することができ、適用例1ないし適用例4に記載の燃料電池用電解質を容易に形成することができる。
【0015】
本発明は、上述の燃料電池用電解質やこれを用いた燃料電池、燃料電池用電解質の製造方法の他、この燃料電池用電解質を用いた電解質膜、この電解質膜の製造方法、この燃料電池用電解質膜を用いた膜電極接合体等の種々の態様で実現することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
A.燃料電池用電解質の構造:
本発明の実施の形態としての燃料電池用電解質は、下記化学式(F1)で示されるように、イオン伝導性セグメント(「イオン伝導性ブロック」とも呼ぶ)Sと非イオン伝導性セグメント(「非イオン伝導性ブロック」とも呼ぶ)Hとで構成されるブロックコポリマーS−Hである。
【化5】
【0018】
置換基R
1の(A)は電子供与性基であればよい。(B)は全く限定がなく、省略も可能である。(C)はスルホ基等の極性基であればよい。なお、具体的には、置換基R
1としては、下記化学式(F2a)〜(F2f)で表される置換基が例として挙げられる。また、下記化学式(F3)のように、(F2a)式〜(F2f)式のうちのいずれか二つで構成される2分枝型の置換基も例として挙げられる。置換基R
2の(D)も置換基R
1の(A)と同様に電子供与性基であればよい。また、置換基R
2の(E)も置換基R
1の(B)と同様に全く限定がなく、省略も可能である。なお、具体的には、置換基R
2としては、下記化学式(F4a)〜(F4f)で表される置換基が例として挙げられる。
【化6】
【化7】
【化8】
【0019】
なお、各化学式の添え字n,p,qは、それぞれを一般式として表すための任意の自然数であり、各化学式で独立した数値に設定される。イオン伝導性セグメントSの添え字lおよび非イオン伝導性セグメントHの添え字mは、それぞれのユニット数(「セグメント長」あるいは「ブロック長」とも呼ぶ)を示しており、任意の自然数である。
【0020】
イオン伝導性セグメントSは、スルホ基(−SO
3H)のような極性基をイオン交換基として有する親水性の芳香族骨格(本例ではフェニレン骨格)のモノマーが重合されたものであり、芳香族骨格のみを主鎖とするユニット数lのポリマー(重合体)である。非イオン伝導性セグメントHは、イオン交換基を有さない疎水性の芳香族骨格(本例ではフェニレン骨格)のモノマーが重合されたものであり、芳香族骨格のみを主鎖とするユニット数m(mは任意の整数)のポリマーである。なお、イオン伝導性セグメントは親水性セグメント(「親水性ブロック」とも呼ぶ)であり、非イオン伝導性セグメントは、疎水性セグメント(「疎水性ブロック」とも呼ぶ)である。
【0021】
ここで、イオン伝導性セグメントSと非イオン伝導性セグメントHの組成比は、ブロックコポリマーが難水溶性または非水溶性を有する範囲であることが好ましい。水溶性の場合、発電によって発生した水に溶解してしまい、性能劣化を招くからである。また、それぞれのユニット数l,mは、イオン伝導性セグメントSと非イオン伝導性セグメントHの組成比が1:9〜3:7のユニット比の範囲内となるように設定されることが好ましい。また、分子量の分散比Mw/Mn(Mw:重量平均分子量,Mn:数量平均分子量)が1〜1.50の範囲内となるように設定されることが好ましい。セグメントの組成比や分子量の分散比が上記範囲内であれば、ブロック構造が緻密に制御されていると考えられ、良好なプロトン伝導性やガス透過性が確保できると考えられる。また、主鎖が芳香族骨格のみで形成されているので、ガラス転移温度Tgを高く維持することができ、耐熱性を高く保つことができると考えられる。
【0022】
B.燃料電池用電解質の製造方法
燃料電池用電解質としてのブロックコポリマーS−Hは、下記反応式(1),(2)に従って製造することができる。まず、(1)式に示すように、第1のマグネシウムハロゲン化モノマーGM1を、触媒移動型縮合重合により重合して、第1のホモポリマーHP1を合成する。この重合は、例えば、Ni(dppe)Cl
2を触媒として用いて実施される。続いて、(2)式に示すように、得られた第1のホモポリマーHP1に、第2のマグネシウムハロゲン化モノマーGM2を加えて、同様に、触媒移動型縮合重合により重合して、第1のホモポリマーHP1の末端に続けて、第2のホモポリマーHP2を合成する。これにより、第1のホモポリマーHP1に続けて第2のホモポリマーHP2が合成されたジブロックコポリマー(単に「ブロックコポリマー」とも呼ぶ)NS−Hを合成する。なお、反応温度としては、管理された一定の温度に設定される。例えば、室温に設定される。なお、室温は、例えば、標準的には25℃であるが、これに限定されるものではなく、種々の温度、例えば、15℃〜35℃の範囲のいずれかの温度としてもよい。
【化9】
【化10】
【0023】
なお、第1のマグネシウムハロゲン化モノマーGM1は、下式(3)に示すように、第1のモノマーM1に、例えば、イソプロピルマグネシウムクロライド・ニッケルクロライド(iPrMgCl・LiCl)を反応させることにより、芳香族マグネシウムハロゲン化物としたグリニャール試薬である。第2のマグネシウムハロゲン化モノマーGM2も、同様に、下式(4)に示すように、第2のモノマーM2を芳香族マグネシウムハロゲン化物としたグリニャール試薬である。
【化11】
【化12】
【0024】
なお、第1のモノマーM1および第1のマグネシウムハロゲン化モノマーGM1の置換基R
1'は、上記した置換基R
1の極性基(C)を、例えば、スルホ基を保護基により保護したスルホ基エステルのように、極性基を保護基により保護した置換基である。例えば、上記(F2a)式〜(F2f)式,(F3)式の置換基R
1に対しては、それぞれ、下記化学式(F5a)〜(F5g)の置換基R
1'が対応する。
【化13】
なお、保護基R
3は極性基であるスルホ基(−SO
3H)を保護するものであれば特に限定はない。
【0025】
そして、得られたブロックコポリマーNS−Hの保護基を脱保護し、第1のホモポリマーHP1を脱保護することにより、イオン伝導性セグメント(親水性セグメント)と非イオン伝導性セグメント(疎水性セグメント)とで構成されるブロックコポリマーS−Hが作製される。このブロックコポリマーS−Hは、燃料電池用電解質として使用される。なお、脱保護前の第1のホモポリマーHP1を構成するモノマーを「イオン伝導性用モノマー」とも呼ぶ。また、脱保護されない第2のホモポリマーHP2を構成するモノマーを「非イオン伝導性用モノマー」とも呼ぶ。
【0026】
図1は、触媒移動型縮合重合について示す説明図である。図に示すように、まず、2つのモノマーの活性化状態となっているMgClの位置の結合手が、Ni触媒のNiの2つの結合手とそれぞれ結合されることにより、2つのモノマーが重合される。このとき、Ni触媒は、合成されたポリマーのポリマー鎖の片末端に移動して、その片末端の結合手およびその片末端に存在していたBrの結合手と結合し、その片末端の位置を活性化状態とする。次に、ポリマー鎖の片末端でBrと結合しているNi触媒のNiの一方の結合手が、新たな1つのモノマーのMgClの位置の結合手と結合されることにより、3つのモノマーが重合される。このときも、同様に、Ni触媒は、合成されたポリマーのポリマー鎖の片末端に移動して、その片末端の結合手およびその片末端に存在していたBrの結合手と結合し、その片末端の位置を活性化状態とする。触媒移動型縮合重合は、合成されたポリマーのポリマー鎖の片末端を常に活性化状態として重合を繰り返すことにより、複数のモノマーが重合された芳香族骨格のみを主鎖とするポリマーを作製することが可能となる。
【0027】
この触媒移動型縮合重合は、分子量分布が狭く、位置規則性の高い重合を行えるものである。このため、触媒移動型縮合重合は、モノマーの量や、触媒量、反応温度、反応時間等の条件を管理することにより、芳香族骨格のみを主鎖とするポリマーのユニット数の制御や分子量分布の制御を精密に行うことが可能となる。
【0028】
従って、上記反応式(1),(2)に従って作製される燃料電池用電解質としてのブロックコポリマーS−Hでは、触媒移動型縮重合によって、芳香族骨格のみを主鎖とするイオン伝導性セグメントのユニット数および芳香族骨格のみを主鎖とする非イオン伝導性セグメントのユニット数を精密に制御することができる。これにより、イオン伝導性セグメントと非イオン伝導性セグメントによるミクロ相分離構造を精密に制御することが可能である。この結果、芳香族骨格を主鎖とするポリマーの特徴である高耐熱性および高膨潤抑制効果を維持しつつ、良好なプロトン伝導性およびガス透過性を得ることが可能となる。
【0029】
C.燃料電池の構成:
図2は、本発明の燃料電池用電解質を用いた燃料電池の一例としての概略構成を示す模式図である。この燃料電池10は、膜電極接合体20と、膜電極接合体20の両側の面に配置されたガス拡散層30a,30cと、膜電極接合体及びガス拡散層30a,30cを両側から挟持するセパレータ40a,40cと、を備える。膜電極接合体20は、電解質膜22と、電解質膜22の両側の面に形成された電極触媒層24a,24cと、を備える。電極触媒層24aおよびガス拡散層30aがアノード側電極を構成し、電極触媒層24cおよびガス拡散層30cがカソード側電極を構成する。なお、ガス拡散層30a,30cは必ずしも必要ではない。
【0030】
膜電極接合体20は、種々の一般的な方法、例えば、電解質膜22の両面に、白金や白金を含む合金等の触媒を担持したカーボンと、上記した本発明の燃料電池用電解質と、水と、エタノールと、を混合した分散液である触媒インクや触媒ペーストを塗布・乾燥させて電極触媒層24a,24cを形成することにより、作製することができる。電解質膜22としては、Nafion(登録商標)等のフッ素系電解質あるいは上記した本発明の燃料電池用電解質を、種々の一般的な方法、例えば、剥離可能な基材上に電解質溶液を塗布・乾燥させることにより作製することができる。
【0031】
ガス拡散層30a,30cは、多孔質性のカーボン織布や、カーボン不織布、カーボンペーパー等の一般的な材料により構成することができる。
【0032】
この燃料電池10は、上記したように、芳香族骨格のみを主鎖とするイオン伝導性セグメントと芳香族骨格のみを主鎖とする非イオン伝導性セグメントによるミクロ相分離構造を精密に制御することが可能な炭化水素系の燃料電池用電解質を用いているので、従来の炭化水素系電解質を用いた場合に比べて、容易に、高耐熱性を維持しつつ、発電性能を向上させることが可能である。
【0033】
D.実施例:
D1.燃料電池用電解質の作製:
(1)実施例1〜3
上記した燃料電池用電解質の効果を確認すべく、以下に示す方法に従って、実施例1〜3の3種類の炭化水素系電解質を作製した。
【0034】
<非イオン伝導性用モノマーの作製>
上記した非イオン伝導性セグメント(疎水性セグメント)を構成する非イオン伝導性用モノマーとしての第2のモノマーM2を、以下のようにして作製した。
【0035】
まず、下記反応式(5)に示すように、ヒドロキノン(Hydroquinone)と、炭酸カリウム(K
2CO
3)および1-ブロモへキサン(1-Bromohexan)とを反応させてDHBを作製した。
【化14】
【0036】
具体的には、まず、還流冷却管を付けた三口フラスコを用意し、窒素雰囲気下とした三口フラスコ中で、DMF(N,N-dimethylformamide)にヒドロキノンを溶解させた。次いで炭酸カリウムおよび1-ブロモへキサンを加え、室温(25℃)で1時間攪拌した。そして、この攪拌溶液を加熱し、80℃で18時間攪拌を行った。この結果得られた暗褐色の液体を精製水に展開して、残存した炭酸カリウムを完全に溶解させた後、ジクロロメタン(dichloromethane)を用いて抽出を行った。そして、抽出物を精製水で洗浄した後、硫酸マグネシウムを用いて乾燥させ、吸引濾過により硫酸マグネシウムを除去し、エバポレーターによりジクロロメタンを留去した。この結果得られた暗褐色の固体を、冷メタノールで洗浄した後、メタノールで再結晶化させ、40℃で減圧乾燥させることにより、目的のDHBを作製した。なお、上記作製における各物質の配合比は、例えば、下記表1に示す通りである。
【表1】
【0037】
次に、下記反応式(6)に示すように、得られたDHBと臭素(Br
2)とを反応させて第2のモノマーM2としてのDBHBを作製した。
【化15】
【0038】
具体的には、まず、滴下漏斗と還流冷却管とアルカリトラップとを付けた三口フラスコを用意し、窒素雰囲気下とした三口フラスコ中で、DHBを四塩化炭素(CCl
4)に溶解させた。次に、クーリングバスを用いて0℃に冷却した後、滴下漏斗から臭素を30分程度掛けて緩やかに滴下し、0℃に保ったまま18時間攪拌した。その後、亜硫酸ナトリウム(Na
2SO
3)の飽和水溶液を加えることにより、残存した臭素を取り除いた。溶液が無色透明になった後、溶液を精製水に展開し、ジクロロメタンを用いて抽出を行った。そして、抽出物を精製水で洗浄した後、硫酸マグネシウムを用いて乾燥させ、吸引濾過により硫酸マグネシウムを除去し、エバポレーターによりジクロロメタンを留去した。この結果得られた白色の固体を、エタノールで再結晶化させ、50℃で減圧乾燥させることにより、目的の第2のモノマーM2であるDBHBを作製した。なお、上記作製における各物質の配合比は、例えば、下記表2に示す通りである。
【表2】
【0039】
<イオン伝導性用モノマーの作製>
上記したイオン伝導性用セグメント(親水性セグメント)を構成するイオン伝導性用モノマーとしての第1のモノマーM1を、以下のようにして作製した。
【0040】
まず、下記反応式(7)に示すように、4-フェニルブチルブロマイド(4-Phenylbutylbromide)と、クロロスルホン酸(Chlorosulfuric-acid)とを反応させてSCPBuBを作製した。
【化16】
【0041】
具体的には、まず、滴下漏斗と還流冷却管とアルカリトラップとを付けた三口フラスコを用意し、窒素雰囲気下とした三口フラスコに、4-フェニルブチルブロマイド入れた。0℃に冷却した後、滴下漏斗からクロロスルホン酸を30分程度掛けて緩やかに滴下し、0℃を保ったまま1時間攪拌した。得られた赤色溶液を、冷水に展開し、ジクロロメタンを加え、完全に溶解させた。この溶液からジクロロメタンを用いて抽出を行い、抽出物を5wt%の水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液、精製水で洗浄した後、硫酸マグネシウムを用いて乾燥させた。そして、吸引濾過による硫酸マグネシウムの除去、エバポレーターによるジクロロメタンの留去後、40℃で一晩減圧乾燥させることにより、目的のSC−PBuBを作製した。なお、上記作製における各物質の配合比は、例えば、下記表3に示す通りである。
【表3】
【0042】
次に、下記反応式(8)に示すように、得られたSC−PBuBと2,2-ジメチルプロパノール(2,2-Dimetylpropanol)のピリジン(Pyridine)溶液とを反応させてNS−PBuBを作製した。
【化17】
【0043】
具体的には、窒素雰囲気下とした三口フラスコ中に、SC−PBuBと2,2-ジメチルプロパノールのピリジン溶液を入れ、室温(25℃)で3時間攪拌した。得られた溶液をジクロロメタン1.0Mの塩酸、精製水で洗浄し、エバポレーターでジクロロメタンを留去した。得られた粘性液体を、カラムクロマトグラフィー(WakogelC-300(和光純薬工業株式会社製),展開溶媒 ノルマルヘキサン(n-hexane):THF(Tetrahydrofuran)(9:1,v/v),R
f=0.1)により精製した。得られた精製物から展開溶媒をエバポレーターにより留去し、40℃で一晩減圧乾燥させることにより、目的のNS−PBuBを作製した。なお、上記作製における各物質の配合比は、例えば、下記表4に示す通りである。
【表4】
【0044】
そして、下記反応式(9)に示すように、得られたNS−PBuBとヒドロキノンと炭酸カリウムとを反応させてNS−DPBを作製した。
【化18】
【0045】
具体的には、還流冷却管を付けた三口フラスコを用意し、窒素雰囲気下とした三口フラスコ中で、ヒドロキノンをDMF中に溶解させた。次いで炭酸カリウムおよびNS−PBuBを加え、室温(25℃)で1時間攪拌した。そして、この攪拌溶液を加熱し、80℃で18時間攪拌を行った。この結果得られた暗褐色の液体を精製水に展開して、残存した炭酸カリウムを完全に溶解させた後、ジクロロメタンを用いて抽出を行なった。そして、抽出物を精製水で洗浄した後、硫酸マグネシウムを用いて乾燥させ、吸引濾過により硫酸マグネシウムを除去し、エバポレーターによりジクロロメタンを留去した。この結果得られた暗褐色の固体を、冷メタノールで洗浄した後、メタノールで再結晶化させ、40℃で減圧乾燥させることにより、目的のNS−DPBを作製した。なお、上記作製における各物質の配合比は、例えば、下記表5に示す通りである。
【表5】
【0046】
最後に、下記反応式(10)に示すように、得られたNS−DPBと臭素とを反応させて第1のモノマーM1としてのNS−DBPBを作製した。
【化19】
【0047】
なお、上記反応式(10)に示した反応の具体例は、第2のモノマーM2としてのDBHBを作製する場合の具体例(反応式(6)および表示2参照)と同様であるので、説明を省略する。
【0048】
<ブロックコポリマーの合成>
作製した第1のモノマーM1としてのNS−DBPB、および、第2のモノマーM2としてのDBHBを用いて、上記反応式(3),(4)に従って第1および第2のハロゲン化モノマーGM1,GM2を作製し、上記反応式(1),(2)に従って下記化学式(F6)のブロックコポリマーNS−H(l−m)を作製した。
【化20】
【0049】
具体的には、グローブボックス内において、アルゴン雰囲気下としたサンボトル中で第1のモノマーM1であるNS−DBPBをTHFに溶解させ、これにイソプロピルマグネシウムクロライド・リチウムクロライド(
iPrMgCl・LiCl)のTHF溶液を加え、40℃で5時間反応させた。これにより、第1のモノマーM1であるNS−DBPBから第1のハロゲン化モノマーGM1であるNS−DBPBハロゲン化モノマー溶液を作製した。同様に、第2のモノマーM2であるDBHBから第2のハロゲン化モノマーGM2であるDBHBハロゲン化モノマー溶液を作製した。また、グローブボックス内において、アルゴン雰囲気下とした二口フラスコ中でNi(dppe)Cl
2をTHFに溶解させて、触媒溶液を作製した。そして、室温(25℃)で触媒溶液に、シリンジを用いてNS−DBPBハロゲン化モノマー溶液を添加して5時間攪拌し、さらに、シリンジを用いてDBHBハロゲン化モノマー溶液を添加して5時間攪拌した後、塩酸・メタノール混合溶液(塩酸:メタノール=1:5,v/v)に展開し攪拌して、脱保護前のブロックコポリマーNS−H(l−m)を作製した。なお、下記表6〜8に示す配合比に従って作製した3種類の脱保護前のブロックコポリマーを、実施例1:NS−H(28−262),実施例2:NS−H(44−178),実施例3:NS−H(74−167)とした。
【表6】
【表7】
【表8】
【0050】
次に、得られた実施例1〜3の3種類の脱保護前のブロックコポリマーNS−H(28−262),NS−H(44−178),NS−H(77−167)を、下記反応式(11)に示すように、ジエチルアミン臭化水素塩((C
2H
5)
2NH・HBr)と反応させて脱保護化することにより、イオン伝導性セグメント(親水性セグメント)Sと非イオン伝導性セグメント(疎水性セグメント)Hとを有するブロックコポリマーとしての燃料電池用電解質S−H(l−m)を作製した。
【化21】
【0051】
具体的には、還流冷却管を付けた三口フラスコにNS−HとNMP(1-Methyl-2-pyrrolidone)を入れ、窒素雰囲気下120℃で溶解させた後、ジエチルアミン臭化水素塩のNMP溶液を滴下して48時間攪拌した。得られた暗褐色粘性溶液をジエチルエーテル中に展開し、吸引濾過により回収した。得られた赤褐色固体を1Mの塩酸水溶液(HCl aq)中で24時間、その後精製水で24時間攪拌し、吸引濾過により回収した後、80℃で一晩減圧乾燥させることにより、目的の炭化水素系の燃料電池用電解質(以下、単に「電解質」とも呼ぶ)S−H(l−m)を作製した。なお、実施例1〜3の3種類の電解質S−H(28−262),S−H(44−178),S−H(74−164)は、それぞれ、下記表9に示す配合比で作製された。なお、3種類の電解質S−H(28−262),S−H(44−178),S−H(74−164)のそれぞれの括弧内の数値は、イオン伝導性セグメントと非イオン伝導性セグメントの長さ(ユニット数)の比をGPC(ゲル浸透クロマトグラフ分析)から求めたものである。
【表9】
【0052】
(2)比較例
以下に示す方法に従って、比較例としての炭化水素系電解質を作製した。Journal of Polymer Science:PartA:Polymer Chemistry,vol.31,853−858(1993)に基づいて下記化学式(F7)のポリマーBP1を作製した。そして1gのポリマーBP1を1Nの硫酸で24時間、25℃で浸漬後、純水で洗浄して下記化学式(F8)の電解質RP1を作製した。ユニット数u,vは、イオン伝導性セグメント(親水部)と非イオン伝導性セグメントのユニット数を示しており、任意の自然数である。なお、作製した比較例の電解質RP1におけるイオン伝導性セグメントと非イオン伝導性セグメントのユニット比は6:4であった。また、この比較例の電解質RP1は、図示は省略するが、ミクロ相分離構造とはならずランダム構造となっている。
【化22】
【化23】
【0053】
D2.燃料電池用電解質の特性評価
作製した比較例の電解質RP1、実施例1の電解質S−H(28−262)、実施例2の電解質S−H(44−178)、および、実施例3の電解質S−H(74−164)のイオン伝導性セグメントS:非イオン伝導性セグメントHの組成比としてユニット比を求めた。なお、ユニット比は、GPCにより求めたイオン伝導性セグメントSと非イオン伝導性セグメントHの長さ(ユニット数)の比から概算したものである。また、GPCにより分子量の分散比Mw/Mn(Mw:重量平均分子量,Mn:数量平均分子量)を求めた。また、元素分析によりイオン交換容量(IEC:ion exchange capacity)を求めた。下記表10に示す通り、比較例のユニット比6:4に対して、実施例1のユニット比は1:9であり、実施例2のユニット比は2:8であり、実施例3のユニット比は3:7であった。また、比較例の分散比2.5に対して、実施例1の分散比は1.32、実施例2の分散比は1.19、実施例3の分散比は1.15と小さくなっており、ブロック構造が緻密に制御されていると推定される。また、比較例のIECが2[meq/g]であるのに対して、実施例1のIECは0.96、実施例2のIECは1.69[meq/g]で、実施例3のIECは2.42[meq/g]であった。IECが高いほど極性基の濃度は高くなるので、実施例1、実施例2、実施例3の順にプロトン伝導性は高くなると考えられる。なお、作製した電解質が非水溶性の場合には、ユニット比の値が高いほど電解質としての性能は良いと考えられる。
【表10】
【0054】
図3は、実施例1〜3の電解質をそれぞれガラス基板上に形成したキャスト膜の表面を観察したAFM像(原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)で観察した像)である。なお、それぞれのキャスト膜は、以下のように作製した。すなわち、作製した実施例2および実施例3の電解質S−H(44−178),S−H(74−164)の5wt%のDMSO(Dimethyl sulfoxide)溶液をそれぞれ調整し、吸引濾過により、不要物を除去した後、10cm×10cmのガラス基板に塗布し、120℃で一晩乾燥させることによって、それぞれのキャスト膜を作製した。また、同様に、作製した実施例1の電解質S−H(28−162)の5wt%のNMP溶液を調整し、キャスト膜を作製した。
【0055】
AFM像の白の部分がイオン伝導性セグメントの部分で黒の部分が非イオン伝導性セグメントの部分である。上記したように比較例の電解質ではイオン伝導性セグメントの部分と非イオン伝導性セグメントの部分とがランダムな構造であるのに対して、実施例1〜実施例3では、ミクロ相分離構造となっていることを確認した。
【0056】
図4は、比較例および実施例1〜3のキャスト膜のプロトン伝導度σの測定結果を示すグラフである。なお、プロトン伝導度σ[S/cm]は、温度80℃にて相対湿度を変えて一般的な方法で測定した。図に示すように、いずれの実施例も、比較例とほぼ同様の特性のプロトン伝導度が得られていることを確認した。また、実施例2および実施例3は、実施例1に比べてプロトン伝導度が向上していることを確認した。これは、以下の理由によるものと考えられる。すなわち、
図3に示したように、実施例1の構造は、イオン伝導性セグメントの部分と非イオン伝導性セグメントの部分とが分離されたミクロ相分離構造とはなっているが、厚さ方向に沿って明瞭に分離された構造とはなっていない。これに対して、実施例2および実施例3は、イオン伝導性セグメントの部分と非イオン伝導性セグメントの部分とが、それぞれ、厚さ方向に沿った構造となるように明瞭に分離されたミクロ相分離構造となっており、イオン伝導性セグメントの部分によるプロトン伝導性が向上するため、と考えられる。また、実施例1、実施例2、実施例3の順にプロトン伝導性は高くなっていることを確認した。これは、上記したように(表10参照)、実施例1、実施例2、実施例3の順にイオン交換容量(IEC)が高くなっており、これに応じて極性基の濃度が高くなっているため、と考えられる。
【0057】
図5は、比較例および実施例1,2の電解質をそれぞれ電極触媒層の電解質として用いて構成した燃料電池のIV特性の測定結果を示すグラフである。なお、燃料電池の構成は、上記
図2に示した構成と同じである。電解質膜としてはNafion112(登録商標,デュポン社製)を用いた。また、測定は、環境温度80℃で相対湿度90%にて行った。図に示すように、比較例のIV特性に比べて、実施例1のIV特性が約2倍、実施例2のIV特性が約4倍と、大幅に向上していることを確認した。
【0058】
比較例の電解質は、ミクロ相分離構造ではなくランダムな構造なために、プロトン伝導パスと酸素伝導パスとが分離されず、プロトン抵抗および酸素拡散抵抗が上昇したことにより、IV特性が悪くなっていると考えられる。これに対して、実施例のIV特性の向上は、以下の理由による。
【0059】
図6は、実施例1および実施例2の電解質をそれぞれカーボン基板上に形成したキャスト膜の表面を観察したAFM像である。なお、それぞれのキャスト膜は、以下のように作製した。すなわち、作製した実施例1および実施例2の電解質S−H(28−262),S−H(44−178)を、それぞれ、水およびエタノールに混合した分散液とし、10cm×10cmのカーボン基板にスプレー塗布し、120℃で一晩乾燥させることによって、それぞれのキャスト膜を作製した。
【0060】
AFM像において、実施例1および実施例2のいずれの電解質も、カーボン基板上では微小粒子状になっていることを確認した。これは、いずれの電解質も強い界面活性機能を有しており、カーボン基板上においては微小粒子状になり易い性質を有しているからと考えられる。このことから、電極触媒においても、触媒担体としてのカーボンにおいて同様に微小粒子状になり易く、ガス透過性、特に、カソード側電極触媒層における酸素透過性が向上すると考えられる。なお、これは、電解質の構造が、上記したように、イオン伝導性セグメントと非イオン伝導性セグメントとのジブロック構造であるために、微粒子状に凝集するためと考えられる。また、電解質の構造が上記したように、イオン伝導性セグメントと非イオン伝導性セグメントのブロック構造を有すること、および、芳香族同士が直接結合された剛直な芳香族骨格を主鎖とすることから、空隙が形成されやすくなり、酸素拡散抵抗が低くなるため、と考えられる。以上のことから、実施例の電解質は、電極触媒層において、上記したようにプロトン伝導度を比較例と同様の特性を維持しつつ、ガス透過性、特に、カソード側電極触媒層における酸素透過性を向上させることにより、酸素透過性とプロトン伝導性という背反する特性をバランス良く向上させることができ、IV特性が向上している、と考えられる。
【0061】
以上のように、作製した比較例および実施例の結果からわかるように、芳香族骨格を主鎖とするイオン伝導性セグメントSと芳香族骨格のみを主鎖とする非イオン伝導性セグメントHとで構成されたブロックコポリマー(ブロック共重合体)であって、イオン伝導性セグメントSと非イオン伝導性セグメントHの組成比が1:9〜3:7のモル比の範囲内で、分子量の分散比Mw/Mnが1〜1.50の範囲内となるように設定された炭化水素系の燃料電池用電解質は、芳香族骨格を主鎖とするポリマーの利点である高耐熱性および高膨潤抑制効果を維持しつつ、イオン伝導性セグメントSと非イオン伝導性セグメントHとによるブロック構造が精密に制御可能であり、良好なプロトン伝導性やガス透過性が確保できる。
【0062】
E.変形例:
以上、本発明の実施の形態および実施例について説明したが、本発明はこのような実施の形態になんら限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲内において種々なる態様での実施が可能である。
【0063】
上記実施形態で説明した燃料電池用電解質は、イオン伝導性セグメントと非イオン伝導性セグメントによるジブロックコポリマーを例に説明したが、イオン伝導性セグメントと非イオン伝導性セグメントとイオン伝導性セグメント、あるいは、非イオン伝導性セグメントとイオン伝導性セグメントと非イオン伝導性セグメントのトリブロックコポリマーのように、イオン伝導性セグメントと非イオン伝導性セグメントを、触媒移動型縮合重合を用いて交互に形成した芳香族骨格のみを主鎖としたブロックコポリマーであってもよい。
【0064】
上記説明では、芳香族骨格のみの主鎖を構成する芳香族として6員環の芳香族を例に説明したが、5員環等の芳香族であってもよく、種々の芳香族を適用するようにしてもよい。