特許第5728706号(P5728706)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5728706
(24)【登録日】2015年4月17日
(45)【発行日】2015年6月3日
(54)【発明の名称】焦電型赤外線センサ
(51)【国際特許分類】
   G01J 1/02 20060101AFI20150514BHJP
   H01L 37/02 20060101ALI20150514BHJP
   G01J 5/34 20060101ALN20150514BHJP
【FI】
   G01J1/02 Y
   H01L37/02
   !G01J5/34 A
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-280640(P2012-280640)
(22)【出願日】2012年12月25日
(62)【分割の表示】特願2006-77320(P2006-77320)の分割
【原出願日】2006年3月20日
(65)【公開番号】特開2013-64756(P2013-64756A)
(43)【公開日】2013年4月11日
【審査請求日】2013年1月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000002853
【氏名又は名称】ダイキン工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石田 謙司
(72)【発明者】
【氏名】桑島 修一郎
(72)【発明者】
【氏名】松重 和美
(72)【発明者】
【氏名】堀内 俊壽
(72)【発明者】
【氏名】松本 有史
(72)【発明者】
【氏名】小谷 哲浩
(72)【発明者】
【氏名】高 明天
【審査官】 喜々津 徳胤
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−278133(JP,A)
【文献】 特開平10−108078(JP,A)
【文献】 特開2004−037291(JP,A)
【文献】 特開2000−155050(JP,A)
【文献】 特開平06−180252(JP,A)
【文献】 特開平10−318832(JP,A)
【文献】 特開平08−136342(JP,A)
【文献】 特開平07−092025(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01J1/00−1/60
G01J5/34
H01L37/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
a) 高分子材料から成る可撓性を有する基板と、
b) 前記基板上に形成された、CF3-(CH2CF2)n-CmH2m+1(ここで、n=5〜50、m=1〜10)又はそのCmH2m+1基をハロゲン原子で置換した物質から成るフッ化ビニリデンオリゴマー層と、
c) 前記基板と前記フッ化ビニリデンオリゴマー層の間に形成された可撓性を有する下部電極と、
d) 前記フッ化ビニリデンオリゴマー層上に形成された可撓性を有する上部電極と
を備え、可撓性を有する赤外線センサであって、
e) 全体の曲率を変化させる手段を有することを特徴とする焦電型赤外線センサ。
【請求項2】
前記基板が2枚の圧電性高分子膜を用いたバイモルフ構造を有することを特徴とする請求項1に記載の焦電型赤外線センサ。
【請求項3】
前記上部電極及び下部電極の少なくとも一方が複数に分割されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の焦電型赤外線センサ。
【請求項4】
前記基板のうち前記複数の電極の間にある部分が除去されていることを特徴とする請求項3に記載の焦電型赤外線センサ。
【請求項5】
前記基板が、目的とする赤外線に対して透明であって、前記複数の電極の少なくともいずれかに対応する位置において、該基板の表面が集光レンズの形状に形成されていることを特徴とする請求項3又は4に記載の焦電型赤外線センサ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焦電性を有する材料を用いた焦電型赤外線センサに関する。
【背景技術】
【0002】
焦電型赤外線センサは、物質内部の自発分極量が温度によって変化する性質を持つ焦電体を用いた赤外線センサである。この焦電型赤外線センサでは、焦電体が赤外線を吸収し温度が上昇することにより生じる自発分極量の変化を電気信号として取り出すことによって、赤外線の有無及び強度を検出する。
【0003】
焦電型赤外線センサの感度を向上させるためには、焦電体は(i)焦電係数が大きい、(ii)熱容量が小さい、(iii)誘電率が小さい、方が望ましい。焦電係数は、単位体積あたりに単位温度変化が与える分極の変化で定義される。熱容量を小さくすることは、同一量の赤外線照射による温度上昇を大きくすることにつながり、赤外線の検出感度を向上させることに寄与する。また、誘電率を小さくすることは、その焦電体を間に挟んだ電極間の静電容量を小さくすることになる。この場合、分極の変化により生じる両電極間の電圧が大きく現れることになるため、電圧の変化で測定される赤外線検出の感度を向上させることに寄与する。
【0004】
従来より、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)やチタン酸バリウム(BaTiO3)等の無機強誘電体、あるいはポリフッ化ビニリデン(PVDF)やPVDFと三フッ化エチレン(TrFE)とのランダム共重合体であるP(VDF/TrFE)等の強誘電ポリマーから成る焦電体を有する焦電型赤外線センサが用いられていた。しかし、無機強誘電体は、焦電係数が大きいという利点を有するが、誘電率及び熱容量が大きいためセンサの感度の向上に限界があるうえ、薄膜を形成する際に数百℃程度の高温プロセスを用いる必要があるという欠点を有する。
【0005】
それに対して、特許文献1では、焦電型赤外線センサの焦電体にフッ化ビニリデンオリゴマー(VDFオリゴマー)を用いることが提案されている。VDFオリゴマーはCF3-(CH2CF2)n-CmH2m+1と表される。ここで、重合数nは、特許文献1では10〜50であるとされているが、実際にはこの範囲に加えて5〜9のものも下記の特長を有する。そのため、本願では重合数nが5〜50の範囲内にあるものをVDFオリゴマーと定義する。また、CmH2m+1基には、特許文献1ではM=1のもののみが記載されているが、実際にはm=2〜10のものも下記の特長を有する。更に、CmH2m+1基がハロゲン原子で置換されたものもVDFオリゴマーに含まれる。
VDFオリゴマーは前述の無機強誘電体よりも小さく強誘電ポリマーと同程度の誘電率及び熱容量を有するうえ、それらの強誘電ポリマーよりも焦電係数が大きい、という点で焦電型赤外線センサの焦電体として優れている。その焦電係数は重合数nにより異なるが、例えば重合数n=17のVDFオリゴマーの焦電係数P3は-70μC/m2Kであり、重合度nが遙かに大きい(n=1000〜2000程度)VDFポリマー(PVDF)の焦電係数P3=-30μC/m2Kよりも大きな絶対値を持つ。また、VDFオリゴマーは薄膜を形成する際に高温プロセスを用いる必要がないという点で無機強誘電体よりも優れている。
【0006】
VDFオリゴマーを用いたものを含めた従来の焦電型赤外線センサでは、Si等の無機材料から成る基板により焦電体を支える構成を有している。この基板が大きい熱容量及び熱伝導率を有すると、赤外線が照射されることにより焦電体に与えられる熱の多くが基板に吸収されたり、基板から外部に放出されたりしてしまい、赤外線照射による焦電体の温度変化が小さくなるため、センサの感度が低下してしまう。
【0007】
特許文献2には、焦電体として強誘電ポリマーを有する焦電型赤外線センサにおいて、熱伝導率が一般に小さいとされる樹脂製の基板を用いることが記載されている。これにより、赤外線照射により焦電体に与えられる熱が基板に奪われてセンサの感度が低下することを抑制することができる。樹脂製基板の下には、更にSi等から成る支持体が設けられている。この支持体により、樹脂製基板は平面状に固定され、曲がることがないように保持されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004-037291号公報([0016]〜[0024], [0032], 図4
【特許文献2】特開2000-155050号公報([0019], [0027], [0031], 図1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来の焦電型赤外線センサでは、Si等の無機材料から成る基板や支持体が用いられているため、設置場所の形状や検出対象の配置等に応じて焦電型赤外線センサ自体を変形させることは困難である。
【0010】
本発明が解決しようとする課題は、変形させることが可能であり、しかも感度の高い焦電型赤外線センサを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために成された本発明に係る焦電型赤外線センサは、
a) 高分子材料から成る可撓性を有する基板と、
b) 前記基板上に形成された、CF3-(CH2CF2)n-CmH2m+1(ここで、n=5〜50、m=1〜10)又はそのCmH2m+1基をハロゲン原子で置換した物質から成るフッ化ビニリデンオリゴマー層と、
c) 前記基板と前記フッ化ビニリデンオリゴマー層の間に形成された可撓性を有する下部電極と、
d) 前記フッ化ビニリデンオリゴマー層上に形成された可撓性を有する上部電極と
を備え、可撓性を有する赤外線センサであって、
e) 全体の曲率を変化させる手段を有することを特徴とする。
【0012】
基板の材料には、例えばポリイミド、ポリエチレンテレフタラート、ポリブチレンテレフタラート、ポリカーボネート、ポリパラフェニレンスルフィド、ポリアミドイミドを用いることができる。上部電極及び下部電極には、例えばAu、Ag、Al、Cr、Ni、Pt等の金属の蒸着膜、炭素蒸着膜、あるいはポリアニリン、ポリチオフェン、PDOT-PSSなどの有機電極等を用いることができる。
【0013】
また、本発明に係る焦電型赤外線センサは、その可撓性という特性を活かして、湾曲状や円筒状、球面状に変化させることができ、しかも、その湾曲の曲率(円筒状、球面状の場合は、断面形状)を変化させる手段により、所望の曲率の湾曲状や円筒状、球面状に変化させることができる。なお、この場合、フッ化ビニリデンオリゴマー層は、湾曲の外側にあってもよいし、内側にあってもよい。
【0014】
前記基板は2枚の圧電性高分子膜を用いたバイモルフ構造を有するものであってもよい。
【0015】
前記上部電極及び下部電極の少なくとも一方(両方でもよい)は複数に分割されていてもよい。その場合、前記基板のうち、複数の電極の間の部分は除去されていることが望ましい。
【0016】
また、前記基板は目的とする赤外線に対して透明であって、前記複数の電極の少なくともいずれかに対応する位置において、該基板の表面、即ち下部電極の反対側の面であって赤外線が入射する面が、凸レンズやフレネルレンズ等の集光レンズの形状に形成されていてもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明では、高分子材料から成る基板及びVDFオリゴマー層が可撓性を有し、上部電極及び下部電極にも可撓性を有するものを用いているため、本発明の焦電型赤外線センサは可撓性を有する。その可撓性を利用して、設置場所に応じた形状や、湾曲状、円筒状、球面状等の所望の形状に変形された焦電型赤外線センサを得ることができる。
【0018】
また、多くの焦電型赤外線センサにおいて用いられている無機強誘電体や強誘電ポリマー等よりも高い焦電係数を有するVDFオリゴマー焦電体と、従来用いられていたSi等の基板よりも熱容量や熱伝導率が小さい高分子膜から成る基板と、を用いることにより、赤外線センサの感度を従来よりも高めることができる。
【0019】
さらに、全体の曲率を変化させる手段を設けたことにより、受光面の焦点を移動させることができるため、この焦点を移動させながら赤外線の強度の変化を測定することにより、熱源の位置を測定することができる。
【0020】
また、この曲率変化を繰り返す(振動させる)ことにより、従来用いられていた光チョッパと同様の機能を得ることができる。すなわち、基板の曲率が変化すると、VDFオリゴマー層と熱源(赤外線源)の間の距離が変化するため、静止した熱源に対してもVDFオリゴマー層に温度変化を生起させることができ、温度測定が可能となる。従来、静止熱源に対して温度変化を与えるために光チョッパを用いていたが、本発明の焦電型赤外線センサに曲率変化手段を付加し、それによる曲率変化を繰り返すことにより、光チョッパを用いることなく静止熱源の温度を測定できるようになる。
【0021】
この曲率変化手段の一つの例として、2枚の圧電性高分子膜を用いたバイモルフ構造を有する基板を挙げることができる。この場合、これら2枚の圧電性高分子膜の間に印加する電圧の値を変化させることにより、その曲率を変化させることができる。また、交流電圧を印加することにより基板が振動し、それにより上記のような光チョッパを用いない静止熱源温度センサとして用いることができるようになる。
【0022】
本発明の焦電型赤外線センサが円筒状や球面状に形成されている場合には、360°の視野角を得ることができる。
【0023】
上部電極及び下部電極の少なくとも一方が複数形成されている場合には、1個の基板上に、それら複数の電極に対応した複数の焦電型赤外線センサを有する赤外線センサアレイを形成することができる。このような赤外線センサアレイを用いて、例えば各センサ毎の赤外線の強度の時間変化の違いから、赤外線を放出する物体の速度や加速度を測定することができる。
【0024】
また、前記基板のうち前記複数の電極の間にある部分が除去されている場合には、その基板上に複数形成された焦電型赤外線センサの相互間の熱伝導を抑えることができ、各センサの検出精度を高めることができる。
【0025】
基板が目的とする赤外線に対して透明であって、複数の電極の少なくともいずれかに対応する位置において基板の表面が集光レンズの形状に形成されている場合には、その表面からVDFオリゴマー層に赤外線が照射されると、赤外線は集光レンズによりVDFオリゴマー層内の狭い領域に集光される。これにより、その領域でのVDFオリゴマーの温度変化が大きくなり、赤外線の検出精度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本発明に係る焦電型赤外線センサの一実施態様を示す縦断面図。
図2】複数の下部電極又は/及び上部電極を設けた本発明の焦電型赤外線センサの例を示す縦断面図。
図3】本発明の焦電型赤外線センサの製造方法の一例を示す縦断面図。
図4】円筒形に成形した焦電型赤外線センサの例を示す斜視図。
図5】基板等を湾曲させた焦電型赤外線センサの例を示す縦断面図。
図6】湾曲手段を有する焦電型赤外線センサの例を示す平面図及び縦断面図。
図7】光チョッパが不要な温度測定用赤外線センサの例を示す縦断面図。
図8】焦電型赤外線センサアレイにおいて、各素子の境界に基板の除去領域を設けた例を示す平面図及び縦断面図。
図9】VDFオリゴマー層に凸部を設けた焦電型赤外線センサアレイの例を示す縦断面図。
図10】本発明の焦電型赤外線センサ及び比較例における誘起電荷の測定結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明に係る焦電型赤外線センサの実施例を、図1図10を用いて説明する。
(1)本発明の焦電型赤外線センサの基本的な構成
図1は本発明の基本的な構成を有する焦電型赤外線センサ10の縦断面図である。この焦電型赤外線センサ10は、高分子材料から成る基板11、下部電極12、VDFオリゴマー層13、上部電極14をこの順に積層した構成を有する。
基板11の材料には厚さ5〜200μmのポリイミド、ポリエチレン等の高分子材料シートを用いる。VDFオリゴマー層13には化学式CF3-(CH2CF2)n-CmH2m+1で表されnが5〜50、mが1〜10であるVDFオリゴマー、又はそのCmH2m+1基をハロゲン原子で置換したものを用いる。下部電極12及び上部電極14には、前述の金属蒸着膜、炭素蒸着膜、有機電極等を用いる。下部電極12及び上部電極14は基板11上の全面に形成されているが、それらを十分薄く形成することにより、センサ全体を可撓性とすることができる。
【0028】
この焦電型赤外線センサ10の動作は従来の焦電型赤外線センサと同様である。センサに赤外線が照射されるとVDFオリゴマー層13の温度が上昇し、その温度変化の大きさに比例してVDFオリゴマーの分極の大きさが変化する。この分極の変化により生じる下部電極12と上部電極14間の電圧の変化を検出することにより、VDFオリゴマー層13への赤外線の入射を検出する。
【0029】
この焦電型赤外線センサ10はその構成要素である基板11、下部電極12、VDFオリゴマー層13、上部電極14がいずれも可撓性を有し、例えば特許文献2に記載のSiから成る支持体のように可撓性のない構成要素を持たないため、所望の形状に変形させることができる。また、この焦電型赤外線センサ10は基板11が高分子材料から成り、Si等から成る基板や支持体よりも熱容量及び熱伝導率が小さいため、赤外線の検出精度を高めることができる。
【0030】
(2)複数に分割された上部電極及び/又は下部電極を有する焦電型赤外線センサの構成
図2は複数に分割された上部電極及び/又は下部電極を有する(a)焦電型赤外線センサ20A、(b)焦電型赤外線センサ20B及び(c)焦電型赤外線センサ20Cの縦断面図である。いずれも基板21は前記焦電型赤外線センサ10と同様、1枚のシート状となっているが、(a)では上部電極24Aのみが、(b)では下部電極22Bのみが、(c)では下部電極22Cと上部電極24Cの双方が、それぞれ複数に分割されている。
【0031】
これらの焦電型赤外線センサ20A、20B、20Cでは、分割された各上部電極24A、24C及び/又は下部電極22B、22Cを用いて、それぞれその電極の直上又は直下の位置におけるVDFオリゴマー層23の電圧を測定することができる。これにより、各電極毎に独立してVDFオリゴマー層23への赤外線の入射を検出することができる。即ち、これら焦電型赤外線センサ20A、20B、20Cは、全体でセンサのアレイを形成している。
【0032】
これらの焦電型赤外線センサ20A、20B、20Cでは、分割されていない電極22A、24Bは可撓性を有する必要があるが、分割された上部電極24A、24C及び下部電極22B、22Cについては、各分割電極自体は可撓性を持つ必要はない。電極間に隙間があるため、分割された各部分電極を総合した全体としての上部電極又は下部電極は可撓性を有し、センサ20A、20B、20Cとして可撓性を有するため、図2に示した3つの例も本願発明の技術範囲に属する。
【0033】
(3)本発明の焦電型赤外線センサの製造方法
図3に、本発明の焦電型赤外線センサの製造方法の一例を示す。まず、基板11として高分子材料シートを用意し、その表面に下部電極12を形成する(a)。下部電極12の形成には、例えば金属や炭素等から成るものを用いる場合には真空蒸着法を、有機電極を用いる場合にはスピンコート法等の湿式法を用いることができる。
次に、下部電極12を形成した基板11を-100℃以下に冷却し、真空蒸着法により下部電極12の上にVDFオリゴマー層13を形成する(b)。この冷却により、VDFオリゴマーの分子鎖の向きを基板に平行に配向させることができ、このような配列構造をとることによって、強誘電性及び焦電性を発現しやすい状態にすることができる。
その後、冷却を終了し、VDFオリゴマー層13の上に上部電極14を形成する(c)。最後に、下部電極12と上部電極14の間に直流電圧又は交流電圧を印加することにより、VDFオリゴマー層13に垂直な方向に電界を形成する(d)。VDFオリゴマーの分子鎖は前述のように基板に平行に配向しているため、電界は分子鎖に垂直な方向に印加される。そして、VDFオリゴマーの分極方向は分子鎖に垂直な方向であるため、この電界印加により、VDFオリゴマー層13にはこの層に垂直な方向の自発分極が形成される(ポーリング)。ここまでの処理により、焦電型赤外線センサ10が完成する。
【0034】
図2(a)〜(c)に示した上部電極24A、24C及び/又は下部電極22B、22Cを有する焦電型赤外線センサを製造する場合には、図3(a)及び/又は(c)の工程において、形成しようとする分割電極に対応する位置に孔を設けたマスクを用いて真空蒸着を行えばよい。
【0035】
なお、図3(d)に示した工程において、上部電極と下部電極に電源を接続して電界を印加する代わりに、別途、ポーリング処理用の電極を用いてVDFオリゴマー層13に電界を印加してもよい。
【0036】
(4)本発明の焦電型赤外線センサを変形させた例
図4に、円筒状に成形した焦電型赤外線センサの例を示す。(a)に示した焦電型赤外線センサ30Aは図1に示した焦電型赤外線センサ10を円筒状に成形したものであり、下部電極32及び上部電極34は共に全面に一体で設けられている。(b)に示した焦電型赤外線センサ30Bは、図2(a)に示した焦電型赤外線センサ20Aを円筒状に成形したものであり、下部電極32は全面に一体で設けられ、上部電極34Bは複数に分割されている。いずれも、円筒の内側に基板31を、外側にVDFオリゴマー層33を有しており、円筒の外側にある赤外線放射体を検出する。
円筒状の焦電型赤外線センサ30A、30Bは、その周囲の全方向から入射する赤外線を漏れなく検出することができる。また、電極を分割した焦電型赤外線センサ30Bでは、複数の上部電極34Bの各々において下部電極32との間の電圧の変化を測定し、その検出強度分布を特定することにより、赤外線源の存在する方向やその運動を決定することができる。
なお、図4では円筒の内側に基板31を、外側にVDFオリゴマー層33を配置した例を示したが、逆に、円筒の外側に基板31を、円筒の内側にVDFオリゴマー層33を配置してもよい。このようなセンサを例えば小型製造物(ワーク)の落下経路や飛行経路を囲うように配置することにより、ワークの移動やその速度、正規経路からのズレ等を検出するセンサとして使用することができる。また、円筒の内側に液体や気体の流路を配してもよい。これにより、流路を通過する液体や気体の温度変化を検知するセンサとして使用することができる。
【0037】
図5に、図1の焦電型赤外線センサ10を湾曲させて成る湾曲型焦電型赤外線センサ40Aを示す。図5(a)は湾曲型焦電型赤外線センサ40Aの平面図、(b)及び(c)はその縦断面図である。この湾曲型焦電型赤外線センサ40Aは、基板41Aを略円形に形成し、その周囲を剛性を有する輪45で固定したものである。下部電極42A及びVDFオリゴマー層43Aは1枚のシート状であり、上部電極44Aは分割電極である。
この湾曲型焦電型赤外線センサ40Aでは、湾曲したVDFオリゴマー層43Aの曲面により形成される焦点と点光源の位置が近づく程、各分割電極における赤外線の入射量のばらつきが小さくなる。これを利用して、湾曲型焦電型赤外線センサ40Aを移動させながら(即ち、前記焦点を移動させながら)赤外線の入射量を測定し、各分割電極毎のばらつきが最小になる位置を求めることにより、点光源の位置を推定することができる。
【0038】
図6に、湾曲の曲率を変化させる手段を設けた焦電型赤外線センサ50を示す。(a)は焦電型赤外線センサ40Bの平面図であり、(b)は焦電型赤外線センサ40Bを湾曲させた状態を示す縦断面図である。この例では、基板41B、下部電極42B、VDFオリゴマー層43B及び上部電極44Bには湾曲型焦電型赤外線センサ40Aと同様のものを用いる。湾曲手段は基板41Bの周囲に複数配置されたアクチュエータ46から成る。各アクチュエータ46は基板41Bをその周囲からその中心方向に向かって押圧する。このアクチュエータ46による押圧力を調整することにより、基板41B、下部電極42B、VDFオリゴマー層43B及び(全体としての)上部電極44Bの曲率を変化させることができる。なお、アクチュエータ46の押圧力を弱めると、基板41B自体の復元力により自然に曲率が小さくなる。
基板41Bの曲率を変化させると、VDFオリゴマー層43Bの曲面により形成される焦点が変化する。そのため、湾曲型焦電型赤外線センサ40Aと同様に、曲率を変化させながら、即ち焦点の位置を変化させながら赤外線の入射量を測定し、全分割電極の測定量のばらつきが最小になる位置を求めることにより、点光源の位置を推定することができる。
【0039】
また、アクチュエータ46を用いてVDFオリゴマー層43B等の曲率を周期的に変化させることにより、各分割電極直下のVDFオリゴマー層43Bへの赤外線の入射量を周期的に変化させることができる。
従来、赤外線センサを用いて静止した熱源の温度を測定する場合には、焦電電流を発生させるために、光チョッパにより赤外線の入射のON/OFFを繰り返してその入射量に時間変化を与えることにより、焦電体に温度の時間変化を与えていた。本実施例の方法によれば、光チョッパを用いることなく、赤外線の入射量に時間変化を与えることができる。
【0040】
(5)光チョッパが不要な温度測定用赤外線センサの例
次に、光チョッパを用いる必要のない温度測定用焦電形赤外線センサの他の例を、図7を用いて説明する。この焦電形赤外線センサ50では、基板51は、基板に垂直な方向に分極した圧電体から成る高分子膜51Aと高分子膜51B、及びそれらの間に挟まれた可撓性のある振動制御電極55から成る。また、基板51の下には可撓性のある接地電極56が設けられる。基板51の上には、焦電形赤外線センサ10と同様に下部電極52、VDFオリゴマー層53及び上部電極54が配置される。振動制御電極55と下部電極52、及び振動制御電極55と接地電極56は、それぞれ下部電極52側及び接地電極56側が接地側になるように交流電源57に接続される。これら高分子膜51A及び51B、振動制御電極55、接地電極56、並びに下部電極52により、圧電バイモルフが形成されている。なお、下部電極52は焦電形赤外線センサ10等と同様に、VDFオリゴマー層53の温度変化により生じる上部電極54との間の電圧の測定にも用いられる。
この焦電形赤外線センサ50では、交流電源57を用いて振動制御電極55と下部電極52、及び振動制御電極55と接地電極56の間に交流電圧を印加すると、圧電横効果により高分子膜51Aと高分子膜51Bは膜に平行な方向に互いに逆位相で伸縮する。これにより、基板51及びその上に設けられたVDFオリゴマー層53等はそれらに垂直な方向に振動する。この振動により、VDFオリゴマー層53と熱源の距離が絶えず変化するため、静止した熱源から赤外線が入射する場合であってもVDFオリゴマー層53に温度の時間変化を与えることができる。そのため、焦電形赤外線センサ50では光チョッパを用いることなく静止した熱源の温度を測定することができる。
【0041】
(6)単位赤外線センサアレイ間を熱分離した焦電型赤外線センサの例
図8に、上部電極、下部電極、及びそれらに挟まれたVDFオリゴマー層を同一形態に分割した焦電型赤外線センサの他の例の上面図(a)及び縦断面図(b)を示す。この焦電型赤外線センサ60では、上下の各部分電極及びそれらにより挟まれたVDFオリゴマー層により単位赤外線センサが形成され、それら単位赤外線センサの配列(アレイ)により全体として焦電型赤外線センサを構成している。そして、この焦電型赤外線センサ60では、隣接する単位赤外線センサの間において基板61が除去され(除去領域65)、基板61が4個の単位赤外線センサの交点のみにおいて接続されることにより、赤外線センサ全体として一体性を保持している。本発明では基板に高分子材料を用いているため、基板61の一部の除去はマスキングによる溶剤処理や機械的な切除により容易に行うことができる。これにより、アレイを構成する各単位赤外線センサを熱的にほぼ完全に分離することができ、各単位赤外線センサの検出精度を高めることができる。
【0042】
(7)基板に集光レンズを設けた焦電型赤外線センサの例
図9に、基板71に、その外側に向けて多数の集光レンズを形成した焦電型赤外線センサ70A〜70Cを示す。焦電型赤外線センサ70A及び70Bでは、センサの外部側の基板71A及び71Bの表面に基板と同じ材料により、基板の外側に向けて凸部75が複数個形成されている。焦電型赤外線センサ70Bでは更に、VDFオリゴマー層73B側の基板71Bの表面に、凸部75の位置に対応して、基板70Bの内側に向かって凹部76が形成されており、これに合わせてVDFオリゴマー層73Bも基板70B側に凸になるように形成されている。焦電型赤外線センサ70Cでは、センサの外部側の基板71Cの表面に、鋸歯を同心円状に多数形成して成るフレネルレンズ77が複数個形成されている。これら基板71A〜71Cはいずれも測定対象の赤外線を透過する材料から成る。下部電極72A〜C及び上部電極74A〜Cはいずれも、凸部75又はフレネルレンズ77に対応して配置された分割電極から成る。
この焦電型赤外線センサ70A〜Cでは、基板71側から赤外線を入射させることにより、凸部75又はフレネルレンズ77により、それらがない場合よりも狭い領域に赤外線が集光されるため、その領域でのVDFオリゴマーの温度変化が大きくなり、赤外線の検出精度が高まる。
【0043】
図10に、焦電型赤外線センサ10について、赤外線を照射した(OFF→ON操作)時及び赤外線の照射を停止した(ON→OFF操作)時にVDFオリゴマー層に誘起される誘起電荷量を電圧として測定した結果を示す。この実験では、基板11にはポリイミドを、下部電極12及び上部電極14にはCrを、それぞれ用いた。図10には比較例として、ポリイミド基板の代わりに石英から成る基板を用いた焦電型赤外線センサについても同様の測定を行った結果を示す。なお、この実験では黒体炉(500℃)から放射される赤外光を使用した。図10の横軸は時間である。この実験結果より、OFF→ON操作、ON→OFF操作のいずれにおいても、比較例よりも本実施例の方が出力電圧の絶対値が大きく、応答が速いことが明らかになった。
【符号の説明】
【0044】
10、20A、20B、20C、30A、30B、40A、40B、50、60、70A、70B、70C…焦電型赤外線センサ
11、21、31、41A、41B、51、61、71A、71B、71C…基板
12、22A、22B、22C、32、42A、42B、52、62、72A、72B、72C…下部電極
13、23、33、43A、43B、53、63、73A、73B、73C…VDFオリゴマー層
14、24A、24B、24C、34、34B、44A、44B、54、64、74A、74B、74C…上部電極
45…輪
46…アクチュエータ
51A、51B…圧電体高分子膜
55…振動制御電極
56…接地電極
65…除去領域

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10