特許第5730189号(P5730189)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5730189
(24)【登録日】2015年4月17日
(45)【発行日】2015年6月3日
(54)【発明の名称】被膜除去法および被膜除去液
(51)【国際特許分類】
   C23F 1/00 20060101AFI20150514BHJP
【FI】
   C23F1/00 103
【請求項の数】9
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2011-506589(P2011-506589)
(86)(22)【出願日】2009年4月9日
(65)【公表番号】特表2011-520033(P2011-520033A)
(43)【公表日】2011年7月14日
(86)【国際出願番号】EP2009002631
(87)【国際公開番号】WO2009132758
(87)【国際公開日】20091105
【審査請求日】2012年2月22日
(31)【優先権主張番号】61/049,890
(32)【優先日】2008年5月2日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】598051691
【氏名又は名称】エリコン・サーフェス・ソリューションズ・アクチェンゲゼルシャフト,トリュープバッハ
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】アンドレオーリ,タマラ
(72)【発明者】
【氏名】ラウヒ,ウド
【審査官】 長谷部 智寿
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭49−065336(JP,A)
【文献】 特表2007−519825(JP,A)
【文献】 特開昭47−034027(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23F 1/00−1/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化タングステンからなる工作物から被膜系を剥離するための、過マンガン酸カリウムKMnOを含んだアルカリ水溶液として形成された被膜除去液であって、
前記被膜系は、少なくとも1つの被膜を含み、前記被膜は、金属AlCr,TiAlCr,その他のAlCr合金,それらの窒化物,それらの炭化物,それらのホウ化物,それらの酸化物,それらの組み合わせ,酸化アルミニウムのうちの少なくともいずれか1つを含むものであり、
前記水溶液は3〜8重量パーセントのKMnOと、6〜15重量パーセントのアルカリ成分とを含むことを特徴とする被膜除去液。
【請求項2】
前記水溶液は4重量パーセントのKMnOと、8〜11重量パーセントのアルカリ成分とを含むことを特徴とする請求項1記載の被膜除去液。
【請求項3】
前記アルカリ成分はKOHまたはNaOHによって形成されることを特徴とする請求項1または2記載の被膜除去液。
【請求項4】
前記水溶液のpH値は13超であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の被膜除去液。
【請求項5】
化タングステンからなる工作物から被膜系を剥離するための方法であって、
前記被膜系は、少なくとも1つの被膜を含み、前記被膜は、金属AlCr,TiAlCr,その他のAlCr合金,それらの窒化物,それらの炭化物,それらのホウ化物,それらの酸化物,それらの組み合わせ,酸化アルミニウムのうちの少なくともいずれか1つを含むものであり、
前記工作物は請求項1記載の被膜除去液に浸漬され、同所に所定の時間だけ留置されて処理されることを特徴とする方法。
【請求項6】
前記被膜除去液は15〜30℃の室温を有することを特徴とする請求項5記載の方法。
【請求項7】
さらに、前記被膜系の剥離後に、前記工作物の表面処理を含んだ少なくとも1つの後処理段階が設けられることを特徴とする請求項5または6に記載の方法。
【請求項8】
さらに、前記被膜系の剥離前に、前記工作物の表面処理を含んだ少なくとも1つの前処理段階が設けられることを特徴とする請求項5〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記表面処理は、洗浄、浄化、超音波浴処理、乾燥、吹付け、研磨、熱処理のうちの少なくともいずれか1つの処理法であることを特徴とする請求項7または8記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作物とくに硬質被膜で被覆された工作物および要素部品からの湿式化学被膜除去分野に関する。この場合、特に重視されるのは、酸化物とりわけアルミニウムクロム酸化物を含んだ硬質被膜(AlCrOコーティング)の除去である。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
金属加工においては、長年来、被膜被覆された工具を使用するのが通例となっているが、それは被膜被覆された工具は被膜被覆されていない工具に比較して数多くの点で優れた特性すなわち−高温使用耐性、切削速度の向上、耐久寿命の長期化、エッジ安定性、耐食性など−を有しているからである。ただし、摩耗防止ならびに硬度の点で最適化された被膜は、同等な使用条件に曝露され、それゆえ、同じくそうした特性を必要とするその他の要素部品にも使用される。その種の例とは、軸受部品および、自動車工業用の要素部品たとえば被膜被覆されたピストン、燃料噴射ノズルなどである。
【0003】
ただし、被膜被覆と平行して、この場合とりわけ、被膜に欠陥を生じた部品あるいは−被膜除去され、再加工され、新たに被膜被覆されるべき工具−の場合に、被膜除去の問題が生ずる。
【0004】
多様な使用要件からして一連の特異な被膜および被膜系が結果として得られるが、これらはまたさまざまな被膜除去要件をも招来することになる。被膜除去は経済的(速やかに実施され、複雑な装置を要さず、消費材料が安価であり、できるだけ多様な被膜に適用可能)であると共に安全(危険物の使用ができる限り少なく)かつ環境適合的でなければならず、さらになかんずく、被膜を担持する当該工具および要素部品は被膜除去による損傷を蒙ってはならない。
【0005】
背景技術
従来の技術から、特にチタン含有コーティングたとえばTiN,TiCN,TiAlN向けに、数多くのタイプの湿式化学被膜除去法ならびに除去液が知られている。これらの大半は安定剤を含んだ過酸化水素をベースとしている。欧州公開公報第1029117号[EP1029117]明細書は、過酸化水素、塩基および少なくとも1種の酸または酸の塩が使用される被膜除去法を提案している。
【0006】
ドイツ特許第4339502号[DE4339502]明細書は、とりわけTiAlNコーティングで被覆された硬質合金基材の非破壊式被膜除去を開示している。該文献によれば、従来の方法に比較して、常用の錯形成剤および安定剤、腐食防止剤の他に、その他の助剤も使用され、溶液は、その他の反応剤と連携して工作物からのCoの脱離を阻止するpH値に標定されるという利点が述べられている。ただし、この溶液の短所は、TiAlNおよびその他のコーティングの除去に比較的長い時間が要されること、化学薬品使用量が比較的多いことおよびそれに起因してコストが割高なこと、(正確に遵守されなければならないために)配合および反応条件が比較的複雑であることならびにフッ素含有反応剤が使用されることである。
【0007】
国際公開第2005/073433号[WO2005/073433]パンフレットには、被膜除去挙動を改善するためにクロムまたはアルミニウム含有被膜を基材に被着させ、こうして、当該工作物を強力な酸化剤を含んだアルカリ溶液たとえば過マンガン酸塩溶液で被膜除去することが提案されている。特に、過度のアルカリ性環境に敏感な硬質合金から被膜を剥離しようとする場合には、たとえば約20〜50g/lの高い過マンガン酸塩濃度にて、pH値を約7に設定して被膜を剥離することが提案されている。アルカリ溶液に不感な工作物たとえばスチール基材およびその他の多くの鉄含有合金からの被膜除去には、より高い9〜14のpH域が推奨され、その際には、より低い、たとえば10〜30g/lの過マンガン酸塩濃度で、室温(約15〜30℃)でも15〜60分以内に2〜10μmの厚さのAlCrN被膜を完全に除去するのに十分である。上記文献には、過マンガン酸塩濃度が30g/lを超える場合には、被膜除去速度はさらに高まる旨が述べられている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
発明の目的
ただし、実際には、国際公開第2005/073433号パンフレットにおいて提案された溶液−たとえば、20g/l NaOHと20g/l KMnOとを主成分とする実施例5−は最新のAlCrNコーティングたとえば市場において公知のBalinit Alcronaコーティングには最適ではないことが判明した。これらの被膜は1000℃を超える最高使用温度を可能とするために、実際の使用状況に応じ、酸素がAlCrNコーティング中に沈積し、それによって被膜は圧縮されると推定される。そのために、被膜除去挙動は著しく悪化する。
上記の実施例5の溶液でまったく被膜除去不能なAlCrO(アルミニウムクロム酸化物)コーティングの場合にも、基本的に同じ問題が生ずる。
さらに、強アルカリ溶液に対して硬質合金が敏感であるために、この分野の硬質コーティングに対するスチールおよび硬質合金向けの経済的な汎用被膜除去液は達成不能である旨が公知であった。
【0009】
そこで本発明の目的は、工作物自体を実質的に損傷させることなく、工作物から少なくともAlCr,AlCrNおよび/またはAlCrOからなる硬質被膜を経済的な方途で除去することを可能にする被膜除去法および被膜除去液を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明の概要
本発明によれば、前記目的は、工作物から被膜系を剥離するための材料混合物によって達成される。その際、この材料混合物は、3〜8重量パーセントのKMnO、好ましくは3〜5重量パーセントのKMnOと同時に、6〜15重量パーセント、好ましくは6〜12重量パーセントのアルカリ成分を有するアルカリ水溶液として表すことができる。好ましい実施形態において、この溶液は4重量パーセントのKMnOを含み、同時に、アルカリ成分は8〜11重量パーセント、好ましくは10重量パーセントを占めている。このアルカリ成分は、1実施形態において、KOHまたはNaOHによって形成され、溶液のpH値は13超、好ましくは13.5超である。
【0011】
本発明による方法に付されるべき工作物は、工作物に被着された、少なくとも1つの被膜を含む被膜系を有し、この被膜はまた以下の材料すなわち−金属AlCr,TiAlCrならびにその他のAlCr合金;またはそれらの窒化物、炭化物、ホウ化物、酸化物のいずれかおよびそれらの組み合わせならびに酸化アルミニウム−のうちの少なくともいずれか1つを有している。この被膜系を剥離するための本発明による方法によれば、工作物は前述した被膜除去液に浸漬され、同所で所定の時間にわたって処理される。この溶液は処理の間、たとえば攪拌によるか工作物自体の運動によって被動されてよい。処理は好ましくは室温たとえば15〜30℃にて行われるが、ただし、たとえば60〜70℃までのより高い温度で行われてもよい。
【0012】
さらに、たとえば化学的または機械的表面処理を含んだ前処理段階および後処理段階を設けることができる。これには以下の処理法すなわち−洗浄、浄化、超音波浴処理、乾燥、吹付け、研磨、熱処理−のうちの少なくともいずれか1つが含まれる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
実験結果
以下ではさまざまな略号が使用される。材料1.2379,ASP2023(1.3343),1.2344,SDK(1.3344)およびQRS(1.2842)は、高合金鋼および高速度鋼を含むさまざまな種類のスチールを表している。TTX,THMおよびTTRは、組成の異なる炭化タングステンからなるスローアウェイチップを表している。「Helica」は、市場において商品名Balinit(登録商標)Helicaで知られているAlCrベースの被膜材料を表している。「Alcrona」は、市場においてBalinit(登録商標)Alcronaとして知られているAlCrNコーティングを表している。
【0014】
被膜除去液としては以下が使用された:
− 2%KMnOおよび2%NaOHを含んだ上述した従来の技術による溶液。以下では2K/2Naと称する。
− 4%KMnOおよび10%NaOHを含んだ本発明による第1の溶液。以下では4K/10Naと称する。
− 4%KMnOおよび10%KOHを含んだ本発明による第2の溶液。以下では4K/10Kと称する。
【0015】
テスト1:効果
それぞれ50mLの溶液中で何個の被検品が完全に被膜除去されることができたかを示している。
【0016】
【表1】
【0017】
テスト2:基材への影響
重要な判定基準は、さらに、溶液がそれぞれのベース材料および工作物の表面をどの程度激しく攻撃するかという点である。以下の表には、それぞれの溶液に1時間曝露された無コーティング被検品はいかなる表面組成を有しているかが示されている。比較のために、2K/2Na溶液の値も記載されている。被検品の表面の一定の元素の割合はEDX(エネルギー分散型X線分光、材料分析化学の1方法)で測定された。
【0018】
【表2】
【0019】
【表3】
【0020】
【表4】
【0021】
【表5】
【0022】
【表6】
【0023】
【表7】
【0024】
テスト3:被膜除去時間
これについては、さまざまな被検品およびさまざまな被膜につき、標準化された比較可能な条件下で被膜除去時間が求められた。表は、厚さ4μmの被膜が何時間(何分)で工作物から完全に除去されるかを示している。
【0025】
【表8】
【0026】
テスト4:WC/Cの被膜除去
高炭素成分を有する厚さ0.8μmの炭化タングステンコーティング被覆された被検品(ピストン)が4K/10Naおよび4K/10Kによって被膜除去された。4K/10Kによる12時間の作用時間後に被検品は被膜除去されていたが、4K/10Naによる場合においてはまだ被膜除去未了であった。
【0027】
テスト5:硬質合金の剥削
被検品(直径8mmの2リップ硬質合金フライス、被膜Alcrona)が被膜除去溶液に30分にわたって曝露され、その後に、吹付け機F500によって3barにて吹付けが行われた。その後に、該工具は新たにコーティング、被膜除去、測定等に付された。以下の表はμmレベルでの剥削を示している。
【0028】
【表9】
【0029】
結果:
従来の硬質合金および焼結超硬金属は強化相として90〜94%の炭化タングステンと結合剤/結合相として6〜10%のコバルトとからなっている。焼結プロセスに際して、結合剤は(炭化物に比較して)融点が低いために溶融し、炭化物粒子を結合する。さらに、Ni,CoまたはMoからなる結合相と共に、炭化タングステン以外にさらにTiC(炭化チタン)、TiN(窒化チタン)またはTaC(炭化タンタル)を含んだ材料変種が存在する。サーメットと称されるこれらの硬質合金の例は本出願中に挙げられているTTXおよびTTR材料(TTX:60%WC,31%TiC+Ta(Nb)C+9%Co)である。
【0030】
したがって、被膜除去プロセスに際しては、とりわけ結合相の維持が重大であり、被膜除去液が工具自体を溶解してはならない。そのために、従来の技術も、硬質合金からの硬質被膜の剥離に際して強アルカリ性環境を回避することを提案している。
【0031】
上記のテストが証明しているように、硬質合金を強アルカリ被膜除去液に曝露しないことという斯界の先入見にもかかわらず、その種の溶液を挙げることが可能である。4K/10Naおよび4K/10Kはいずれも13超のpH値を有するが、それにもかかわらず、1つのケース(4K/10Kの場合のTTX)を除いて、表4〜5に示した硬質合金被検品のコバルト結合相の損傷度は従来の技術による溶液2K/2Naに比較して著しく僅かである。
【0032】
表7は、溶液4K/10Naおよび4K/10Kの初回適用時には確かに、従来の技術による溶液に比較して、より強度の基材剥削が生ずることを示している。ただし、時間と相関させてみれば、特に溶液4K/10Kに起因する剥削の程度は4K/10Naに比較してごく僅かに高いにすぎないことが判明する。これは、そもそも水酸化カリウムの割合が高ければ、水酸化ナトリウムを含むその他の点では同等な溶液に比較して、ベース材料はより激しく攻撃されるはずであることに鑑みれば、驚異的である。
【0033】
解明仮説として以下の考察が有用であろう:すなわち、溶液4K/10Kの作製に際し、水酸化アルカリを多く含む過マンガン酸塩溶液中の反応により、新鮮な沈積物中に、マンガン酸塩(VI)の生成の証左である緑色の結晶が生成される。この結晶は被膜除去液の使用時に再び溶解する。
したがって、これにより新鮮な溶液から過マンガン酸塩が奪われる反応を経てマンガン酸塩(VI)が生成し、これによって当業者が本来予測していた4K/10Kの高い攻撃性が低下すると推定することができる。使用中にマンガン酸塩(VI)の結晶は再び溶解し、したがって、一方で、溶液中に酸化剤として直接に供されている。他方、苛性カリ液中でさらに別の反応も行なわれて過マンガン酸塩が生じ得る。換言すれば、被膜除去液4K/10Kは使用中におのずから再生される。この仮説は表7ならびに表1の実験所見によって裏付けられる。
【0034】
スチールへの適用に際する状態像はより不統一的であるが、ただしこの場合にも、本発明による溶液の攻撃性は化学的組成から予測されるよりも選択的に低下している旨を確認することができる。
【0035】
効果に関していえば、表1は、本発明による溶液は平均して2倍の効果を有し、作用時間の有意な短縮を可能にすることを示している(表6)。
【0036】
公知のように、剥離プロセスに際して、過マンガン酸塩溶液から軟マンガン鉱が沈殿する。したがって、場合により、湿式化学被膜除去後にMnO残滓を工作物表面から取り除く必要が生ずることがある。これは周知の如く、超音波浴によって行うことができるが、その際、弱酸または酸性から弱アルカリ性までの緩衝液を後処理に援用することが可能である。