【文献】
Can. J. Chem. (1965) vol.43, no.11, p.3103-3105
【文献】
JOHNSON EC., et al.,Insights into the mechanism and catalysis of the native chemical ligation reaction,J. Am. Chem. Soc.,2006年,vol.128, no.20,p.6640-6646
【文献】
OKAMOTO R., et al.,Efficient substitution reaction from cysteine to the serine residue of glycosylated polypeptide: rep,J. Org. Chem.,2009年 5月,vol.74, no.6,p.2494-2501
【文献】
BRASK J., et al.,Fmoc solid-phase synthesis of peptide thioesters by masking as trithioortho esters,Org. Lett.,2003年,vol.5, no.16,p.2951-2953
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
タンパク質の合成には、生合成、化学合成、無細胞合成など種々の方法が知られている。生合成方法では、大腸菌等の細胞内を利用して、合成を目的とするタンパク質をコードするDNAを細胞内に導入し発現させることにより、タンパク質を得る。化学合成は、アミノ酸を有機化学的に順番に結合させることにより、目的のタンパク質を合成する。また、無細胞合成は、大腸菌などの各種細胞内に存在する酵素等を利用して、無細胞的にタンパク質を合成する。これらの方法は、タンパク質の使用目的や、サイズ、付加する性質等によって適宜、使い分けられたり、組み合わせられる。
【0003】
アミノ酸配列の中間部分に、糖鎖や脂質などの特定の修飾を均一に有するタンパク質を合成するためには、現在のところ、あらかじめ糖鎖や脂質などで修飾されたアミノ酸を用いて、その周辺のペプチド鎖を化学合成する方法が用いられている。
ペプチド鎖を化学合成する方法としては、主に固相合成法が用いられる。しかし固相合成法によって得られるペプチド鎖は、一般的に短鎖であり、長くとも50残基程度である。
【0004】
このため修飾を有する長鎖のペプチド鎖を合成するためには、短いペプチド鎖を別々に調製後、これらを連結する方法が主に用いられている。ペプチド鎖連結手法としては様々な手法が報告されているが、広く用いられている方法の一つが天然型化学的ライゲーション法(Native Chemical Ligation、NCL法)である。NCL法は、無保護のペプチド鎖同士でも行うことができ、連結部位(ライゲーション部位)に天然アミド結合(ペプチド結合)を生成するための有用な方法であることが知られている(例えば、特許文献1)。NCL法は、C末端にαカルボキシチオエステル部分を有するようにした第1のペプチドとN末端にシステイン残基を有する第2のペプチドとの化学選択反応であり、システインの側鎖のチオール基(SH基、スルフヒドリル基ともいう)がチオエステル基のカルボニル炭素に選択的に反応し、チオール交換反応により、チオエステル結合初期中間体が生成する。この中間体は、自発的に分子内転位して、連結部位に天然アミド結合を与え、一方、システイン側鎖チオールを再生させる。
この方法は、無保護のペプチドを用い緩衝溶液中で混合するのみで、ペプチド結合を介して二つのペプチド鎖を連結することのできる手法である。NCL法はペプチドのように数多くの官能基を有した化合物同士の反応であっても、選択的に一方のペプチドC末端と他方のペプチドN末端を連結することができる。このような点から、タンパク質を化学合成するためにはいかにNCL法を利用するかが重要になる。
【0005】
しかしNCL法の利用における問題点として、原料として必要な、C末端にαカルボキシチオエステル部分を有するペプチドチオエステル体の調製が挙げられる。ペプチドチオエステルの調製法には様々な方法が報告されているが、一般に固相合成法を基盤とした、二つのタイプに分類することができる。
【0006】
一つ目は、樹脂上にペプチドチオエステルを構築する方法である。この方法はペプチド構築後樹脂からのペプチド鎖の切断とともにペプチドチオエステルを得ることができる(e.g. Boc固相合成法、Fmoc固相合成法)。二つ目は、チオエステルに等価なリンカーを介してペプチド鎖を固相上に構築する方法である(Safety Catch linker,Fujii method,Dawson Method,Mercapto propanol method,Kawakami method,Danishefsky method,Hojo method,Aimoto method,etc.)。この方法は、リンカーによって適切な処理を行い構築したペプチド鎖C末端を活性化した後、ペプチド鎖をthiolysisすることでチオエステルを得る方法である(非特許文献1)。
【0007】
これら以外にも固相合成によって側鎖が保護されC末端のカルボキシル基のみが遊離であるような保護ペプチドを合成した後に、適当な縮合条件にてチオエステル化する方法も報告されている(例えば、特許文献2)。いずれの方法も確立された方法であり、過去の様々なタンパク質合成において用いられてきた。しかし、いずれの手法も、固相合成法の制限に束縛されるため、合成できるペプチドチオエステル体のサイズが制限されてしまう。さらに、リンカーを用いる手法では非天然型のアミノ酸誘導体や、特別な誘導体を別途化学合成しなければならず、必ずしもその手順は簡便であるとはいえない。
【0008】
固相合成法によるチオエステル化の制限を解決した方法にIntein法がある(非特許文献2)。これは細胞により生合成されたポリペプチドフラグメントをチオエステル体として得ることのできる方法である。Intein法では特定のタンパク質配列で起こるタンパク質スプライシング機能を利用することで、ペプチド鎖のチオエステル化を行い、ポリペプチド鎖をチオエステル体として得る。この方法の有用点は長鎖のペプチドチオエステルを得ることができる点である。この手法と化学合成法との組み合わせによって、これまで合成することが困難と考えられてきたような大型の被修飾タンパク質でも合成が可能になってきた(非特許文献3)。ポリペプチド鎖を発現し、得る方法はすでに膨大な研究が成されており、生物学の基本技術として十分確立されている。
【0009】
しかし、Intein法を用いる場合は、ポリペプチドを発現させるのみではなく、タンパク質スプライシングを機能させるために、標的となるペプチド配列が必要であり、また必ず発現したインテイン複合タンパク質がフォールディングし、固有の三次元構造をとらなければならない。このため、発現させるポリペプチド配列によっては、必ずしもペプチドチオエステルが得られず、常に十分な条件の最適化が伴い、作業的な煩雑さが付随する。
【0010】
一方、ペプチドの切断方法としては、ペプチド中のシステイン残基のSH基に化合物を反応させることにより前記システイン残基の位置でペプチド鎖を切断する方法や(非特許文献4、5)、リンカーを用いて固相に結合しているペプチドを切断する方法が知られている(非特許文献6、7)。また、臭化シアン(CNBr)を用いて、メチオニン残基のC末端側のペプチド結合を切断する方法が知られている。しかし、これらはペプチド断片をチオエステル体として得る方法ではない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記背景技術に示されるような、ペプチドチオエステル化法では、チオエステル化できるペプチドが固相合成されたペプチド鎖や、タンパク質スプライシングの標的となるペプチド鎖に限られる。これはいずれの手法も非天然型のアミノ酸誘導体や、リンカー、特定の三次元構造等を必要とするためである。
【0014】
そこで、本発明は、ポリペプチド鎖を化学的にペプチドチオエステル体へと変換する新規な方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、ペプチド配列中の天然のアミノ酸残基を標的として、選択的にペプチドC末端を活性化する方法が必要であると考えた。このような方法であれば、生合成等のどのような方法で得られたペプチドであっても、選択的にペプチド鎖を活性化し、チオエステル化を行うことが可能である。
【0016】
そこで、本発明者らは、天然型アミノ酸の中でも特殊な含硫アミノ酸であるシステイン残基に注目した。そして、下記の図に示すように、システイン残基のチオール基に、−C(=X)−R
1基を導入し、これに対して、有機溶媒中で−NH−C(=Y)NHR
3で表わされる脱離基を有する化合物を反応させることで、システイン残基のN末端側のペプチド結合のカルボキシル基に−NH−C(=Y)NHR
3基が付加し、前記ペプチド結合が切断され、C末端側のペプチド断片が切除されることを見出した。さらに、この−NH−C(=Y)NHR
3基が付加したペプチド鎖に緩衝溶液中にてチオール化合物を反応させることで、−NH−C(=Y)NHR
3基が結合しているカルボニル炭素に対して、前記チオールのチオール基が結合し、前記−NH−C(=Y)NHR
3基が脱離するというチオールとの交換反応により、ペプチドチオエステルへと変換できることを見出した。
【0017】
上記の一例として、具体的には、まずシステイン残基のチオール基にチオノフォルメート基を導入した。そして、このチオノフォルメート基に対して有機溶媒中でN−アセチルグアニジンを反応させることで、システイン残基のN末端側でペプチド鎖の切断が生じ、C末端がN−アセチルグアニジド化されたペプチド鎖を得た。さらに、このN−アセチルグアニジド化されたペプチド鎖は緩衝溶液中にてチオールR
4−SHと反応し、ペプチドチオエステルへと変換した。
【0018】
また、上記で得られた、C末端がN−アセチルグアニジド化されたペプチド鎖、および、ペプチドチオエステル体が、NCL法に利用可能であることを見出した。
【0019】
【化1】
【0020】
即ち、本発明は、具体的には以下の〔1〕〜〔14〕を提供するものである。
〔1〕
ペプチドチオエステル体の製造方法であって、以下の工程(a)〜(c):
(a)システイン残基を有するペプチド鎖において、前記システイン残基のチオール基に、以下の式(I):
【化2】
[式中、
Xは硫黄原子または酸素原子であり、
R
1及びR
2は、脱離基である。]
で表わされる化合物Aを反応させることによりR
2を脱離させ、第1中間体を作製する工程;
(b)有機溶媒中で、前記第1中間体に以下の式(II):
【化3】
[式中、
Yは酸素原子、硫黄原子、または、NH基であり、
R
3は、水素原子、アシル基、または、アルコキシカルボニル基である。]
で表わされる化合物Bを反応させ、前記システイン残基のN末端側に隣接するアミノ酸との間のペプチド結合を形成するカルボキシル基に−NH−C(=Y)NHR
3基を付加し、前記ペプチド結合を切断することにより、切断された前記ペプチド結合よりもN末端側のペプチド断片を第2中間体として得る工程;及び
(c)前記第2中間体にチオールを反応させて、C末端の−NH−C(=Y)NHR
3基とチオール基とを交換させることにより、第2中間体のC末端をチオエステル化する工程
を含む、方法。
〔2〕
Xが硫黄原子である前記〔1〕に記載の方法。
〔3〕
R
1が、−O−C
6アリール基である前記〔1〕または〔2〕に記載の方法。
〔4〕
R
2が、ハロゲン原子または置換もしくは非置換の−S−C
6−10アリール基である前記〔1〕から〔3〕のいずれかに記載の方法。
〔5〕
YがNH基である、前記〔1〕から〔4〕のいずれかに記載の方法。
〔6〕
R
3が、アセチル基である、前記〔1〕から〔5〕のいずれかに記載の方法。
〔7〕
前記工程(c)において、前記チオールが以下の式(III);
R
4−SH (式III)
[式中、R
4は、置換もしくは非置換のベンジル基、置換もしくは非置換のアリール基、および、置換もしくは非置換のアルキル基から選択されるいずれか一つの基である。]
で表わされるチオールである、前記〔1〕から〔6〕のいずれかに記載の方法。
〔8〕
ペプチド鎖が、組換えタンパク質である、前記〔1〕から〔7〕のいずれかに記載の方法。
〔9〕
ペプチド鎖が、精製用タグを含む組換えタンパク質である、前記〔1〕から〔8〕のいずれかに記載の方法。
〔10〕
前記〔1〕から〔9〕のいずれかにに記載の方法で得られたペプチドチオエステル体と、N末端にシステインを有するペプチド鎖をライゲーション法により結合する工程を含む、ポリペプチドの製造方法。
〔11〕
前記〔1〕から〔9〕のいずれかにに記載のペプチドチオエステル体の製造方法に用いる第2中間体の製造方法であって、以下の工程(a)または(b):
(a)システイン残基を有するペプチド鎖において、前記システイン残基のチオール基に、以下の式(I):
【化4】
[式中、
Xは硫黄原子または酸素原子であり、
R
1及びR
2は、脱離基である。]
で表わされる化合物Aを反応させることによりR
2を脱離させ、第1中間体を作製する工程;
(b)有機溶媒中で、前記第1中間体に以下の式(II):
【化5】
[式中、
Yは酸素原子、硫黄原子、または、NH基であり、
R
3は、水素原子、アシル基、または、アルコキシカルボニル基である。]
で表わされる化合物Bを反応させ、前記システイン残基のN末端側に隣接するアミノ酸との間のペプチド結合を形成するカルボキシル基に−NH−C(=Y)NHR
3基を付加し、前記ペプチド結合を切断することにより、切断された前記ペプチド結合よりもN末端側のペプチド断片を第2中間体として得る工程
を含む、方法。
〔12〕
C末端に−NH−C(=Y)NHR
3基
[式中、Yは酸素原子またはNH基であり、
R
3は、水素原子、アシル基、または、アルコキシカルボニル基である。]
を有するペプチド鎖。
〔13〕
前記〔12〕に記載の、C末端に−NH−C(=Y)NHR
3基を有するペプチド鎖と、N末端にシステインを有するペプチド鎖をライゲーション法により結合する工程を含む、ポリペプチドの製造方法。
〔14〕
組換えタンパク質のC末端側に付加された精製用タグを除去する方法であって、以下の工程(a)〜(c):
(a)C末端に精製用タグを含む組換えタンパク質において、システイン残基のチオール基に、以下の式(I):
【化6】
[式中、
Xは硫黄原子または酸素原子であり、
R
1及びR
2は、脱離基である。]
で表わされる化合物Aを反応させることによりR
2を脱離させ、第1中間体を作製する工程;
(b)有機溶媒中で、前記第1中間体に以下の式(II):
【化7】
[式中、
Yは酸素原子、硫黄原子、または、NH基であり、
R
3は、水素原子、アシル基、または、アルコキシカルボニル基である。]
で表わされる化合物Bを反応させ、前記システイン残基のN末端側に隣接するアミノ酸との間のペプチド結合を形成するカルボキシル基に−NH−C(=Y)NHR
3基を付加し、前記ペプチド結合を切断することにより、切断された前記ペプチド結合よりもN末端側のペプチド断片を第2中間体として得る工程;及び
(c)前記第2中間体にチオールを反応させて、C末端の−NH−C(=Y)NHR
3基とチオール基とを交換させることにより、第2中間体のC末端をチオエステル化する工程
を含む、方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明により、ポリペプチド鎖を化学的にペプチドチオエステル体へと変換する新規な方法が提供された。
【0022】
本発明の方法は、従来のチオエステル化法に必要な、非天然型のアミノ酸誘導体やリンカー、または、特定の三次構造等を有さないペプチド鎖においてもチオエステル化が可能である。したがって、生合成などにより得られた長鎖のポリペプチド断片であっても、容易にチオエステル化することが可能となった。
【0023】
さらに、本発明の方法を従来のペプチド合成法と併用することにより、これまで合成が困難であったペプチドの一部分に修飾を有する長鎖ペプチドであっても、例えば、修飾を有さない部分は比較的長鎖を合成しやすい生合成法を用いてフラグメントを作成し、修飾を有する部分は固相合成法を用いてフラグメントを作成し、これらを連結することによって簡便に製造することが可能である。
【0024】
より具体的には、修飾が糖鎖であれば天然結合型の糖鎖を付加したアミノ酸を含む断片のみを化学合成し、その他の部分を生合成により調製して、本願の方法でチオエステル化し、連結することで、より長鎖の糖鎖ペプチドを簡便に製造可能である。
【0025】
また、リンカーを介してペプチド鎖に糖鎖等を後付けする方法が公知であり、これは生合成した長鎖ペプチドにも糖鎖の後付けが可能である。しかし、このリンカーを介した糖鎖結合方法は、特定のアミノ酸や構造を利用して糖鎖等を結合させるものである。したがって、例えば、糖鎖が結合可能な部位がペプチド中に複数存在する場合には、生合成により長鎖ペプチドを得た後に、所望の結合部位のみを含むペプチドフラグメントを長鎖ペプチドから切り出して糖鎖を付加し、本願のチオエステル化方法を用いて当該糖鎖付加ペプチドフラグメントをチオエステル化し、残りの部分と連結し直すことで、従来と比較してより簡便に部位選択的に糖鎖を付加することもできる。
【0026】
さらに、生合成においては、全長のタンパク質は正常に発現されても、ペプチドフラグメントの場合は細胞中でミスであると認識され、分解されるなど正常に発現されないこともありうる。全長タンパク質を生合成した後に、修飾をしたい部分のフラグメントのみを切りだして、必要な修飾等の処理を行ったうえで、本願の方法を用いて被修飾ペプチドフラグメントをチオエステル化し、残りの部分と連結し直し、所望の被修飾タンパク質を得ることも可能である。
以上のように、本発明のペプチドチオエステル化方法は、タンパク質の合成全般において有用である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。
【0028】
本発明は、新規なペプチドチオエステル体の製造方法であって、以下の工程(a)〜(c):
(a)システイン残基を有するペプチド鎖において、前記システイン残基のチオール基に、以下の式(I):
【化8】
[式中、
Xは硫黄原子または酸素原子であり、
R
1及びR
2は、脱離基である。]
で表わされる化合物Aを反応させることによりR
2を脱離させ、第1中間体を作製する工程;
(b)有機溶媒中で、前記第1中間体に以下の式(II):
【化9】
[式中、
Yは酸素原子、硫黄原子、または、NH基であり、
R
3は、水素原子、アシル基、または、アルコキシカルボニル基である。]
で表わされる化合物Bを反応させ、前記システイン残基のN末端側に隣接するアミノ酸との間のペプチド結合を形成するカルボキシル基に−NH−C(=Y)NHR
3基を付加し、前記ペプチド結合を切断することにより、切断された前記ペプチド結合よりもN末端側のペプチド断片を第2中間体として得る工程;及び
(c)前記第2中間体にチオールを反応させて、C末端の−NH−C(=Y)NHR
3基とチオール基とを交換させることにより、第2中間体のC末端をチオエステル化する工程
を含む、方法を提供する。
【0029】
本発明において、「ペプチド」とは、2以上のアミノ酸がアミド結合により結合しているものであれば特に限定されず、公知ペプチド及び新規ペプチド並びにペプチド改変体を含む。一般にタンパク質と呼ばれるものも、本発明においてはペプチド中に含むものとする。また、本発明においては「ポリペプチド」も、同様にペプチド中に含むものとする。本発明の方法に用いられるペプチド鎖は、天然のタンパク質であってもよいし、生合成、化学合成または無細胞合成等の方法によって得られたペプチド鎖であってもよい。
【0030】
本発明において、「ペプチド改変体」とは、ペプチドの自然変異体、翻訳後修飾体、又は人工的に改変した化合物を含む。そのような改変としては、例えば、ペプチドの1又は複数のアミノ酸残基の、アルキル化、アシル化(例えばアセチル化)、アミド化(例えば、ペプチドのC末端のアミド化)、カルボキシル化、エステル形成、ジスルフィド結合形成、グリコシル化、脂質化、リン酸化、水酸化、標識成分の結合等が挙げられる。
【0031】
本発明において、「アミノ酸」とは、その最も広い意味で用いられ、天然のアミノ酸、例えばセリン(Ser)、アスパラギン(Asn)、バリン(Val)、ロイシン(Leu)、イソロイシン(Ile)、アラニン(Ala)、チロシン(Tyr)、グリシン(Gly)、リジン(Lys)、アルギニン(Arg)、ヒスチジン(His)、アスパラギン酸(Asp)、グルタミン酸(Glu)、グルタミン(Gln)、トレオニン(Thr)、システイン(Cys)、メチオニン(Met)、フェニルアラニン(Phe)、トリプトファン(Trp)、プロリン(Pro)のみならず、アミノ酸変異体及び誘導体といったような非天然アミノ酸を含む。当業者であれば、この広い定義を考慮して、本発明におけるアミノ酸として、例えばL−アミノ酸;D−アミノ酸;アミノ酸変異体及び誘導体等の化学修飾されたアミノ酸;ノルロイシン、β−アラニン、オルニチン等生体内でタンパク質の構成材料とならないアミノ酸;及び当業者に公知のアミノ酸の特性を有する化学的に合成された化合物などが挙げられることを理解するであろう。
【0032】
本発明で、チオエステル化されるペプチド鎖は、システイン残基を含むペプチド鎖であれば、特に限定されない。例えば、ペプチド鎖の由来や合成方法、サイズ等は特に限定されない。また修飾や保護基を有していてもよい。
【0033】
本発明で使用されるペプチド鎖が含むシステイン残基数は特に限定されないが、システイン残基を標的としてペプチド鎖が切断される。したがって、システイン残基を有する箇所に応じて、最終的に合成するタンパク質の基本骨格を設計する必要があるが、当業者であればこのような設計は容易になし得る。また、複数個のシステイン残基を含むペプチド鎖において、所望のシステイン残基の位置のみでチオエステル化を行い、残りのシステイン残基が反応の影響を受けないように、所望のシステイン残基以外のシステイン残基をあらかじめ保護基等で保護しておいてもよい。このような保護基の例としてはAcm基などが挙げられる。
【0034】
また、本発明で使用されるペプチド鎖は、N末端側に脂溶性の保護基を有していてもよい。好ましい保護基としては、アセチル(Ac)基等のアシル基、t−ブチルオキシカルボニル(Boc)基、9−フルオレニルメトキシカルボニル(Fmoc)基、アリルオキシカルボニル(Alloc)基等のカルボニル含有基、アリル基、ベンジル基等を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0035】
本発明の方法に用いられるペプチド鎖は、天然のタンパク質であってもよいし、生合成、化学合成または無細胞合成等の方法によって得られたペプチド鎖であってもよいが、好ましくは菌体もしくは細胞内で発現された組換えタンパク質である。組換えタンパク質は人為的に菌体内もしくは細胞内で発現させる限り、天然のタンパク質と同じペプチド配列を有するものであってもよいし、変異や精製用のタグなどの修飾を有するペプチド配列を有するものであってもよい。
【0036】
本発明で用いる組換えタンパク質は、当業者に公知の方法によって調製が可能である。例えば、組換えベクターに目的の遺伝子を導入して発現させることができる。本発明で用いる組換えベクターとしては、宿主細胞を形質転換し得るものであればよく、宿主細胞に応じて大腸菌用のプラスミド、枯草菌用のプラスミド、酵母用のプラスミド、レトロウイルス,ワクシニアウイルス,バキュロウイルスなどの動物ウイルスベクターなどが用いられる。これらには、その宿主細胞にてタンパク質を適切に発現させ得るプロモーター等の制御配列を有しているものが好ましい。また、宿主細胞としては、組換えベクターにて外来性遺伝子を発現できる物であればよく、一般的には、大腸菌、枯草菌、酵母、昆虫細胞、動物細胞などが用いられる。
【0037】
宿主細胞に組換えベクターを移入する方法としては、一般的に常用されている方法を用いればよく、例えば、大腸菌の場合は塩化カルシウム法やエレクトロポレーション法、酵母の場合は塩化リチウム法やエレクトロポレーション法が利用できる。また、動物細胞の形質転換は、エレクトロポレーション等の物理的方法、あるいは、リポソーム法やリン酸カルシウム法等の化学的方法、あるいはレトロウイルス等のウイルスベクターを用いて行なうことができる。形質転換体である宿主細胞の培養形態は、宿主の栄養生理学的性質を考慮して培養条件を選択すればよい。
【0038】
本発明で使用されるペプチドは、精製されていることが好ましい。ペプチドの精製方法は通常の一般的な精製により行うことができる。たとえば、組換えタンパク質であれば、本発明で使用される組換えタンパク質を発現する菌体あるいは細胞を培養後、公知の方法で菌体あるいは細胞を集め、これを適当な緩衝液に懸濁し、超音波、リゾチームおよび/または凍結融解などによって菌体あるいは細胞を破壊したのち、遠心分離やろ過によりペプチドの粗抽出液を調製する。緩衝液中には、尿素や塩酸グアニジンなどのタンパク質変性剤や、トリトンX−100TMなどの界面活性剤が含まれていてもよい。このようにして得られた抽出液、あるいは培養上清中に含まれるペプチドの精製は、公知の精製方法によって行うことができる。例えば、アフィニティークロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、フィルター、限外ろ過、ゲルろ過、電気泳動、塩析、透析等を適宜選択、組み合わせることにより、ペプチドの分離、精製を行うことが可能である。
【0039】
また、組換えタンパク質の精製を容易にするために、発現ベクターに精製用タグを組み込んでおくこともできる。精製用タグの例としては、例えば、Hisタグ、GSTタグ、Mycタグ、FLAGタグ、マルトース結合タンパク(MBP)などが挙げられる。本発明においては、ペプチド鎖内に配置されたCysよりN末端側をチオエステル化することから、ペプチドのC末端側に精製用タグを付加して精製後にチオエステル化することで、ペプチド鎖中のCysよりC末端側はタグごと切り捨てられ、効率よくペプチドチオエステル体を得ることができる。Cysの位置をペプチド鎖上の所望の位置に配置することで、本発明の方法をC末端側のタグの除去に使用することも可能である。
従って、本発明のペプチドチオエステル体の製造方法を用いて、組換えタンパク質のC末端に付加された精製用タグを除去する方法もまた、本発明に含まれる。
【0040】
本発明において、「ペプチドチオエステル体」(以下、単にチオエステル体と記載することもある)とはC末端にカルボキシチオエステル部分(−C=O−SR)を有するペプチドをいう。本発明で用いられるペプチドチオエステル体は、他のチオール基と交換反応を起こすことのできるチオエステル体であれば、特に限定されない。R基としては、例えば、下記のR
4に例示される基が挙げられる。
【0041】
本発明の方法は、まず、(a)システイン残基を有するペプチド鎖において、前記システイン残基のチオール基に化合物Aを反応させることにより、第1中間体を作製する工程を行う。
本発明において、化合物Aは以下の式(I)で示される。
【0043】
式中、Xは硫黄原子または酸素原子であるが、好ましくは硫黄原子である。
R
1及びR
2は、脱離基として、下記工程(a)の反応条件下において、置換される原子又は原子団よりも求核性が低く、脱離される機能を有するものであれば特に限定されないが、R
1及びR
2はそれぞれ異なる脱離基であることが好ましい。R
1及びR
2として具体的には、ハロゲン原子、置換もしくは非置換の−O−アルキル基、置換もしくは非置換の−O−アルケニル基、置換もしくは非置換の−O−アルキニル基、置換もしくは非置換の−O−アリール基、置換もしくは非置換の−O−ヘテロアリール基、置換もしくは非置換の−S−アルキル基、置換もしくは非置換の−S−アルケニル基、置換もしくは非置換の−S−アルキニル基、置換もしくは非置換の−S−アリール基、または、置換もしくは非置換の−S−ヘテロアリール基が挙げられる。R
1及びR
2としてより好ましくは、R
1が置換もしくは非置換の−O−C
6-10アリール基、および、置換もしくは非置換の−S−C
1−8アルキル基からなる群より選ばれる脱離基、および、R
2が、ハロゲン原子、置換もしくは非置換の−S−C
1−8アルキル基、置換もしくは非置換の−S−C
6-10アリール基からなる群より選ばれる脱離基、である組み合わせが挙げられる。
【0044】
本発明において、「アルキル基」とは、脂肪族炭化水素から任意の水素原子を1個除いて誘導される一価の基であり、水素および炭素原子を含有するヒドロカルビルまたは炭化水素の部分集合を有する。アルキル基は、直鎖状または分岐鎖状の構造を含む。本発明のアルキル基として好ましくは、炭素原子数が1から8のアルキル基が挙げられる。なお、「C
1−8アルキル基」とは、炭素原子数が1から8のアルキル基を示し、具体例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基等が挙げられる。
【0045】
本発明において、「アルケニル基」とは、少なくとも1個の二重結合を有する1価の基である。二重結合および置換基の配置によって、二重結合の幾何学的形態は、エントゲーゲン(E)またはツザンメン(Z)、シスまたはトランス配置をとることができる。アルケニル基は、直鎖状または分岐鎖状を含む。本発明のアルケニル基として好ましくは、炭素原子数が2から8のアルケニル基が挙げられる。「C
2−8アルケニル基」とは、炭素原子数が2から8のアルケニル基を示し、具体例としては、ビニル基、アリル基、プロペニル基、ブテニル基、ペンテニル基、ヘキセニル基、ヘプテニル基、オクテニル基等が挙げられる。
【0046】
本発明において、「アルキニル基」とは、少なくとも1個の三重結合を有する、1価の基である。アルキニル基は、直鎖状または分岐鎖状のアルキニル基を含む。本発明のアルキニル基として好ましくは、炭素原子数が2から8のアルキニル基が挙げられる。「C
2−8アルキニル基」とは、炭素原子数が2から8のアルキニル基を示し、具体例としては、エチニル基、1−プロピニル基、2−プロピニル基、ブチニル基、ペンチニル基、ヘキシニル基、ヘプチニル基、オクチニル基等が挙げられる。
【0047】
本発明において、「アリール基」とは、芳香族性の炭化水素環式基を意味する。本発明のアリール基として好ましくは、炭素原子数が6から10のアリール基が挙げられる。「C
6−10アリール基」とは、炭素原子数が6から10のアリール基を示し、具体的には、例えば、フェニル基、1−ナフチル基、2−ナフチル基等が挙げられる。
【0048】
本発明において、「ヘテロアリール基」とは、ヘテロアリール環から任意の位置の水素原子を1または2個のぞいて誘導される1価または2価の基を意味する。本発明において、「ヘテロアリール環」とは、環を構成する原子中に1または複数個のヘテロ原子を含有する芳香族性の環を意味し、好ましくは5−9員環である。環は単環であってもよいし、ベンゼン環または単環ヘテロアリール環と縮合した2環式ヘテロアリール基であってもよい。具体例としては、フラニル基、チオフェニル基、ピロリル基、ベンゾフラニル基、ベンゾチオフェニル基、インドリル基、ピリジル基、キノリニル基などが挙げられる。
【0049】
上述の脱離基が有する置換基の種類、個数、置換位置は特に限定されないが、置換基として、例えば、アルキル基、アルケニル基、アルコキシ基、アリール基、ホルミル基、カルボニル基、カルボキシル基、アルキルカルボキシル基、アルコキシカルボニル基、ハロゲン、スルホニル基、または、ニトロ基などが挙げられる。
【0050】
本発明の化合物Aとして、より具体的には、
【化11】
【化12】
【化13】
【化14】
などを挙げることができる。
また、上記の、
【化15】
【化16】
にMPAA((4−カルボキシメチル)チオフェノール)を反応させた下記のチオノフォルメート化試薬、
【化17】
【化18】
を用いることも可能である。
【0051】
本発明の化合物Aをペプチド中のシステイン残基に反応させることによって、下記図のようにシステイン残基中のSH基に−C(=X)−R
1基が結合した、第1中間体を得ることができる。
【化19】
【0052】
本発明において、工程(a)は、酸性条件下が好ましく、特にpH3〜5で行うことが好ましい。反応は、緩衝液とアセトニトリルの混合溶媒中、0〜50℃、好ましくは15〜25℃で、約0.1〜3時間、好ましくは10分〜1時間行うのが好ましいが、これに限定されない。
【0053】
次いで、本発明の方法では、(b)有機溶媒中で、前記第1中間体に化合物Bを反応させ、前記システイン残基のN末端側に隣接するアミノ酸との間のペプチド結合を形成するカルボキシル基に−NH−C(=Y)NHR
3基を付加し、前記ペプチド結合を切断することにより、切断された前記ペプチド結合よりもN末端側のペプチド断片を第2中間体として得る工程を行う。
【0054】
本発明において、化合物Bは以下の式(II)で示される。
【化20】
【0055】
式中、Yは酸素原子、NH基、または、硫黄原子であり、R
3は、水素原子、アシル基、または、アルコキシカルボニル基である。
【0056】
本発明において、「アシル基」とは、カルボン酸のカルボキシル基からOH基を除いた原子団を意味する。本発明のアシル基として、好ましくは炭素原子数が1−4のアシル基が挙げられる。具体的には、例えば、アセチル基、プロピオニル基、ブチロイル基等が挙げられる。
【0057】
本発明において、「アルコキシ基」とは、「アルキル基」が結合したオキシ基であることを意味する。本発明のアルコキシ基は、直鎖状であっても分岐鎖状であってもよい。本発明のアルコキシ基として、好ましくは炭素原子数が1から14の直鎖状アルコキシ基または炭素原子数が3から14個の分岐鎖状アルコキシ基が挙げられる。具体的には、例えば、メトキシ基、エトキシ基、n−プロピルオキシ基、イソプロポキシ基、n−ブトキシ基、2−メチル−2−プロピルオキシ基、n−ペンチルオキシ基、n−へキシルオキシ基等を挙げることができる。
また、「C
2−nアルコキシカルボニル基」とは、C
1−(n−1)のアルコキシ基を有するカルボニル基であることを意味する。本発明のアルコキシカルボニル基として、好ましくは炭素原子数が2から15のアルコキシカルボニル基を挙げることができる。具体的には、例えばメトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、n−プロピルオキシカルボニル基、イソプロポキシカルボニル基、n−ブトキシカルボニル基、2−メチル−2−プロピルオキシカルボニル基、n−ペンチルオキシカルボニル基、n−へキシルオキシカルボニル基等を挙げることができる。
【0058】
アシル基として、好ましくは、アセチル基が挙げられる。また、アルコキシカルボニル基として好ましくはtert-ブトキシカルボニル基(Boc基)が挙げられる。
【0059】
本発明の化合物Bとして、より具体的には、
【化21】
【化22】
【化23】
【化24】
などを挙げることができる。
【0060】
本発明において、工程(b)は、有機溶媒の存在下において行うのが好ましい。有機溶媒は溶解性が高く、かつ、求核性が低いものが好ましい。このような有機溶媒としては、例えば、DMSO、DMF、ジオキサン等を挙げることができる。反応は、0〜50℃、好ましくは15〜25℃で、約1〜24時間、好ましくは5〜10時間行うのが好ましいが、これに限定されない。
【0061】
システイン残基のN末端側に隣接するアミノ酸との間のペプチド結合を形成するカルボキシル基に−NH−C(=Y)NHR
3基を付加することにより、下記図のように、システイン残基のN末端側でペプチド鎖が切断される。
【化25】
【0062】
なお、ペプチドの側鎖にアミノ基を有する場合には、本発明の工程(b)を行う前に、側鎖のアミノ基に脂溶性の保護基を導入してもよい。脂溶性保護基としては、例えば、9−フルオレニルメトキシカルボニル(Fmoc)基、t−ブチルオキシカルボニル(Boc)基、アリルオキシカルボニル(Alloc)基等のカルボニル含有基、アセチル(Ac)基等のアシル基、アリル基、ベンジル基等の保護基を挙げることができるが、特にこれらに限定されるものではない。
【0063】
脂溶性保護基を導入するには、例えばFmoc基を導入する場合には9−フルオレニルメチル−N−スクシニミジルカーボネートと炭酸水素ナトリウムを加えて反応を行うことにより導入できる。反応は0〜50℃、好ましくは室温で、約1〜5時間程度行うのが良いが、これに限定されない。
【0064】
工程(b)においては、切断されたペプチド鎖の切断部よりもN末端側のペプチド断片を下記式(1)の第2中間体として得ることができる。
【化26】
【0065】
本発明のペプチドチオエステル体の製造方法は、さらに、(c)前記第2中間体にチオールを反応させて、C末端の−NH−C(=Y)NHR
3基とチオール基とを交換させることにより、第2中間体のC末端をチオエステル化する工程を含む。
工程(c)に用いる第2中間体は、工程(b)の後に単離されていても、単離されていなくてもよい。
【0066】
好ましい態様において、前記工程(c)には、以下の式(III)で表わされるチオールが用いられる。
R
4−SH (式III)
R
4は、チオール交換反応を阻害せず、カルボニル炭素上での置換反応において脱離基となる基であれば特に限定されない。好ましくは、R
4は、置換もしくは非置換のベンジル基、置換もしくは非置換のアリール基および置換もしくは非置換のアルキル基から選択されるいずれか一つの基であり、より好ましくは置換もしくは非置換のベンジル基、置換もしくは非置換のC
6−10アリール基、および、置換もしくは非置換のC
1−8アルキル基から選択されるいずれか一つの基である。より具体的には、ベンジルメルカプタン等のベンジル型の脱離基、チオフェノール、4-(カルボキシメチル)-チオフェノール等のアリール型の脱離基、2-メルカプトエタンスルホン酸基、3-メルカプトプロピオン酸アミド等のアルキル型の脱離基等から選択することができる。これらの脱離基が有する置換基の種類、個数、置換位置は特に限定されない。
【0067】
工程(c)を行うことにより、第2中間体は、下記図のように完全にチオエステル体へと変換される。
【0069】
上述のようにして得られたペプチドチオエステル体は、ペプチド又は被修飾ペプチドのうち、−SH基を有するアミノ酸残基をN末端に含むペプチド(又は被修飾ペプチド)と、ライゲーション法を用いて連結することができる。したがって、本発明は、本発明の方法により得られたペプチドチオエステル体と、N末端にシステインを有するペプチド鎖をライゲーション法により結合する工程を含む、ポリペプチドの製造方法もまた、提供する。
また、上記ペプチドチオエステル体の代わりに、前記工程(b)で得られた第2中間体を、ライゲーション法に使用することも可能である。
【0070】
本発明において、「ライゲーション法」とは、特許文献1に記載の天然型化学的ライゲーション法(Native Chemical Ligation、NCL法)のみならず、非天然アミノ酸、アミノ酸誘導体(例えば、トレオニン誘導体A、保護メチオニン、糖鎖付加アミノ酸等)を含むペプチドについて、上記天然型化学的ライゲーション法を応用する場合をも含む。ライゲーション法により、連結部位に天然アミド結合(ペプチド結合)を有するペプチドを製造することができる。
【0071】
ライゲーション法を用いた連結は、ペプチド-ペプチド間、ペプチド-被修飾ペプチド間、被修飾ペプチド-被修飾ペプチド間の、いずれにおいても行うことができる。
【0072】
なお、本明細書において用いられる用語は、特定の実施態様を説明するために用いられるのであり、発明を限定する意図ではない。
【0073】
また、本明細書において用いられる「含む」との用語は、文脈上明らかに異なる理解をすべき場合を除き、記述された事項(部材、ステップ、要素、数字など)が存在することを意図するものであり、それ以外の事項(部材、ステップ、要素、数字など)が存在することを排除しない。
【0074】
異なる定義が無い限り、ここに用いられるすべての用語(技術用語及び科学用語を含む。)は、本発明が属する技術の当業者によって広く理解されるのと同じ意味を有する。ここに用いられる用語は、異なる定義が明示されていない限り、本明細書及び関連技術分野における意味と整合的な意味を有するものとして解釈されるべきであり、理想化され、又は、過度に形式的な意味において解釈されるべきではない。
本発明の実施態様は模式図を参照しつつ説明される場合があるが、模式図である場合、説明を明確にするために、誇張されて表現されている場合がある。
第一の、第二のなどの用語が種々の要素を表現するために用いられるが、これらの要素はそれらの用語によって限定されるべきではないことが理解される。これらの用語は一つの要素を他の要素と区別するためのみに用いられているのであり、例えば、第一の要素を第二の要素と記し、同様に、第二の要素は第一の要素と記すことは、本発明の範囲を逸脱することなく可能である。
【0075】
以下において、本発明を、実施例を参照してより詳細に説明する。しかしながら、本発明はいろいろな態様により具現化することができ、ここに記載される実施例に限定されるものとして解釈されてはならない。
【実施例】
【0076】
実施例1.チオノフォルメート基の導入
(MPAAフェニルチオノフォルメートの合成)
【0077】
【化28】
【0078】
MPAA((4−カルボキシメチル)チオフェノール)(98mg,0.583mmol)、フェニルクロロチオノフォルメート(Phenyl chloro thionoformate)(103μL,0.76mmol)、をジクロロメタン(400μL)に溶解し、室温で1時間撹拌した。1時間後、反応溶液を室温にてクロロフォルム2.0mLで希釈し、飽和重曹水1.0mLを加え、この混合物をクロロフォルムにて抽出洗浄した。クロロフォルム層を飽和食塩水で洗浄し、硫酸マグネシウムで乾燥した後に減圧濃縮し、黄色透明のシラップ状の残さを得た。これを以降のチオノフォルメート化試薬(MPAAフェニルチオノフォルメート)として用いた(MW:305.3,MS データなし)。
【0079】
(MPAAフェニルチオノフォルメート試薬によるチオノフォルメート基の導入)
ペプチド(Ac−Val Tyr Ala
Xaa Cys Gly−OH(配列番号:1),Xaa=Lys(配列番号:2),Ser(配列番号:3),Asp(配列番号:4),Ala(配列番号:5),Val(配列番号:6),crude(Lys,Ser,Asp,Ala,Valの混合物),6mg)をpH5.5の緩衝溶液(1.0mL,0.2M Na
2HPO
4,6M Gn−HCl)に溶解した後、アセトニトリル(230μL)に溶解したMPAAフェニルチオノフォルメート(15μL)を全量加えた。1時間後Et
2Oで反応溶液を洗浄した。HPLCにて精製を行い、目的化合物を得た。反応はHPLCの結果、定量的に行われていた。
(Xaa=Lys,ESIMS calcd [M+H]
+ 818.3,found [M+H]
+ 818.4).
(Xaa=Ser,ESIMS calcd [M+H]
+ 777.3,found [M+H]
+ 777.3).
(Xaa=Asp,ESIMS calcd [M+H]
+ 805.3,found [M+H]
+ 805.3).
(Xaa=Ala,ESIMS calcd [M+H]
+ 761.3,found [M+H]
+ 761.3).
(Xaa=Val,ESIMS calcd [M+H]
+ 789.3,found [M+H]
+ −−−).
【0080】
ペプチド(Ac−Val Tyr Ala
Xaa Cys Gly−OH(配列番号:1),Xaa=Ser(配列番号:3),Phe(配列番号:8),Leu(配列番号:7),crude(Ser,Phe,Leuの混合物),10mg)をpH5.0の緩衝溶液(2.0mL,0.2M Na
2HPO
4,6M Gn−HCl)に溶解し、アセトニトリル(700μL)に溶解したMPAAフェニルチオノフォルメート(5μL)を加えた。1.5時間後Et
2Oで反応溶液を洗浄した。HPLCにて精製を行い、目的化合物を得た。反応はHPLCの結果、定量的であった。
(Xaa=Ser,ESIMS calcd [M+H]
+ 777.3,found [M+H]
+ 777.3).
(Xaa=Leu,ESIMS calcd [M+H]
+ 803.4,found [M+H]
+ 803.3).
(Xaa=Phe,ESIMS calcd [M+H]
+ 837.4,found [M+H]
+ 837.3).
【0081】
システインのN末端側に隣接するアミノ酸の種類に関わらず、システインの−SH基にチオノフォルメート基が導入された。
【0082】
実施例2.N−アセチルグアニジル化反応【0083】
【化29】
(Xaa=Ala,Leu,Phe,Ser,Lysで実施)
(Xaa=Alaの場合)
Ac−Val Tyr Ala
Ala Cys(C(S)OPh)Gly−OH(配列番号:9)(0.2mg,0.28μmol)を250mM N−アセチルグアニジン/DMSO溶液(260μl)に溶解した。2時間後Et
2Oにて化合物を沈殿、洗浄した。HPLCにて目的物を精製し目的とするN−アセチルグアニジド体(Ac−Val Tyr Ala Ala−NHC(NH)NHAc(配列番号:10))を得た(収率80%、HPLC面積強度より計算した)。
(ESIMS calcd [M+H]
+ 548.3,found [M+H]
+ 548.4)
【0084】
(Xaa=LeuまたはPheの場合)
Ac−Val Tyr Ala
Leu Cys(C(S)OPh)Gly−OH(配列番号:11)(0.1mg,0.12μmol)、Ac−Val Tyr Ala
Phe Cys(C(S)OPh)Gly−OH(配列番号:12)(0.1mg,0.12μmol)の混合物を250mM N−アセチルグアニジン/DMSO溶液(100μL)に溶解した。4.5時間後Et
2Oにて化合物を沈殿、洗浄した。HPLCにて目的物を精製し、目的とするN−アセチルグアニジド体(Ac−Val Tyr Ala Leu−NHC(NH)NHAc(配列番号:13)、および、Ac−Val Tyr Ala Phe−NHC(NH)NHAc(配列番号:14))を得た(収率80%、HPLC面積強度より計算した)。
(Xaa=Leu,ESIMS calcd [M+H]
+ 590.3,found [M+H]
+ 590.3).
(Xaa=Phe,ESIMS calcd [M+H]
+ 624.3,found [M+H]
+ 624.3)
【0085】
(Xaa=Serの場合)
Ac−Val Tyr Ala
Ser Cys(C(S)OPh)Gly−OH(配列番号:15)(0.2mg,0.26μmol)を250mM N−アセチルグアニジン/DMSO溶液(100μL)に溶解した。3.5時間後Et
2Oにて化合物を沈殿、洗浄した。HPLCにて目的物を精製し目的とするN−アセチルグアニジド体(Ac−Val Tyr Ala Ser−NHC(NH)NHAc(配列番号:16))を得た(収率70%、HPLC面積強度より)
【0086】
(Xaa=Lysの場合)
ペプチド(Ac−Val Tyr Ala
Lys Cys(C(S)OPh)Gly−OH(配列番号:17),0.1mg)をBoc
2O(0.3mg),トリエチルアミン(0.14μL)を含んだDMSO(30μL)に溶解した。1.5時間後反応溶液をEt
2Oで沈殿、洗浄した。得られた残さを250mM N−アセチルグアニジン/DMSO溶液(100μl)に溶解した。2.5時間後、HPLCにて目的物を精製し目的とするN−アセチルグアニジド体(Ac−Val Tyr Ala
Lys(Boc)−NHC(NH)NHAc(配列番号:18))を得た(収率70%、HPLC面積強度より計算した)。
【0087】
システインのN末端側に隣接するアミノ酸の種類に関わらず、チオノフォルメート化されたシステイン残基のN末端側ペプチド結合へのグアニジンの反応性があることが確認された。
【0088】
実施例3.24aaペプチドのチオエステル化【0089】
【化30】
【0090】
ペプチド(H
2N−Leu Ile Cys(Acm)Asp Ser Arg Val Leu Glu Arg Tyr Leu Leu Glu Ala Lys Glu Ala Glu Asn Ile Thr Thr Gly Cys Gly−OH(配列番号:19)(crude(未精製))、適当量(推定1mg程度)をpH5.0の緩衝溶液(300μL,0.2M Na
2HPO
4,6M Gn−HCl)に溶解し、アセトニトリル(100μL)に溶解したMPAAフェニルチオノフォルメート(1μL)を全量加えた。50分後Et
2Oで反応溶液を洗浄した。HPLCにて精製を行い目的化合物(H
2N−Leu Ile Cys(Acm)Asp Ser Arg Val Leu Glu Arg Tyr Leu Leu Glu Ala Lys Glu Ala Glu Asn Ile Thr Thr Gly Cys(C(S)OPh)Gly−OH(配列番号:20))を得た。なお、第3位のCysは、チオノフォルメート試薬の影響を受けないように、あらかじめAcmにより保護した。
(ESIMS calcd [M+2H]
2+ 1553.8,[M+3H]
3+ 1035.8,found [M+2H]
2+ 1552.9,[M+3H]
3+ 1035.7))
【0091】
ペプチド(H
2N−Leu Ile Cys(Acm)Asp Ser Arg Val Leu Glu Arg Tyr Leu Leu Glu Ala Lys Glu Ala Glu Asn Ile Thr Thr Gly Cys(C(S)OPh)Gly−OH(配列番号:20),ca. 0.3mg)をBoc
2O(0.4mg),トリエチルアミン(0.03μL)を含んだDMSO(20μL)に溶解した。1.5時間後反応溶液をEt
2Oで沈殿、洗浄した。得られた残さを250mM N−アセチルグアニジン/DMSO溶液(50μL)に溶解した。2.5時間後、HPLCにて目的物を精製し目的とするN−アセチルグアニジド体(BocHN−Leu Ile Cys(Acm)Asp Ser Arg Val Leu Glu Arg Tyr Leu Leu Glu Ala Lys(Boc)Glu Ala Glu Asn Ile Thr Thr Gly−NHC(NH)NHAc(配列番号:21))を得た。
(ESIMS calcd [M+2H]
2+ 1546.8,[M+3H]
3+ 1031.5,found [M+2H]
2+ 1547.0,[M+3H]
3+ 1031.4))
【0092】
24aaペプチド(BocHN−Leu Ile Cys(Acm)Asp Ser Arg Val Leu Glu Arg Tyr Leu Leu Glu Ala Lys(Boc) Glu Ala Glu Asn Ile Thr Thr Gly−NHC(NH)NHAc(配列番号:21),ca. 0.1mg>)をMESNa(sodium 2−sulfanylethanesulfonate)(1mg,2% v/v)を含むpH7.05の緩衝溶液(0.2M リン酸、6Mグアニジン,50μl)に溶解した。3.5時間後、HPLCにて目的物を精製しチオエステル体(BocHN−Leu Ile Cys(Acm)Asp Ser Arg Val Leu Glu Arg Tyr Leu Leu Glu Ala Lys(Boc)Glu Ala Glu Asn Ile Thr Thr Gly−SCH
2CH
2SO
3(配列番号:22))を得た(収率不明、HPLC上では約70%)。
(ESIMS calcd [M + 2H]
2+ 1567,3,found [M+2H]
2+ 1566.8,)
【0093】
実施例4.クロロチオノフォルメート試薬によるチオノフォルメート基の導入
ペプチド(Ac−Val Tyr Ala
Ala Cys Gly−OH(配列番号:5),6mg)をpH5.0の緩衝溶液(961μL,0.2M
Na
2HPO
4,6M Gn−HCl)に溶解し、アセトニトリル(320μL)に溶解したPhenyl chlorothionoformate(6.5μL)を加えた。1時間後Et
2Oで反応溶液を洗浄した。HPLCにて精製を行い目的のチオノフォルメート化ペプチド(配列番号:9)を得た(6.4mg,88%)
(Xaa=Ala,ESIMS calcd [M+H]
+ 761.3,found [M+H]
+ 761.3)
【0094】
ペプチド(Ac−Val Tyr Ala
Leu Cys Gly−OH(配列番号:7),3.4mg)をpH5.0の緩衝溶液(510μL,0.2M
Na
2HPO
4,6M Gn−HCl)に溶解し、アセトニトリル(170μL)に溶解したPhenyl chlorothionoformate(3.5μL)を加えた。1時間後Et
2Oで反応溶液を洗浄した。HPLCにて精製を行い目的のチオノフォルメート化ペプチド(配列番号:11)を得た(3.8mg,92%)
(Xaa=Leu,ESIMS calcd [M+H]
+ 803.4,found [M+H]
+ 803.3).
【0095】
ペプチド(Ac−Val Tyr Ala
Phe Cys Gly−OH(配列番号:8),5.1mg)をpH5.0の緩衝溶液(729μL,0.2M
Na
2HPO
4,6M Gn−HCl)に溶解し、アセトニトリル(243μL)に溶解したPhenyl chlorothionoformate(5.0μL)を加えた。1時間後Et
2Oで反応溶液を洗浄した。HPLCにて精製を行い目的のチオノフォルメート化ペプチド(配列番号:12)を得た(5.1mg,84%)
(Xaa=Phe,ESIMS calcd [M+H]
+ 837.4,found [M+H]
+ 837.3)
【0096】
ペプチド(Ac−Val Tyr Ala
Ser Cys Gly−OH(配列番号:3),4.9mg)をpH5.0の緩衝溶液(766μL,0.2M
Na
2HPO
4,6M Gn−HCl)に溶解し、アセトニトリル(265μL)に溶解したPhenyl chlorothionoformate(5.2μL)を加えた。1時間後Et
2Oで反応溶液を洗浄した。HPLCにて精製を行い目的のチオノフォルメート化ペプチド(配列番号:15)を得た(5.5mg,92%)
(Xaa=Ser,ESIMS calcd [M+H]
+ 777.3,found [M+H]
+ 777.3)
【0097】
ペプチド(Ac−Val Tyr Ala
Lys Cys Gly−OH(配列番号:2),5.5mg)をpH5.0の緩衝溶液(810μL0.2M
Na
2HPO
4,6M Gn−HCl)に溶解し、アセトニトリル(270μL)に溶解したPhenyl chlorothionoformate(5.5μL)を加えた。1時間後Et
2Oで反応溶液を洗浄した。HPLCにて精製を行い目的のチオノフォルメート化ペプチド(配列番号:17)を得た(6.1mg,94%)
(Xaa=Lys,ESIMS calcd [M+H]
+ 818.3,found [M+H]
+ 818.4).
【0098】
クロロチオノフォルメート試薬によっても、実施例1で得られたものと同様のチオノフォルメート化されたペプチド鎖が得られた。したがってクロロチオノフォルメート試薬によりチオノフォルメート基が導入されたペプチド鎖からも、上述の実施例1および3でチオノフォルメート基を導入したペプチド鎖と同様の方法で、N−アセチルグアニジド化、次いでチオエステル化を行うことにより、ペプチドチオエステル体を得ることができることが明らかになった。