特許第5730571号(P5730571)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5730571アルカリ土類金属石けんを沈殿させる工程を含む、アルコール、石けんおよび/または脂肪酸を含有する出発原料からの脂質の発酵方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5730571
(24)【登録日】2015年4月17日
(45)【発行日】2015年6月10日
(54)【発明の名称】アルカリ土類金属石けんを沈殿させる工程を含む、アルコール、石けんおよび/または脂肪酸を含有する出発原料からの脂質の発酵方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/64 20060101AFI20150521BHJP
   C11C 3/00 20060101ALI20150521BHJP
【FI】
   C12P7/64
   C11C3/00
【請求項の数】29
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2010-523550(P2010-523550)
(86)(22)【出願日】2008年9月5日
(65)【公表番号】特表2010-537660(P2010-537660A)
(43)【公表日】2010年12月9日
(86)【国際出願番号】FI2008050496
(87)【国際公開番号】WO2009030821
(87)【国際公開日】20090312
【審査請求日】2011年7月6日
(31)【優先権主張番号】20075618
(32)【優先日】2007年9月7日
(33)【優先権主張国】FI
(31)【優先権主張番号】60/967,795
(32)【優先日】2007年9月7日
(33)【優先権主張国】US
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】510063878
【氏名又は名称】アールト・ユニバーシティ・ファウンデイション
【氏名又は名称原語表記】Aalto University Foundation
(74)【代理人】
【識別番号】100100158
【弁理士】
【氏名又は名称】鮫島 睦
(74)【代理人】
【識別番号】100068526
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 恭生
(74)【代理人】
【識別番号】100103115
【弁理士】
【氏名又は名称】北原 康廣
(72)【発明者】
【氏名】オッシ・パスティネン
(72)【発明者】
【氏名】シモ・ラークソ
(72)【発明者】
【氏名】サンナ・ホッカネン
(72)【発明者】
【氏名】マルヤッタ・ヴァーヴァセルケ
【審査官】 原 大樹
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−035873(JP,A)
【文献】 国際公開第2007/100009(WO,A1)
【文献】 国際公開第2006/116254(WO,A1)
【文献】 特開2005−029715(JP,A)
【文献】 特表2002−507431(JP,A)
【文献】 特開2002−090372(JP,A)
【文献】 特表2007−508247(JP,A)
【文献】 PYLE Denver, WEN Zhiyou,Production of Omega-3 Polyunsaturated Fatty Acid from Biodiesel-Waste Glycerol by Microalgal Fermentation,An ASABE Meeting Presentation,米国,American Society of Agricultural and Biological Engineers発行,2007年 6月20日,Paper Number:077028
【文献】 岩波 生物学辞典,株式会社岩波書店発行,1996年,第4版,593−594頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00−41/00
C11C 1/00−1/10
C12N 1/00−7/08
JSTplus/JMEDplus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS/WPIX(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1種のアルコールと石けんまたは石けん前駆体を含有する出発原料から、脂
質または脂質混合物を生成させるための方法であって、
− 金属イオン形成剤の添加前に、有機酸を出発原料へ添加することによって、pHを6
〜8の値に調整し、
− 前記石けんを沈殿物へ変換させる金属イオン形成剤を固体として前記出発原料へ添加
することによって、不溶性の相と液相とを含有する混合物を生成させ、
− 前記不溶性の相を前記液相から分離させることによって、前記沈殿物を回収し、
− 培養基質上で、脂質を生産する微生物と前記液相とを接触させることによって、
前記微生物細胞に脂質の生産を開始させ、次いで
− 前記脂質を捕集する
ことを特徴とする該方法であって、該アルコールの量が出発原料の少なくとも半分である
該方法。
【請求項2】
出発原料が、多価または一価アルコールまたは両方、および石けんまたは石けんの前駆
体を含有することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
アルコールの量が出発原料の少なくとも70〜99重量%であることを特徴とする、請
求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
少なくとも1種のアルコールを含有するアルコール含有液相から、脂質または脂質混合
物を生成させるための請求項1〜3いずれかに記載の方法であって、
− 培養基質上で、脂質を生産する微生物と前記アルコール含有液相とを接触させること
によって前記微生物細胞に脂質の生産を開始させ、次いで
− 前記脂質を捕集することを含む方法において、
前記アルコールの量が、前記液相の70〜100重量%であることを特徴とする該方
法。
【請求項5】
液相が多価または一価アルコールまたは両方を含有することを特徴とする、請求項4に
記載の方法。
【請求項6】
多価アルコールがグリセロール、リン脂質から生成されるアルコールまたはステロール
であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
一価アルコールがメタノール、エタノールまたは1−プロパノールであることを特徴と
する、請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
不溶性の相が石けんを含有することを特徴とする、請求項1〜7のいずれかに記載の方
法。
【請求項9】
液相が請求項4のアルコール含有液相を含有することを特徴とする、請求項1〜8のい
ずれかに記載の方法。
【請求項10】
金属イオン形成剤が塩化カルシウム、塩化マグネシウムであることを特徴とする、請求
項1〜9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
金属イオン形成剤は、少なくとも40%の石けんを沈殿させる量で添加されることを特
徴とする、請求項1〜10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
培養基質中のアルコール含有量が2〜36重量%であることを特徴とする、請求項1〜
11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
微生物が酵母、カビ、バクテリアまたは藻類であることを特徴とする、請求項1〜12
のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
微生物の細胞マス、または細胞により生産される脂質を捕集することを特徴とする、請
求項1〜13のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
脂質、脂質混合物、脂質含有細胞またはこれらのフラクションの、エステル化または水
素化処理を行うことを特徴とする、請求項1〜14のいずれかに記載の方法。
【請求項16】
培養基質中で、
捕集された細胞マスまたは脂質が分離された細胞マスを再利用することを特徴とする、請
求項1〜15のいずれかに記載の方法。
【請求項17】
利用する前の細胞マスの、酵素的、化学的または物理的加工処理を行うことを特徴とす
る、請求項1〜16のいずれかに記載の方法。
【請求項18】
脂質含有細胞から、タンパク質、タンパク質の加水分解物、タンパク質由
来のペプチド、β−グルカン、キサン、ビタミン、ビタミン前駆体またはステロールまた
はこれらの数種の成分を分離させることを特徴とする、請求項1〜17のいずれかに記載
の方法。
【請求項19】
生成された脂質または脂質混合物をさらに脂肪酸のエステル化または脂質が水素化処理される工程における供給原料として使用することを特徴とする請求項1〜18のいずれかに記載された方法。
【請求項20】
前記出発原料としてバイオディーゼル燃料の製造において発生するアルコール混合物使用することを特徴とする、請求項1〜18のいずれかに記載された方法
【請求項21】
出発原料が、脂質のエステル交換の結果として生じたフラクションであることを特徴と
する、請求項1に記載の方法。
【請求項22】
一価アルコールがメタノールであることを特徴とする、請求項1〜6のいずれかに記載
の方法。
【請求項23】
酸が酢酸、蟻酸または乳酸であることを特徴とする、請求項1に記載の方
法。
【請求項24】
金属イオン形成剤が塩化カルシウムであることを特徴とする、請求項1〜9のいずれ
かに記載の方法。
【請求項25】
金属イオン形成剤は、前記石けんの量と比較して化学量論量の金属イオンが形成される
量で添加されることを特徴とする、請求項1〜10のいずれかに記載の方法。
【請求項26】
金属イオン形成剤は、10%の化学量論的過剰量で添加されることを特徴とする、請求
項1〜10のいずれかに記載の方法。
【請求項27】
微生物が酵母またはカビであることを特徴とする、請求項1〜12のいずれかに記載の
方法。
【請求項28】
微生物が酵母であることを特徴とする、請求項1〜12のいずれかに記載の方法。
【請求項29】
微生物の細胞マス、または細胞により生産される脂質を捕集し、次いで、前記脂質、前
記脂質含有フラクションまたは前記脂質混合物を前記捕集された細胞マスの細胞から分離
させることを特徴とする、請求項1〜13のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、少なくとも1種のアルコールと石けんまたは石けんの前駆体とを含有する出発原料から脂質または脂質混合物を生成させるための方法に関する。本発明は、少なくとも1種のアルコールを含有するアルコール含有液相から脂質または脂質混合物を生成させるための方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
バイオディーゼル燃料は主に脂肪酸メチルエステルであり、該エステルは長鎖状の脂肪酸とアルコール(メタノール)とのエステル交換によって形成される。天然脂肪の脂肪酸エステルは、主にトリグリセリドからなり、該トリグリセリドからは、バイオディーゼル燃料として不適当である水溶性のグリセロールがエステル交換の間に放出される。理論上、10重量%のグリセロールがトリグリセリドから生じる。プロセス条件に応じて、石けんの割合は大幅に変動し、トリグリセリドの当初の総量から最大数十パーセントまで上昇し得る。石けん化合物は、生成されるグリセロール中に分散されて部分的に溶解されるので、水溶液から石けん化合物を分離させることは困難である。石けんは、脂溶性の脂肪酸エステルと水溶性のグリセロールと間の相を破壊して乳化度の異なるエマルションを形成させる傾向があるために、大規模な製造工程において分離技術に関する困難な問題をもたらす。メタノールなどのアルコールの除去には、コスト高な減圧蒸留をも必要とするであろう。このように、現代技術における上述した方法を使用するバイオディーゼル燃料の生産においては、原料が浪費されていると、結論づけることができる。このような製造プロセスにおいて生じるグリセロールの価値を増加させることは、精製工程を必要とするという理由のみから特に非経済的であるとされている。
【0003】
一部の微生物は、これらの細胞内に脂肪を蓄積する。脂肪を蓄積する微生物を含む微生物においては、グリセロールは炭素源として役立つことができることも知られている(例えば、「微生物脂質」、CラトレッジおよびS.G.ウィルキンソン編、第1巻、アカデミック.プレス、1988年、S.パパニコラオおよびG.アグリス、「工業用グリセロール中で増殖するヤロヴィア・リポリチカによる一段階連続培養における脂質の生産」バイオリソース・テクノロジー、第82巻(2002年)、第43頁〜第49頁に記載される。)一方で、主にある特定の脂肪を小規模に生産する技術を除いて、数十年間、脂肪蓄積微生物およびこれらによる脂肪の生産に関する飛躍的な進歩はない。このグリセロールの平均的に低い品質、例えば、脂肪酸のアルカリ金属塩(以下、石けんという)およびグリセロールが含有するアルコールに起因する低品質は、バイオディーゼル燃料の製造プロセスに由来するグリセロールの利用、特に微生物による脂肪の生産における利用において問題となることが経験的に知られている。石けんおよびアルコールは大部分の生物体の成長を妨げるので、これらの除去は、グリセロールの微生物学的利用のために不可欠である。
【0004】
大多数の天然脂肪は、脂肪の最もエネルギーに富む部分を形成するアルコール性基に結合された炭化水素鎖を有している脂肪酸を含有する。この、脂肪の最もエネルギーに富む部分は、アルコールエステルの形成よって該部分から放出される。脂肪の脂肪酸から形成されたアルコールと石けん化合物(以下、石けんという)と混合されたグリセロールの水溶液は、製造プロセス中に放出される。グリセロール、アルコールおよび石けんを含有するこのフラクションは水溶性であり、該フラクションは特に石けんに起因する高いエネルギー源を含有する。すでに、グリセロールのみに関しては、主にグリセロールを含有するこの水溶性のフラクションは、理論的には、脂肪酸アルコールエステルの生産中の副次的廃液流の10%を越えている。グリセロール自体は安価であり、その市場は既に飽和している。したがって、脂肪酸アルコールエステルの生産中に形成された不純なグリセロールにとって、身近な範囲内で、特有のエネルギーの効率的な使用はなく、また、最近の技術の視点において、代価を発生させる問題のある副次廃液流が形成されたとしても該廃液流に対しては、付加価値を生じさせるエネルギー効率が高くて有益な技術はない。
【0005】
グリセロールまたは化学的技術によってそれらから得られる生成物のための商業的に魅力があり、実用可能な用途は、幅広く研究されている。それにもかかわらず、以前と比べてグリセロールの利用度が実質的により高い一見して経済的に耐久性のある解決策はない。化学工業用の原料としてグリセロールの適合性およびその用途についての研究の詳細にわたる要約は、マイジュ・サランチラ、「グリセロールの利用」(卒業論文)、ヘルシンキ工科大学、2006年11月10日、に報告されている。以下においては、この論文に基づいて利用率と付加価値の増加のために、現在知られているグリセロールの最も重要な可能性を有する用途について説明する。
【0006】
グリセロール分子の酸素含有量は比較的高く、炭素含有量は低いので、グリセロールの発熱的価値は低い。さらに、グリセロール炎の温度は従来の化石燃料よりも低い。実際問題として、酸素と充分に混合するためにはグリセロールを極めて小さな液滴にする必要があるので、グリセロールの燃焼には特別な装置も必要となることが知られている。さらに、生物燃料の生産において放出されるグリセロールは水を含有する。
【0007】
グリセロールは、多くの異なる方法において化学的に誘導することができる。例えば、グリセロールのエステル化、エーテル化、アセチンおよびジオールの生産が、グリセロールの重合および酸化と同様に知られている。原則として、これらの方法によるプロセスの生成物の大規模な用途はない。その理由は、これらの生成物を生産するためには、グリセロールの高い純度と、高価でエネルギーを消費するような触媒と反応器に関する技術とを必要とすることが特に考慮されるからである。
【0008】
リフォーミング、すなわちグリセロールから水素を生成する方法は多量のグリセロールの処理を可能とする技術である。しかしながら、リフォーミングには特別な装置と多量のエネルギー投資が必要であり、また、該方法自体が高価な触媒を必要とする。
【0009】
グリセロールは、農業において幾つかの用途を有する。グリセロールは、動物飼料の成分としてのエネルギー源として役立つことができる。しかしながら、グリセロールはタンパク質、脂肪または炭水化物を含有しない。工業用グリセロールは、微量元素に関しても同様に不十分であり、飼料混合物においては、副次的な二次的成分を構成するに過ぎない。さらに、有機燃料の生産において生成されるグリセロールは、メタノールと石けんを含有し、このため、飼料の総費用体系に関して不相応な精製操作、例えば、アルコールを除去するための減圧蒸留または、脂肪の分離除去などを必要とする。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】「微生物脂質」、CラトレッジおよびS.G.ウィルキンソン編、第1巻、アカデミック.プレス、1988年
【非特許文献2】S.パパニコラオおよびG.アグリス、「工業用グリセロール中で増殖するヤロヴィア・リポリチカによる一段階連続培養における脂質の生産」バイオリソース・テクノロジー、第82巻(2002年)、第43頁〜第49頁
【非特許文献3】マイジュ・サランチラ、「グリセロールの利用」(卒業論文)、ヘルシンキ工科大学、2006年11月10日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従って、グリセロールおよび特に成分としてグリセロールを含有する不均一な混合物を、グリセロールに対する需要を著しく増加させる商業的製品に変換するための、経済的に有利な解決法は存在しないことが明らかである。この技術的欠如の意義は、化石原料と共に再生可能なエネルギー原料源に対して関心が高まっている場合に特に強調される。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、少なくとも1種のアルコールと石けんまたは石けんの前駆体を含有する出発原料から脂質または脂質混合物を生成させる方法に関する。
【0013】
本発明はまた、少なくとも1種のアルコールを含有するアルコール含有液相から脂質または脂質混合物を生成させる方法に関する。この方法によると、脂質を生産する微生物を、前記アルコール含有液相を含有する培養基質上へ接触させ、微生物に脂質を生産させ、細胞マスまたは細胞により生産される脂質が回収される。
【0014】
より具体的には、本発明による方法は、請求項1および4の特徴部において記載された事項により特徴づけられる。
【0015】
同様に、発明による使用は、請求項23および24において記載された事項により特徴づけられる。
【0016】
本発明は、脂質をアルカリ金属アルコキシドで処理する確立された方法に従って脂肪酸のエステルを製造する方法に関連する問題の新規な解決策を提供する。グリセロールは該方法において生産され、副反応においては、アルコールと共に、炭化水素鎖を有する水溶性の脂肪酸のアルカリ金属塩(石けん)が生成される。プロセスの主要な問題は、不純なグリセロールを利用すること、および、グリセロールを、利用するために要求される安全で有用な化合物に精製することである。
【0017】
発明の包括的な利点は、エネルギーに富む化合物である脂質を、単純な工程段階により、エネルギー効率が高くて環境に優しい方法で、エネルギー含量の低い生物学的原料に由来する化合物、例えば多価アルコールおよび一価アルコールなどから、好ましくは多量の水を使用することを避けて生産するために利用できることである。
【0018】
エネルギー経済学の観点から使用することが困難であって、有機脂質中に含有される脂肪酸エステルのエステル交換反応において発生する副次的な廃液流であって、アルコール化合物と脂肪酸の非エステル化塩を含有する該廃液流は、脂肪酸からなるグリセロ脂質の生産に適当であるフラクションへ変換されることができる。該グリセロ脂質はそれ自体利用可能であり、またはグリセロ脂質を含有する生物学的原料の他の原料へ再利用できる。微生物中で生成される脂質の望ましいエステルへの処理は、微生物細胞の前分解と後続の脂肪単離工程を伴うことなく行われることができる。
【発明の効果】
【0019】
発明の利点には、本発明方法に必要な装置が単純であること、および、製造および使用に関連する技術が知られているということが含まれる。本発明による方法は、生産規模に束縛されず、処理されるべき多価アルコールフラクションの必要量に応じて容易に決定することができる。本発明方法を実施するためには、エネルギーを浪費するような加熱処理と、加圧されたユニットの操作、または化学的触媒を必要としない。本発明方法を実施するためには、発明による方法の内部循環工程へ導入することができるような化学薬品の使用または該内部循環工程へ導入することができるような生体材料の加工処理のみを必要とするだけである。本発明方法には、コスト高をもたらす多価アルコールフラクションの、事前精製と、水の除去も必要としない。本発明方法の総費用効率は、該方法の実施過程において形成される脂質を含まないバイオマスが、内部循環工程において使用されることに加えて、多くの異なる目的、例えば、単一成分の生産のため、または微生物を生産するための補足的な培養基質として使用するために利用できるという事実によって改善される。
【0020】
また、界面活性化合物の存在により引き起こされる一般的に知られている問題は、本発明によって解決される。よく知られているように、界面活性化合物、例えば、脂肪酸の石けんなどは、微生物の成長を抑制し、ほんの僅かな微生物のための炭素源として役立つに過ぎない。微生物の生産プロセス中の石けんの存在は、培養基質の表面活性を減少させ、発泡を引き起こし、また、微生物細胞の比重量に基づく方法によって、培養液から該細胞を分離することを困難にする。水および水不溶性油を含有する混合物中の石けんの存在は、水相と油相の相互分離を抑制する。従って、石けん様の化合物を含有する多価アルコールは、微生物学的手段によって脂質を生産するためにはあまり適さない。このためバイオディーゼル燃料の製造過程において発生する副次的な石けん含有アルコール性廃液の完全な利用が妨げられまたは抑制される。本発明によれば、例えば、脂肪酸エステルの生産中に生じるグリセロールが豊富な副次的フラクション中に含まれる有機化合物は、微生物学的な脂質生産を達成するための化学的処理を組み合わせた方法を使用して脂質に変換することができる。
【0021】
本発明方法によれば、脂質を微生物学的に生産するために、特有の融通性がもたらされる。成長を抑制する有害な成分を含まない多価アルコール含有フラクションは、大多数の微生物にとって天然炭素源となる。従って、本発明方法の利点は、微生物の選択を、例えば、脂質の生産能、バイオマスの収率、培養手段および培養条件などに基づいて、幅広い範囲内で行うことができることである。脂質以外の微生物によって生産される他の成分は、多数の異なる方法において、高いエネルギー効率で使用することができ、これによって、本発明方法の総費用効率は改善される。
【0022】
このように、先行技術と比較して、本発明は、別の資源からの脂肪原料の総需要量を減少させることにより、持続可能な発展の原理を満たし、また、消費者に受け入れられる程度まで生産コストを更新していくための必要条件を具備している。
【0023】
次いで、本発明を、添付図面および詳細な説明に基づいてより詳細に記載する。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1図1は、本発明による方法の主な実施工程を示す。
図2図2は、出発原料上または本発明によるアルコール含有液相(存在する石けんは本発明により除去されている)上での酵母の増殖を示すグラフである。
図3図3は、純粋なグリセロール(J.T.べーカー社(米国)製)上での酵母の増殖を示すグラフである。
図4図4は、グリセロールとメタノールを含有する基質上での酵母の増殖を示すグラフである。図4aは、メタノール(グリセロール量の2重量%)を添加した5/10%グリセロールまたはメタノールを添加しない5/10%グリセロールを含有する基質上でのヤロウイア・リポリティカ(Yarrowia lipolytica)酵母の増殖を示すグラフであり、図4bは、これらの対応する基質上でのロドトルーラ・グルチニス(Rhodotorula glutinis)酵母の増殖を示すグラフである。
図5図5は、石けんを含有しないグリセロールフラクションであって、YNB(酵母窒素ベース)基質上に5%、12.5%または25%の量で使用された該グリセロールフラクション上での酵母の増殖を示すグラフである。
図6図6は、培養基質(YNB)が、石けんを含有しないバイオディーゼル燃料−グリセロールフラクションを5%または12,5%含有する場合の異なる時点における酵母の脂肪含有量を示すグラフである。この脂肪含有量は、R.グルチニス酵母に関しては図6aに、Y.リポリティカ酵母に関しては図6bにそれぞれ示される。
図7図7は、基質上のガラクトマイセス・ゲオトリシューム(Galactomyces geotrichum)カビの増殖を示すグラフであり、グルコース(A)、純粋なグリセロール(B)または石けんを含有しないグリセロールフラクション(C)を炭素源として使用した。図7aはカビの増殖曲線を示し、図7bは該カビの細胞中の脂肪含有量を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明は、少なくとも1種のアルコールと石けんまたは石けんの前駆体を含有する出発原料から脂質または脂質混合物を生成させるための方法に関し、該方法は、
− 金属イオン形成剤を出発原料へ添加することによって、不溶性の相および液相を含有する混合物を生成させ
− 不溶性の相を液相から分離させ、
− 培養基質上で脂質生産性微生物と液相とを接触させることによって、微生物細胞に脂質の生産を開始させ、次いで、
− 脂質を捕集する
ことを含む。
【0026】
好ましくは、出発原料は、多価または一価アルコールまたは両方と、石けんまたは石けんの前駆体とを含有する。
【0027】
本発明は、また、少なくとも1種のアルコールを含有するアルコール含有液相から脂質または脂質混合物を生成させるための方法に関し、該方法は、
− 培養基質上で脂質生産性微生物とアルコール含有液相とを接触させることよって、微生物細胞に脂質の生産を開始させ、次いで
− 脂質を捕集する
ことを含む。
【0028】
好ましくは、液相は多価または一価アルコールまたは両方を含有する。
【0029】
特に、本発明は、アルコールの量が出発原料の少なくとも半分(好ましくは70〜99重量%)の上記出発原料、または、アルコールの量が36〜100重量%(好ましくは70〜100重量%)であるアルコール含有液相から、脂質または脂質混合物を生成させるための方法に関する
【0030】
本発明の好ましい実施態様によると、ナトリウムメトキシドを使用して行われるグリセロ脂質からなる脂質のエステル交換の結果として形成されるアルコールを含有するフラクションは、脂質または脂質混合物を生成させるための前記方法において出発原料として使用される。
【0031】
用語「脂質」は脂肪性物質を意味し、その分子の一部は一般に、有機溶媒中に溶解するが、水中では低溶解性である脂肪族炭化水素鎖である。
【0032】
本発明において、微生物内で形成される脂質は主にトリアシルグリセロール、すなわち、グリセロールおよび脂肪酸から形成されるトリエステル(トリグリセリド)、またはステロールのエステルであるが、例えばリン脂質、ステロール、ポリプレノール、スフィンゴ脂質、糖脂質およびジホスファチジルグリセロールなどの他の脂質もまた細胞内で生成されることができる。
【0033】
本発明の好ましい実施態様によると、トリグリセリド、または例えばステロールおよび遊離酸素などの成分が多量に存在できるトリグリセリド含有混合物は、アルコールを含有する液相から形成される。
【0034】
用語「石けん」は脂肪酸の塩を意味する。
【0035】
本発明は、脂肪(脂質)を含有する長鎖脂肪酸が、グリセロール、他のアルコール(例えば一価アルコールなど)および有機石けんを含む混合物から生産される天然の副次的段階に基づく方法を主として含む。従って、本発明は、高度に酸化された有機化合物を、エネルギー含有量の高い還元脂質に変換するために使用することができ、該還元脂質は、さらなる精製処理に付すことによって、異なるエネルギー生産様式のための使用に適している。
【0036】
次に、単純化のために、本発明およびその実施態様は、多価アルコールとしてグリセロールを用いて説明するが、グリセロールは、本発明にとって適当である別の多価アルコールに置き換えることは可能である。
【0037】
グリセロールおよび一価アルコールは、特に次のことが判明しているために、微生物のための炭素源として適当である。即ち、グリセロールと一価アルコールは混合物として、両者の炭素源としての用途を強化し、また、適当な微生物を選択することにより、これらの化合物は、生合成によって、脂肪酸からなる微生物由来の脂質、例えば、商業的に重要な化合物を単離する方法で用いる栄養分などとして使用され得る他の生態適合材料、または、他の一般的な適用、例えば、飼料および栄養分として使用できるバイオマスに変換することができる。
【0038】
脂肪酸エステルの酸触媒を用いる製造法において生成される石けんは、微生物を用いる脂質の生産法にとって問題をもたらす。石けんは、微生物の増殖ひいては脂質の生合成を遅延させるか、または完全に阻害する。石けんは、細胞を培養基質から分離することを困難にする。
【0039】
本発明の方法によると、脂肪酸を含有する脂質は、化学的および生物学的な方法を組み合わせることによって、不純な石けん含有グリセロールの副次的廃液流から、微生物学的に生産することができる。この場合、グリセロールおよび他の化合物を含有するフラクションは、脂質合成性微生物の生産に使用され、また、該微生物から生産される脂質は、例えば、脂肪酸のアルコールエステルを製造するために再利用できる。
【0040】
工業的に使用するために適当である化学的および生物学的な反応が、本発明においては新たな手法によって、本発明による方法の本質的要素へと組み合わされ、該方法によれば、グリセロール、アルコール(好ましくは一価アルコール)、および、脂肪酸エステルの酸触媒を用いる製造において生成されるグリセロール溶液中に含有される他の有機化合物は、エネルギー効率の高い方法によって、脂肪酸を含有する脂質へと変換することが可能である。
【0041】
本発明は好ましく、存在する可能性のある固形物成分を濾過によりグリセロールフラクションから除去し、その後、グリセロールフラクションの酸度を、必要な量の酸、好ましくは微生物のための炭素源として役立つ塩を形成する酸で、より好ましくは酢酸、蟻酸または乳酸で調整する工程を含む。濾過は、例えば濾過用布を使用することで達成される。
【0042】
好ましい実施態様によると、脂質または脂質混合物を生成させるための方法は、下記の工程を含む:
− 所望により、出発原料へ酸、好ましくは有機酸、より好ましくは酢酸、蟻酸または乳酸を添加することによって、系のpHを3〜8、好ましくは6〜8の値に調整し、
− 混合物へ金属イオン形成剤、例えば、アルカリ土類金属の無機塩、好ましくはCa2+またはMg2+を生成する塩、より好ましくは塩化カルシウムまたは塩化マグネシウム、最も好ましくは塩化カルシウムを、固体または液体(例えば水溶液など)として、少なくとも40%の石けんを沈殿させる量、好ましくは、石けんの量に対して化学量論量の金属イオンが生成される量、最も好ましくは10重量%の化学量論的過剰量で添加することによって不溶性の相および液相を生成させ(この場合、不溶性の相は石けんを含有し、液相は多価または一価アルコールを含有するアルコール含有溶液すなわち前述の液相を含有する)、
− 存在した石けん前駆体の化学反応によって生成された石けんを含む不溶性の相を、液相から好ましくは濾過により、またはデカンテーションにより、または沈殿物を回収するために一般的に使用される別の手段により分離し、
− 液相と脂質生産性微生物を、脂質の生産に必要な栄養分またはこれらの栄養分を含有する粉砕した微生物マスが補給された培養基質上へ供給し、
− 微生物細胞に脂質を生産させることによって、脂質を微生物細胞の内側または外側に蓄積させ、
− 所望により、微生物細胞を粉砕し、
− 所望により、相分離または抽出によって脂質を分離し、
− 細胞マスまたは細胞により生産される脂質を、好ましくは、濾過または比重量の違いに基づく方法、例えば遠心分離法などによって回収した後、生成したフラクション、例えば脂質、脂質含有フラクションまたは脂質混合物を、回収された細胞マスから分離し、次いで
− 好ましくは細胞マスまたはそのフラクションを脂質として使用する。
【0043】
特に好ましくは、任意に濾過されたグリセロールフラクション中に存在する水に可溶な石けんは、混合物中に二価のアルカリ土類金属の無機塩、好ましくはCa2+の無機塩、最も好ましくはCaClを添加することにより、水に不溶性の石けんに変換される。最も適するのは、塩は固形物として添加され、これにより、かなりの量の水の使用を避けることができる。混合時間は、沈殿物の形成が実質的に停止するまで、制御される。形成された不溶性のフラクション(沈殿物)は、濾過により、またはデカントにより、または沈殿物を回収するために一般的に使用される他の方法により、液体フラクション(液相)から分離される。液体のグリセロールフラクションは、それが含有し得る他の化合物と共に、微生物による脂質生産に適する濃度で微生物の培養基質内へ混合することにより使用される。石けん沈殿物の分離後、炭素原子が4よりも大きい炭化水素フラクションは、好ましくは遊離脂肪酸、もっとも好ましくは脂肪酸エステルを生産するために、数種の異なる方法によって処理することができる。
【0044】
本発明方法の異なる段階において添加される化合物、例えば酢酸、二価のアルカリ土類金属塩(例えばCaCl)、またはこれらの化合物により形成される副次的フラクションは、NaClと二酸化炭素は別として、完全には該方法の系外へは移動しないが、好ましくは該方法の系内で再利用されるか、またはこの種の化合物は別の経済的に利用可能なフラクションに変換され、これによって、該方法の総費用効果が改善される。
【0045】
表面活性化合物を、エステル交換において形成されるアルコールを含有する副次的フラクションから取り除くことにより、微生物の培養および単細胞脂質を生産するためにこのフラクションを使用するための先行必要条件が発生する。
【0046】
しかしながら、驚くべきことには、試薬級の純粋なグリセロールは非常に効率的な炭素源ではないことが、見いだされた。一方、メタノールはグリセロールの使用を強化するので、メタノールを除去する必要はなく、メタノールは微生物由来の脂肪を生産するために使用することができる。
【0047】
前述の事実は次のことを意味する。即ち、多数の未利用炭化水素鎖を含有する不純なグリセロールフラクションから得られる既に相対的に酸化された状態にある実質上全ての有機炭素化合物は、微生物がこの混合物を利用して脂質にすることができるような効率で利用されることができる。
【0048】
発明において使用される多価アルコールは、少なくとも3個の炭素原子を含有する多価脂肪族アルキルアルコールから選択される。好ましくは、多価アルコールはグリセロール、リン脂質から形成されるアルコールまたはステロールである。最も適当な多価アルコールはグリセロールである。一方、一価アルコールは、1〜4個の炭素原子を含有するアルキルアルコールから選択され、好ましくはメタノール、エタノールまたは1−プロパノールである。最も適当な一価アルコールはメタノールである。
【0049】
微生物は、天然または変性された脂質蓄積性微生物、好ましくは、酵母、カビ、バクテリアおよび藻類、より好ましくは酵母およびカビ、最も適当には酵母から選択される。前記微生物が脂質を生産できることは不可欠なことである。
【0050】
本発明のために適する脂肪蓄積性酵母属には下記の酵母が含まれる:
・ カンジダ属(とりわけC.クルバタ(curvata))
・ ヤロウイア属(Yarrowia)(とりわけY.リポリティカ(lipolytica))
・ リポマイセス属(lipomyces)(とりわけL.スターケイー(starkeyi)
・ ロドトルーラ属(Rhodotorula)(とりわけR.グルチニス(glutinis)。
【0051】
相応して、本発明のために適する脂肪蓄積性カビ属には、以下のカビ属が含まれる:
・ モルティエラ属(Mortierella)
・ ムコ属(Muco)
・ ガラクトマイセス属(Galactomyces)。
【0052】
相応して、脂肪蓄積性バクテリア属には、以下のバクテリア属が含まれる:
・ ロドコッカス属(Rhodococcus)
・ ユレモ属(Oscillatoria)。
【0053】
同様に、脂肪蓄積性微小藻類属には、以下の微小藻類属が含まれる:
・ クリプセコジニウミ属(Crypthecodiniumi)
・ ウルケニア属(Ulkenia)
・ シゾキトリウム属(Schizochytrium)。
【0054】
本発明の好ましい実施態様によると、脂肪酸を含有する脂質を細胞内において合成する微生物、好ましくは細胞の乾燥重量の12〜60重量%の割合で合成する微生物が、脂質を合成するために使用される。
【0055】
本発明の別の好ましい実施態様によると、炭素源としてグリセロールおよび短い鎖状のアルコールを使用することができる微生物が、脂質を合成するために使用される。
【0056】
本発明の特に好ましい実施態様によると、本発明において形成される脂質を含有しないバイオマスは、微生物にとって適した方法で処理され、培養基質のための栄養分として使用される。培養基質には、これら成分に加えて、使用される微生物のために有益な成分を補給することができる。脂質を生産するためには、一般に、微生物は、とりわけ、炭素源(本発明において出発原料から得られる)、窒素源、例えば無機アンモニウム塩(例えば硫酸アンモニウム)または有機窒素源(例えばアミノ窒素、酵母エキス、または加水分解された細胞マス)、および微量元素源、例えばホスフェート、スルフェート、クロリド、ビタミンまたはカチオン源(例えばMg、K、Na、Ca,FeまたはCuイオン源)を通常必要とする。従って、必要であれば、これらの成分を基質上に添加できる。本発明の方法を適用する場合、培養基質中のアルコール含有量は、好ましくは2〜36重量%である。
【0057】
微生物から脂質を回収するためには、まず細胞が捕集され、次いで該細胞は粉砕処理に付されるか、または例えば自己分解の結果として粉砕し、次いで、脂質は、油相として水性の相から分離される。または、代替法として、微生物マス自体、または異なる既知の方法によって該マスから得られるフラクションが脂質として使用される。微生物中に含有されるか、または微生物により生産される脂肪酸含有脂質は、細胞からの脂質の事前分離なしでエステル交換処理に付すことができる。または、細胞を粉砕し、脂質は、有機溶媒を用いて破砕された細胞から抽出される。本発明に適した脂質の回収方法は、例えば次の文献に記載されている:Z.ヤコブ、「酵母脂質:抽出:品質分析および許容性」、クリティカル・レヴューズ・イン・バイオテクノロジー、第12巻(5/6)、第463頁〜第491頁(1992年)。
【0058】
細胞内で生成される脂質の量は、本発明方法を使用する場合、細胞の乾燥物質の60%まで増加させることができる。
【0059】
本発明の方法により生産される脂質または脂質混合物は、様々な異なる用途において使用することができる。好ましくは、エステル化、例えば、エステル交換など、または水素処理は、脂質、脂質混合物、脂質含有細胞またはこれらのフラクションに対して行われる。
【0060】
本発明の特に好ましい実施態様によると、生産される脂質は、脂肪酸のアルコールエステルの生産のために使用される。より適当には、脂肪酸のこれらアルコールエステルは、生物燃料、例えばバイオディーゼル燃料などの製造においてさらに使用される。より好ましくは、これら脂肪酸エステルは、バイオディーゼル燃料(メチルエステルまたはエチルエステル)または再生可能なディーゼル燃料(動物、植物または微生物由来の水素処理脂質:この場合、微生物脂質は、バクテリア、酵母、カビ、藻類または他の微生物から誘導することができる)の製造においてさらに使用される。これに対応して、本発明の方法において使用される出発原料は、好ましくは、例えば一般的に約2〜10%の石けんを含有するバイオディーゼル燃料の製造において生成されるメタノール含有グリセロールフラクションから得られる。水は鹸化を引き起こすので、水(および一価アルコール、例えばメタノールなど)の量は、反応中最小限度に抑制される。20%未満、好ましくは2〜10%の水が、前記メタノール含有グリセロールフラクション中に放出される。この水の含有量が、本発明の方法において使用される出発原料において好ましい。
【0061】
脂肪酸のトリグリセリドを含有する植物油および動物性脂肪は、ディーゼル燃料用の原料として一般的に使用されている。これらの原料を燃料に変換する過程には、例えば、エステル交換、接触水素処理、水素化分解、接触分解、熱分解などの過程が含まれる。一般的には、トリグリセリドはそれ自体では使用されていないが、エステル交換反応中にそれぞれの脂肪酸エステルに変換されている。
【0062】
本発明による生成物は、例えば、最後に述べた反応における原料として、好ましくは、脂肪酸のエステル化または植物または動物起源の脂質が水素化処理される工程における供給原料(feed)として、最も好ましくは、いわゆるHVO(水素添加された植物油)が製造される工程における供給原料として適している。
【0063】
エステル交換において使用されるべき本発明による生成物は、最終生成物、すなわち燃料にとっての有利な低温流動特性を達成するためには、好ましくは二重結合を有する。
【0064】
本発明において生成される脂質は、例えば、トリグリセリドの酵素による加水分解中、または脂肪の精製に関連して生成される遊離脂肪酸を0〜40重量%含有することができる。また、これら脂肪酸は、生物燃料自体または酸の製造において使用することができ、また、トリグリセリドは、メチルエステルにエステル化されることができ、該エステルをバイオディーゼル燃料において使用することができる。
【0065】
EU−指令2003/30/EYによると、「バイオディーゼル燃料」は「生物燃料として使用するディーゼル燃料品質を有する、植物脂または動物油から生産されるメチル−エステル」を意味する。
【0066】
脂質の分離後に残留する微生物から生成されるバイオマスは、多数の異なる方法で処理して利用することができる。例えば、該バイオマスは、微生物の増殖に必要とされる培養基質において、そのまま使用するか、または酵素的、化学的または機械的なものを含む物理的な加工処理に付した後で繰り返して使用することができる。あるいは、脂質を含まない細胞マスは異なる組成のフラクションに分割される。好ましい代替手段は、酸触媒を用いる加水分解を細胞マスに対して直接行う方法であり、その後、脂質は、例えば相分離により、他の加水分解された細胞マスから分離することができ、残存するバイオマスは微生物を培養するために使用することができる。別の代替手段は、商業的に重要な成分を単離するために、脂質を含まない細胞マスを使用することである。これらの成分には、タンパク質、タンパク質加水分解物、タンパク質から誘導されるペプチドが含まれ、特に、酵母を使用する場合には、これらの成分に加えて、ベータ−グルカン、キサン、ビタミン、ビタミン前駆体およびステロールが含まれる。脂質の好ましい用途は、脂肪酸エステルの生産のための脂質原料として、脂質を含有する微生物マスをそのまま使用することである。
【0067】
以下の実施例は、本発明を例示的に説明するものであり、本発明を限定するものではない。本発明はまた、使用した微生物の菌株に限定されるものではない。本発明は、使用した菌株の他に、同一種または同一属の他の菌株を併用して実施することもできる。
【0068】
脂質生産性微生物(および藻類)は一般的に入手可能であり、これらの微生物はいくつかの菌株寄託機関、例えばATCC、DSMなどに寄託されている。脂質を生産する微生物および微生物(および藻類)を用いて脂質を生産する方法は、文献、例えば次の刊行物に記載されている:「単細胞油」、Z.コーヘンおよびC.ラトレッジ編、AOCSプレス、2005;「微生物脂質」、C.ラトレッジおよびS.Gウィルキンソン編、第1巻および第2巻、アカデミックプレス、1988年。
【実施例】
【0069】
実施例
実施例1.発明による出発原料上での酵母の増殖

ヤロウイア・リポリティカATCC20373およびロドトルーラ・グルチニスTKK3031酵母を、石けんを含有するバイオディーゼル燃料であるグリセロールフラクション、すなわち、本発明による出発原料、または本発明によって石けんが除去されたバイオディーゼル燃料であるグリセロールフラクション5%(重量/体積)で補給されたYNB培養基上において、30℃で250rpmの条件下で振盪培養させ、クレット−サマーソン社製比色計を用いて、不透明度の増加によって増殖を監視した。増殖曲線を図2に示す。石けんを含有するグリセロールフラクション上の酵母の増殖は、極めて不十分であることが図より判断できる。石けんを含有しないグリセロールフラクション上で培養された酵母の増殖が、培養時間に伴ってほぼ直線状に増加することは注目すべきであり、このことはこのような培養方法においては異例である。不透明度の増加は、石けんと混合物の他の成分によって形成されたエマルションの結果であるかもしれない。細胞の回収は、遠心分離によっても不可能であった。このことは、残留している細胞と石けんとが結合し、これらの結合体が相分離過程を通じて遠心分離の重力に逆らうことを示す。その結果、細胞の脂肪含有量もまた測定できなかった。
【0070】
上記の実験は、脂肪酸エステルの酸触媒を用いる製造において形成されたグリセロールフラクション(石けんを含有するバイオディーゼル燃料−グリセロールフラクション)が、グリセロ脂質の微生物学的生産にとって適当でないことを示す。
【0071】
実施例2.純粋なグリセロール上での酵母の増殖

実施例1の酵母を、炭素源として5または10%(重量/体積)の純粋な(99%より高い純度)グリセロール(J.T.べーカー(米国)製)を含有するYNB培養基上で培養した。培養を室温にて250rpmで振動させて行った。酵母の増殖曲線を図3に示す。酵母の増殖速度は非常に遅く、細胞含有量は普通であった。特に、R.グルチニス酵母の増殖は不十分であり、10%グリセロール上では、該酵母は全く増殖しなかった。
【0072】
従って、本発明によって石けんが除去されていたグリセロールフラクションに関して、メタノールを含有しない純粋なグリセロールは、微生物マスの生産(従って、グリセロ脂質の生産)のための有効な炭素源ではないと結論づけることができる。
【0073】
実施例3.増殖に対するメタノールの効果

実施例2における培養基に、グリセロール量に対して2重量%のメタノールを添加し、酵母の増殖を監視したところ、メタノールの存在は、酵母の増殖を促進し、増殖に対して全く影響を及ぼさないことが観察された(図4)。
【0074】
従って、これらの実験は、グリセロールフラクション中のアルコールの存在は、グリセロールフラクションを完全に使用すること関して有益であることを示す。
【0075】
実施例4.発明により石けんが除去されたグリセロールフラクション上での酵母の増殖および脂肪の生産

Y.リポリティカおよびR.グルチニス酵母を、5;12.5または25%(重量/体積)のグリセロールフラクション(石けんが除去されたもの)が補給されたYNB培養基上で、増殖させた。培養を室温にて250rpmで振動させて行った。増殖曲線は図5において示される。酵母は、5および12.5%のグリセロールフラクションを含有する培養基上で急速かつほぼ同様に増殖したが、25%のグリセロールフラクションは明確に増殖を減速させたことが図から判る。この実験においては、R.グルチニスは12.5%のグリセロールフラクションを含有した培養基上で増殖した。しかしながら、注目すべきことは、5%のグリセロールフラクションを含有した培養基の場合の置換率は2%であったが、より高いグリセロール濃度での置換率は1%であったことである。しかしながら、このことが達成された細胞濃度または脂肪の量への影響を及ぼしたとは考えられない。
【0076】
脂肪含有量は、石けんを含有しないバイオディーゼル燃料−グリセロール(5/12.5%のグリセロールフラクション)上で培養された細胞から、異なる時点でガスクロマトグラフィにより測定した。結果を図6aおよび図6bに示す。酵母細胞の脂肪含有量は、より低いグリセロール濃度の場合により高く増大したことが図より判る。R.グルチニス酵母は、実験をおこなった条件下では、Y.リポリティカ酵母よりもかなり多量の脂肪を含有した。
【0077】
実施例5 石けんを含有しないグリセロール上でのカビの培養

ガラクトマイセス・ゲオトリシューム(ゲオトリシューム・キャンディダム(candidum))DSM1240カビを、発明によって石けんが除去されたバイオディーゼル燃料であるグリセロールフラクションまたは純粋なグリセロール(J.T.べーカー社製)25g/lを含有する50mlの培養基質(酵母エキス3g/l、KHPO 3g/l、MgSO 5g/l)上で培養した。比較例において、グルコース(20g/l)を炭素源として使用した。細胞を、20℃にて200rpmで48時間振動して培養した。増殖をクレット−サマーソン社製比色計で観察した。異なる炭素源上で培養された細胞の増殖曲線を図7aに示す。発明によって石けんが除去されたバイオディーゼル燃料であるグリセロールは、カビのための優れた炭素源として役立ったこと、および、グルコース上で培養された細胞の増殖速度と比較して、細胞の増殖速度において有意な違いが観察されなかったことが図より判ることができる。バイオディーゼル燃料であるグリセロールフラクション中に含有されたメタノールは、カビの増殖に抑制作用を示さず、また、促進効果も示さないことが観察された。
【0078】
カビ細胞の脂肪含有量を、24時間および48時間の時点で測定した。炭素源としてのバイオディーゼル燃料であるグリセロールフラクションは、他の実験された炭素源よりも、細胞中により高い脂肪含有量をもたらした(48時間での違いは、統計的に有意なP<0.005であった)ことが図7bから判断できる。さらに、培養時間が延びることで、カビ細胞の脂肪含有量は、恐らくさらにより増加していたであろうことに注目しなければならない。
【0079】
実施例6. グリセロール上での藻類の培養

珪藻ファエオダクチラム・トリコルヌーツム(phaeodactylum tricornutum)を、炭素源フラクションとして、発明によって石けんが除去されたバイオディーゼル燃料であるグリセロールフラクションを使用して混合栄養的に培養した。純粋なグリセロール(J.T.べーカー社製)を炭素源の対照として使用した。培養基質(減菌した海水)中のグリセロールの濃度は8g/lであった。培養物を、減菌フィルターを介して吹き抜けた空気によって攪拌し、蛍光灯で連続的に照射するために、培養を1リットルの三角フラスコ内で行った。細胞を250時間培養し、その後、バイオディーゼル燃料であるグリセロールフラクションに関する細胞産出量は、2.0g乾燥細胞質量/lであり、精製したグリセロールについては1.8g/lであった。細胞中で得られた脂肪含有量は、バイオディーゼル燃料であるグリセロールフラクションについては、121mg/乾燥物質1gであり、精製したグリセロールについては128mg/乾燥物質1gであった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7