特許第5730579号(P5730579)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5730579
(24)【登録日】2015年4月17日
(45)【発行日】2015年6月10日
(54)【発明の名称】アミノ酸高含有酵母の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/16 20060101AFI20150521BHJP
   C12P 13/04 20060101ALN20150521BHJP
   A23L 1/28 20060101ALN20150521BHJP
   A23L 1/221 20060101ALN20150521BHJP
   A23L 1/39 20060101ALN20150521BHJP
【FI】
   C12N1/16 G
   C12N1/16 B
   !C12P13/04
   !A23L1/28 A
   !A23L1/221 H
   !A23L1/39
【請求項の数】2
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2010-539138(P2010-539138)
(86)(22)【出願日】2009年11月17日
(86)【国際出願番号】JP2009006148
(87)【国際公開番号】WO2010058551
(87)【国際公開日】20100527
【審査請求日】2012年8月10日
(31)【優先権主張番号】特願2008-294644(P2008-294644)
(32)【優先日】2008年11月18日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000000055
【氏名又は名称】アサヒグループホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(72)【発明者】
【氏名】澁谷 一郎
(72)【発明者】
【氏名】小谷 哲司
【審査官】 小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−171961(JP,A)
【文献】 特開平09−294581(JP,A)
【文献】 特開平09−313169(JP,A)
【文献】 特開平10−327802(JP,A)
【文献】 特公昭39−016342(JP,B1)
【文献】 特公昭54−031076(JP,B1)
【文献】 特開昭60−133892(JP,A)
【文献】 特開昭63−123390(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00− 7/08
C12P 1/00− 41/00
A23L 1/221
A23L 1/28
A23L 1/39
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
G−Search
食品関連文献情報(食ネット)
WPI/Foodline Science/Foods Adlibra/Food Science and Tech Abst(Dialog)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵母を、対数増殖期pH4.0〜6.0で培養した後、増殖の定常期、液体培地のpHが7.5以上11未満である条件下で液体培養する工程を含
前記の液体培養する工程が、
増殖の定常期にある酵母の液体培地のpHを7.5以上11未満に調整する工程;及び
当該酵母を当該pHの範囲内においてさらに培養する工程;
を含む、アミノ酸高含有酵母の製造方法。
【請求項2】
前記酵母がサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、又はキャンディダ・ユティリス(Candida utilis)である請求項1記載のアミノ酸高含有酵母の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アミノ酸高含有酵母の製造方法、アミノ酸高含有酵母、アミノ酸高含有酵母エキス、調味料組成物、及びアミノ酸含有飲食品に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、日本をはじめ欧米などの先進国を筆頭に、世界中で添加物を使用しない自然かつ健康志向の天然調味料が望まれている。そのような中、酵母エキス業界では核酸などの「旨味」を増強した高付加価値エキスの開発が行なわれているが、核酸と並び「旨味」の代表であるアミノ酸についても開発が進んでいる。
グルタミン酸は、従来からグルタミン酸ナトリウムが化学調味料などとして普及しているが、近年は、グルタミン酸だけでなくその他のアミノ酸も天然に含有する酵母を培養して得られた培養物やエキスなどを飲食品に用いることが好まれている。
【0003】
例えば、特許文献1には、遊離アミノ酸の含有量が25重量%以上であり、かつ核酸系呈味性成分の合計含有量が2重量%以上であることを特徴とする酵母エキスが記載されている。
また、特許文献2には、酵母エキス中の全遊離アミノ酸含有量が3.0%以上であり、全遊離アミノ酸含有量中のアラニン含有量が10%以上、グルタミン酸含有量が25%以上、かつヒスチジン含有量が10%以上であるキャンディダ・トロピカリス、キャンディダ・リポリティカ又はキャンディダ・ユーティリスに属する酵母由来の酵母エキス組成物が記載されている。
また、特許文献3には、酵母抽出物を有効成分とする甘味改善剤が記載され、該酵母抽出物が、5’−イノシン酸ナトリウム及び/または5’−アデニル酸ナトリウム、5’−グアニル酸ナトリウム、5’−ウリジル酸ナトリウム及び5’−シチジル酸ナトリウムを各々1〜15%、及びグルタミン酸ナトリウムを1〜20%含有している。
また、特許文献4には、乾燥菌体1g当たり15mg以上の遊離グルタミンを含有する酵母を消化する工程を含んでなる、細胞内遊離グルタミン由来のグルタミン酸をエキス固形分に対して少なくとも3%含む酵母エキスの製造方法が記載されている。
また、特許文献5には、酵母を消化、或いは分解した酵母エキスであり、1マイクロメーターの口径を有する濾過膜を透過させ、その透過部をゲル濾過に供し、分画された流出液中の220nmにおける吸光光度法で検出されたペプタイド類において、分子量10000以上となるものの比率が、全検出されたペプタイド類の総量に対し、10%以上となる事を特徴とする酵母エキスが記載されている。
また、特許文献6には、L−グルタミン酸(Na塩として)を13重量%以上含有することを特徴とするグルタミン酸高含有酵母エキスが記載されている。
また、特許文献7には、核酸系呈味物質、グルタミン酸類、カリウム及び乳酸、乳酸ナトリウム又は乳酸カリウムを含有し、モル比が核酸系呈味物質:グルタミン酸類=1:2〜40でありかつ(核酸系呈味物質+グルタミン酸類):カリウム:(乳酸、乳酸ナトリウム又は乳酸カリウム)=1:5〜80:10〜80であることを特徴とする調味料組成物が記載されている。
また、特許文献8には、グルタミン酸拮抗生育阻害剤に耐性を有し、菌体内にグルタミン酸を蓄積する酵母が記載されている。
また、特許文献9には、細胞膜の構造・機能を障害する薬剤ナイスタチンに耐性を有し、菌体内にL-グルタミン酸を530mg/l以上蓄積する能力を有するヤロウィア・リポリティカ酵母を用いることを特徴とする酵母エキスの製造方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−49989号公報
【特許文献2】特許第3519572号公報
【特許文献3】特許第3088709号公報
【特許文献4】特開2002−171961号公報
【特許文献5】特開2005−102549号公報
【特許文献6】特開2006−129835号公報
【特許文献7】特開平5−227911号公報
【特許文献8】特開平9−294581号公報
【特許文献9】特許第3896606号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の方法では、植物性又は動物性タンパク質を用いて各種エキスを製造する際に、十分量の遊離アミノ酸を含有させるためには、HVP(Hydorolyzed vegetable protein、植物性タンパク質加水分解)やHAP(Hydrolyzed animal protein、動物性タンパク質加水分解)などの分解処理を行なう必要がある等、操作が煩雑になる場合が多かった。また、現在市販されている酵母エキスよりもアミノ酸等を高濃度に含有する酵母エキスの製造方法が望まれている。
【0006】
特許文献1については、酵素を使用するなど操作が煩雑であるのに加え、乾燥粉末当たりのグルタミン酸は13%程度である。
また、特許文献2については、遺伝子変異処理を行ない、酵素を使用するなど操作が煩雑であるのに加え、食品としての安全性、嗜好性等に劣る。
また、特許文献3については、グルタミン酸ナトリウムを1〜20%含有した酵母抽出物と記載されているが、実際に使用しているものはグルタミン酸ナトリウム5.0%含有した市販品であって、それ以上のものについては何も言及されていない。
また、特許文献4については、遺伝子組み換えで行なっており、操作が煩雑であり、かつ食品としての安全性、嗜好性等に劣る。
また、特許文献5については、グルタミン酸ナトリウム(ソーダ)を固形分当たり10%以上含有と記載してあるが、実施例については何らそれへの言及がない。
また、特許文献6については、酵素処理をするなど操作が煩雑である。
また、特許文献7については、グルタミン酸を外添したものにすぎない。
また、特許文献8については、乾燥菌体重量のグルタミン酸含有量は低い。
また、特許文献9については、親株に薬剤耐性付与を行なうなど、操作が煩雑である。
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、アミノ酸を従来より高濃度に含有するアミノ酸高含有酵母の製造方法、アミノ酸高含有酵母、アミノ酸高含有酵母エキス、調味料組成物、およびアミノ酸含有飲食品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意研究を行った結果、定常増殖期にある酵母の培養中に培養液を特定のpHに上昇(アルカリ性域にシフト)させることにより酵母中のアミノ酸含有量が増加することを見出した。そして、この酵母を用いて酵母エキスを製造することにより、アミノ酸含有量の高い酵母エキスを製造することができることを見出し、本発明を完成させた。すなわち、本発明は以下の構成を採用する。
【0008】
[1]酵母を、対数増殖期pH4.0〜6.0で培養した後、増殖の定常期、液体培地のpHが7.5以上11未満である条件下で液体培養する工程を含前記の液体培養する工程が、増殖の定常期にある酵母の液体培地のpHを7.5以上11未満に調整する工程;及び当該酵母を当該pHの範囲内においてさらに培養する工程;を含む、アミノ酸高含有酵母の製造方法。
]前記酵母がサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、又はキャンディダ・ユティリス(Candida utilis)である前記[1]アミノ酸高含有酵母の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明のアミノ酸高含有酵母の製造方法によれば、定常期の酵母の液体培地のpHをアルカリにシフトするだけで簡便に遊離アミノ酸含有量が顕著に増加したアミノ酸高含有酵母を製造することができる。
【0010】
本発明のアミノ酸高含有酵母から抽出作業を行なうことにより、遊離アミノ酸を高濃度で含むアミノ酸高含有酵母エキスが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、実施例2において、培養時間に対する菌数の増加曲線を示す。
図2図2は、実施例2において、培養時間に対する乾燥酵母菌体重量の増加曲線を示す。
図3図3は、実施例2において、培養時間に対する液体培地のpHの変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明のアミノ酸高含有酵母の製造方法は、増殖の定常期にある酵母の液体培地のpHが7.5以上11未満である条件下で、液体培養することを特徴とする。
以下に、本発明の実施形態について詳細に説明する。
酵母としては、単細胞性の真菌類であればよく、具体的には、サッカロマイセス(Saccharomyces)属菌、シゾサッカロマイセス(Shizosaccharomyces)属菌、ピキア(Pichia)属菌、キャンディダ(Candida)属菌、クリベロマイセス(Kluyveromyces)属菌、ウィリオプシス(Williopsis)属菌、デバリオマイセス(Debaryomyces)属菌、ガラクトマイセス(Galactomyces)属菌、トルラスポラ(Torulaspora)属菌、ロドトルラ(Rhodotorula)属菌、ヤロウィア(Yarrowia)属菌、ジゴサッカロマイセス(Zygosaccharomyces)属菌などが挙げられる。
これらの中でも、可食性であることから、キャンディダ・トロピカリス(Candidatropicalis)、キャンディダ・リポリティカ(Candida lypolitica)、キャンディダ・ユティリス(Candida utilis)、キャンディダ・サケ(Candida sake)、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)などが好ましく、より好ましくは汎用されているサッカロマイセス・セレビシエ、キャンディダ・ユティリスである。
【0013】
本発明を実施するには、上記の酵母を炭素源、窒素源及び無機塩等を含む液体培地で定常期まで培養した後、増殖の定常期にある酵母の液体培地のpHが7.5以上11未満である条件下で、液体培養すればよい。
【0014】
これら菌株の培地組成としては、特に限定されるものではなく、常法において利用されるものを用いることができる。例えば、炭素源として通常の微生物の培養に利用されるグルコース、蔗糖、酢酸、エタノール、糖蜜および亜硫酸パルプ廃液等からなる群より選ばれる1種または2種以上が用いられ、窒素源としては、尿素、アンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウムもしくはリン酸アンモニウム等の無機塩、およびコーンスティプリカー(CSL)、カゼイン、酵母エキスもしくはペプトン等の含窒素有機物等からなる群より選ばれる1種または2種以上が使用される。更に、リン酸成分、カリウム成分、マグネシウム成分を培地に添加してもよく、これらとしては、過リン酸石灰、リン安、塩化カリウム、水酸化カリウム、硫酸マグネシウム、塩酸マグネシウム等の通常の工業用原料でよい。その他、亜鉛、銅、マンガン、鉄イオン等の無機塩を使用してもよい。その他、ビタミン、核酸関連物質等を添加しても良い。
【0015】
培養形式としては、回分培養、流加培養または連続培養のいずれでもよいが、工業的には流加培養または連続培養が採用される。
【0016】
pH調整前の培養条件は、一般的な酵母の培養条件に従えばよく、例えば温度は20〜40℃、好ましくは25〜35℃がよく、pHは3.5〜7.5、特に4.0〜6.0が望ましい。また、好気的条件であることが好ましい。
また、通気・攪拌を行ないながら培養することが好ましい。通気の量と攪拌の条件は、培養の容量と時間、菌の初発濃度を考慮して、適宜決定することができる。例えば、通気は0.2〜2V.V.M.(Volume per volume per minuts)程度、攪拌は50〜800rpm程度で行なうことができる。
【0017】
増殖の定常期にある酵母の液体培地のpHが7.5以上11未満である条件下で、液体培養する方法は、特に限定されるものではなく、例えば、酵母培養が定常期に入ったときに、液体培地のpHを7.5以上11未満に調整してもよく、培地中に予め尿素などを加えておいて、培養時間を経るに連れて自然にpHが7.5以上11未満になるようにして、液体培地をアルカリシフトしてもよい。
培地に添加する尿素などの量は、特に限定されるものではなく、培養する酵母の菌体濃度にもよるが、培地に対して0.5〜5%程度が好ましい。
【0018】
培養した酵母が定常期に入ったときに、液体培地のpHを7.5以上11未満に調整する方法は、特に限定されるものではなく、例えばアルカリ性の成分を適宜添加し、液体培地のpHを7.5以上11未満、好ましくは7.5以上10以下に調整すればよい。
pH調整は、定常期であればいつ行なってもよいが、定常期に入った直後に行なうことが好ましい。酵母内の遊離アミノ酸濃度を十分に高めることが可能である上に、全工程終了時までに要する時間を短縮することができるためである。
対数増殖期にある酵母の液体培地のpHを7.5以上11未満にすると、酵母の増殖が抑制され遊離アミノ酸含有量が増加しないため好ましくない。
【0019】
アルカリ性の成分としては、特に限定されるものではなく、例えば以下の成分が挙げられる;NHOH(アンモニア水)、アンモニアガス、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム等の無機アルカリ、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等のアルカリ性塩基、尿素等の有機アルカリ等。
上記のうち、アンモニア水、アンモニアガス、尿素が好ましい。
【0020】
定常期にある酵母を、pHが7.5以上11未満の液体培地において培養する場合における温度、その他の条件は、一般的な酵母の培養条件に従えばよく、例えば温度は20〜40℃、好ましくは25〜35℃である。
【0021】
pHが7.5以上11未満にシフトした後の酵母内の遊離アミノ酸含有量は、培養時間の経過とともに増大し、ピークに達した後、減少する傾向がある。また、これは培養する酵母の菌体濃度やpH、温度等の条件に依存する。これは、アルカリ条件下で過度に長時間培養すると、酵母へのアルカリの影響が大きくなりすぎるためと推察される。よって、本発明においては、培養条件ごと、特にアルカリシフト後のpHごとに最適な培養時間を適宜選択することができる。ピーク時の酵母を用いて酵母エキスを調製することにより、遊離アミノ酸含有量が非常に高いアミノ酸高含有酵母エキスが得られる。
【0022】
つまり、ピーク時に培養を終了し酵母を回収することにより、遊離アミノ酸含有量が、乾燥酵母菌体当たり7.5重量%以上という、非常に遊離アミノ酸含有量の高い酵母を得ることができる。また、ピーク時の酵母を用いて酵母エキスを調製することにより、遊離アミノ酸含有量が、乾燥重量当たり30重量%以上と非常に高いアミノ酸高含有酵母エキスを得ることができる。
【0023】
本発明において、「乾燥酵母菌体当たりの遊離アミノ酸含有量」とは、酵母菌体を乾燥させて得られる固形分中に含まれる遊離アミノ酸の割合(重量%)を意味する。また、「酵母エキスの乾燥重量当たりの遊離アミノ酸含有量」とは、酵母エキスを乾燥させて得られる固形分中に含まれる遊離アミノ酸の割合(重量%)を意味する。
【0024】
酵母菌体中、又は酵母エキス中の遊離アミノ酸含有量の測定方法は、例えば、(米国)ウォーターズ社製Acquity UPLC分析装置を用いて、アキュタグウルトラ(AccQ−Tag Ultra)ラベル化法により測定することができる。検量線は、例えば、アミノ酸混合標準液H型(和光純薬社製)を用いて作成すればよい。該方法により、試料中の遊離のアミノ酸を選択的に定量することが可能である。
また、日本電子社製アミノ酸自動分析装置JLC―500/V型などを用いて測定することも可能であるが、特に限定されるものではない。
【0025】
具体的には、酵母の遊離アミノ酸含有量は、アルカリシフト後(液体培地のpHを7.5以上11未満に調整した後)の培養時間が長くなるほど、経時的に徐々に上昇し、培養6〜12時間の時点でピークに達し、その後、48時間程度まで培養を続けた場合であっても、アルカリシフト前より高い遊離アミノ酸含有量を維持する傾向がある。このため、遊離アミノ酸含有量の多い酵母を得るためには、アルカリシフト後の培養時間は、pH調整後48時間以内が好ましく、12時間以内がより好ましく、1〜6時間がさらに好ましい。
【0026】
このように、本発明の製造方法により、遊離アミノ酸含有量の高い酵母を製造することができ、また、得られた酵母から酵母エキスを抽出し製造することにより、良好な呈味成分である遊離アミノ酸を豊富に含む酵母エキスを簡便に得ることができる。
【0027】
また、本発明は液体培地のアルカリシフトのみの簡単な工程でアミノ酸高含有酵母を製造することが可能である。また、前述したように、培地は特に特殊なものを使用する必要はなく、アンモニア等、安価な原材料で製造することが可能である。
【0028】
本発明の方法により、高濃度の遊離アミノ酸を酵母菌体内に含有するアミノ酸高含有酵母が得られるが、アミノ酸高含有酵母からアミノ酸を含有する分画物を得てもよい。
アミノ酸高含有酵母からアミノ酸を含有する分画物を分画する方法としては、通常行われている方法であればいずれの方法でもよい。
【0029】
また、上記方法により培養したアミノ酸高含有酵母からアミノ酸高含有酵母エキスを製造することができる。アミノ酸高含有酵母エキスを製造する方法としては、通常行われている方法であればいずれの方法であってもよく、自己消化法、酵素分解法、酸分解法、アルカリ抽出法、熱水抽出法などが採用される。なお、一般的に、熱水抽出法のみによって得られる酵母エキス中のアミノ酸は、自己消化法等の酵素反応法によって得られる酵母エキスとは異なり、ほぼ全量が遊離アミノ酸であると考えられる。
【0030】
本発明のアミノ酸高含有酵母は遊離アミノ酸が多く、遊離アミノ酸含有量を、乾燥酵母菌体当たり7.5重量%以上、好ましくは7.5〜18.0重量%含むことができる。このため単に熱水処理によってのみから酵母エキスを抽出しても、呈味が良好な酵母エキスができる。
【0031】
従来、遊離グルタミン酸等の呈味性アミノ酸の含有量を高めるために、植物性、動物性タンパク質を用いて、酸やアルカリ等を用いた加水分解処理が行われることが一般的であった。しかしながら、タンパク質の加水分解処理物は、発ガン性の疑いのあるMCP(クロロプロパノール類)を含む、という問題がある。
これに対して、本発明の方法により製造された高アミノ酸含有酵母は、そもそも遊離アミノ酸含有量が高いため、該酵母を熱水方法等により抽出した後、酸やアルカリ等による分解処理や酵素処理を行わずとも、遊離アミノ酸含有量が十分に高い酵母エキスを調製することができる。すなわち、本発明の高アミノ酸含有酵母を用いることにより、呈味性と安全性の両方に優れた酵母エキスを、簡便に製造することができる。
【0032】
このようにして得られた本発明のアミノ酸高含有酵母エキスは、酵母菌体由来の遊離アミノ酸を、酵母エキス中に乾燥重量当たり30重量%以上、好ましくは30〜70重量%含む。
このため、本発明によって得られる酵母エキスは非常に呈味性が高く、飲食品等に用いることで、味に深みがあり、コクのある飲食品が製造できる。
【0033】
更に、本発明のアミノ酸高含有酵母エキスを粉末状にすることで、アミノ酸高含有酵母エキス粉末が得られ、酵母菌を適宜選択することにより、遊離アミノ酸を30重量%以上含む酵母エキス粉末が得られる。
【0034】
また、上記方法により培養したアミノ酸高含有酵母から乾燥酵母菌体を調製してもよい。乾燥酵母菌体を調製する方法としては、通常行われている方法であればいずれの方法であってもよいが、工業的には、凍結乾燥法、スプレードライ法、ドラムドライ法などが採用される。
【0035】
また、本発明のアミノ酸高含有酵母、該酵母の乾燥酵母菌体、該酵母から調製される酵母エキス、及び該酵母エキス粉末は、調味料組成物としてもよい。なお、該調味料組成物は、本発明の酵母エキス等のみからなるものであってもよく、本発明の酵母エキス等の他に、安定化剤、保存剤等の他の成分を含有していてもよい。該調味料組成物は、他の調味料組成物と同様に、様々な飲食品に適宜用いることができる。
【0036】
さらに本発明は、上記の方法により得られたアミノ酸高含有酵母、該アミノ酸高含有酵母から抽出されたアミノ酸高含有酵母エキスを含有する飲食品に関するものである。本発明のアミノ酸高含有酵母等を含有させることにより、遊離アミノ酸を高濃度に含む飲食品を効率的に製造することができる。
【0037】
これらの飲食品としては、通常乾燥酵母、酵母エキス、及びこれらを含む調味料組成物を添加しうる飲食品であれば何れでもよいが、例えばアルコール飲料、清涼飲料、発酵食品、調味料、スープ類、パン類、菓子類等を挙げることができる。
【0038】
本発明の飲食品を製造するには、飲食品の製造工程において、上記アミノ酸高含有酵母から得られる調製物、アミノ酸高含有酵母の分画物を添加してもよい。その他、原料としてアミノ酸高含有酵母をそのまま用いてもよい。
【0039】
次に、実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0040】
以下の<1>〜<8>に示す方法により、酵母(Saccharomyces cerevisiae AB9813株)を培養し、酵母培養液からエキス抽出および遊離アミノ酸分析を行なった。
【0041】
<1>前培養
以下の組成からなる培地を、容量350ml(2Lバッフル付き三角フラスコ)で2本作製した。
(培地組成)
糖蜜 8%
尿素 0.6%
(NHSO 0.16%(硫酸アンモニウム)(NHHPO 0.08%(リン酸水素2アンモニウム)
【0042】
(作製方法)
(1)糖蜜(糖度36%)167mlをミリQ水にて750mlにメスアップ後、2Lバッフル付き三角フラスコに350mlずつ分注した。
(2)オートクレーブ処理(121℃、15min)を行なった。
(3)使用時に糖蜜のみの培地に無菌的に窒素成分混液(×100)を1/50量添加(各7ml)した。
【0043】
(培養条件)
培養温度 30℃
振とう 160rpm(ロータリー)
培養時間 24h
(植菌量 300ml)
【0044】
<2>本培養
以下の組成からなる培地を、容量2000ml(流加終了時3Lの設定)作製した。
(培地組成)
塩化アンモニウム 0.18%(流加終了時3L換算)5.3g
(NHHPO 0.04%(リン酸水素2アンモニウム、流加終了換算)1.2g
【0045】
続いて、以下の条件で培養を行なった。
(培養条件)
培養温度 30℃
通気 3L/min
撹拌 600rpm
pH制御 下限制御pH5.0(10%アンモニア水にて)、上限制御なし
消泡剤 アデカネート原液
流加培地 糖蜜(糖度36%)、容量800ml(1Lメジウム瓶にて、最終8%)
【0046】
<3>pHシフト
次に、培養した酵母が定常期に入った直後に、NHOH水(10%)にて培養液のpHをアルカリ性域にシフト(以下、pHシフトという。)させて(設定pH9.0)、更に酵母を培養した。本培養開始後48時間で終了した。
【0047】
<4>集菌方法
(1)酵母を本培養した培養液を50mlプラスチック遠心チューブ(ファルコン2070)へ移し、遠心分離(3,000g、20℃、5min、HP―26)を行なった。
(2)上清を捨て、ペレットをミリQ水20mlに懸濁し、遠心分離(3,000g、20℃、5min、HP―26)を行なった。これを2回繰り返した。
(3)上清を捨て、ペレットをミリQ水20mlに懸濁した。
【0048】
<5>酵母乾燥菌体重量の測定
あらかじめ秤量しておいたアルミ皿(直径5cm)に、酵母懸濁液2mlとり、105℃にて4時間乾燥させた。
乾燥後の重量(酵母乾燥後重量)を測定し、以下の式(1)により固形分の重量(乾燥酵母菌体重量、単位g/L)を算出した。
酵母乾燥後重量 − アルミ皿重量 = 乾燥酵母菌体重量 ・・・(1)
【0049】
<6>熱水抽出法によるエキス溶液の調製
(1)残りの酵母懸濁液(約18ml)を遠心分離(3,000g、20℃、5min、HP―26)した。
(2)残りの懸濁液1.5mlをエッペンドルフチューブに移して、チューブをブロックヒーターに移し、80℃にて30分加熱した(エキス化)。または、温浴中100℃にて10分間過熱してもよい(エキス化)。
(3)その後、遠心分離(6,000g、4℃、5min)にて上清液(エキス溶液)を分離した。
【0050】
<7>遊離アミノ酸含有量の測定方法
次に、エキス溶液中の遊離アミノ酸を測定した。遊離アミノ酸含有量は、(米国)ウォーターズ社製Acquity UPLC分析装置を用いて、アキュタグウルトラ(AccQ−Tag Ultra)ラベル化法により測定した。また、検量線は、アミノ酸混合標準液H型(和光純薬社製)を用いて作成した。測定結果を表1に示す。なお、表1中、「総アミノ酸」とは、乾燥酵母菌体重量あたりの総遊離アミノ酸含有量(各遊離アミノ酸含有量の総和)を意味する。
【0051】
<8>分解率の測定方法
エキス溶液500μlをアルミ皿にとり、105℃、4時間乾燥させた。その後、エキス化前の乾燥重量から、エキス重量比(w/w)を算出した。
【0052】
【表1】
【0053】
乾燥酵母菌体中の総遊離アミノ酸含有量は、アルカリシフト後、少なくとも培養6時間後まで徐々に増大し、培養48時間後でもアルカリシフト前よりも高い含有量を維持していた。
【0054】
以上の結果から、定常期後に7.5以上11未満にpH調整してさらに培養を行なうことによって、酵母中の遊離アミノ酸含有量が増加することが示された。遊離アミノ酸含有量はpHシフト開始後に増加し、pH調整後48時間以内における遊離アミノ酸含有量はいずれもpHシフト前の遊離アミノ酸含有量より高かった。
【実施例2】
【0055】
実施例1の<1>と同様に前培養を行い、その後、以下の条件で本培養を行なった。
定常期後にpHシフトするのではなく、予め本培養の培地に尿素を加えておき、自然にpHがシフトする条件で、アミノ酸高含有酵母を得た。
【0056】
まず、以下の組成からなる培地を、容量2000mL(流加終了時3Lの設定)作製した。
(培地組成)
塩化アンモニウム 0.18%(流加終了時3L換算)5.3g
(NHHPO 0.04%(リン酸水素2アンモニウム、流加終了換算)1.2g
尿素1%(流加終了時3L換算)30g
【0057】
その他の条件は実施例1と同様に行なった。図1は、培養時間に対する菌数の増加曲線を示す。図2は、培養時間に対する乾燥酵母菌体重量の増加曲線を示す。図3は、培養時間に対する培養液のpHの変化を示す。
図1に示すように、菌数(×10cells/ml)の増加は、培養18時間後には定常状態に達し、増殖の定常期に入ったことが確認された。また、乾燥酵母菌体重量(g/L)も培養後24時間後にはほぼ定常状態になっており、増殖の定常期であることが確認された。培養液のpHを測定したところ、図3に示すように、増殖の定常期に入った後に、pHがアルカリ(7.5以上11未満)にシフトした。乾燥酵母菌体重量当たり、及び、酵母エキスの乾燥重量当たりの総遊離アミノ酸含有量を表2に示す。
【0058】
【表2】
【0059】
以上の結果から、予め本培養の培地に尿素を加えておき、自然にpHがシフトする条件で、定常期後の酵母をさらに培養することによって、酵母中の遊離アミノ酸含有量を増加させることができることが示された。
【実施例3】
【0060】
続いて、実施例1と同様にして調製した酵母(pH9.0)から製造した酵母エキスと、市販の酵母エキス(比較例1〜8)について、エキス乾燥重量当たりの総遊離アミノ酸含有量を測定し、比較した。測定の結果得られた、各酵母エキスの乾燥重量当たりの総遊離アミノ酸含有量(重量%)を表3に示す。なお、表3中、「総アミノ酸含有量」は、酵母エキスの乾燥重量当たりの遊離アミノ酸の総含有量を意味する。
【0061】
【表3】
【0062】
以上の結果から、本発明の酵母エキスは、遊離アミノ酸含有量が高いことが示された。
今回調べた市販の酵母エキスでは、遊離アミノ酸含有量は最大で21重量%しかなく、本発明の酵母エキスのように、遊離アミノ酸を60重量%と非常に高濃度で含有している酵母エキスはなかった。よって、本発明の製造方法により製造された酵母から抽出された酵母エキスが、調味料として好適であることが示唆された。
【実施例4】
【0063】
更に、実施例1と同様にして調製した酵母(pH9.0)から製造した酵母エキスを粉末状にした酵母エキス粉末(Saccharomyces cerevisiae AB9813株由来、アミノ酸 60.2重量%)を用い、みそ汁とコンソメスープを作製した。みそ汁、コンソメスープに対する酵母エキスの配合量は0.2%である。
比較例として、ミーストパウダーN(アサヒフードアンドヘルス株式会社製)(アミノ酸 35.9重量%)を用い、同様にみそ汁とコンソメスープを作製し、以下の方法で官能評価を行なった。
【0064】
(評価方法)
専門パネラー10名によるブラインド2点比較により、比較官能検査を実施した。2対比較テストとして、t−検定を行なった。
【0065】
(評価基準)
塩味(減塩効果)、旨味、コクの3項目について、基準のみそ汁または基準となるコンソメスープを0とし、以下のように5段階で評価した。
「強い」=+2、
「やや強い」=+1、
「どちらでもない」=0、
「やや弱い」=−1、
「弱い」=−2。
みそ汁の結果を表4に示し、コンソメスープの結果を表5に示す。
【0066】
【表4】
【0067】
【表5】
【0068】
表4の結果から、みそ汁では、塩味と旨味の平均値で差があり、コクで有意差があった。表5の結果から、コンソメスープでは、塩味とコクの平均値で差があり、旨味で有意差があった。これは、本発明の酵母エキスが、従来よりも遊離アミノ酸含有量が有意に高いためと考えられる。
【実施例5】
【0069】
培養する酵母が、酵母がSaccharomyces cerevisiae ABS1株である以外は実施例1に記載の方法と同様にして酵母を培養し、酵母培養液からエキス抽出およびアミノ酸分析を行った。pHシフト前後のアミノ酸含有量の測定値を、表6に示す。
【実施例6】
【0070】
培養する酵母が、酵母がSaccharomyces cerevisiae ABS2株である以外は実施例1に記載の方法と同様にして酵母を培養し、酵母培養液からエキス抽出およびアミノ酸分析を行った。pHシフト前後のアミノ酸含有量の測定値を、表6に示す。
【実施例7】
【0071】
培養する酵母が、酵母がSaccharomyces cerevisiae ABS3株である以外は実施例1に記載の方法と同様にして酵母を培養し、酵母培養液からエキス抽出およびアミノ酸分析を行った。pHシフト前後のアミノ酸含有量の測定値を、表6に示す。
【実施例8】
【0072】
培養する酵母が、酵母がSaccharomyces cerevisiae ABS5株である以外は実施例1に記載の方法と同様にして酵母を培養し、酵母培養液からエキス抽出およびアミノ酸分析を行った。pHシフト前後のアミノ酸含有量の測定値を、表6に示す。
【実施例9】
【0073】
培養する酵母が、酵母がカメリヤ(パン酵母)である以外は実施例1に記載の方法と同様にして酵母を培養し、酵母培養液からエキス抽出およびアミノ酸分析を行った。pHシフト前後のアミノ酸含有量の測定値を、表6に示す。
【実施例10】
【0074】
培養する酵母が、酵母がCandida utilis ABC1株である以外は実施例1に記載の方法と同様にして酵母を培養し、酵母培養液からエキス抽出およびアミノ酸分析を行った。pHシフト前後のアミノ酸含有量の測定値を、表6に示す。
【実施例11】
【0075】
培養する酵母が、酵母がCandida utilis ABC2株である以外は実施例1に記載の方法と同様にして酵母を培養し、酵母培養液からエキス抽出およびアミノ酸分析を行った。pHシフト前後のアミノ酸含有量の測定値を、表6に示す。
【実施例12】
【0076】
培養する酵母が、酵母がCandida utilis ABC3株である以外は実施例1に記載の方法と同様にして酵母を培養し、酵母培養液からエキス抽出およびアミノ酸分析を行った。pHシフト前後のアミノ酸含有量の測定値を、表6に示す。
【0077】
【表6】
【0078】
表6の結果から、実施例1で試験したSaccharomyces cerevisiae株以外の他の株や、他属の酵母においても、pHシフトによりアミノ酸の高含有化の現象が確認された。
【実施例13】
【0079】
培養する酵母をSaccharomyces cerevisiae ABS4株とし、pHシフトの差異の設定pHを7.0〜9.5の間で0.5刻みとする以外は、実施例1と同様にして酵母を培養し、酵母培養液からエキス抽出およびアミノ酸分析を行った。pHシフト前後のアミノ酸含有量の測定値を、表7に示す。
【0080】
【表7】
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明のアミノ酸高含有酵母の製造方法により、菌体内に遊離アミノ酸を高濃度に保持させた酵母を得ることができるため、酵母エキスの製造等の食品分野において利用が可能である。
図1
図2
図3