(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0015】
1.燃料電池用白金・チタン酸化物・チタンカーバイド複合触媒
本発明の燃料電池用白金・チタン酸化物・チタンカーバイド複合触媒は、白金微粒子、チタン酸化物、及びチタンカーバイド(TiC)を含有する燃料電池用触媒であって、前記チタンカーバイドが、その表面に、前記白金微粒子、及び、前記チタン酸化物を含み且つ当該白金微粒子の周囲を取り巻くチタン酸化物層を備え、前記白金微粒子中の白金原子と前記チタンカーバイド表面とが電気的に接触していることにより、前記チタン酸化物層は、前記チタンカーバイドの表面と前記触媒の表面との間に前記白金微粒子を介した導電チャンネルを少なくとも1つ備え、前記導電チャンネル内で、前記白金微粒子中の白金原子と、前記チタン酸化物とが結合を有することを特徴とする。
【0016】
白金の高いコストや限られた埋蔵量等の課題を克服するべく、白金の触媒活性の向上を目的とした白金合金触媒、及び、白金触媒利用率の向上を目的としたコアシェル触媒の研究開発が盛んに行われている。しかし、白金合金触媒及び白金コアシェル触媒は、共に、白金よりも卑な金属を組み合わせた触媒であるため、燃料電池の作動環境下で当該卑な金属が溶出し、白金の触媒活性及び触媒の耐久性が低下する課題がある。
【0017】
本発明者らは、鋭意努力の結果、従来の白金合金触媒やコアシェル触媒とは全く異なる構造を有する白金・チタン酸化物・チタンカーバイド複合触媒が、優れた触媒性能及び触媒耐久性を両立できると共に、白金使用量を減らしコスト削減も達成できることを見出し、本発明を完成させた。
【0018】
本発明に係る燃料電池用白金・チタン酸化物・チタンカーバイド複合触媒(以下、複合触媒と称する場合がある。)は、白金微粒子、チタン酸化物、及びチタンカーバイドを含有する。以下、本発明に用いられる白金微粒子、チタン酸化物、及びチタンカーバイドについて、順に説明する。
【0019】
1−1.白金微粒子
本発明に用いられる白金微粒子は、チタンカーバイドの表面に存在する。ここで、白金微粒子がチタンカーバイドの表面に存在するとは、白金微粒子の表面とチタンカーバイドの表面とが接触している態様を含み、白金微粒子がチタンカーバイド表面に担持されている態様を含む。
【0020】
さらに、白金微粒子中の白金原子とチタンカーバイド表面とは電気的に接触している。後述するチタン酸化物は、燃料電池用電極触媒として単独で用いられた際に、一般的に、十分な導電性を電極に付与することが難しい。チタン酸化物がチタンカーバイドの全表面を被覆すると仮定すると、当該チタンカーバイドと複合触媒外部とをつなぐ導電経路がチタン酸化物により遮断され、複合触媒間、及び、複合触媒と燃料電池内部の他の部材との間の導電性がいずれも損なわれるおそれがある。したがって、白金微粒子中の白金原子とチタンカーバイド表面とが電気的に接触することにより、白金微粒子を介して、チタンカーバイドの表面と複合触媒表面との間に導電経路、いわゆる導電チャンネルが形成され、複合触媒間、及び、複合触媒と燃料電池内部の他の部材との間の導電性を確保できる。
なお、ここで「電気的に接触している」とは、白金原子とチタンカーバイド表面とが接することにより導電経路が確保される場合のほか、白金原子とチタンカーバイド表面とがごく近傍に位置することにより、白金原子とチタンカーバイド表面との間にトンネル効果で導電経路が確保される場合を含む。白金原子とチタンカーバイド表面とがごく近傍に位置する例としては、白金原子とチタンカーバイド表面との間にナノオーダーのチタン酸化物層が存在する場合が挙げられる。
【0021】
ここで、導電チャンネルとは、少なくとも1つの白金微粒子により形成され、且つチタン酸化物層内を貫通し、チタンカーバイド表面と複合触媒外部とをつなぐ電子の導通経路と言い換えることもできる。導電チャンネルは、チタン酸化物層内に少なくとも1つ形成される。導電チャンネルは、チタンカーバイドの表面に存在する白金微粒子の粒子数だけ存在すると考えられるが、導電チャンネルの本数は、白金微粒子の粒子数と必ずしも一致しなくてもよい。
また、導電チャンネル内において、白金微粒子中の白金原子とチタン酸化物層中のチタン酸化物とが結合を有する。当該結合については後に詳述する。
【0022】
本発明に用いられる白金微粒子の平均粒径は0.25〜1.5nmである。
金属−半導体接合モデルによる電荷移動に関する公知文献(T,Ioannides et al.Journal of Catalysis 161,560−569(1996))には、金属酸化物上の金属粒子の径が2nm以下であれば、0.5電子/(metal atom)の電荷移動が生じ、結果として金属粒子全体に影響を及ぼす旨の記載がある。一方、X線小角散乱(Small angle X−ray scattering:以下、SAXSと称する場合がある。)測定により測定される平均粒径が1.5nm以下の白金微粒子について、後述する電子供与の効果(SMSI効果)がより明確に確認できる。
また、白金原子の有効半径は1.39Åである(国立天文台編、「理科年表 平成20年」、丸善株式会社、486ページ)。したがって、当該有効半径から鑑みて、本発明に用いられる白金微粒子の平均粒径の下限は0.25nmである。
したがって、本発明に用いられる白金微粒子の平均粒径は、チタン酸化物と結合した白金原子を含む観点から0.25〜1.5nmであり、好ましくは0.50〜1.5nmであり、より好ましくは1.0〜1.5nmである。
【0023】
本発明における粒子の平均粒径は、常法により算出される。
粒子の平均粒径は、例えば、SAXS測定により求めることができる。SAXS測定条件としては、例えば、X線回折装置(リガク製、型番:RINT−2500等)を用いて、X線出力を50kV、300mA等とし、ターゲットに銅を用い、大気中で測定する条件等が挙げられる。
粒子の平均粒径の算出方法の他の例は以下の通りである。まず、適切な倍率(例えば、5万〜100万倍)の透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope;以下、TEMと称する。)画像又は走査型電子顕微鏡(scanning electron microscope;以下、SEMと称する。)において、ある1つの粒子について、当該粒子を球状と見なした際の粒径を算出する。このようなTEM観察又はSEM観察による粒径の算出を、同じ種類の200〜300個の粒子について行い、これらの粒子の平均を平均粒径とする。
【0024】
1−2.チタン酸化物
本発明に用いられるチタン酸化物は、チタンカーバイドの表面にチタン酸化物層として存在する。本発明においてチタン酸化物とは、化学式TiO
x(0<x≦2)で表される。
チタンカーバイドに対するチタン酸化物層の被覆率は50%以上100%未満であることが好ましく、50〜99%であることがより好ましい。チタンカーバイドに対するチタン酸化物層の被覆率が50%未満であるとすると、チタン酸化物層の割合が少なすぎるため白金微粒子も少ないことになる。したがって、相対的に、複合触媒中のチタンカーバイドの割合が増え、白金担持率が下がる。すると、膜・電極接合体を作製する際に、白金量を増やすため当該複合触媒を被覆率が100%の場合と比べて2倍以上多く用いる結果、触媒層が厚くなり、触媒層中の酸素拡散が低下して、燃料電池の放電性能が下がるおそれがある。一方、チタンカーバイドに対するチタン酸化物層の被覆率が100%であるとすると、チタンカーバイド間がチタン酸化物層により遮られる結果、複合触媒間の導電性が損なわれるおそれがある。
【0025】
なお、ここでいう「チタンカーバイドに対するチタン酸化物層の被覆率」とは、チタンカーバイドの全表面積を100%としたときの、チタン酸化物層によって被覆されているチタンカーバイドの表面積の割合を指す。当該被覆率を見積もることは難しいが、チタンカーバイドの表面が酸化されチタン酸化物となっていることは、X線回折測定により確認できる。
図12は、チタン酸化物層により被覆されたチタンカーバイドのX線回折スペクトルの一例である。なお、
図12はあくまでX線回折スペクトルの一例であり、必ずしも本発明の複合触媒のX線回折スペクトルであるとは限らない。
図12のX線回折スペクトル中、チタン酸化物に由来するピーク(TiO
2(111)ピーク)の強度と、チタンカーバイドに由来するピーク(TiC(111)ピーク)の強度との比より、当該被覆率のおおよその目安をつけることができる。
【0026】
チタン酸化物層は、上述した白金微粒子の周囲を取り巻く。ここで、チタン酸化物層が白金微粒子の周囲を取り巻く状態とは、チタン酸化物層を構成するチタン酸化物が白金微粒子を取り囲み、好ましくはチタン酸化物層が白金微粒子の表面の一部を被覆しているが、チタン酸化物層が白金微粒子全体を完全に覆うには至らず、白金微粒子の一部が複合触媒表面に現れている状態を指す。このようにチタン酸化物層が白金微粒子の周囲を取り巻くことにより、上述した導電チャンネルが形成されると共に、酸素等と反応できる白金の電気化学的比表面積(Electrochemical Surface Area;以下、ECSAと称する。)も確保される。
【0027】
チタン酸化物層の厚さは0.23〜2nmであることが好ましい。チタンカーバイドは導電性を有するものの、その表面に存在するチタン酸化物層の厚さが2nmを超える場合には、本発明の複合触媒を燃料電池の触媒層に用いた場合に、触媒層内に十分な導電性を付与できないおそれがある。また、チタン酸化物層の厚さが2nmを超える場合には、仮にチタン酸化物層上にも白金微粒子が存在する場合に、厚いチタン酸化物層に阻まれるため、当該白金微粒子とチタンカーバイドとの間に電気的な導通はとれない。一方、チタン酸化物層の厚さが2nm以下の場合には、チタン酸化物層上に存在する白金微粒子であっても、トンネル効果により、当該白金微粒子とチタンカーバイドとの間に導電経路が形成される。また、チタン酸化物層の厚さが0.23nm未満である場合には、そもそもチタン酸化物が化合物として存在できなくなるおそれがある。
【0028】
チタン酸化物層の厚さは、白金微粒子の平均粒径未満であることがより好ましい。チタン酸化物層の厚さが白金微粒子の平均粒径以上である場合には、チタン酸化物層に完全に埋もれ、複合触媒外部に現れない白金微粒子を含むこととなり、その結果、白金微粒子が酸素から遮断され、酸素還元反応の触媒活性が損なわれるおそれがあるからである。
白金触媒を用いる燃料電池の出力性能には、白金のECSAが強く影響する。燃料電池には、その用途にもよるが、一般的に、100m
2−Pt/m
2−MEA以上の白金の表面積が必要とされる。用いる白金の量や、用いるアイオノマの種類及び量にもよるが、仮に0.1mg−Pt/cm
2−MEAの目付けとする場合、白金のECSAは100m
2/g−Pt以上必要となる。白金微粒子の平均粒径が例えば1.5nm以下である場合には、ECSAは約200m
2/g−Ptである。白金微粒子の周囲を取り巻き、白金と酸素分子との接触を遮断するチタン酸化物層の厚みが0.6nmを超える場合には、酸素還元反応に関与できるECSAは100m
2/g−Pt未満となってしまう。
【0029】
白金微粒子がチタン酸化物層に埋もれることなく、酸素還元能を発揮できるという観点から、チタン酸化物層の厚さは、白金微粒子の平均粒径の20〜60%であることがより好ましい。
チタン酸化物層の厚さは、0.23〜0.60nmであることがより好ましい。チタン酸化物層の厚さが0.60nmを超える場合には、上述した白金微粒子の平均粒径との関係から、白金微粒子がチタン酸化物層に埋もれすぎてしまい、白金のECSAが十分確保できなくなるおそれがある。チタン酸化物層の厚さは、0.30〜0.60nmであることがさらに好ましい。同様の観点から、チタン酸化物層の厚さは、単原子層以上、4原子層以下であることがより好ましい。
【0030】
チタン酸化物層の厚さは、例えば、以下の方法により測定・算出できる。
まず、TEMにより複合触媒粒子を観察し、球状に最も近い複合触媒粒子を選ぶ。次に、選んだ複合触媒粒子の粒径Rを測定する。続いて、当該複合触媒粒子の中心部を、透過型電子顕微鏡を用いたエネルギー分散型X線分光法(Transmission Electron Microscope−Energy dispersive X−ray spectrometry:TEM−EDS)によるスポット分析を行い、Pt/Ti質量比を測定する。当該複合触媒粒子について、粒径r
1のチタンカーバイド粒子を厚さr
2のチタン酸化物層で被覆した構造と仮定し、且つ、チタン酸化物層の厚さを均一なものとみなす。球形近似して求めた質量比、及び下記式(1)から、表面のチタン酸化物層の厚さr
2を見積もることができる。
R=r
1+2r
2 式(1)
【0031】
チタン酸化物層は、白金微粒子を介して、チタンカーバイドの表面と複合触媒の表面との間で電子が導通可能な導電チャンネルを少なくとも1つ備える。導電チャンネルについては上述した通りである。
導電チャンネル内において、白金微粒子中の白金原子と、チタン酸化物層中のチタン酸化物とは結合を有する。
チタン酸化物上において白金層を形成した例として、Dieboldらの報告(U.Diebold.et.al,Surf.Sci.,331,845−854,109(1995))が知られている。しかし、白金とチタン自身との結合は、必ずしも強いものではない。
本発明においては、Strong Metal Support Interaction(以下、SMSIと称する。)効果を発現し、白金の比活性と耐久性がいずれも向上できるという観点から、チタン酸化物の一部から酸素が部分的に除去された部分、いわゆるチタン酸化物の酸素欠陥と、白金原子とが結合を有することが好ましい。
【0032】
燃料電池運転環境下におけるチタン酸化物の働きについて、具体的に説明する。
チタン−水系の、25℃におけるpH−電位線図を参照すると分かるように、燃料電池の通常の運転環境におけるpH−電位条件(pH=0〜2、電位=0.4〜1.2V)下においては、チタンは酸化チタン(IV)(TiO
2)の状態で存在する。したがって、燃料電池の通常の運転環境においてチタン酸化物層が溶出するおそれはない。
【0033】
チタン酸化物は、触媒活性、酸素欠陥に配置された白金への電子供与のしやすさ、及びチタン酸化物ゾルの調製法が確立されているため安定供給が可能といった化学的観点からも好ましい化合物である。また、チタン酸化物は、コスト、埋蔵量、産出量、人体への安全性といった産業的観点からも好ましい。
【0034】
図8は、白金原子−チタン原子間の結合について説明するための模式図である。
図8の矢印11は、III価のチタンから白金への電子の流れを表す矢印である。
SMSI理論に基づくメカニズムによると、以下のことが分かる。すなわち、白金原子と結合を有するチタン原子は、通常、部分還元された不安定な価数の金属カチオン(Ti
3+等)として存在する。Ti
3+等の不安定な価数のカチオンは、通常、より安定な高い価数のカチオン(Ti
4+)へと価数変化するため、結合先の白金へ電子を供給する。当該電子供与により、白金はゼロ価数の金属状態を保ちやすく、たとえ酸化されたとしても、低い不安定な価数の金属カチオン(Ti
3+等)から電子が供給されることにより再びゼロ価に戻ると考えられる。
以上の原理より、チタン酸化物の酸素欠陥と結合した白金原子は、通常のバルク白金と比較して、気相中から吸着した酸素との結合が弱いと推定される。したがって、白金原子に吸着した酸素は酸化物イオン(O
2−)となりやすく、当該酸化物イオンはプロトン(H
+)と結合を形成することにより、水(H
2O)となり容易に白金から脱離する。
このように、本発明に係る複合触媒については、特に、燃料電池のカソード極等で起こる酸素の還元反応を促進させる触媒活性が、従来の白金触媒と比較して格段に高いと考えられる。
【0035】
酸素欠陥を電荷補償するためには、チタン酸化物中のチタンイオンが複数の価数を有し、且つ、チタン酸化物中のチタンイオンの価数変化が小さいことが好ましい。
下記表1は、チタン(Ti)、又は、チタンと同様にSMSI効果を示すスズ(Sn)、ニオブ(Nb)、若しくはタンタル(Ta)の価数変化に伴う、SMSI理論に基づく白金の活性の順位(以下、SMSI順位と称する)、及び、第一原理計算結果に基づく白金の活性の順位(以下、第一原理計算順位と称する)をまとめた表である。なお、下記表1のSMSI順位は、X線光電子分光(X−ray Photoelectron Spectroscopy:XPS)の電子束縛エネルギー(Eb値)の差から、安定性について順位をつけたものである。また、スズの第一原理計算は実施されなかったものの、実験による白金の比活性は、チタンを用いたときの方が、スズを用いたときよりも大きいことが分かっている。下記表1から、チタンを用いた場合のSMSI効果が、スズ、ニオブ、又はタンタルを用いた場合のSMSI効果よりも高いことが示された。
【0037】
チタン酸化物の酸素欠陥と白金原子との結合は、電子スピン共鳴(Electron Spin Resonance;以下、ESRと称する。)測定により、複合触媒中の不安定なTi
3+カチオンを検出することにより確認できる。以下は、ESR測定条件の例である。
装置:電子スピン共鳴装置(日本電子製、型番:JEOL FE−3X等)
測定温度(T):室温(25℃)
マイクロ波周波数(Fr):9.19GHz
マイクロ波出力(パワー)(Pw):2mW
チャートの中心磁場(Fd):327.5±7.5mT
中心磁場よりの掃引巾(SW):327.5±50mT
磁場掃引時間(ST):2.0min
磁場変調巾(MW):0.2mT
倍率(ゲイン)(G):×1000
タイムコンスタント(TC):0.1s
AD変換のレベル(AC):1
標準試料:Mn
2+/MgO
【0038】
SMSI効果は結晶性にかかわらず発揮されるという観点から、本発明に用いられるチタン酸化物は、結晶性であってもよく、非晶性(アモルファス)であってもよい。特に結晶性のTiO
2を用いる場合には、アナターセ型結晶がより好ましいが、ルチル型又はブルッカイト型結晶でもよい。
【0039】
1−3.チタンカーバイド
本発明において、チタンカーバイドは、その表面に白金微粒子及びチタン酸化物層を備える。
本発明に用いられるチタンカーバイドは、内部にチタン酸化物を含んでいてもよい。すなわち、本発明においては、100%チタンカーバイドの表面に白金微粒子及びチタン酸化物層が存在していてもよいし、チタン酸化物を内部に含むチタンカーバイドの表面に、さらに白金微粒子及びチタン酸化物層が存在していてもよい。したがって、本発明に用いられるチタンカーバイドは、少なくともその最表面がチタンカーバイドで覆われていればよい。
【0040】
以下、従来の白金担持カーボンやコアシェル触媒との比較を交えつつ、チタンカーバイドの平均粒径について述べる。
燃料電池で標準的に用いられる白金担持カーボンにおいては、平均粒径の大きい白金微粒子を使用することはできない。これは、平均粒径を大きくすると白金1g当たりの表面積が減るため、必要な白金表面積を確保しようとすると、より多くの白金が必要になることによる。
また、白金をシェルに用い、パラジウム等の貴金属をコアに用いたコアシェル触媒においては、白金は最表層の1〜3原子層に過ぎないため、白金1g当りの表面積は大きい。しかし、コスト面では内部の貴金属分も考慮しなければならず、白金微粒子と同様に平均粒径を大きくすることには限界がある。パラジウムコアを用いたコアシェル触媒の場合は、コスト面を考慮すると、平均粒径は6nm前後が好適であり、十分な耐久性を有する平均粒径10nmの場合には、コアシェル触媒の利点を十分享受できない。
【0041】
一方、本発明に用いられるチタン酸化物のコストは、貴金属のコストの1000分の1以下と極めて安価である。また、本発明に係る複合触媒の触媒性能は、白金微粒子の平均粒径(白金表面積)に依る傾向があるものの、複合触媒全体の粒径にはそれほど依存しない。したがって、本発明に係る複合触媒は、貴金属をコアに用いたコアシェル触媒とは異なり、複合触媒全体で10nm以上の平均粒径であっても、触媒性能を十分に発揮することが原理的に可能である。
本発明に係る複合触媒の平均粒径は、上述した白金微粒子の平均粒径及びチタン酸化物層の厚みから鑑みて、チタンカーバイドの平均粒径によってほぼ決まる。チタンカーバイドの平均粒径は、好ましくは30nm以下であり、より好ましくは25nm以下である。もっとも、平均粒径が30nmを超えるチタンカーバイドを用いれば、さらに複合触媒全体の平均粒径を大きくできるが、触媒層の厚みに背反がある。触媒層が厚くなると、特に高温運転環境下や低温運転環境下における燃料電池の放電特性が低下するおそれがある。
【0042】
チタンカーバイドは、数珠状構造を有することが好ましい。ここで、数珠状構造とは、複数の粒子が連鎖状に結合してなる構造を意味する。
チタンカーバイドの結晶形は面心立方格子であり、チタンカーバイドは通常、立方体結晶を形成する。白金が担持された場合にも、チタンカーバイドの結晶構造は大きく変化しないと考えられる。粒子状のチタンカーバイドを含む複合触媒を膜・電極接合体の触媒層に用いた場合、チタンカーバイドの立方体結晶が規則正しく配列して触媒層内に充填される結果、触媒層内には空隙が生じないと考えられる。触媒層には通常、電極反応に必要な酸化剤、燃料及び水などが供給されるが、触媒層に空隙がなければ、電極反応に必要なこれらの成分が触媒層内に行き渡らないため、濃度過電圧が上がり、膜・電極接合体の放電性能が低下するおそれがある。このことは、後述する
図15のSEM画像、及び比較例3の膜・電極接合体の放電性能評価により明らかである。
なお、上述したチタンカーバイドの化学構造及び平均粒径の条件は、数珠状チタンカーバイドを構成するチタンカーバイド粒子ごとに適用される。すなわち、数珠状チタンカーバイドを構成するチタンカーバイド粒子は、100%チタンカーバイドであってもよいし、内部にチタン酸化物を含んでいてもよい。また、数珠状チタンカーバイドを構成するチタンカーバイド粒子の平均粒径は、好ましくは30nm以下であり、より好ましくは25nm以下である。
【0043】
数珠状チタンカーバイドは分岐を有していることが好ましい。ここで分岐とは、数珠状構造中のある1つの粒子が3つ以上の粒子と結合している結果、鎖状構造が枝分かれした部分を指す。分岐を有する数珠状チタンカーバイドを含む複合触媒を、膜・電極接合体の触媒層に用いることにより、当該複合触媒同士が触媒層内において絡み合う結果、触媒層内により多くの空隙を設けることができる。
数珠状チタンカーバイドを構成するチタンカーバイド粒子の数の平均は、好ましくは10〜100、より好ましくは20〜80である。また、数珠状チタンカーバイドに含まれる分岐の数の平均は、好ましくは1〜10、より好ましくは3〜7である。
数珠状チタンカーバイドを構成するチタンカーバイド粒子の数の平均、及び数珠状チタンカーバイドに含まれる分岐の数の平均は、例えば、以下の方法により算出される。まず、適切な倍率(例えば、5万〜100万倍)のTEM画像又はSEM画像において、連鎖状に結合したチタンカーバイド粒子のまとまりを、1つの数珠状チタンカーバイドと決める。次に、数珠状チタンカーバイド中のチタンカーバイド粒子の数、及び分岐の数を数える。このようなTEM観察又はSEM観察による粒子数及び分岐数の算出を、200〜300の数珠状チタンカーバイドについて行う。これらの数珠状チタンカーバイドの粒子数の平均を、数珠状チタンカーバイドを構成するチタンカーバイド粒子の数の平均とする。また、これらの数珠状チタンカーバイドの分岐の数の平均を、数珠状チタンカーバイドに含まれる分岐の数の平均とする。
【0044】
数珠状チタンカーバイドを含む触媒層内の空隙の指標としては、例えば、JISC 8000に記載された気孔率(番号:5173)が挙げられる。JISC 8000によれば、気孔率とは、電極の多孔性材料の全細孔体積をV
1、細孔を含めての全体積をV
2とするときのV
1/V
2の値である。
気孔率の測定方法としては、例えば、水銀ポロシメトリー法、及び、物性から算出する方法等が挙げられる。物性から算出する方法としては、例えば、触媒層に含まれる各材料の物性、及び触媒層の厚さの実測値から気孔率を算出する方法が挙げられる。具体的には、数珠状チタンカーバイドの大きさ、密度及び含有量、触媒層に好適に加えられるアイオノマの密度及び含有量、並びに、SEM断面観察により得られる触媒層の厚さの実測値から、触媒層の気孔率を算出できる。
本発明に用いられる数珠状チタンカーバイドを含む触媒層内の気孔率は、30〜70%であることが好ましい。
【0045】
数珠状チタンカーバイドを含む複合触媒を燃料電池の触媒層に用いることにより、触媒層中に無数の空隙が生じる。その結果、上述した複合触媒の効果に加えて、触媒層への水や酸素等の物質輸送が促進され、従来の燃料電池よりも、燃料電池の濃度過電圧が低下し且つ放電性能が向上する。
なお、本発明に用いられるチタンカーバイドは、数珠状チタンカーバイドと粒子状チタンカーバイドの混合物であってもよい。
【0046】
図1は、本発明に係る複合触媒の典型例を模式的に示した断面図及びその拡大図である。なお、二重波線は図の省略を意味する。また、
図1は、実際に使用される白金微粒子の粒径、チタン酸化物層の厚さ、及びチタンカーバイドの粒径を必ずしも忠実に反映した図とは限らない。また、数珠状チタンカーバイドを用いる場合には、数珠状チタンカーバイド中のチタンカーバイド粒子が、
図1中のチタンカーバイド3に相当する。
図1(a)は、本発明に係る複合触媒の典型例100の断面模式図である。本典型例100は、白金微粒子1、チタン酸化物からなるチタン酸化物層2、及びチタンカーバイド3を含有する。チタンカーバイド3の表面には、白金微粒子1が担持され、且つ、白金微粒子1の周囲を取り巻くチタン酸化物層2が形成されている。
【0047】
図1(b)は、
図1(a)中の一点鎖線で囲った枠4の拡大模式図である。白い両矢印5は、電子の導通経路(導電経路)を示す。
図1(b)に示すように、白金微粒子中の白金原子(丸にPtで表す)とチタンカーバイド3の表面とが電気的に接触している。チタン酸化物層内には、白金微粒子を介して、チタンカーバイド3の表面と複合触媒の表面とをつなぐ導電チャンネルが形成されている。さらに、導電チャンネル内において、チタン酸化物中のチタンイオン(丸にTiで表す)に通常結合している酸素(丸にOで表す)のうち、少なくとも1つの酸素が部分還元によって取り除かれ、その取り除かれた部分に白金微粒子中の白金原子が配置されて、白金原子とチタンイオンが隣接して結合を有する。
【0048】
このように、本発明に係る複合触媒は、白金微粒子を用いて白金のECSAを大きくすると共に、当該白金微粒子中の白金原子を安価且つ化学的に安定なチタン酸化物と結合させ、SMSI効果を付与することにより、従来の燃料電池用白金触媒よりも、優れた比活性及び触媒耐久性を発揮する。また、従来の白金合金触媒やコアシェル触媒のように、燃料電池作動環境下で不安定な金属を用いることがないため、優れた触媒活性及び耐久性を両立でき、さらに貴金属量を減らし製造コストを低減できる。
さらに、本発明に係る複合触媒は、カーボンよりも酸化電位の高いチタンカーバイドを用いるため、優れた耐腐食性を発揮する。後述する実施例において示すように、優れたSMSI効果及び耐腐食性の効果の両立は、従来の白金担持チタンカーバイド触媒では達成し得なかった効果である。
【0049】
2.燃料電池用膜・電極接合体
本発明の燃料電池用膜・電極接合体は、高分子電解質膜の一面側にアノード電極を備え、他面側にカソード電極を備える燃料電池用膜・電極接合体であって、前記アノード電極は少なくともアノード触媒層を備え、前記カソード電極は少なくともカソード触媒層を備え、前記アノード触媒層及び前記カソード触媒層の少なくともいずれか一方が、上記燃料電池用白金・チタン酸化物・チタンカーバイド複合触媒を含むことを特徴とする。
図2は、本発明の燃料電池用膜・電極接合体の一例を示す図であって、積層方向に切断した断面を模式的に示した図である。膜・電極接合体200は、固体高分子電解質膜(以下、単に電解質膜ということがある)21と、前記電解質膜21を挟んだ一対のカソード電極26及びアノード電極27を含む。通常は電極として、電解質膜側から順に触媒層とガス拡散層とを積層して構成されたものが用いられる。すなわち、カソード電極26はカソード触媒層22とガス拡散層24とを積層したものからなり、アノード電極27はアノード触媒層23とガス拡散層25とを積層したものからなる。
【0050】
高分子電解質膜とは、燃料電池において使用される高分子電解質膜であり、ナフィオン(商品名)に代表されるパーフルオロカーボンスルホン酸樹脂のようなフッ素系高分子電解質を含むフッ素系高分子電解質膜の他、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンエーテル、ポリパラフェニレン等のエンジニアリングプラスチックや、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン等の汎用プラスチック等の炭化水素系高分子にスルホン酸基、カルボン酸基、リン酸基、ボロン酸基等のプロトン酸基(プロトン伝導性基)を導入した炭化水素系高分子電解質を含む炭化水素系高分子電解質膜等が挙げられる。
【0051】
電極は、触媒層とガス拡散層とを有する。
アノード触媒層及びカソード触媒層はいずれも、上述した複合触媒及び電極用電解質を含有する触媒インクを用いて形成することができる。アノード触媒層及びカソード触媒層の両方が上記複合触媒を含んでいてもよいし、アノード触媒層又はカソード触媒層のいずれか一方が上記複合触媒を含み、他方が従来の白金触媒、白金合金触媒、又はコアシェル触媒を含んでいてもよい。
電極用電解質としては、上述した高分子電解質膜同様の材料を用いることができる。
【0052】
触媒層の形成方法は特に限定されず、例えば、触媒インクをガス拡散シートの表面に塗布、乾燥することによって、ガス拡散シート表面に触媒層を形成してもよいし、或いは、電解質膜表面に触媒インクを塗布、乾燥することによって、電解質膜表面に触媒層を形成してもよい。或いは、転写用基材表面に触媒インクを塗布、乾燥することによって、転写シートを作製し、該転写シートを、電解質膜又はガス拡散シートと熱圧着等により接合した後、転写シートの基材フィルムを剥離する方法で、電解質膜表面上に触媒層を形成するか、ガス拡散シート表面に触媒層を形成してもよい。
【0053】
触媒インクは上記のような触媒及び電極用電解質等を、溶媒に溶解又は分散させて得られる。触媒インクの溶媒は、適宜選択すればよく、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール等のアルコール類、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、ジメチルスルホキシド(DMSO)等の有機溶媒、又はこれら有機溶媒の混合物やこれら有機溶媒と水との混合物を用いることができる。触媒インクには、触媒及び電解質以外にも、必要に応じて結着剤や撥水性樹脂等のその他の成分を含有させてもよい。
【0054】
触媒インクの塗布方法、乾燥方法等は適宜選択することができる。例えば、塗布方法としては、スプレー法、スクリーン印刷法、ドクターブレード法、グラビア印刷法、ダイコート法などが挙げられる。また、乾燥方法としては、例えば、減圧乾燥、加熱乾燥、減圧加熱乾燥などが挙げられる。減圧乾燥、加熱乾燥における具体的な条件に制限はなく、適宜設定すればよい。また、触媒層の膜厚は、特に限定されないが、1〜50μm程度とすればよい。
【0055】
ガス拡散層を形成するガス拡散シートとしては、触媒層に効率良く燃料を供給することができるガス拡散性、導電性、及びガス拡散層を構成する材料として要求される強度を有するもの、例えば、カーボンペーパー、カーボンクロス、カーボンフェルト等の炭素質多孔質体や、チタン、アルミニウム、ニッケル、ニッケル−クロム合金、銅及びその合金、銀、アルミ合金、亜鉛合金、鉛合金、ニオブ、タンタル、鉄、ステンレス、金、白金等の金属から構成される金属メッシュ又は金属多孔質体等の導電性多孔質体からなるものが挙げられる。導電性多孔質体の厚さは、50〜500μm程度であることが好ましい。
【0056】
ガス拡散シートは、上述したような導電性多孔質体の単層からなるものであってもよいが、触媒層に面する側に撥水層を設けることもできる。撥水層は、通常、炭素粒子や炭素繊維等の導電性粉粒体、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等の撥水性樹脂等を含む多孔質構造を有するものである。撥水層は、必ずしも必要なものではないが、触媒層及び電解質膜内の水分量を適度に保持しつつ、ガス拡散層の排水性を高めることができる上に、触媒層とガス拡散層との間の電気的接触を改善できる利点がある。
上述したような方法によって触媒層を形成した電解質膜及びガス拡散シートは、適宜、重ね併せて熱圧着等し、互いに接合することで、膜・電極接合体が得られる。
【0057】
本発明の膜・電極接合体は、好ましくは、反応ガス流路を有するセパレータで狭持され、単セルを形成する。セパレータとしては、導電性及びガスシール性を有し、集電体及びガスシール体として機能しうるもの、例えば、炭素繊維を高濃度に含有し、樹脂との複合材からなるカーボンセパレータや、金属材料を用いた金属セパレータ等を用いることができる。金属セパレータとしては、耐腐食性に優れた金属材料からなるものや、表面をカーボンや耐腐食性に優れた金属材料等で被覆し、耐腐食性を高めるコーティングが施されたもの等が挙げられる。このようなセパレータを、適切に圧縮成形又は切削加工することによって、上述した反応ガス流路を形成することができる。
【0058】
本発明の燃料電池用膜・電極接合体は、触媒層中に上記複合触媒を含有することにより、優れた放電特性を有する。また、数珠状チタンカーバイドを含む複合触媒を用いた場合には、触媒層中に無数の空隙が生じるため、触媒層への水や酸素等の物質輸送が促進され、従来の燃料電池よりも、燃料電池の濃度過電圧が低下し且つ放電性能が向上する。
【0059】
3.燃料電池用白金・チタン酸化物・チタンカーバイド複合触媒の製造方法
本発明の燃料電池用白金・チタン酸化物・チタンカーバイド複合触媒の製造方法は、白金微粒子、チタン酸化物、及びチタンカーバイド(TiC)を含有する燃料電池用触媒の製造方法であって、白金イオン溶液を準備する工程、前記チタンカーバイドの水分散液を準備する工程、前記チタンカーバイドの水分散液に還元剤を加えて、前記チタンカーバイドの表面を水により酸化し、チタン酸化物層を形成する工程、チタン酸化物層が表面に形成されたチタンカーバイドの水分散液及び前記白金イオン溶液を混合し、混合液を調製する工程、前記白金イオン溶液、前記チタンカーバイドの水分散液、チタン酸化物層が表面に形成されたチタンカーバイドの前記水分散液、及び前記混合液の少なくともいずれか1つに一酸化炭素をバブリングする工程、並びに、前記混合液に還元剤を加え、白金微粒子を前記チタンカーバイドの表面に析出させることにより、前記チタンカーバイドの表面に、前記チタン酸化物を含み且つ前記白金微粒子の周囲を取り巻くチタン酸化物層を形成し、且つ、前記チタン酸化物層中の、前記チタンカーバイドの表面と前記触媒の表面との間に、前記白金微粒子を介した導電チャンネルを少なくとも1つ形成し、且つ、前記導電チャンネル内で、白金原子と前記チタン酸化物との結合を形成する還元工程を有することを特徴とする。
【0060】
本発明は、(1)白金イオン溶液を準備する工程、(2)チタンカーバイドの水分散液を準備する工程、(3)チタン酸化物層を形成する工程、(4)混合液を調製する工程、(5)COバブリング工程、及び(6)還元工程を有する。本発明は、必ずしも上記6工程のみに限定されることはなく、上記6工程以外にも、例えば、後述するようなろ過・洗浄工程、乾燥工程、粉砕工程、加熱工程、酸処理工程、及び電位処理工程等を有していてもよい。
以下、上記工程(1)〜(6)並びにその他の工程について、順に説明する。
【0061】
3−1.白金イオン溶液を準備する工程
本製造方法に用いられる白金イオン溶液は特に限定されないが、後述するチタンカーバイドの水分散液の液性に合わせてpHを調整してもよい。すなわち、チタンカーバイドの水分散液が酸性であれば、白金イオン溶液は予め酸性(pH:1〜5程度)としてもよい。また、チタンカーバイドの水分散液が塩基性であれば、白金イオン溶液は予め塩基性(pH:9〜13程度)としてもよい。このように、チタンカーバイドの水分散液の液性と白金イオン溶液の液性とを一致させることで、白金微粒子やチタンカーバイドの凝集を抑制できる。チタンカーバイドの水分散液の液性と白金イオン溶液の液性とが異なると、中和熱により白金微粒子やチタンカーバイドの凝集が生じる場合がある。白金イオン溶液は予め調製したものを用いてもよいし、市販のものを用いてもよい。
白金イオン溶液中の白金イオン濃度は、製造する複合触媒中の白金量を予め計算した上で調整することが好ましい。
本工程の典型例は以下の通りである。すなわち、白金錯体の結晶を所望のpHの水溶液に溶解させ、白金イオン溶液を準備する。本工程に使用できる白金錯体としては、例えば、ヘキサヒドロキシ白金(IV)酸(H
2[Pt(OH)
6])、塩化白金酸(H
2PtCl
6・6H
2O)、テトラヒドロキシ白金(IV)酸(H
2[Pt(OH)
4])、塩化白金(IV)酸(H
2[PtCl
4])等が挙げられる。
【0062】
3−2.チタンカーバイドの水分散液を準備する工程
本発明に用いられるチタンカーバイドは、予め合成したものを用いてもよいし、市販のものを用いてもよい。なお、チタンカーバイドとしては、100%チタンカーバイドも使用できるし、内部にチタン酸化物を含むチタンカーバイドも使用できる。本発明に用いられるチタンカーバイドは、上述した数珠状チタンカーバイドであることが好ましいが、他にも、チタンカーバイド結晶、アモルファスのチタンカーバイドであってもよい。
チタンカーバイドの水分散液は予め調製したものを用いてもよいし、市販のものを用いてもよい。チタンカーバイドの水分散液中の濃度は、製造する複合触媒中のチタンカーバイド及びチタン酸化物の総質量を予め計算した上で調整することが好ましい。
本工程の典型例は、チタンカーバイドを所望のpHの水溶液中に分散させる工程である。なお、本工程においては、水分散液中のチタンカーバイドの分散性をより高めるために、超音波ホモジナイザー等を用いてホモジナイズ処理してもよい。なお、ホモジナイズ処理により水分散液の液温が上昇した場合には、チタンカーバイドが凝集するおそれがあるため、ホモジナイズ処理後に冷却することが好ましい。
【0063】
数珠状チタンカーバイドの製造例は以下のとおりである。なお、本発明に好適に用いられる数珠状チタンカーバイドの製造例は、以下の方法のみに限定されない。
まず、チタン原子を含む化合物を分散媒中に分散させる。チタン原子を含む化合物としては、分散媒中に適宜分散できるチタン化合物であれば特に限定されないが、例えば、チタン(IV)アルコキシド(Ti(OR)
4;Rはアルキル基)、塩化チタン(III)(TiCl
3)、塩化チタン(IV)(TiCl
4)等が挙げられる。分散媒としては、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール等のアルコール;又はこれらのアルコールの水溶液が挙げられる。アルコールは1種類のみ用いてもよく、2種類以上用いてもよい。アルコール水溶液中のアルコール比率は50%以上が好ましい。
次に、調製したチタンの分散液を用いて、数珠状チタニアを製造する。数珠状チタニアの製造方法は特に限定されないが、例えば、チタンの分散液をスプレーしながらバーナーで焼成する方法等が挙げられる。このような製造方法を実現する装置としては、例えば、酸化物ナノ粒子合成装置(ホソカワミクロン製、商品名:FCM−MINI)等が挙げられる。
【0064】
続いて、数珠状チタニアを酸などで適宜洗浄し、フィルター捕集して単離する。単離した数珠状チタニアに、カーボン源を混ぜて焼成する。カーボン源としては、チタニア中の酸素の替わりに炭素を導入できるものであれば特に限定されないが、活性炭、ケッチェンブラック等のカーボン;セルロース、メチルセルロース等の糖類等が例示できる。カーボン源は、数珠状チタニアに対し過剰量加えることが好ましく、例えば、数珠状チタニアの3質量倍加えることが好ましい。
焼成条件は還元雰囲気下で行うことが好ましく、具体的には、水素雰囲気下の焼成が好ましい。焼成温度は、600〜1200℃が好ましく、700〜1100℃がより好ましい。
当該焼成により、数珠状チタンカーバイドが合成される。なお、焼成条件によっては、数珠状チタニアの内部が還元されず、チタンカーバイド内部にチタニアを含む数珠状構造体が得られる場合もある。内部にチタニアを含むこのような数珠状チタンカーバイドも本発明に使用できる。
【0065】
図3は、上記製造例中の各製造過程における数珠状チタンカーバイドの断面模式図である。ただし、この図は、あくまでも本製造例の1つの態様を示すものである。また、
図3は、実際に用いられる数珠状チタニア及び数珠状チタンカーバイドに含まれる粒子の数や分岐の数を必ずしも忠実に反映した図とは限らない。
図3(a)は原料となる数珠状チタニアの断面模式図である。数珠状チタニアは、チタニア3aからなる複数の粒子が連鎖状に結合してなる。
図3(b)はカーボン源が被覆された数珠状チタニアの断面模式図である。
図3(b)に示すように、チタニア3aからなる各粒子にカーボン源3bが被覆されている。
図3(c
1)及び
図3(c
2)は、焼成後に得られる数珠状チタンカーバイドの断面模式図である。
図3(c
1)は、チタンカーバイド3cのみからなる粒子により構成される数珠状チタンカーバイドの断面模式図である。また、
図3(c
2)は、チタンカーバイド3cの内部にチタニア3aを含有する粒子を含む数珠状チタンカーバイドの断面模式図である。
図3(c
2)に示す数珠状チタンカーバイドは、
図3(c
1)に示す数珠状チタンカーバイドよりも焼成温度が低く、チタニア内部が完全に還元されない場合に得られる。
図3(c
1)及び
図3(c
2)に示される数珠状チタンカーバイドはいずれも本発明に使用できる。
【0066】
3−3.チタン酸化物層を形成する工程
本工程は、上述したチタンカーバイドの水分散液に還元剤を加えて、チタンカーバイドの表面を水により酸化し、チタン酸化物層を形成する工程である。
本工程の機構は以下のとおりである。まず、チタンカーバイドの表面が還元剤により還元されチタンとなる。生成したチタンは分散媒である水によって酸化され、最終的に、チタンカーバイドの表面にチタン酸化物層が形成される。
【0067】
本工程において使用できる還元剤としては、還元力の強い還元剤であれば特に限定されず、例えば、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH
4)、水素、ヒドラジン、チオ硫酸ナトリウム、クエン酸、クエン酸ナトリウム、L−アスコルビン酸、ホルムアルデヒド等が挙げられる。これらの還元剤は、1種類のみを用いてもよいし、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0068】
3−4.混合液を調製する工程
本工程は、チタン酸化物層が表面に形成されたチタンカーバイドの水分散液及び白金イオン溶液を混合し、混合液を調製する工程である。
本工程においては、チタンカーバイドの水分散液と白金イオン溶液との混合速度は、可能な限り遅い方が好ましい。例えば、チタンカーバイドの水分散液が酸性であり、白金イオン溶液が塩基性である場合には、混合時に発生した中和熱により、チタンカーバイド及び白金イオンが凝集するおそれがあるからである。チタンカーバイドの水分散液と白金イオン溶液との混合速度を遅くする方法としては、例えば、チタンカーバイドの水分散液に、白金イオン溶液をゆっくり滴下する方法、またはその逆に、白金イオン溶液にチタンカーバイドの水分散液をゆっくり滴下する方法等が挙げられる。
【0069】
3−5.COバブリング工程
本工程は、白金イオン溶液、チタンカーバイドの水分散液、チタン酸化物層が表面に形成されたチタンカーバイドの水分散液、及び上述した混合液(これらの溶液及び分散液を、以下、溶液等と称する場合がある。)の少なくともいずれか1つに一酸化炭素(CO)をバブリングする工程である。
還元工程前の溶液等にCOをバブリングさせ、溶液等にCOを飽和させることにより、溶液等の中に存在するか、又は溶液等に加える予定の白金イオンにCOを配位させることができ、その結果、白金イオンが互いに凝集することを防ぎ、より粒径の小さい白金微粒子を得ることができる。
COバブリングは、白金イオン溶液、チタンカーバイドの水分散液、チタン酸化物層が表面に形成されたチタンカーバイドの水分散液、及び上述した混合液のいずれに行ってもよい。また、COバブリングは、異なる段階に分けて2回以上行ってもよい。
CO濃度は特に限定されないが、安全上の観点から、10〜30%程度が好ましい。COバブリング時間は特に限定されないが、生産性の観点から30分間〜2時間程度が好ましい。
【0070】
3−6.還元工程
本工程は、上述した混合液に還元剤を加え、白金微粒子をチタンカーバイドの表面に析出させることにより、チタンカーバイドの表面に、チタン酸化物を含み且つ白金微粒子の周囲を取り巻くチタン酸化物層を形成し、且つ、チタン酸化物層中の、チタンカーバイドの表面と複合触媒の表面との間に、白金微粒子を介した導電チャンネルを少なくとも1つ形成し、且つ、導電チャンネル内で、白金原子とチタン酸化物との結合を形成する還元工程である。
【0071】
本工程においては、還元剤の添加により、チタンカーバイド表面への白金微粒子の付着(好ましくは担持)が進行する。
チタン酸化物層が形成されたチタンカーバイド表面に白金微粒子が付着する機構についての詳細は不明であるが、いくつかの態様が考えられる。例えば、チタン酸化物層同士の隙間のチタンカーバイド表面上に白金微粒子が析出し付着する態様や、一度形成されたチタン酸化物層を貫通するように白金微粒子が析出する態様等である。
なお、チタン酸化物層が2nm以下と十分に薄い場合には、白金微粒子がチタンカーバイド表面に直接接していなくても、トンネル効果により、白金微粒子とチタンカーバイドとの間の電子の導通が確保される。
【0072】
チタンカーバイド表面へ白金微粒子が付着して、チタンカーバイド−白金微粒子間の導電性が確保され、さらにチタン酸化物層が白金微粒子の周囲を取り巻くように形成されることは、上述した
図1に示すように、チタン酸化物層中に導電チャンネルが形成されることを意味する。この導電チャンネルは、チタンカーバイドの表面と複合触媒表面との間の電子の導通を確保する経路である。
さらに、導電チャンネル内では、白金原子とチタン酸化物との結合が形成される。当該結合、特に白金原子とチタン酸化物の酸素欠陥との結合については、上記「1−2.チタン酸化物」の項で述べたとおりである。
【0073】
もっとも、本工程において、チタンカーバイド表面に析出した全ての白金微粒子が、チタン酸化物層によって取り囲まれ、且つチタン酸化物と結合を有するとは限らない。すなわち、チタンカーバイド表面には、白金微粒子のみが析出し、当該白金微粒子の近傍にチタン酸化物層が形成されていない部分もあると考えられる。
しかし、チタン酸化物は非晶性であり且つ表面に多数の官能基、例えば、ペルオキシド基(−OOH)、水酸基(−OH)等を有する。したがって、白金イオンはチタンカーバイドよりもチタン酸化物に吸着しやすいため、チタン酸化物層が形成されたチタンカーバイド表面及びチタン酸化物層近傍のチタンカーバイド表面に優先的に白金微粒子が析出すると考えられる。
本工程において、白金微粒子のみが析出し、当該白金微粒子の近傍にチタン酸化物層が形成されていない部分は、チタンカーバイドの全表面積のうち5%以下であることが好ましく、1%以下であることがより好ましい。
また、チタンカーバイドは導電性を有するため、チタン酸化物層の有無にかかわらず、チタンカーバイドと白金微粒子との間には電気的導通がとれる。
【0074】
本工程において使用できる還元剤は、上述したとおりである。
本工程においては、還元剤の使用と共に、析出する白金微粒子の分散性を高めるという観点から、COバブリングを行ってもよい。COバブリングに用いられるCO濃度及びCOバブリング時間は、上述した通りである。
【0075】
本製造方法においては、従来の白金担持カーボンの製造方法において行われていたような白金をカーボンに担持させる工程の替わりに、チタンカーバイド共存下で白金を還元させる工程を行う。したがって、製造工程が従来よりも簡便なものとなる。その結果、従来の白金担持カーボンの製造方法においてみられたような、担体に接触せず電気的導通のとれない白金が減り、白金のECSAを増やすことができる。
【0076】
3−7.その他の工程
還元工程後には、得られた複合触媒のろ過・洗浄、乾燥、粉砕、加熱、酸処理、及び電位処理等を行ってもよい。
複合触媒のろ過・洗浄は、製造された複合触媒の構造を損なうことなく、不純物を除去できる方法であれば特に限定されない。当該ろ過・洗浄の例としては、蒸留水を溶媒にして、ろ紙(Whatman社製、#42)やPTFEメンブレンフィルター(0.25μm)等を用いて吸引ろ過して分離する方法が挙げられる。また、得られたろ過物を、さらに蒸留水や、(NH
4)
2CO
3水溶液等により洗浄してもよい。
複合触媒の乾燥は、溶媒等を除去できる方法であれば特に限定されない。当該乾燥の例としては、60〜100℃の温度条件下、10〜24時間真空乾燥する方法が挙げられる。
複合触媒の粉砕は、固形物を粉砕できる方法であれば特に限定されない。当該粉砕の例としては、乳鉢等を用いた粉砕や、ボールミル、ターボミル、メカノフュージョン、ディスクミル等のメカニカルミリングが挙げられる。
【0077】
複合触媒の加熱は、製造された複合触媒の構造を損なうことなく、不純物を除去できる方法であれば特に限定されない。本工程で行う加熱は、焼成であることが好ましい。
焼成の具体例は下記の通りである。なお、加熱条件は下記のみに限定されない。
雰囲気:不活性ガス(アルゴン等)を30〜120分間パージする。
温度:150〜1000℃、好ましくは200〜900℃
昇温条件:室温から上記温度まで、30〜120分かけて昇温する。
保持条件:上記温度のまま30〜120分間保持する。
【0078】
本発明により得られる複合触媒は、白金微粒子を活性化させるために、酸処理や電位処理を施してもよい。
図9(a)は、焼成温度500℃、600℃及び700℃の条件でそれぞれ焼成を行った、白金シェルを有するコアシェル触媒のXRDスペクトルの一部である。
図9(a)から分かるように、焼成温度500℃のスペクトルにおける2θ=40°のピーク(Pt(111)を表すピーク)は、焼成温度700℃のスペクトルにおいてはほぼ消失している。一方、
図9(a)から、焼成温度500℃のスペクトルにおいては全く現れない2θ=30°のピーク(PtS(002)(101)を表すピーク)は、焼成温度700℃のスペクトルにおいて強い強度で現れることが分かる。これらの結果は、焼成温度を上げることにより、白金の一部がPtSになり、白金が酸化されることを示す。したがって、高温焼成後の触媒について正しい電気化学評価を行うためには、白金の清浄が必要であることが分かる。
【0079】
酸処理に使用できる酸は、得られた複合触媒の構造を損なうものでなければ特に限定されず、例えば、過塩素酸、塩酸、硝酸等が使用できる。酸処理は、これらの酸に複合触媒を所定時間浸漬させることにより完了する。
電位処理には、通常の電気化学セルが使用できる。電気化学セルには、回転ディスク電極を用いることが好ましい。電気化学セルには、上記酸処理に用いられる酸が使用できる。
図9(b)は、電位掃引範囲0.05〜1.2V(vsRHE)、電位掃引速度100mV/秒で電位を120サイクル掃引した結果を示すサイクリックボルタモグラム(以下、CVと称することがある)である。
図9(b)においては、外側のボルタモグラムであるほど、サイクル数がより多いボルタモグラムを表す。
図9(b)から分かるように、電位処理を繰り返すことで白金のピークが明確になることが分かる。
なお、白金の清浄が完了した後も上記電位処理を延長して行うと、白金微粒子が溶解するおそれがある。
【0080】
以下、図を用いて本発明の製造方法を説明する。
図4は、本発明に係る製造方法において、チタンカーバイドの水分散液を調製する工程から、還元工程までの、チタンカーバイド表面の構造を示した模式図である。ただし、この図は、あくまでも本製造方法の1つの態様を示すものである。また、
図4は、実際に使用されるチタンカーバイド、金属(又はそのイオン)、及び化合物の大きさを必ずしも忠実に反映した図とは限らない。また、数珠状チタンカーバイドを用いる場合には、数珠状チタンカーバイド中のチタンカーバイド粒子が、
図4中のチタンカーバイド3に相当する。なお、図の都合上、還元剤、分散媒その他の添加物は省略する。
図4(a)は、チタンカーバイド表面の構造を示した模式図である。チタンカーバイド3表面は、チタン原子(丸にTiで表す)及び炭素原子(丸にCで表す)からなる。
図4(b)は、チタンカーバイドに還元剤を混合して所定時間経過した後のチタンカーバイド表面の構造を示した模式図である。チタンカーバイド表面は水により酸化され、チタン酸化物(酸素原子を丸にOで表す)に変換される。
図4(c)は、さらに白金イオン溶液を混合した後のチタンカーバイド表面の構造を示した模式図である。チタン酸化物層表面には、白金イオン(丸にPt
4+で表す)が吸着している。
図4(d)は、COバブリング後のチタンカーバイド表面の構造を示した模式図である。バブリングされたCO(炭素原子を丸にCで表す)が白金に配位し、一時的に白金のカルボニル錯体が生成することにより、白金微粒子同士の凝集が起こりにくくなる。
図4(e)は、還元工程後のチタンカーバイド表面の構造を示した模式図である。白金イオンが白金に還元されることにより、図に示すようにチタン酸化物の酸素欠陥(−O−Ti)と白金原子(Pt)とが結合し、本発明に係る複合触媒が生成される。
【実施例】
【0081】
以下に、本発明の具体的態様を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、これらの実施例によって限定されるものではない。
【0082】
1.数珠状チタンカーバイドの製造
[製造例1]
まず、テトラ(2−エチルヘキシル)チタネートを、エタノール水溶液に分散させた。次に、調製した分散液を、酸化物ナノ粒子合成装置(ホソカワミクロン製、商品名:FCM−MINI)を用いてナノ粒子化した。得られたナノ粒子を希硝酸に希釈分散させた後モリブデンメッシュで捕集しTEM観察したところ、数珠状のTiO
2が合成できたことを確認した。当該数珠状TiO
2に、カーボン源としてメチルセルロースを、当該数珠状TiO
2の3質量倍混ぜた。当該混合物を、水素雰囲気下800℃以上で焼成したところ、数珠状のTiO
2の少なくとも表面がTiC化した、製造例1の数珠状チタンカーバイドが得られた。
【0083】
2.数珠状チタンカーバイドのTEM観察
製造例1の数珠状チタンカーバイドについて、TEM観察により構造を確認した。詳細な測定条件は以下の通りである。
電界放射型透過電子顕微鏡(日本電子製、型番:JEM−2100F、Cs補正付属)を用いて、加速電圧200kVにて、倍率60万倍で暗視野STEM観察(Scanning Transmission Electron Microscopy、以下、STEMと称する。)を行った。
【0084】
図5は、上記観察条件により得られた製造例1の数珠状チタンカーバイドのTEM画像である。
図5中に見られる、直径10nm程度の白い円はチタンカーバイド微粒子を示す。
図5から、1つの数珠状チタンカーバイドは、5〜160個程度のチタンカーバイド微粒子が連結してなるものであり、且つ、当該連結構造中には3〜20箇所の分岐部分が含まれていることを確認した。
【0085】
3.燃料電池用白金・チタン酸化物・チタンカーバイド複合触媒の製造
[
参考例1]
まず、チタンカーバイド(TiC)(Nano Titanium Carbide powder,NaBond Technologies Co.,Ltd.)5gを、200mLの超純水に投入し、TiC水分散液を調製した。次に、当該TiC水分散液を攪拌しながら、超音波ホモジナイザーで300W、30分間処理し、水分散液中のTiCをよく分散させた。さらに、TiC水分散液に水素化ホウ素ナトリウム(NaBH
4;以下、SBHと称する場合がある。)11.9gを加え、3時間攪拌した。
【0086】
図10は、COバブリングに用いた反応装置を示した模式図である。
COは、COガスキャビネット30に保管されたCOガスボンベ31から供給した。COガスボンベ31は、SUS製ライン32を介して、ドラフト33内のバルブ34と連結した。ドラフトのシャッターを下まで降ろして、シャッターと実験台の間に隙間を空けないようにした。また、ドラフト33にはCO検知器35を設置し、且つ、シャッターの下部に吹き流し36を設けて、ドラフト33からのCOガス漏れに備えた。ガス流量計37の表示を基に、バルブ34によりCOガス流量を適宜調節した。フレキシブルホース等を通じて、COガスをスターラ38上の反応容器39に導入し、反応溶液へのCOバブリングを行った。バブリングを終えたCOは、バブラー40を通じ、ドラフト上方の排気口を経てドラフト外へと排気するようにした。なお、COバブリング中はバブラー40を常に監視し、バブラー40中の気泡に異変が生じた際にはCOガス漏れを警戒するようにした。
SBHを加えたTiC水分散液中に、
図10に示す装置を用いて、20%COを60分間バブリングした。
【0087】
一方、ヘキサヒドロキシ白金酸(キャタラー製)の結晶を、塩基性溶液に溶解して、白金イオン溶液(pH:9〜12程度)を調製した。
COバブリング後のTiC水分散液を攪拌しながら、白金イオン溶液22.43g(Pt量:1.10g相当)を滴下ロートでゆっくり少しずつ滴下し、混合液を調製した。混合液にSBH 11.9gを加え、さらにCOバブリングしながら60分間攪拌した。その後、混合液をPTFEメンブレンフィルター(0.25μm)でろ過し、得られたろ過物を200mLの(NH
4)
2CO
3水溶液(濃度:6.43mg/L)に加え、加熱せずに30分間攪拌した。中和後のろ過物を80℃の超純水で繰り返し洗浄し、得られた固体を1日真空乾燥した。
【0088】
真空乾燥した固体を、石英セルに加え、管状炉に設置した。管内をG1アルゴンガス100%で置換した(流量=750mL/min、置換時間:60分間)。アルゴン置換後、管内の温度を60分かけて250℃にまで上げ、250℃のまま60分間保持した。焼成後、室温まで冷却し、
参考例1の燃料電池用白金・チタン酸化物・チタンカーバイド複合触媒を製造した。
【0089】
[実施例2]
参考例1において、チタンカーバイド(TiC)(Nano Titanium Carbide powder,NaBond Technologies Co.,Ltd.)5gを、製造例1の数珠状チタンカーバイド5gに替えたこと以外は、
参考例1と同様の方法により、実施例2の燃料電池用白金・チタン酸化物・チタンカーバイド複合触媒を製造した。
【0090】
4.白金担持チタンカーバイド触媒の製造
[比較例1]
まず、チタンカーバイド(TiC)(Nano Titanium Carbide powder,NaBond Technologies Co.,Ltd.)5gを、500mLのエタノール中に分散させ、TiCエタノール分散液を調製した。次に、ヘキサクロロ白金酸(石福金属興業製)3gをTiCエタノール分散液中に溶解させた。得られた溶液について、80℃で3時間エタノール還流し、白金イオンを白金へ還元した。還流後、溶液をろ過し、回収した粉末を80℃超純水でpHが6〜7となるまで繰り返し洗浄し、得られた固体を真空乾燥した。乾燥した粉末を400℃、アルゴン100%雰囲気下で焼成し、比較例1の白金担持チタンカーバイド触媒を製造した。
【0091】
5.触媒の評価
参考例1の燃料電池用白金・チタン酸化物・チタンカーバイド複合触媒(以下、
参考例1の触媒と称する場合がある。)、比較例1の白金担持チタンカーバイド触媒(以下、比較例1の触媒と称する場合がある。)、並びに、白金をカーボン担体(ケッチェンブラック)に担持した触媒(Pt/C。以下、比較例2の触媒と称する。)について、回転ディスク電極を用いた測定により、触媒性能及び触媒耐久性の評価を行った。
【0092】
5−1.触媒に対する電位処理
参考例1、比較例1、及び比較例2の触媒について、回転ディスク電極による測定を行う前に、白金の清浄を目的として電位処理を行った。
図11は、電位処理を行った装置を示す斜視模式図である。
ガラスセル51に過塩素酸水溶液52を加え、さらに触媒のスラリー53が塗布された回転ディスク電極54をセットした。なお、回転ディスク電極54は、回転計55に接続されている。過塩素酸水溶液52中には、回転ディスク電極54の他にも、対極56、参照極57が過塩素酸水溶液52に十分に浸かるように配置されており、これら3つの電極は、デュアル電気化学アナライザーと電気的に接続されている。また、アルゴン導入管58が過塩素酸水溶液52に浸かるように配置されており、セル外部に設置されたアルゴン供給源(図示せず)から一定時間アルゴンが過塩素酸水溶液52に室温下でバブリングされ、過塩素酸水溶液52中にアルゴンが飽和している状態であった。円59はアルゴンの気泡を示す。
装置の詳細は下記の通りである。
・過塩素酸水溶液:0.1mol/L HClO
4
・回転ディスク電極:グラッシーカーボンからなる電極
・回転計:北斗電工製、HR−201
・対極:白金電極(北斗電工製)
・参照極:水素電極(KMラボ製)
・デュアル電気化学アナライザー:BAS社製、ALS700C
図11に示した装置により、電位掃引範囲0.05〜1.2V(vsRHE)、電位掃引速度100mV/秒で電位を120サイクル掃引し、白金を活性化させた。
【0093】
5−2.回転ディスク電極を用いた測定
(a)ECSAの算出
参考例1、比較例1、及び比較例2の触媒について、当該触媒のECSAを算出した。
図11に示した装置により、電位掃引範囲0.05〜1.2V(vsRHE)、電位掃引速度50mV/秒で電位を2サイクル掃引した。2サイクル目のCVよりECSAを算出した。
【0094】
(b)比活性及び質量活性の測定
参考例1、比較例1、及び比較例2の触媒について電気化学測定を行い、当該触媒の酸素還元反応(Oxygen reduction reaction;以下、ORRと称する。)活性の指標となる比活性を測定した。
図11に示した装置において、ガラスセル51中の過塩素酸水溶液52中に酸素をバブリングさせながら、電位掃引範囲0.1〜1.05V(vsRHE)、電位掃引速度10mV/秒で電位を2サイクル掃引した。2サイクル目のORR曲線における0.9Vの電流値より活性支配電流(kinetically−controlled current;以下、IKと称する)を算出した。当該IKを上述したECSAで除した値を比活性とした。
【0095】
(c)耐久性の評価
参考例1、比較例1、及び比較例2の触媒について電気化学測定を行い、耐久性を評価した。電気化学測定の詳細な条件は以下の通りである。
図11に示した装置において、ガラスセル51中の過塩素酸水溶液52中に酸素をバブリングさせながら、0.65/5sec〜1.2V/5secの矩形波の電位サイクルを10,000サイクル(vsRHE)掃引した。10,000サイクル掃引後、上述した「(a)ECSAの算出」の項で説明した方法と同様にCVを行った。
【0096】
図14は、比較例2の触媒の耐久性の評価において、2サイクル目のCVと10,000サイクル目のCVを重ねて示したグラフである。
図14から分かるように、酸化波及び還元波共に、10,000サイクル目のCVの方が2サイクル目のCVよりも電流値が顕著に小さい。特に、白金への水素原子の吸着脱離反応に対応する0.05〜0.3V(vsRHE)の範囲の電流ピークの大きさ、及び、白金への酸素原子の吸着脱離反応に対応する0.7〜1.2V(vsRHE)の範囲の電流ピークの大きさは、10,000サイクル目のCVの方が、2サイクル目のCVよりも小さい。この結果は、比較例2の触媒中のECSAについて、2サイクル目よりも10,000サイクル目の方が極めて小さいことを示す。また、電気二重層に対応する0.3〜0.4V(vsRHE)の範囲の電流値も、10,000サイクル目のCVの方が、2サイクル目のCVよりも小さい。この結果は、比較例2の触媒中のカーボン担体が10,000サイクル中に酸化された結果、電気二重層が減ったことを示す。
【0097】
図13は、比較例1の触媒の耐久性の評価において、2サイクル目のCVと10,000サイクル目のCVを重ねて示したグラフである。
図13から分かるように、酸化波及び還元波共に、10,000サイクル目のCVと2サイクル目のCVとでは、電流値にそれほど差はない。特に、電気二重層に対応する0.3〜0.4V(vsRHE)の範囲の電流値は、10,000サイクル目のCVと2サイクル目のCVとではほとんど変わらない。この結果は、10,000サイクルを経ても、比較例1の触媒中のチタンカーバイドはほとんど酸化されず、電気二重層に変化がないことを示す。
図13及び
図14を比較することにより、チタンカーバイドはカーボン担体よりも耐酸化性(耐腐食性)が高いことが分かる。
参考例1においてもチタンカーバイドを担体として用いているため、10,000サイクル後に電気二重層に変化がないことについては、
参考例1は比較例1と同様の結果を示すと考えられる。
【0098】
下記表2は、
参考例1及び比較例1の触媒の比活性をまとめた表である。なお、下記表2中の「5nmPt比」とは、平均粒径5nmの白金微粒子の比活性303μA/cm
2−Ptに対する、
参考例1又は比較例1の触媒活性の比である。
【0099】
【表2】
【0100】
上記表2より、比較例1の触媒の比活性は330μA/cm
2である。したがって、単に白金がTiC担体に担持しているにすぎない比較例1の触媒は、平均粒径5nmの白金微粒子と同程度の比活性しか示さない。
一方、上記表2より、
参考例1の触媒の比活性は489μA/cm
2である。したがって、本発明の燃料電池用白金・チタン酸化物・チタンカーバイド複合触媒は、単に白金がTiC担体に担持しているにすぎない従来の触媒よりも1.5倍比活性に優れる。
【0101】
6.膜・電極接合体の作製
[実施例3]
固体高分子電解質膜(ナフィオン(登録商標)膜)の一方の面に、実施例2の燃料電池用白金・チタン酸化物・チタンカーバイド複合触媒、及びプロトン伝導性を有する電解質を含むアノード電極触媒ペーストを塗布し、もう一方の面に、実施例2の燃料電池用白金・チタン酸化物・チタンカーバイド複合触媒、及びプロトン伝導性を有する電解質を含むカソード電極触媒ペーストを塗布した。電極触媒ペースト塗布後の固体高分子電解質膜を一対のガス拡散シート(カーボンペーパー)により挟持し、熱圧着することにより、実施例3の膜・電極接合体を作製した。
【0102】
[比較例3]
実施例3において、実施例2の燃料電池用白金・チタン酸化物・チタンカーバイド複合触媒の替わりに、比較例1の白金担持チタンカーバイド触媒を用いたこと以外は、実施例3と同様の方法により、比較例3の膜・電極接合体を得た。
【0103】
[比較例4]
実施例3において、実施例2の燃料電池用白金・チタン酸化物・チタンカーバイド複合触媒の替わりに、比較例2の白金担持カーボン触媒を用いたこと以外は、実施例3と同様の方法により、比較例4の膜・電極接合体を得た。
【0104】
7.膜・電極接合体の評価
7−1.SEM観察
実施例3、比較例3、及び比較例4の膜・電極接合体の、面方向に略垂直な断面についてSEM観察を行った。
SEM観察条件は以下の通りである。すなわち、走査型電子顕微鏡(日立製、S−5500)を用いて、加速電圧30kVにて、倍率1,000〜50,000倍でSEM観察を行った。
【0105】
図16は、比較例4の膜・電極接合体の面方向に略垂直な断面の、倍率10,000倍のSEM画像である。
図16から分かるように、比較例2の白金担持カーボン触媒を含む触媒層には、空隙が無数に存在する。
図15は、比較例3の膜・電極接合体の、面方向に略垂直な断面のSEM画像である。
図15(a)は倍率1,500倍のSEM画像、
図15(b)は
図15(a)を拡大した倍率5,000倍のSEM画像、
図15(c)は
図15(b)をさらに拡大した倍率10,000倍のSEM画像、
図15(d)は
図15(c)をさらに拡大した倍率50,000倍のSEM画像である。
図15(a)の中央に写る厚さ10μm程度の層が、比較例1の白金担持チタンカーバイド触媒を含む触媒層である。当該電極の部分を拡大した
図15(b)〜
図15(d)から分かるように、比較例1の白金担持チタンカーバイド触媒を含む触媒層には、通常触媒層に必要な空隙がほとんど存在しない。
図15(c)と同倍率の
図16を比較することにより、比較例1の白金担持チタンカーバイド触媒を含む触媒層に空隙が存在しないことが容易に分かる。
【0106】
図6は、実施例3の膜・電極接合体の面方向に略垂直な断面のSEM画像である。
図6(a)は倍率1,000倍のSEM画像、
図6(b)は
図6(a)を拡大した倍率5,000倍のSEM画像である。
図6(a)の中央に写る厚さ約10μm程度の層が、実施例2の燃料電池用白金・チタン酸化物・チタンカーバイド複合触媒を含む触媒層である。当該触媒層の部分を拡大した
図6(b)から分かるように、実施例2の触媒を含む触媒層には、空隙が無数に存在する。これは、数珠状のチタンカーバイドを含む実施例2の触媒を用いて触媒層が形成された際に、触媒層中において実施例2の触媒が不規則に絡み合うため空隙が生じると考えられる。
【0107】
7−2.膜・電極接合体の放電性能評価
実施例3及び比較例3の膜・電極接合体を放電性能評価に供した。評価条件は以下の通りである。
評価装置:燃料電池評価装置(東陽テクニカ製)
加湿条件:両極フル加湿条件
測定温度:80℃
測定電位:1.0〜0.2V
測定電流密度:0〜1.0A/cm
2
【0108】
図17は、比較例3の膜・電極接合体の放電曲線である。
図17は、縦軸にセル電圧(V)を、横軸に電流密度(A/cm
2)を、それぞれとったグラフである。
図17から分かるように、比較例3の膜・電極接合体はほとんど放電しない。これは、上述したように、比較例1の触媒を含む触媒層中においては、電極反応に必要とされるガスや水などの輸送がほとんど不可能となるためであると考えられる。
図7は、実施例3の膜・電極接合体の放電曲線である。
図7と
図17とを比較するとわかるように、実施例3の膜・電極接合体の方が濃度過電圧が低く、放電性能に優れる。これは、上述したように、実施例2の触媒を含む触媒層中においては、触媒自体の比活性の高さに加えて、担体の数珠状構造のため空隙が生じ、電極反応に必要とされるガスや水などの輸送が促進されることによる。
以上より、本発明の燃料電池用白金・チタン酸化物・チタンカーバイド複合触媒を用いた実施例3の膜・電極接合体は、従来の白金担持チタンカーバイド触媒を用いた比較例3の膜・電極接合体と比較して、その触媒の構造に由来して、放電性能が極めて高いことが実証された。