(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5730904
(24)【登録日】2015年4月17日
(45)【発行日】2015年6月10日
(54)【発明の名称】斜板式コンプレッサーの斜板
(51)【国際特許分類】
F04B 27/08 20060101AFI20150521BHJP
【FI】
F04B27/08 A
F04B27/08 L
【請求項の数】7
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2012-546959(P2012-546959)
(86)(22)【出願日】2011年12月2日
(86)【国際出願番号】JP2011077964
(87)【国際公開番号】WO2012074107
(87)【国際公開日】20120607
【審査請求日】2014年1月30日
(31)【優先権主張番号】特願2010-269650(P2010-269650)
(32)【優先日】2010年12月2日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000207791
【氏名又は名称】大豊工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100077528
【弁理士】
【氏名又は名称】村井 卓雄
(72)【発明者】
【氏名】野村 諭
(72)【発明者】
【氏名】秋月 政憲
(72)【発明者】
【氏名】金光 博
【審査官】
加藤 一彦
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2002/075172(WO,A1)
【文献】
特開平05−331314(JP,A)
【文献】
特開2009−029884(JP,A)
【文献】
特開2008−122619(JP,A)
【文献】
国際公開第2011/126078(WO,A1)
【文献】
特開平1−201435(JP,A)
【文献】
特開2007−138040(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F04B 27/08
F04B 39/00
F04C 29/00
F16C 33/10
C08L 101/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シューと摺動する斜板式コンプレッサーの斜板において、平均径が5〜50μmである球状天然黒鉛粒子5〜60質量%を含有し、残部ポリイミド樹脂及びポリアミドイミド樹脂の1種又は2種からなる樹脂系コーティング層を、中間層を介し又は介さずに基材に被覆したことを特徴とする斜板式コンプレッサーの斜板。但し、前記球状天然黒鉛粒子は、平均径の0.5倍以下である微粒子を除いた粒子の下記定義による平均形状係数(YAVE)が1〜4の範囲内であって、かつ下記定義による形状係数(Y)=1〜1.5の範囲の粒子が個数割合で70%以上存在するものである。
YAVE=total[[PMi2/4πAi]]/i
Y=PM2/4πA
ここで、totalは[ ]内の値のi個についての合計、PMは粒子1個の周囲長さ、Aは粒子1個当りの断面積、iは測定個数である。
【請求項2】
前記樹脂系コーティング層の表面に、同心円状もしくは渦巻状の溝が形成され、隣接する溝間には山部が形成されていることを特徴とする請求項1記載の斜板式コンプレッサーの斜板。
【請求項3】
前記樹脂系コーティング層が、MoS2、PTFE、WS2、h−BN及びCFから選択される1種以上の固体潤滑剤を1〜70質量%−但し、前記球状天然黒鉛粒子との合計含有量が10〜80質量%である−をさらに含有することを特徴とする請求項1又は2記載の斜板式コンプレッサーの斜板。
【請求項4】
前記球状天然黒鉛粒子の黒鉛化度が0.6以上であることを特徴とする請求項1から3までの何れか1項記載の斜板式コンプレッサーの斜板。
【請求項5】
前記球状天然黒鉛粒子の黒鉛化度が0.8以上であり、かつ平均径の0.5倍以下である微粒子を除いた粒子の前記定義による平均形状係数(YAVE)が1〜2.5の範囲内であることを特徴とする請求項1から4までの何れか1項記載の斜板式コンプレッサーの斜板。
【請求項6】
前記基材が鉄基基材である請求項1から5までの何れか1項記載の斜板式コンプレッサーの斜板。
【請求項7】
斜板式コンプレッサーが可変容量型である請求項6記載の斜板式コンプレッサーの斜板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、斜板式コンプレッサーの斜板に関するものであり、さらに詳しく述べるならば、ポリイミド及び/又はポリアミドイミド樹脂により黒鉛粒子を結合した樹脂系摺動材料を被覆した斜板式コンプレッサーの斜板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
以下、従来技術を、斜板式コンプレッサー、斜板式コンプレッサーの斜板を被覆する樹脂系コーティング層、斜板式コンプレッサー以外の樹脂系摺動材料、球状炭素質物質、及び黒鉛の摺動特性の順に説明する。
【0003】
斜板式コンプレッサー
現在使用されている可変容量型斜板式コンプレッサーの構造の一例を、特許文献1:特開2003−183685号公報記載のものを
図1に引用して示す。図中、参照符号は次の部品、部位もしくは箇所を指す。10−シリンダブロック、12−シリンダボア、14−片頭ピストン、16−フロントハウジング、18−リヤハウジング(吸入ポート、供給ポートは図示省略)、20−バルブプレート(バルブ、孔は図示省略)、21−ハウジング、22−吸入室、24−吐出室、50−回転軸、60−斜板、61−貫通穴、62−回転板、64−スラストベアリング、66−ヒンジ機構、67−アーム、68−ガイド穴、69−ガイドピン、70−係合部、72−頭部、76−シュー、80−ガイド穴、86−斜板室、87−圧縮室、90−概念的に示す電磁弁、100−排出路、102−支持孔である。
【0004】
特許文献1には、可変容量型斜板式コンプレッサーの作動機構は次のようなものであると説明されている。高圧側である吐出室24と低圧側である吸入室22との圧力差を利用して斜板室86内の圧力が制御される。即ち、ピストン14の前後に作用するシリンダボア12内の圧縮室87の圧力と斜板室86の圧力との差が調節される。これにより、斜板60の傾斜角度が変更されてピストン14のストロークが変更され、圧縮機の吐出容量が調節される。具体的には、電磁制御弁90の励磁,消磁の制御により、斜板室86が吐出室24に連通させられたり、遮断されたりすることによって、斜板室86の圧力が制御される。
【0005】
図2は
図1に示した斜板式コンプレッサーの要部拡大概念図である。
図2においては、120はシュー76と斜板60の間のシュークリアランスである。
図3に示すシュー拡大図において、76aは平面、76bは球面、76cはピストンとの当り面である。シュー76は、通常、焼入れSUJ2を仕上げ加工した半球状部材であり、斜板は鉄系材料の表面に、溶射、めっきもしくは化成処理により形成された中間層を介して最表面に樹脂系表面処理を施している。
【0006】
図2、3に示すように、斜板60とピストン14の間に摺動部材として配置されたシュー76のピストン側を球面76bとすることにより、斜板の傾斜角度変更に追従して揺動自在としている。斜板60はコンプレッサーの軸線に対して傾斜して揺動しながら回転し、その両面がシュー平面76aと摺動する。また、シュー平面76aの微小な中高形状(図示せず)により油膜を発生させ、斜板60との摩擦抵抗を低減させる。
【0007】
樹脂系摺動材料による斜板の表面処理
斜板式コンプレッサーの斜板にポリイミドもしくはポリアミドイミド樹脂系摺動層コーティングを施す先行技術文献としては、特許文献1:特開2003−183685号公報;特許文献2:特開2000−265953号公報;特許文献3:特開2005−89514号公報;特許文献4:WO02/075172A1がある。
【0008】
特許文献1においては、鉄系斜板の表面に、MoS
2、PTFE、黒鉛などの固体潤滑剤、粒径20nmのNi、Fe、Mn、Cr、Moなどの金属粉末、ポリアミドイミド樹脂バインダーからなるコーティング層を被覆している。
特許文献2においては、コーティング層は、Sn、Ag、Al、Cu、Zn、Ni、Si、Co、Ti、W、Mo、Mg、Feなどの金属もしくはこれらの合金からなる粒径が10〜100μm粒子とポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂などの樹脂との液状混合物を斜板の表面に焼付けたものである。
【0009】
特許文献3は、ポリアミドイミド、ポリイミド系及びエポキシ系樹脂からなる群より選択された少なくとも1種の結合剤により、10〜40vol%の二硫化モリブデン、10〜40vol%の鱗片状黒鉛又は鱗状黒鉛、及び1〜40vol%のポリテトラフルオロエチレンからなる固体潤滑剤を結合してなり、該固体潤滑剤の総和が30〜60vol%である。
特許文献4は、斜板式コンプレッサーの斜板を、PTFE及び黒鉛の少なくとも1種とポリアミドイミド樹脂からなる固体潤滑剤コーティング膜で被覆し、摺動表面に同心状溝を有し、隣接溝の間に山部を形成することを提案している。黒鉛は結晶化度が高い人造黒鉛が好ましいと説明されている。
【0010】
次に、カーエアコン用斜板式コンプレッサーの動向については、非特許文献1:トライボロジスト第55巻第9号(2010)、第10〜12頁に解説されている。即ち、代替フロン冷媒HFC1113aはフロン冷媒CFC12よりも焼付を起こり易くする;可変容量式斜板式コンプレッサーでは鉄系斜板にCu−Pb、もしくはCu−Siなどの銅系材料の溶射を施し、この中間層上に固体潤滑剤を含む樹脂系コーティング層を施している。
【0011】
斜板式コンプレッサーの斜板以外の摺動材料
特許文献5;特開2009−185103号公報によると、ハードディスク、DVDディスクなどの情報メディアのモーター用軸受として、従来のポリエーテルエーテルケトン系樹脂軸受に代わるものとして、(イ)ポリアリーレンスルフィド樹脂と芳香族ポリアミドイミド樹脂からなる熱可塑性樹脂100重量部、(ロ)セラミックバルーン、シラスバルーン、ガラスバルーン、金属バルーン、セラミック粒子、シリカ、ガラスビーズ、金属粉末などの球状充填剤1〜50重量部、(ハ)固体潤滑剤1〜50重量部からなるモーター軸受が提供されている。固体潤滑剤としては、鱗片状、塊状、平板状、球状黒鉛などを使用することができるが、鱗状黒鉛が好ましいと説明されている。
【0012】
球状炭素質物質
特許文献6:特許第3026269号は、本出願人が提案したポリアミドイミド樹脂系摺動材料に関するものであり、芳香族ポリアミドイミド中に、実質的に単離している樹脂の熱処理粒子5〜80重量%を分散した摺動材料を提供する。実質的に単離した樹脂は、例えばフェノール樹脂を熱処理して球形にしたものである。
【0013】
特許文献7:特開平5−331314号公報は、ポリイミド樹脂などの耐熱性樹脂40〜95重量%と、樹脂系球状粒子を不活性雰囲気下または真空下で焼成して得られる平均粒径3〜40μmの球状グラファイト5〜60重量%とを配合した組成物からなる耐熱性樹脂摺動材を提案する。球状グラファイトについては、次のように説明されている。
球状グラファイトは、均一な粒径を持ち、かつ平均粒径が3〜40μmであり、真球性の良いものが好ましく、フェノール樹脂、ナフタレン樹脂、フラン樹脂、キシレン樹脂、ジビニルベンゼン重合体、スチレン−ジビニルベンゼン共重合体のうちの少なくとも一種を出発材料としている球状グラファイトが好ましい。このような球状グラファイトの製造方法は、これらの原料から公知のエマルジョン重合法などによって調整し、さらにこの球状粒子を窒素ガス、アルゴンガス等の不活性雰囲気下または真空下で焼成する事によって炭素化および/または黒鉛化して球状グラファイトを得るものである。
【0014】
また、特許文献8:特開平7−223809号公報によると、高度に配向した黒鉛類似の結晶構造をもつ球状の炭素微粒子は等方性であり、各種樹脂に分散して摺動部材として使用できる。この炭素微粒子は、メソフェーズ小球体(メソカーボンマイクロビーズ)であり、コールタール、コールタールピッチ、アスファルトなどを350〜450℃で熱処理し、生成した球状結晶を分離したものであり、これを粉砕した後1500〜3000℃にて黒鉛化処理することにより、球状化が進行すると説明されている。しかしながら、この公報の顕微鏡写真に示されたメソフェーズ小球体は真球形態からは著しく変形している。
【0015】
黒鉛の摺動特性
(イ)黒鉛は(002)面が積層した層状結晶構造をもつ物質であり、その層間がすべり易いという性質を利用して低摩擦特性を得ている。
(ロ) 黒鉛は黒鉛化度が高く天然黒鉛に近いほど、軟質で潤滑性に富む物質となり、黒鉛化度が低いと、硬質のカーボンとなる。カーボンは耐摩耗性向上や摩擦調整のための硬質粒子として添加されている。一方、特許文献3が鱗片状黒鉛を使用しているのは、黒鉛化度が高く、潤滑性がすぐれているためであると考えられる。また、特許文献6、7が提案している真球に近い球状グラファイトは硬質カーボンであると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2003−183685号公報
【特許文献2】特開2000−265953号公報
【特許文献3】特開2005−89514号公報
【特許文献4】WO02/075172A1
【特許文献5】特開2009−185103号公報
【特許文献6】特許第3026269号
【特許文献7】特開平5−331314号公報
【特許文献8】特開平7−223809号公報
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】トライボロジスト第55巻第9号(2010)、第10〜12頁
【非特許文献2】トライボロジスト第49巻第7号(2004)、第561頁
【非特許文献3】トライボロジスト第54巻第1号(2009)、第6〜7頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
現在のカーエアコンコンプレッサーではクラッチレスタイプが多く、自動車の運転時は常時回転している。カーエアコンが起動していないときは、冷媒と潤滑油がコンプレッサー内を循環しないために貧潤滑となり易い。近年、冷凍効率向上のためにカーエアコン内のオイル封入量を少なくする手法がとられるため、コンプレッサーはさらに貧潤滑となり易い。また、燃費改善のために、貧潤滑下でのコンプレッサーの動力を低減することが求められ、そのためのシューと斜板との間の摩擦低減が求められている。
【0019】
一般に、斜板式コンプレッサーの斜板の樹脂系コーティング層が摩滅すると、中間層が表面に露出し、中間層は上下層との接着力に優れ、かつある程度の摺動特性を有しているものの、シューと中間層の間で焼付が発生し易くなる。また、中間層を介さずに鉄系シューと鉄系斜板が直接摺動すると、鉄系材料同士の摺動となり、極めて焼付が発生し易い。本出願人が提案した特許文献4のPTFE及び/又は黒鉛とポリアミドイミド樹脂からなるコーティング層は主として低摩擦性向上を意図するものであるので、代替冷媒を圧縮するコンプレッサーにおける極貧潤滑状態ではシューと斜板の間で摩耗が発生し易くなっていることが分かった。
さらに、従来の斜板では、樹脂系コーティング層の性能が今一つ信頼性がないために銅溶射中間層を使用しているが、近年の銅価格高騰により、斜板式コンプレッサーの価格を高価にしている。
【0020】
したがって、本発明は、貧潤滑状態で運転される斜板式コンプレッサー、特に可変容量式斜板式コンプレッサーの斜板上の樹脂系コーティング層の耐摩耗性及び低摩擦性を改良することを目的とする。さらに、本発明は、中間層を使用しなくとも優れた摺動特性を達成できる斜板式コンプレッサーの樹脂系コーティング層を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明は、シューと摺動する斜板式コンプレッサーの斜板において、平均径が5〜50μmである球状
天然黒鉛粒子5〜60質量%を含有し、残部ポリイミド樹脂及びポリアミドイミド樹脂の1種又は2種からなる樹脂系コーティング層を被覆したことを特徴とする斜板式コンプレッサーの斜板を提案する。但し、前記球状
天然黒鉛粒子は、平均径の0.5倍以下である微粒子を除いた粒子の下記定義による平均形状係数(Y
AVE)が1〜4の範囲内であって、かつ下記定義による形状係数(Y)=1〜1.5の範囲の粒子が個数割合で70%以上存在するものである。
Y
AVE=total[[PM
i2/4πA
i]]/i
Y=PM
2/4πA
ここで、totalは[ ]内の値のi個についての合計、PMは粒子1個の周囲 長さ、Aは粒子1個当りの断面積、iは測定個数である。
以下、本発明を詳しく説明する。
【0022】
黒鉛は一般に天然黒鉛と人造黒鉛の二種類に分類され、また分類によっては、さらに膨張黒鉛の三種類に大別される。天然黒鉛は鱗状黒鉛、鱗片状黒鉛及び土状黒鉛に分けられ、また人造黒鉛は人造黒鉛電極を破砕したもの、石油系タールやコークスを黒鉛化したもの、メソフェーズ小球体などが含まれる。鱗状黒鉛は塊状黒鉛といわれることもある。これらの黒鉛は製造方法が違っているのみならず、製品形状も明らかに識別される。最近は、球状化破砕技術の開発により球状化黒鉛もしくは球状黒鉛という粉末が入手できる(日本黒鉛工業株式会社の技術資料:製品名CGC−100、50.20;ITO GRAPHITEのホームページ;http://www.graphite.co.jp/seihin.htm)。したがって、本発明において使用する球状黒鉛は、市販の鱗片状黒鉛、土状黒鉛、薄片化黒鉛などよりは遥かに粒子比が高いものである。
【0023】
図4は
球状天然黒鉛粒子(以下単に「球状黒鉛粒子」という)115b及びMoS
2粒子114を分散した本発明の請求項3に係るコーティング層を示す概念図であり、110は鉄基基材もしく
は中間層(以下「鉄基基材110」と略す)、112は樹脂系コーティング層、115bは球状黒鉛粒子、113はポリイミドもしくはポリアミドイミド樹脂系バインダー(以下「樹脂系バインダー113」と略す)である。樹脂系コーティング層112の表面は、なじみが取れた後の状況を概念的に平坦面として示している。
【0024】
先ず、本発明に係る斜板式コンプレッサーの斜板の構成を説明すると、鉄基基材110は、鉄の代わりに銅もしくはアルミニウムなども使用することもできるが、シューとの同種材料の摺動となる鉄基基材の場合に本発明の利点が最も明らかになる。中間層は必要ないが、銅焼結、Cu、Al、Cu−Al溶射などの中間層を鉄基基材110の表面に被覆することができる。
【0025】
球状黒鉛粒子115bは、平均径の0.5倍以下である微粒子を除いた粒子の下記定義による平均形状係数(Y
AVE)が1〜4の範囲内、好ましくは1〜2.5の範囲内であって、かつ下記定義による形状係数(Y)=1〜1.5の範囲の粒子が個数割合で70%以上存在するものである。
Y
AVE=total[{PM
i2/4πA
i}]/i
Y=PM
2/4πA
ここで、totalは[ ]内の値のi個についての合計、PMは粒子1個の周囲長さ、Aは粒子1個当りの断面積、iは測定個数である。黒鉛粒子の円相当径及び黒鉛粒子の形状係数の測定方法は、斜板を任意の位置で切断し、切断面を倍率200倍、視野範囲0.37mm×0.44mmにて写真撮影し、樹脂系コーティング層を例えば株式会社ニコレ製LUZEX−FSを用いて2値化した画像の計測を行なう。
球状黒鉛粒子115bの平均径Dは樹脂系コーティング層112の膜厚tに対して、0.1t<D<1.0tが好ましく、0.25t<D<0.67tの範囲にあることがさらに好ましい。樹脂系コーティング層112の膜厚tは5〜50μmが好ましく、10〜40μmがより好ましい。
【0026】
完全黒鉛結晶の黒鉛化度が1とする黒鉛化度で表して、本発明の球状黒鉛粒子115は結晶化度が0.6以上であり、
天然黒鉛自体であり、潤滑性及びなじみ性が優れているものである。好ましくは、球状黒鉛粒子115bの黒鉛化度が0.8以上である。なお、黒鉛化度(degree of graphitization)は、非特許文献2:トライボロジスト第49巻第7号(2004)「炭素材料の使い方」第561頁に定義されているC.R.Housakaの式のとおりである。
球状黒鉛粒子115bは樹脂系コーティング層112全体に対して、好ましくは5〜60質量%、より好ましくは10〜50質量%配合する。
【0027】
上記した球状黒鉛粒子115bの残部は、ポリイミド(PI)及び/又はポリアミドイミド(PAI)樹脂からなる樹脂系バインダー113である。ポリイミドとしては、液状もしくは固体粉末状のポリエステルイミド、芳香族ポリイミド、ポリエーテルイミド、ビスマレインイミドなどを使用することができる。
ポリアミドイミド樹脂としては、芳香族ポリアミドイミド樹脂を使用することができる。これらの樹脂は何れも耐熱性に優れ、摩擦係数が小さいという特長を有している。なお、
図4には、固体潤滑剤としてMoS
2粒子114が添加されているが、MoS
2粒子114が添加されていなくとも、球状黒鉛粒子115bは樹脂系バインダー113から脱落し難く、固体潤滑剤作用の持続性があるから、良好な摺動特性が得られる。
【0028】
本発明の樹脂系コーティング層112は、固体潤滑剤として一般的なMoS
2、PTFE、WS
2、h−BN、CF(フッ化黒鉛)から選択される1種以上を1〜70質量%−但し、球状黒鉛との合計含有量で10〜80質量%−をさらに含有することができる。球状黒鉛と固体潤滑剤との含有量の合計が10質量%未満であると、その効果が少なく、固体潤滑剤単体で70質量%、あるいは球状黒鉛及び固体潤滑剤との合計で80質量%を超えると、樹脂系コーティング層112の耐熱性や強度の低下などの欠点が現れる。固体潤滑剤の粒径は0.5〜50μmが好ましく、さらに好ましくは1〜20μmである。
【0029】
また、本発明の樹脂系コーティング層112には、硬質粒子として、アルミナ、シリカなどの酸化物、SiNなどの窒化物、SiCなどの炭化物、ZnSなどの硫化物を配合することができる。これら硬質粒子の配合量は0.2〜7質量%が好ましく、より好ましくは1〜5質量%である。また、硬質粒子の粒径は0.01〜3μmが好ましく、より好ましくは0.01〜1μmである。
【0030】
本発明の樹脂系コーティング層112の表面には、
図5に示すように複数の同心状の周方向の溝140(
図5(a),(c))あるいは渦巻状溝140(
図5(b))を形成し、溝の間に山が立ち上がったような表面とすると、山部の主として頂上において樹脂が摩耗し、山形状を変形させることにより、シューとの微妙な当りを速やかに確保することができる。これにより初期なじみが向上する。溝の深さ(山の高さ)は通常1〜20μm程度であり、1〜7μmが好ましい。また溝のピッチ(一つの山の底部間間隔)は通常0.05〜1mm程度であり、特に0.1〜0.5mmが好ましい。初期なじみが実現された以降の樹脂系コーティング層112は後述する粗面化防止やクラック防止作用を発揮する。
【0031】
本発明の樹脂系コーティング層は、球状黒鉛粒子とポリアミドイミド樹脂やその他の添加剤を混合し、混合物をロールコート、スプレーコート、スピンコート、パッド印刷などにより成膜する方法により形成することができる。
また、本発明の樹脂系コーティング層の表面を切削、研磨などの機械加工により粗さを調節することができる。特に樹脂系コーティング層の表面に複数の同心円状溝もしくは単数又は複数の渦巻状溝を形成し、かつ隣接する溝間には山部を形成することが好ましい。これらの場合、球状黒鉛粒子は表面から脱落し難いために、表面粗さを小さくし、結果として耐焼付性をさらに向上することができる。
【発明の効果】
【0032】
一般に黒鉛粒子は径が大きいほど、摺動面でへき開が起こり易く、低摩擦化を期待できる。
図6に示す、従来の樹脂系コーティング層112中の鱗片状黒鉛粒子115aは次の(イ)に説明するように配向している。鱗片状黒鉛粒子115aは特に粒径が大きいと、
図7に示すように粒子全体が摺動面から脱落し易い。鱗片状黒鉛粒子115aの脱落が起こると、次に説明するように(ロ)粗面化及び(ハ)クラックの発生が起こる。
【0033】
(イ)配向
鱗片状黒鉛粒子115aはそれ自体は薄板状であり、へき開方向はその板面と平行している。鱗片状黒鉛粒子115aは樹脂系バインダー113中で、粒子が摺動方向に平行に配向しているもの(115a’)は少なく、鉄基基材110の表面に直交する方向に直立し、あるいは斜めの配向しているものが多い。前者の鱗片状黒鉛粒子115a’は極表面がへき開し磨滅するが、大部分はバインダー樹脂中に保持され、さらにへき開が起こるという過程を繰返して低摩擦性を発揮する。一方、その他の鱗片状黒鉛粒子は、そのへき開方向が機械加工方向や摺動方向と一致していない。
【0034】
(ロ)粗面化
黒鉛粒子の粒径が大きいほど深い凹部116(
図7)が形成され、摺動面が粗くなる。さらに、鱗片状黒鉛粒子115aを樹脂系バインダー113中に分散する際には、幾つかの鱗片状黒鉛粒子同士が面接触することは避けられない。これら面接触鱗片状黒鉛粒子は離れ難く隣接しており、特に斜板が単に回転するだけでなく揺動することによって、これら面接触鱗片状黒鉛粒子が一体となって脱落するために、脱落部が深い凹部116(
図7)となり、摺動面の粗さが大きくなる。この結果、摺動面で油膜切れが起こり、摩耗が進行する。なお、鱗状黒鉛はエッジどうしが凝着して潤滑性を示さないという考え方がある(非特許文献3:トライボロジスト第54巻第1号(2009)「グラファイト材料のトライボロジ」第6−7頁)が、本発明の球状黒鉛粒子はエッジが消失するかあるいは丸くなっているために、エッジどうしが接触することはない。
【0035】
(ハ)クラック発生
鱗片状黒鉛粒子115aは摺動面から脱落し易く、脱落した部分はエッジをもった欠陥116’(
図7)となるためにクラックの起点となる。また、鱗片状黒鉛粒子115a同士が隣接するためにクラックが伝播し易い。また、鱗片状黒鉛粒子115aの粒径が大きいほど、クラックは鉄基基材110に到達し易く、樹脂系コーティング層112を鉄基基材110から剥離させる。
【0036】
(ニ)鱗片状黒鉛粒子のまとめ
鱗片状黒鉛粒子115aは軟質であり、へき開し易いために、摺動表面でへき開が起こり、低摩擦化することが期待されているが、脱落が起こって、耐摩耗性と低摩擦性は両立することはできない。以上のような問題を避けるためには、鱗片状黒鉛粒子115aは粒径を小さくする必要がある。
【0037】
これに対して、球状黒鉛粒子115b(
図4)はポリイミドアミド樹脂に強く保持される。直径の1/2以上が樹脂に埋まっていると、脱落が起こり難いために耐摩耗性が良好になる。脱落せずに樹脂系バインダー113に保持されている限り、コンプレッサーの使用中に黒鉛本来のへき開が起こり、球状黒鉛粒子115bは低摩擦性を発揮する。また、さらに、脱落後の凹部116に関しては、球状黒鉛粒子115bは全体として特定の方向に配向する傾向が少なく、等方的であり、さらに、黒鉛粒子同士の接触が点接触である。このために、脱落した場合も極端に深い凹部にはならない(
図8)。この結果樹脂系コーティング層113の剥離は起こり難くなり、斜板に中間層を設ける必要をなくし、大幅なコストダウンが期待される。
したがって、本発明のポリアミドイミド系コーティング層は耐摩耗性と低摩擦性を兼備するとともに耐焼付性にすぐれている。
【発明を実施するための形態】
【0038】
上述したように、
図4、6〜8はなじみ面が形成された後の樹脂系コーティング層112を示しているので、
図5に示す溝140(山)が形成された樹脂系コーティング層に関しては
図4、6〜8の紙面と直交する方向に溝(山)のピッチが多数並んでおり、摺動方向は紙面と平行水平方向である。よって、各
図4,8は山の頂上を山の稜線と平行方向に切断した断面図となり、山の高さは摺動初期よりは低くなっている。この状態で摺動が起こると、上述のように球状黒鉛粒子の性能は持続して発揮される。
続いて、実施例によりさらに詳しく本発明を説明する。
【0039】
<実施例>
実施例1−黒鉛粒子脱落試験
樹脂系コーティング層の原料としては次のものを使用した。
(1)鱗片状黒鉛:日本黒鉛工業製、平均径15μm、黒鉛化度0.75、前記定義による平均形状係数(Y
AVE)が1〜10の範囲で広く分布しており、球状から変形した粒子が多い。
(2)球状黒鉛:日本黒鉛工業製 球状化黒鉛、平均径10μm、黒鉛化度0.6、前記定義による平均形状係数(Y
AVE)が1〜4の範囲に入り、かつ形状係数(Y)=1〜1.5の個数割合が80%以上である。
(3)ポリアミドイミド樹脂:日立化成工業社製 HPC−6000−26
【0040】
上記原料を次のように配合して塗料を調整し、鉄基材上に塗料を押し付けながら塗布した後、樹脂系コーティング層の硬化温度にて焼成して成膜した。
(イ)球状黒鉛粒子の実施例
球状黒鉛粒子:30質量%
MoS
2粒子:25質量%
ポリアミドイミド樹脂バインダー:残部
(ロ)鱗片状黒鉛粒子比較例
鱗片状黒鉛粒子:30質量%
MoS
2粒子:25質量%
ポリアミドイミド樹脂バインダー:残部
【0041】
次の条件で樹脂系コーティング層の切削試験を行った。
加工機:汎用旋盤機(乾式)
刃具ノーズR:0.4mmR
加工ピッチ:0.025mm/rev
【0042】
切削後の表面を走査型電子顕微鏡で観察した結果は
図9〜12示すとおりである。
図9−球状黒鉛粒子の実施例(イ)−倍率100倍
図10−球状黒鉛粒子の実施例(イ)−倍率200倍
図11―鱗片状黒鉛粒子の比較例(ロ)−倍率100倍
図12−鱗片状黒鉛粒子の比較例(ロ)−倍率200倍
これらの写真において、白色部が凹部のエッジである。本発明の実施例(
図9、10)は比較例(
図11,12)に比べて脱落部が少ないことが分かる。さらに、上記実施例(発明品)及び比較例(従来品)の粗さを
図13に示す。この図から本発明実施例は比較例より粗さが小さいことが分かる。
【0043】
実施例2−斜板特性の試験
実施例1の方法により成膜するコーティング層の組成を表1のように変え、次の固体潤滑剤を使用し、また次の条件で耐摩耗性及び摩擦係数を測定した。
(1)MoS
2:住鉱潤滑剤社製品、平均粒径1.5μm
(2)PTFE:喜多村社製品、平均粒径5μm以下
(3)WS
2:日本潤滑剤社製品、平均粒径2μm
(4)h−BN:電気化学工業社製品、平均粒径10μm
(5)CF:セントラル硝子社製品、平均粒径2μm
【0044】
回転数:9500rpm
荷重:519〜1735N(漸増)
雰囲気:冷媒/冷凍機油混合 コンプレッサー吸入雰囲気
相手材:シュー(SUJ2)
【産業上の利用可能性】
【0046】
以上説明したように、本発明によると斜板式コンプレッサーの斜板の信頼性を高め、またコストダウンを図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【
図4】球状黒鉛粒子をポリアミドイミド系樹脂に分散した本発明のコーティング層で被覆した鉄基基板の断面図である。
【
図5】樹脂系コーティング層の表面に形成した溝の概念図である。
【
図6】鱗片状黒鉛粒子をポリアミドイミド系樹脂に分散した従来のコーティング層で被覆した鉄基基板の概念図である。
【
図7】
図5のコーティング層が加工もしくは摺動されている状態を示す概念図である。
【
図8】
図4のコーティング層が加工もしくは摺動されている状態を示す概念図である。
【
図9】球状黒鉛粒子の実施例の写真(倍率100倍)である。
【
図10】球状黒鉛
粒子の実施例の写真(倍率200倍)である。
【
図11】鱗状黒鉛
粒子の比較例の写真(倍率100倍)である。
【
図12】鱗状黒鉛
粒子の比較例の写真(倍率200倍)である。
【
図13】本発明実施例(イ)と比較例(ロ)の粗さを示す図である。