【実施例】
【0045】
以下に、本発明を実施例により説明する。
(実施例1)
<ディスク試験片(摺動部材)の製作>
本発明に係る摺動部材として、以下に示すディスク試験片を製作した。具体的には、非晶質炭素被膜を成膜する基材として、直径50mm、厚み0.3mm、円部表面(摺動面)が鏡面状態(100面方位)となる、ディスク形状のシリコンウェハSを準備した。そして、プラズマCVD法により、この基材の表面に水素含有量が13原子%、層厚さ1.8μmの水素を含有した非晶質炭素被膜(H−DLC被膜)を成膜した。これは、商品名HT−DLC(水素含有DLC,日本アイティエフ社製、水素含有量13原子%)に相当する。なお、実施例1及び以下に示す例では、水素含有量は、RBS(ラザフォード後方散乱分析法)により測定し、確認している。
【0046】
次に、紫外線発生用光源として、バイリンク(コスモ・バイオ社製、BLX−312)を用いて、紫外線の波長254nmにスペクトルのピークを持つ放電管(CST−8C)を使用して、基材の表面に成膜された非晶質炭素被膜に波長254nmの紫外線を30分間照射し、ディスク試験片を製作した。なお、最大UV照射エネルギーは0〜99.99ジュールであり、照射範囲は260mm×300mmである。また、ランプハウス内の雰囲気は大気で、ランプから被膜表面までの距離は160mmである。
【0047】
[評価試験]
<オージェ電子分光法(AES)による原子組成分析>
紫外線の照射による非晶質炭素被膜の原子組成の変化を明らかにするため、オージェ電子分光法により分析を行った。このオージェ電子分光法は、超高真空中に保持された固体試料に電子ビームを照射し、発生するオージェ電子を検出して、表面の特に極表面微小部の元素分析を行う手法である。固体表面近傍の数nmまでの深さで発生したオージェ電子のみが脱出可能であることから、極表面の分析が可能である。本実施例では、Perkin−Elmer社製オージェ電子分光分析装置を使用して、一次電子の加速電圧5kV,電流100nmの条件で、非晶質炭素被膜の表面の元素分析を行った。この分析結果を
図4に示す。
【0048】
なお、
図4(a)は、運動エネルギー150〜500eVの範囲の正規化強度であり、
図4(b)は、運動エネルギー220〜300eVの範囲の正規化強度を示したものである。また、参考例として、紫外線照射に伴う構造変化を明らかにするために、高配向性グラファイト(HOPG:high oriented pure graphite)を準備し、同様の方法で分析した。この分析結果も合わせて、
図4に示す。
【0049】
<硬さ試験及びヤング率の測定>
エリオニクス社製超微小押込み硬さ試験機ENT−1100aを使用して、ディスク試験片の非晶質炭素被膜の微小押し込み硬さ試験を行った。具体的には、圧子に、稜間度115°の三角錐ダイヤモンド圧子(Berkovich圧子)を用いて、ディスク試験片のシリコン表面を下にして、接着剤で固定して、接着剤が乾くまで放置し、試験を行った。非晶質炭素被膜の押込み試験において最大押込み深さは、試験片の基材に影響が出ないように、押込み荷重を10mgfに設定し、膜厚の10分の1以下となるようにした。これにより、硬さ及びヤング率を測定した。この結果を表1に示す。
【0050】
【表1】
【0051】
<表面粗さの測定>
原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、ディスク試験片の非晶質炭素被膜の表面粗さを測定した。原子間力顕微鏡は、試料と探針間に働く力を利用して試料表面の凹凸をナノメートルレベルでの分解能で観察できるものである。装置は、測定ヘッド(セイコーインスツルメンツ株式会社製 NPX100)、コントローラ(セイコーインスツルメンツ株式会社製Nanopocs1000)で構成されている。測定範囲0.5nm〜1000μm、スキャン速度12〜1792秒/フレームで測定を行うことができるものである。この測定により得られた被膜表面の中心線平均粗さRa、最大高さ粗さRyを表2に示す。
【0052】
【表2】
【0053】
<表面自由エネルギーの測定>
ディスク試験片の非晶質炭素被膜の接触角及び表面自由エネルギーを測定した。表面自由エネルギーは、固体表面の活性度合いを表すものであり、固体試料に対して水(H
2O)及びヨウ化メチレン(CH
2I
2)(異なる2種類の液)の液滴を表面に滴下し、それぞれの液体と固体試料(ディスク試験片の被膜)との成す角度、接触角度を測定することによって算出した。また、この接触角度αは、液滴法により測定した。液滴の直径dと液滴の高さhを測定し、これらの値から接触角度を算出した。この結果として接触角度を
図5に、表面自由エネルギーを
図6に示す。
【0054】
<摩擦試験>
以下の手順で摩擦試験を行った。まず、直径8mm、以下の表1に示す窒化珪素球を準備した。
【0055】
【表3】
【0056】
図7に示すボールオンディスク摩擦試験機を用いた。摩耗試験を行う事前準備として、ボール試験片Bをアセトンとエタノールで各10分間超音波洗浄した。その後、ボール試験片Bを試験機の本体から取り外したボールホルダー35に固定し、光学顕微鏡(図示せず)を用いてこの表面に傷が無いことを確認後、これらをデシケータ(図示せず)内に投入し、ボール試験片Bを乾燥させた。一方、ディスク試験片Pの表面に形成した非晶質炭素被膜の表面(摺動面)の埃などの異物をハンドブロー(図示せず)で取り除いた。
【0057】
次に、ディスク試験片Pをディスクホルダー44に保持させると共に、ボール試験片Bが固定されたボールホルダー35をステージ31と一体となるように試験機の本体に取り付けた。平行板ばね32に接着したひずみゲージ33(協和電業製,KF−1−120−C1−16)を用いて、ボール試験片Bがディスク試験片Pの非晶質炭素被膜の表面に対して付加される荷重の値が0.1Nの荷重が付加されるようにステージ31を調整して、これらを当接させた。なお、ボール試験片Bとディスク試験片Pの接触位置は、この3軸ステージ31によって決定され、垂直荷重は、z軸を上下させることにより調整した。
【0058】
そして、乾式下(乾燥摩擦条件下)で大気中(図に示す条件)において、モータ41を駆動してプーリ42を回転させ、ベルト43を介してディスクホルダー44のディスク試験片Pを、ボール試験片Bに対して相対速度(摺動速度)が8.4×10
−2m/s(回転数400rpm)となる定速回転条件で、回転させた。
【0059】
このときの摩擦力を、ひずみゲージ34で測定し、センサインターフェイス(協和電業製,PCD−300A)を介して、コンピュータ内にデータを取り込み、記録した。そして、摩擦係数を換算した。この結果を
図8に示す。
【0060】
(実施例2)
実施例1と同じようにして、ディスク試験片を製作した。実施例1と相違する点は、波長321nmにスペクトルピークを持つ放電管(CST−8B)を用いて、波長321nmの紫外線を、非晶質炭素被膜に照射した点である。そして、これらに対して、実施例1と同様に一連の評価試験を行った。この結果を、
図4〜6、8、表1及び2に示す。
【0061】
(比較例1)
実施例1と同じようにして、ディスク試験片を製作した。実施例1と相違する点は、紫外線を非晶質炭素被膜に照射していない点である。そして、実施例1と同様に一連の評価試験を行った。この結果を、
図4〜6、8、表1及び2に示す。
【0062】
(比較例2)
実施例1と同じようにして、ディスク試験片を製作した。実施例1と相違する点は、波長365nmにスペクトルピークを持つ放電管(CST−8A)を用いて、波長365nmの紫外線を、非晶質炭素被膜に照射した点である。そして、実施例1と同様に一連の評価試験を行った。この結果を、
図4〜6、8、表1及び2に示す。
【0063】
(比較例3〜6)
実施例1と同じようにしてディスク試験を製作した。実施例1と相違する点は、スパッタリングより、層厚さ約0.5μmの非晶質炭素被膜が形成されたディスク試験片(水素フリーDLC:水素含有量1原子%(日本アイティエフ社製))を用いた点であり、比較例3〜5は、照射する紫外線の波長を順次254nm、312nm、365nmとして30分間照射しており、比較例6は紫外線を照射していない点である。そして、実施例1と同じように摩擦試験を行った。この結果を、
図9に示す。
【0064】
[結果1:オージェ電子分光法による結果]
図4(a)、(b)に示すように、参考例の運動エネルギー235〜245eVあたりに見えるグラファイトのショルダーピーク(具体的には237eV程度において少し盛り上がった部分)と、各実施例とを比較すると、実施例2の波長312nmの紫外線を照射した非晶質炭素被膜については、特に参考例と似た波形形状が得られた。また、実施例1の245nmについても、実施例1ほどではないが、参考例と似た波形形状が得られた。このことから、実施例1および2の非晶質炭素被膜の表面層は、紫外線照射により、グラファイト化したと考えられる。逆に、紫外線を照射してない比較例1および比較例2の非晶質炭素被膜については、なだらかな形状となっており、参考例にみられるショルダーピークの形状とは異なっていた。なお、発明者らは、水素を含有させない非晶質炭素被膜に紫外線(上に示す全ての波長に対して)を照射して、同様の分析を行ったが、この場合も比較例1と同様の結果となった。
【0065】
[結果2:硬さ試験の結果]
表1に示すように、実施例1の表面硬さ(13.0GPa)及び実施例2の表面硬さ(12.2GPa)は、比較例1(13.6GPa)の表面硬さに比べて、低下していた。
【0066】
[結果3:表面粗さの測定結果]
表2に示すように、実施例1及び2、比較例1及び2いずれも、中心線平均粗さRa、最大高さ粗さRyいずれも大きな差はみられなかった。これにより、非晶質炭素被膜の表面に、紫外線を照射したとしても、表面粗さは変化していないといえる。
【0067】
[結果4:表面自由エネルギーの測定結果]
図5及び6に示すように、実施例1の254nm及び実施例2の312nmの波長の紫外線を照射した非晶質炭素被膜の水の接触角度は、比較例1の紫外線を照射していないものと比べて、接触角度は小さくなっており、それに伴い表面自由エネルギーは増加していた。
【0068】
[結果5:摩擦試験の結果1]
図8に示すように、実施例1の254nm及び実施例2の312nmの波長の紫外線を照射したものは、200〜4500サイクル(回数)で、摩擦係数μ=0.02〜0.05程度の低摩擦を発現し、摩擦係数は安定していた。その後、摺動サイクル数(摩擦繰返し数)が5000サイクル程度から摩擦係数は徐々に増加し、最終的には、摩擦係数は、0.1〜0.15程度となり、比較例1と同程度となった。
【0069】
一方、比較例1の紫外線を照射していないものは、摩擦初期から0.1〜0.2程度の摩擦係数を維持していた。また比較例2の365nmの波長の紫外線を照射したものは、摩擦係数は、初期0.1程度であり、その後繰り返し摩擦と共に、摩擦係数は0.15程度になり、最終的には摩擦係数は0.1以下とはならず、0.15程度となった。
【0070】
また、
図9に示すように、比較例3〜6の水素をほとんど含有しない非晶質炭素被膜が成膜されたものは、紫外線照射に対する摩擦係数の低減(低摩擦化)を確認することができなかった。
【0071】
結果3と結果5を踏まえると、実施例1及び2の非晶質炭素被膜の表面層として、軟質な低せん断層が形成され、結果1からこの軟質な低せん断層は、比較例1よりもグラファイト構造を多く含む層である考えられる。これは、紫外線の照射により、非晶質炭素被膜の表面層が、グラファイト構造をより多く含む層に変質した(グラファイト化した)ことによると考えられる。
【0072】
(実施例3)
実施例1と同じようにして、ディスク試験片を製作した。実施例1と相違する点は、紫外線(波長254nm)の照射時間を60分にした点である。そして、実施例1と同じように摩擦試験を行った。この結果を、
図10に示す。
【0073】
(実施例4)
実施例2と同じようにして、ディスク試験片を製作した。実施例1と相違する点は、紫外線(波長312nm)の照射時間を60分にした点である。そして、実施例1と同じように摩擦試験を行った。この結果を、
図10に示す。
【0074】
(比較例7)
比較例1と同じディスク試験片を製作した。そして、実施例1と同じように摩擦試験を行った。この結果を、
図10に示す。
【0075】
(比較例8)
比較例2と同じようにして、ディスク試験片を製作した。実施例1と相違する点は、紫外線(波長365nm)の照射時間を60分にした点である。そして、実施例1と同じように摩擦試験を行った。この結果を、
図10に示す。
【0076】
[結果6:摩擦試験の結果2]
図10に示すように、実施例3の254nm及び実施例4の312nmの波長の紫外線を照射したものは、200〜4500サイクル(回数)で、摩擦係数μ=0.02〜0.05程度の低摩擦を発現し、実施例1及び2の紫外線を30分照射したものと同様の傾向がえられた。その後、摺動サイクル数(摩擦繰返し数)が4500サイクル程度から摩擦係数は徐々に増加し、最終的には、摩擦係数は、0.1〜0.15程度となり、比較例7と同程度となった。一方、比較例7の紫外線を照射していないもの及び比較例8の365nmの波長の紫外線を照射したものは、摩擦係数は初期からほぼ一定で、0.1〜0.18程度であった。
【0077】
実施例1及び3(波長254nmの紫外線の照射)及び実施例2及び4(波長312nmの紫外線の照射)の摩擦試験の結果(結果5及び6)から、照射時間にかかわらず、4500サイクル程度で摩擦係数が上昇していた。これは、紫外線照射により、グラファイトに改質された表面層が摩耗し、改質されていない本来の水素を含む非晶質炭素被膜が露出したものと考えられる。そこで、以下に示す紫外線侵入深さの測定試験を行った。
【0078】
<紫外線侵入深さの測定>
実施例1(波長254nm)と同じようにディスク試験片を製作した。そして、実施例1と同じように摩擦試験を行い、摩擦係数の変化を監視しながら、摩擦係数が上昇した時点で、摩擦試験を中止し、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、非晶質炭素被膜の摺動面に形成された摩耗痕の断面積及び深さを求めて、この被膜の比摩耗量を算出した。
【0079】
[結果7:紫外線侵入深さの測定結果]
摩擦試験実施中の4500サイクル程度で、実施例1と同じように摩擦係数が上昇したので、そこで、摩擦試験を中止し、そのときの摩耗痕のAFM観察像から、摩耗深さは10nm程度であった。このことから紫外線侵入深さが10nm程度であることが明らかになった。また、比摩耗量は、2.7×10
−7mm
3/Nm程度であることが明らかになった。
【0080】
(実施例5)
実施例1と同じ方法によりディスク試験片を製作した。実施例1と相違する点は、紫外線(波長254nm)の照射時間を20、40、及び60分とした3種類のディスク試験片を製作した点である。そして、これらのディスク試験片に対して、以下に詳述するレーザーラマン分光法により、Gポジション(Gバンドのピーク位置)及びI
D/I
Gを測定した。この結果を
図11に示す。
【0081】
<レーザーラマン分光法>
レーザーラマン分光法により、不規則なアモルファス構造を有する非晶質炭素被膜の結合状態を評価した。ここでレーザーラマン分光法の原理を簡単に説明する。分子中の原子は一定の構造をとっているが、その位置で静止しているのではなく平衡構造付近で微小運動をしている。この微小運動をブラウン運動という。その振動数は、原子の質量や原子間に働く力の大きさによって決まるため分子固有の値をとっている。従って、この分子の振動を測定することにより試料中の分子の種類や状態を知ることができる。
【0082】
測定原理は、可視光又は赤外線を試料内の分子に照射し、その際に散乱された光を分光し測定する。散乱光の大部分は入射光と波数が等しいレイリー散乱であるが、散乱光のごく僅かに、入射光とは異なる周波数を持ったラマン散乱を含んでいる。このラマン散乱と入射光の波数の差(ラマンシフト)が、分子の振動や回転運動のエネルギーさに相当することを利用したのがラマン分光法である。
【0083】
ここで、非晶質炭素被膜の構造解析をラマン分光スペクトルにより分析した場合、非晶質炭素被膜は、決まった結晶構造を持たず、ラマンシフトが1350cm
−1付近及び1550cm
−1付近に、ラマン分光スペクトルのピークが現れることが一般的である。そして、「Gバンド」は、このラマンシフトが1550cm
−1付近のピークであり、「Dバンド」は、1350cm
−1付近のピークである。そして、Dバンドの面積強度とGバンドの面積強度とのI
D/I
G比は、非晶質炭素被膜中に含まれるアモルファス構造の比率を示すことになる。
【0084】
今回は日本分光社製レーザーラマン分光光度計NRS−1000を使用した。Arイオン励起レーザー波長532.0nm、出力10mWで、減光器により0.01倍にし、測定時間を60秒/サイクルで分析範囲800〜2000cm
−1を2回測定し、積算する方法で行った。2回の積算は、宇宙線の影響を除去するためである。
【0085】
(実施例6)
実施例1と同じ方法によりディスク試験片を製作した。実施例1と相違する点は、紫外線の波長を312nmにした点と、紫外線の照射時間を20、40、及び60分とした3種類のディスク試験片を製作した点である。そして、実施例5と同様に、レーザーラマン分光法により、Gポジション(Gバンドのピーク位置)及びI
D/I
Gを測定した。この結果を
図11に示す。
【0086】
(比較例9)
実施例1と同じ方法によりディスク試験片を製作した。実施例2と相違する点は、紫外線を照射していない点である。そして、実施例5と同様に、レーザーラマン分光法により、Gポジション(Gバンドのピーク位置)及びI
D/I
G比を測定した。この結果を
図11に示す。
【0087】
(比較例10)
実施例1と同じ方法によりディスク試験片を製作した。実施例2と相違する点は、紫外線の波長を365nmにした点と、紫外線の照射時間を20、40、及び60分とした3種類のディスク試験片を製作した点である。そして、実施例5と同様に、レーザーラマン分光法により、Gポジション(Gバンドのピーク位置)及びI
D/I
G比を測定した。この結果を
図11に示す。
【0088】
[結果8:レーザーラマン分光法の結果]
図11に示すように、実施例5、6及び比較例9、10から、波長、照射時間によりGポジションの変化は見られなかった。また、I
D/I
G比は僅かに変わっているが、波長、照射時間による傾向は見られなかった。
【0089】
ところで、実施例1〜3及び比較例3〜6の結果から(結果5及び6)から、水素含有量と紫外線の照射による非晶質炭素材料のグラファイト化には、相関があると考えられ、水素含有量とグラファイト化の関係を明らかにすべく、以下に示すように、オージェ電子分光法による原子組成分析及び硬さ試験を行った。
【0090】
(実施例7)
実施例1と同じようにして、ディスク試験片を製作した。実施例1と相違する点は、プラズマCVD法のガス条件等を変更して、非晶質炭素被膜に含有する水素の含有量を3、16、35原子%にした点である。そして、実施例1と同じようにして、オージェ電子分光法による原子組成分析及び硬さ試験を行った。また、硬さ試験の結果を以下の表4に示す。
【0091】
【表4】
【0092】
(比較例11)
実施例1と同じようにして、ディスク試験片を製作した。実施例1と相違する点は、プラズマCVD法のガス条件等を変更して、非晶質炭素被膜に含有する水素の含有量を37原子%にした点である。そして、実施例1と同じようにして硬さ試験を行った。また、硬さ試験の結果を表4に示す。
【0093】
[結果9]
実施例7の分析結果から、非晶質炭素被膜の水素含有量が3、16、35原子%はいずれも、結果1に示すような波形形状が得られたと考えられ、グラファイト化がされていたと考えられる。また、硬さ試験の結果から、比較例11に示すように、水素含有量が35原子%を超えた場合に、非晶質炭素被膜の硬度が低下した。
【0094】
この結果から、水素含有量が35%を超えた場合には、非晶質炭素被膜の耐摩耗性が低下すると考えられる。また、結果1と結果9とから、非晶質炭素被膜の水素含有量が3原子%以下の場合には、紫外線を照射してもグラファイト化が発現され難いと考えられる。以上より、非晶質炭素被膜に含有する水素含有量は、3〜35原子%が好ましいと考えられる。
【0095】
結果1〜9より、254nm、312nmの紫外線を、水素を含有する非晶質炭素被膜に照射した場合には、該被膜中のC−Cの結合が切断され、これがC=Cに再結合して表面がグラファイト化することによって、低せん断層ができ、200〜4500サイクルにおいて、非晶質炭素被膜が低摩擦になったものと考えられる。
【0096】
(実施例8)
実施例1と同じ基材を準備した。そして、
図2に示す装置を用いて、プラズマCVD法により、この基材の表面に水素含有量が16原子%、層厚さ1.3μmまで、水素を含有した非晶質炭素被膜(H−DLC被膜)Dを成膜した。その後、紫外線の照射をしながら、0.5μmの厚さまで、紫外線が照射された非晶質炭素被膜Gを成膜した(
図12(b)参照)。照射時間は、100分、紫外線の波長は、312nm、照射エネルギー100ジュール、紫外線照射装置と基材(試験片)の距離を150mmとした。なお、非晶質炭素被膜Gの厚さは、予め摩擦試験を行い摩擦係数と膜厚との関係から、特定することができる。
【0097】
このようにして製作された摺動部材に対して、実施例1と同様に、表面粗さ、硬さ、及び、摩擦試験を行った。なお、摩擦試験は、摩擦試験時の摩擦係数の値が0.05で持続している時間を測定した。この結果を表5に示す。
【0098】
【表5】
【0099】
(実施例9)
実施例8と同じ基材を準備した。そして、
図2に示す装置を用いて、プラズマCVD法により、この基材の表面に水素含有量が16原子%、層厚さ1.3μmまで、水素を含有した非晶質炭素被膜(H−DLC被膜)Dを成膜した。次に、25nm(成膜時間5分)の厚さに非晶質炭素被膜(非晶質炭素層)D1を成膜後、成膜後、実施例8と同じ条件で、紫外線の照射5分間をしながら、5nmの厚さのグラファイト化した層(紫外線が照射された層)Gを形成する一連の工程を20回繰返して、0.5μmの膜を成膜した(
図12(c)参照)。
【0100】
この摺動部材に対して、実施例1と同様に、表面粗さ、硬さ、及び、摩擦試験を行った。なお、基材に紫外線を断続的に照射しながら、基材の表面に、水素を含有した非晶質炭素被膜を成膜することによっても、同様の層が形成されることも確認した。
【0101】
(実施例10)
実施例8と同様の方法で、非晶質炭素被膜を成膜した。相違する点は、紫外線照射装置と基材(試験片)との距離を160mmとした点である。さらに、この非晶質炭素被膜の表面に、バイリンク(コスモ・バイオ社製、BLX−312)を用いて、紫外線の波長312nmにスペクトルのピークを持つ放電管(CST−8B)によって、非晶質炭素被膜の表面にさらに紫外線を照射した。照射時間は、30分、紫外線の波長は、312nm、照射エネルギー10ジュール、紫外線照射装置と基材(試験片)の距離を150mmとした(
図12(d)参照)。この摺動部材に対して、実施例1と同様に、表面粗さ、硬さ、及び、摩擦試験を行った。
【0102】
(比較例12)
実施例8と同様の方法で、非晶質炭素被膜を成膜した。水素含有量が16原子%、層厚さ1.8μmとなるように、紫外線を照射せずに非晶質炭素被膜Dを成膜後、その表面に、実施例8の条件で、10nmの厚さの紫外線を照射した非晶質炭素被膜Gを形成した(
図12(a)参照)。なお、比較例12は、実施例8〜10の比較例であるが、実施例4に相当する本願の発明の請求項1に含まれる例である。
【0103】
[結果9]
表5からも明らかなように、実施例8〜10は、比較例12に比べて、紫外線の照射された非晶質炭素被膜の厚みが厚くなったことにより、より低い摩擦係数を持続することができたと考えられる。
【0104】
以上、本発明の実施の形態を用いて詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態及び実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計変更があっても、それらは本発明に含まれるものである。