特許第5731212号(P5731212)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5731212
(24)【登録日】2015年4月17日
(45)【発行日】2015年6月10日
(54)【発明の名称】イソフラボン発酵代謝産物の精製方法
(51)【国際特許分類】
   C07D 311/04 20060101AFI20150521BHJP
   C12P 17/06 20060101ALN20150521BHJP
【FI】
   C07D311/04
   !C12P17/06
【請求項の数】10
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2011-18623(P2011-18623)
(22)【出願日】2011年1月31日
(65)【公開番号】特開2012-158545(P2012-158545A)
(43)【公開日】2012年8月23日
【審査請求日】2013年9月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002901
【氏名又は名称】株式会社ダイセル
(74)【代理人】
【識別番号】100102978
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 初志
(74)【代理人】
【識別番号】100102118
【弁理士】
【氏名又は名称】春名 雅夫
(74)【代理人】
【識別番号】100160923
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 裕孝
(74)【代理人】
【識別番号】100119507
【弁理士】
【氏名又は名称】刑部 俊
(74)【代理人】
【識別番号】100142929
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 隆一
(74)【代理人】
【識別番号】100148699
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 利光
(74)【代理人】
【識別番号】100128048
【弁理士】
【氏名又は名称】新見 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100129506
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 智彦
(74)【代理人】
【識別番号】100114340
【弁理士】
【氏名又は名称】大関 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100114889
【弁理士】
【氏名又は名称】五十嵐 義弘
(74)【代理人】
【識別番号】100121072
【弁理士】
【氏名又は名称】川本 和弥
(72)【発明者】
【氏名】木本 訓弘
(72)【発明者】
【氏名】二階堂 輝之
【審査官】 爾見 武志
(56)【参考文献】
【文献】 特表2006−504409(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D 311/04
C12P 17/06
CA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の工程を含むエクオールの精製方法;
(1)エクオールを含む試料溶液を酢酸セルロースに接触させる工程、及び
(2)酢酸セルロースへ吸着したエクオールを回収する工程。
【請求項2】
次の工程を含むエクオールの精製方法;
(1)エクオールを含む試料溶液を酢酸セルロースに接触させ、該酢酸セルロースエクオールを吸着させる工程、
(2)洗浄液によりエクオールが吸着した該酢酸セルロースを洗浄する工程、及び
(3)回収液により酢酸セルロースからエクオールを脱離させる工程。
【請求項3】
前記酢酸セルロースの酢化度が、50〜62%であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の精製方法。
【請求項4】
前記酢酸セルロースの平均重合度が、10〜1000であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の精製方法。
【請求項5】
前記酢酸セルロースの形状が、粉末、粒状、チップ状、繊維状、平膜状、又は中空糸膜状のいずれかであることを特徴とする、請求項1又は2に記載の精製方法。
【請求項6】
前記酢酸セルロースが、多孔性構造であることを特徴とする、請求項に記載の精製方法。
【請求項7】
前記エクオールを含む試料溶液が、嫌気性微生物によるイソフラボン発酵生産物を含むこと特徴とする、請求項1又は2に記載の精製方法。
【請求項8】
前記嫌気性微生物がコーリオバクテリアセアエ(Coriobacteriaceae)科に分類される菌又はこれらの類縁菌であることを特徴とする、請求項に記載の精製方法。
【請求項9】
前記嫌気性微生物が、コーリオバクテリウム(Coriobacterium)属、アドレクラウチア(Adlercreutzia)属、アサッカロバクター(Asaccharobacter)属、アトポビウム(Atopobium)属、コリンゼラ(Collinsella)属、クリプトバクテリウム(Cryptobacterium)属、デニトロバクテリウム(Denitrobacterium)属、エガセラ(Eggerthella)属、エンテロハブダス(Enterorhabdus)属、ゴードニバクター(Gordonibacter)属、オルセネラ(Olsenella)属、パラエゲセエラ(Paraeggerthella)属、又はスラッキア(Slackia)属のいずれかに分類される菌であることを特徴とする、請求項に記載の精製方法。
【請求項10】
前記嫌気性微生物が、アサッカロバクター・セラツス(Asaccharobacter celatus)DSM 18785株であることを特徴とする、請求項に記載の精製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースエステルを用いたイソフラボン発酵代謝産物の精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
大豆、葛などのマメ科の植物に多く含まれているイソフラボン類はポリフェノールの分類のひとつであり、イソフラボンを基本骨格とするフラボノイドである。近年の調査により、イソフラボン類は女性ホルモン作用(エストロゲン)や抗酸化作用を有し、イソフラボン類を摂取することにより、乳癌、前立腺癌、骨粗しょう症、高コレステロール血症、心疾患、更年期障害などに対して予防効果があることが明らかとなっている(非特許文献1〜6)。
【0003】
イソフラボン類は、たとえば大豆内では、糖と共有結合した配糖体の形、ダイジン(daidzin)、グリシチン(glycitn)、ゲニスチン(genistin)として存在しており、アグリコンの形ではごく少量存在しているのみである。これら配糖体はさらにマロニル化、アセチル化されているものも存在している。これらの配糖体は、ヒトや動物の体内に入ると消化酵素又は腸内細菌の産生する酵素であるβグルコシダーゼ等の働きにより、それぞれダイゼイン(daidzein)、グリシテイン(glycitein)、ゲニステイン(genistein)となる。さらに、ダイゼインは腸内細菌の働きにより、ジヒドロダイゼイン(dihydrodaidzein)を経て、O-デスメチルアンゴレンシン(O-desmethylangolensin:O-DMA) 又はエクオール(equol)へと酵素的に変換されることが知られている(図1)。
【0004】
エクオールは、これらの代謝産物の中で最もエストロゲン活性が高いことが知られている(非特許文献7及び8)。しかしながら、人間の場合、イソフラボンの代謝には個人差があり、上記のようにダイゼインを発酵させてエクオールを産生する能力を有する腸内細菌を保有する人は少なく、その保有率は日本人で約5割、欧米人で約3割程度であることが明らかとなっている(非特許文献9及び10)。そのため、エクオール産生菌を保有しない人は、大豆等のマメ科食物を摂取してもエクオールを体内で産生することができないという問題点が存在していた。
【0005】
これらの課題を克服するために、近年、乳酸菌等の嫌気性微生物を用いて体外的にエクオールを産生させる試みがなされている(特許文献1〜5)。しかしながら、どのような精製方法により、より効果的・実用的にエクオールの回収ができるかについては、明らかとなっていなかった。微生物を用いてエクオールを産生させる場合、発酵液には培地成分、界面活性剤、グルコースなど不純物が多く含まれるため、濃縮時に発砲トラブルを引き起こす要因となっていた。また、エクオールについては、食品用途への応用が考えられるため、酢酸エチルやヘキサン等の有機溶媒を用いた精製プロセスを利用することは好ましくなく、さらに、単純に発酵液を乾燥させる場合には、製品におけるエクオール含量が低くなり、不必要な不純物が多く含まれるという問題点があった。製品中のイソフラボン発酵代謝産物(エクオール)含量を高くするために、培地成分などの不純物をより高率的に除去する精製方法の確立が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−204296
【特許文献2】特表2006−504409
【特許文献3】特開2008−61584
【特許文献4】特開2010−104241
【特許文献5】WO2008−153158
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Adlercreutz, H., The Lancet Oncol., 3, 364-373 (2002)
【非特許文献2】Duncan, A. M. et al., Best Pract. Res. Clin. Endocrinol. Metab., 17, 253-271 (2003)
【非特許文献3】Wu, A. H. et al., Carcinogenesis, 23, 1491-1496 (2002)
【非特許文献4】Yamamoto, S. et al., J. Natl. Cancer Inst., 95,906-913 (2003)
【非特許文献5】Onozawa, M. et al., Jpn. J. Cancer Res., 90, 393-398 (1999)
【非特許文献6】Ridges, L. et al., Asia Pac. J. Clin. Nutr., 10, 204-211 (2001)
【非特許文献7】Schmitt, E. et al., Toxicol. In Vitro, 15, 433-439 (2001)
【非特許文献8】Sathyamoorthy, N. and Wang, T. T., Eur. J. Cancer, 33, 2384-2389 (1997)
【非特許文献9】Arai, Y. et al., J. Epidemiol., 10, 127-135 (2000)
【非特許文献10】Setchell, K. D. et al., J. Nutr., 133, 1027-1035 (2003)
【非特許文献11】Decroos、K. et al., Arch Microbiol., 183, 45-55 (2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、セルロースエステルを用いることにより、従来よりも効果的にイソフラボン発酵代謝産物を精製する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために、鋭意研究を行った。
【0010】
本発明者らは、嫌気性微生物の一例としてコーリオバクテリアセアエ(Coriobacteriaceae)科に分類される菌を用い、イソフラボン発酵代謝産物の一例であるエクオールを産生し、イソフラボン発酵代謝産物の精製における好適な条件の検討を行った。
【0011】
具体的には、アサッカロバクター・セラツス(Asaccharobacter celatus)DSM 18785株を、複数種類の混合ガスからなる気相存在下で培養し、ダイゼインをエクオールへ発酵させ、吸着精製法を用いたエクオールの好適な精製条件の検討を行った。
【0012】
その結果、発酵液をセルロースエステル(例えば、酢酸セルロース)により処理することにより、エクオールがセルロースエステルに吸着することを見出し、本特性を用いて吸着精製を行うことにより、エクオールの精製効率が飛躍的に高まることが明らかとなった。
【0013】
即ち、本発明者らは、イソフラボン発酵代謝産物の好適な精製条件の確立に成功し、これにより本発明を完成するに至った。
【0014】
本発明は、より具体的には以下の〔1〕〜〔13〕を提供するものである。
〔1〕次の工程を含むイソフラボン発酵代謝産物の精製方法;
(1)イソフラボン発酵代謝産物を含む試料溶液をセルロースエステルに接触させる工程、及び
(2)セルロースエステルへ吸着したイソフラボン発酵代謝産物を回収する工程。
〔2〕次の工程を含むイソフラボン発酵代謝産物の精製方法;
(1)イソフラボン発酵代謝産物を含む試料溶液をセルロースエステルに接触させ、該セルロースエステルにイソフラボン発酵代謝産物を吸着させる工程、
(2)洗浄液によりイソフラボン発酵代謝産物が吸着した該セルロースエステルを洗浄する工程、及び
(3)回収液により該セルロースエステルからイソフラボン発酵代謝産物を脱離させる工程。
〔3〕前記セルロースエステルが、少なくとも1種類以上の脂肪族有機酸エステルであることを特徴とする、〔1〕又は〔2〕に記載の精製方法。
〔4〕前記脂肪族有機酸エステルが、酢酸セルロースであることを特徴とする、〔3〕に記載の精製方法。
〔5〕前記酢酸セルロースの酢化度が、50〜62%であることを特徴とする、〔4〕に記載の精製方法。
〔6〕前記セルロースエステルの平均重合度が、10〜1000であることを特徴とする、〔1〕又は〔2〕に記載の精製方法。
〔7〕前記セルロースエステルの形状が、粉末、粒状、チップ状、繊維状、平膜状、又は中空糸膜状のいずれかであることを特徴とする、〔1〕又は〔2〕に記載の精製方法。
〔8〕前記セルロースエステルが、多孔性構造であることを特徴とする、〔7〕に記載の精製方法。
〔9〕前記イソフラボン発酵代謝産物が、エクオール、ダイゼイン、グリシテイン、ゲニステイン、ジヒドロダイゼイン、又はO-デスメチルアンゴレンシンのいずれかであることを特徴とする、〔1〕又は〔2〕に記載の精製方法。
〔10〕前記イソフラボン発酵代謝産物を含む試料溶液が、嫌気性微生物によるイソフラボン発酵生産物を含むこと特徴とする、〔1〕又は〔2〕に記載の精製方法。
〔11〕前記嫌気性微生物がコーリオバクテリアセアエ(Coriobacteriaceae)科に分類される菌又はこれらの類縁菌であることを特徴とする、〔10〕に記載の精製方法。
〔12〕前記嫌気性微生物が、コーリオバクテリウム(Coriobacterium)属、アドレクラウチア(Adlercreutzia)属、アサッカロバクター(Asaccharobacter)属、アトポビウム(Atopobium)属、コリンゼラ(Collinsella)属、クリプトバクテリウム(Cryptobacterium)属、デニトロバクテリウム(Denitrobacterium)属、エガセラ(Eggerthella)属、エンテロハブダス(Enterorhabdus)属、ゴードニバクター(Gordonibacter)属、オルセネラ(Olsenella)属、パラエゲセエラ(Paraeggerthella)属、又はスラッキア(Slackia)属のいずれかに分類される菌であることを特徴とする、〔10〕に記載の精製方法。
〔13〕前記嫌気性微生物が、アサッカロバクター・セラツス(Asaccharobacter celatus)DSM 18785株であることを特徴とする、〔10〕に記載の精製方法。
【発明の効果】
【0015】
嫌気性微生物の代謝によってイソフラボン発酵代謝産物が製造されることは、学術的にはかねてより知られていたものの、微生物により発酵生産されたイソフラボン発酵代謝産物のより効率的な精製条件については、これまで確立されていなかった。
【0016】
本発明によって、セルロースエステルを利用したイソフラボン発酵代謝産物(例えばエクオール)の効率的な精製方法が実現でき、イソフラボン発酵代謝産物の工業的な精製技術が提供された。本発明の方法により精製されたイソフラボン発酵代謝産物を、飲食品又は医薬品等としてそのまま摂取することにより、乳癌、前立腺癌、骨粗しょう症、高コレステロール血症、心疾患、更年期障害等を予防できるものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】ダイゼイン、ジヒドロダイゼイン、エクオールの構造式及び反応式を示す図である。
図2】エクオールの酢酸セルロースへの吸着における、アセトニトリル濃度(%)の効果を示す図である。
図3】エクオールの酢酸セルロースへの吸着における、酢酸セルロースの添加量(mg)の効果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、セルロースエステルを用いたイソフラボン発酵代謝産物の精製方法に関する。
【0019】
本発明のイソフラボン発酵代謝産物の精製方法は、
(1)イソフラボン発酵代謝産物を含む試料溶液をセルロースエステルに接触させる工程、及び
(2)セルロースエステルへ吸着したイソフラボン発酵代謝産物を回収する工程
を少なくとも含むものである。
【0020】
また、本発明の本発明のイソフラボン発酵代謝産物の精製方法は、
(1)イソフラボン発酵代謝産物を含む試料溶液をセルロースエステルに接触させ、該セルロースエステルにイソフラボン発酵代謝産物を吸着させる工程、
(2)洗浄液によりイソフラボン発酵代謝産物が吸着した該セルロースエステルを洗浄する工程、及び
(3)回収液により該セルロースエステルからイソフラボン発酵代謝産物を脱離させる工程
を含んでいてもよい。
【0021】
本発明の精製方法において、従来分離精製が困難であったイソフラボン発酵代謝産物を精製回収することが可能となる。本発明において、イソフラボン発酵代謝産物は特に制限させるものではないが、好ましくはエクオール、ダイゼイン、グリシテイン、ゲニステイン、ジヒドロダイゼイン、又はO-デスメチルアンゴレンシンを、より好ましくはエクオールを例示することができる。
【0022】
本発明においては、セルロースエステルを収容したカートリッジ(又はカラム)を用いて精製を行うことができる。例えば、少なくとも二個の開口を有する容器内に該セルロースエステルを収容したカートリッジの一の開口に、イソフラボン発酵代謝産物を含む試料溶液、洗浄液又は回収液を注入し、カートリッジの前記一の開口に結合された圧力差発生装置を用いてカートリッジ内を加圧状態にして、該注入した各液を通過させ、他の開口より排出させる方法により精製を行うことができる。イソフラボン発酵代謝産物を含む試料溶液、洗浄液又は回収液を加圧状態で該セルロースエステルに通過させることにより、装置をコンパクトに自動化することができる。加圧は、好ましくは10〜200 kpa、より好ましくは40〜100 kpaの程度で行われる。
【0023】
前記のセルロースエステルを収容するカートリッジを用いる場合は、以下の工程でイソフラボン発酵代謝産物を分離精製することができる。
(a) イソフラボン発酵代謝産物を含む試料溶液を、少なくとも二個の開口を有する容器内にセルロースエステルを収容したカートリッジの一の開口に注入する工程、
(b)該カートリッジの前記一の開口に結合された圧力差発生装置を用いて該カートリッジト内を加圧状態にし、注入したイソフラボン発酵代謝産物を含む試料溶液を、セルロースエステルに通過させ、該カートリッジの他の開口より排出することによって、セルロースエステルにイソフラボン発酵代謝産物を吸着させる工程、
(c)該カートリッジの前記一の開口に洗浄液を注入する工程、
(d)該カートリッジの前記一の開口に結合された圧力差発生装置を用いて該カートリッジ内を加圧状態にし、注入した洗浄液を、セルロースエステルを通過させ、他の開口より排出することによって、セルロースエステルを、イソフラボン発酵代謝産物が吸着した状態で、洗浄する工程、
(e)該カートリッジの前記一の開口に回収液を注入する工程、及び
(f)該カートリッジの前記一の開口に結合された圧力差発生装置を用いて該カートリッジ内を加圧状態にし、注入した回収液を、セルロースエステルを通過させ、他の開口より排出することによって、セルロースエステル内からイソフラボン発酵代謝産物を脱離させ、該カートリッジ容器外に排出する工程。
【0024】
本発明のイソフラボン発酵代謝産物の分離精製方法における各工程(吸着工程、洗浄工程、及び回収工程)について詳細に説明する。
【0025】
吸着工程
本発明のイソフラボン発酵代謝産物の精製方法は、前述の通りイソフラボン発酵代謝産物を含む試料溶液をセルロースエステルに接触させ、該セルロースエステルにイソフラボン発酵代謝産物を吸着させる。
【0026】
本発明においてセルロースエステルとしては、例えば、酢酸セルロース、セルロースプロピオネート、セルロースブチレートなどの脂肪族カルボン酸エステル、フタル酸半エステルなどの芳香族カルボン酸エステル;硝酸セルロース、硫酸セルロース、リン酸セルロースなどの無機酸エステル;セルロースアセテートプロピオネート、セルロースアセテートブチレート、セルロースアセテートフタレート、硝酸酢酸セルロースなどの混酸エステル;およびポリカプロラクトングラフト化酢酸セルロースなどのセルロースエステル誘導体などが例示される。これらのセルロースエステルは、単独でまたは二種以上混合して使用できる。
【0027】
セルロースエステルの平均置換度は特に制限させるものではないが、好ましくは平均置換度1〜3、より好ましくは1.5〜3程度を例示することができる。
【0028】
本発明において、セルロースエステルは特に制限されるものではないが、好ましくは脂肪族有機酸エステル(例えば、炭素数2〜4程度の有機酸から選ばれた少なくとも一種の有機酸との単独エステル又は混酸エステル)、より好ましくは酢酸セルロースを例示することができる。
【0029】
本発明において用いられる酢酸セルロースの酢化度は50〜62%程度の範囲で適当に選択でき、酢化度53〜58%程度の酢酸セルロースを用いることが好ましい。
【0030】
セルロースエステルの平均重合度は、例えば10〜1000、好ましくは50〜900、さらに好ましくは200〜800程度である。
【0031】
本発明のセルロースエステルの形状は特に制限されるものではないが、好ましくは粉末、粒状、チップ状、繊維状、平膜状、又は中空糸膜状のいずれか、より好ましくは粒状を例示することができる。また、本発明のセルロースエステルは、多孔性構造であってもよい。
【0032】
セルロースエステルに、イソフラボン発酵代謝産物を含む試料溶液を接触させる場合、試料溶液をセルロースエステルに均一に接触させることが好ましい。セルロースエステルが、粉末、粒状、又はチップ状等である場合には、試料溶液にセルロースエステルを添加し、均一となるよう攪拌させることにより、試料溶液をセルロースエステルに均一に接触させることができる。また、セルロースエステルが繊維状、平膜状、又は中空糸膜状等である場合には、これら膜状のセルロースエステルに試料溶液を一方の面から他方の面へ通過させることにより、液を膜へ均一に接触させることができる。セルロースエステル膜中を、イソフラボン発酵代謝産物を含む試料溶液を通過させる場合、試料溶液をセルロースエステル膜の孔径が大きい側から小さい側に通過させることが、目詰まりし難い点で、好ましい。
【0033】
試料溶液にセルロースエステルを添加する場合の、セルロースエステルの添加量は特に制限されるものではないが、好ましくは試料溶液中に含まれるイソフラボン発酵代謝産物1gに対して、50g〜200gのセルロースエステルを添加することが好ましい。
【0034】
本発明において使用できる試料溶液は、イソフラボン発酵代謝産物を含むものであれば特に制限されるものではないが、好ましい例としては、嫌気性微生物によるイソフラボン発酵生産物を含む試料溶液を挙げることができる。本発明の試料溶液には、嫌気性微生物、又はそれらがホモジネートされたものが含まれていてもよい。
【0035】
本発明において、イソフラボン発酵代謝産物の発酵生産に用いられる嫌気性微生物は、イソフラボン発酵代謝産物の生産能を有する嫌気性微生物であり、好ましい例として、コーリオバクテリアセアエ(Coriobacteriaceae)科に分類される菌又はこれらの類縁菌を例示することができる。
【0036】
また、以下の群から選択される属に分類される微生物を、嫌気性微生物として例示することができる。
コーリオバクテリウム(Coriobacterium)属
アドレクラウチア(Adlercreutzia)属
アサッカロバクター(Asaccharobacter)属
アトポビウム(Atopobium)属
コリンゼラ(Collinsella)属
クリプトバクテリウム(Cryptobacterium)属
デニトロバクテリウム(Denitrobacterium)属
エガセラ(Eggerthella)属
エンテロハブダス(Enterorhabdus)属
ゴードニバクター(Gordonibacter)属
オルセネラ(Olsenella)属
パラエゲセエラ(Paraeggerthella)属
スラッキア(Slackia)属
【0037】
したがって、これらの属に分類された微生物から選択され、嫌気発酵によってイソフラボン発酵代謝産物を生成する微生物は、本発明における好ましい嫌気性微生物である。中でも、アサッカロバクター(Asaccharobacter)属に属する微生物は、本発明におけるイソフラボン発酵代謝産物産生能を有する微生物として好ましい。微生物がイソフラボン発酵代謝産物を生成することは、培養物中のダイゼイン、ジヒドロダイゼイン、エクオール等を定量することにより確認することができる。より具体的には、たとえば、以下の微生物を、本発明におけるイソフラボン発酵代謝産物産生能を有する微生物として利用することができる。
Adlercreutzia equolifaciens DSM 19450
Enterorhabdus mucosicola DSM 19490
Slackia isoflavoniconvertens HE8 (DSM 22006)
Slackia sp. TM-30 FERM AP-20729号
Eggerthella sp. KCCM-10490
Asccharobacter celatus DSM 18785
【0038】
特に以下に記載するアサッカロバクター・セラツス(Asaccharobacter celatus)DSM 18785株又はこれらの菌と同様の種としての性質を有する類縁の菌をより好ましい嫌気性微生物として挙げることができる。
【0039】
上記嫌気性微生物は、その寄託番号に示された寄託機関から入手することができる。各受託番号は、当該嫌気性微生物が、それぞれ次の寄託機関に寄託されていることを示す。
FERM 特許生物寄託センター;International Patent Organism Depositary (IPOD)
http://unit.aist.go.jp/pod/ci/index.html
DSM German Collection of Microorganisms and Cell Cultures (DSMZ)
http://www.dsmz.de/
KCCM Korean Culture Center of Microorganisms
【0040】
本発明において、嫌気性微生物、又はそれらがホモジネートされたものを含む試料溶液を用いる場合には、タンパク質分解酵素、カオトロピック塩、界面活性剤、又は、消泡剤により予め処理を行ってもよい。また、遠心分離によりイソフラボン発酵代謝産物のみを含む画分を単離することもできる。これらの処理により、不純物を取り除く効果が向上し、イソフラボン発酵代謝産物の回収率が向上するものと考えられる。
【0041】
洗浄工程
本発明のイソフラボン発酵代謝産物の精製方法は、次に、洗浄液によりイソフラボン発酵代謝産物が吸着した該セルロースエステルを洗浄する。
【0042】
洗浄を行うことにより、イソフラボン発酵代謝産物の回収量及び純度が向上させることができる。洗浄工程は、迅速化のためには1回の洗浄で済ませてもよく、また純度がより重要な場合には複数回洗浄を繰り返すことが好ましい。
【0043】
洗浄工程においてセルロースエステルを収容したカートリッジを用いる場合、洗浄液は、自動注入装置もしくはこれらと同じ機能をもつ供給手段を使用して、該カートリッジへ供給される。供給された洗浄液は、該カートリッジの一の開口(イソフラボン発酵代謝産物を含む試料溶液を注入した開口)から供給され、該開口に結合された圧力差発生装置を用いて該カートリッジ内を加圧状態にしてセルロースエステルを通過させ、一の開口と異なる開口より排出させることができる。
【0044】
また、洗浄液を一の開口から供給し、同じ一の開口より排出させることもできる。さらには、該カートリッジのイソフラボン発酵代謝産物を含む試料溶液を供給した一の開口と異なる開口より洗浄液を供給し、排出させることも可能である。しかしながら、該カートリッジの一の開口から供給し、セルロースエステルを通過させ、一の開口と異なる開口より排出さる方法の方が、より洗浄効率が優れている。
【0045】
洗浄工程において、洗浄液の液温は4〜70℃ であることが好ましい。さらには、洗浄液の液温を室温とすることがより好ましい。洗浄工程において、セルロースエステルを機械的な振動や超音波による攪拌を与えながら洗浄を行うことができる。また、遠心分離を行うことにより洗浄してもよい。
【0046】
本発明において、前述の試料溶液及び洗浄液は、水溶性有機溶媒及び/または水溶性塩を含んでいる溶液であることが好ましい。洗浄液は、セルロースエステルにイソフラボン発酵代謝産物と共に吸着した試料溶液中の不純物を洗い流す機能を有する必要がある。そのためには、セルロースエステルからイソフラボン発酵代謝産物は脱離させないが不純物は脱離させる組成であることが必要である。また、イソフラボン発酵代謝産物の吸着効果が高め、不純物及び不要成分の選択的除去作用が向上させるために、水溶性塩を添加してもよい。
【0047】
洗浄液に用いることができる水溶性有機溶媒としては、アセトニトリル、アルコール、アセトン等を用いることができ、アセトニトリル又はアルコールが好ましい。アルコールとしては、メタノール、エタノール、イソプロパノール、n − イソプロパノール、ブタノール等を挙げることができ、中でもエタノールを用いることが好ましい。洗浄液中に含まれる水溶性有機溶媒の量は、0〜40質量% であることが好ましく、5〜20質量%であることがより好ましい。
【0048】
一方、洗浄液に含まれる水溶性塩としては、ハロゲン化物の塩、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩を例示することができる。
【0049】
前述の試料溶液及び洗浄液のpHは、pH5〜9であることが好ましい。
【0050】
回収工程
本発明のイソフラボン発酵代謝産物の精製方法は、最後に、回収液により該セルロースエステルからイソフラボン発酵代謝産物を脱離させる。
【0051】
洗浄工程においてセルロースエステルを収容したカートリッジを用いる場合、回収液は、自動注入装置、もしくはこれらと同じ機能をもつ供給手段を使用して、セルロースエステルを装着したカートリッジへ供給される。回収液は、該カートリッジの一の開口(イソフラボン発酵代謝産物を含む試料溶液を注入した開口)から供給され、該開口に結合された圧力差発生装置を用いて該カートリッジ内を加圧状態にしてセルロースエステルを通過させ、一の開口と異なる開口より排出させることができる。また、回収液を一の開口から供給し、同じ一の開口より排出させることもできる。さらには、該カートリッジのイソフラボン発酵代謝産物含む試料溶液を供給した一の開口と異なる開口より回収液を供給し、排出させることも可能である。しかしながら、該カートリッジの一の開口から供給し、セルロースエステルを通過させ、一の開口と異なる開口より排出さる方法が、回収効率が優れ、より好ましい。
【0052】
回収液としては好ましくはアルコール(好ましくはエタノール)等が使用できる。
【0053】
回収工程においては、イソフラボン発酵代謝産物の回収液をその後の後工程に使用できる組成にしておくことが可能である。
【0054】
回収液のpHは、pH6〜8であることが好ましい。
【0055】
回収液の体積を当初のイソフラボン発酵代謝産物を含む試料溶液の体積と比較して少なくすることによって、濃縮されたイソフラボン発酵代謝産物を含む回収液を得ることができる。
【0056】
回収液の注入回数は限定されるものではなく、1回でも複数回でもよい。通常、迅速、簡便にイソフラボン発酵代謝産物を分離精製する場合は、1回の回収で実施するが、大量のイソフラボン発酵代謝産物を回収する場合等複数回にわたり回収液を注入してもよい。
【0057】
また、回収工程において、イソフラボン発酵代謝産物の回収液に回収したイソフラボン発酵代謝産物の分解を防ぐための安定化剤を添加しておくことも可能である。
【0058】
回収工程で用いられる回収容器には特に限定はないが、280nmの吸収が無い素材で
作製された回収容器を用いることができる。この場合、回収したイソフラボン発酵代謝産物溶液の濃度を、他の容器に移し替えずに測定できる。280nmに吸収のない素材は、例えば石英ガラス等が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0059】
前記のセルロースエステルを収容したカートリッジと圧力発生装置を用いて、イソフラボン発酵代謝産物を含む試料溶液からイソフラボン発酵代謝産物を分離精製する工程は、工程を自動で行う自動装置を用いて行うことができる。自動装置を用いることにより、操作が簡便化および迅速化するだけでなく、作業者の技能によらず一定の水準の、イソフラボン発酵代謝産物を得ることが可能になる。
【0060】
本発明の精製方法により得られたエクオールは、医薬品又は飲食物として提供することが可能である。
【0061】
エクオールを医薬品として提供する場合、その製剤化には、一般的に製剤化に用いられる物質(たとえば、デンプン、デキストリン、乳糖、コーンスターチ、無機塩類等)を用いることができる。医薬品として提供する場合の剤型としては、アンプル、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、輸液、ドリンク剤等を例示することができる。
【0062】
エクオールを飲食物として提供する場合、その形態としては、健康食品、清涼飲料、ミルク、プリン、ゼリー、飴、ガム、ヨーグルト、チョコレート、スープ、クッキー、スナック菓子、アイスクリーム、アイスキャンデー、パン、ケーキ、シュークリーム、ハム、ミートソース、カレー、シチュー、チーズ、バター、ドレッシング等を例示することができる。
【実施例】
【0063】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれに限定されない。
【0064】
[参考例1]エクオールの生産
AglyMax-30(イソフラボンアグリコンの抽出物、ニチモウバイオティックス株式会社製)25 g/L、GAM培地(日水製薬株式会社製、日本)59 g/L、L-Arg 10 g/LからなるpH 7.5に調整したエクオール生産培地を、40 mLずつ10本の200 mL容バイヤルビンに分注した。気相を炭酸ガスで置換した後、ブチルゴム栓で密栓し、オートクレーブで115℃、15分間の殺菌処理を行った。ここに、アサッカロバクター・セラツス(Asaccharobacter celatus)DSM 18785株の前培養液(0.4 mL)を接種した後、気相を水素/炭酸ガス=4/1の混合ガスで置換し、37℃で24時間、振とう培養した。得られた発酵液を混合し、105℃で1分間の加熱処理を行った後、遠心分離にて不溶物と菌体を除去した。遠心上清液には、2.3 g/Lのエクオールが含まれていた。なお、HPLCは以下の条件により行った。エクオールは、26分に溶出する。
カラム:WakosilII5C18 (4.6×250mm)
移動相A:アセトニトリル / 水 / 酢酸 = 15 / 85 / 0.1
移動相B:アセトニトリル / 水 / 酢酸 = 35 / 65 / 0.1
グラジェント条件:0 %B → 30 %B (15min) → 100 %B (15.1 → 30 min)
→ 30.1 min → 0 %B → 40 min 平衡化 → 次サンプル
カラム温度:35℃
検出:UV280nm
サンプル:70% エタノールで適宜希釈
【0065】
[実施例1]酢酸セルロースへの吸着1
参考例1で得られた遠心上清液1mLにアセトニトリルと50 mgの酢酸セルロース(和光純薬製、日本)を加え、激しく撹拌した後、遠心上清中のエクオール濃度を分析して、酢酸セルロースへの吸着量を測定した(図2)。10% アセトニトリル濃度において最大となる40%の吸着率が得られた。
【0066】
[実施例2]酢酸セルロースへの吸着2
参考例1で得られた遠心上清液1mLにアセトニトリルを加え10% アセトニトリル溶液としたところに、微細化した酢酸セルロースを18〜200 mgの範囲で加え、激しく撹拌した後、遠心上清中のエクオール濃度を分析して、酢酸セルロースへの吸着量を測定した(図3)。200 mgの微細化した酢酸セルロースにおいて最大となる84%の吸着率が得られた。なお、酢酸セルロースの微細化は、マルチビーズショッカー(安井器械製)にて行った。
【0067】
[実施例3]酢酸セルロースへの吸着3
参考例1で得られた遠心上清液1mLにエタノールを加え10% エタノール溶液としたところに、微細化した酢酸セルロースを100 mgあるいは200 mg加え、激しく撹拌した後、遠心上清中のエクオール濃度を分析して、酢酸セルロースへの吸着量を測定した。その結果、200 mgの微細化した酢酸セルロースにおいて最大となる87%の吸着率が得られた。
【0068】
[実施例4]酢酸セルロースを用いたエクオールの精製
20 gの酢酸セルロースを微細化してカラムに詰め、10%エタノールを80 mL通液して平衡化した。平衡化したカラムに、参考例1で得られた遠心上清液の10%エタノール溶液100 mLを通過させ、次いで、10% エタノールを120 mL通液して洗浄した。洗浄後、カラムにエタノールを120 mL通液してエクオールを含有する溶液を得た。これをエバポレーターにて濃縮乾燥して、509 mgの残渣を得た。 この残渣中におけるエクオール含量は45%であり、回収率は93%であった。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明の方法によって、イソフラボン発酵代謝産物(例えば、嫌気性微生物により発酵生産したエクオール)を高効率で精製することができる。
【0070】
本発明の方法により精製されたイソフラボン発酵代謝産物(例えばエクオール)は不純物が除去されていることから、飲食品又は医薬品等としてそのまま摂取することにより、乳癌、前立腺癌、骨粗しょう症、高コレステロール血症、心疾患、更年期障害等を予防することができる。
図1
図2
図3