特許第5731421号(P5731421)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5731421
(24)【登録日】2015年4月17日
(45)【発行日】2015年6月10日
(54)【発明の名称】細胞培養デバイス
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20150521BHJP
【FI】
   C12M3/00 A
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2012-30204(P2012-30204)
(22)【出願日】2012年2月15日
(65)【公開番号】特開2013-165662(P2013-165662A)
(43)【公開日】2013年8月29日
【審査請求日】2014年6月16日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、独立行政法人科学技術振興機構、研究成果最適展開支援事業A−STEP「可能性発掘タイプ(シーズ顕在化)」「動物実験代替システムを目指した薬物代謝試験分析システムの実用化」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100085464
【弁理士】
【氏名又は名称】野口 繁雄
(72)【発明者】
【氏名】藤山 陽一
(72)【発明者】
【氏名】田川 陽一
【審査官】 渡邉 潤也
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2010/0047845(US,A1)
【文献】 特開2011−244713(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2007/0274871(US,A1)
【文献】 特表2007−526767(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2005/0170498(US,A1)
【文献】 特開平05−181068(JP,A)
【文献】 特表2011−514145(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2009/0203065(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00−3/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞の足場材となるゲルが収容される培養室を備えた細胞培養デバイスにおいて、
前記培養室の内壁側面はゲルに濡れない素材で形成された部分とゲルに濡れる素材で形成された部分とを備え、
前記ゲルに濡れない素材は、前記内壁側面において前記培養室の底面から所定の間隔をもって、かつ上方から見て環状に配置されており、
前記ゲルに濡れない素材と前記底面との間の前記内壁側面は前記ゲルに濡れる素材によって形成されていることを特徴とする細胞培養デバイス。
【請求項2】
前記ゲルに濡れない素材はPTFE又はフッ素樹脂である請求項1に記載の細胞培養デバイス。
【請求項3】
前記ゲルに濡れない素材は多孔質のものである請求項1又は2に記載の細胞培養デバイス。
【請求項4】
前記ゲルに濡れる素材はPDMS又はシリコーンゴムである請求項1から3のいずれか一項に記載の細胞培養デバイス。
【請求項5】
前記培養室は、少なくとも下層側PDMSシート、PTFEシート、上層側PDMSシートが下層側からその順に積層された積層体に対して積層方向に形成された貫通孔と、前記下層側PDMSシートの前記PTFEシートとは反対側の面に配置された底板によって形成された空間を備えており、
前記培養室内壁に露出した前記PTFEシートの部分によって前記ゲルに濡れない素材で形成された部分が構成され、
前記培養室内壁に露出した前記下層側PDMSシートの部分によって前記ゲルに濡れる素材で形成された部分が構成されている請求項1に記載の細胞培養デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の足場となるゲルが収容される培養室を備えた細胞培養デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
細胞培養は、一般的にシャーレ等の容器に細胞及び液体状の培地を収容した状態で行なわれる。しかし、近年、半導体製造分野での微細加工技術の進歩に伴って、医療やバイオテクノロジーの研究分野でも微細加工技術によって製造されたマイクロデバイスの応用が進められている。そして、マイクロデバイスを用いた細胞培養が行われるようになっている(例えば、特許文献1を参照。)。
【0003】
細胞培養用のマイクロデバイス(細胞培養デバイス)は、平板状基材の内部に培養室と微小流路が形成されて成るものである。その培養室に細胞及び培地が収容されて細胞培養が行なわれる。
【0004】
ところで、近年、人工臓器の開発に期待が寄せられている。生体の化学工場にたとえられる肝臓は、判明しているだけで500種類以上の代謝反応を行なっているとされる。このような肝臓の機能を人工的な装置で全て補うことは中長期的にみても極めて困難であると考えられている。そこで、生体の肝細胞を利用することが提案されている。このような技術は肝細胞と人工装置の組み合わせであることからハイブリッド型の人工肝臓と呼ばれる。
【0005】
従来の人工肝臓システムでは、ブタなどから取り出した肝組織を用いて肝機能を補助することを目的としている。
肝臓は生体内では肝実細胞の他に、類洞内皮細胞などが規則正しく配列され、細胞間のシグナル伝達や体液の循環が正常な機能を維持するために重要な役割を果たしていると考えられる。特に、肝実質細胞と類洞内皮細胞は並行して並んでおり、それらの細胞列間は直接接触していない。それらの間にはディッセ腔と呼ばれる細胞外マトリックスがある。
【0006】
それぞれの細胞列の外側は、肝実質細胞側は胆管、類洞内皮細胞側は血管となっている。肝機能を有する人工肝システムを確立するためには、これらの細胞種の規則正しい配置と細胞外マトリックスの構築が重要である。薬物や栄養物は血管側から供給され、胆管側に排出される。培養した細胞を用いた人工肝システムヘの取り組みもなされているが、安定したシステムは構築できていない。
【0007】
また、肝細胞の培養そのものが難しく、その上、生体内の肝臓に近い組織を形成することはさらに困難である。このような理由から、長期間にわたって安定な肝機能を維持できる人エシステムは構築できていない。
【0008】
この問題の対策として、本願発明者らは、EHS−gel(Engelbreth-Holm-Swarm sarcoma-derived matrix)上でネットワーク構造を構築した類洞内皮細胞に肝実質細胞が組み込まれていくことを見いだし(非特許文献1)、生体内に近い構造の肝組織デバイスを提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2008−519598号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】藤山陽一、田川陽一、他5名、「管化内皮細胞培養システムを用いた肝実質細胞との共培養における肝機能の解析」、第30回日本分子生物学会年会予稿集、2007年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、細胞培養デバイスの培養室にEHS−gelを塗布すると、ゲルが培養室の内壁側面に引っ張られて凹型のメニスカスが形成され、ゲル表面の平坦な部分が中央部に限られてしまうという問題があった。内皮細胞がネットワーク構造を形成するのはゲルが平坦な部分のみである。したがって、上記問題は培養室の小容量化や肝機能の十分な発現を妨げる。
【0012】
本発明は、細胞の足場材となるゲルが収容される培養室を備えた細胞培養デバイスにおいて、ゲル表面の平坦な部分の面積を大きくすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明にかかる細胞培養デバイスは、細胞の足場材となるゲルが収容される培養室を備えた細胞培養デバイスであって、上記培養室の内壁側面はゲルに濡れない素材で形成された部分とゲルに濡れる素材で形成された部分とを備え、上記ゲルに濡れない素材は、上記内壁側面において上記培養室の底面から所定の間隔をもって、かつ上方から見て環状に配置されており、上記ゲルに濡れない素材と上記底面との間の上記内壁側面は上記ゲルに濡れる素材によって形成されていることを特徴とする細胞培養デバイスである。
ここで、「ゲルに濡れない素材」とは固体状になる前の流動性をもつ状態のゲルとの接触角が90度以上の素材である。「ゲルに濡れる素材」とは固体状になる前の流動性をもつ状態のゲルとの接触角が90度未満の素材である。
【0014】
本発明の細胞培養デバイスでは、培養室の内壁側面はゲルに濡れない素材で形成された部分とゲルに濡れる素材で形成された部分とを備えている。ゲルに濡れない素材は、培養室の底面から所定の間隔をもって、かつ上方から見て環状に配置されている。さらに、ゲルに濡れない素材と培養室の底面との間の培養室の内壁側面はゲルに濡れる素材によって形成されている。固体化する前の流動性をもつ状態のゲルが培養室内に注入される際、ゲルの表面が濡れない素材で形成された部分とゲルに濡れる素材で形成された部分の境界の高さになるように、所定量のゲルが培養室内に注入される。これにより、従来の細胞培養デバイスを用いた場合に比べて、ゲル表面に形成されるメニスカスは小さくなる又は形成されない。
【0015】
本発明の細胞培養デバイスにおいて、上記ゲルに濡れない素材の例としてPTFE(polytetrafluoroethylene)又はフッ素樹脂が挙げられる。ただし、本発明の細胞培養デバイスにおいて、ゲルに濡れない素材はこれらに限定されない。
【0016】
また、上記ゲルに濡れない素材は多孔質のものである例を挙げることができる。ただし、本発明の細胞培養デバイスにおいて、ゲルに濡れない素材は多孔質のものに限定されない。
【0017】
また、上記ゲルに濡れる素材の例としてPDMS(polydimethylsiloxane)又はシリコーンゴムが挙げられる。ただし、本発明の細胞培養デバイスにおいて、ゲルに濡れる素材はこれらに限定されない。
【0018】
本発明の細胞培養デバイスにおいて、上記培養室は、下層側PDMSシート、PTFEシート、上層側PDMSシートが下層側から順に積層された積層体に対して積層方向に形成された貫通孔と、上記下層側PDMSシートの上記PTFEシートとは反対側の面に配置された底板によって形成された空間を備えており、上記培養室内壁に露出した上記PTFEシートの部分によって上記ゲルに濡れない素材で形成された部分が構成され、上記培養室内壁に露出した上記下層側PDMSシートの部分によって上記ゲルに濡れる素材で形成された部分が構成されている例を挙げることができる。ただし、本発明の細胞培養デバイスにおいて、培養室の構成はこれに限定されない。
【発明の効果】
【0019】
本発明の細胞培養デバイスは、培養室の内壁側面に関し、ゲルに濡れない素材で形成された部分とゲルに濡れる素材で形成された部分とを備えている。ゲルに濡れない素材は、培養室の内壁側面において培養室の底面から所定の間隔をもって、かつ上方から見て環状に配置されている。ゲルに濡れない素材と培養室の底面との間の培養室の内壁側面はゲルに濡れる素材によって形成されている。本発明の細胞培養デバイスにおいて、ゲルの表面が濡れない素材で形成された部分とゲルに濡れる素材で形成された部分の境界の高さになるように、所定量のゲルが培養室内に注入されことにより、従来の細胞培養デバイスを用いた場合に比べて、ゲル表面に形成されるメニスカスは小さくなる又は形成されない。これにより、培養室内に塗布されたゲルの表面の平坦な部分の面積は、従来の細胞培養デバイスを用いた場合に比べて大きくなる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の細胞培養デバイスの一実施例の断面図である。
図2】同実施例の平面図である。
図3】同実施例を構成する各部材を分解して示した平面図である。
図4】本実施例の細胞培養デバイスに塗布されたゲルの写真である。
図5】従来の細胞培養デバイスに塗布されたゲルの写真である。
図6】本実施例の細胞培養デバイスで培養された内皮細胞のネットワーク形成状態を示す写真である。
図7】従来の細胞培養デバイスで培養された内皮細胞のネットワーク形成状態を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
図1は本発明の細胞培養デバイスの一実施例の断面図である。図2は同実施例の平面図である。図1の断面は図2のA−A位置に対応している。図3は同実施例を構成する各部材を分解して示した平面図である。
【0022】
細胞培養デバイス1は、大きく分けて本体3とカバー部材5から成る。本体3は、底板7、下層側PDMSシート9、PTFEシート11、上層側PDMSシート13、流路形成用PDMSシート15及び封止用PDMS17を備えている。
【0023】
底板7は例えばガラス基板で形成されている。底板7の寸法は例えば長さが20mm(ミリメートル)、幅が20mm、厚みが1mmである。底板7は例えば樹脂基板や細胞培養用ディッシュなど、ガラスとは異なる素材で形成されたものであってもよい。底板7は、後述するゲルに濡れる素材で形成されていることが好ましい。ただし、底板7の素材はゲルに濡れない素材であってもよい。
【0024】
下層側PDMSシート9、上層側PDMSシート13及び流路形成用PDMSシート15はPDMS(東レ・ダウコーニング株式会社製、SILPOT184)で形成されている。PDMSシート9,13,15の寸法は例えば長さが18mm、幅が18mm、厚みが0.5mmである。
【0025】
PTFEシート11はPTFE(日本ゴア株式会社製、ゴア(登録商標)ハイパーシート(登録商標)ガスケット)で形成されている。PTFEシート11の寸法は例えば長さが18mm、幅が18mm、厚みが約0.5mmである。
【0026】
カバー部材5は例えばシリコーンゴムで形成されている。カバー部材5の寸法は例えば長さが20mm、幅が20mm、厚みが3mmである。
【0027】
下層側PDMSシート9、PTFEシート11、上層側PDMSシート13及び流路形成用PDMSシート15は、それらのシート9,11,13,15の周囲に形成された封止用PDMS17によって一体化されている。PDMS17を用いて封止した後の平面寸法は例えば長さが20mm、幅が20mmである。
【0028】
シート9,11,13,15の中央に、それぞれ直径6mmの貫通孔9a,11a,13a,15aが形成されている。貫通孔9a,11a,13a,15a及び底板7によって培養室3aが形成されている。なお、培養室3aの内壁に露出したPTFEシート11の部分によって、本発明の細胞培養デバイスにおける「ゲルに濡れない素材で形成された部分」が構成されている。また、培養室3aの内壁に露出した下層側PDMSシート9の部分によって、本発明の細胞培養デバイスにおける「ゲルに濡れる素材で形成された部分」が構成されている。
【0029】
流路形成用PDMSシート15の隅には直径1.5mmの貫通孔15bが形成されている。流路形成用PDMSシート15の下面(上層側PDMSシート13側の面)に深さ0.1mmの凹部15cが形成されている。凹部15cは貫通孔15aの周縁部に設けられた幅1mmのドーナツ状の溝と、その溝と貫通孔15bを連結する幅2mmの溝とで形成されている。
【0030】
カバー部材5に、貫通孔15bに対応する位置に直径1.5mmの貫通孔5bが形成されている。カバー部材5には、貫通孔5bが設けられた隅と対向する隅に直径1.5mmの貫通孔5aも形成されている。カバー部材5の下面(本体3側の面)に深さ0.1mmの凹部5cが形成されている。凹部5cはカバー部材5の中央部に設けられた直径6mmの凹部と、その凹部と貫通孔5aを連結する幅2mmの溝とで形成されている。
【0031】
本体3の製造工程の一例について説明する。
貫通孔15a,15bが形成されておらず、凹部15cが形成されている流路形成用PDMSシート15に対して貫通孔15bが形成される。貫通孔15bが形成された流路形成用PDMSシート15と、貫通孔13aが形成されていない上層側PDMSシート13とが貼り合わせられる。その際、シート13,15の接合面にはプラズマ処理が施される。貼り合わせられたシート13,15の中央部に貫通孔13a,15aが形成される。
【0032】
貫通孔9aが形成されていない下層側PDMSシート9の上に、貫通孔11aが形成されていないPTFEシート11が配置される。このときのPTFEシート11の厚みは0.5mmである。PTFEシート11の上に、シート13,15の積層体が配置される。
【0033】
シート9,11,13,15の積層体の周囲が封止用PDMS17によって封止される。これにより、シート9,11,13,15が一体化される。このとき、流路形成用PDMSシート15が下層側PDMSシート9側に加圧された状態で封止処理が行なわれることにより、多孔質のPTFEシート11の厚みが減少した状態で、一体化されたシート9,11,13,15及び封止用PDMS17が形成される。すなわち、流路形成用PDMSシート15への加圧の程度を調節することにより、シート9,11,13,15の積層体の厚みを調節できる。なお、封止処理の際に、下層側PDMSシート9が流路形成用PDMSシート15側に加圧されることによっても同じ作用及び効果が得られる。
【0034】
一体化されたシート9,11,13,15及び封止用PDMS17のシート9,11に対して、貫通孔13a,15aの位置に合わせて貫通孔9a,11aが形成される。下層側PDMSシート9の下面(PTFEシート11とは反対側の面)に底板7が貼り合わされる。これにより、貫通孔9a,11a,13a,15a及び底板7で構成された培養室3aが形成される。
【0035】
このようにして形成された本体3の上面(流路用PDMSシート15の上層側PDMSシート13とは反対側の面)にカバー部材5が貼り付けられることにより、細胞培養デバイス1が形成される。本体3とカバー部材5は自己吸着によってある程度の液密を保てる。本体3とカバー部材5を固定具により固定すれば、より安定したデバイスを形成できる。
【0036】
細胞培養デバイス1が使用されるときの動作について説明する。
本体3及びカバー部材5をオートクレーブやアルコール等によって滅菌処理する。カバー部材5を外した状態で培養室3aの底面に細胞の足場材となるゲル19を塗布する。ゲル19としては、例えばEHS−gelを好適に用いることができる。EHS−gelは、EHSマウス肉腫細胞から単離した基底膜調製物であり、ラミニン、IV型コラーゲン及びプロテオグリカンを豊富に含んでいる。このEHS−gelは低温で液状化し、常温で固体状となる。
【0037】
本体3が冷却した板の上に置かれる。冷却されたEHS−gelがマイクロピペットで14μL(マイクロリットル)によって培養室3aに流し込まれる。培養室3aに収容されたEHS−gelは、冷えて粘性の低いうちに培養室3内に均等になるように拡げられる。ここで、底板7はゲル19(EHS−gel)に濡れる素材で形成されていることが好ましい。底板7がゲル19に濡れない素材で形成されている場合、ゲル19と底板7との間に気泡が形成されることが懸念されるからである。
【0038】
培養室3aに収容されたゲル19の厚みは均等になれば約0.5mmである。培養室3aの内壁側面において、最下層の下層側PDMSシート9の厚みは0.5mmである。下層側PDMSシート9の上層にはPTFEシート11が配置されている。ゲル19と下層側PDMSシート9の接触角は90度未満である。ゲル19とPTFEシート11の接触角は90以上である。すなわち、培養室3aに収容されたゲル19において、PTFEシート11で形成された培養室3aの内壁側面の部分にはゲル19が濡れないので、メニスカスが形成されない。これにより、培養室3aに収容されたゲル19の表面はほぼ平坦になる。
本体3がインキュベーターの中に移動される。培養室3aに収容されたゲル19は固体化する。
【0039】
図4は、本実施例の細胞培養デバイスに塗布されたゲルの写真である。図5は、従来技術の細胞培養デバイスに塗布されたゲルの写真である。図4及び図5において、白い部分がゲル表面の平坦な部分を示す。従来技術としては培養室の内壁側面がPDMSのみで形成されたものを用いた。
【0040】
本実施例(図4)と従来技術(図5)を比較すると、本実施例のほうが従来技術に比べてゲル表面の平坦な部分の面積が大きいことがわかる。従来技術の細胞培養デバイスでは、培養室内に収容されたゲル19に凹状のメニスカスが形成されているからである。
【0041】
細胞培養デバイス1によって細胞培養を行なう際には、ゲル19が塗布された培養室3aに、カバー部材5を外した状態で培地及び細胞を収容し、その後、カバー部材5を本体3に取り付ける。このとき、カバー部材5を構成するシリコーンゴムの自己吸着性によりカバー部材5が本体3に密着する。なお、培養室3aに収容される細胞は組織片の形で培養室3aに収容してもよいし、個々の細胞に分離させた状態で収容してもよい。
【0042】
図1中の矢印を参照して細胞培養デバイス1に供給される培地の流れを説明する。
貫通孔5bに培地が供給される。供給された培地は貫通孔15b及び凹部15cを介して培養室3a内に導入される。培養室3aへの培地の導入に伴い、培養室3a内の培地の一部は、凹部5c及び貫通孔5aを介して細胞培養デバイス1の外部へ排出される。
【0043】
図6は、本実施例の細胞培養デバイスで培養された内皮細胞のネットワーク形成状態を示す写真である。図7は、従来の細胞培養デバイスで培養された内皮細胞のネットワーク形成状態を示す写真である。
【0044】
従来技術(図7)では、培養室内に収容されたゲル19に凹状のメニスカスが形成されているために、ゲル19表面に平坦な部分が少なく、均一な内皮細胞21のネットワークが形成されていない。
本実施例(図6)では、培養室内に収容されたゲル19のメニスカスが小さいので、従来技術に比べてゲル19表面の平坦な部分が大きく、比較的均一な内皮細胞21のネットワークが形成されている。
【0045】
以上の実施例は本発明の一例であり、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の範囲内で種々の変更が可能である。例えば、上記細胞培養デバイスを構成する各部材の素材や寸法、配置などは、上記実施例に限らず、種々の変更が可能である。
【0046】
例えば、PDMSに替えてシリコーンゴムが用いられてもよい。また、PTFEに替えて他のフッ素樹脂が用いられてもよい。
【0047】
また、上記実施例では、培養室3aの内壁側面は4層のシート9,11,13,15によって形成されているが、本発明はこれに限定されない。本発明の細胞培養デバイスにおいて、培養室の内壁側面は、ゲルに濡れない素材で形成された部分とゲルに濡れる素材で形成された部分とを備え、ゲルに濡れない素材は、培養室の内壁側面において培養室の底面から所定の間隔をもって、かつ上方から見て環状に配置されており、ゲルに濡れない素材と培養室の底面との間の内壁側面はゲルに濡れる素材によって形成されている構成であれば、どのような構成であってもよい。
【0048】
また、上記実施例において、流路(溝5c,15c)の構成は種々の変更が可能である。例えば、カバー部材5に形成された溝5cは、流路用PDMSシート15の上面に形成されていてもよいし、流路用PDMSシート15の下面又は上層側PDMSシート13の上面に形成されていてもよい。また、流路用PDMSシート15に形成された溝15cは上層側PDMSシート13の上面に形成されていてもよい。
【0049】
また、カバー部材5とPDMSシート15の間で貫通孔15aに対応する部分にフィルターを配置するようにしてもよい。これにより、ゲル19による流路の詰まりを軽減することができる。
【符号の説明】
【0050】
1 細胞培養デバイス
3a 培養室
7 底板
9 下層側PDMSシート(ゲルに濡れる素材)
11 PTFEシート(ゲルに濡れない素材)
13 上層側PDMSシート
19 ゲル
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7