(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
更に、質量%で、Cr:0.5%以下(0%を含まない)、および/または、Mo:0.5%以下(0%を含まない)を含有する請求項1記載の歪時効前後の靭性変化が少ない厚鋼板。
【背景技術】
【0002】
鋼材は、歪時効によって降伏強度(YS)が上昇することが知られている。一方、降伏強度(YS)が上昇することにより靭性が低下することも知られている。すなわち、歪時効によって靭性が低下するということができる。この歪時効中に起こる現象は、圧延まま組織中に含まれている転位や歪付与によって導入された転位に、固溶C/Nが固着するためといわれている。これらのことから、歪時効による特性変化を小さくするためには、転位の状態を制御するか、もしくは固溶C/N量を低減することが有効であると考えられる。
【0003】
このような鋼材の歪時効による靭性の変化に着目し、歪時効後であっても靭性の低下を抑制でき、優れた靭性を確保できる鋼材に関する技術について、従来から様々な提案がなされている。
【0004】
特許文献1記載の技術は、固溶C/N量を低減することが、歪時効前後の靭性変化が少ない鋼板を得るのに有効であるとして提案された技術であり、固溶C量に着目し、鋼材中のCの含有量を低含有量(0.030wt%未満)とした上で、Ti、Nbのいずれか1種以上を添加し、固溶C量の低減と、靭性が低下しない範囲で高YR化しないよう析出炭化物の粗大化を図ることで、歪時効後(冷間成形後)の靭性を確保できるとした鋼板が提案されている。
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載された鋼板のCの含有量は0.030wt%未満であり、且つ、巻取り温度が550℃以上であるため、金属組織は、ポリゴナルフェライトが略100%で、ベイナイトや硬質相(マルテンサイト、MA)が殆ど含まれない組織となるため、歪時効前のYSが十分に高くならないことが予想される。
【0006】
一方、特許文献2により、固溶C/N量以外の因子に着目して、歪時効による靭性変化を抑制した鋼材に関する技術が提案されている。具体的には、歪付与により導入される転位の可動性を向上させることで、TSレベルが500−690MPaで、歪時効による靭性(vTrs:破面遷移温度)変化が小さい(ΔvTrs25℃以内)、板厚20−100mmの鋼板の製造を可能にしている。
【0007】
しかしながら、この鋼板の製造においては、950℃以上で圧延を終了するか、或いは、950℃以下、Ar3点以上の温度域で圧下率40%以上の圧下を行うことが必要である。圧延終了温度を950℃以上の高い温度とする場合には、得られた鋼板のYSが不足するという問題が発生する。一方、950℃以下、Ar3点以上の温度域で圧下率40%以上の圧下を行うことは、仕上げ板厚75mm以上の厚鋼板を製造する際には十分なスラブ厚を確保する必要があり、スラブ製造が難しいという問題が存在する。
【0008】
更には、圧延後の冷却停止温度は600℃程度であり、特許文献1記載の技術と同様に、製造される鋼板の金属組織が、ポリゴナルフェライトが略100%で、ベイナイトや硬質相(マルテンサイト、MA)が殆ど含まれない組織となることが予想される。
【0009】
また、Niが選択元素であり、ΔG/[Si]を制御しようという技術思想ではなく、成分組成のバランスが本願発明とは異なり、たとえ、この特許文献2記載の鋼材が歪時効前後の靭性変化が少ない鋼材であるとしても、強度(YS、TS)−靭性(vTrs:破面遷移温度)−歪時効による靭性変化バランスは本願発明とは異なる。
【0010】
また、歪時効による靭性変化に着目し、固溶C/N制御は行っていないものの、Cu、Niを添加した鋼材に関する技術が、特許文献3〜6として提案されている。
【0011】
特許文献3記載の技術は、建築用鋼材の表層付近の延性、大入熱HAZ靭性、および低降伏比改善を課題として開発された技術であり、その課題を達成するために、鋼材にCu、Niが添加された実施例が記載されている。しかし、実施例に記載された鋼材中の[Ti]×[N]は低レベルであり、本願発明と同様のプロセスで鋼板を作製すると、規定の組織が造り込めないと考えられる。
【0012】
特許文献4には、溶接継手のHAZ靭性を改善する技術が記載されており、特に母材の製造技術については詳細に記載されていないものの、母材にCu、Niが添加された実施例が記載されている。しかし、この母材にはBが10ppm以上含有されており、金属組織はベイナイト主体となり、且つ固溶C量が多くなるということができ、歪時効によるvTrsの変化が大きくなると考えられる。
【0013】
特許文献5記載には、発生した脆性亀裂の伝播を停止する特性を改善すると共に、板厚中央部の母材靭性にも優れた鋼板に関する技術が記載されており、その課題を達成するために、鋼板にCu、Niを添加することが記載されている。しかしながら、製造過程における圧延後の冷却停止温度が高温であるため、金属組織が規定の組織とならず、TS、もしくはTS−靭性クラスが十分とならないことが考えられる。
【0014】
特許文献6には、表層付近の延性に優れ、耐震性を向上させた建築用鋼板に関する技術が記載されており、その課題を達成するために、鋼板にCu、Niを添加した実施例が記載されている。しかしながら、固溶C量制御にとって重要な要件である圧延後の冷却停止温度が280℃と低く、十分な靭性を得ること、或いは歪時効による靭性変化を少なくすることは難しいと考えられる。また、実施例には厚鋼板の靭性確保にとって重要なCaが添加されていないものが多く、介在物が靭性に悪影響することも考えられる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明者らは、歪時効前後の靭性変化が少ない厚鋼板、特に、強度(YS、TS)−靭性(vTrs:破面遷移温度)−歪時効による靭性変化のバランスが優れた厚鋼板を得るために、成分組成、金属組織といった様々な角度から鋭意研究を行った。その結果、Cu、Niを必須添加元素として厚鋼板の成分組成を規定したうえで、ΔG/[S]および[Ti]×[N]を適切な範囲とし、また、金属組織中に占めるベイナイトとフェライト、および硬質相の割合(面積%)を適切に制御し、更に、有効結晶粒子径、および全組織に含まれる固溶C量を適正な範囲内に収めることで、所望の厚鋼板を得ることができることを見出し、本発明の完成に至った。尚、[ ]は各元素の質量%を示す。(以下の記載でも、同じ。)
【0021】
以下、本発明を実施形態に基づき詳細に説明する。
【0022】
前記したように、本発明では、厚鋼板の成分組成と、成分組成から求められるΔG/[S]および[Ti]×[N]、金属組織中に占めるベイナイトとフェライト、および硬質相の割合(面積%)、有効結晶粒子径、全組織に含まれる固溶C量を規定するが、まず、成分組成について詳細に説明する。以下、各元素(化学成分)の含有率については単に%と記載するが、全て質量%を示す。
【0023】
(成分組成)
C:0.03〜0.06%
Cは、鋼板の強度を確保するための必須元素である。Cの含有量が0.03%未満の場合は、鋼板が必要とする強度を確保できなくなる。Cの含有量の好ましい下限は0.02%である。一方で、Cの含有量が過剰になると、固溶C量が増加し、また、ベイナイトが生成されなくなり、硬質な島状マルテンサイト(MA)が多く生成して靭性劣化を招くことになる。従って、Cの含有量は0.06%以下とする。Cの含有量の好ましい上限は0.05%である。
【0024】
Si:0.35%以下(0%を含まない)
Siは、Cと同様に鋼板の強度を確保するために有用な元素であるが、その含有量が過剰になると、固溶Cの炭化物への析出を促進し、また、硬質な島状マルテンサイト(MA)の生成を促し、鋼板の靭性劣化を招くことになる。従って、Siの含有量は0.35%以下とする。好ましい上限は0.20%、より好ましい上限は0.10%である。尚、Siの含有量の下限は特に規定しないが、好ましい下限は0.01%である。
【0025】
Mn:1.25〜1.75%
Mnも、鋼板の強度を確保するのに有用な元素であり、こうした効果を有効に発揮させるには1.25%以上含有させる必要がある。Mnの含有量の好ましい下限は1.35%、より好ましい下限は1.45である。一方、1.75%を超えて過剰に含有させると偏析を抑制するため、Mnの含有量は1.75%以下とする。Mnの含有量の好ましい上限は1.65%、より好ましい上限は1.55%である。
【0026】
P:0.010%以下(0%を含まない)
Pは、粒界破壊を起こし易く靭性に悪影響を及ぼす不純物元素であるので、その含有量はできるだけ少ないことが好ましい。靭性を確保するという観点からは、Pの含有量は0.010%以下に抑制する必要があり、好ましくは0.007%以下とする。Pの含有量の下限については特に規定しないが、工業的に鋼中のPを0%にすることは困難である。
【0027】
S:0.003%以下(0%を含まない)
Sは、Mn硫化物を形成して靭性を劣化させる元素であるので、その含有量はできるだけ少ないことが好ましい。靭性を確保するという観点からは、Sの含有量は0.003%以下に抑制する必要がある。Sの含有量の下限については特に規定しないが、工業的に鋼中のSを0%にすることは困難である。
【0028】
Al:0.025〜0.035%
Alは、不純物Nを固定し、歪時効による靭性変化を低減するために有用な元素であり、こうした効果を有効に発揮させるには0.025%以上含有させる必要がある。一方、0.035%を超えて過剰に含有させると靭性を低下させるため、Alの含有量は0.035%以下とする。
【0029】
Cu:0.1〜0.4%
Cuは、鋼板の強度確保、また、歪時効後の靭性確保のため有用な元素である。こうした効果を有効に発揮させるには0.1%以上含有させる必要があり、好ましくは0.2%以上とする。一方、偏析による脆化を抑制するため、また、添加Niに対して所定以上の割合とならないように0.4以下とする。好ましくは0.3%以下とする。特に、Ni−Cuの複合添加は、コスト増を低減し、歪時効後の靭性確保に効果的である。尚、確かではないが、Cuの添加が歪時効後の靭性確保に寄与するのは、Cu添加によって歪付与時に導入される転位分布が変化することに起因していると考えられる。
【0030】
Ni:0.45〜0.75
Niは、強度−靭性バランスの向上、また、歪時効後の靭性確保のため有用な元素である。こうした効果を有効に発揮させるには0.45%以上含有させる必要があり、好ましくは0.5%以下とする。一方でNiは高価な元素であるため、その含有量は0.75%以下、好ましくは0.65%以下とする。尚、確かではないが、Niの添加が歪時効後の靭性確保に寄与するのは、Ni添加によって歪付与時に導入される転位分布が変化することに起因していると考えられる。
【0031】
Nb:0.01〜0.05%
Nbは、鋼板の強度確保のため有用な元素であるため、0.01%以上含有させる必要がある。一方、Nbの過剰な添加はスラブ段階での粗大なNb晶出物形成を招き靭性を低下させるため、0.05%以下とする。尚、0.01〜0.05%の範囲内では、Nbの添加量は多い方が、固溶C量を低減することができ、且つ、TSレベルを向上させることができるので好ましい。好ましくは0.020%以上、より好ましくは0.023%以上、更に好ましくは0.025%以上である。
【0032】
Ti:0.005〜0.025%
Tiは、不純物Nを固定する作用を有するため、0.005%以上含有させる必要がある。一方、破壊の起点となりうる粗大TiNを抑制し、靭性を確保するため、含有量を0.025%以下とする。尚、0.005〜0.025%の範囲内では、Tiの添加量は多い方が固溶C量を低減することができ、且つ、TSレベルを向上させることができるので好ましい。好ましくは0.015%以上、より好ましくは0.018%以上である。
【0033】
N:0.0030〜0.0060%
Nは、不可避的に混入する不純物元素であるが、AlN、TiN活用による旧γ粒粗大化抑制作用を有するため、0.0030%以上含有させる必要がある。一方、歪時効による靭性劣化を抑制するために0.0060%以下とする必要がある。
【0034】
Ca:0.0010〜0.0025%
Caは、靭性を確保するために少量添加することが好ましく、MnSを無害化させる作用もある。こうした効果を有効に発揮させるためには、0.0010%以上含有させる必要がある。しかし、過剰に含有させると粗大な介在物を形成して靭性を低下させるため、0.0025%以下に抑える必要がある。
【0035】
以上が本発明で規定する必須の含有元素であって、残部は鉄および不可避的不純物である。不可避的不純物としては、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれるSn、As、Pb等の元素の混入が許容される。また、更に以下に示す元素を積極的に含有させることも有効であり、厚鋼板の特性が更に改善される。また、Bは積極的に添加しない。
【0036】
Cr:0.5%以下(0%を含まない)、および/または、Mo:0.5%以下(0%を含まない)
Cr、Moは、強度を向上させるのに有効な元素である。但し、過剰に添加すると、ベイナイト分率が過剰、および/または、固溶Cが過剰となるため、いずれも0.5%以下とする。
【0037】
B:添加しない
Bは、鋼中に含まれる不純物を除いて基本的には添加しない。Nbを0.01〜0.05%添加した鋼材に、更にBを添加するとフェライト変態の遅延が著しくなり、狙いとするフェライト分率が得られなくなる。
【0038】
ΔG/[Si]>0.4
本発明では、厚鋼板が含有する各元素の含有量に加えて、ΔG/[Si]>0.4を満足する必要がある。前式を満足することで、圧延後の冷却時の固溶Cの炭化物析出への反応を促進することができる。好ましくは、ΔG/[Si]≧0.5、より好ましくは、ΔG/[Si]≧1.5とする。尚、前式の分子:ΔGは反応の駆動力を近似しており、分母:[Si]は反応速度を近似している。
【0039】
前式のΔG=(A3−Bs)/A3に記載の、A3およびBsは、下記の式より求めることができる。つまり、ΔGは鋼中に含有される全成分により制御できる。尚、本発明の厚鋼板はベイナイト単相ではないが、各鋼種の変態点の比較に、Stevenらが求めたBsが有効と判断し参考とした。A3については、サーモカルクにより各成分のbcc析出開始温度を求め、回帰式を作成した。
A3=894.5−269.4[C]+37.4[Si]−31.6[Mn]−19.0[Cu]−29.2[Ni]−11.9[Cr]+19.5[Mo]+22.2[Nb])
Bs=830−270[C]−90[Mn]−37[Ni]−70[Cr]−83[Mo]
【0040】
[Ti]×[N]≧4.0×10
−5
また、[Ti]×[N]≧4.0×10
−5を満足する必要がある。この式を満足しない場合、すなわち、[Ti]×[N]<4.0×10
−5の場合は、粒成長を抑制する微細TiNの数密度が不足する。特に、高い圧下率が付与できない厚鋼板を対象とする本発明においては、この微細TiNによる細粒化効果の補助が重要である。
【0041】
(組織)
フェライト分率:40〜90%、ベイナイト分率:5〜60%等
本発明の厚鋼板が目標とする強度(YS、TS)を達成するためには、フェライト分率が40〜90面積%、ベイナイト分率が5〜60面積%の混合組織とし、フェライト分率+ベイナイト分率の合計が90面積%以上とすると共に、硬質相(マルテンサイト、MA)が1面積%以上含まれ金属組織としなければならない。
【0042】
フェライト分率が90面積%を超えてしまうと、YS(降伏強度)、TS(引張強さ)の少なくとも一方が不足することになる。一方、フェライト分率が40面積%を下回った場合、或いはベイナイト分率が60面積%を超えた場合は、TS(引張強さ)が過剰となる。更には、ベイナイト分率が5面積%未満、或いは硬質相の割合が1面積%未満の場合には、YS(降伏強度)、TS(引張強さ)の少なくとも一方が不足することになる。また、フェライト分率+ベイナイト分率の合計が90面積%未満の場合は、残部に比較的硬質な第3相が形成されるため、靭性が低下する。
【0043】
尚、本発明の厚鋼板の金属組織の大部分は、ベイナイト組織とフェライト組織が占めるが、残部は、硬質相のほか、パーライト、擬似パーライトを含む場合がある。
【0044】
有効結晶粒径:3〜25μm
本発明では有効結晶粒径も規定する。有効結晶粒径は、時効前の母材靭性を確保するために25μm以下としなければならない。一方、歪時効による靭性劣化量を所定以下にするため3μm以上とする。尚、有効結晶粒径の測定方法については、実施例の欄で説明する。
【0045】
固溶C量:0.035質量%以下
本発明では、更に厚鋼板の全組織に含まれる固溶C量も規定する。歪時効によるvTrs変化を所定の温度差以内に収めるためには、固溶C量の上限を規定することが必要で、本発明ではvTrs変化を30℃以内とするため、固溶C量を0.035質量%以下とする。
【0046】
(製造要件)
本発明の厚鋼板は、前記成分組成を満足する鋼を用い、通常の溶製法により溶製し、スラブとした後、通常の加熱、熱間圧延(粗圧延、仕上げ圧延)、冷却という工程を経ることで得ることができるが、特に、スラブ加熱温度、スラブから仕上げまでのトータル圧下率、粗圧延時の圧下率、圧延終了温度(FRT)、圧延後の冷却開始までの時間、冷却開始温度、圧延後の冷却速度、冷却停止温度、停止後の冷却速度、調質を、夫々以下に説明する条件とすることで、確実に本発明の要件を満足する厚鋼板を製造することができる。
【0047】
スラブ加熱温度:1000〜1250℃
熱間圧延前のスラブの加熱温度を、1000〜1250℃とすることで固溶Nbの必要量を確保することができる。加熱温度が1000℃未満の場合は、固溶Nbを確保できず、その結果、後の冷却工程でベイナイト形成が不十分となる。一方、加熱温度が1250℃を超えた場合は、加熱中に旧γ粒径が粗大化し、靭性に悪影響をもたらす。
【0048】
トータル圧下率:50%以上、粗圧延時の圧下率:20%以上
再結晶域で旧γ粒径を所定以下まで小さくするため、温度調節までに粗圧延で所定の圧下を行うことが必要である。本発明では粗圧延時の圧下率を20%以上とする。また、結晶粒径を粗大化させないためには、スラブから仕上げまでのトータル圧下率を50%以上として圧延を行う必要がある。粗圧延圧下率が20%未満、或いは、トータル圧下率が50%未満となる場合は、結晶粒径が粗大化してしまう。
【0049】
尚、未再結晶γに対して所定以上の歪を加えることで、所望の粒径を有する組織(ベイナイト+フェライト)を確保できる。特に、所定の全圧下率内での粗圧延および仕上げ圧延を行う場合の圧下率のバランスを考えると、75mm以上の板厚の厚鋼板であっても、温度調節後に圧下率が確保できるよう、粗圧延圧下率を40%以下とすることが好ましい。
【0050】
圧延終了温度(FRT):700〜900℃
圧延終了温度(FRT)は700〜900℃とする。下限を700℃以上としたのは、圧延負荷低減等のためであり、上限を900℃としたのは、未再結晶γ域で歪を導入し所望の変態組織(ベイナイト+フェライト)を得るためである。圧延終了温度(FRT)が900℃を超えると、後工程の冷却負荷が大きくなるばかりでなく、粗大なフェライトが多く生成してしまう。
【0051】
圧延後の冷却開始までの時間:120秒以内
圧延後の冷却開始までの時間は120秒以内とする。120秒とした理由は、高温域でのフェライト変態で形成される粗大なフェライトを抑制するためであり、冷却開始までの時間が120秒を超えると、結晶粒径が粗大化してしまう。
【0052】
冷却開始温度:650℃以上
冷却開始温度は650℃以上とする。650℃以上とした理由は、駆動力の観点から、高温域でのフェライト変態を抑制し粗大なフェライトを抑制するためである。
【0053】
圧延後の冷却速度:2〜30℃/s
圧延後の冷却は2〜30℃/sの冷却速度で実施する。冷却速度の下限を2℃/sとしたのは、必要以上のフェライトの生成を抑制するためであり、また、生産性を低下させないためである。一方、冷却速度の上限を30℃/sとしたのは、組織をフェライトとベイナイトの混合組織とし強度を確保するためである。
【0054】
冷却停止温度:350〜450℃
組織をフェライトとベイナイトの混合組織とするためには、冷却停止温度を350〜450℃としなければならない。冷却停止温度が350℃を下回る場合は、全面ベイナイト、もしくはマルテンサイト組織となってしまう。また、固溶Cも多くなる。一方、冷却停止温度が450℃を超える場合は、ベイナイトが十分に得られない。また、結晶粒径が粗大化してしまう。
【0055】
停止後の冷却速度:1℃/s以下
冷却停止後の冷却速度を1℃/s以下とすることで、固溶Cの析出を促すことができる。
【0056】
調質:なし
本発明の厚鋼板を製造するにあたり、生産性向上という観点から、焼戻しなどの調質は基本的に行わない。
【実施例】
【0057】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0058】
表1および表2に示す各成分組成の鋼を用い、通常の溶製法により溶製し、スラブとした後、加熱、熱間圧延(粗圧延、仕上げ圧延)、冷却という工程を経ることで仕上げ板厚:100mmの厚鋼板を得た。スラブ加熱温度、粗圧延時の圧下率、スラブから仕上げまでのトータル圧下率、圧延終了温度(FRT)、圧延後の冷却開始までの時間、冷却開始温度、圧延後の冷却速度、冷却停止温度、停止後の冷却速度は、表3および表4に示す条件とした。尚、粗圧延の圧下温度は900℃以上、仕上げ温度は720℃とした。
【0059】
以上の要件で製造した各厚鋼板の、フェライト分率、ベイナイト分率、硬質相分率、有効結晶粒径、固溶C量、更に、YS(降伏強度)、TS(引張強さ)、歪時効によるvTrs変化、歪時効前のvTrs(破面遷移温度)を、測定等によって求めた。これらの測定結果を表5および表6に示す。
【0060】
【表1】
【0061】
【表2】
【0062】
【表3】
【0063】
【表4】
【0064】
【表5】
【0065】
【表6】
【0066】
(フェライト分率、ベイナイト分率、硬質相分率、有効結晶粒径)
各厚鋼板の表面から深さt/4(t:板厚)の位置から試験片を切り出し(試験片の軸心がt/4の位置を通るように採取)、圧延方向に平行な断面において、エッチングを行い、800μm×600μmの範囲を100倍で3視野以上を観察し、金属組織中に占めるフェライト分率(面積%)、ベイナイト分率(面積%)、および硬質相分率(面積%)を求めた。尚、本実施例では、ナイタール腐食後に、アスペクト比が2未満の結晶粒をフェライトと定義した。また、アスペクト比が2以上の結晶粒で、レペラ腐食後に白いコントラストではないものをベイナイト、白いコントラスト部を硬質相と定義した。有効結晶粒径およびアスペクト比は線分法により測定した。腐食によって周囲と比べてもえぐられるようになるため、光学顕微鏡観察では黒線コントラストで囲まれる領域を有効結晶粒径とし、各視野について100個以上の長軸と短軸を求め、それらの平均を有効結晶粒径とした。
【0067】
(固溶C量)
X線回析(XRD)により、炭化物(セメンタイト)量を測定した。測定後、炭化物量=析出C量として、下記式より固溶C量を算出した。尚、X線回折では一定以上小さい炭化物は検出できないため、炭化物量は少なめに測定される。よって、計算される固溶C量は、実際の固溶C量よりも大きい値と考えられる。一方で、実際の固溶C量と相関していると考えられ、下記式を採用した。
固溶C量=全C量−析出C量
【0068】
(降伏強度および引張り強さの評価)
各厚鋼板の表面から深さt/4(t:板厚)の位置から、圧延方向に直角にJIS Z 2201の4号試験片を採取し、JIS Z 2241の引張り試験を実施して、試験片の圧延方向の降伏強度(YS)、および引張り強さ(TS)を測定により求めた。本実施例では、YSが400MPa以上、TSが500〜700MPaという条件を満たす厚鋼板を、合格条件を満足するものと評価した。
【0069】
(歪時効によるvTrs変化、歪時効前のvTrsの評価)
歪時効前後の各厚鋼板の表面から深さt/4(t:板厚)の位置から、シャルピー衝撃試験片(JIS Z 2242の4号試験片)を3本ずつ採取(試験片の軸心が前記t/4の位置を通るように採取)し、Vノッチシャルピー衝撃試験を行った。各試験片について、3温度以上の条件で脆性破面率を測定し、脆性破面率の平均値が50%となる温度を5℃刻みで求めた。本実施例では、歪時効によるvTrs変化が30℃以内、歪時効前のvTrsが−60℃以下のものを合格と評価した。
【0070】
(試験結果)
No.1〜20は、本発明の要件を満足する発明例であり、成分組成のほか、ΔG/[Si]>0.4、および、[Ti]×[N]≧4.0×10
−5、ベイナイト分率、フェライト分率、硬質相分率、固溶C量が本発明の要件を満足している。その結果、降伏強度(YS)、引張り強さ(TS)、歪時効によるvTrs変化、歪時効前のvTrsが、全て本実施例の評価基準を満足する結果となった。
【0071】
これに対し、No.21〜30は、成分組成が本発明で規定する要件を外れる比較例(No.21〜24、27はベイナイト分率、フェライト分率、硬質相分率のいずれかで、No.21、23は固溶C量でも本発明の要件を満足しない。)である。その結果、降伏強度(YS)、引張り強さ(TS)、歪時効によるvTrs変化、歪時効前のvTrsの全ての評価基準を満足する結果となった。
【0072】
また、No.31〜37は、成分組成は本発明で規定する要件を満足するものの、ベイナイト分率、フェライト分率、硬質相分率、固溶C量のいずれか一つ以上で本発明で規定する要件を外れる比較例である。その結果、降伏強度(YS)、引張り強さ(TS)、歪時効によるvTrs変化、歪時効前のvTrsの何れか1項目以上で評価基準を満足しない結果となった。