特許第5732283号(P5732283)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5732283
(24)【登録日】2015年4月17日
(45)【発行日】2015年6月10日
(54)【発明の名称】6,6’‐ジブロモインジゴの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C09B 7/04 20060101AFI20150521BHJP
【FI】
   C09B7/04
【請求項の数】1
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2011-52318(P2011-52318)
(22)【出願日】2011年3月10日
(65)【公開番号】特開2012-188518(P2012-188518A)
(43)【公開日】2012年10月4日
【審査請求日】2014年3月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】591088098
【氏名又は名称】癸巳化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】特許業務法人 津国
(74)【代理人】
【識別番号】100078662
【弁理士】
【氏名又は名称】津国 肇
(74)【代理人】
【識別番号】100131808
【弁理士】
【氏名又は名称】柳橋 泰雄
(74)【代理人】
【識別番号】100116528
【弁理士】
【氏名又は名称】三宅 俊男
(74)【代理人】
【識別番号】100146031
【弁理士】
【氏名又は名称】柴田 明夫
(74)【代理人】
【識別番号】100122747
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 洋子
(72)【発明者】
【氏名】澤田 忠信
(72)【発明者】
【氏名】石井 裕之
【審査官】 増山 慎也
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−138151(JP,A)
【文献】 特開平06−065512(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/026109(WO,A1)
【文献】 独国特許出願公開第03910648(DE,A1)
【文献】 C. CHRISTOPHERSEN et. al.,A REVISED STRUCTURE OF TYRIVERDIN,Tetrahedron,1978年,34(18),2779-2781
【文献】 Peter Imming et. al.,AN IMPROVED SYNTHETIC PROCEDURE FOR 6,6'-DIBROMOINDIGO(TYRIAN PURPLE),SYNTHETIC COMMUNICATIONS,2001年,31(23),3721-3727
【文献】 鳥本 昇、森本 進、新垣 忠男,教材としての貝紫色素の合成,化学と教育,1991年,39(2),198-201
【文献】 Tyrian Purple: 6,6'-Dibromoindigo and Related Compounds,Christopher J. Cooksey,Molecules,2001年,6,736−769
【文献】 Joel L. Work and Aryeh A. Frimer,A Simple, Safe and Efficient Synthesis of Tyrian Purple(6,6'-Dibromoindigo),Molecules,2010年,15,5561-5580
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09B 7/02
C09B 61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
4−ブロモ−2−ニトロベンズアルデヒド、アセトンおよび水を含む混合液に対して塩基を添加して6,6’−ジブロモインジゴを生成する工程を含み、
前記塩基の添加方式は、一括添加、分割添加、または連続添加であって、
前記混合液を撹拌する撹拌工程を含み、
前記塩基の添加開始直後における前記混合液のpHを12以上14以下とし、
前記塩基の添加終了直後から前記撹拌工程の終了時までの間、前記混合液のpHを12以上14以下とする、6,6’−ジブロモインジゴの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、6,6'‐ジブロモインジゴの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
古代紫の主成分は、6,6'−ジブロモインジゴである。6,6'‐ジブロモインジゴの合成方法として、4−ブロモ−2−ニトロベンズアルデヒドを原料とする方法が知られている(非特許文献1、2、3)。これらの方法では、まず、4−ブロモ−2−ニトロベンズアルデヒド、アセトン、および水の混合液を調製する。次に調整した混合液に対し、塩基を添加することによって、6,6'‐ジブロモインジゴを室温で合成している。上記の操作において、塩基を添加した後の混合液のpHは、pH10に保たれていた。これは、pHが下がると4−ブロモ−2−ニトロベンズアルデヒドとアセトンによる6,6'‐ジブロモインジゴの合成反応が進行しにくくなるためである。
【0003】
また、上記のいずれの方法においても、4−ブロモ−2−ニトロベンズアルデヒドとアセトンによる6,6'‐ジブロモインジゴの合成反応では、生成物である6,6'‐ジブロモインジゴの収率が高くても45モル%程度であり、かつ収率が安定しなかった。このため、収率がより良い6,6'‐ジブロモインジゴを製造できる方法が必要である。
【0004】
なお、非特許文献1、2、および3には、4−ブロモ−2−ニトロベンズアルデヒドとアセトンによる6,6'‐ジブロモインジゴの合成結果が報告されている。非特許文献1では、pHをpH10近傍に保ちながら室温で合成した際、収率44モル%で6,6'‐ジブロモインジゴを生成したと報告されている。非特許文献2では、pHをpH10以上に保ちながら室温で合成した際、収率42モル%で6,6'‐ジブロモインジゴを生成したと報告されている。しかし、これらの非特許文献に記載されている方法を用いて6,6'‐ジブロモインジゴを合成した際、収率24モル%となってしまうことが分かっている。
【0005】
また、非特許文献3には、4−ブロモ−2−ニトロベンズアルデヒドとアセトンにより6,6'‐ジブロモインジゴを反応温度60−70℃で合成する方法が報告されている。また、この文献には生成した6,6'‐ジブロモインジゴの400−700nmの吸収スペクトルが記載されている(非特許文献3,図1)。極大吸収波長は、含水DMSO中で516nmだと報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】P. Imming et al., Synthetic Communications (2001) 31,23,3721−3727
【非特許文献2】C. Christophersen et al., Tetrahedron (1978) 34, 2779−2781
【非特許文献3】N. Torimoto et al., 化学と教育 (1991) 39, 198−201
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
4−ブロモ−2−ニトロベンズアルデヒドとアセトンによる6,6'‐ジブロモインジゴの合成反応において、6,6'‐ジブロモインジゴが高収率で製造できる反応条件が必要である。
【0008】
従来の技術水準では、塩基を添加した4−ブロモ−2−ニトロベンズアルデヒド、アセトン、および水を含む混合液のpHは、純度の高い6,6'‐ジブロモインジゴを得るために、pH10を超えないようにしていた。
混合液のpHについて具体的に述べる。非特許文献1では、pH10近傍に保つと記載されている。なお、当該文献中の実施例においても、混合液のpHはpH10近傍に保たれていた。非特許文献2では、pH10以上に保つと記載されている。なぜなら、混合液を静置しておくと、混合液のpHは副生成物により徐々に酸性側に傾いてしまう。このため、塩基を添加することで混合液のpHを保っている。なお、実施例において混合液は、pH10近傍に保たれていた。
これらの先行技術から、混合液のpHに関する従来の技術水準として、pH10近傍に保つことが常識とされていると示唆される。
【0009】
混合液のpHは、pH10から酸性側に傾くにつれ、反応が進行しにくくなるため、未反応の4−ブロモ−2−ニトロベンズアルデヒドが増加する。一方、混合液のpHが、pH10より塩基側に傾くにつれ、何らかの副反応が起きてしまうと考えられていた。このため、従来の技術水準では、6,6'‐ジブロモインジゴの合成反応における、混合液の最適pHは、pH10とされてきた。
また、従来の技術水準で開示されている方法を用いた際、6,6'‐ジブロモインジゴの収率について再現性が得られず、かつ従来の技術水準と比べ低収率であった。
【0010】
こうした従来技術の抱える問題を踏まえ、本発明は、6,6'‐ジブロモインジゴが安定的に、かつより高収率で製造できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明によれば、4−ブロモ−2−ニトロベンズアルデヒド、アセトンおよび水を含む混合液に対して塩基を添加して6,6'−ジブロモインジゴを生成する工程を含み、
上記塩基の添加開始直後における上記混合液のpHを12以上14以下とする、6,6'−ジブロモインジゴの製造方法が提供される。
【0012】
なお、上記塩基を添加した後、所定時間、上記混合液を攪拌する攪拌工程をさらに含み、
上記攪拌工程の終了時における上記混合液のpHを12以上14以下とし、上記塩基の添加終了直後から上記攪拌工程の終了時までの間、上記混合液のpHは12以上14以下である。また、6,6'‐ジブロモインジゴの製造方法における、6,6'‐ジブロモインジゴを生成する上記工程において、混合液に対して塩基の全量を一括添加する方法や、混合液に対して塩基を所定の期間にわたって複数回または連続的に添加する方法がある。
【発明の効果】
【0013】
本発明の製造方法では、6,6'‐ジブロモインジゴの製造工程において、塩基の添加開始直後における混合液のpHを12以上14以下としている。これにより、6,6'‐ジブロモインジゴを高収率で製造できるという効果が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に本発明の製造方法について詳細に述べる。本発明において4−ブロモ−2−ニトロベンズアルデヒドから6,6'‐ジブロモインジゴを得る反応を表す反応式は次の通りである。
【0015】
【化1】
【0016】
次に混合液に対し塩基を添加する。塩基は、全量を一括添加してもよいし、所定時間にわたって分割添加または連続添加してもよい。
塩基の添加方式としては、全量を一度に添加する一括添加方式、数度に分割して添加する分割添加、または連続的に添加する連続添加方式のいずれを採用してもよい。
【0017】
本発明では、塩基の添加開始直後のpHを所定範囲となるように調整する。「塩基の添加開始直後」とは、一括添加においては一括添加の直後、分割添加または連続添加においては、添加を開始した直後をいう。
本発明においては、塩基の添加開始直後のpHをpH12以上14以下とする。こうすることにより、収率を顕著に改善することができる。収率が改善される理由については必ずしも明らかではないが、pH12以上14以下という範囲は、混合液中において水酸化物イオンが高い触媒作用を呈することのできる条件だと考えられる。
【0018】
なお、塩基を添加した後、所定時間、前記混合液を攪拌する(攪拌工程)。これは、添加した塩基を混合液において均一に混合させるためである。また、混合液の攪拌は、任意の時間行ってよい。ただし、塩基添加開始直後から攪拌工程の終了時までの間も、攪拌工程の終了時も、混合液のpHは、pH12以上14以下とすることが好ましい。
これにより、6,6'‐ジブロモインジゴの収率を、より一層安定的に高くすることができる。
【0019】
本発明において、混合液は、4−ブロモ−2−ニトロベンズアルデヒドをいったんアセトンに溶解した後、このアセトン溶液に水を添加することが好ましい。4−ブロモ−2−ニトロベンズアルデヒドにおいて、水は貧溶媒であり、アセトンは良溶媒である。一度原料粉末を良溶媒で溶解させてから貧溶媒を添加するほうが、その逆順の添加順よりも微結晶の懸濁液となることにより結晶表面積を増加させることができ、固液反応に、より優位だからである。
【0020】
本発明の混合液中の4−ブロモ−2−ニトロベンズアルデヒド、アセトン、および水の含有量は、4−ブロモ−2−ニトロベンズアルデヒド1g(4.3×10―3mol)あたり、アセトン10〜100ml、水10〜200mlである。なお、4−ブロモ−2−ニトロベンズアルデヒド1g(4.3×10―3mol)あたり、アセトン20〜60ml、水40〜140mlが好ましい。更には、4−ブロモ−2−ニトロベンズアルデヒド1g(4.3×10―3mol)あたり、アセトン45ml、水50mlがより好ましい。
【0021】
本発明に用いることのできる塩基としては、水溶液中において水酸化物イオンが放出されるタイプの塩基である。例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ金属塩、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウムなどのアルカリ土類金属塩、炭酸ナトリウム、炭酸カリウムなどのアルカリ金属炭酸塩、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウムなどのアルカリ金属炭酸水素塩、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウムなどのアルカリ土類金属炭酸塩、炭酸水素カルシウム、炭酸水素マグネシウムなどのアルカリ土類金属炭酸水素塩、アンモニア、水酸化バリウム、水酸化銅(II)、水酸化鉄(II)、水酸化鉄(III)、水酸化アルミニウムなどの塩基が挙げられる。
このうち、反応収率の安定性の観点から、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ金属塩が好ましい。
【0022】
本発明の混合液への塩基の添加方法は、一括添加、所定期間にわたって添加する方法がある。一括添加とは、混合液に対し一度に塩基全量を添加することを指している。また、混合液に対して塩基を所定の期間にわたって添加してもよく、この場合、混合液に対し塩基を複数回または連続的に添加することを指す。
【0023】
本発明では、混合液を終始モニタリングすることが好ましい。これは、混合液に対し塩基を加えて以降混合液のpHは酸性側に偏りやすいことから、終始モニタリングしていない場合、混合液のpHがpH12を下回ってしまう可能性が高いからである。
pHの測定方法は、pH検知器を用いても、pH試験紙などの簡易pH測定システムであっても良い。具体的には、手動式であっても、自動式であってもpH検知器を用いることが好ましい。更には、自動式のpH検知器を用いることがより好ましい。
また、pHのモニタリング方法は、pH検知器を混合液に設置し適宜観測する方法と、自動でpHの測定結果を記録できるシステムを搭載したpH検知器を混合液に設置し観測する方法がある。さらに、収集したpHデータを塩基水溶液の自動添加装置にフィードバックさせ、pHの調整を自動化する方法がある。これらの方法は、何れの方法を用いても良い。
【0024】
本発明における、塩基の添加開始直後から、6,6'‐ジブロモインジゴを生成させる混合液の攪拌時間は、如何なる時間でも良い。好ましくは、10分から24時間、より好ましくは30分から23時間が良い。
【0025】
本発明における攪拌温度は、0℃以上アセトンの沸点(56.5℃)以下の範囲であれば良い。これは、混合液の組成物全てが、常圧条件下、液体で存在できる温度である。また、0℃以上40℃以下の範囲であればより好ましい。
【実施例】
【0026】
以下、実施例をもって本発明を更に詳細に説明する。なお、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0027】
(実施例1)
まず、4−ブロモ−2−ニトロベンズアルデヒドを正確に1gを、アセトン45mlに溶解する。4−ブロモ−2−ニトロベンズアルデヒドが完全に溶解した後、水50mlを少量ずつ添加し、混合液を調製した。なお、4−ブロモ−2−ニトロベンズアルデヒドは、Chemik社のOrder No.CHB18791を使用した。
【0028】
次に、2Nの水酸化ナトリウム水溶液5mlを、混合液に添加した。この時、pH検知器を用いて混合液のpHを測定した。次に、混合液を30分から23時間攪拌した。なお、混合液の攪拌は、6,6'‐ジブロモインジゴの製造が終了するまで終始行い、適宜混合液のpH測定を行った。
【0029】
混合液の攪拌を終了した後、再び混合液のpHを測定した。pH測定後、吸引ろ過により生成物をろ別し、アセトンを用いて生成物を洗浄した。次に、水を用い生成物を洗浄し、80℃の熱風循環乾燥機で50分間乾燥させた後、重量測定をした。
【0030】
収率は、以下の方法で求めた。
収率(モル%)=[(生成物の重量(g)/420.06(g))/{(1.00(g)/230.02(g))/2}]×100
【0031】
得られた生成物が、6,6'‐ジブロモインジゴであることは、構造解析により確認した。なお、含水DMSOを溶媒として用い、UV吸収を確認したところ、非特許文献3のように極大吸収波長が516nmに現れることを確認した。
【0032】
(実施例2,3,および4)
実施例2では、混合液に添加する2Nの水酸化ナトリウム水溶液量が9mlであり、実施例3では12ml、実施例4では30mlである。なお、その他の操作は、実施例1と同様の操作を行っている。
【0033】
(実施例5)
実施例5では、実施例1、2、3、および4とは異なり所定時間ごとに水酸化ナトリウム水溶液を1mlずつ添加している。なお、その他の操作は、実施例1、2、3、および4と同様の操作を行っている。
【0034】
(実施例6)
実施例6では、最初に添加する水酸化ナトリウム水溶液の量が4mlである事のみ実施例5と異なっている。なお、そのほかの操作は、実施例1,2,3、4、および5と同様の操作を行っている。
【0035】
【表1】
【0036】
【表2】
【0037】
(比較例)
比較例では非特許文献1に記載の追試として、pHを10に常時保持するように、混合液に適時2Nの水酸化ナトリウム水溶液を添加し(総添加量は約1ml)、その他の操作は実施例1と同様の操作を行った。その結果、収率23.5%で6,6'‐ジブロモインジゴが得られた。