特許第5732468号(P5732468)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5732468
(24)【登録日】2015年4月17日
(45)【発行日】2015年6月10日
(54)【発明の名称】耐疲労性の向上したニチノール器具
(51)【国際特許分類】
   A61C 5/02 20060101AFI20150521BHJP
   C22C 19/03 20060101ALI20150521BHJP
   C22C 14/00 20060101ALI20150521BHJP
   C22F 1/10 20060101ALI20150521BHJP
   C22F 1/18 20060101ALI20150521BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20150521BHJP
【FI】
   A61C5/02
   C22C19/03 A
   C22C14/00 Z
   C22F1/10 G
   C22F1/18 H
   !C22F1/00 625
   !C22F1/00 630G
   !C22F1/00 601
   !C22F1/00 630L
   !C22F1/00 675
   !C22F1/00 683
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 694A
   !C22F1/00 692A
   !C22F1/00 692B
   !C22F1/00 691A
【請求項の数】14
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-539995(P2012-539995)
(86)(22)【出願日】2010年11月17日
(65)【公表番号】特表2013-511338(P2013-511338A)
(43)【公表日】2013年4月4日
(86)【国際出願番号】US2010056999
(87)【国際公開番号】WO2011062970
(87)【国際公開日】20110526
【審査請求日】2013年11月18日
(31)【優先権主張番号】61/262,008
(32)【優先日】2009年11月17日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】512129066
【氏名又は名称】ジョンソン,ウィリアム・ビー
(74)【代理人】
【識別番号】100107308
【弁理士】
【氏名又は名称】北村 修一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100120352
【弁理士】
【氏名又は名称】三宅 一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100126930
【弁理士】
【氏名又は名称】太田 隆司
(72)【発明者】
【氏名】ジョンソン,ウィリアム・ビー
【審査官】 寺澤 忠司
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−075618(JP,A)
【文献】 特開2006−149675(JP,A)
【文献】 特開昭59−113167(JP,A)
【文献】 特開2001−049410(JP,A)
【文献】 特開2010−131457(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61C 5/02
C22C 14/00
C22C 19/03
C22F 1/10
C22F 1/18
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケル−チタン合金から成り、人体に用いるように構成された作業部を備え、
前記作業部は、オーステナイト終了温度が40〜60℃であり、変形単斜晶マルテンサイト状態にあり、90°の角度に曲げてから解放した後の形状記憶が60〜75%であり、
前記オーステナイト終了温度、前記変形単斜晶マルテンサイト状態及び前記形状記憶は、機械加工前に前記ニッケル−チタン合金を一定歪み下に置いて行われる前記作業部の最終熱処理と、機械加工後に行われる前記作業部の仕上げ器具熱処理とによってもたらされる歯内治療器具。
【請求項2】
機械加工前に前記ニッケル−チタン合金を一定歪み下に置いて行われる前記作業部の最終熱処理は、約410〜440℃で実施される請求項1に記載の歯内治療器具。
【請求項3】
前記一定歪みは、3〜15kgの荷重によってもたらされる請求項に記載の歯内治療器具。
【請求項4】
前記形状記憶は、形状記憶を得るための熱サイクルを前記ニッケル−チタン合金に施すことなく得られる請求項1に記載の歯内治療器具。
【請求項5】
前記形状記憶は、冷間加工の後、前記ニッケル−チタン合金に一定歪みをかけつつ熱サイクルを施すことなく得られる請求項1に記載の歯内治療器具。
【請求項6】
疲労寿命の長い歯内治療器具用ワイヤーであって、
組成が約50±10重量%のニッケル(Ni)と、残部としてチタン(Ti)及び約1重量%の微量元素とであるニッケル−チタン合金材料を含み、
仕上げ状態にあるとき変形単斜晶マルテンサイト状態であり、 前記ニッケル−チタン合金材料の冷間加工と、前記冷間加工後のニッケル−チタン合金を一定歪み下に置いて行われる最終熱処理と、仕上げ状態にあるときの前記ニッケル−チタン合金の熱処理とによりもたらされる、90°の角度に曲げてから解放した後の形状記憶が60〜75%であり、オーステナイト終了温度が40〜60℃である疲労寿命の長い歯内治療器具用ワイヤー。
【請求項7】
前記疲労寿命の長い歯内治療器具用ワイヤーは、約410〜440℃の前記最終熱処理を施され、
前記疲労寿命の長い歯内治療器具用ワイヤーの冷間加工と前記最終熱処理との間に中間加工ステップを行わない請求項に記載の疲労寿命の長い歯内治療器具用ワイヤー。
【請求項8】
前記一定歪みは、3〜15kgの荷重によってもたらされる請求項に記載の疲労寿命の長い歯内治療器具用ワイヤー。
【請求項9】
前記疲労寿命の長い歯内治療器具用ワイヤーの前記ニッケル含有量は、54.3〜57.3重量%である請求項に記載の疲労寿命の長い歯内治療器具用ワイヤー。
【請求項10】
前記疲労寿命の長い歯内治療器具用ワイヤーは、機械加工作業の前に、約35〜45%の最終直径に最終冷間加工され、前記最終冷間加工は前記最終熱処理の前に行うことを更に含む請求項に記載の疲労寿命の長い歯内治療器具用ワイヤー。
【請求項11】
向上した疲労破壊特性を得るように、ニッケル−チタンブランクから歯内治療器具を製造する方法であって、
(i) 約410〜440℃で、可逆的な限界内の歪みの下、前記ブランクを伸び歪み変形させるステップと、
(ii) 前記ステップ(i)の後、機械加工作業を行って前記ニッケル−チタンブランクから器具を作製するステップと、
(iii) 前記ステップ(ii)の後、前記器具を熱処理するステップと、を含み、
前記ステップ(iii)の熱処理後の前記器具は、90°の角度に曲げてから解放した後の形状記憶が60〜75%である方法。
【請求項12】
前記伸び歪み変形は、3〜15kgの荷重によってもたらされる歪みに由来するものである請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記ステップ(iii)の熱処理後の前記器具が、前記ステップ(i)後の前記ニッケル−チタンブランクと疲労特性が少なくとも実質的に同一である請求項11に記載の方法。
【請求項14】
前記ステップ(iii)の熱処理後の前記器具が、前記ステップ(i)後の前記ニッケル−チタンブランクと形状記憶が少なくとも実質的に同一である請求項11に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願
本願は、米国仮出願第61/262,008号(2009年11月17日提出)に基づき優先権を主張する。
【0002】
本発明は全体として、繰返し疲労破壊に対する耐性が向上した器具の製造に用いる、「ニチノール」として知られるニッケル−チタン合金の処理方法に関する。特定の用途として、本発明は、繰返し疲労破壊に対する耐性が向上した人体用器具の製造に用いる、ニチノールワイヤーブランク(wire blank)の作製に関する。
【背景技術】
【0003】
多くの医療用途では、ニチノール、即ちニッケル−チタン合金の特性が利用されている。ニチノール(Nitinol;Nickel Titanium Naval Ordinance Laboratoryの頭字語)には、強制的に別の形状にしたニチノール成分が、以前記憶された形状に戻るという形状記憶等、幾つかの有用な特性がある。またニチノールは超弾性を示し、即ちニチノール成分は、歪み(strain)を取り除くと元の形状に戻ろうとする能力を低下させることなく、歪みにより弾性的に大幅に変形可能である。ステンレス鋼と比較してニチノールは非常に柔軟であり繰返し疲労に対して耐性を有するため、ニチノールは医療用途及び歯科用途における最適な材料となっている。しかし依然として、繰返し疲労はニチノール医療用及び歯科用器具の一般的な問題である。例えばShen他は、2種類のニチノール回転システムProFile及びProTaperについて、器具の裂け目の発生率及び最頻値を比較している。計166個のProFile器具と325個のProTaper器具(臨床用の所定スケジュールに従って同一の技師群が使用)を分析している。両グループにおいて、曲げ疲労が多数の裂け目に関与しており、裂けたProFile器具の66%とProTaper器具の95%とが繰返し疲労により破損していた(非特許文献1)。
【0004】
当業者には理解されることだが、ニチノール合金は、2種の異なる温度依存性結晶構造(高温におけるオーステナイト、及び低温におけるマルテンサイト)のうち一方の構造で存在しうるものであり、所定の温度範囲内で、合金は2種のいずれかとして安定化する。概して、この温度依存性相変態では、加熱時にはマルテンサイトからオーステナイトへ変態し、冷却時にはオーステナイトからマルテンサイトへの逆変態が進行する。温度が一定の臨界温度(オーステナイト開始温度又はAとして知られる)を超えるにつれ、合金がマルテンサイト状態からオーステナイト状態へ急速に組成変化し、オーステナイト終了温度又はAとして知られる臨界温度においてオーステナイトへの転移を完了する。
【0005】
ターゲットA温度を得る方法として、ニッケル対チタン比を変化させる方法と、最終形状の材料を熱処理する方法との、2つが公知である。ニチノールのAは、インゴット製造時のニッケル対チタン比に直接影響を受ける。ニッケルの割合のみを変化させて、ターゲットA温度を上昇又は下降させることが可能である。A温度は、材料のインゴット後形状の加工、冷間加工の量、材料が熱処理される温度、加工の間に誘起された歪みの量によっても直接影響を受ける。従ってターゲットAは、ニッケル割合の変化、材料の熱処理工程、又は両方を適宜行うことによって、得ることができる。
【0006】
マルテンサイト状態のニチノールは柔軟で可鍛性があるため、向上した耐疲労性を示すが、これはニチノールの結晶構造がマルテンサイト状態とオーステナイト状態との間で異なることによるものである。オーステナイトニチノールの結晶構造は、面心立方格子の構造であることが知られているが、一方マルテンサイト結晶構造は、原子が転位した単斜晶歪み構造である。
【0007】
マルテンサイトニチノールは、その歪み構造によって、同じ角度又は同じ使用条件のオーステナイトニチノールに比べて、より大きな角度とより広い使用条件での材料の変形が可能になっている。一般に、使用温度又は使用環境温度がAを超えている場合、即ちニチノールがオーステナイト状態にある場合、材料は、A温度未満でありマルテンサイト状態に転移している場合には耐えることのできる同じレベルの応力/歪み、例えば繰返し疲労等に、耐えることができない。オーステナイト状態のニチノールは、頑丈且つ硬質で、規則的な結晶格子構造をより多く含み、チタンに似た特性を示す。歯内治療器具の分野では、必要な剛性及び強度を得るためには、ニチノールが主にオーステナイト状態でなければならないということが一般常識になっている。
【0008】
ニチノール合金はまた、歪みを加えると、オーステナイトとマルテンサイトとの間で相変化を経る。従って、一般的にはオーステナイト終了温度Aを超えるマルテンサイト変形温度Mに至るまでの温度の合金において、歪み誘起のマルテンサイトが存在可能である。例えば、オーステナイト相のニチノールを曲げて、歪みの高い部位で合金がマルテンサイトとなるようにすることができる。合金が、企図する用途の使用温度において不安定なマルテンサイト相を持つように設計されている場合、歪みを除去すると、屈曲を真直ぐにする逆変態が起こる。この逆変態は、形状記憶として知られるものの一例であり、ニチノールの基本的特徴と考えられている。
【0009】
先行技術は、マルテンサイト状態のニチノールを温冷サイクルにかけることでマルテンサイト双晶を安定化させ、従って疲労性能を顕著に向上させる方法を教示している(Berendtに付与された特許文献1、「耐疲労性が向上した器具の製造に用いるニッケル−チタン合金の作製方法」参照)。このサイクル工程は、より強度のマルテンサイト状態でニチノールの結晶構造を安定化させるように作用して、長期使用のための安定化マルテンサイト双晶を維持する。
【0010】
その後の実験により、通常は1回使いきりである医療用及び歯科用器具用に十分に向上した疲労性能レベルを達成するのに、この温冷サイクルは必要でないことが示されている。すなわち、双晶により得られる耐疲労性は、医療用及び歯科用器具が1回使いきりの間に受けるサイクルを遥かに超えるものであるため、安定化マルテンサイト双晶を得る必要がない。更に、形状記憶の特徴を備えている必要がない。形状記憶とは復元力のことであるため、曲線周りを回転するあるいは曲線に配置される器具においては、形状記憶は所望の特徴ではない。器具自体が真直ぐになろうとする際、周囲の組織(例えば動脈壁又は歯根管)に損傷を与える可能性がある。
【0011】
最後に、ニチノール医療用器具の仕上げ工程において、研磨等の機械加工作業が用いられることがある。このような機械加工作業は、材料の物理的特性を低下させる。例えば特許文献1の方法を用いて作製したニチノールワイヤーは、機械加工作業の前では、従来手段により作製したニチノールワイヤーと比較して、繰返し疲労に対する耐性が5倍であった。機械加工作業の後では、この同じワイヤーは耐性がわずか3倍であった。機械加工により機械的応力及び摩擦熱が生じて、ワイヤー表面の特性を変えてしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】米国特許第7,648,599号明細書
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Ya Shen 他、Comparison of Defects in ProFileand ProTaper Systems after Clinical Use, 32 J.Endodontics 61(No.1、2006年1月)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の目的は、人体(又は他の用途)に好適に用いられ、下記の特徴を有するニチノール材料を製造することである。(1)オーステナイト終了温度が、器具の正常使用温度より十分に高い;(2)繰返し疲労を受けることができる;(3)屈曲又は湾曲を通過する(traverse)ことができる;(4)屈曲又は曲線周りを90°を超えて回転可能である;(5)予定される器具の使用温度範囲内で、マルテンサイト状態、特に単斜晶マルテンサイト状態を維持する;(6)現行の方法より顕著に少ない方法ステップ数で、繰返し疲労に対して耐性が向上する;(7)形状記憶特性が低い;(8)形状記憶特性を必要としない又は依存しない。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明により作製した耐疲労性ニチノール材は、ニッケル−チタン合金から成り、人体に用いるように構成された作業部を備えている。作業部は変形単斜晶マルテンサイト状態にあり、オーステナイト終了温度が40〜60℃である。器具の使用環境が約37℃であるため、作業部はその使用中に単斜晶マルテンサイト状態を維持する。
【0016】
比較的高いオーステナイト終了温度と耐疲労性は、ニッケル−チタン合金を一定歪み下に置きつつ、ニッケル−チタン合金に約410〜440℃の最終熱処理を施すことで得られる。一定歪みは、加熱した合金を約3〜15kgの張力下に置くことにより生じる。また、高いオーステナイト終了温度は、形状記憶を得るための熱サイクルを合金に施すことなく得られる。更に、冷間加工によりワイヤー又はブランクの最終直径を得るステップと一定歪み下での最終熱処理との間に、中間加工ステップが生じない。
【0017】
合金の材料特性は、先行技術の方法よりも少ない工程ステップで実現される。そのような先行技術の方法では、合金に歪みをかけつつ熱サイクルを施す。熱サイクルの冷浴は約0〜10℃であり、熱浴は100〜180℃である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】歯内治療器具又はやすりの立面図である(歯内治療やすりは、本発明により作製したニチノール材料を用いて良好に製造される医療装置の一例である)。
図2】ヒト臼歯の立断面図である(歯根管系及び歯冠領域に穴を貫通して歯根管系を露出してある。図1の歯内治療やすりは、歯根管内に配置されて、歯根管を清浄しつつ形を整える際に、かなり曲げられてねじり応力を受ける。本発明により得られたニチノール材料は、やすりの繰返し疲労に対する耐性が顕著に増加する)。
図3図4に示すような先行技術の最終製造ステップ、または図8に示すような本発明のステップに用いる、ニチノールワイヤーの作製に用いることのできる先行技術の冷間加工手順を例示した図である。
図4】繰返し疲労に対する耐性が顕著に向上した器具の作製に用いることができるように、図3のニチノールワイヤーを処理する、先行技術の方法に用いるステップの図である(本発明により、図4のステップが不要となる)。
図5】ニチノールがマルテンサイト相とオーステナイト相との間で転移する際のヒステリシス効果を例証するグラフである。
図6】温度における変化及び変形に応答した、オーステナイト相とマルテンサイト相との間でのニチノールの転移を示した図である。
図7】ニチノールに図4の先行技術の方法を施した際の、温度及び応力における変化に応答したニチノールの相変化を、図6と同様に且つより詳細に示した図である。
図8】本発明で用いたステップの概略図である(これらステップは、図3に例示する冷間加工ステップに続くものであってもよい。図8のステップにより、図4に例示したものと同様又は同一のステップ、あるいは形状記憶特性を得るのに必要なステップが不要となる。機械加工作業の後、機械加工が原因で疲労性能に起こりうる低下を弱める目的で、仕上がった器具に仕上げ器具熱処理を施してもよい。図8の方法により、達成される疲労特性が回復し向上する)。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明による装置及び方法で使用される出発原料は、好ましくは55.8±1.5重量%のニッケル(Ni)を含み、残部がチタン(Ti)であるニチノール組成物である。鉄(Fe)、クロム(Cr)、銅(Cu)、コバルト(Co)、酸素(O)、水素(H)、及び/又は炭素(C)等の微量元素も、各々概して1重量%未満含む。ニチノール組成物は、50±10重量%ニッケルを含み、残部をチタンと微量元素として構成されてもよい。
【0020】
まず図3を参照するに、耐疲労性装置の製造に有効な安定したマルテンサイト状態へニチノールワイヤーを転換するのに通常用いられる先行技術の方法におけるステップを示す。この種の装置の一例として、図1及び図2に例示する歯内治療器具が挙げられる。先行技術の方法では、非処理ニチノールワイヤーを、スプールから解いて、焼鈍し炉、一連のダイ、最終加熱工程を通過させる。用いる温度と冷間加工の量とは、ワイヤーに望まれる剛性(又は逆に柔軟性)の度合い、ワイヤーの直径等の要素に依存する。通常、冷間加工ステップによりワイヤー断面積の約45±10%の低下が達成され、次いで、直径に応じてワイヤーを焼鈍すのに十分な時間、約500〜800℃(930〜1475°F)の最終加熱工程が行われる。冷間加工ステップの後に本発明による方法を行う場合には、図3における高温焼鈍が不要となる。
【0021】
別の先行技術の方法(特許文献1に開示)では、図3のニチノールワイヤーに「ミクロ双晶化及び非双晶化」法(「鍛練法(training process)」としても知られる)を施す。図4は、鍛練法のステップを示す。冷浴と熱浴との間で熱サイクルを繰返しつつ、ニチノールワイヤーを1〜10%で一定する伸長又は歪みの下に置く。冷浴は約0〜10℃(32〜50°F)の温度であり、熱浴は約100〜180℃(212〜356°F)の温度である。その結果、ミクロ双晶化構造は、非双晶化又は再構成過程を経て、接触摩擦と残留変形が低いエネルギー的に安定なマルテンサイト組織となる。これにより、この工程で得られるニチノールワイヤーの耐疲労性が向上する。
【0022】
合金としてのニチノールは、天然には2つの形状、即ちオーステナイト状態とマルテンサイト状態で存在する。合金はマルテンサイトとオーステナイトとの間で転移し、所定の温度範囲内で、マルテンサイト又はオーステナイトのいずれかとして安定化する(図5参照)。合金中のオーステナイト相を温度の関数としてプロットし、幾つかの重要な移転温度に印をつけてある。Aはオーステナイト開始温度を示し、Aは合金が100%のオーステナイト相となる温度を示す。M及びMはマルテンサイト開始温度及び終了温度をそれぞれ示す。温度Mでマルテンサイト状態にあるニチノールから開始して、Mを超えてAに温度が上昇すると、オーステナイト状態になり始める。温度がAを超えて上昇し続けると、温度がAに達するまで合金中のオーステナイトの割合が増加する。A以上の温度において、合金はオーステナイト状態100%で維持される。
【0023】
なお、オーステナイト相変態及びマルテンサイト相変態は、同一の温度では起こらない。むしろ、相変態に対応するヒステリシスループが存在する。また、M温度が存在する。M温度とは、歪み誘起によるマルテンサイトが存在できる最高温度、すなわちそれを超えると歪みによりマルテンサイトが誘起できない温度である(歪み、伸長、張力、応力、変形の語は、この文脈内で交換可能に用いられる)。マルテンサイト状態のニチノールは、オーステナイト状態のニチノールと比較して耐疲労性が顕著に向上したことを示している。
【0024】
当業者に理解されるように、ニチノール転移が生じる特定温度は、合金中のニッケル、チタン及びその他微量元素の含有量の僅かな変化に対して非常に感度が高い。従って、合金の組成を制御することによって、特定の用途に合わせてニチノールの特性を調整することができる。
【0025】
図6は、オーステナイト状態とマルテンサイト状態との間のニチノールの転移を図解する。ニッケルをシェード無しの大きな円で表す。チタンをシェード付きの小さな円で表す。合金がオーステナイト状態にあるとき、原子配置は規則的に整列している。合金の温度が下がるにつれ、原子構造は、最初の規則的構造から双晶マルテンサイト配置又は状態へと変化する。この双晶マルテンサイト状態において、温度を顕著に変化させることなく、合金に歪みを与えることで「変形マルテンサイト」又は「非双晶マルテンサイト」状態へ変形させることができる。オーステナイト開始(A)のレベルに達する熱が加えられるまで、合金はこの状態を維持する。熱を更に加えるにつれて合金は100%のオーステナイト状態(A)に戻る。
【0026】
ニチノールの形状記憶特性及び超弾性特性は、様々な条件下で合金の受ける相変態の観点から理解可能である。形状記憶とは、変形ニチノール試料の最初に記憶された形状を加熱によって復元する能力のことである。図7を参照すると、Aを超える温度に合金を加熱し、オーステナイト状態にあるとき、所望の形状を形成する。これにより合金が所望の形状を記憶する。M未満に温度を下降させると、合金が双晶マルテンサイト状態となる。この状態で、合金に変形を誘起する歪みが加えられると、合金は変形マルテンサイト状態へと移行し、歪みを取り除いた後でもその形状を維持する。次いで、合金がAを超える温度に再度加熱されると、熱弾性相変態が起こる。構成要素は以前に記憶したオーステナイト形状に戻り、強度及び剛性を回復する。
【0027】
上述したように、本発明では、図3の(冷間加工の後の)高温の最終加熱工程を必要とせず、また図4の鍛練法を必要とせずに、予想外の優れた疲労性能を有するマルテンサイト組織が得られる。これら先行技術の方法とは異なり、本発明ではニチノール材料に、好ましくは約3〜15kgの一定歪みをかけつつ、約410〜440℃(770〜824°F)で最終熱処理を施す(図8参照)。
【0028】
好適な実施形態において、冷間加工されたワイヤー15(図3参照)を、歪みを加えつつオーブン30に通過させて最終熱処理を施す(図8)。冷間加工工程を出るワイヤー15はオーブン30を直接通過してもよいし、まずはスプール20に巻かれてもよい。スプール20に巻かれたワイヤー15は、ニチノール合金製品のメーカーにより提供されるもので、続く機械加工作業に適した所望の寸法にすでに冷間加工されているものであってもよい。処理済ワイヤー25を最終スプール30に巻いてもよい。ワイヤー25は、高い柔軟性、非常に高い耐疲労特性、高いオーステナイト終了温度を必要とする、特に器具類又は他の製品の製造に用いるのに適した状態にある。
【0029】
得られるニチノール材料又はワイヤー25は、一時的マルテンサイト状態(すなわち変形単斜晶状態)にあり、以下の特性を有する。
【0030】
【0031】
はニッケル組成物の変化に対して非常に感度が高く、従って、Aを所望のレベルに維持するには、ニッケル組成を如何なる製造方法においても一定に保って繰返し可能なAを達成しなければならないことは当業者には理解されるであろう。例えば、図8の方法を用いて約50℃(122°F)のAを達成するニッケルの推定割合は、約55.3%である。従って、上記した方法により所望のAを達成するのに用いられるニッケルの割合は、適宜変更することができる。
【0032】
本方法(図8)により得たニチノールワイヤーを用いて作製した歯内治療器具(図1及び図2参照)を、90°曲線に沿った回転系内において、室温でテストした。器具は平均約11分で破損した。図4の先行技術の鍛練法により作製した器具は、平均約2.3分で破損した(図3の方法のみによって作成した器具よりも依然としてはるかに高い)。
【0033】
器具は、また、低い形状記憶を示す。形状記憶とは復元力のことであるため、形状記憶は、曲線を通過する又は曲線内に配置される必要のある器具には役に立たない。図8の方法により作製した器具の形状記憶特性を調べるために、器具を固定具に配置し、90°の角度に曲げてから解放した。この屈曲と解放を更に2回行った。形状記憶を有さない器具の場合、1回目の解放で90°を維持する。通常、形状記憶特性を備えるニチノール器具は、約88°の復元を示す。即ち、90°曲げられた後、器具は元の開始位置から約2°足りない位置に戻る。換言すると、器具は180°(90°の曲げ、90°の戻し)全てを移動するのではなく、計約178°を移動する。
【0034】
図4の方法により作製したニチノール器具は、曲げ戻し試験を繰り返した後、通常は真直ぐから約10〜15°逸れている(全移動はおよそ165〜170°)。形状記憶復元特性は約80〜90パーセントである。
【0035】
図8により作製した器具は、図4により作製したものより低い形状記憶を示し、曲げ戻しを繰り返した後、真直ぐから約25〜35°の逸れであった(全移動はおよそ145〜155°)。従って、器具の形状記憶復元特性は約60〜75パーセントである。
【0036】
図8の方法により(そして図3及び図4の方法により)提供される医療用又は歯科用器具は通常、それに続く機械加工作業を経て、所望の最終器具として得られる。例えば、研磨工程により、図1及び図2の歯内治療器具の螺旋溝と刃先が得られる。研磨により生じた機械的変形及び摩擦熱のため、器具の疲労性能は負の影響を受ける。最終機械加工された器具を約248〜500の温度範囲の仕上げ器具熱処理に置くことで、器具の耐疲労特性を回復・向上させることができる。ここでの熱処理は300〜450の範囲で行うのが最善である。この温度範囲の下端での熱処理にはより長い時間が必要であり、温度範囲の上端での熱処理にはより短い時間が必要である。
【0037】
図8の方法による器具を作製することで、復元力が図8の方法と比較して約半分に低減する。仕上がった器具に最終器具熱処理を施すと復元力は更に小さくなるだけでなく、トルク性能における損失が最小限又は僅かであり、繰返し疲労に対する耐性が向上する。
【0038】
人体での使用に適合した器具では、37℃を超えるオーステナイト終了温度Aは、図4の先行技術の方法により達成される安定化マルテンサイト効果や形状記憶よりも重要である。更に、図4の歪み誘起による熱サイクルステップを省略して、単に410〜440℃の歪み誘起による最終歪み取り熱処理をニチノールに施し、インゴットレベルにおけるニッケルの割合を変更し、あるいは歪み誘起による熱処理を加え且つニッケルの割合を変更することで、37℃を超えるAを得ることができる。その結果、繰返し疲労に対する顕著な耐性を備えつつ、先行技術の方法に対して追加の加工ステップやより高い温度を必要としない、ニチノール合金が得られる。更に、得られる合金のAは高い。これまでに、マルテンサイト状態又は一時的状態(すなわち変形単斜晶状態)であってAが高いニチノールの器具を作製したことのある歯内治療器具メーカーは存在しない。
【0039】
本発明により作製したニチノール器具の好適な実施形態を、当業者にとって十分に詳細に説明したが、本開示の範囲を逸脱することなく変更することが可能である。従って本発明は、各請求項に個々に記載された要件の均等物を含む以下の請求項に限定される。
図1
図2
図3
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図5
図6
図7
図8