(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5732691
(24)【登録日】2015年4月24日
(45)【発行日】2015年6月10日
(54)【発明の名称】インスリン製剤
(51)【国際特許分類】
A61K 38/28 20060101AFI20150521BHJP
A61K 47/42 20060101ALI20150521BHJP
A61P 3/10 20060101ALI20150521BHJP
A61K 9/08 20060101ALI20150521BHJP
C07K 7/08 20060101ALN20150521BHJP
【FI】
A61K37/26ZNA
A61K47/42
A61P3/10
A61K9/08
!C07K7/08
【請求項の数】3
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2010-161767(P2010-161767)
(22)【出願日】2010年7月16日
(65)【公開番号】特開2011-162537(P2011-162537A)
(43)【公開日】2011年8月25日
【審査請求日】2013年7月12日
(31)【優先権主張番号】特願2010-5540(P2010-5540)
(32)【優先日】2010年1月14日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503027931
【氏名又は名称】学校法人同志社
(74)【代理人】
【識別番号】100078662
【弁理士】
【氏名又は名称】津国 肇
(74)【代理人】
【識別番号】100116919
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 房幸
(74)【代理人】
【識別番号】100141357
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 音哉
(72)【発明者】
【氏名】芝田 信人
(72)【発明者】
【氏名】西村 亜佐子
【審査官】
六笠 紀子
(56)【参考文献】
【文献】
米国特許出願公開第2004/0087013(US,A1)
【文献】
国際公開第2009/072556(WO,A1)
【文献】
特表2005−515796(JP,A)
【文献】
Yamaoka H et al,Cartilage tissue engineering using human auricular chondrocytes embedded in different hydrogel mater,J Biomed Mater Res A,2006年,Vol.78, No.1,p.1-11
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00−38/58
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
WPI
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2.0%(w/v)の配列番号1の自己組織化ペプチド及びインスリンを含む、糖尿病治療剤。
【請求項2】
インスリンが、野生型のインスリンである、請求項1に記載の糖尿病治療剤。
【請求項3】
2.0%(w/v)の配列番号1の自己組織化ペプチド及びインスリンを含む持効型インスリン製剤、及び
0.1〜0.25%(w/v)の配列番号1の自己組織化ペプチド及びインスリンを含む超即効型インスリン製剤
を含む、併用糖尿病治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インスリン製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
世界保健機関(WHO)によると、2006年の時点で世界には少なくとも1億7100万人の糖尿病患者がいるという。患者数は急増しており、2030年までにこの数は倍増すると推定されている。日本国内の患者数は、この40年間で約3万人から700万人程度にまで膨れ上がってきており、境界型糖尿病(糖尿病予備軍)を含めると2000万人に及ぶともいわれる。
【0003】
現在、様々な種類の皮下注射用インスリン製剤が、市販されている。これらの製剤は、効果発現の速さによって、超速効型、速攻型、中間型、混合型、時効型に分類することができる。
【0004】
超速効型には、ヒトインスリンアナログである、インスリンアスパルト、インスリンリスプロなどの水溶性製剤がある。これらは、インスリンの6量体の形成を回避することによって、皮下注射後のインスリンの組織内での拡散吸収性を高めた製剤である。
【0005】
速効型は、従来の半合成ヒトインスリンが使用された水溶性製剤が主である。一方、中間型、混合型のインスリン製剤では、ヒトインスリンを使用してその6量体からの分解を抑制するように製剤を設計し、白色の懸濁液とした製剤が使用されている。また、持効型製剤では、インスリン6量体からの分解を抑制した、インスリングラルギン、インスリンデテミルなどのヒトインスリンアナログを使用した水溶性製剤が使用されている。
【0006】
臨床現場では、インスリンの基礎分泌料や変動パターンに応じて、これらのインスリン製剤が単独か又は併用により使用されているのが現状である。
【0007】
しかし、特に中間型製剤や混合型製剤などに見られるように、白色の懸濁液とした製剤については、使用する前の転倒混和による混合が不十分である場合には、血糖値が十分にコントロールされないケースも報告されている。したがって、インスリン自体の特性や製剤の特性が、治療効果に大きな影響を及ぼしているのが現行の製剤による治療状況である。また、インスリンアナログは、プロトタイプのインスリンよりもコストがかかるという問題もある。
【0008】
自己組織化ペプチドは、そのアミノ酸配列により、多数のペプチド分子が規則正しく並んだ自己会合体を形成する特性を有する。近年、その物理的、化学的、生物学的性質から、新規マテリアルとして注目を浴びている。
【0009】
自己組織化ペプチドは、電荷を帯びた親水性アミノ酸と電気的に中性な疎水性アミノ酸が交互に並び、正電荷と負電荷が交互に分布する構造をもち、生理的なpHと塩濃度においてβ構造をとる。
【0010】
親水性アミノ酸としては、アスパラギン酸、グルタミン酸から選択される酸性アミノ酸、およびアルギニン、リジン、ヒスチジン、オルニチンから選択される塩基性アミノ酸を使用することができる。疎水性アミノ酸としては、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、メチオニン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、セリン、スレオニン、グリシンを使用することができる。
【0011】
自己組織化ペプチドを含むハイドロゲルは、生分解性であり、分解産物が組織に悪影響を与えず、生体吸収性が高いことから、細胞の生着や増殖に適している。
【0012】
ホームズ(Holmes)らは、自己組織化ペプチドを含むハイドロゲルが、インスリン等のタンパク質型薬剤の徐放用担体として有用であることを記載している(特許文献1)。しかし、実際に特定の薬剤を徐放用担体は作成されておらず、薬剤の選択や、薬剤の放出時間の最適化はなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】米国特許第7098028号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、一つの種類のインスリンを用いて、水溶性インスリンを一定に放出することができ、かつ、インスリンの放出量を制御することができる、新規なインスリン製剤を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、自己組織化ペプチドを含むインスリン製剤に関する。
【発明の効果】
【0016】
本発明のインスリン製剤は、一つの種類のインスリンを用いて、水溶性インスリンを一定に放出することができ、かつ、インスリンの放出量を制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】PM製剤である処方1〜3および対照をラットに皮下投与したときの血糖濃度の%変化を示す。N=6、インスリン濃度:10IU/kg(最終濃度)、注射容量は200μL/kgとした。
【
図2】PM製剤である処方2、処方4および対照をラットに皮下投与したときの血糖値の%変化を示す。N=4、インスリン濃度:10IU/kg(最終濃度)、注射容量は200μL/kgとした。
【
図3】PM製剤である処方4〜10および対照をラットに皮下投与したときの血糖濃度の%変化を示す。N=6、インスリン濃度:10IU/kg(最終濃度)、注射容量は200μL/kgとした。
【
図4】PM製剤である処方4〜10および対照をラットに皮下投与したときの血糖濃度の%変化を示す。N=6、インスリン濃度:10IU/kg(最終濃度)、注射容量は200μL/kgとした。
【
図5】PM製剤である処方4〜10および対照をラットに皮下投与したときの血糖濃度の%変化を示す。N=6、インスリン濃度:10IU/kg(最終濃度)、注射容量は200μL/kgとした。
【
図6】PM製剤のヒューマリンRに対するRPAの比較を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者らは、細胞培養の足場として利用されている自己組織化ペプチドハイドロゲルをDDSに適用することにより、一つの種類のインスリンを用いて、水溶性インスリンを一定に放出することができ、かつ、インスリンの放出量を制御することができることを見出し、本発明を完成した。
【0019】
すなわち、本発明は、下記のとおりである。
[1]配列番号1の自己組織化ペプチドを含む、インスリン製剤。
[2]配列番号1の自己組織化ペプチドの濃度が、0.1〜0.25%(w/v)である、超即効型インスリン製剤。
[3]配列番号1の自己組織化ペプチドの濃度が、1.0〜2.0%(w/v)である、持効型インスリン製剤。
[4]インスリンが、野生型のインスリンである、上記[1]〜[3]のいずれか一に記載のインスリン製剤。
【0020】
本発明における自己組織化ペプチドの好ましい具体例としては、(Ac−(RADA)
4−CONH
2)配列(配列番号:1)を有するペプチドRAD16を挙げることができる。RAD16は、PuraMatrix(登録商標)としてその1%(w/v)水溶液が、株式会社スリー・ディー・マトリックスから製品化されている。PuraMatrix(登録商標)には、1%(w/v)の(Ac−(RADA)
4−CONH
2)配列(配列番号:1)を有するペプチドの他、水素イオン、塩化物イオンが含まれる。
【0021】
本発明の自己組織化ペプチドは、合成により製造することができるため、従来の生体由来材料と比べてウイルス等の感染の危険もないうえ、それ自身は生体吸収性であるため、炎症等を懸念する必要もない。
【0022】
本発明に用いるインスリンは、皮下注射用に市販されている任意のインスリンを用いることができる。好ましくは、半合成ヒトインスリンのような野生型インスリン、または、インスリンアスパルト、インスリンリスプロ、インスリングラルギン、インスリンデテミルのようなインスリンアナログを用いることができる。より好ましくは、野生型インスリンである。
【実施例1】
【0023】
以下、実施例によって、本発明のインスリン製剤をさらに詳細に説明するが、本発明はその趣旨と適用範囲に逸脱しない限りこれらに限定されるものではない。
【0024】
1%(w/v)PuraMatrix(登録商標:PM)によるインスリン製剤の作製
PMを超純水(ミリQ)に溶解して1%(w/v)及び3%(w/v)PMを調製した。なお、インスリンにはウシ膵臓由来のインスリン(29IU/mg)を用いた。
【0025】
以下の処方によるインスリン製剤を作製した。
処方1. 0.2%(w/v)PMインスリン製剤
インスリン 5mg
0.01N HCL 580μL
1%(w/v)PM 580μL
ミリQ 1740μL
全量 2900μL
【0026】
処方2. 0.5%(w/v)PMインスリン製剤
インスリン 5mg
0.01N HCL 580μL
1%(w/v)PM 1450μL
ミリQ 870μL
全量 2900μL
【0027】
処方3. 0.8%(w/v)PMインスリン製剤
インスリン 5mg
0.01N HCL 580μL
1%(w/v)PM 2320μL
ミリQ 0μL
全量 2900μL
【0028】
処方4. 1.5%PMインスリン製剤
インスリン 5mg
0.01N HCL 580μL
3%(w/v)PM 1450μL
ミリQ 870μL
全量 2900μL
【0029】
対象およびポジティブコントロール製剤
コントロールには1%(w/v)PMのみを投与した。ポジティブコントロールには現在、市販されている半合成ヒトインシュリンを含有する製剤(速効型水溶性製剤、ヒューマリン(登録商標)R)を使用した。
【0030】
動物実験
12時間〜16時間絶食させたWistar雄性ラット(9〜10週齢)にウレタン麻酔(1g/kg)を施し、麻酔下、各種インスリン製剤(処方1〜処方4)、コントロールおよびポジティブコントロール製剤を、腹部に皮下投与した。インスリンの投与量はすべて10IU/kg(最終濃度)とした。皮下投与前、皮下投与後30分、1、2、3、4、5、6、9、12、24時間後に頸静脈より全血100μLをヘパリン添加の遠心チューブに採血し、血漿を分離した。
【0031】
血漿中のグルコース濃度の測定は、市販の測定キットを用いて比色法により測定した。インスリン製剤投与前の血糖値をベースライン(100%)とし、血糖値の変化をベースラインに対する%で表示した。
【0032】
皮下投与後6時間までの検討
PMの濃度が高くなるにつれて血糖降下度は大きくなった。0.5%(w/v)、0.8%(w/v)PM処方で、少なくとも6時間に渡る血漿中グルコース濃度の低下を認めた。また、血漿中グルコース濃度の最大低下度は、現在、臨床で使用されている速効型ヒューマリンR(Humulin R)と同程度であった。また、PM自体には血糖降下作用は認められなかった(
図1)。
【0033】
皮下投与後24時間までの検討
PM濃度が0.5%(w/v)の場合には、24時間に渡る血糖値の低下が認められた。PM濃度を1.5%(w/v)にすると、24時間を越える血糖値の低下が認められた(
図2)。
【実施例2】
【0034】
1%(w/v)PuraMatrix(登録商標:PM)によるインスリン製剤の作製
PMを超純水(ミリQ)に溶解して1%(w/v)及び3%(w/v)PMを調製した。なお、インスリンにはウシ膵臓由来のインスリン(29IU/mg)を用いた。
【0035】
以下の処方によるインスリン製剤を作製した。
処方1. 0.1%(w/v)PMインスリン製剤
インスリン 5mg
0.01N HCL 580μL
1%(w/v)PM 290μL
ミリQ 2030μL
全量 2900μL
【0036】
以下の処方によるインスリン製剤を作製した。
処方2. 0.25%(w/v)PMインスリン製剤
インスリン 5mg
0.01N HCL 580μL
1%(w/v)PM 725μL
ミリQ 1595μL
全量 2900μL
【0037】
処方3. 0.5%(w/v)PMインスリン製剤
インスリン 5mg
0.01N HCL 580μL
1%(w/v)PM 1450μL
ミリQ 870μL
全量 2900μL
【0038】
処方4. 1.0%(w/v)PMインスリン製剤
インスリン 5mg
0.01N HCL 580μL
3%(w/v)PM 967μL
ミリQ 1353μL
全量 2900μL
【0039】
処方5. 1.5%PMインスリン製剤
インスリン 5mg
0.01N HCL 580μL
3%(w/v)PM 1450μL
ミリQ 870μL
全量 2900μL
【0040】
処方6. 2.0%PMインスリン製剤
インスリン 5mg
0.01N HCL 580μL
3%(w/v)PM 1933μL
ミリQ 387μL
全量 2900μL
【0041】
ポジティブコントロール製剤
ポジティブコントロールには現在、市販されている半合成ヒトインシュリンを含有する製剤(速効型水溶性製剤、ヒューマリンR)を使用した。
【0042】
動物実験
12時間〜16時間絶食させたWistar雄性ラット(9〜10週齢)にウレタン麻酔(1g/kg)を施し、麻酔下、各種インスリン製剤(処方1〜処方6)、コントロールおよびポジティブコントロール製剤を、腹部に皮下投与した。インスリンの投与量はすべて10IU/kg(最終濃度)とした。皮下投与前、皮下投与後30分、1、2、3、4、5、6、9、12、24時間後に頸静脈より全血100μLをヘパリン添加の遠心チューブに採血し、血漿を分離した。
【0043】
血漿中のグルコース濃度の測定は、市販の測定キットを用いて比色法により測定した。インスリン製剤投与前の血糖値をベースライン(100%)とし、血糖値の変化をベースラインに対する%で表示した。
【0044】
皮下投与後6時間までの検討
PMの濃度が高くなるにつれて血糖降下度は大きくなった。0.5%(w/v)、1.0%(w/v)、1.5%(w/v)、2.0%(w/v)PM処方で、少なくとも6時間に渡る血漿中グルコース濃度の低下を認めた。また、血漿中グルコース濃度の最大低下度は、現在、臨床で使用されている速効型ヒューマリンR(Humarin R)と同程度であった(
図3)。
【0045】
皮下投与後12時間までの検討
PM濃度が0.5%(w/v)、1.0%(w/v)、1.5%(w/v)、2.0%(w/v)の場合には、12時間を越える血糖値の低下が認められた(
図4)。
【0046】
皮下投与後24時間までの検討
PM濃度が1.0%(w/v)、1.5%(w/v)、2.0%(w/v)の場合には、24時間を越える血糖値の低下が認められた(
図5)。
【0047】
ヒューマリンRに対する相対的な生理学的利用能(relative physiological availability, RPA)を求めた。グルコース変化のデータより、6時間、12時間、24時間までの区切りで、血漿中グルコース濃度時間曲線上面積(area above plasma glucose concentrations in the percentage change vs. time curves, AAC)をそれぞれの製剤について求め、ヒューマリンRのそれらに対して比較した(平均データを使用)(
図6)。
この図から、24時間でみたとき、2%PuraMatrixの効果は、ヒューマリンRの5倍であり、かつ長時間持続していることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明のインスリン製剤は、糖尿病治療剤として有用である。
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]