【実施例】
【0042】
実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
《試料の製造》
図2に示すような試料を表1に示すように種々製造した。
(1)基材および下地層
先ず、試料(磁性体)を形成する基材としてMgO単結晶基板(以下単に「基板」という。)を用意した。このMgO単結晶基板は、(001)面が基板面になるように加工し、表面粗度を小さくするため研磨を行ったものである(フルウチ化学株式会社製、MgO(100)単結晶)。
【0043】
この基板の(001)面上にMoからなる平坦な下地層を形成した(下地層形成工程)。この下地層は、Moをスパッタリングにより積層した後、加熱処理して形成した。下地層の厚さは20nmとした。ちなみに、Moは、Nd
2Fe
14B結晶配向面(c面)と格子整合性の高いb.c.c.材料である。なお、本実施例では基板上にMo下地層を直接形成したが、その形成前に基板上にCrからなるシード層(厚さ数nm程度)を形成しておいてもよい。
【0044】
なお、本実施例で用いたスパッタリングは、マグネトロンスパッタ法に基づき、積層(成膜)前の到達真空度を1x10
−8Pa以下、製膜形状をφ8mmとして行った。また、各層の厚さ(層厚)は、積層速度と積層時間の積から算出した。本実施例では、積層速度を0.4〜1Å/sとした。
【0045】
(2)Nd−Fe−B層の形成(非晶質体形成工程)
上述のスパッタリングにより、基板を加熱しつつ下地層上にNd−Fe−B層を形成した。基板の加熱温度は表1に示すように試料毎に変更した。ターゲットには、Nd、Fe、Fe
80B
20(単位:原子%)合金を用いた。こうして厚さ20nmのNd−Fe−B層を形成した。
【0046】
(3)Nd−Cu層の形成(付着工程)
Nd−Fe−B層を形成した基板を室温域まで冷却し、室温域で、Nd−Fe−B層上へNd−Cu層(拡散層、拡散材)を上述したスパッタリングにより積層した。このときターゲットには、Nd
30Cu
70(原子%)の銅合金を用いた。Nd−Cu層の厚さは全試料とも1nmとした。なお、比較のため、このNd−Cu層の形成を行わない試料も並行して用意した。
【0047】
(4)拡散結晶化(加熱工程)
Nd−Cu層の有る基板およびNd−Cu層の無い基板を、表1に示す各温度で加熱した。この熱処理は、前述した1x10
−8Pa以下の真空雰囲気中で1時間行った。
【0048】
(5)保護層の形成
この熱処理後、基板を室温域まで冷却し、室温域で、各試料の最表面に、CrあるいはMoからなる保護層を上述したスパッタリングにより形成した。保護層の厚さは全試料とも10nmとした。こうして
図2に示す積層体(Nd−Cu層が残存している場合)からなる試料が得られた。
【0049】
《各試料の測定》
上述した各試料の保磁力を超伝導量子干渉型磁束計(SQUID)により測定した。その結果を表1に併せて記載した。なお、表1中に示した保磁力増加率は、上述したNd−Cu層の無い試料の保磁力(H
0)に対する、Nd−Cu層の有る試料の保磁力(H
1)の比率(H
1/H
0)である。
【0050】
またNd−Fe−B層が非晶質か結晶質かは、X線回折法およびSTEM観察により判断した。
《試料の観察》
(1)Nd−Fe−B層(非晶質)にNd−Cu層を積層した試料(試料No.A3参照)と、Nd−Fe−B層(非晶質)にNd−Cu層を積層しなかった試料(試料No.A3参照)と、Nd−Fe−B層(結晶質)にNd−Cu層を積層した試料(試料No.A9参照)とについて、各積層断面を走査透過型電子顕微鏡(STEM)で観察した。それらの画像をそれぞれ
図3A〜
図3Cに示した。
(2)試料No.A3(Nd−Cu層有り)の積層断面をSTEMで観察した画像を
図4Aに、また同試料をより広範囲でSTEM観察した画像を
図4Bに示した。なお、
図4Bでは、Nd−Fe−B層中に観察された複数の結晶粒に、順次、粒子1〜8を付した。これら粒子1〜粒子8の最長幅を
図4BのSTEM像から読み取り、その結果を表2にまとめた。
(3)
図4Aに示した試料No.A3の断面を、エネルギー分散型X線分光法(EDX)により観察した。得られた各元素の分布像を
図5A〜
図5Eにそれぞれ示した。
【0051】
《各試料の評価》
(1)結晶粒と粒界相
先ず
図3Aから明らかなように、非晶質のNd−Fe−B層にNd−Cu層を積層して加熱した試料では、角丸形状の微細な結晶粒(ナノサイズ結晶粒)と、それら結晶粒間に非常に薄い粒界相が同時に形成されていた。
【0052】
一方、
図3Bからわかるように、Nd−Cu層を積層せずに非晶質のNd−Fe−B層のみを加熱した試料では、そのような角丸形状の結晶粒は形成されず、粗大な結晶粒が副相と共に晶出した。さらに
図3Cからわかるように、結晶質のNd−Fe−B層へNd−Cu層を積層して加熱した試料では、粒界相が形成されるものの、結晶粒は角張った比較的長大なものとなった。
【0053】
(2)結晶粒のサイズ
図4A、
図4Bおよび表2から、非晶質のNd−Fe−B層とNd−Cu層との積層体を加熱して得られた試料は、結晶粒の最長幅がいずれも500nm以下、具体的には50〜150nmであり、相加平均すると約75nm程度であった。また、それら結晶粒間にできた粒界相の最小幅はいずれも1nm以上さらには2nm以上あった。
【0054】
(3)結晶粒および粒界相の構成元素
先ず、
図5Aおよび
図5Bから明らかなように、Feは主に結晶粒中に存在し、粒界相中に殆ど存在していない。またNdは結晶粒中および粒界相中に存在している。次に、
図5Cから明らかなように、Cuは結晶粒および粒界相を含む広い領域に分布しているが、
図5Dおよび
図5Eから明らかなように下地層のMoおよび保護層のCrは、結晶粒や粒界相にほとんど存在していない。これらのことから、上述した結晶粒はNd
2Fe
14Bからなる結晶粒であり、粒界相はNdとCuの合金または化合物からなるといえる。
【0055】
(4)非晶質体の形成
先ず表1の試料No.A1〜A12より、非晶質のNd−Fe−B層は、基板の加熱温度をNd−Fe−Bの共晶点(結晶化温度)より低い590℃以下で形成されることが解る。
【0056】
次に試料No.A1〜A6より、非晶質のNd−Fe−B層上にNd−Cu層を積層して加熱した試料は、いずれも保磁力が飛躍的に向上することがわかる。特に非晶質のNd−Fe−B層の形成温度が低い程、保磁力増加率が大きくなった。もっとも、保磁力自体は、非晶質のNd−Fe−B層の形成温度が325〜590℃、450〜590℃さらには525〜590℃のときに大きくなった。
【0057】
(5)拡散・結晶化
表1の試料No.B1〜B9より明らかなように、非晶質のNd−Fe−B層上にNd−Cu層を積層した試料の加熱温度が510〜680℃さらには540〜670℃であると、保磁力増加率が大きくなることがわかる。また、その加熱温度をさらには560〜660℃とすると、保磁力自体も非常に大きくなることがわかる。
【0058】
(6)総括
表1に示した各試料の結果から、300〜590℃さらには325〜590℃で加熱しつつ形成した非晶質なNd−Fe−B層上に、Nd−Cu層を積層した積層体を、さらに540〜680℃さらには560〜660℃で加熱することにより、Dy等の稀少元素を用いるまでもなく、30kOe前後の大きな保磁力を発現する磁性体が得られることがわかった。そして、このような磁性体は、角丸形状の結晶粒(主相)とそれを包囲する粒界相とにより構成されたナノサイズの結晶集合体からなることが明らかとなった。
【0059】
【表1】
【0060】
【表2】