(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部に対して、(b)テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体から選ばれる一種以上の共重合体80〜250重量部を含むポリフェニレンスルフィド樹脂組成物であって、
樹脂組成物からなる成形品の電子顕微鏡で観察される樹脂相分離構造が、(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂が連続相、(b)テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体から選ばれる一種の共重合体が1次分散相を形成し、
かつ、樹脂組成物中の1次分散相内に、1次分散相の成分とは異なる成分が形成する2次分散相を包含している、ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0020】
(1)(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂
本発明で用いられるPPS樹脂は、下記構造式で示される繰り返し単位を有する重合体である。
【化1】
【0021】
耐熱性の観点から、上記構造式で示される繰り返し単位は70モル%以上であってもよく、90モル%以上含む重合体が好ましい。また、PPS樹脂は、その繰り返し単位の30モル%未満程度が、下記の構造を有する繰り返し単位等で構成されていてもよい。
【化2】
【0022】
かかる構造を一部有するPPS共重合体は、融点が低くなるため、このような樹脂組成物は成形性の点で有利となる。
【0023】
本発明の実施形態で用いられるPPS樹脂の溶融粘度に特に制限はないが、溶融混練および成形加工時の流動性や溶融混練時のフッ素系樹脂の分散構造制御の観点から、400Pa・s(300℃、剪断速度1216/s)以下が好ましく、300Pa・s以下がより好ましく、250Pa・s以下がさらに好ましい。一般に、高分子化合物は分子量の低下とともに粘度が低下する傾向を有する。そのため、下限については低分子量化に伴う靱性低下の点から30Pa・s以上であることが好ましい。400Pa・s以下の溶融粘度を有するPPS樹脂を用い、他樹脂との溶融混練を行った場合には大きなせん断発熱が生じることを抑制できる。このため、PPS樹脂自体やフッ素系樹脂あるいは添加剤の分解の発生を抑制できる。なお、溶融粘度を測定する方法としては、例えば(株)東洋精機製作所社製キャピログラフを用いて測定する方法が例示できる。
【0024】
本発明の実施形態で用いられるPPS樹脂の灰分率は、機械物性向上の観点から0.3重量%以下が好ましく、0.2重量%以下が更に好ましく、0.1重量%以下がより好ましい。機構は明確ではないが、灰分率として測定される金属含有物質の存在が、機械物性、耐熱性に寄与していると考えられる。
【0025】
なお、灰分率の測定は以下の方法に従った。乾燥状態のPPS原末5gを坩堝に測り取り、電気コンロ上で黒色塊状物となるまで焼成する。次いでこれを550℃に設定した電気炉中で炭化物が焼成しきるまで焼成を続ける。その後、デシケータ中で冷却後、重量を測定し、初期重量との比較から灰分率を計算する。
【0026】
本発明の実施形態で用いられるPPS樹脂の、真空下320℃で120分間加熱溶融した際の揮発性成分量は、低ガス発生量、高強度化を満足するために、0.8重量%以下が好ましく、より好ましくは0.6重量%以下、さらに好ましくは0.4重量%以下である。揮発性成分量にはPPS樹脂の分解物や、低分子量物が含まれており、これらの成分が、高強度化を阻害すると考えられる。なお、揮発性成分量とは、PPS樹脂を真空下で加熱溶融した際に揮発する成分が冷却されて液化または固化した付着性成分の量を意味する。揮発性成分量は、PPS樹脂を真空封入したガラスアンプルを管状炉で加熱することにより測定されるものである。ガラスアンプルの形状としては、腹部が100mm×25mm、首部が255mm×12mm、肉厚が1mmである。
【0027】
具体的な揮発性成分量の測定方法を以下に示す。PPS樹脂を真空封入したガラスアンプルの胴部のみを320℃の管状炉に挿入して120分間加熱することにより、管状炉によって加熱されていないアンプルの首部で揮発性ガスが冷却されて付着する。この首部を切り出して秤量した後、付着した揮発性成分をクロロホルムに溶解して除去する。次いで、この首部を乾燥してから再び秤量する。揮発性成分を除去した前後のアンプル首部の重量差を、測定に使用したPPS樹脂の重量に対する割合で算出したものが、揮発性成分量である。
【0028】
以下に、本発明の実施形態に用いるPPS樹脂の製造方法について説明するが、上記構造のPPS樹脂が得られれば下記方法に限定されるものではない。
【0029】
まず、製造方法において使用するポリハロゲン化芳香族化合物、スルフィド化剤、重合溶媒、分子量調節剤、重合助剤および重合安定剤の内容について説明する。
【0030】
[ポリハロゲン化芳香族化合物]
ポリハロゲン化芳香族化合物とは、1分子中にハロゲン原子を2個以上有する化合物をいう。ポリハロゲン化芳香族化合物の具体例としては、p−ジクロロベンゼン、m−ジクロロベンゼン、o−ジクロロベンゼン、1,3,5−トリクロロベンゼン、1,2,4−トリクロロベンゼン、1,2,4,5−テトラクロロベンゼン、ヘキサクロロベンゼン、2,5−ジクロロトルエン、2,5−ジクロロ-p-キシレン、1,4−ジブロモベンゼン、1,4−ジヨードベンゼン、1−メトキシ−2,5−ジクロロベンゼンなどのポリハロゲン化芳香族化合物が挙げられ、p−ジクロロベンゼンが好ましい。また、異なる2種以上のポリハロゲン化芳香族化合物を組み合わせて共重合体とすることも可能であるが、p−ジハロゲン化芳香族化合物を主要成分とすることが好ましい。
【0031】
加工に適した粘度のPPS樹脂を得る点から、ポリハロゲン化芳香族化合物の使用量の下限は、スルフィド化剤1モル当たり0.9モルが好ましく、より好ましくは0.95モル、更に好ましくは1.005である。ポリハロゲン化芳香族化合物の使用量の上限は、スルフィド化剤1モル当たり2.0モル以下が好ましく、より好ましくは1.5モル以下、更に好ましくは1.2モル以下である。
【0032】
[スルフィド化剤]
スルフィド化剤としては、アルカリ金属硫化物、アルカリ金属水硫化物、および硫化水素が挙げられる。
アルカリ金属硫化物の具体例としては、例えば、硫化リチウム、硫化ナトリウム、硫化カリウム、硫化ルビジウム、硫化セシウムおよびこれら2種以上の混合物を挙げることができ、なかでも硫化ナトリウムが好ましい。これらのアルカリ金属硫化物は、水和物または水性混合物として、あるいは無水物として用いることができる。
【0033】
アルカリ金属水硫化物の具体例としては、例えば水硫化ナトリウム、水硫化カリウム、水硫化リチウム、水硫化ルビジウム、水硫化セシウムおよびこれら2種以上の混合物を挙げることができ、なかでも水硫化ナトリウムが好ましい。これらのアルカリ金属水硫化物は、水和物または水性混合物として、あるいは無水物として用いることができる。
【0034】
アルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物から、反応系においてin situで調製されるアルカリ金属硫化物についても、スルフィド化剤として用いることができる。また、アルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物からアルカリ金属硫化物を調整し、これをスルフィド化剤として用いることができる。
【0035】
あるいは、水酸化リチウム、水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物と硫化水素から反応系においてin situで調製されるアルカリ金属硫化物についてもスルフィド化剤として用いることができる。また、水酸化リチウム、水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物と硫化水素からアルカリ金属硫化物を調整し、これをスルフィド化剤として用いることができる。
【0036】
仕込みスルフィド化剤の量は、脱水操作などにより重合反応開始前にスルフィド化剤の一部損失が生じる場合には、実際の仕込み量から当該損失分を差し引いた残存量を意味するものとする。
【0037】
なお、スルフィド化剤と共に、アルカリ金属水酸化物および/またはアルカリ土類金属水酸化物を併用することも可能である。アルカリ金属水酸化物の具体例としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化ルビジウム、水酸化セシウムおよびこれら2種以上の混合物を好ましいものとして挙げることができる。アルカリ土類金属水酸化物の具体例としては、例えば、水酸化カルシウム、水酸化ストロンチウム、水酸化バリウムなどが挙げられ、なかでも水酸化ナトリウムが好ましいものとして挙げることができる。
【0038】
スルフィド化剤として、アルカリ金属水硫化物を用いる場合には、アルカリ金属水酸化物を同時に使用することが特に好ましい。アルカリ金属水酸化物の使用量の下限は、アルカリ金属水硫化物1モルに対し0.95モル以上が例示でき、好ましくは1.00モル以上、更に好ましくは1.005モル以上である。アルカリ金属水酸化物の使用量の上限は、アルカリ金属水硫化物1モルに対し1.20モル以下が例示でき、好ましくは1.15モル以下、更に好ましくは1.100モル以下である。
【0039】
[重合溶媒]
重合溶媒としては有機極性溶媒を用いるのが好ましい。有機極性溶媒の具体例としては、N−メチル−2−ピロリドン、N−エチル−2−ピロリドンなどのN−アルキルピロリドン類、N−メチル−ε−カプロラクタムなどのカプロラクタム類、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、ヘキサメチルリン酸トリアミド、ジメチルスルホン、テトラメチレンスルホキシドなどに代表されるアプロチック有機溶媒、およびこれらの混合物などが挙げられ、これらはいずれも反応の安定性が高いために好ましく使用される。これらのなかでも、特にN−メチル−2−ピロリドン(以下、「NMP」とも呼ぶ)が好ましく用いられる。
【0040】
有機極性溶媒の使用量の下限は、スルフィド化剤1モル当たり2.0モル以上を例示でき、好ましくは2.25モル以上、より好ましくは2.5モル以上である。有機極性溶媒の使用量の上限は、スルフィド化剤1モル当たり10モル以下を例示でき、好ましくは6.0モル以下、より好ましくは5.5モル以下である。
【0041】
[分子量調節剤]
生成するPPS樹脂の末端を形成させるため、あるいは重合反応や分子量を調節するなどのために、モノハロゲン化合物(必ずしも芳香族化合物でなくともよい)を、上記ポリハロゲン化芳香族化合物と併用することができる。
【0042】
[重合助剤]
比較的高重合度のPPS樹脂をより短時間で得るために、重合助剤を用いることも好ましい態様の一つである。ここで、重合助剤とは、得られるPPS樹脂の粘度を増大させる作用を有する物質を意味する。このような重合助剤の具体例としては、例えば有機カルボン酸塩、水、アルカリ金属塩化物、有機スルホン酸塩、硫酸アルカリ金属塩、アルカリ土類金属酸化物、アルカリ金属リン酸塩およびアルカリ土類金属リン酸塩などが挙げられる。これらは単独であっても、また2種以上を同時に用いることもできる。これらのなかでも、有機カルボン酸塩、水、およびアルカリ金属塩化物が好ましく、さらに、有機カルボン酸塩としてはアルカリ金属カルボン酸塩が、アルカリ金属塩化物としては塩化リチウムがより好ましい。
【0043】
上記アルカリ金属カルボン酸塩とは、一般式R(COOM)
nで表される化合物である(式中、Rは、炭素数1〜20のアルキル基、シクロアルキル基、アリール基、アルキルアリール基またはアリールアルキル基である。Mは、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウムおよびセシウムから選ばれるアルカリ金属である。nは1〜3の整数である。)。アルカリ金属カルボン酸塩は、水和物、無水物または水溶液として用いることができる。アルカリ金属カルボン酸塩の具体例としては、例えば、酢酸リチウム、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、プロピオン酸ナトリウム、吉草酸リチウム、安息香酸ナトリウム、フェニル酢酸ナトリウム、p−トルイル酸カリウム、およびそれらの混合物などを挙げることができる。
【0044】
アルカリ金属カルボン酸塩は、有機酸と、水酸化アルカリ金属、炭酸アルカリ金属塩および重炭酸アルカリ金属塩よりなる群から選ばれる一種以上の化合物とを、ほぼ等化学当量ずつ添加して反応させることにより形成させてもよい。上記アルカリ金属カルボン酸塩の中で、リチウム塩は反応系への溶解性が高く、助剤効果が大きいが、高価である。上記アルカリ金属カルボン酸塩の中で、カリウム塩、ルビジウム塩およびセシウム塩は反応系への溶解性が不十分であると思われる。このため、安価で、重合系への適度な溶解性を有する酢酸ナトリウムが、上記アルカリ金属カルボン酸塩の中で最も好ましく用いられる。
【0045】
これらアルカリ金属カルボン酸塩を重合助剤として用いる場合の使用量は、下限として、仕込みアルカリ金属硫化物1モルに対し、0.01モル以上を例示でき、より高い重合度を得る意味においては0.1モル以上が好ましく、0.2モル以上がより好ましい。また、これらアルカリ金属カルボン酸塩を重合助剤として用いる場合の使用量は、上限として、仕込みアルカリ金属硫化物1モルに対し、2モル以下を例示でき、より高い重合度を得る意味においては0.6モル以下が好ましく、0.5モル以下がより好ましい。
【0046】
また、水を重合助剤として用いる場合の添加量の下限は、仕込みアルカリ金属硫化物1モルに対し、0.3モル以上を例示でき、より高い重合度を得る意味においては0.6モル以上が好ましく、1モル以上がより好ましい。水を重合助剤として用いる場合の添加量の上限は、仕込みアルカリ金属硫化物1モルに対し、15モル以下が例示でき、より高い重合度を得る意味においては10モル以下が好ましく、5モル以下がより好ましい。
【0047】
これら重合助剤は2種以上を併用することももちろん可能であり、例えばアルカリ金属カルボン酸塩と水を併用すると、それぞれより少量で高分子量化が可能となる。
【0048】
これら重合助剤の添加時期には特に指定はなく、後述する前工程時、重合開始時、重合途中のいずれの時点で添加してもよく、また複数回に分けて添加してもよい。重合助剤としてアルカリ金属カルボン酸塩を用いる場合は前工程開始時或いは重合開始時に一度に添加することが、添加が容易である点からより好ましい。また水を重合助剤として用いる場合は、ポリハロゲン化芳香族化合物を仕込んだ後、重合反応途中で添加することが効果的である。
【0049】
[重合安定剤]
重合反応系を安定化し、副反応を防止するために、重合安定剤を用いることもできる。重合安定剤は、重合反応系の安定化に寄与し、望ましくない副反応を抑制する。副反応の一つの目安としては、チオフェノールの生成が挙げられる。重合安定剤の添加によりチオフェノールの生成を抑えることができる。重合安定剤の具体例としては、アルカリ金属水酸化物、アルカリ金属炭酸塩、アルカリ土類金属水酸化物、およびアルカリ土類金属炭酸塩などの化合物が挙げられる。そのなかでも、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、および水酸化リチウムなどのアルカリ金属水酸化物が好ましい。上述のアルカリ金属カルボン酸塩も重合安定剤として作用するので、重合安定剤の一つに入る。また、スルフィド化剤としてアルカリ金属水硫化物を用いる場合には、アルカリ金属水酸化物を同時に使用することが特に好ましいことを前述したが、ここでスルフィド化剤に対して過剰となるアルカリ金属水酸化物についても重合安定剤となり得る。
【0050】
これら重合安定剤は、それぞれ単独で、あるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。重合安定剤の使用量の下限は、仕込みアルカリ金属硫化物1モルに対して、0.02モル以上を例示でき、好ましくは0.03モル以上、より好ましくは0.04モル以上使用することが好ましい。重合安定剤の使用量の上限は、仕込みアルカリ金属硫化物1モルに対して、0.2モル以下を例示でき、好ましくは0.1モル以下、より好ましくは0.09モル以下使用することが好ましい。この割合が少ないと安定化効果が不十分である。逆に、この割合が多すぎても経済的に不利益であり、ポリマー収率が低下する傾向となる。
【0051】
重合安定剤の添加時期には特に指定はなく、後述する前工程時、重合開始時、重合途中のいずれの時点で添加してもよく、また複数回に分けて添加してもよい。重合安定剤の添加時期としては、前工程開始時或いは重合開始時に一度に添加することが容易である点からより好ましい。
【0052】
次に、本発明の実施形態に用いるPPS樹脂の好ましい製造方法について、前工程、重合反応工程、回収工程、および後処理工程と、順を追って具体的に説明する。本発明は、勿論この方法に限定されるものではない。
【0053】
[前工程]
PPS樹脂の製造方法において、スルフィド化剤は通常水和物の形で使用されるが、ポリハロゲン化芳香族化合物を添加する前に、有機極性溶媒とスルフィド化剤を含む混合物を昇温させ、過剰量の水を系外に除去することが好ましい。
【0054】
また、上述したように、スルフィド化剤として、アルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物から、反応系においてin situで、あるいは重合槽とは別の槽で調製されるスルフィド化剤も用いることができる。この方法には特に制限はないが、望ましくは不活性ガス雰囲気下、常温〜150℃、好ましくは常温から100℃の温度範囲で、有機極性溶媒にアルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物を加え、常圧または減圧下、少なくとも150℃以上、好ましくは180〜260℃まで昇温させ、水分を留去させる方法が挙げられる。この段階で重合助剤を加えてもよい。また、水分の留去を促進させるために、トルエンなどを加えて反応を行ってもよい。
【0055】
重合反応における、重合系内の水分量は、仕込みスルフィド化剤1モル当たり0.3〜10.0モルであることが好ましい。ここで、重合系内の水分量とは、重合系に仕込まれた水分量から重合系外に除去された水分量を差し引いた量である。また、仕込まれる水は、水、水溶液、結晶水などのいずれの形態であってもよい。
【0056】
[重合反応工程]
有機極性溶媒中でスルフィド化剤とポリハロゲン化芳香族化合物とを200℃以上290℃未満の温度範囲内で反応させることによりPPS樹脂を製造する。
【0057】
重合反応工程を開始するに際しては、望ましくは不活性ガス雰囲気下、常温〜240℃、好ましくは100℃〜230℃の温度範囲で、有機極性溶媒とスルフィド化剤とポリハロゲン化芳香族化合物を混合する。この段階で重合助剤を加えてもよい。これらの原料の仕込み順序は、順不同であってもよく、同時であってもさしつかえない。
【0058】
かかる混合物を通常200℃〜290℃の範囲に昇温させる。昇温速度に特に制限はないが、通常0.01〜5℃/分の速度が選択され、0.1〜3℃/分の範囲がより好ましい。
【0059】
一般に、最終的には250〜290℃の温度まで昇温させ、その温度で通常0.25〜50時間、好ましくは0.5〜20時間反応させる。
【0060】
最終温度に到達させる前の段階で、例えば200℃〜260℃で一定時間反応させた後、270〜290℃に昇温させる方法は、より高い重合度を得る上で有効である。この際、200℃〜260℃での反応時間としては、通常0.25時間から20時間の範囲が選択され、好ましくは0.25〜10時間の範囲が選ばれる。
【0061】
なお、より高重合度のポリマーを得るためには、複数段階で重合を行うことが有効である場合がある。複数段階で重合を行う際、245℃における系内のポリハロゲン化芳香族化合物の転化率が、40モル%以上、好ましくは60モル%に達した時点であることが有効である。
【0062】
なお、ポリハロゲン化芳香族化合物(「PHA」とも呼ぶ)の転化率は、以下の式で算出した値である。PHA残存量は、ガスクロマトグラフ法によって求めることができる。
(A)ポリハロゲン化芳香族化合物をアルカリ金属硫化物に対しモル比で過剰に添加した場合
転化率=〔PHA仕込み量(モル)−PHA残存量(モル)〕/〔PHA仕込み量(モル)−PHA過剰量(モル)〕
(B)上記(A)以外の場合
転化率=〔PHA仕込み量(モル)−PHA残存量(モル)〕/〔PHA仕込み量(モル)〕
【0063】
[回収工程]
PPS樹脂の製造方法において、重合終了後、重合体および溶媒などを含む重合反応物から、固形物を回収する。回収方法については、公知の如何なる方法を採用しても良い。
【0064】
回収方法としては、例えば、重合反応終了後、徐冷して粒子状のポリマーを回収する方法を用いても良い。この際の徐冷速度には特に制限は無いが、通常0.1℃/分〜3℃/分程度である。徐冷工程の全行程において同一速度で徐冷する必要はなく、ポリマー粒子が結晶化析出するまでは0.1〜1℃/分、その後1℃/分以上の速度で徐冷する方法などを採用しても良い。
【0065】
また、上記の回収を急冷条件下に行うことも好ましい方法の一つであり、この回収方法の好ましい一つの方法としてはフラッシュ法が挙げられる。フラッシュ法とは、重合反応物を高温高圧(通常250℃以上、8kg/cm
2以上)の状態から常圧もしくは減圧の雰囲気中へフラッシュさせ、溶媒回収と同時に重合体を粉末状にして回収する方法である。ここでいうフラッシュとは、重合反応物をノズルから噴出させることを意味する。フラッシュさせる雰囲気は、具体的には、常圧中の窒素または水蒸気が挙げられ、その温度は通常150℃〜250℃の範囲が選ばれる。
【0066】
[後処理工程]
PPS樹脂は、上記重合反応工程、回収工程を経て生成した後、酸処理、熱水処理または有機溶媒による洗浄を施されたものであってもよい。
【0067】
酸処理を行う場合は次のとおりである。PPS樹脂の酸処理に用いる酸は、PPS樹脂を分解する作用を有しないものであれば特に制限はなく、酢酸、塩酸、硫酸、リン酸、珪酸、炭酸およびプロピル酸などが挙げられ、なかでも酢酸および塩酸がより好ましく用いられる。硝酸のようなPPS樹脂を分解、劣化させるものは好ましくない。
【0068】
酸処理の方法は、酸または酸の水溶液にPPS樹脂を浸漬せしめるなどの方法があり、必要により適宜撹拌または加熱することも可能である。例えば、酢酸を用いる場合、pH4の水溶液を80〜200℃に加熱した中にPPS樹脂粉末を浸漬し、30分間撹拌することにより十分な効果が得られる。処理後のpHは、4以上、例えばpH4〜8程度となっても良い。酸処理を施されたPPS樹脂は、残留している酸または塩などを除去するため、水または温水で数回洗浄することが好ましい。洗浄に用いる水は、酸処理によるPPS樹脂の好ましい化学的変性の効果を損なわない観点から、蒸留水、脱イオン水であることが好ましい。
【0069】
熱水処理を行う場合は次のとおりである。PPS樹脂を熱水処理するにあたり、熱水の温度は100℃以上、より好ましくは120℃以上、さらに好ましくは150℃以上、特に好ましくは170℃以上とすることが好ましい。100℃未満ではPPS樹脂の好ましい化学的変性の効果が小さいため好ましくない。
【0070】
熱水洗浄によるPPS樹脂の好ましい化学的変性の効果を発現するため、使用する水は、蒸留水あるいは脱イオン水であることが好ましい。熱水処理の操作に特に制限は無い。熱水処理の操作方法として、所定量の水に所定量のPPS樹脂を投入し、圧力容器内で加熱、撹拌する方法や、連続的に熱水処理を施す方法などがある。PPS樹脂と水との割合は、水の多い方が好ましいが、通常、水1リットルに対し、PPS樹脂200g以下の浴比が選ばれる。
【0071】
末端基の分解が好ましくないため、処理の雰囲気は、これを回避するために不活性雰囲気下とすることが望ましい。さらに、この熱水処理操作を終えたPPS樹脂は、残留している成分を除去するために、温水で数回洗浄するのが好ましい。
【0072】
有機溶媒で洗浄する場合は次のとおりである。PPS樹脂の洗浄に用いる有機溶媒は、PPS樹脂を分解する作用などを有しないものであれば特に制限はなく、例えばN−メチル−2−ピロリドン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、1,3−ジメチルイミダゾリジノン、ヘキサメチルホスホラスアミド、ピペラジノン類などの含窒素極性溶媒、ジメチルスルホキシド、ジメチルスルホン、スルホランなどのスルホキシド・スルホン系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、アセトフェノンなどのケトン系溶媒、ジメチルエーテル、ジプロピルエーテル、ジオキサン、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒、クロロホルム、塩化メチレン、トリクロロエチレン、2塩化エチレン、パークロルエチレン、モノクロルエタン、ジクロルエタン、テトラクロルエタン、パークロルエタン、クロルベンゼンなどのハロゲン系溶媒、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、フェノール、クレゾール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコールなどのアルコール・フェノール系溶媒およびベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素系溶媒などが挙げられる。これらの有機溶媒のうちでも、N−メチル−2−ピロリドン、アセトン、ジメチルホルムアミドおよびクロロホルムなどの使用が特に好ましい。また、これらの有機溶媒は、1種類または2種類以上の混合で使用される。
【0073】
有機溶媒による洗浄の方法としては、有機溶媒中にPPS樹脂を浸漬せしめるなどの方法があり、必要により適宜撹拌または加熱することも可能である。有機溶媒でPPS樹脂を洗浄する際の洗浄温度については特に制限はなく、常温〜300℃程度の任意の温度が選択できる。洗浄温度が高くなる程、洗浄効率が高くなる傾向があるが、通常は常温〜150℃の洗浄温度で十分効果が得られる。圧力容器中で、有機溶媒の沸点以上の温度で加圧下に洗浄することも可能である。また、洗浄時間についても特に制限はない。洗浄条件にもよるが、バッチ式洗浄の場合、通常5分間以上洗浄することにより十分な効果が得られる。また連続式で洗浄することも可能である。
【0074】
本発明の実施形態においては、PPS樹脂中にアルカリ金属やCaなどのアルカリ土類金属を導入したPPS樹脂を用いても良い。かかるアルカリ金属、アルカリ土類金属を導入する方法としては、上記前工程の前、前工程中、前工程後にアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩を添加する方法、重合行程前、重合行程中、重合行程後に重合釜内にアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩を添加する方法、あるいは上記洗浄工程の最初、中間、最後の段階でアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩を添加する方法などが挙げられる。中でももっとも容易な方法としては、有機溶剤洗浄や、温水洗浄または熱水洗浄で残留オリゴマーや残留塩を除いた後にアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩を添加する方法が挙げられる。アルカリ金属、アルカリ土類金属は、酢酸塩、水酸化物、炭酸塩などのアルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオンの形でPPS樹脂中に導入するのが好ましい。また過剰のアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩は温水洗浄などにより取り除く方が好ましい。上記アルカリ金属、アルカリ土類金属導入の際のアルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン濃度としてはPPS樹脂1gに対して0.001mmol以上が好ましく、0.01mmol以上がより好ましい。温度としては、50℃以上が好ましく、75℃以上がより好ましく、90℃以上が特に好ましい。上限温度は特にないが、操作性の観点から通常280℃以下が好ましい。浴比(乾燥PPS樹脂重量に対する洗浄液重量)としては0.5以上が好ましく、3以上がより好ましく、5以上が更に好ましい。
【0075】
PPS樹脂は、重合終了後に酸素雰囲気下においての加熱および過酸化物などの架橋剤を添加しての加熱による熱酸化架橋処理により高分子量化して用いることも可能である。
【0076】
熱酸化架橋による高分子量化を目的として乾式熱処理する場合には、その温度の下限は160℃以上が好ましく、170℃以上がより好ましい。その温度の上限は260℃以下が好ましく、250℃以下がより好ましい。また、酸素濃度は5体積%以上、更には8体積%以上とすることが望ましい。酸素濃度の上限には特に制限はないが、50体積%程度が限界である。処理時間の下限は、0.5時間以上が好ましく、1時間以上がより好ましく、2時間以上がさらに好ましい。処理時間の上限は、100時間以下が好ましく、50時間以下がより好ましく、25時間以下がさらに好ましい。加熱処理の装置は、通常の熱風乾燥機でもよく、回転式あるいは撹拌翼付の加熱装置であってもよいが、効率よく、しかもより均一に処理する場合は、回転式あるいは撹拌翼付の加熱装置を用いるのがより好ましい。
【0077】
また、熱酸化架橋を抑制し、揮発分除去を目的として乾式熱処理を行うことが可能である。その温度は130〜250℃が好ましく、160〜250℃の範囲がより好ましい。また、この場合の酸素濃度は5体積%未満、更には2体積%未満とすることが望ましい。処理時間の下限は、0.5時間以上が好ましく、1時間以上がより好ましい。処理時間の上限は、50時間以下が好ましく、20時間以下がより好ましく、10時間以下がさらに好ましい。加熱処理の装置は通常の熱風乾燥機でもよく、回転式あるいは撹拌翼付の加熱装置であってもよいが、効率よく、しかもより均一に処理する場合は、回転式あるいは撹拌翼付の加熱装置を用いるのがより好ましい。
【0078】
(2)(b)フッ素系樹脂
本発明の実施形態において用いるフッ素系樹脂は、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体から選択される1種以上のフッ素系樹脂である。
【0079】
本発明の実施形態におけるフッ素系樹脂の配合量は、PPS樹脂100重量部に対して、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体から選択される一種以上のフッ素系樹脂の合計量が80重量部以上が選択され、より好ましくは90重量部以上であり、250重量部以下が選択され、より好ましくは200重量部以下である。該フッ素系樹脂の合計量が250重量部を越えると、PPS樹脂を連続相、フッ素系樹脂を分散相とする相分離構造を形成することが難しくなり、PPS樹脂が有する優れた耐熱性や機械物性の特性が損なわれるため好ましくない。また、該フッ素系樹脂の合計量が80重量部未満では、所望する電気特性の発現効果が減退するため好ましくない。また、該フッ素系樹脂を2種類以上併用することは、フッ素系樹脂全体の配合量を増加することに繋がるため、PPS樹脂組成物へのフッ素系樹脂が有する電気特性や摺動性等の特性の付与に効果的である。
【0080】
本発明の実施形態において用いるフッ素系樹脂の上限についての融点は、340℃以下が好ましく、310℃以下がより好ましく、280℃以下がさらに好ましい。融点の下限については、PPS樹脂加工温度でのフッ素系樹脂の耐熱性の観点から、150℃以上が好ましく、190℃以上がより好ましい。一方、融点が340℃を越えるフッ素系樹脂の場合には、溶融混練を行う温度がより高温となるため、PPS樹脂の劣化が生じ、機械的物性等の低下に繋がるため、融点は340℃以下が好ましい。
【0081】
本発明の実施形態において用いるフッ素系樹脂のMFR(Melt flow rate)は、0.1〜300g/10分であることが好ましく、0.1〜100g/10分であることが更に好ましい。上記MFR範囲であることが、所望の相分離構造形成のために望ましい。上記範囲を下回る場合は押出加工性が劣る傾向にあり、上記範囲を上回る場合は機械物性が劣る傾向にある。
【0082】
上記MFRは、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体ではASTM−D3307(2010)に規定された372℃、5Kg荷重で10分間に、径2mm、長さ10mmのノズルを通過する量(g/10分)で定義される。また、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体では、ASTM−D2116(2007)に規定された372℃、5kg荷重での同様の通過量として定義され、更に、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体では、ASTM−D3159(2010)に規定された297℃、5kg荷重での同様の通過量として定義される。
【0083】
本発明の実施形態において用いるフッ素系樹脂は、得られる樹脂組成物の溶融粘度上昇や加工性の低下、コストアップなどの理由から、原則、官能基を含有しないが、一部官能基を含有したフッ素樹脂を併用することも可能である。官能基含有フッ素樹脂は、PPS樹脂あるいはその他樹脂とフッ素樹脂との相溶性を高め、所望の相分離構造の制御と溶融滞留時の構造安定化のために効果的である。官能基としては、ビニル基、エポキシ基、スチリル基、メタクリル基、アクリル基、アミノ基、ウレイド基、メルカプト基、スルフィド基、イソシアネート基、カルボニル基を挙げることができる。
【0084】
(3)(c)シランカップリング化合物
本発明の実施形態のPPS樹脂組成物にシランカップリング化合物を添加することは、PPS樹脂とテトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体との親和性を高めることに有用であり、1次分散相内に更に2次分散相を形成する本発明の実施形態の相分離構造の安定化および機械的強度向上に効果的である。
【0085】
かかるシランカップリング化合物としては、イソシアネート基、エポキシ基、アミノ基から選択される少なくとも1種の官能基を含有するシランカップリング化合物が、樹脂間の親和性向上の観点から好ましい。上記シランカップリング化合物は、PPS樹脂に対して反応性を有すると考えられる。シランカップリング化合物の具体例としては、γ−イソシアネートトプロピルトリエトキシシラン、γ−イソシアネートプロピルトリメトキシシラン、γ−イソシアネートプロピルメチルジメトキシシラン、γ−イソシアネートプロピルメチルジエトキシシラン、γ−イソシアネートプロピルエチルジメトキシシラン、γ−イソシアネートプロピルエチルジエトキシシラン、γ−イソシアネートプロピルトリクロロシランなどのイソシアネート基含有アルコキシシラン化合物、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリエトキシシシラン、β−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシランなどのエポキシ基含有アルコキシシラン化合物、γ−(2−アミノエチル)アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ−(2−アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン、γ−アミノプロピルトリメトキシシランなどのアミノ基含有アルコキシシラン化合物などのシランカップリング化合物を挙げることができる。かかるシランカップリング化合物の添加量は、PPS樹脂100重量部に対して、下限としては、0.1重量部以上が好ましく、0.2重量部以上がより好ましく、上限としては、5重量部以下が好ましく、3重量部以下がより好ましい。
【0086】
(4)その他の添加物
さらに、本発明の実施形態のPPS樹脂組成物には本発明の実施形態の効果を損なわない範囲において、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体以外の樹脂を添加配合しても良い。その具体例としては、ポリオレフィン樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリアミド樹脂、変性ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリサルフォン樹脂、ポリアリルサルフォン樹脂、ポリケトン樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリアリレート樹脂、液晶ポリマー、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリチオエーテルケトン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、四フッ化ポリエチレン樹脂などが挙げられる。
【0087】
また、改質を目的として、以下のような化合物の添加が可能である。ポリアルキレンオキサイドオリゴマ系化合物、チオエーテル系化合物、エステル系化合物、有機リン系化合物などの可塑剤、タルク、カオリン、有機リン化合物、ポリエーテルエーテルケトンなどの結晶核剤、モンタン酸ワックス類、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸アルミ等の金属石鹸、エチレンジアミン・ステアリン酸・セバシン酸重縮合物、シリコーン系化合物などの離型剤、次亜リン酸塩などの着色防止剤、その他、滑剤、紫外線防止剤、着色剤、発泡剤などの通常の添加剤を配合することができる。PPS樹脂本来の特性が損なわれるないためには、上記化合物は何れも組成物全体の20重量%以下が好ましく、10重量%以下がより好ましく、1重量%以下が更に好ましい。
【0088】
(5)樹脂組成物の製造方法
溶融混練としては、少なくとも(a)PPS樹脂、(b)テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体から選ばれる一種以上の共重合体を、二軸の押出機に供給して(a)PPS樹脂及び(b)フッ素系樹脂の融点+5〜100℃の加工温度で混練する方法を代表例として挙げることができる。フッ素系樹脂の分散をより細かくし、フッ素系樹脂の1次分散相内に更に別成分の2次分散相を形成するには、せん断力を比較的強くする必要がある。具体的には、二軸押出機を使用することが好ましく、ニーディング部を2箇所以上有することがより好ましく、ニーディング部が3箇所以上あることがさらに好ましい。ニーディング部の上限としては、一箇所あたりのニーディング部の長さとニーディング部の間隔との兼ね合いであるが、10箇所以下が好ましく、8箇所以下がより好ましい。二軸押出機の「L/D」(L:スクリュー長さ、D:スクリュー直径)としては、10以上が好ましく、20以上がより好ましく、30以上がさらに好ましい。二軸押出機のL/Dの上限は通常60である。この際の周速度の下限としては、15m/分以上が好ましく選択され、20m/分以上がより好ましく選択される。この際の周速度の上限としては、50m/分以下が好ましく選択され、40m/分以下がより好ましく選択される。二軸押出機の「L/D」が10未満の場合には、混練部分が不足となる傾向にある。このため、フッ素系樹脂の分散性が低下し、本発明の実施形態が規定するフッ素系樹脂の分散構造を得ることが出来ず、機械的強度と電気特性および耐熱性のバランスに優れたPPS樹脂組成物を得ることが出来ない傾向にある。また、ニーディング部が2箇所未満の場合、あるいは周速度が15m/分未満の場合も、剪断力の低下に伴いフッ素系樹脂の分散性が低下するため、所望の物性を得ることが出来ない傾向にある。一方、周速度が50m/分以下の場合には、二軸押出機への負荷を抑制できるため生産性において好ましい。
【0089】
また、本発明の実施形態において、フッ素系樹脂の分散をより細かくするためには、押出機のスクリューの全長に対するニーディング部の合計の長さの割合が、下限としては、10%以上が好ましく、より好ましくは15%以上、さらに好ましくは20%以上であり、上限としては、60%以下が好ましく、より好ましくは55%以下、さらに好ましくは50%以下である。全長に対するニーディング部の合計の長さの割合が10%未満である場合には、混練不足となる傾向にあり、フッ素系樹脂の分散性が低下し、機械的強度と電気特性および耐熱性のバランスに優れたPPS樹脂組成物を得ることが難しくなる傾向にある。一方、全長に対するニーディング部の合計の長さの割合が60%を越える場合には、過剰なせん断による発熱が生じるため、樹脂温度が上昇し、混練する樹脂の分解を招く傾向にある。
【0090】
また、本発明の実施形態において、押出機のスクリューにおける一箇所あたりのニーディング部の長さを「Lk」とし、スクリュー直径を「D」とすると、所望の樹脂相分離構造を得るための混練性の観点から、「Lk/D」の下限としては、0.1以上が好ましく、1以上がより好ましく、2以上がさらに好ましく、「Lk/D」の上限としては、10以下が好ましく、8以下がより好ましく、6以下がさらに好ましい。
【0091】
また、本発明の実施形態において、押出機のスクリューにおけるニーディング部同士の間隔を「Ld」とし、スクリュー直径を「D」とすると、連続するニーディング部でのせん断による、溶融樹脂の過剰な発熱を抑制する観点から、「Ld/D」の下限としては、0.5以上が好ましく、1以上がより好ましく、2以上がさらに好ましく、「Ld/D」の上限としては、10以下が好ましく、8以下がより好ましく、6以下がさらに好ましい。
【0092】
混合時の樹脂温度は、上述の通り(a)PPS樹脂及び(b)フッ素系樹脂の融点+5〜100℃の範囲が選択され、+10〜70℃の範囲がより好ましい。具体的には、混合時の樹脂温度は、350℃以下であることが好ましく、340℃以下であることがより好ましい。混練温度がPPS樹脂及びフッ素系樹脂の融点+5℃よりも低い場合には、部分的に融解しないPPS樹脂またはフッ素系樹脂の存在により、組成物の粘度が大幅に上昇し、二軸押出機への付加が大きくなるため生産性上好ましくない傾向にある。また、得られる組成物の樹脂相分離構造に関しても所望の構造を得ることが出来ない傾向にある。一方、混練温度がPPS樹脂及びフッ素系樹脂の融点+100℃を越える場合には、混練する樹脂あるいは添加剤の分解が生じる傾向があるため好ましくない。
【0093】
上記の通り、所望の樹脂相分離構造を得るためには、せん断力を比較的強くする必要がある。一方で、強いせん断力は同時に大きな発熱を生じるため、樹脂温度が上昇し、混練する樹脂の分解が生じる。そのため、二軸押出機による溶融混練において、せん断発熱を抑制する必要がある。具体的には、切り欠き部を有する撹拌スクリューを組み込んだスクリューアレンジを用いて溶融混練する方法がある。ここで「切り欠き」とは、スクリューフライトの山部分を一部削って出来たものをいう。切り欠き部を有する撹拌スクリューは樹脂充填率を高くすることが可能であり、その切り欠き部を有する撹拌スクリューを連結させたニーディング部を通過する溶融樹脂は、押出機シリンダー温度の影響を受けやすい。そのため、混練時のせん断により発熱した溶融樹脂でも切り欠き部を有する撹拌スクリュー部分で効率的に冷却され、樹脂温度を低下させることが可能となる。また、切り欠き部を有する撹拌スクリューは、従来の樹脂をすりつぶす手法とは異なり、撹拌・掻き混ぜを主体とする混練を行うことが出来るため、発熱による樹脂の分解を抑制するだけでなく、後述する所望の樹脂相分離構造を得ることが可能となる。
【0094】
切り欠き部を有する撹拌スクリューとしては、樹脂充満による溶融樹脂の冷却効率向上、混練性向上の観点から、スクリュー直径をDとするとスクリューピッチの長さが0.1D〜0.3D、かつ切り欠き数が1ピッチあたり10〜15個である切り欠き部を有する撹拌スクリューであることが好ましい。ここで「スクリューピッチの長さ」とは、スクリューが360度回転したときの、スクリューの山部分間のスクリュー長さをいう。
【0095】
また、本発明の実施形態において、所望の樹脂相分離構造を得るためには、押出機のスクリューの全長に対する切り欠き部を有する撹拌スクリュー部の合計の長さの割合は、前記
スクリュー長さL
のうちの3%以上であることが好ましく、5%以上であることがより好ましく、前記
スクリュー長さL
のうちの20%以下であることが好ましく、15%以下であることがより好ましい。
【0096】
原料の混合順序には特に制限はない。全ての原材料を配合した後に上記の方法により溶融混練する方法や、一部の原材料を配合した後に上記の方法により溶融混練し、更に残りの原材料を配合した後に溶融混練する方法や、あるいは一部の原材料を配合した後に単軸あるいは二軸の押出機により溶融混練中にサイドフィーダーを用いて残りの原材料を混合する方法などが、方法として挙げられる。ただし、いずれの場合であっても、所望の分散構造を得る観点から、PPS樹脂、フッ素系樹脂の存在下で、「L/D」が10以上の二軸の押出機にて、前記
スクリュー長さL
のうちの3〜20%が切り欠き部を有する撹拌スクリューであることが好ましく、ニーディング部を2箇所以上有し、その際の周速度が15〜50m/分に設定することが好ましい。また、少量添加剤成分については、他の成分を上記の方法などで混練しペレット化した後、成形前に添加して成形に供することも可能である。
【0097】
(6)ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物
本発明の実施形態のPPS樹脂組成物は、PPS樹脂が本来有する優れた機械的特性や耐熱性等とともに、優れた電気特性を有するものである。かかる特性を発現させるためには、PPS樹脂組成物において、電子顕微鏡で観察される樹脂相分離構造が、
図1に示す通り、(a)PPS樹脂が連続相(海相あるいはマトリクス)を形成し、(b)テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体から選ばれる一種の共重合体が1次分散相(島相、ドメイン)を形成し、かつ、組成物中の(b)成分が形成する1次分散相内に(b)成分とは異なる成分の2次分散相を包含している必要がある。包含する2次分散相の成分としては、PPS樹脂あるいは、1次分散相を形成するフッ素系樹脂以外のフッ素系樹脂であり、(b)成分とは化学的に反応していないことが好ましい。PPS樹脂相が連続相を形成し、高組成のフッ素系樹脂が良好に分散し、上記の樹脂相分離構造を形成することで、PPS樹脂が本来有する優れた機械的強度、耐熱性を損なうことなく、優れた電気特性を発現することができる。
【0098】
類似の構造として、HIPS(High Impact Polystyrene)やABS樹脂(アクリロニトリル (Acrylonitrile)、ブタジエン (Butadiene)、スチレン (Styrene)共重合合成樹脂)はいわゆるサラミ構造を形成するが、この構造を得るためには一方のポリマー存在下で他方のモノマーを重合し、両成分間でグラフトあるいはブロック共重合体を形成させる反応を行なう必要がある。これに対して、本出願の組合せであるポリフェニレンスルフィド樹脂とテトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体から選ばれる一種の共重合体とでは、上記の重合を伴う方法で得ることは出来ず、本出願実施形態の溶融混練法を用いることで、
図1に示す相分離構造が得られることを初めて見出した。
【0099】
さらに、本発明の実施形態のPPS樹脂組成物の相分離構造における、1次分散相に対する2次分散相の面積割合は、5%以上であることが好ましく、15%以上であることがより好ましく、25%以上であることがさらに好ましい。また、PPS樹脂組成物の相分離構造における、1次分散相内に包含される2次分散相の数平均分散粒子径の下限は、0.01μm以上であることが好ましく、0.05μm以上であることがより好ましく、0.1μm以上であることがさらに好ましく、0.3μm以上であることが特に好ましい。PPS樹脂組成物の相分離構造における、1次分散相内に包含される2次分散相の数平均分散粒子径の上限は、2μm以下であることが好ましく、1.5μm以下であることがより好ましく、1.0μm以下であることがさらに好ましく、1.0μm以下であることが特に好ましい。
【0100】
また、PPS樹脂組成物の相分離構造における、1次分散相内に包含される2次分散相の最大分散粒子径の下限は、0.3μm以上であることが好ましく、0.5μm以上であることがより好ましい。PPS樹脂組成物の相分離構造における、1次分散相内に包含される2次分散相の最大分散粒子径の上限は、5.0μm以下であることが好ましく、3.0μm以下であることがより好ましい。
【0101】
一方、1次分散相内に包含される2次分散相の最小分散粒子径の下限は、0.01μm以上であることが好ましく、0.1μm以上であることがより好ましく、0.12μm以上であることが更に好ましい。1次分散相内に包含される2次分散相の最小分散粒子径の上限は、0.5μm以下であることが好ましく、0.4μm以下であることがより好ましく、0.3μm以下であることが更に好ましい。
【0102】
面積分率及び数平均分散粒子径、最大・最小分散粒子径が上記範囲であることは、PPS樹脂とフッ素系樹脂との親和性が良好であることを意味し、良好な機械的強度の発現に繋がるため好ましい。
【0103】
なお、「1次分散相に対する2次分散相の面積割合」とは以下の方法で算出した。PPS樹脂及びフッ素系樹脂の融点+20〜40℃の成形温度でASTM曲げ試験片を成形し、その中心部から0.1μm以下の薄片をダンベル片の断面積方向に切削し、透過型電子顕微鏡で1000〜5000倍程度の倍率で撮影した。該写真から、任意の100個の1次分散相について、1次分散相を形成するフッ素系樹脂の面積(Sb)と、包含される2次分散相の面積(Sx)を切り出し重量法にて求め、(Sx)/((Sb)+(Sx))の式に従い、パーセント表示した。
【0104】
「2次分散相の数平均分散粒子径」とは、上記と同様の方法にて透過型電子顕微鏡で観察した際の任意の100個の1次分散相内の2次分散相について、まずそれぞれの最大径と最小径を測定して平均値を求め、その後にそれらから求めた数平均値をいう。
【0105】
「2次分散相の最大・最小分散粒子径」とは、上記と同様の方法にて透過型電子顕微鏡で観察した際の任意の100個の1次分散相内の2次分散相について、最大径と最小径をそれぞれ測定して得た値をいう。
【0106】
本発明の実施形態のPPS樹脂組成物の相分離構造において、溶融滞留前後の1次分散相の数平均分散粒子径の変化率の下限は−20%以上であることが好ましく、−10%以上であることがより好ましく、−5%以上であることが更に好ましい。溶融滞留前後の1次分散相の数平均分散粒子径の変化率の上限は60%以下であることが好ましく、35%以下であることがより好ましく、25%以下であることが更に好ましい。
【0107】
溶融滞留前後の1次分散相の数平均分散粒子径の変化率が上記範囲であることは、成形工程での組成物溶融時において相分離構造が安定なことを意味し、成形により得られたPPS組成物の物性が溶融滞留前後で変化しないことに繋がるため好ましい。
【0108】
なお、「溶融滞留前後の1次分散相の数平均分散粒子径の変化率」とは以下の方法で算出した。PPS樹脂及びフッ素系樹脂の融点+20〜40℃の成形温度でASTM曲げ試験片を成形し、その中心部から0.1μm以下の薄片をダンベル片の断面積方向に切削し、透過型電子顕微鏡で1000〜5000倍程度の倍率で撮影した。該写真から、任意の100個の1次分散相について、1次分散相を形成するフッ素系樹脂の最大径と最小径を測定して平均値を求め、その後にそれらから求めた数平均値を溶融滞留前の1次分散相の数平均分散粒子径(D1)とした。更に上記方法で得られた成形品を約3mm角に切断後、東洋精機社製メルトインデクサ(孔長8.00mm、孔直径2.095mmのオリフィス、サンプル量7g、滞留時間30分、荷重5000g)内において330℃の条件で30分溶融滞留させた後、吐出させて得たガットの中央部から0.1μm以下の薄片をダンベル片の断面積方向に切削し、透過型電子顕微鏡で1000〜5000倍程度の倍率で撮影した。該写真から、任意の100個の1次分散相について、1次分散相を形成するフッ素系樹脂の最大径と最小径を測定して平均値を求め、その後にそれらから求めた数平均値を溶融滞留後の1次分散相の数平均分散粒子径(D2)とした。以上より求めたD1とD2を用い、溶融滞留前後の1次分散相の数平均分散粒子径の変化率=((D2)/(D1)−1)の式に従い、パーセント表示した。
【0109】
PPS樹脂組成物中のフッ素系樹脂の分散状態を上記の通りに制御する手段としては、少なくとも(a)PPS樹脂と、(b)テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体から選ばれる一種以上の共重合体との二軸押出機での溶融混練において、(a)PPS樹脂及び(b)テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体から選ばれる一種以上の共重合体との両方の融点以上の温度での溶融混練において「L/D」が10以上、かつ前記
スクリュー長さL
のうちの3〜20%が切り欠き部を有する撹拌スクリューで溶融混練する条件を満たすことが好ましい。
【0110】
本発明の実施形態のPPS樹脂組成物は、材料強度を示す物性値の一つである引張強度(ASTM1号ダンベル試験片、引張速度10mm/min、23℃、ASTM−D638(2010)に準拠して測定する)が、30MPa以上が好ましく、35MPa以上がより好ましく、40MPa以上がさらに好ましい。
【0111】
本発明の実施形態のPPS樹脂組成物の耐熱老化性は、以下の範囲であることが好ましい。空気中200℃、100時間での熱処理後の引張強度が初期物性に対して70%以上であることが好ましく、80%以上であることがより好ましく、85%以上であることがさらに好ましい。また、熱処理後の引張試験における引張破断伸度は、2.5%以上が好ましく、3.5%以上であることがより好ましい。熱処理前後での強度保持率の上限、引張破断伸度の下限については特に制限はない。熱処理前後での強度保持率が上記範囲であること、および、熱処理後の引張破断伸度が上記範囲であることは、PPS樹脂組成物として耐熱性が良好であることを意味する。PPS樹脂組成物の熱処理前後での強度保持率と引張破断伸度にはフッ素系樹脂の分散状態の影響が大きい。相分離構造において、フッ素系樹脂が粗大分散化し、本発明の実施形態が所望する相分離構造を形成していない場合には、機械物性の低下を招き、いずれの物性も低下する。そのため、比較的組成量の多いフッ素系樹脂を含むPPS樹脂組成物の耐熱性を満足するためには、分散構造の制御が重要である。
【0112】
なお、「耐熱老化性」とは、PPS樹脂組成物の熱処理前後での強度変化を意味する。耐熱老化性は、以下の方法で算出する。ASTM1号ダンベル試験片を200℃の雰囲気で100時間処理後、ASTM−D638(2010)に準拠した条件で引張試験を実施し、最大点強度を測定する。強度保持率は熱処理後の最大点強度を処理前の最大点強度で除してパーセント表示したものである。
【0113】
本発明の実施形態のPPS樹脂組成物は、熱処理前後での強度保持率が高く、また熱処理後の引張破断伸度が高いことから、高温環境下での連続使用において高い耐熱性を示す傾向にある。
【0114】
本発明の実施形態のPPS樹脂組成物は、電気特性の一つである絶縁破壊電圧が、17kV/mm以上であることが好ましく、18kV/mm以上であることがより好ましい。
【0115】
なお、「絶縁破壊電圧」とは、PPS樹脂組成物からなる3mm厚の角板について、JIS C2110−1(2010)の短時間破壊試験法に準拠して測定した値をいう。
【0116】
本発明の実施形態のPPS樹脂組成物は、電気特性の一つである比誘電率が、3.2以下であることが好ましく、3.0以下であることがより好ましく、2.9以下であることがさらに好ましい。
【0117】
なお、「比誘電率」とは、PPS樹脂組成物からなる3mm厚の角板について、ASTM D−150(2011)の変成器ブリッジ法に準拠して、測定周波数1MHzの条件で測定した値をいう。
【0118】
絶縁破壊電圧が17kV/mm未満、あるいは比誘電率が3.2を超える場合は、電気特性に劣り、本発明が所望する耐熱性、機械物性、電気特性のバランスに優れるPPS樹脂組成物を得ることが出来ない傾向がある。絶縁破壊電圧の上限、および比誘電率の下限については特に制限はない。
【0119】
(7)用途
本発明の実施形態のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物は、耐熱性、機械的物性に優れるとともに、絶縁破壊電圧が高く、比誘電率が低い特徴から、本発明の実施形態のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物からなる成形品は、電気電子部品、通信機器部品、自動車部品、家電部品、OA機器部品などに利用するのに適しており、例えばチューブ、繊維、ブロー成形品、フィルム、シートなどにも幅広く利用することができる。
【実施例】
【0120】
次に、本発明の実施形態を実施例及び比較例によって更に具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0121】
実施例および比較例において、(a)PPS樹脂、(b)テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、(c)シランカップリング化合物として以下のものを用いた。
【0122】
[(a)PPS樹脂(a−1)]
撹拌機および底栓弁付きの70リットルオートクレーブに、47.5%水硫化ナトリウム8.267kg(70.00モル)、96%水酸化ナトリウム2.957kg(70.97モル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)11.434kg(115.50モル)、酢酸ナトリウム2.583kg(31.50モル)、及びイオン交換水10.500kgを仕込んだ後、常圧で窒素を通じながら245℃まで約3時間かけて徐々に加熱し、水14.780kgおよびNMP0.28kgを留出した時点で加熱を終え、冷却を開始した。この時点での仕込みアルカリ金属水硫化物1モル当たりの系内残存水分量は、NMPの加水分解に消費された水分を含めて1.06モルであった。また、硫化水素の飛散量は1.30モルであったため、本工程後の系内のスルフィド化剤は68.70モルであった。
【0123】
その後、160℃まで冷却し、p−ジクロロベンゼン(p−DCB)10.235kg(69.63モル)、NMP9.090kg(91.00モル)を加えた後に反応容器を窒素ガス下に密封し、240rpmで撹拌しながら0.6℃/分の速度で200℃から238℃まで昇温した。238℃で95分反応を行った後、0.8℃/分の速度で270℃まで昇温した。
【0124】
270℃で100分反応させた(重合反応工程終了)後、270℃から250℃まで15分かけて冷却しながら水1.260kg(70.00モル)を圧入した。ついで250℃から220℃まで75分かけて徐々に冷却した後、室温近傍まで急冷し内容物を取り出した。内容物を約35リットルのNMPで希釈し、スラリーとして85℃で30分撹拌後、80メッシュ金網(目開き0.175mm)で濾別して固形物を得た。得られた固形物を上記方法と同様にNMP約35リットルで洗浄濾別した。得られた固形物を70リットルのイオン交換水で希釈し、70℃で30分撹拌後、80メッシュ金網で濾過して固形物を回収する操作を合計3回繰り返した。得られた固形物および酢酸32gを70リットルのイオン交換水で希釈し、70℃で30分撹拌後、80メッシュ金網で濾過し、更に得られた固形物を70リットルのイオン交換水で希釈し、70℃で30分撹拌後、80メッシュ金網で濾過して固形物を回収した。このようにして得られた固形物を窒素気流下、120℃で乾燥することにより、乾燥PPS樹脂(a−1)を得た。なお、(株)東洋精機製作所社製キャピログラフを用いて測定した溶融粘度は200Pa・s(300℃、剪断速度1216/s)であった。また、灰分率は0.03重量%であり、揮発性成分量は0.4重量%であった。
【0125】
[(a)PPS樹脂(a−2)]
PPS樹脂(a−1)と同様の方法で、前工程、重合反応工程を行った後、以下の方法で回収工程、後処理工程を実施し、PPS樹脂(a−2)を得た。
【0126】
270℃で100分反応させた(重合反応工程終了)後、オートクレーブ底部の抜き出しバルブを開放し、窒素で加圧しながら内容物を攪拌機付き容器に15分かけてフラッシュし、その後、250℃で攪拌して、大半のNMPを除去した。得られた回収物およびイオン交換水74リットルを攪拌機付きオートクレーブに入れ、75℃で15分洗浄した後、フィルターで濾過し、ケークを得た。この操作を4回実施した後、得られたケークおよびイオン交換水74リットル、酢酸0.816kgを攪拌機付きオートクレーブに入れ、オートクレーブ内部を窒素で置換した後、195℃まで昇温した。その後、オートクレーブを冷却し、内容物を取り出した。内容物をフィルターで濾過し、ケークを得た。得られたケークを窒素気流下、120℃で乾燥することで、乾燥PPS樹脂(a−2)を得た。なお、溶融粘度は155Pa・s(300℃、剪断速度1216/s)であった。また、灰分率は0.6重量%であり、揮発性成分量は1.3重量%であった。
【0127】
[(b)フッ素系樹脂(b−1〜3)]
b−1:テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(ダイキン(株)社製ネオフロンFEP、NP−20、融点:270℃、MFR:6.5g/10分(372℃、5kg荷重))
b−2:エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ダイキン(株)社製ネオフロンETFE、EP−521、融点:265℃、MFR:12g/10分(297℃、5kg荷重))
b−3:官能基含有エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ダイキン(株)社製ネオフロンEFEP、RP−5000、融点:195℃)
b−4:テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(旭硝子(株)社製Fluon PFA、P−62XP、融点:297℃、MFR:36g/10分(372℃、5kg荷重))
【0128】
[(c)シランカップリング化合物(c−1)]
c−1:γ−イソシアネートプロピルトリエトキシシラン(信越化学工業(株)社製KBE−9007)
【0129】
実施例及び比較例で用いた評価・測定方法を以下に示す。
【0130】
[灰分率]
乾燥状態のPPS原末5gを坩堝に測り取り、電気コンロ上で黒色塊状物となるまで焼成する。次いでこれを550℃に設定した電気炉中で炭化物が焼成しきるまで焼成を続ける。その後デシケータ中で冷却後、重量を測定し、初期重量との比較から灰分率を計算する。
【0131】
[揮発性成分量]
腹部が100mm×25mm、首部が255mm×12mm、肉厚が1mmのガラスアンプルにサンプル3gを計り入れてから真空封入した。このガラスアンプルの胴部のみを、アサヒ理化製作所製のセラミックス電気管状炉ARF−30Kに挿入して320℃で2時間加熱した。アンプルを取り出した後、管状炉によって加熱されておらず揮発性成分の付着したアンプル首部をヤスリで切り出して秤量した。次いで付着ガスを5gのクロロホルムで溶解して除去した後、60℃のガラス乾燥機で1時間乾燥してから再度秤量した。揮発性成分を除去した前後のアンプル首部の重量差を揮発性成分量(ポリマーに対する重量%)とした。
【0132】
[1次分散相に対する2次分散相の面積割合]
住友重機械工業製射出成形機(SE75DUZ−C250)を用い、樹脂温度:PPS樹脂、フッ素系樹脂の融点+30℃、金型温度130℃にて、長さ127mm、幅12.7mm、厚み6.35mmの曲げ試験片を成形した。この試験片の中心部から0.1μm以下の薄片をダンベル片の断面積方向に切削し、日立製作所製H−7100型透過型電子顕微鏡で1000〜5000倍程度の倍率で撮影した。該写真から、任意の100個の1次分散相について、1次分散相を形成する(b)成分の面積(Sb)と、包含される2次分散相の面積(Sx)を切り出し重量法にて求め、(Sx)/((Sb)+(Sx))の式に従って求めた。
【0133】
[2次分散相の数平均分散粒子径]
上記と同様の方法にて透過型電子顕微鏡で観察した際の任意の100個の1次分散相内の2次分散相について、まずそれぞれの最大径と最小径を測定して平均値を求め、その後にそれらから求めた数平均値を計算して数平均分散粒子径を得た。
【0134】
[2次分散相の最大・最小分散粒子径]
上記と同様の方法にて透過型電子顕微鏡で観察した際の任意の100個の1次分散相内の2次分散相について、最大径と最小径を測定して、最大・最小分散粒子径を得た。
【0135】
[溶融滞留前後の1次分散相の数平均分散粒子径の変化率]
上記と同様の方法にて透過型電子顕微鏡で観察した際の任意の100個の1次分散相について、1次分散相を形成するフッ素系樹脂の最大径と最小径を測定して平均値を求め、その後にそれらから求めた数平均値を溶融滞留前の1次分散相の数平均分散粒子径(D1)とした。更に上記方法で得られた成形品を約3mm角に切断後、東洋精機社製メルトインデクサ(孔長8.00mm、孔直径2.095mmのオリフィス、サンプル量7g、滞留時間30分、荷重5000g)内で330℃の条件で30分溶融滞留させた後、吐出させて得たガットの中央部から0.1μm以下の薄片をダンベル片の断面積方向に切削し、透過型電子顕微鏡で1000〜5000倍程度の倍率で撮影した。該写真から、任意の100個の1次分散相について、1次分散相を形成するフッ素系樹脂の最大径と最小径を測定して平均値を求め、その後にそれらから求めた数平均値を溶融滞留後の1次分散相の数平均分散粒子径(D2)とした。以上より求めたD1とD2を用い、溶融滞留前後の1次分散相の数平均分散粒子径の変化率(%)=((D2)/(D1)−1)の式に従って求めた。
【0136】
[引張試験]
住友重機械工業製射出成形機(SE75DUZ−C250)を用い、樹脂温度:PPS樹脂、フッ素系樹脂の融点+30℃、金型温度130℃にて、ASTM1号ダンベル試験片を成形した。得られた試験片について、支点間距離114mm、引張速度10mm/min、温度23℃×相対湿度50%条件下で、ASTM D638(2010)に従って引張強度、引張破断伸度を測定した。
【0137】
[耐熱老化性]
住友重機械工業製射出成形機(SE75DUZ−C250)を用い、樹脂温度:PPS樹脂、フッ素系樹脂の融点+30℃、金型温度130℃にて成形したASTM1号ダンベル試験片を200℃の雰囲気で100時間処理後、ASTM−D638(2010)に準拠した条件で引張試験を実施し、最大点強度を測定する。強度保持率は熱処理後の最大点強度を処理前の最大点強度で除してパーセント表示したものである。
【0138】
[200℃×100時間処理後 引張破断伸度]
住友重機械工業製射出成形機(SE75DUZ−C250)を用い、樹脂温度:PPS樹脂、フッ素系樹脂の融点+30℃、金型温度130℃にて成形したASTM1号ダンベル試験片を200℃の雰囲気で100時間処理後、ASTM−D638(2010)に準拠した条件で引張試験を実施し、試験片破断時の伸度を測定した。
【0139】
[絶縁破壊電圧]
住友重機械工業製射出成形機(SE75DUZ−C250)を用い、樹脂温度:PPS樹脂、フッ素系樹脂の融点+30℃、金型温度130℃にて、80mm×80mm×3mm厚の角板を成形した。得られた角板について、JIS C2110−1(2010)の短時間破壊試験法に準拠して測定した。
【0140】
[比誘電率]
住友重機械工業製射出成形機(SE75DUZ−C250)を用い、樹脂温度:PPS樹脂、フッ素系樹脂の融点+30℃、金型温度130℃にて、80mm×80mm×3mm厚の角板を成形した。得られた角板について、ASTM D−150(2011)の変成器ブリッジ法に準拠して安藤電気製誘電体損測定装置TR−10Cにて測定した。測定周波数は1MHz、主電極径は50mmφ、電極は導電性ペーストを塗布した。
【0141】
[実施例1]
PPS樹脂(a−1)100重量部、フッ素系樹脂(b−1)100重量部をドライブレンドした後、(株)日本製鋼所社製TEX30α型二軸押出機(L/D=45、ニーディング部3箇所、
スクリュー長さL
中の切り欠き部を有する撹拌スクリュー部割合10%)に投入した。溶融混練は、温度320℃、周速度28m/分の条件で実施した。この混練方法をA法とする(表1)。ストランドカッターによりペレット化した後、120℃にて8時間熱風乾燥したペレットを射出成形に供した。分散状態、引張強度、熱処理後引張強度及び強度保持率、熱処理後引張破断伸度、絶縁破壊電圧、比誘電率の評価結果は表1に示すとおりであった。
【0142】
[実施例2〜7]
PPS樹脂(a−1〜2)、フッ素系樹脂(b−1〜4)、シランカップリング化合物(c−1)を表1に示す配合組成とした以外は実施例1と同様の方法によりPPS樹脂組成物を調製し、実施例1と同様の方法に物性評価を行った。評価結果は表1に示すとおりであった。
【0143】
[比較例1〜2]
PPS樹脂(a−1)、フッ素系樹脂(b−1)を表1に示す配合組成とした以外は実施例1と同様の方法によりPPS樹脂組成物を調製し、実施例1と同様の方法に物性評価を行った。評価結果は表1に示すとおりであった。
【0144】
比較例1、2では、フッ素系樹脂が80〜250重量部の範囲から外れた組成でPPS樹脂組成物を得た。その結果、比較例1では、フッ素系樹脂を50重量部としたため、PPS樹脂が有する優れた耐熱性、機械物性は発現するものの、絶縁破壊電圧が劣る結果となっている。
【0145】
一方、比較例2では、フッ素系樹脂を300重量部としたため、フッ素系樹脂量が過剰となり、PPS樹脂が連続相を形成した樹脂組成物を得られなかった。そのため、電気特性には優れるものの、耐熱性、機械物性に劣る結果となっている。
【0146】
[比較例3]
PPS樹脂(a−1)100重量部、フッ素系樹脂(b−1)100重量部をドライブレンドした後、(株)日本製鋼所社製TEX30α型二軸押出機(L/D=45、ニーディング部1箇所、切り欠き部を有する撹拌スクリュー部無し)に投入した。溶融混練は、温度320℃、周速度28m/分の条件で実施した。この混練方法をB法とする(表1)。ストランドカッターによりペレット化した後、120℃にて8時間熱風乾燥したペレットを射出成形に供した。評価結果は表1に示すとおりであった。
【0147】
比較例3では、切り欠き部を有する撹拌スクリューを用いずに一般的なスクリューアレンジにて溶融混練を行ったため、実施例1と同組成にもかかわらず、1次分散相を形成するテトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体内に、異なる成分の2次分散相の存在が認められなかった。PPS樹脂とフッ素系樹脂の親和性に劣るため機械物性に劣るほか、理由は明確ではないが、分散状態に起因し電気特性も劣る結果となった推測される。
【表1】