特許第5733733号(P5733733)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5733733
(24)【登録日】2015年4月24日
(45)【発行日】2015年6月10日
(54)【発明の名称】酸化多糖類の製法
(51)【国際特許分類】
   C08B 15/02 20060101AFI20150521BHJP
【FI】
   C08B15/02
【請求項の数】1
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2009-275888(P2009-275888)
(22)【出願日】2009年12月3日
(65)【公開番号】特開2011-116865(P2011-116865A)
(43)【公開日】2011年6月16日
【審査請求日】2012年6月15日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003506
【氏名又は名称】第一工業製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079382
【弁理士】
【氏名又は名称】西藤 征彦
(72)【発明者】
【氏名】谷越 宏史
(72)【発明者】
【氏名】神野 和人
(72)【発明者】
【氏名】森 悦子
(72)【発明者】
【氏名】後居 洋介
(72)【発明者】
【氏名】井汲 祐介
(72)【発明者】
【氏名】野田 広司
(72)【発明者】
【氏名】磯貝 明
【審査官】 深谷 良範
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第1996/036621(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/116794(WO,A1)
【文献】 Carbohydrate Research,1995年,Vol.269,p.89-98
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08B
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
N−オキシル化合物触媒と、酸化剤とを含む水媒体中で、多糖類を酸化する酸化多糖類の製法であって、多糖類の酸化反応終了後の反応液から、N−オキシル化合物触媒を蒸留により回収する工程を含み、かつ上記蒸留が圧力0.03MPa〜常圧の蒸発缶により行われ、上記蒸留における被蒸留液の温度が70〜101℃であり、上記N−オキシル化合物触媒が2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(TEMPO)で、上記多糖類がセルロースで、上記酸化剤が次亜ハロゲン酸またはその塩で、上記酸化剤の添加量が上記多糖類1gに対して5.4〜18mmolの範囲で、上記酸化多糖類のカルボキシル基量が1.00mmol/g〜6.2mmol/gの範囲であり、N−オキシル化合物触媒を含む水性媒体からの蒸留によるN−オキシル化合物触媒の回収率が98%以上であり、かつ、上記酸化多糖類が化粧品材料、コーティング基材、機能性添加剤、医療・医薬材料、電子材料または樹脂材料に用いられる、ことを特徴とする酸化多糖類の製法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、N−オキシル化合物触媒(以下、単に「N−オキシル化合物」と呼ぶ場合もある)の存在下、多糖類を酸化して改質する酸化多糖類の製法に関するものであり、詳しくは、N−オキシル化合物触媒の回収・再利用を図ることができる酸化多糖類の製法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
セルロースや、デンプン等の多糖類は、生物の構造多糖類および貯蔵多糖類として、自然界に多量に存在するため、従来から、様々な材料に利用されてきた。近年、特に、安全性や環境に対する配慮から、石油原料由来の合成高分子に替わる素材として多糖類を有効利用する研究が活発化している。
【0003】
また、多糖類を有効利用する目的で、多糖類を酸化して改質することも行われており、例えば、多糖類を、次亜ハロゲン酸、亜ハロゲン酸、過ハロゲン酸、過酸化水素、過有機酸等の酸化剤を用いて酸化する、酸化多糖類の製造が行われている。その際、触媒としては、触媒活性および反応選択性の観点から、N−オキシル化合物が好んで用いられる。このようなN−オキシル化合物を触媒とする酸化多糖類の製法としては、具体的には、多糖類を主成分とする多糖類材料を水中にて、N−オキシル化合物の触媒の存在下で酸化処理し、多糖類材料の表面を改質する酸化多糖類材料の製法(特許文献1)や、天然セルロースを原料とし、水中においてN−オキシル化合物を酸化触媒とし、酸化剤を作用させることにより上記天然セルロースを酸化して反応物繊維を得る微細セルロース繊維分散体の製法(特許文献2)等が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−183302号公報
【特許文献2】特開2008−1728号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1および特許文献2の製法では、N−オキシル化合物触媒を回収するという思想はなく、これが当分野における技術常識となっていた。このようなN−オキシル化合物の回収・再利用を実施しないと、高価な触媒の有効利用がなされず、不経済である。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みなされたもので、N−オキシル化合物触媒の回収・再利用を図ることにより、経済性に優れ、しかも安定した品質の酸化多糖類を製造することができる酸化多糖類の製法の提供をその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するため、本発明の酸化多糖類の製法は、N−オキシル化合物触媒と、酸化剤とを含む水媒体中で、多糖類を酸化する酸化多糖類の製法であって、多糖類の酸化反応終了後の反応液から、N−オキシル化合物触媒を蒸留により回収する工程を含み、かつ上記蒸留が圧力0.03MPa〜常圧の蒸発缶により行われ、上記蒸留における被蒸留液の温度が70〜101℃であり、上記N−オキシル化合物触媒が2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(TEMPO)で、上記多糖類がセルロースで、上記酸化剤が次亜ハロゲン酸またはその塩で、上記酸化剤の添加量が上記多糖類1gに対して5.4〜18mmolの範囲で、上記酸化多糖類のカルボキシル基量が1.00mmol/g〜6.2mmol/gの範囲であり、N−オキシル化合物触媒を含む水性媒体からの蒸留によるN−オキシル化合物触媒の回収率が98%以上であり、かつ、上記酸化多糖類が化粧品材料、コーティング基材、機能性添加剤、医療・医薬材料、電子材料または樹脂材料に用いられるという構成をとる。
【0008】
すなわち、本発明者らは、N−オキシル化合物触媒の回収・再利用を図ることにより、経済性に優れ、しかも安定した品質の酸化多糖類を製造することができる酸化多糖類の製法を得るため、触媒の再利用について検討を行った。通常、N−オキシル化合物を触媒とする多糖類の酸化反応は、水媒体中(水または水性媒体)で実施され、酸化反応終了後は、酸化多糖類と、水媒体とに分離精製される。分離された水媒体中には、酸化剤由来の中和塩とともに、N−オキシル化合物触媒が希薄な濃度で存在している。本発明者らはこの点に着目し、N−オキシル化合物触媒を回収・再利用する目的で、酸化反応終了後、分離された上述の酸化剤由来の中和塩が共存する希薄なN−オキシル化合物触媒を含む水媒体(反応液)をそのまま、次回の酸化反応に繰り返し利用することを試みた。しかしながら、回収した触媒中には、前回の反応で発生した酸化剤由来の中和塩や、多糖類由来の低分子化合物が蓄積しているため、触媒活性が上らず、多糖類の酸化反応が充分に進行せず、得られる酸化多糖類の品質も満足できるものではないという問題点が明らかになった。すなわち、上述の触媒の回収方法では、触媒の回収と再利用を繰り返すたびに、酸化剤由来の中和塩の蓄積量が増加していくため、触媒活性の低下が避けられないという問題があった。そこで、本発明者らは、この問題点を解決するためさらに実験を重ねたところ、多糖類の酸化反応終了後の反応液(分離された水媒体中)を、そのまま利用するのではなく、反応液を蒸発缶等により蒸留することを想起した。反応液を蒸留すると、反応液から夾雑物(酸化剤由来の中和塩や、多糖類由来の低分子化合物等)を除去することができ、実質的にN−オキシル化合物触媒のみを効率的に回収することができる。そのため、触媒の回収と再利用を繰り返しても、N−オキシル化合物触媒の活性の低下が殆どなく、高価な触媒であるN−オキシル化合物を極めて高い回収率で回収することができ、反応触媒として繰り返し再利用できるため、経済的に優れるようになる。また、回収した触媒の純度が高く、回収した触媒中に夾雑物を殆ど含まないため、回収触媒の活性が高く、触媒を繰り返し回収再利用した場合においても、反応性の低下が起こらず、安定した品質の酸化多糖類を製造することができることを見いだし、本発明に到達した。
【発明の効果】
【0009】
以上のように、本発明の酸化多糖類の製法は、多糖類の酸化反応終了後の反応液を、そのまま利用するのではなく、反応液を蒸発缶等により蒸留しているため、反応液から夾雑物(酸化剤由来の中和塩や、多糖類由来の低分子化合物等)を除去して、N−オキシル化合物触媒のみを回収することができる。そのため、触媒の回収と再利用を繰り返しても、N−オキシル化合物触媒の活性の低下が殆どなく、高価な触媒であるN−オキシル化合物を極めて高い回収率で回収することができ、反応触媒として繰り返し再利用できるため、経済的に優れている。また、回収した触媒の純度がかなり高く、回収した触媒中に夾雑物を殆ど含まないため、回収触媒の活性が高く、触媒を繰り返し回収再利用した場合においても、反応性の低下が起こらず、安定した品質の酸化多糖類を製造することができる。
【0010】
また、上記蒸留が圧力0.03MPa常圧の蒸発缶により行われ、上記蒸留における被蒸留液の温度が70101℃であるため、反応液からのN−オキシル化合物触媒の回収をさらに効率的に行うことができる。
【0011】
そして、上記N−オキシル化合物触媒が、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(TEMPO)であるため、触媒活性が高く、多糖類の酸化をさらに効率的に行うことができる。
【0012】
また、上記多糖類が、セルロースであるため、安全性や環境性に優れ、石油原料由来の合成高分子に替わる素材として、様々な材料に有効利用することができる。
【0013】
そして、上記酸化剤が、次亜ハロゲン酸またはその塩であるため、多糖類の酸化をより一層効率的に行うことができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
つぎに、本発明の実施の形態について詳しく説明する。ただし、本発明は、この実施の形態に限られるものではない。
【0015】
本発明の酸化多糖類の製法は、N−オキシル化合物触媒と、酸化剤とを含む水媒体(水または水性媒体)中で、多糖類を酸化する酸化多糖類の製法である。本発明においては、多糖類の酸化反応終了後の反応液から、N−オキシル化合物触媒を蒸留により回収する工程を含むことが最大の特徴である。
【0016】
<酸化反応工程>
多糖類の酸化反応工程は、例えば、つぎのようにして行うことができる。すなわち、多糖類を水媒体(水または水性媒体)に溶解または分散させてスラリー状とし、これに触媒としてN−オキシル化合物触媒を加え、充分攪拌して分散・溶解させる。つぎに、酸化剤を加え、pH8〜11、好ましくはpH10〜11を保持するようにアルカリ水溶液を滴下しながらpH変化がなくなるまで反応を行う。
【0017】
本発明の製法の対象となる多糖類としては、入手のしやすさ、経済性の点から、セルロースが用いられる。なお、上記多糖類は、化学修飾したものであっても差し支えない。化学修飾の方法としては、例えば、メチル化、エチル化、アルキル化、ヒドロキシエチル化、ヒドロキシプロピル化、ヒドロキシアルキル化、カルボキシメチル化、硫酸化、硝酸化等があげられる。
【0018】
上記多糖類は、例えば、粉末状、顆粒状、ペレット状、シート状、繊維状等の形状のものを使用することができる。また、必要に応じて、様々な形状の多糖類に対して、粉砕、摩砕、切断、解砕等の処理を行っても差し支えない。
【0019】
また、反応溶液中の多糖類濃度は、多糖類の種類によって異なるが、通常、0.1〜10重量%(以下、単に「%」と略す)の範囲、好ましくは1〜7%の範囲である。すなわち、濃度が低すぎると経済的でなく、逆に濃度が高すぎると、反応の操作性が悪くなる傾向がみられるからである。
【0020】
つぎに、触媒として用いるN−オキシル化合物としては、経済性と触媒活性に優れる点で、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(TEMPO)が用いられる
【0021】
上記触媒であるN−オキシル化合物の添加量は、反応液中濃度で0.1〜4mmol/lの範囲が好ましく、特に好ましくは、0.2〜2mmol/lの範囲である。
【0022】
また、上記触媒とともに用いられる酸化剤としては、次亜ハロゲン酸またはその塩が用いられる。これらは単独でもしくは二種以上併せて用いられる。これらのなかでも、経済性と酸化効率に優れる点から、次亜塩素酸ナトリウム、次亜臭素酸ナトリウム等のアルカリ次亜ハロゲン酸塩が好ましい。
【0023】
上記酸化剤の添加量は、多糖類の種類によって異なるが、多糖類1gに対して、5.418mmolの範囲である。酸化剤の添加量により、酸化多糖類のカルボキシル基量を調節することができる。すなわち、酸化剤の添加量が多い程、カルボキシル基量は多くなる傾向にある。こうして得られる酸化多糖類中のカルボキシル基のモル数は、酸化多糖類1gあたり平均1.006.2mmol/gの範囲である。
【0024】
なお、上記酸化剤として次亜塩素酸ナトリウムを使用する場合は、臭化ナトリウム等の臭化アルカリ金属の共存下で反応を進めることが、反応速度の点において好ましい。上記臭化アルカリ金属の添加量は、上記N−オキシル化合物に対して約1〜40倍モル量、好ましくは約10〜20倍モル量である。
【0025】
上記pH調整のためのアルカリ水溶液としては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の1〜50%水溶液があげられる。
【0026】
多糖類を酸化する際の反応温度は、通常、0〜60℃、好ましくは5〜40℃である。なお、温度を制御せずに、室温で酸化反応を行っても差し支えない。酸化反応の終了は、反応液のpH変化がなくなることにより確認することができる。酸化反応の反応時間は、通常、5〜600分の範囲である。
【0027】
本発明においては、上記酸化工程の終了後に、酸化反応終了後の反応液から、不純物と、酸化多糖類とを分離して酸化多糖類を精製する精製工程を行うことが好ましい。
【0028】
<精製工程>
酸化反応終了後の反応液中には、不純物として、塩類、残存酸化剤、触媒であるN−オキシル化合物等が含まれるため、これら不純物と、酸化多糖類とを分離して酸化多糖類を精製することが好ましい。上記精製方法としては、例えば、ろ過、洗浄、透析等の方法が用いられる。
【0029】
例えば、酸化多糖類が水不溶性である場合には、反応終了液をろ過や、遠心分離により固液分離し、酸化多糖類を固形分として回収する。さらに固形分をリスラリーと固液分離を繰り返して、目的の精製度合いとなるまで精製することができる。この精製は、連続式で行っても差し支えない。通常、水または水性媒体が精製溶媒として用いられ、経済性を考慮すれば水が好ましい。なお、膜を用いて透析しても差し支えない。
【0030】
一方、酸化多糖類が水溶性である場合には、酸化反応終了液を膜で透析してもよく、含水溶剤で酸化多糖類を沈澱させ、さらに含水溶剤で洗浄を行って精製しても差し支えない。また、2価以上の金属イオンまたは酸を酸化反応終了液に添加して、酸化多糖類を水不溶化し、含水溶剤や水で洗浄を行い精製してもよく、吸着剤やイオン交換樹脂、サイズ排除カラムクロマトグラフィー等により精製しても差し支えない。
【0031】
つぎに、多糖類の酸化反応終了後の反応液から、N−オキシル化合物触媒を蒸留により回収する触媒回収工程について説明する。本発明においては、この触媒回収工程が最大の特徴である。
【0032】
<触媒回収工程>
酸化反応終了液をそのまま、あるいは、上記精製工程後のN−オキシル化合物触媒を含む水性媒体を、蒸留することにより、留出液として高純度のN−オキシル化合物触媒を回収することができる。
【0033】
本発明の製法における、N−オキシル化合物触媒を含む水性媒体からの蒸留によるN−オキシル化合物触媒の回収率は、98%以上である。
【0034】
被蒸留液(反応液)中に酸化反応工程で使用した酸化剤が残存している場合には、蒸留する前に、被蒸留液にチオ硫酸ナトリウム等の還元剤を添加して、残存酸化剤を還元しても差し支えない。なお、事前にpHの調整を行っても差し支えない。
【0035】
蒸留方法としては、回分式または連続式のいずれの方法でも蒸留を行うことができる。加熱方法は、リボイラー式、ジャケット式等があげられ、水蒸気蒸留や平衡フラッシュ蒸留等も利用できる。また、単蒸留、多段蒸留のいずれでも差し支えない。本発明においては、回分式の蒸留により、実用上問題のない純度でN−オキシル化合物触媒の回収が可能であるが、より効率をあげるため、多段蒸留や、蒸留塔を利用することが好ましい。
【0036】
蒸留圧力は蒸発缶で被蒸留液の沸騰が起こるように、圧力と温度を設定する。常圧または減圧での蒸留が好ましい。
【0037】
蒸発缶での被蒸留液の温度(蒸発缶内温度)は、70101℃の範囲である。すなわち、被蒸留液の温度が低すぎると、沸騰が困難であり、逆に高すぎると、エネルギー効率が悪化する傾向がみられるからである。
【0038】
また、上記蒸発缶の圧力は、0.03MPa常圧の範囲であり、好ましくは0.03MPa〜0.1MPaの範囲である。なわち、蒸発缶の圧力が低すぎると、真空設備が経済的でなく、逆に高すぎると、加圧設備が経済的でない傾向がみられるからである。
【0039】
留出液の温度は、操作圧力下で凝縮が起こる温度以下に設定すればよい。その際、N−オキシル化合物が留出液中で析出することを防止する目的で、留出液の温度はN−オキシル化合物の融点以上とすることが好ましい。例えば、N−オキシル化合物がTEMPOの場合、大気圧下で蒸留を行う場合には、留出液の温度は30〜90℃が好ましく、特に好ましくは40〜80℃である。
【0040】
蒸留の終点は、蒸発残中のN−オキシル化合物濃度が被蒸留供給液のN−オキシル化合物濃度の10〜0.1%以下となった時点、好ましくは1〜0.1%以下となった時点を目安とすることができる。単蒸留の場合、被蒸留供給液重量の5〜20%が蒸発した時点を目安とすることができる。
【0041】
本発明の酸化多糖類の製法により得られた酸化多糖類は、例えば、つぎのようにして利用することができる。
【0042】
得られた酸化多糖類が水溶性の場合は、精製が終了した酸化多糖類を、湿ケーキ、水溶液、乾燥粉末等として利用することができる。一方、得られた酸化多糖類が水不溶性の場合は、精製が終了した酸化多糖類を、湿ケーキ、水分散体、乾燥粉末等として利用することができる。酸化多糖類を水分散体とする場合、混合・分散装置として、プロペラ型、パドル型、アンカー型等の混合機、ホモミキサー、ホモディスパー、ホモジナイザー、高圧ホモジナイザー、超高圧ホモジナイザー、超音波ホモジナイザー、振動ミル、ボールミル、遊星ボールミル、サンドミル、真空乳化装置、ペイントシェーカー等の分散機を利用することができる。そして、これら混合・分散装置の分散強度を適宜変更することにより、数ナノメートル〜数百マイクロメートルのサイズの異なる酸化多糖類の分散液を得ることができる。
【0043】
本発明の製法により得られた酸化多糖類は、化粧品材料、コーティング基材、各種機能性添加剤(ゲル化剤、乳化剤等)、医療・医薬材料、電子材料、樹脂材料の用途に用いることができる。
【実施例】
【0044】
つぎに、実施例について比較例と併せて説明する。ただし、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0045】
〔実施例1〕
<酸化反応工程(1回目)>
セルロース(針葉樹パルプ)2g(乾燥重量)に対し水150g、臭化ナトリウム0.025g、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(TEMPO)0.025gを加え充分攪拌して分散させた後、13重量%次亜塩素酸ナトリウム水溶液を、1gのパルプに対して次亜塩素酸ナトリウム量が5.4mmol/g−セルロースとなるように加え、pHを10〜11に保持するように0.5規定水酸化ナトリウム溶液を滴下しながらpH変化が見られなくなるまで室温で反応させた。反応時間は120分であった。
【0046】
<精製工程(1回目)>
反応終了液をろ過して固液分離し、粗酸化セルロース湿ケーキ12gおよびTEMPOを含む回収ろ液水140gを得た。さらに水170gで3回、ろ過と水洗を繰り返して精製し、繊維表面が酸化されたセルロース繊維の湿ケーキ12gを得た。得られたセルロース繊維のカルボキシル基量を、つぎのようにして測定した。すなわち、乾燥させたセルロース繊維0.3gを水55mlに分散させ、0.01規定の塩化ナトリウム水溶液5mlを加えて、充分に攪拌してセルロース繊維を分散させた。つぎに、0.1規定の塩酸溶液をpH2.5〜3.0になるまで加え、0.04規定の水酸化ナトリウム水溶液を毎分0.1mlの速度で滴下し、得られたpH曲線から過剰の塩酸の中和点と、セルロース繊維由来のカルボキシル基の中和点との差から、カルボキシル基量を算出した。その結果、セルロース繊維固形分あたりのカルボキシル基量は1.00mmol/gであった。
【0047】
<触媒回収工程(1回目)>
精製工程で得られたTEMPOを含む回収ろ液(重量:140g、TEMPO濃度143ppm)を蒸発缶内温度101℃、留出液温度50℃、常圧で単蒸留した。留出液重量が15gに到達した時点で蒸留を終了した。留出液として回収TEMPO水溶液15g(TEMPO濃度1320ppm)を得た。その結果、回収ろ液からのTEMPO回収率は99%であった。
【0048】
<付随工程(1回目)>
精製が終了した酸化セルロース湿ケーキに水を加え、固形分濃度0.7%とした。ホモミキサーを用い、13000rpmで20分間分散処理を行うと、透明で粘度のある酸化セルロースのナノ水分散液が得られた。これを希釈して親水化処理済みのカーボン膜被覆グリッド上にキャストして、透過型電子顕微鏡(TEM)で観察したところ、繊維幅7nmのセルロースナノファイバーが観察された。
【0049】
つぎに、上記のようにして回収された触媒を用い、1回目で用いたセルロースを対象として、同様に操作した。
【0050】
<酸化反応工程(2回目)>
触媒として、上述の触媒回収工程(1回目)で得られた回収TEMPO水溶液を用い、上述の酸化反応工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に反応させた。反応時間は1回目と同様、120分であった。その結果、蒸留回収したTEMPOの反応性は低下していないことが確認された。
【0051】
<精製工程(2回目)>
上述の精製工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に精製した。セルロース繊維固形分あたりのカルボキシル基量は1.00mmol/gで、1回目と同様であった。その結果、蒸留回収したTEMPOの反応性は低下していないことが確認された。
【0052】
<触媒回収工程(2回目)>
上述の触媒回収工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に触媒を回収し、留出液として回収TEMPO水溶液11.25g(TEMPO濃度1320ppm)を得た。回収ろ液からのTEMPO回収率は99%であった。
【0053】
<付随工程(2回目)>
上述の付随工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に操作した。その結果、セルロースナノファイバーの数平均繊維径は7nmであり、1回目と変化なかった。
【0054】
蒸留回収したTEMPOを用いて、同様の操作を行い、3回目、4回目、5回目の製造を実施したところ、反応時間、カルボキシル基量、繊維幅に変化はなく、蒸留回収したTEMPOにより、繰り返し、安定した品質の酸化セルロースを製造することができた。
【0055】
〔比較例1〕
精製工程で得られたTEMPOを含む回収ろ液(重量:140g、TEMPO濃度143ppm)をそのまま次回の反応触媒として実施例1と同じ濃度になるように用いた他は、実施例1と同様に操作した。ただし、TEMPOを含む回収ろ液には臭化ナトリウムが含まれるため、酸化反応液中での臭化ナトリウム濃度が実施例1と同じとなるように濃度調整した。その結果、2回目の製造では、反応時間が180分となり、カルボキシル基量は0.75mmol/g、繊維幅は30nmとなった。また、3回目の製造では、反応時間が250分となり、カルボキシル基量は0.50mmol/g、繊維幅は140nmとなった。さらに、4回目の製造では反応時間が400分以上となり、反応を完結させることが困難であった。すなわち、反応を繰り返す毎に、触媒の反応性が低下し、得られる酸化セルロースの品質も低下した。これは、回収したTEMPO触媒が回収ろ液そのままであるため、反応時に生成した塩化ナトリウムや、低分子化したセルロース由来物質を含み、これが反応性を低下させたためである。
【0056】
〔実施例2〕
<酸化反応工程(1回目)>
セルロース(レーヨン)4g(乾燥重量)に対し水160g、臭化ナトリウム0.5g、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(TEMPO)0.055gを加え充分攪拌して分散させた後、13重量%次亜塩素酸ナトリウム水溶液を、1gのパルプに対して次亜塩素酸ナトリウム量が18mmol/g−セルロースとなるように加え、pHを10〜11に保持するように0.5規定水酸化ナトリウム溶液を滴下しながらpH変化が見られなくなるまで室温で反応させた。反応時間は300分であった。
【0057】
<精製工程(1回目)>
反応終了液を水500gに対して透析し、粗酸化セルロース水溶液220gおよびTEMPOを含む回収液500gを得た。さらに流水中で一夜透析して精製し、酸化セルロース水溶液210gを得た。実施例1と同様の方法でカルボキシル基量を測定した結果、酸化セルロース1gあたりのカルボキシル基量は6.2mmol/gであった。いわゆるセロウロン酸ナトリウムが得られた。
【0058】
<触媒回収工程(1回目)>
精製工程で得られたTEMPOを含む回収液(重量:500g、TEMPO濃度58ppm)を蒸発缶内温度70℃、留出液温度50℃、圧力0.03MPaで単蒸留した。留出液重量が75gに到達した時点で蒸留を終了した。留出液として回収TEMPO水溶液75g(TEMPO濃度379ppm)を得た。回収ろ液からのTEMPO回収率は98%であった。
【0059】
<付随工程(1回目)>
得られた酸化セルロースはカルボキシル基量が高く、いわゆるセロウロン酸ナトリウムであり、水溶性である。精製工程で得られたセロウロン酸ナトリウム水溶液を噴霧乾燥して、セロウロン酸ナトリウム粉末3.5gを得た。
【0060】
つぎに、上記のようにして回収された触媒を用い、1回目で用いたセルロースを対象として、同様に操作した。
【0061】
<酸化反応工程(2回目)>
触媒として、上述の触媒回収工程(1回目)で得られた回収TEMPO水溶液を用い、上述の酸化反応工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に反応させた。反応時間は1回目と同様、300分であった。その結果、蒸留回収したTEMPOの反応性は低下していないことが確認された。
【0062】
<精製工程(2回目)>
上述の精製工程(1回目)に記載した場合の、3/4の場合の仕込量で1回目と同様に精製した。セルロース繊維固形分あたりのカルボキシル基量は6.2mmol/gで1回目と同様であった。その結果、蒸留回収したTEMPOの反応性は低下していないことが確認された。
【0063】
<触媒回収工程(2回目)>
上述の触媒回収工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に触媒回収した。留出液として回収TEMPO水溶液56g(TEMPO濃度379ppm)を得た。回収ろ液からのTEMPO回収率は98%であった。
【0064】
<付随工程(2回目)>
上述の付随工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に操作し、セロウロン酸ナトリウム粉末2.6gを得た。
【0065】
蒸留回収したTEMPOを用いて、同様の操作を行い、3回目、4回目、5回目の製造を実施したところ、反応時間、カルボキシル基量、収量に変化はなく、蒸留回収したTEMPOにより、繰り返し、安定した品質の酸化セルロース(セロウロン酸ナトリウム)を製造することができた。
【0066】
参考
<酸化反応工程(1回目)>
デンプン(馬鈴薯由来)4g(乾燥重量)に対し水180g、臭化ナトリウム0.4g、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(TEMPO)0.05gを加え充分攪拌して分散させた後、13重量%次亜塩素酸ナトリウム水溶液を、1gのデンプンに対して次亜塩素酸ナトリウム量が20mmol/g−セルロースとなるように加え、pHを10〜11に保持するように0.5規定水酸化ナトリウム溶液を滴下しながらpH変化が見られなくなるまで8℃で反応させた。反応時間は240分であった。
【0067】
<触媒回収工程(1回目)>
反応終了液を5%硫酸でpH6.5とした後、蒸発缶内温度70℃、留出液温度50℃、圧力0.03MPaで単蒸留した。留出液重量が20gに到達した時点で蒸留を終了した。留出液として回収TEMPO水溶液20g(TEMPO濃度2250ppm)を得た。反応終了液からのTEMPO回収率は90%であった。
【0068】
<精製工程(1回目)>
触媒回収工程で得られた蒸留残を10倍量の冷アセトンに加え酸化デンプンを沈澱させ、ろ過して粗酸化デンプンを得た。さらに冷10%含水アセトンで洗浄とろ過を3回繰り返して精製し、酸化デンプン湿ケーキを得た。実施例1と同様の方法でカルボキシル基量を測定した結果、酸化デンプン1gあたりのカルボキシル基量は5.6mmol/gであった。いわゆるポリグルクロン酸ナトリウムが得られた。
【0069】
<付随工程(1回目)>
得られた酸化デンプンはカルボキシル基量が高く、いわゆるポリグルクロン酸ナトリウムであり、水溶性である。精製工程で得られたセロウロン酸ナトリウム水溶液を真空乾燥して、ポリグルクロン酸ナトリウム3.8gを得た。
【0070】
つぎに、上記のようにして回収された触媒を用い、1回目で用いたデンプンを対象として、同様に操作した。
【0071】
<酸化反応工程(2回目)>
触媒として、上述の触媒回収工程(1回目)で得られた回収TEMPO水溶液を用い、上述の酸化反応工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に反応させた。反応時間は1回目と同様、240分であった。その結果、蒸留回収したTEMPOの反応性は低下していないことが確認された。
【0072】
<触媒回収工程(2回目)>
上述の触媒回収工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に触媒回収した。留出液として回収TEMPO水溶液15g(TEMPO濃度2250ppm)を得た。回収ろ液からのTEMPO回収率は90%であった。
【0073】
<精製工程(2回目)>
上述の精製工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に精製した。セルロース繊維固形分あたりのカルボキシル基量は5.8mmol/gで1回目と同様であった。蒸留回収したTEMPOの反応性は低下していないことが確認された。
【0074】
<付随工程(2回目)>
上述の付随工程(1回目)に記載した場合の、3/4の仕込量で1回目と同様に操作し、ポリグルクロン酸ナトリウム粉末2.9gを得た。
【0075】
蒸留回収したTEMPOを用いて、同様の操作を行い、3回目、4回目、5回目の製造を実施したところ、反応時間、カルボキシル基量、収量に変化はなく、蒸留回収したTEMPOにより、繰り返し、安定した品質の酸化デンプン(ポリグルクロン酸ナトリウム)を製造することができた。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明の製法により得られた酸化多糖類は、化粧品材料、コーティング基材、各種機能性添加剤(ゲル化剤、乳化剤等)、医療・医薬材料、電子材料、樹脂材料の用途に用いることができる。