【実施例】
【0085】
以上の<予備実験1>から<予備実験3>で得られた知見をも踏まえて、本発明の範囲内にある実施例1〜3、及び本発明の範囲外にある比較例1〜3の試験として以下に詳細に説明する。但し、これらの実施例1〜3は本発明を限定するものではなく、前・後記の本発明の趣旨に適合し得る範囲内で設計変更することはいずれも、本発明の技術的範囲内に含まれるものである。
<スタート材料からねじの頭部成形試験用の鋼線までの調製工程概要>
市販のSUS304の非磁性ステンレス鋼線又は市販のSUSXM7の非磁性ステンレス鋼線を、実施例1、2、3、比較例1、2、3のスタート材料として使用した。
【0086】
実施例1、2、3、比較例1、2、3に用いた市販のSUS304の非磁性ステンレス鋼線及び市販のSUSXM7の非磁性ステンレス鋼線は具体的には以下のものを用いた。
実施例1及び比較例1:鈴木住電ステンレス株式会社製 品名:ナンシツ ステンレスコウセン 規格:GIS G 4309 SUS 304-W1 製鋼番号:E81803
実施例2及び比較例2:鈴木住電ステンレス株式会社製 品名:ナンシツ ステンレスコウセン 規格:GIS G 4309 SUS 304-W1 製鋼番号 :E77164
実施例3及び比較例3:神鋼鋼線ステンレス株式会社製 品名:冷間圧造用ステンレス鋼線 規格:GIS G 4315 WSA (SUS XM7) 鋼番:F26269
スタート材料の化学成分組成及び引張強さは後記の表5に示す。
【0087】
上記スタート材料の鋼線(市販のステンレス鋼線)に対して、実施例1、比較例1、実施例3、比較例3においては、直線研磨加工により線径を1.35mmφまで減径した。また実施例2、比較例2においては、所定温度における温間溝ロール圧延を施すことにより結晶粒の微細化により高強度化した非磁性鋼線を調製し、これを表面研磨処理により線径を1.35mmφまで減径した。
【0088】
上記で調製された線径1.35mmφの鋼線はいずれも非磁性であることを確認した。線径を1.35mmφまで減径した理由は、JIS M1.7の十字リセス付小ねじの頭部を成形加工するための試験に供するためであり、これに適した線径は1.35mmφだからである。
【0089】
【表5】
【0090】
<M1.7ねじの頭部成形加工方法>
線径が1.35mmφであるねじの頭部成形試験用の鋼線を用い、実施例1〜3又は比較例1〜3におけるねじの頭部成形加工の工程について説明する。なお、ここにおいてねじの頭部成形加工は全て、塑性成形加工によるものであり、切削加工は一切含んでいない。
【0091】
成形したねじの頭部は、M1.7の十字リセス付小ねじの頭部であり、ねじの成形加工方法は、従来採用されている方法の内、下記の冷間圧造による方法で行なった。
(1)ヘッダー加工方法
ヘッダー加工をダブルヘッダーマシンにより、頭部の予備成形と本成形とを行なう。その成形方法を
図7を用いて説明する。
【0092】
ねじの頭部成形試験用の鋼線(1)を、線送りローラで前方に送り込み、ストッパー(2)に当たった位置で、ナイフ機構(3)で所要の長さに切断する。次に、切断された鋼線(1)をダイス(4)の側に送り込み、第1パンチ(予備据込みパンチ)(5)でダイス(4)の中に押出し、ねじの頭部に相当する位置を含めた予備成形をし、次いで第2パンチ(仕上据込みパンチ)(6)を予備成形体の位置へ移動させてその予備成形体をダイス(4)の方向に押し出すことにより、ねじの外形に成形すると共に、ねじの頭部(7)の頂面に十字形状のリセス(ドライバーでねじを締め込むための窪み部)を形成させる(本成形)。
【0093】
次いでノックアウトピン(8)で、このヘッダー成形体(9)を押し出す。本発明の明細書においてヘッダー成形体(9)とは、ねじの頭部のみが予備成形と本成形とにより加工が完了し、次のローリングによるねじ山の成形加工をしてない状態の成形体を指す、と定義する。
(2)なお、本明細書の実施例及び比較例では、ローリング加工までは行なわず、ヘッダー成形体を完成したねじ成形体とみなして各種の確性試験を行なった。その理由は、ローリングによる成形加工は、ヘッダーによる成形加工に比べるとかなり緩やかであり、例えば3次元有限要素法により両者の歪み分布を数値解析しても、ローリング加工による最大ひずみはヘッダー加工による最大ひずみと比較してかなり小さいので、ローリング加工による加工誘起マルテンサイトの生成は無視した。
【0094】
よって、ヘッダー加工における成形性試験及びヘッダー成形体についての磁性試験及び機械的性質試験を行なって、本発明の実施例で得られるヘッダー成形体の性能を評価した。
【0095】
但し、ここでは、完成ねじの製造方法例として、上記ヘッダー加工に続くローリング加工方法を下記に記述する。
(3)上記(1)項で得られたヘッダー成形体(9)の軸の材料部分(11)に、ローリング加工によりねじ部(ねじ山)を成形するために、ねじ転造盤(ローリングマシン)にヘッダー成形体(9)を送り込んで、転造ダイスに軸の材料部分(10)を押し付けながら転がすことにより、ダイスのねじ山の先端を軸の材料部分(10)にくい込ませて徐々にねじを揉み出し、形成させる。
<実施例1、比較例1>
ねじの頭部成形試験用の鋼線の調製
実施例1及び比較例1では、表5に示す化学成分組成を有する市販の線径2.0mmφのSUS304非磁性ステンレス鋼線を表面研磨により線径1.35mmφの鋼線に仕上げた。得られた鋼線の引張強さ(TS)は720MPa、絞り(RA)は81%であった。
[鋼線の磁性試験]
上記で得られた頭部成形試験用の鋼線の磁性試験を行なった。鋼線が磁石に付くか否かの試験を行なった結果、磁石には付かなかった。
【0096】
次に透磁率の測定試験を行なった。透磁率測定では磁気センサーに超伝導量子干渉素子(SQUID)を使用し、磁場を5テスラまでかけて、B−H曲線を作成し、透磁率μを求めた。
μ=1+4πχ
χ=M/H
ここでχは磁化率、Mは磁気モーメント、Hは磁界を表す。なお、透磁率測定の試験条件は以下全ての試験で同じである。
【0097】
図8に鋼線の透磁率測定のB−H曲線を示す。これにより、実施例1及び比較例1におけるねじの頭部成形試験に供する鋼線の透磁率は1.004である。この鋼線は非磁性であることがわかる。
【0098】
こうして得られた鋼線を、
図7において説明した方法によりM1.7のねじの頭部十字リセスの加工方法により、ヘッダー成形体(前記定義の通り、頭部のみであってねじ山は形成されていない)までを成形する試験(本明細書においては、「ねじの頭部成形試験」という)を行なった。
[ヘッダー加工温度]
実施例1におけるねじの頭部成形は、次のようにして行ない150〜250℃で成形した。先ず、約300℃の温風を、
図7のヘッダーマシンのダイス(4)、第1パンチ(5)及び第2パンチ(6)に当て、これらをその周辺温度も含めて150℃以上になるように加熱を行ないつつ第1パンチ(5)で予備成形を行ない、次いで第2パンチ(6)で本成形を行なった。その結果、接触式熱電対によるパンチ(5)、(6)の周辺温度は、200℃となり、ダイス(4)の周辺温度は160℃であった。なお、この方法により、被加工材の切断された鋼線(1)の温度は150〜250℃となっていることを熱電対により確認した。これに対して、比較例1におけるねじの頭部の成形は、実施例1におけると同様にして行なったが、加工温度は室温で行なった。
[ヘッダー加工の試験結果]
実施例1及び比較例1におけるねじの頭部成形試験結果は次の通りである。
(1)成形性について
ねじの頭部成形には、優れた圧造性が要求される。
図9に示すように、実施例1ではヘッダー加工において割れの発生は認められず、ねじの頭部成形性は良好であった。これは、鋼線の絞り(RA)が81%と高延性を有するので、良好な圧造性を示したものである。比較例1では、小さな割れが見いだされる場合があった。
(2)ヘッダー加工時の負荷荷重について
上記ヘッダー加工時の負荷荷重は、小さい方がヘッダーマシーンに対する負荷は軽減され、金型寿命にとっても望ましいことである。ここでは、ヘッダー加工時に、ねじ頭部の予備成形時における荷重と、本成形時における荷重を測定し、温間で加工した実施例1と室温で加工した比較例1との差異を試験した。
【0099】
実施例1及び比較例1におけるヘッダー加工による予備成形時および本成形時の荷重-変位曲線を
図10に例示する。
【0100】
図10によれば、予備成形時における圧縮量2.0mmにおける荷重は、実施例1では2140Nであり、比較例1の2530Nに対して約84.6%に軽減した。一方、本成形時における圧縮量2.0mmにおける荷重も、実施例1では4440Nであり、比較例1の7670Nに対して約57.9%に軽減した。
【0101】
以上の結果より、実施例1での温間加工時の方が、比較例1の室温加工時に比べて成形性が大きく向上すると共に、加工時の負荷が大幅に軽減されることが分かる。これらはまた、ねじ頭部の加工精度が向上し、金型寿命の向上にも寄与することを示すものである。
(3)ヘッダー成形体の磁性試験について
次に、ヘッダー成形体の磁性試験を行なった。但し、供試体は前記<M1.7ねじの頭部成形加工方法>の第(2)項で述べた理由により、ヘッダー加工によりねじの頭部の成形が完了したところまでの成形体であり、軸の材料部分(前記
図7の符号10に相当)に対するローリング加工を施す前のものである、即ちヘッダー成形体であるから、未だねじ山は成形されていないから、ねじ成形体として完成されたものではない。しかし、頭部成形は、ねじ山成形に比べ十分、強加工であり、磁性の発生の有無に関しては十分な情報が得られる。
【0102】
そして、磁性試験の対象位置は、ねじの頭部(前記
図7の符号7)を対象とした場合、及びヘッダー成形体(前記
図7の符号9)全体(ねじ山が成形されるべき軸部を含めた全体)を対象とした場合の両方である。これ以後においても全て同じである。実施した磁性試験方法は、磁石試験(磁石に付くかどうか)、及び透磁率の測定試験の2種である。
【0103】
磁石試験によれば、実施例1では、ねじの頭部及びヘッダー成形体全体のいずれもが磁石には付かない。これに対して比較例1では、ねじの頭部及びヘッダー成形体全体のいずれもが磁石に付いた。
【0104】
一方、実施例1及び比較例1の磁性状態を定量化するために、透磁率測定を行なった。これによるB−H曲線を、
図11に示す。これによれば、両者間には透磁率には大差があり、比較例1の方が大きい。
【0105】
なお、透磁率の測定試験条件は、前記[鋼線の磁性試験]で記載した条件と同じである。これ以後においても全て同じである。また、ねじ頭部の透磁率は磁界が0〜4000(Oe)の勾配から算定し、ヘッダー成形体全体の透磁率は磁界が0〜50000(Oe)の勾配から算定した。これ以後においても、算定方法はこれに準じる。
【0106】
その結果、透磁率は実施例1では、ねじの頭部が1.011であり、ヘッダー成形体全体では更に小さく1.004で両者共に完全非磁性であるのに対して、比較例1では、ねじの頭部が1.219とかなり増大しており、ヘッダー成形体全体でも1.028と増大し、明らかに磁性をおびていた。
【0107】
また、実施例1における成形供試鋼線のB−H曲線(
図5に示した曲線)と、ヘッダー成形体のB−H曲線(
図11に示した曲線)とを比較すると、実施例1では、鋼線と成形体とのB−H曲線には僅差があるのみで、成形体での透磁率増加は極僅かであることが分かる。
【0108】
以上の結果から明らかなように、100〜200℃の温間においてヘッダー加工された引張強さが700MPa級のSUS304ステンレス鋼のヘッダー成形体(実施例1)は、鋼線の非磁性がほぼ完全に維持されて、完全な非磁性が得られたが、室温においてヘッダー加工された成形体(比較例1)は、鋼線の非磁性は完全に消失して、完全に磁性をおびたことがわかる。磁性に関する上記温間加工と室温加工との違いは、室温加工では加工誘起マルテンサイトが生成したが、温間加工ではそれが生成しなかったために非磁性が確保されたものである。
【0109】
次に、ヘッダー加工終了後の成形体について、機械的性質の内、強度を評価するためにねじり試験によるねじ頭部の最小破壊トルク、及び成形体のビッカース硬さ試験を行なった。
(4)ねじ頭部の最小破壊トルク試験
ねじ頭部の最小破壊トルクを、JIS B 1058に準拠した方法(但し、ねじの軸部をつかんで固定した状態)によりねじり試験を行ない測定した。
【0110】
その結果、実施例1では0.282N・mであったのに対して、比較例1では0.306N・mであった。このように温間加工ねじは室温加工ねじの92%程度であり、室温加工ねじに比べて若干低い。そこで、実施例1の温間加工ねじの最小破壊トルク値の合否について検討すると、例えば、JIS B 1058の表2によれば、M1.6のねじで強度区分が12.9(即ち、引張強度が1200MPaで、降伏強度が引張強さの90%)の最小破壊トルクの規定値は、0.22N・mであるから、これを参照すると、実施例1の0.282N・mは実用上十分な水準を満たしていると言える。しかも、ねじ頭部の十字リセスは、このねじり強さ試験に耐えたことから、十字リセスの強度も一応、十分であるといえる。正確には次のビッカース硬さ試験により明らかになる。
(5)ビッカース硬さ試験
次に、ねじ頭部の十字リセス直下のビッカース硬さを測定した。ビッカース硬さは、ねじを中心部から垂直に切断し、研磨の後、十字リセス直下および軸中心部を測定した。実施例1の十字リセス直下部のビッカース硬さ(HV)は377であり、SAE J 417に掲載の引張強さへの近似的換算値によれば、1194MPaとなり、高強度が確保されている。
【0111】
また、ねじ軸部の芯部ビッカース硬さ(HV)は257であり、同じく引張強さへの近似的換算値は、815MPaとなる。このように、実施例1のねじは、請求項3に規定された硬さがビッカース硬さで250以上400以下をみたしており、高強度を有する。
【0112】
これに対して比較例1の十字リセス直下部のビッカース硬さ(HV)は409であり、引張強さへの近似的換算値は1326MPaとなり、実施例1よりも高強度となっている。
【0113】
このように実施例1及び比較例1共に、十字リセス直下部は高強度化されているが、十字リセスはねじり強さ試験に耐えるものであった。また、結晶粒の微細化による高硬度化のため、靭性は低下はない。
【0114】
以上のねじ成形試験は、ヘッダー加工の試験であるが、実施例の<M1.7ねじの頭部成形加工方法>の(2)において述べた理由により、M1.7十字リセス付きねじの成形試験とみなすことができる。
【0115】
従って、以上の試験結果より、ねじの頭部成形試験用鋼線として引張強さが721MPaの市販のSUS304非磁性ステンレス鋼線を、100〜200℃での温間におけるヘッダー加工により、非磁性と強度とを維持しつつ完全な非磁性で健全なM1.7十字リセス付きねじが得られることが分かる。しかも、温間で加工することによりヘッダーマシンへの荷重負荷が小さくなり、金型寿命の延びも予測されることがわかった。
<実施例2、比較例2>
実施例2及び比較例2では、表5に示す化学成分組成を有する市販の線径6.0mmφで、引張強さが585MPaのSUS304非磁性ステンレス鋼線を、450〜550℃の温間温度域において、
図5に示すように3工程で合計6パスの溝ロール圧延によりC断面形状を変形させて3.0mmφまで圧延した。その結果、オーステナイト結晶粒組織で、方位差角5度以上の粒界の密度が4.0μm/μm
2で、相当等軸粒径が0.41μmの微細組織を得た。また、フェライト体積率は、これは、加工誘起マルテンサイトを含むが、5.0%であった。測定は電子線後方散乱回折(EBSD)法を用いた。測定データは、CI値0.01以上のデータを用いた。次いで、表面研磨により1.35mmφまで減径した。こうして得られた鋼線の引張強さ(TS)は1070MPa、絞り(RA)は81%、ビッカース硬さHVは371と高強度となり、絞り(RA)も高く確保された。
【0116】
次に、この鋼線が磁石に付くか否かの試験を行なった結果、磁石には付かなかった。従って、取り敢えず非磁性であると判定した。そして、この鋼線の透磁率測定試験を行なった。
図12に鋼線の透磁率測定のB−H曲線を示す。これにより、透磁率は1.010であり、非磁性であった。
【0117】
こうして得られた鋼線を、前記の
図7において説明した方法により、前記実施例1と同じヘッダー加工方法により、M1.7のねじの頭部十字リセスを成形し、ヘッダー成形体に成形する試験を行なった。加工温度も、実施例1と同様、150〜250℃の低温度域における温間で行なった
[ヘッダー加工の試験結果]
(1)成形性について
実施例2では、ヘッダー加工において割れの発生は認められず、ねじの頭部成形性は良好であった。これに対して、比較例2では、ヘッダー加工において割れが発生した。それぞれの外観写真を、
図13に例示する。ヘッダー加工に供した鋼線は実施例2、比較例2のいずれも同じであって、絞り(RA)が81%と高延性を有するものであるが、かかる成形性の差異の発生原因は、実施例2では温間加工であり、比較例2では室温加工であることによると考えられる。
(2)ヘッダー加工時の負荷荷重
上記ヘッダー加工時の負荷荷重は、小さい方がヘッダーマシーンに対する負荷は軽減され、金型寿命にとっても望ましいことである。ここでは、ヘッダー加工時に、ねじ頭部の予備成形時における荷重を測定し、温間で加工した実施例1と室温で加工した比較例1との差異を試験した。その結果を
図14に示す。
【0118】
図14からもわかるように、予備成形時の最大荷重は、実施例2では2900Nであり、比較例2の3400Nに対して約(85.3)%に軽減した。一方、本成形時の最大荷重も、実施例2では8000N、比較例2の10000Nに対して約80.0%に軽減した。
【0119】
以上の成形時の負荷荷重試験結果より、鋼線の引張強さ(TS)が1070MPaでビッカース硬さHVが371という高強度材においても、室温加工に比べて温間加工の方が、加工時の負荷が大幅に軽減されることが分かると共に、成形性が大きく向上することが予測される。そして、温間加工による方がねじ頭部の加工精度も向上すると共に、金型寿命の向上にも寄与することを示すものである。
(3)ヘッダー成形体の磁性試験について
次に、ヘッダー成形体の磁性試験を行なった。磁性試験の対象位置は、ねじの頭部を対象とした場合、及びヘッダー成形体全体を対象とした場合である。
【0120】
磁石試験によれば、実施例2(温間加工成形体)では、ねじの頭部及びヘッダー成形体全体のいずれもが磁石には付かない。これに対して比較例2(室温加工成形体)では、ねじの頭部及びヘッダー成形体全体のいずれもが磁石に付いた。
【0121】
実施例2と比較例2における上記成形体の磁性を定量化するために行なった透磁率測定によるB−H曲線を、
図15に両者を比較して示す。これによれば、両者間には透磁率には大差があり、比較例2の方が大きい。
【0122】
なお、透磁率の測定試験条件は、前記実施例1、比較例1項の[鋼線の磁性試験]で記載した条件と同じであり、またねじ頭部の透磁率及びヘッダー成形体全体の透磁率の算定方法もそれに準じる。
【0123】
その結果、透磁率は温間での加工成形体である実施例2では、ねじの頭部が1.014であり、ヘッダー成形体全体では更に小さく1.005であり、両者共に完全非磁性であるのに対して、室温での加工成形体である比較例2では、ねじの頭部が1.148とかなり増大しており、ヘッダー成形体全体でも1.021と増大し、明らかに磁性をおびていた。
【0124】
また、
図15中の実施例2における成形体のB−H曲線を、
図12に示した成形試験用鋼線(素材)のB−H曲線と比較すると、鋼線を温間でヘッダー加工成形しても、B−H曲線は殆ど変化していないことが分かる。しかし、比較例2における成形体のB−H曲線を、同じく成形試験用鋼線(素材)のB−H曲線と比較すると、B−H曲線は大きく増大している。
【0125】
以上の結果から明らかなように、引張強さが1GPa級の微細粒の高強度非磁性SUS304ステンレス鋼線であっても、100〜200℃の温間においてヘッダー加工された成形体は、非磁性がほぼ完全に維持される。これに対して、室温においてヘッダー加工された成形体(比較例1)は、鋼線の非磁性は完全に消失して、完全に磁性をおびたことがわかる。磁性に関する上記温間加工と室温加工との違いは、微細粒高強度SUS304ステンレス鋼線においても、室温加工では加工誘起マルテンサイトが生成するが、100〜200℃の温間加工であれば、それが生成しなかったために非磁性が確保されたものである。
(4)ねじ頭部の最小破壊トルク試験
ねじ頭部の最小破壊トルクを、実施例1及び比較例1と同じように行なった。
【0126】
その結果、実施例2では0.334N・mであったのに対して、比較例2では0.364N・mであった。このように温間加工ねじは室温加工ねじの92%程度であり、室温加工ねじに比べて若干低い。そこで、実施例2の温間加工ねじの最小破壊トルク値の合否について検討すると、例えば、JIS B 1058の表2によれば、M1.6のねじで強度区分が12.9(即ち、引張強度が1200MPaで、降伏強度が引張強さの90%)の最小破壊トルクの規定値は、0.22N・mであるから、これを参照すると、実施例2の0.334N・mは実用上十分な水準を満たしていると言える。しかも、ねじ頭部の十字リセスは、このねじり強さ試験に耐えたことから、十字リセスの強度も一応、十分であるといえる。正確には次のビッカース硬さ試験により明らかになる。
(5)ビッカース硬さ試験
次に、ねじ頭部の十字リセス直下のビッカース硬さを測定した。ビッカース硬さは、ねじを中心部から垂直に切断し、研磨の後、十字リセス直下および軸中心部を測定した。
【0127】
実施例2の十字リセス直下部のビッカース硬さ(HV)は396であり、SAE J 417に掲載の引張強さへの近似的換算値によれば、1267MPaとなり、高強度が確保されている。また、ねじ軸部の芯部ビッカース硬さ(HV)は336であり、同じく引張強さへの近似的換算値は、1056MPaとなる。このように、実施例2のねじは、請求項3に規定された硬さがビッカース硬さで250以上400以下をみたしており、高強度を有する。
【0128】
これに対して比較例2の十字リセス直下部のビッカース硬さ(HV)は382であり、引張強さへの近似的換算値は1212MPaとなり、実施例2と同等水準の高強度となっている。
【0129】
このように実施例2及び比較例2共に、十字リセス直下部は高強度化されているが、十字リセスはねじり強さ試験に耐えるものであった。また、結晶粒の微細化による高硬度化のため、靭性は低下はない。
【0130】
以上の試験結果より、ねじの頭部成形試験用鋼線として引張強さが1GPa級の微細粒のSUS304非磁性ステンレス鋼線を、150〜200℃での温間におけるヘッダー加工により、非磁性と強度とを維持しつつ完全な非磁性で健全なM1.7十字リセス付きねじが得られることが分かる。しかも、温間で加工することによりヘッダーマシンへの荷重負荷が小さくなり、1GPa級の高強度鋼線における金型寿命の延びが予測され、効果的であることがわかった。
<実施例3、比較例3>
実施例3及び比較例3では、表5に示す化学成分組成を有する市販の線径2.5mmφで、引張強さが513MPaのSUSXM7非磁性ステンレス鋼線を、表面研磨により減径した。
【0131】
こうして得られた鋼線の引張強さ(TS)は537MPa、絞り(RA)は90%、ビッカース硬さHVは175であり、絞り(RA)特性が優れたものである。
【0132】
次に、この鋼線が磁石に付くか否かの試験を行なった結果、磁石には付かなかった。従って、取り敢えず非磁性であると判定した。そして、この鋼線の透磁率測定試験を行なった。
図16に鋼線の透磁率測定のB−H曲線を示す。これにより、透磁率は1.003であり、完全非磁性であった。
【0133】
こうして得られた鋼線を、前記の
図7において説明した方法により、前記実施例1及び実施例2と同じヘッダー加工方法により、M1.7のねじの頭部十字リセスを成形し、ヘッダー成形体に成形する試験を行なった。加工温度も、実施例1及び実施例2と同様、150〜250℃の低温度域における温間で行なった。
[ヘッダー加工の試験結果]
(1)成形性について
実施例3及び比較例3のいずれにおいても、ヘッダー加工において割れの発生は認められず、ねじの頭部成形性は良好であった。ヘッダー加工に供した鋼線は実施例3、比較例3のいずれも同じであって、絞り(RA)が90%と高延性を有するものであり、成形性は良好であった。
(2)ヘッダー加工時の負荷荷重
予備成形時の最大荷重は、実施例3では2380Nであり、比較例3の2480Nに対して約95.7%に軽減した。一方、本成形時の最大荷重は、最大荷重も、実施例3では4300Nであり、比較例3の8000Nに対して約53.8%に軽減した。
【0134】
以上の成形時の負荷荷重試験結果より、室温加工に比べて温間加工の方が、加工時の負荷が大幅に軽減されることが分かると共に、成形性が大きく向上することが予測される。そして、温間加工による方がねじ頭部の加工精度が向上すると共に、金型寿命の向上にも寄与することを示すものである。
(3)ヘッダー成形体の磁性試験について
次に、ヘッダー成形体の磁性試験を行なった。磁性試験の対象位置は、ねじの頭部を対象とした場合、及びヘッダー成形体全体を対象とした場合である。
【0135】
磁石試験によれば、実施例3(温間加工成形体)では、ねじの頭部及びヘッダー成形体全体のいずれについても磁石には付かなかった。しかし、比較例3(室温加工成形体)では、ねじの頭部及びヘッダー成形体全体のいずれについても僅かについた。
【0136】
次に、実施例3及び比較例3の成形体の透磁率測定によるB−H曲線を、
図17に示す。両曲線の間には大差はない。そのため透磁率は、温間での加工成形体である実施例3では、ねじの頭部が1.006であり、ヘッダー成形体全体では更に小さく1.004であり、いずれも完全非磁性であるのに対して、室温での比較例3では、ねじの頭部が1.013と僅かに磁性をおびているが、本願の請求項1の透磁率規定値(1.01以下)の範囲内にあり、ヘッダー成形体全体では1.005と完全非磁性である。
【0137】
なお、室温での加工成形体である実施例3と実施例1とについて、ねじ頭部の透磁率を比較すると、成分がSUS304系の実施例1では1.011と完全磁性であったが、成分がSUSXM7系の実施例3では1.006と一層の完全磁性が達成されていることがわかる。また、比較例3と比較例1とについて、同様にねじ頭部の透磁率を比較すると、成分がSUS304系の比較例1では1.219と完全な磁性であったが、成分がSUSXM7系の比較例3では1.013と僅かな磁性に留まっていることがわかる。これらの違いは、SUSXM7系に含有されるCuの加工誘起マルテンサイト生成抑制作用によるものである。
(4)ねじ頭部の最小破壊トルク試験
ねじ頭部の最小破壊トルクを、実施例1、2及び比較例1、2と同じように行なった。
【0138】
その結果、実施例3では0.269N・mであったのに対して、比較例3では0.245N・mであり、両者はほぼ同じであった。これらの水準は、例えば、JIS B 1058の表2のM1.6のねじで強度区分が12.9(即ち、引張強度が1200MPaで、降伏強度が引張強さの90%)の最小破壊トルクの規定値0.22N・mを参照すると、実施例3及び比較例3共に、実用上十分な水準を満たしていると言える。また、ねじ頭部の十字リセスは、このねじり強さ試験に耐えたことから、十字リセスの強度も一応、十分であるといえる。
(5)ビッカース硬さ試験
次に、ねじ頭部の十字リセス直下のビッカース硬さを測定した。ビッカース硬さは、ねじを中心部から垂直に切断し、研磨の後、十字リセス直下および軸中心部を測定した。
【0139】
実施例3の十字リセス直下部のビッカース硬さ(HV)は327であり、SAE J 417に掲載の引張強さへの近似的換算値によれば、1026MPaとなり、高強度が確保されている。また、ねじ軸部の芯部ビッカース硬さ(HV)は268であり、同じく引張強さへの近似的換算値は、849MPaとなる。このように、実施例3のねじは、請求項3に規定された硬さがビッカース硬さで250以上400以下を満たしており、高強度を有する。
【0140】
これに対して比較例3の十字リセス直下部のビッカース硬さ(HV)は326であり、引張強さへの近似的換算値は1023MPaとなり、実施例3とほぼ同じ高強度となっている。
【0141】
このように実施例3及び比較例3共に、十字リセス直下部は高強度化されているが、十字リセスはねじり強さ試験に耐えるものであった。また、結晶粒の微細化による高硬度化のため、靭性は低下はない。
【0142】
以上の試験結果より、ねじの頭部成形試験用鋼線として引張強さが537MPaの市販のSUSXM7非磁性ステンレス鋼線を、150〜250℃での温間におけるヘッダー加工により、非磁性と強度とを維持しつつ完全な非磁性で健全なM1.7十字リセス付きねじが得られることが分かる。しかも、温間で加工することによりヘッダーマシンへの荷重負荷が小さくなり、金型寿命の延びも予測されることがわかった。
(実施例3と実施例1との相違点について)
実施例3と実施例1との試験条件の主な相違点は、実施例3はSUSXM7系成分であり、実施例1はSUS304系である。両者のヘッダー加工試験結果の相違点についてみると、次のとおり特に磁性に差が現れている。
【0143】
鋼線の透磁率は、実施例1(304系の温間加工で1.004)と実施例3(XM7系の温間加工で1.003)との間に殆ど差はなかったが、ヘッダー加工後のねじ頭部の透磁率については、実施例1(304系の温間加工)では1.011であり、非磁性を確保したが、実施例3(XM7系の温間加工)では1.006と、更に高度の完全非磁性を確保している。
【0144】
なお、ヘッダー成形体の、頭部ねじりによる破壊トルク及び硬さについては、SUS304系の方が僅かに優れている。
(比較例3の注目すべき特性)
比較例3は成分としてSUSXM7系を有するものであり、鋼線段階での透磁率は1.003で完全非磁性であったが、ヘッダー加工後においても、透磁率の上昇は小さく、頭部の透磁率は1.013であった。
【0145】
一方、強度に関しては、鋼線段階で引張強さ(TS)は537Mpa、硬さHVは175であったが、ヘッダー加工による強度の上昇は大きく、ねじ頭部の硬さHVは326(引張強さ(TS)換算で849MPa)となっている。透磁率の上昇は小さいにもかかわらず、強度の上昇が大きいことが注目される。
(ねじ以外の成形品に対する適用の妥当性について)
以上、実施例及び比較例においては、ねじを成形品の代表例として記述したが、本発明における成形品の範疇であるボルト、ナット、シャフト、リベット、ピン、スタッドボルト、ファスナー類、歯車、軸類の全てに対して、本発明に係る高強度オーステナイト系ステンレス鋼並びに非磁性ステンレス鋼の成形品に対して適用され得る。その理由は、次の(1)及び(2)の通りである。
(1)発明を実施するための形態の項において記述した「5.製造方法について」は、ねじ頭部の成形試験用の鋼線が、本発明で規定している化学成分組成及びその他全ての条件を満たしているときには、それを用いて塑性加工により健全なねじを成形加工するときの最大の困難性は、ねじの頭部(
図7の符号7)の頂面に形成する十字状のリセスを圧造により成形加工する際に発生し易いねじ頭部の割れ(
図9の比較例1及び
図13の比較例2に外観例を示した)を発生させずに、上記リセスを圧造により成形加工することである。そして、ねじ頭部の上記リセスの圧造による成形加工は、圧縮加工成形法の代表であると認められている。
(2)上記「5.製造方法について」を具備して製造されたねじは、本発明の高強度オーステナイト系ステンレス鋼の内の少なくとも一つを満たすものである。当該ねじが具備する全ての特徴は、このねじ以外の成形品を製造するときにも、当該ねじの製造条件を全て満たした方法で製造する限り、このねじが具備する全ての特徴が当該ねじ以外の成形品にも具備されることは明らかである。