(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5734102
(24)【登録日】2015年4月24日
(45)【発行日】2015年6月10日
(54)【発明の名称】テーパ型の可撓性外歯車を備えた波動歯車装置
(51)【国際特許分類】
F16H 1/32 20060101AFI20150521BHJP
【FI】
F16H1/32 B
【請求項の数】2
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2011-123828(P2011-123828)
(22)【出願日】2011年6月1日
(65)【公開番号】特開2012-251588(P2012-251588A)
(43)【公開日】2012年12月20日
【審査請求日】2014年3月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】390040051
【氏名又は名称】株式会社ハーモニック・ドライブ・システムズ
(74)【代理人】
【識別番号】100090170
【弁理士】
【氏名又は名称】横沢 志郎
(72)【発明者】
【氏名】石川 昌一
【審査官】
稲葉 大紀
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2005/124189(WO,A1)
【文献】
国際公開第2010/070712(WO,A1)
【文献】
特開昭62−075153(JP,A)
【文献】
特開平05−209655(JP,A)
【文献】
国際公開第2002/079667(WO,A1)
【文献】
特開2003−176857(JP,A)
【文献】
国際公開第2005/043006(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 1/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
円環状の剛性内歯車と、この内側に同軸状に配置された可撓性外歯車と、この内側に嵌めた波動発生器とを有し、
前記可撓性外歯車は、可撓性の円筒部と、この円筒部の後端から半径方向に延びている円盤状のダイヤフラムと、前記円筒部の前端開口の側の外周面部分に形成された外歯とを備えており、
前記円筒部の前記前端開口の側の部分は前記波動発生器によって楕円状に撓められ、その楕円状曲線の長軸方向の両端部において、前記外歯が前記剛性内歯車の内歯に噛み合っており、
楕円状に撓められた前記可撓性外歯車の前記外歯における前記楕円状曲線の長軸上の撓み量が、当該外歯の歯筋方向に沿って前記ダイヤフラムの側から前記前端開口の側に向かうに連れて漸増している波動歯車装置において、
前記可撓性外歯車および前記剛性内歯車は共にモジュールmの平歯車であり、
前記可撓性外歯車の歯数は、nを正の整数として、前記剛性内歯車の歯数より2n枚少ない歯数に設定されており、
前記外歯の歯筋方向における任意の位置の軸直角断面において、楕円状に撓められる前の当該外歯の歯底リムの厚さ方向の中央を通る円をリム中立円と呼び、楕円状に撓められた後の前記歯底リムの厚さ方向の中央を通る曲線を楕円状リム中立線と呼ぶものとすると、前記楕円状リム中立線の長軸位置における前記リム中立円に対する前記長軸方向の撓み量wは、κを撓み係数として、w=2κmnであり、
前記外歯は、その前記歯底リム厚をtとすると、前記歯筋方向の各軸直角断面において、前記歯底リム厚tと前記撓み量wの積が一定となる関係を満たす曲線によって歯底曲線が規定されるように、歯筋方向に沿って転位が施されていることを特徴とするテーパ型の可撓性外歯車を備えた波動歯車装置。
【請求項2】
請求項1において、
前記外歯の歯筋方向の歯底形状は、前記歯底リム厚tと前記撓み量wとの積が一定となる関係を満たす前記歯底曲線の代わりに、当該歯底曲線に近似の歯底直線によって規定されており、
当該歯底直線は、前記歯底曲線に対して、当該歯底曲線における前記外歯の歯幅中央に対応する点に引いた接線であることを特徴とするテーパ型の可撓性外歯車を備えた波動歯
車装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可撓性外歯車の歯底リム表面に生じる曲げ応力を低減して伝達トルクを高めることのできるようにしたテーパ型の可撓性外歯車を備えた波動歯車装置に関する。
【背景技術】
【0002】
波動歯車装置は、創始者C.W.Musser氏の発明(特許文献1)以来、今日まで同氏を始め、本発明者を含め多くの研究者によって本装置の各種の発明考案がなされている。その歯形に関する発明に限っても、各種のものがある。例えば、本発明者は、特許文献2において基本歯形をインボリュート歯形とすることを提案し、特許文献3、4において、剛性内歯車と可撓性外歯車の歯の噛み合いをラックで近似する手法を用いて広域接触を行う両歯車の歯末歯形を導く歯形設計法を提案している。
【0003】
一般に、波動歯車装置は、円環状の剛性内歯車と、この内側に同軸状に配置された可撓性外歯車と、この内側に嵌めた波動発生器とを有している。可撓性外歯車は、可撓性の円筒部と、この円筒部の後端から半径方向に延びている円盤状のダイヤフラムと、円筒部の前端開口側の外周面部分に形成した外歯とを備えている。可撓性外歯車の円筒部の前端開口側の部分は波動発生器によって楕円状に撓められ、その楕円状曲線の長軸方向の両端部において外歯が剛性内歯車の内歯に噛み合っている。
【0004】
楕円状に撓められた可撓性外歯車の外歯は、その歯筋方向に沿って、ダイヤフラムの側から前端開口に向けて撓み量が増加している。また、波動発生器の回転に伴って、可撓性外歯車の歯部の各部分は半径方向への撓みを繰り返す。本発明者は、このような波動発生器による可撓性外歯車の撓み動作(コーニング)を考慮した歯形の設定法を特許文献5において提案している。
【0005】
当該特許文献5において提案している波動歯車装置では、その可撓性外歯車の歯筋方向の任意の軸直角断面位置を主断面と定め、主断面において連続噛み合い可能な可撓性外歯車と剛性内歯車の歯形を形成している。また、可撓性外歯車の外歯の撓み量がダイヤフラム側の後端から前端開口に向けてダイヤフラムからの距離に比例すると仮定し、撓み量に応じて主断面以外の外歯の部分に転位を施して、両歯車の歯形の干渉を回避している。
【0006】
なお、特許文献6において、本発明者は、波動歯車装置の可撓性外歯車における歯筋方向の所定の位置に定めた軸直角断面(主断面)以外の部位において、可撓性外歯車の撓みに起因して両歯車の歯形が干渉してしまうことを回避するために、可撓性外歯車の外歯として円錐歯形を用いることを提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】米国特許第2906143号公報
【特許文献2】特公昭45−41171号公報
【特許文献3】特開昭63−115943号公報
【特許文献4】特開昭64−79448号公報
【特許文献5】WO2010/070712号のパンフレット
【特許文献6】WO2005/124189号のパンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ここで、現在、波動歯車装置の負荷トルク性能の向上を望む市場の強い要求がある。これを達成するには、特に可撓性外歯車の強度の向上が必要である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、本発明の波動歯車装置においては、その可撓性外歯車の撓みに起因して外歯の歯底リム表面に発生する曲げ応力を平均化して、その低減を図る手段を講じている。その際に、可撓性外歯車のコーニングを考慮した歯の転位を利用している。
【0010】
すなわち、本発明の波動歯車装置は、剛性内歯車と、その内側のカップ状あるいはシルクハット状の可撓性外歯車と、この可撓性外歯車を楕円状に撓めることで当該可撓性外歯車を部分的に剛性内歯車に噛み合わせる波動発生器とを有している。波動発生器が回転すると両歯車の噛み合い位置が周方向に移動して、両歯車の間
に、両歯車の歯数差に応じた相対回転が発生する。波動発生器によって楕円状に撓められた可撓性外歯車の歯筋方向の各軸直角断面においては、その楕円状曲線における長軸上の位置において、当該可撓性外歯車のダイヤフラム側の後端から当該可撓性外歯車の前端開口に向かうに連れて、ダイヤフラムからの距離にほぼ比例した撓みが発生する。可撓性外歯車の歯筋方向における各軸直角断面の楕円状リム中立線において、その長軸の半径方向の撓み量をw=κmn(mは両歯車の歯のモジュール、nは剛性内歯車と可撓性外歯車の歯数差の1/2、κは撓み係数)、当該軸直角断面のリム厚をtとした場合に、可撓性外歯車の外歯における歯筋方向の各軸直角断面において、tとwの積twが一定となるように設定してある。また、この関係を満たすように、可撓性外歯車の外歯に対して、その歯筋方向に転位を施すようにしている。このようにして得られた外歯における歯筋方向の歯底形状は、上記関係を満た
す歯底曲線によって規定される。
【0011】
ここで、歯形加工の観点などから
、外歯の歯筋方向の歯底形状を、歯底リム厚tと撓み量wとの積が一定となる関係を満たす前記外歯の理論上の歯底曲線に近似の歯底直線によって規定することが望ましい。当該近似の歯底直線は、理論上の歯底曲線に対して、当該理論上の歯底曲線における外歯の歯幅中央の位置に対応する点に引いた接線である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、波動歯車装置の可撓性外歯車の歯筋方向における各軸直角断面において、その楕円状リム中立線の長軸方向の撓みによって歯底リム表面に生じる曲げ応力を平均化でき、その最大値を低減できる。よって、可撓性外歯車を介してより大きなトルクを伝達可能な波動歯車装置を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図2】可撓性外歯車の撓み状況を示すための説明図であり、(a)は変形前の可撓性外歯車の縦断面の状態を示し、(b)は楕円状に変形した可撓性外歯車の長軸を含む位置における縦断面の状態を示し、(c)は楕円状に変形した可撓性外歯車の短軸を含む位置における縦断面の状態を示す。
【
図3】本発明を適用した波動歯車装置の両歯車の歯の形状を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(波動歯車装置の構成)
図1および
図2を参照して、本発明の対象である波動歯車装置の構成、および、その可撓性外歯車の撓み動作(コーニング)を説明する。なお、
図2(a)〜(c)の実線はカップ状の可撓性外歯車を示し、破線はシルクハット状の可撓性外歯車を示す。
【0015】
波動歯車装置1は、円環状の剛性内歯車2と、その内側に配置された可撓性外歯車3と、この内側にはめ込まれた楕円状輪郭の波動発生器4とを有している。剛性内歯車2と可撓性外歯車3は共にモジュールmの平歯車である。また、両歯車の歯数差は2n(nは正の整数)であり、剛性内歯車2の方が多い。可撓性外歯車3は、楕円状輪郭の波動発生器4によって楕円状に撓められ、楕円状の長軸L1方向の両端部分において剛性内歯車2に噛み合っている。波動発生器4を回転すると、両歯車2、3の噛み合い位置が周方向に移動し、両歯車の歯数差に応じた相対回転が両歯車2、3の間に発生する。可撓性外歯車3は、可撓性の円筒部31と、その後端31bに連続して半径方向に広がる円盤状のダイヤフラム32と、ダイヤフラム32に連続しているボス33と、円筒部31の前端開口31aの側の外周面部分に形成した外歯34とを備えている。
【0016】
楕円状輪郭の波動発生器4は、可撓性外歯車3の円筒部31における前端開口31aの側の外歯形成部分の内側に嵌め込まれている。波動発生器4によって楕円状に撓められている円筒部31は、そのダイヤフラム側の後端31bから前端開口31aに向けて、半径方向の外側あるいは内側への撓み量が漸増している。
図2(b)に示すように、円筒部31における楕円状曲線の長軸L1(
図1参照)を含む断面位置では外側への撓み量が後端31bから前端開口31aへの距離に略比例して漸増し、
図2(c)に示すように、楕円状曲線の短軸L2(
図1参照)を含む断面位置では内側への撓み量が、前端開口31aから後端31bへの距離に略比例して漸増している。
【0017】
したがって、円筒部31の前端開口31a側の外周面部分に形成されている外歯34も、その歯筋方向における各軸直角断面において撓み量が変化している。すなわち、外歯34の歯筋方向におけるダイヤフラム側の後端34bから前端開口31a側の前端34aに向けて、楕円状曲線の長軸L1を含む断面内で、後端31bからの距離に略比例して撓み量が漸増している。
【0018】
ここで、外歯34の歯筋方向における任意の位置の軸直角断面において、楕円状に撓められる前の当該外歯34の歯底リムの厚さ方向の中央を通る円がリム中立円である。これに対して、楕円状に撓められた後の歯底リムの厚さ方向の中央を通る曲線を楕円状リム中立線と呼ぶものとする。楕円状リム中立線の長軸位置におけるリム中立円に対する長軸方向の撓み量は、κを撓み係数として、2κmnである。
【0019】
すなわち、可撓性外歯車3の外歯34の歯数をZ
F、剛性内歯車2の内歯24の歯数をZ
C、波動歯車装置1の減速比をR(=Z
F/(Z
C−Z
F)=Z
F/2n)とし、可撓性外歯車3のピッチ円直径mZ
Fを減速比Rで除した値(mZ
F/R=2mn)を長軸方向の正規の撓み量w
Oとする。波動歯車装置1は、一般に、その可撓性外歯車3の歯筋方向における波動発生器4のウエーブベアリングのボール中心の位置において、正規の撓み量(=2mn)で撓むように設計される。撓み係数κは、可撓性外歯車3の歯筋方向の各軸直角断面における撓み量wを正規の撓み量で除した値を表す。したがって、外歯34において、正規の撓み量が得られる位置の撓み係数はκ=1であり、これよりも少ない撓み量wの断面位置の撓み係数はκ<1となり、これよりも多い撓み量wの断面位置の撓み係数はκ>1となる。
【0020】
(外歯の形状)
本発明では、可撓性外歯車3の歯底リム表面に発生する曲げ応力を低減することを課題として、その歯筋方向の撓み量の変化に着目して曲げ応力の均一化を図っている。そのために、可撓性外歯車3の外歯34の歯筋方向の各位置に応じて、外歯34に施す転位の大きさを以下のように設定している。すなわち、外歯34の前端34aからダイヤフラム側の後端34bに掛けての歯筋方向の各軸直角断面において、各軸直角断面での撓み係数κに応じて、各軸直角断面での歯底リム厚tが
t×κmn=const
を満たす曲線(理論曲線)によって歯底曲線が規定されるように
、外歯に転位を施すようにしている。これは、材料力学における
、円環を楕円状曲線に変形する際に、撓み係数に応じて曲率が変化するので、長軸上の曲げ応力がリム厚tと撓み係数κの積に比例する、という事項に基づいたものである。
【0021】
また、本発明の好適な実施の形態では、外歯34の各軸直角断面での歯底リム厚tがt×κmn=constを満たす曲線(理論曲線)における外歯の歯幅中央で引いた接線を、外歯34の歯筋方向の歯底形状を規定する歯底直線として採用している。
【0022】
図3を参照して更に詳しく説明すると、可撓性外歯車3の外歯34は、その前端34aから後端34bに掛けての歯筋方向の各軸直角断面では、各軸直角断面での撓み係数κに応じて、各軸直角断面での歯底リム厚tがt×κmn=constを満たすように転位が施された転位歯形である。
【0023】
可撓性外歯車3の外歯34における歯底リムの含軸断面形状は、その内側の輪郭形状が直線Lによって規定され、その外側の歯底形状は、t×κmn=constを満たす理論曲線からなる歯底曲線Aによって規定される。この歯底曲線Aは内側に凸の曲線であり、当該歯底曲線Aと内側の直線Lによって規定される歯底リム厚tは、ダイヤフラム側の後端34bにおいて最
大であり、前端34aにおいて最
小であり、これらの間においてはダイヤフラ
ムからの距離に応じて漸
減している。
【0024】
次に、このようにして得られる歯底曲線Aにおいて、外歯34の歯幅中央に引いた接線を外歯34の歯底直線として採用する。図の例では、歯幅中央34cが波動発生器4のウエーブベアリング4aのボール中心に一致している。理論曲線からなる歯底曲線Aによって規定されている転位歯形の歯底形状を、歯底直線Bとなるように修正を施す。これによって得られた修正後の転位歯形はテーパ型のものであり、これを外歯34の歯形として採用する。
【0025】
以上説明したように、本発明では、可撓性外歯車における薄肉の円環状の外歯の楕円状の変形によって生じる長軸上の曲げ応力が、材料力学による公式から、その厚みと楕円状の変形による撓み量の積に比例することを用いて、当該曲げ応力の平均化を図っている。したがって、外歯に発生する曲げ応力が低下し、これによって可撓性外歯車の強度向上が達成される。
【符号の説明】
【0026】
1 波動歯車装置
2 剛性内歯車
3 可撓性外歯車
31 円筒部
31a 前端開口
31b 後端
32 ダイヤフラム
33 ボス
34 外歯
34a 前端
34b 後端
L1 長軸
L2 短軸
L 直線
A 歯底曲線
B 歯底直線