【実施例】
【0037】
本発明をより詳細に説明するために、その実施例を添付の
図1に従って説明する。
【0038】
図1において、符号1は、仏像で例示される宗教用有体物である。この宗教用有体物1は、木製の基体2と、この基体2の外面に接着剤3により接着された金箔4とを備えている。上記接着剤3は、古くから、漆が多用されているが、コーパルニスやカシュー(cashew)樹脂が用いられる場合もある。また、上記金箔4には、これ自体の特性として、その厚さ方向に貫通する多数のピンホールが形成されている。
【0039】
図1において、多年を経過した宗教用有体物1では、上記接着剤3の劣化などにより、基体2の外面から部分的に金箔4が剥離したり脱落したりして、宗教用有体物1の表面7のうち、一部表面7aが損傷することがある。
【0040】
そこで、宗教用有体物1の表面7を復元して、この宗教用有体物1の見栄えを向上させるため、上記宗教用有体物1の一部表面7aにつき、次のような補修方法が採用される。
【0041】
図1において、まず、上記宗教用有体物1の表面7に付着している砂、煤、繊維などの塵埃を刷毛などにより払い落とす。
【0042】
次に、アルカリ性洗剤などの洗剤を、スプレー噴霧などにより泡立てて上記宗教用有体物1の表面7に付着させ、この表面7に付着している汚れを泡洗浄する。
【0043】
上記泡洗浄を所定期間続行した後、スプレーガン10により、有機溶剤で例示される洗浄液11を噴霧して、この洗浄液11により宗教用有体物1の表面7における汚れや、残留している泡を、全体的に洗い流す。この洗い流しが終了すると、上記宗教用有体物1の表面7に残留していた洗剤や水分は共沸作用によって、溶剤である洗浄液11の蒸発と共に強制的に蒸発除去させられ、これらが宗教用有体物1の表面7に残留することは防止される。これによれば、上記宗教用有体物1の表面7の内部に水が浸入することが防止された状態で、この表面7の洗浄が終了する。
【0044】
なお、上記泡洗浄を省略し、上記洗浄液11のみによって、上記宗教用有体物1の表面7を洗浄してもよい。
【0045】
上記洗浄液11による宗教用有体物1の表面7の洗浄後の汚濁洗浄液12は、上記宗教用有体物1の表面7を自然流下した後、容器13に集められて貯留される。なお、上記汚濁洗浄液12は、その後、洗浄液11を蒸発させたり、汚濁洗浄液12を濾過したりして、濃縮させてもよい。
【0046】
上記洗浄液11である有機溶剤は、ベンジン、アルコール(エタノール)、イソプロピルアルコール、クロロホルム、ジエチルエーテル(通称:エーテル)、石油ベンジン、石油エーテル、アセトン、ベンゼン、トルエン、キシレンなどである。
【0047】
次に、上記宗教用有体物1の表面7のうち、補修すべき上記一部表面7aに液状の接着剤16を刷毛などにより塗布し、次に、この接着剤16により新金箔17を上記一部表面7aに接着して、新金箔17の外面で新表面18を形成する。上記接着剤16は、フェノール樹脂、アクリル樹脂、ウレタン樹脂、エポキシ樹脂などである。
【0048】
次に、上記宗教用有体物1の他部表面7bの色調に上記新表面18の色調が一致するよう、この新表面18に上記汚濁洗浄液12を塗布して、この汚濁洗浄液12中の汚れを上記新表面18に付着させ、その後、上記汚濁洗浄液12を乾燥させる。
【0049】
具体的には、上記新表面18に汚濁洗浄液12を塗布するに際し、まず、この汚濁洗浄液12を、メリヤス布を塊状にしたものや脱脂綿で例示される可撓性の多孔吸湿体19に湿らせる程度に微量含ませる。次に、この多孔吸湿体19を上記新表面18に対し、その垂直方向に向かうよう押接Aさせて、上記汚濁洗浄液12中の汚れを、上記洗浄液11と共に上記新表面18に付着させる。
【0050】
上記押接Aは、上記新表面18の各部に対し繰り返し均一に行なわれる。また、この新表面18への汚濁洗浄液12の塗布後におけるこの汚濁洗浄液12の乾燥は、この汚濁洗浄液12の主体が溶剤であるため、自然乾燥によって短時間で達成される。
【0051】
なお、上記新表面18への汚濁洗浄液12中の汚れの付着は、上記したように、この汚濁洗浄液12を直接上記新表面18に塗布することが好ましいが、上記汚濁洗浄液12を一旦乾燥させた後、別途の溶剤や接着剤など何らかの媒体を用いて上記新表面18に付着させてもよい。
【0052】
上記宗教用有体物1の一部表面7aの補修方法によれば、次の第1効果が生じる。
【0053】
即ち、多年を経過した宗教用有体物1では、その表面7に種々の汚れが付着(滞留)しているが、この汚れの種類は、宗教用有体物1が設置されている宗教的環境や、物理的環境によって互いに相違する。具体的には、一般客が建物内に靴を履いたまま入る観光寺のような場所では、宗教用有体物1の表面7には砂塵が付着し易い。また、堂内でローソク、線香、燈明が頻繁に灯される場所では、油煙が付着し易い。また、護摩焚きするような場所では、黒色の煤埃が付着し易い。更に、車両の通行量の多い道路に面している場所では、車両の排ガス煙が付着し易い。
【0054】
そこで、前記補修方法では、要するに、まず、宗教用有体物1の表面を、洗浄液11を用いて全体的に洗い流すよう洗浄し、次に、上記宗教用有体物1の表面7のうち、補修すべき一部表面7aに新金箔17を接着して新表面18を形成し、次に、上記新表面18に上記洗浄後の汚濁洗浄液12中の汚れを付着させるようにしている。このため、上記洗浄液11による宗教用有体物1の表面7の洗浄後に、古来の金箔4が接着されている宗教用有体物1の他部表面7bに汚れが頑固に付着して残留しているとしても、このように宗教用有体物1の他部表面7bに残留している汚れと、上記新表面18に塗布される汚濁洗浄液12中の汚れとは互いに同じ種類のものとなる。
【0055】
よって、宗教用有体物1の一部表面7aのみを補修して新表面18を形成したとしても、宗教用有体物1の他部表面7bにおける古来の金箔4と、上記新表面18を形成する新金箔17との間で視覚上の違和感が生じることが防止され、この結果、この宗教用有体物1の補修後の見栄えを、より向上させることができる。
【0056】
また、上記補修方法によれば、次の第2効果が生じる。
【0057】
即ち、多年の経過により宗教用有体物1の表面7に付着してきた汚れは、この宗教用有体物1の歴史を物語る一面がある。このため、上記汚れは、将来、高精度に分析されて、何らかを解明するための糸口になる可能性がある。
【0058】
ここで、上記したように、宗教用有体物1の他部表面7bにおける古来の金箔4と、新表面18を形成する新金箔17との間で視覚上の違和感が生じないようにする場合に、上記新表面18に対し、別途の絵具、漆、木の粉などの素材を付着させることを避け、宗教用有体物1の表面7の洗浄後の汚濁洗浄液12中の汚れを用いて上記新表面18の色調を整えたのである。
【0059】
このため、宗教用有体物1の一部表面7aのみを補修した場合でも、この宗教用有体物1の表面7の各部に付着した各汚れについて、互いに同等の歴史的価値を保持させることができる。よって、将来、上記汚れを分析するに際し、無用な混乱を防止して、有益な分析を精度よくすることができる。
【0060】
また、前記したように、洗浄液11を溶剤としている。
【0061】
このため、上記宗教用有体物1の表面7に付着している汚れが、多年の経過により樹脂化しているとしても、この汚れは上記溶剤に対し容易に溶解することから、上記宗教用有体物1の他部表面7bを、より美麗に浄化することができる。よって、この宗教用有体物1の他部表面7bの光沢を上記新金箔17による新表面18の光沢に、より近づけることができる。この結果、その後、上記したように、視覚上の違和感が生じないよう新表面18に汚濁洗浄液12中の汚れを付着させる際には、この付着のための汚れが少なくて足りる分、この付着のための作業が、より容易にできる。
【0062】
また、前記したように、新表面18に汚濁洗浄液12中の汚れを塗布するに際し、まず、汚濁洗浄液12を可撓性の多孔吸湿体19に含ませ、次に、この多孔吸湿体19を上記新表面18に押接Aさせている。
【0063】
このため、上記新表面18に対し汚濁洗浄液12中の汚れを付着させる場合に、この汚れの付着は、上記多孔吸湿体19を介することにより、上記新表面18に対し均等にすることが容易にできる。よって、上記した視覚上の違和感が生じないようにすることは、容易かつ確実にできる。
【0064】
また、前記したように、宗教用有体物1の一部表面7aに新金箔17を接着するに際し、まず、上記一部表面7aに液状の接着剤16を塗布し、次に、この接着剤16により上記新金箔17を上記一部表面7aに接着し、次に、上記新表面18に汚濁洗浄液12中の汚れを塗布するに際し、まず、汚濁洗浄液12を可撓性の多孔吸湿体19に含ませ、次に、この多孔吸湿体19を上記新表面18に押接Aさせている。
【0065】
このため、上記した新表面18への多孔吸湿体19の押接Aにより、上記新表面18を形成する新金箔17は、上記宗教用有体物1の一部表面7aに対し接着剤16により強固に接着されることとなり、この宗教用有体物1の一部表面7aに対する新金箔17の接着の耐久性が向上する。
【0066】
ここで、上記したように、新表面18に多孔吸湿体19を押接Aさせるとき、上記接着剤16の一部は、上記新金箔17がその特性として有する多くのピンホールを通して上記新表面18に浸出しがちとなる。この場合、この新表面18に浸出した接着剤16は、上記洗浄液11である溶剤に一旦溶解して、分散する。そして、その後の上記溶剤の蒸発により、上記汚濁洗浄液12中の汚れは、上記接着剤16によって上記新表面18に均等に容易に付着させられると共に、強固に付着させられる。
【0067】
よって、上記新表面18に対し汚れを付着させる際の作業性が向上すると共に、上記新表面18への汚れの付着の耐久性が向上する。
【0068】
なお、上記洗浄液11は、水であってもよく、この場合には、汚濁洗浄液12を上記新表面18に塗布したとき、上記汚濁洗浄液12の乾燥は、強制乾燥によってもよい。また、上記汚濁洗浄液12に予め接着剤を混入したり、上記新表面18に予め接着剤を塗布したりすることにより、この新表面18に対する汚れの付着を容易にさせたり、新表面18への汚れの付着の耐久性を向上させたりしてもよい。