特許第5736246号(P5736246)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5736246
(24)【登録日】2015年4月24日
(45)【発行日】2015年6月17日
(54)【発明の名称】物理的気相成長法に用いる成膜用材料
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/053 20060101AFI20150528BHJP
   C23C 14/24 20060101ALI20150528BHJP
   C23C 14/08 20060101ALI20150528BHJP
   H01J 9/02 20060101ALI20150528BHJP
【FI】
   C04B35/04 A
   C23C14/24 E
   C23C14/08 K
   H01J9/02 F
【請求項の数】11
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2011-138274(P2011-138274)
(22)【出願日】2011年6月22日
(65)【公開番号】特開2012-31051(P2012-31051A)
(43)【公開日】2012年2月16日
【審査請求日】2014年2月3日
(31)【優先権主張番号】特願2010-155839(P2010-155839)
(32)【優先日】2010年7月8日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000119988
【氏名又は名称】宇部マテリアルズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100074675
【弁理士】
【氏名又は名称】柳川 泰男
(72)【発明者】
【氏名】加藤 裕三
(72)【発明者】
【氏名】高崎 薫
(72)【発明者】
【氏名】財田 真人
(72)【発明者】
【氏名】植木 明
【審査官】 小川 武
(56)【参考文献】
【文献】 特開平09−040473(JP,A)
【文献】 特開2011−241123(JP,A)
【文献】 特開2005−330574(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/053
C23C 14/00−14/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化マグネシウムと酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属酸化物とを、マグネシウムとマグネシウム以外のアルカリ土類金属のモル比として98:2〜80:20の範囲となる割合にて含み、相対密度が95.0〜99.9%の範囲にあるアルカリ土類金属酸化物の焼結体であって、さらに価数が3価又は4価である少なくとも一つの金属元素の酸化物を、上記のアルカリ土類金属1モルに対して、該金属元素の量として0.0002〜0.1モルの範囲となる量にて含有するアルカリ土類金属酸化物の焼結体からなる物理的気相成長法に用いる成膜用材料
【請求項2】
酸化マグネシウムと酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属酸化物との含有量が、マグネシウムとマグネシウム以外のアルカリ土類金属のモル比として98:2〜90:10の範囲となる割合である請求項1に記載の成膜用材料
【請求項3】
酸化マグネシウムと酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属酸化物との含有量が、マグネシウムとマグネシウム以外のアルカリ土類金属のモル比として98:2〜92:8の範囲となる割合である請求項2に記載の成膜用材料
【請求項4】
価数が3価又は4価である金属元素の酸化物の含有量が、アルカリ土類金属1モルに対して、該金属元素の量として0.002〜0.1モルの範囲にある請求項1に記載の成膜用材料
【請求項5】
価数が3価又は4価である金属元素の酸化物の含有量が、アルカリ土類金属1モルに対して、該金属元素の量として0.005〜0.05モルの範囲にある請求項4に記載の成膜用材料
【請求項6】
価数が3価又は4価である金属元素の酸化物が、ホウ素、アルミニウム、ジルコニウム、チタン及びケイ素からなる群より選ばれる少なくとも一つの金属元素の酸化物である請求項1に記載の成膜用材料
【請求項7】
アルカリ土類金属酸化物の焼結体がペレットである請求項1に記載の成膜用材料
【請求項8】
請求項1に記載の成膜用材料を用いて物理的気相成長法により、酸化マグネシウムと酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属酸化物とを気化させ、気化した酸化マグネシウムとアルカリ土類金属酸化物とを基体の上に堆積させることからなる、基体の上に酸化マグネシウムと酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属酸化物とを含む膜を製造する方法。
【請求項9】
物理的気相成長法が、成膜用材料に電子ビームを照射する方法である請求項8に記載の方法。
【請求項10】
水性溶媒中に、マグネシウム化合物の粒子とマグネシウム化合物以外のアルカリ土類金属化合物の粒子とが、マグネシウムとマグネシウム以外のアルカリ土類金属のモル比として98:2〜80:20の範囲となる割合にて分散していて、さらに価数が3価又は4価である少なくとも一つの金属元素を含む水溶性金属化合物が、該アルカリ土類金属1モルに対して、該金属元素の量として0.0002〜0.1モルの範囲となる量にて溶解している水性分散液を用意する工程、該水性分散液を乾燥して粒状物を得る工程、該粒状物を成形して塊状物を得る工程、そして該塊状物を1400〜1700℃の温度で焼成する工程を含む請求項1に記載の成膜用材料の製造方法。
【請求項11】
水性溶媒中に、マグネシウム化合物の粒子とマグネシウム化合物以外のアルカリ土類金属化合物の粒子とが、マグネシウムとマグネシウム以外のアルカリ土類金属のモル比として98:2〜80:20の範囲となる割合にて分散していて、さらに価数が3価又は4価である少なくとも一つの金属元素を含む化合物の粒子であって、平均粒子径が該アルカリ土類金属化合物の粒子の平均粒子径に対して1/10以下である金属化合物粒子が、該アルカリ土類金属1モルに対して、該金属元素の量として0.0002〜0.1モルの範囲となる量にて分散している水性分散液を用意する工程、該水性分散液を乾燥して粒状物を得る工程、該粒状物を成形して塊状物を得る工程、そして該塊状物を1400〜1700℃の温度で焼成する工程を含む請求項1に記載の成膜用材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化マグネシウムと酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属酸化物とを含む複合アルカリ土類金属酸化物に関する。本発明の複合アルカリ土類金属酸化物は、酸化マグネシウムと酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属酸化物とを含む膜を、電子ビーム蒸着法やスパッタリング法などの物理的気相成長法(PVD)により製造する際の膜材料として有利に用いることができる。
【背景技術】
【0002】
交流型プラズマディスプレイパネル(以下、AC型PDPともいう)は、一般に、画像表示面となる前面板と、放電ガスが充填された放電空間を挟んで対向配置された背面板とからなる。前面板は、前面ガラス基板、前面ガラス基板の上に形成された一対の放電電極、放電電極を被覆する誘電体層、そして誘電体層の表面に形成された誘電体層保護膜からなる。背面板は、背面ガラス基板、背面ガラス基板の上に形成されたアドレス電極、背面ガラス基板とアドレス電極とを被覆し、かつ放電空間を区画する隔壁、そして隔壁の表面に配置された赤色発光蛍光体、緑色発光蛍光体、青色発光蛍光体の各蛍光体で形成された蛍光体層からなる。
【0003】
誘電体層保護膜は、放電空間内にて生成するプラズマによるイオン衝撃から誘電体層を保護し、またAC型PDPの放電開始時には、二次電子を放出して放電開始電圧を低減させる効果がある。このため、誘電体層保護膜は耐スパッタ性が高いこと、及び二次電子放出係数が高いことが要求される。
【0004】
このような要求を満たす誘電体層保護膜として、現在は酸化マグネシウム膜が広く利用されている。誘電体層保護膜用の酸化マグネシウム膜の成膜方法としては、電子ビーム蒸着法が広く利用されている。電子ビーム蒸着法とは、成膜用材料(蒸着材)に電子ビームを照射して、酸化マグネシウムを気化させ、気化した酸化マグネシウムを基体の上に堆積させて膜を形成する方法である。
【0005】
AC型PDPの放電開始電圧をより低減させるために、誘電体層保護膜の二次電子放出係数を高くすることは有効である。アルカリ土類金属酸化物は、酸化マグネシウム、酸化カルシウム、酸化ストロンチウム、酸化バリウムの順に二次電子放出係数が高くなることは知られており、酸化マグネシウムに酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属酸化物を添加した蒸着材を用いて電子ビーム法により製造した蒸着膜を誘電体層保護膜に用いることが検討されている。
【0006】
しかしながら、アルカリ土類金属酸化物の吸湿性は、酸化マグネシウム、酸化カルシウム、酸化ストロンチウム、酸化バリウムの順に高くなる。すなわち、酸化マグネシウムと酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属酸化物とを含む蒸着材は、酸化マグネシウムのみからなる蒸着材よりも吸湿性が高くなる。電子ビーム蒸着法により膜を製造するのに用いる蒸着材は、吸湿性が低いことが望ましい。これは、蒸着材に水分が吸着していると、電子ビーム蒸着法により膜を製造する際に、蒸着材から水分が順次脱離して蒸着装置内の真空度が不安定になり、均一な厚さの膜を製造し難くなるためである。なお、成膜用材料の吸湿性が低いことが望ましいのは、イオンの衝突によりターゲット材からはじき飛ばされた粒子を基体の上に堆積させて膜を製造するスパッタリング法でも同様である。
【0007】
特許文献1には、AC型PDPの誘電体層保護膜として有用な酸化マグネシウム膜を電子ビーム蒸着法により形成するのに有利に用いることができる酸化マグネシウム蒸着材として、酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属酸化物と金属元素の価数が3価、4価又は5価のいずれかである金属酸化物とをそれぞれ、金属元素量に換算して0.005モル%以上で、かつその合計量が金属元素量に換算して6モル以下となるように含む酸化マグネシウム蒸着材が記載されている。この特許文献1には、アルカリ土類金属酸化物と金属元素の価数が3〜5価の金属酸化物の含有量は、金属元素量に換算したモル比として2:1〜1:2の範囲にあることが好ましい旨の記載があり、実施例に記載されている酸化マグネシウム蒸着材のアルカリ土類金属酸化物と金属酸化物の含有量は金属元素量に換算したモル比として1:1である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−330574号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1に記載されている酸化マグネシウム蒸着材は、電子ビーム蒸着法により酸化マグネシウム膜を形成するのに有利な材料の一つである。しかしながら、本発明者の検討によると、蒸着材に含まれる3〜5価の金属元素の酸化物の量が多くなるに伴い、その蒸着材を用いて電子ビーム法により製造した蒸着膜は、アルカリ土類金属酸化物の添加による二次電子放出係数の向上効果が相対的に低くなる傾向があることが判明した。
【0010】
本発明の目的は、酸化マグネシウムと酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属酸化物とを含みながらも吸湿性が低く、かつ電子ビーム蒸着法やスパッタリング法などの物理的気相成長法により二次電子放出係数が高い膜を製造することができる成膜用材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記の課題を解決するための研究を重ねた結果、酸化マグネシウムと酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属酸化物の含有量比が、マグネシウムとマグネシウム以外のアルカリ土類金属のモル比で98:2〜80:20の範囲にあれば、価数が3価、4価又は5価のいずれかである金属の酸化物の添加量を、マグネシウム以外のアルカリ土類金属1モルに対する金属元素量で0.0002〜0.1モルの範囲と少量にしても相対密度が95.0〜99.9%と高く、吸湿性が実用上問題とならない程度にまでに抑えられた複合アルカリ土類金属酸化物を得ることができ、かつその複合アルカリ土類金属酸化物を用いて物理的気相成長法により製造した膜は、高い二次電子放出係数を有することを見出し、本発明に到達した。
【0012】
従って、本発明は、酸化マグネシウムと酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属酸化物とを、マグネシウムとマグネシウム以外のアルカリ土類金属のモル比として98:2〜80:20の範囲となる割合にて含み、相対密度が95.0〜99.9%の範囲にある複合アルカリ土類金属酸化物であって、さらに価数が3価、4価又は5価のいずれかである少なくとも一つの金属元素の酸化物を、上記のアルカリ土類金属1モルに対して、該金属元素の量として0.0002〜0.1モルの範囲となる量にて含有する複合アルカリ土類金属酸化物にある。複合アルカリ土類金属酸化物は通常、ペレットなどの塊状物である。
【0013】
本発明の複合アルカリ土類金属酸化物の好ましい態様は、次の通りである。
(1)酸化マグネシウムと酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属酸化物との含有量が、マグネシウムとマグネシウム以外のアルカリ土類金属のモル比として98:2〜90:10の範囲となる割合である。
(2)酸化マグネシウムと酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属酸化物との含有量が、マグネシウムとマグネシウム以外のアルカリ土類金属のモル比として98:2〜92:8の範囲となる割合である。
(3)価数が3価、4価又は5価のいずれかである金属元素の酸化物の含有量が、アルカリ土類金属1モルに対して、該金属元素の量として0.002〜0.1モルの範囲にある。
(4)価数が3価、4価又は5価のいずれかである金属元素の酸化物の含有量が、アルカリ土類金属1モルに対して、該金属元素の量として0.005〜0.05モルの範囲にある。
(5)価数が3価、4価又は5価のいずれかである金属元素の酸化物が、ホウ素、アルミニウム、ジルコニウム、チタン及びケイ素からなる群より選ばれる少なくとも一つの金属元素の酸化物である。
【0014】
本発明は、上記本発明の複合アルカリ土類金属酸化物からなる物理的気相成長法による成膜用の材料にもある。
【0015】
本発明はまた、上記本発明の複合アルカリ土類金属酸化物を用いて物理的気相成長法により、酸化マグネシウムと酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属酸化物とを気化させ、気化した酸化マグネシウムとアルカリ土類金属酸化物とを基体の上に堆積させることからなる、基体の上に酸化マグネシウムと酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属酸化物とを含む膜を製造する方法にもある。物理的気相成長法は、複合アルカリ土類金属酸化物に電子ビームを照射する方法であることが好ましい。
【0016】
本発明はまた、水性溶媒中に、マグネシウム化合物の粒子とマグネシウム化合物以外のアルカリ土類金属化合物の粒子とが、マグネシウムとマグネシウム以外のアルカリ土類金属のモル比として98:2〜80:20の範囲となる割合にて分散していて、さらに価数が3価、4価又は5価のいずれかである少なくとも一つの金属元素を含む水溶性金属化合物が、該アルカリ土類金属1モルに対して、該金属元素の量として0.0002〜0.1モルの範囲となる量にて溶解している水性分散液を用意する工程、該水性分散液を乾燥して粒状物を得る工程、該粒状物を成形して塊状物を得る工程、そして該塊状物を1400〜1700℃の温度で焼成する工程を含む上記本発明の複合アルカリ土類金属酸化物の製造方法にもある。
【0017】
本発明はさらに、水性溶媒中に、マグネシウム化合物の粒子とマグネシウム化合物以外のアルカリ土類金属化合物の粒子とが、マグネシウムとマグネシウム以外のアルカリ土類金属のモル比として98:2〜80:20の範囲となる割合にて分散していて、さらに価数が3価、4価又は5価のいずれかである少なくとも一つの金属元素を含む化合物の粒子であって、平均粒子径が該アルカリ土類金属化合物の粒子の平均粒子径に対して1/10以下である金属化合物粒子が、該アルカリ土類金属1モルに対して、該金属元素の量として0.0002〜0.1モルの範囲となる量にて分散している水性分散液を用意する工程、該水性分散液を乾燥して粒状物を得る工程、該粒状物を成形して塊状物を得る工程、そして該塊状物を1400〜1700℃の温度で焼成する工程を含む上記本発明の複合アルカリ土類金属酸化物の製造方法にもある。
【発明の効果】
【0018】
本発明の複合アルカリ土類金属酸化物は、温度30℃、相対湿度80%の環境下で7日間静置したときの質量増加率が通常は0.1質量%以下、特には0.01質量%以下と吸湿性が低く、水分が吸着しにくいため、電子ビーム蒸着法やスパッタリング法などの物理的気相成長法により膜を製造する際の成膜用材料として有利に使用することができる。また、本発明の複合アルカリ土類金属酸化物を用いて物理的気相成長法により製造した膜は、酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属酸化物を含有するため、二次電子放出係数が高く、AC型PDPの誘電体層保護膜として有利に使用することができる。
さらに、本発明の複合アルカリ土類金属酸化物の製造方法を利用することによって、酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属酸化物を含有しながらも、吸湿性が低い複合アルカリ土類金属酸化物を工業的に有利に製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の複合アルカリ土類金属酸化物は、物理的気相成長法による成膜用材料として有利に用いることができる。本発明において成膜用材料は、電子ビーム蒸着法により膜を製造する際に用いる蒸着材及びスパッタリング法により膜を製造する際に用いるターゲット材を含む。
【0020】
本発明の複合アルカリ土類金属酸化物は、酸化マグネシウムと酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属の酸化物とを、マグネシウムとアルカリ土類金属のモル比(Mg:アルカリ土類金属)で98:2〜80:20の範囲、好ましくは98:2〜86:14の範囲、より好ましくは98:2〜90:10の範囲、特に好ましくは98:2〜92:8の範囲にて含有する。酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属酸化物の例としては、酸化カルシウム、酸化ストロンチウム及び酸化バリウムを挙げることができる。これらのアルカリ土類金属酸化物は、一種を単独で用いてもよいし、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0021】
本発明の複合アルカリ土類金属酸化物は、さらに、価数が3価、4価又は5価のいずれかである金属の酸化物を、マグネシウム以外のアルカリ土類金属1モルに対して、金属元素量として0.0002〜0.1モルの範囲、好ましくは0.002〜0.1モルの範囲、より好ましくは0.004〜0.08モルの範囲、特に好ましくは0.005〜0.05モルの範囲となる量にて含有する。上記金属酸化物は、成膜用材料の製造時に焼結補助材として作用して成膜用材料の密度を高める効果がある。上記金属酸化物の例としては、ホウ素、アルミニウム、ジルコニウム、チタン及びケイ素の酸化物を挙げることができる。これらの金属酸化物は一種を単独で用いてもよいし、二種以上を組み合わせて用いてもよい。金属酸化物は、酸化マグネシウムもしくは酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属の酸化物と複合酸化物を形成していてもよい。
【0022】
本発明の複合アルカリ土類金属酸化物は、相対密度が95.0〜99.9%の範囲、好ましくは96.0〜99.9%の範囲にある。相対密度は複合アルカリ土類金属酸化物の理論密度に対する百分率である。本発明において、理論密度は、複合アルカリ土類金属酸化物の酸化マグネシウム含有率に酸化マグネシウムの理論密度を乗じて求めた酸化マグネシウム分の理論密度と、複合アルカリ土類金属酸化物の酸化マグネシウム以外のアルカリ土類金属酸化物含有率にアルカリ土類金属酸化物の理論密度を乗じて求めたアルカリ土類金属酸化物分の理論密度との合計値である。
【0023】
本発明の複合アルカリ土類金属酸化物は、例えば、マグネシウム化合物の粒子とマグネシウム化合物以外のアルカリ土類金属化合物の粒子とが分散していて、さらに価数が3価、4価又は5価のいずれかである少なくとも一つの金属元素を含む金属化合物を含む水性分散液を用意する工程、該水性分散液を乾燥して粒状物を得る工程、該粒状物を成形して塊状物を得る工程、そして該塊状物を焼成する工程を含む方法により製造することができる。
【0024】
上記マグネシウム化合物粒子、即ち酸化マグネシウム源粒子には、酸化マグネシウム粒子及び焼成により酸化マグネシウムを生成する難水溶性マグネシウム化合物の粒子を用いることができる。難水溶性マグネシウム化合物粒子の例としては、水酸化マグネシウム粒子、炭酸マグネシウム粒子及び塩基性炭酸マグネシウム粒子を挙げることができる。マグネシウム化合物粒子は、酸化マグネシウム粒子であることが好ましい。酸化マグネシウム粒子は、気相法により製造されたものであることが好ましい。気相法とは、金属マグネシウム蒸気と酸素とを気相酸化反応させて酸化マグネシウム粒子を生成させる方法である。
【0025】
上記マグネシウム化合物粒子は、BET比表面積換算粒子径が10nm〜1μmの範囲にあることが好ましい。
【0026】
本発明において、BET比表面積換算粒子径とは、BET法により測定した粒子のBET比表面積と粒子の真密度から、下記式より算出された粒子径を意味する。
BET比表面積換算粒子径=比表面積形状係数/(粒子のBET比表面積×粒子の真密度)
但し、比表面積形状係数は6である。
【0027】
上記マグネシウム化合物以外のアルカリ土類金属化合物の粒子、即ちアルカリ土類金属酸化物源粒子には、焼成によりアルカリ土類金属の酸化物を生成する難水溶性アルカリ土類金属化合物の粒子を用いることができる。難水溶性アルカリ土類金属化合物粒子の例としては、水酸化物粒子及び炭酸塩粒子を挙げることができる。
【0028】
アルカリ土類金属化合物粒子は、BET比表面積換算粒子径が10nm〜2μmの範囲にあることが好ましい。アルカリ土類金属化合物粒子は、マグネシウム化合物粒子よりもBET比表面積換算粒子径が1.1〜5.0倍の範囲、特に1.1〜2.0倍の範囲で大きいことが好ましい。
【0029】
上記価数が3価、4価又は5価のいずれかである少なくとも一つの金属元素を含む金属化合物、即ち金属酸化物源は、水溶性であってもよいし、難水溶性であってもよい。水溶性金属化合物を用いる場合には、水溶性金属化合物を水性分散液に溶解させる。水溶性金属化合物の例としては、塩化物及び硝酸塩を挙げることができる。また、金属元素がホウ素の場合にはホウ酸を挙げることができる。難水溶性金属化合物を用いる場合には、難水溶性金属化合物の粒子を水性分散液に分散させる。難水溶性金属化合物の例としては酸化物を挙げることができる。難水溶性金属化合物の粒子は、平均粒子径がアルカリ土類金属化合物粒子の平均粒子径の1/10以下、特に1/30〜1/10の範囲にあることが好ましい。平均粒子径には、BET比表面積換算粒子径を用いることができる。
【0030】
水性分散液の水性溶媒には水、及び水と水に対する親和性が高い有機溶媒との混合液を用いることができる。有機溶媒の例としては、エタノール、プロパノールなどの低級アルコール、アセトンなどのケトンを挙げることができる。水と有機溶媒との混合液は、水と有機溶媒の含有量が質量比(水:有機溶媒)で5:95〜50:50の範囲にあることが好ましい。
【0031】
水性分散液中のマグネシウム化合物粒子とアルカリ土類金属化合物粒子の合計濃度は、10〜75質量%の範囲にあることが好ましい。水性分散液中のマグネシウム化合物粒子とアルカリ土類金属化合物粒子の割合は、マグネシウムとアルカリ土類金属のモル比で98:2〜80:20の範囲にある。水性分散液中の金属化合物源の量は、アルカリ土類金属1モルに対して、金属元素量で0.0002〜0.1モルの範囲となる量である。
【0032】
水性分散液には、水溶性ポリマーを添加することが好ましい。水溶性ポリマーは、後の工程で粒状物を塊状物に成形する際にバインダーとして作用する。水溶性ポリマーの例としては、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリビニルブチラール及び水溶性アクリル系共重合物を挙げることができる。分散液中の水溶性ポリマー濃度は、マグネシウム化合物粒子とアルカリ土類金属化合物粒子の合計量100質量部に対して0.10〜10質量部の範囲にあることが好ましい。
【0033】
上記水性分散液を乾燥して粒状物を得る方法には、スプレードライヤーによる噴霧乾燥法を用いることができる。
【0034】
上記粒状物を塊状物(ペレット)に成形する方法には、プレス成形法を用いることができる。成形圧力は、一般に0.3〜3トン/cm2の範囲にある。
【0035】
塊状物の焼成温度は、通常は1400〜1700℃の範囲、好ましくは1500〜1600℃の範囲にある。焼成時間は、塊状物のサイズ(特に厚さ)や焼成温度などの要件により変わるので、一律に定めることはできないが、一般に1〜8時間である。
【0036】
本発明の複合アルカリ土類金属酸化物は、電子ビーム蒸着法により膜を製造する際の蒸着材として有利に使用することができる。すなわち、本発明の複合アルカリ土類金属酸化物を電子ビーム蒸着装置の蒸着チャンバーに配置し、蒸着チャンバーを減圧下に維持しながら、複合アルカリ土類金属酸化物に電子ビームを照射して、複合アルカリ土類金属酸化物中の酸化マグネシウムとアルカリ土類金属酸化物とを気化させ、気化した酸化マグネシウムとアルカリ土類金属酸化物とを基体の上に堆積させることによって、基体の上に酸化マグネシウムとアルカリ土類金属酸化物とを含む膜を製造することができる。膜製造時の蒸着チャンバーの内圧は、酸素分圧で5×10-2Pa以下となるように維持することが好ましい。
【実施例】
【0037】
[実施例1]
(1)酸化マグネシウム粒子と水酸化カルシウム粒子とが分散している水性分散液の調製
酸化マグネシウム粉末(気相法で製造されたもの、純度:99.9質量%、BET比表面積換算粒子径:180nm)7.03モルと、水酸化カルシウム粉末(純度:99.9質量%、BET比表面積換算粒子径:270nm)0.30モルとを、水712.51mLに分散させ、酸化マグネシウム粒子と水酸化カルシウム粒子とがマグネシウムとカルシウムのモル比で96:4(Mg:Ca)の割合で分散している水性分散液を調製した。
【0038】
(2)複合アルカリ土類金属酸化物の焼結体ペレットの製造
上記(1)で調製した水性分散液に、予め水に溶解させたホウ酸を0.0028モル加えて1時間撹拌した後、ポリビニルアルコールを7.63g、ポリエチレングリコールを1.22g加えて、さらに撹拌した。次いで、撹拌後の水性分散液を、スプレードライヤーを用いて乾燥温度200℃で噴霧乾燥した。得られた粒状物を、成形圧2トン/cm2でペレット状(直径8mm、厚さ3mm、成形体密度2.2g/cm3)に成形した。得られたペレット状成形物を1570℃の温度で5時間焼成して、複合アルカリ土類金属酸化物の焼結体ペレットを得た。得られた焼結体ペレットの相対密度及び吸湿による質量増加率を下記の方法により測定した。表1に、その結果を示す。
【0039】
[相対密度]
焼結体ペレットの密度を、ケロシンを標準物質に用いたアルキメデス法により測定し、下記式により相対密度を算出した。
相対密度=100×測定した焼結体ペレットの密度(g/cm3)/焼結体ペレットの理論密度(=3.572g/cm3
【0040】
なお、焼結体ペレットの理論密度は、酸化マグネシムと酸化カルシウムのモル比を96:4、酸化マグネシウムの理論密度を3.585g/cm3、分子量を40.3g/モル、酸化カルシウムの理論密度を3.350g/cm3、分子量を56.1g/モルとして下記式により求めた。
焼結体ペレットの理論密度=3.585×96×40.3/(96×40.3+4×56.1)+3.350×4×56.1/(96×40.3+4×56.1)
【0041】
[吸湿による質量増加率]
予め質量を測定した焼結体ペレットを、温度30℃、相対湿度80%に調整した恒温恒湿器内に7日間静置した。静置後の焼結体ペレットの質量増加量を測定し、静置前の焼結体ペレットの質量に対する質量増加率を算出した。
【0042】
[実施例2]
実施例1(2)において、水性分散液にホウ酸の代わりに、アルミニウム濃度が0.0015モル/gの硝酸アルミニウム水溶液を15.3061g加えたこと以外は、実施例1と同様にして焼結体ペレットを製造し、焼結体ペレットの相対密度及び吸湿による質量増加率を測定した。表1に、その結果を示す。
【0043】
[実施例3]
実施例1(2)において、水性分散液にホウ酸の代わりに、予め水に溶解させたオキシ硝酸ジルコニウムを0.0025モル加えたこと以外は、実施例1と同様にして焼結体ペレットを製造し、焼結体ペレットの相対密度及び吸湿による質量増加率を測定した。表1に、その結果を示す。
【0044】
[実施例4]
実施例1(2)において、水性分散液にホウ酸の代わりに、アルミニウム濃度が0.015モル/gの硝酸アルミニウム水溶液を1.148g加え、さらに予め水に溶解させたオキシ硝酸ジルコニウムを0.0016モル加えたこと以外は、実施例1と同様にして焼結体ペレットを製造し、焼結体ペレットの相対密度及び吸湿による質量増加率を測定した
。表1に、その結果を示す。
【0045】
[実施例5]
実施例1(2)において、水性分散液にホウ酸の代わりに、二酸化チタン粉末(BET比表面積換算粒子径:16nm)を水に分散させて調製した二酸化チタン粒子水性分散液をチタン量として0.0031モル加えたこと以外は、実施例1と同様にして焼結体ペレットを製造し、焼結体ペレットの相対密度及び吸湿による質量増加率を測定した。表1に、その結果を示す。
【0046】
[実施例6]
実施例1(2)において、水性分散液にホウ酸の代わりに、二酸化ケイ素粉末(BET比表面積換算粒子径:14.7nm)を水に分散させて調製した二酸化ケイ素粒子水性分散液をケイ素量として0.0027モル加えたこと以外は、実施例1と同様にして焼結体ペレットを製造し、焼結体ペレットの相対密度及び吸湿による質量増加率を測定した。表1に、その結果を示す。
【0047】
[比較例1]
実施例1(2)において、水性分散液にホウ酸の代わりに、予め水に溶解させたオキシ硝酸ジルコニウムを0.30モル加えたこと以外は、実施例1と同様にして焼結体ペレットを製造し、焼結体ペレットの相対密度及び吸湿による質量増加率を測定した。表1に、その結果を示す。
【0048】
[蒸着膜の二次電子放出量の測定]
実施例1〜6及び比較例1で製造した焼結体ペレットを蒸着材に用いて、電子ビーム蒸着法によりステンレス基板の上に蒸着膜を製造し、得られた蒸着膜にNeイオンを照射して、蒸着膜から放出された二次電子量を測定した。表1に、その結果を示す。但し、表1のデータは、比較例1で製造した焼結体ペレットを用いて製造した蒸着膜から放出された二次電子量を1とした相対値である。
蒸着膜の製造条件は、電圧:8KV、電流:40mA、蒸着チャンバーの酸素分圧:2×10-2Pa、基板温度:200℃とした。蒸着膜へのNeイオンの照射条件は、真空度:3×10-6Pa、Neイオンの加速電圧:300eV、基板温度:300℃とした。
【0049】
表1
────────────────────────────────────────
焼結体ペレットの組成と物性
──────────────────────────────
Mg:Ca 3〜5価 3〜5価の金属元 吸湿による 蒸着膜の
(モル比) の金属元 素のCa1モルに 相対密度 質量増加率 二次電子
素の種類 対する量(モル) (%) (質量%) 放出量
────────────────────────────────────────
実施例1 96:4 B 0.0093 96.77 0.01≧ 1<
実施例2 96:4 Al 0.0765 98.45 0.01≧ 1<
実施例3 96:4 Zr 0.0083 97.33 0.01≧ 1<
実施例4 96:4 Al 0.0057 98.27 0.01≧ 1<
Zr 0.0055
実施例5 96:4 Ti 0.0103 96.49 0.01≧ 1<
実施例6 96:4 Si 0.0090 97.61 0.01≧ 1<
────────────────────────────────────────
比較例1 96:4 Zr 1.0000 96.70 0.01≧ 1
────────────────────────────────────────
実施例1〜6の焼結体ペレットを用いて製造した蒸着膜の二次電子放出量は、比較例1の焼結体ペレットを用いて製造した蒸着膜の二次電子放出量を1とした場合の相対値として、実施例1では1.35、実施例2では1.30、実施例3では1.27、実施例4では1.25、実施例5では1.29、実施例6では1.13である。
【0050】
表1の結果から明らかなように、実施例1〜6の焼結体ペレットと比較例1の焼結体ペレットとは共に、温度30℃、相対湿度80%雰囲気中での吸湿による質量増加率が0.01質量%以下と吸湿性は低いが、実施例1〜6の焼結体ペレットを用いて製造した蒸着膜は、比較例1の焼結体ペレットを用いて製造した蒸着膜と比較して、二次電子放出量が多い。