特許第5736562号(P5736562)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5736562ウシ個体における子牛虚弱症候群を診断するためのマーカー及びそれを用いた検出方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5736562
(24)【登録日】2015年5月1日
(45)【発行日】2015年6月17日
(54)【発明の名称】ウシ個体における子牛虚弱症候群を診断するためのマーカー及びそれを用いた検出方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20150528BHJP
   C12Q 1/68 20060101ALI20150528BHJP
【FI】
   C12N15/00 AZNA
   C12Q1/68 A
   C12Q1/68 Z
【請求項の数】12
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2012-71836(P2012-71836)
(22)【出願日】2012年3月27日
(65)【公開番号】特開2013-255429(P2013-255429A)
(43)【公開日】2013年12月26日
【審査請求日】2013年3月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】595038556
【氏名又は名称】公益社団法人畜産技術協会
(73)【特許権者】
【識別番号】391016842
【氏名又は名称】岐阜県
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】一色国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】平野 貴
(72)【発明者】
【氏名】杉本 喜憲
(72)【発明者】
【氏名】小林 直彦
(72)【発明者】
【氏名】松橋 珠子
【審査官】 戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】 日本獣医学会学術集会講演要旨集,2011年,p.280[HL-8]
【文献】 動物遺伝育種研究,2011年,vol.39, no.2,p.131[I-06]
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
C12Q 1/68
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/
WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウシisoleucyl-tRNA synthetase(IARS)遺伝子(配列番号2)の一部または全部を有する単離されたDNAであって、
IARScDNA(配列番号1)の306番目の塩基を含み、
前記塩基がCであることを特徴とするDNA。
【請求項2】
ウシ個体において、子牛虚弱症候群に罹患していること、または、子牛虚弱症候群のキャリアであることを診断するためのマーカーであって、
ウシisoleucyl-tRNA synthetase(IARS)遺伝子の一部または全部を有する単離されたポリヌクレオチドからなり、
前記ポリヌクレオチドは、前記IARS遺伝子のcDNA(配列番号1)の306番目の塩基がCである変異を含むことを特徴とするマーカー。
【請求項3】
ウシ個体において、子牛虚弱症候群に罹患していること、または、子牛虚弱症候群のキャリアであることを診断するためのマーカーであって、
機能欠失型isoleucyl-tRNA synthetase(IARS)タンパク質、あるいは、機能欠失型IARSタンパク質をコードするmRNAであることを特徴とするマーカーであって、
前記機能欠失型IARSタンパク質が、ウシIARSタンパク質(配列番号3)の79番目のアミノ酸がLeuである変異を有することを特徴とする、マーカー
【請求項4】
ウシ個体において、子牛虚弱症候群に罹患していること、または、子牛虚弱症候群のキャリアであることを診断するためのキットであって、
isoleucyl-tRNA synthetase(IARS)遺伝子の一部または全部を有する単離されたポリヌクレオチドにおいて、前記IARS遺伝子のcDNA(配列番号1)の306番目の塩基がCである変異を含む領域を増幅するためのプライマーペアを含むことを特徴とするキット。
【請求項5】
請求項に記載のキットであって、
さらに制限酵素を含み、
前記制限酵素は、前記プライマーペアによって増幅された領域が前記遺伝子の機能欠失型変異を有するか否かに依存して、前記プライマーペアによって増幅された領域の切断様式が異なること特徴とするキット。
【請求項6】
請求項のキットであって、
前記制限酵素がHincIIであることを特徴とするキット。
【請求項7】
ウシ個体において、子牛虚弱症候群に罹患していること、または、子牛虚弱症候群のキャリアであることを診断するための診断方法であって、
isoleucyl-tRNA synthetase(IARS)遺伝子のジェノタイプを調べる工程と、
前記ウシ個体から単離されたゲノムDNAまたはmRNAにおいて、isoleucyl-tRNA synthetase(IARS)遺伝子が野生型であるか機能欠失型変異を有するかを調べる工程と、
を含む診断方法であって、
前記機能欠失型変異が、ウシIARScDNA(配列番号1)における306番目の塩基がCであることを特徴とする診断方法
【請求項8】
請求項に記載の診断方法であって、
前記ゲノムDNAに野生型IARS遺伝子が存在しない場合、または、前記mRNAに野生型IARS遺伝子から転写されたmRNAが存在しない場合、前記ウシ個体が、子牛虚弱症候群の罹患個体であると診断し、
前記ゲノムDNAに野生型IARS遺伝子と機能欠失型変異を有するIARS遺伝子が存在する場合、または、前記mRNAに野生型IARS遺伝子から転写されたmRNAと機能欠失型変異を有するIARS遺伝子から転写されたmRNAが存在する場合、前記ウシ個体が子牛虚弱症候群のキャリア個体であると診断する診断方法。
【請求項9】
ウシ個体において、子牛虚弱症候群に罹患していることを診断するための診断方法であって、
前記ウシ個体における、野生型isoleucyl-tRNA synthetase(IARS)タンパク質をコードするmRNAの発現量、あるいは、野生型IARSタンパク質の発現量を測定する工程を含むことを特徴とする診断方法。
【請求項10】
請求項に記載の診断方法であって、
前記発現量が検出できない場合に、前記ウシ個体が子牛虚弱症候群に罹患していると診断することを特徴とする診断方法。
【請求項11】
子牛虚弱症候群のキャリアであるウシ個体の同定方法であって、
子牛虚弱症候群を発症していないウシ個体から単離されたゲノムDNAまたはmRNAにおいて、isoleucyl-tRNA synthetase(IARS)遺伝子の機能欠失型変異を有するか否かを調べる工程と、
前記ゲノムDNAに野生型IARS遺伝子と機能欠失型変異を有するIARS遺伝子が存在するウシ個体、または、前記mRNAに野生型IARS遺伝子から転写されたmRNAと機能欠失型変異を有するIARS遺伝子から転写されたmRNAが存在するウシ個体を同定する工程とを含むことを特徴とする同定方法であって、
前記機能欠失型変異が、ウシIARScDNA(配列番号1)の306番目の塩基がCであることを特徴とする同定方法
【請求項12】
子牛虚弱症候群に罹患したウシ個体において、isoleucyl-tRNA synthetase(IARS)遺伝子が、前記子牛虚弱症候群の原因であるかどうかを決定する方法であって、
子牛虚弱症候群に罹患したウシ個体、または、子牛虚弱症候群のキャリアであるウシ個体において、IARS遺伝子の塩基配列の一部または全部を決定する工程と、
決定された前記塩基配列と、野生型IARS遺伝子(配列番号2)の塩基配列とを比較する工程と、
決定された前記塩基配列に機能欠失型変異が存在するか否かを決定する工程と、
を含むことを特徴とする方法であって、
前記機能欠失型変異が、ウシIARScDNA(配列番号1)の306番目の塩基がCであることを特徴とする方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウシ個体における子牛虚弱症候群を診断するためのマーカー及びそれを用いたウシ個体における子牛虚弱症候群の診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
子牛虚弱症候群とは、正常な子牛に比較してウシ個体が虚弱な症状を示す疾患の総称であり、その病態は、例えば、起立不能、自力哺乳困難、食欲不振、貧血、体温不正、虚脱、発育不良、易感染性など様々である。黒毛和種においては、出生牛に対する発症率は2〜5%とされ、出生直後に死亡したり治療が必要となったりするため、経済的な損失が大きい。子牛虚弱症候群は、例えば、先天性免疫機能不全(非特許文献1、2参照)、鉄欠乏性貧血(非特許文献2参照)、レストスピラ菌の感染(非特許文献3参照)等との関連が指摘されているものの、特定の遺伝病に起因する、あるいは近交退化の結果であるとの結論は示されていなかった。そのため、子牛の出生以前に子牛虚弱症候群の発症を予測すること、あるいは、罹患個体の発生を予防することができなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Takasu et al., J. Vet. Med. Sci. 70(11), 1173-1177, 2008
【非特許文献2】Watanabe et al., J. Vet. Med. Sci. 68(12), 1251-1255, 2006
【非特許文献3】Smyth et al., Vet. Rec. 145(19), 539-542, 1999
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、ウシ個体における子牛虚弱症候群を診断するためのマーカー及びそれを用いたウシ個体における子牛虚弱症候群の診断方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、前記目的を達成するために研究を重ねた結果、本疾患は常染色体劣性遺伝病であることを明らかにし、密接に関連するウシイソロイシルtRNA合成酵素(isoleucyl-tRNA synthetase;IARS)遺伝子(Gene ID:509885)を同定することに成功した。このIARS遺伝子の翻訳領域における1塩基置換により、79番目のアミノ酸残基のバリンがロイシンに置換され、IARSの機能が損なわれることはアミノ酸変異の影響を調べるソフトウェアであるPolyPhen-2によって予測された。また、上記のアミノ酸変異のホモ個体は子牛虚弱症候群と診断された個体に限って見出され、ランダムな正常牛群1451頭において見出されなかったことからこの変異は子牛虚弱症候群と密接に関連することが示され、本発明を完成するに至った。
【0006】
本明細書において「ウシ」はBos属の動物を指し、例えば、Bos taurus種の家畜牛、Bos javanicus種のバンテン(野生牛)、Bos indicus種のコブウシなどが含まれる。
【0007】
本明細書において、塩基の位置に関する記載は特記しない限り、DNA2重鎖のうち、センス鎖の塩基によって示す。また、塩基の位置は、例えば、isoleucyl-tRNA synthetase (IARS)cDNA(GenBankアクセッション番号:BC151484、配列番号1)の306番目というように、基準となる塩基配列中で、当該塩基配列の5’から3’側方向に数えることで特定されているが、実際のウシ個体の塩基配列中では、その塩基は、基準となる塩基配列中で特定した塩基に対応する位置にあればよく、その塩基が含まれるゲノムDNA上に塩基の欠失や挿入がある場合には、必ずしも塩基の位置を表わす数字まで一致する必要はない。
【0008】
本発明に係るDNAは、ウシisoleucyl-tRNA synthetase(IARS)遺伝子(配列番号2)の一部または全部を有する単離されたDNAであって、IARScDNA(配列番号1)の306番目の塩基を含み、前記塩基がCであることを特徴とする。
【0009】
本発明に係るマーカーは、ウシ個体において子牛虚弱症候群に罹患していること、または、子牛虚弱症候群のキャリアであることを診断するためのマーカーであって、ウシisoleucyl-tRNA synthetase(IARS)遺伝子の一部または全部を有する単離されたポリヌクレオチドからなり、前記ポリヌクレオチドは、前記IARS遺伝子の機能欠失型変異を含むことを特徴とする。ここで、本マーカーについて、前記IARS遺伝子の機能欠失型変異が、ウシIARScDNA(配列番号1)の306番目の塩基における変異であることが好ましい。
【0010】
本発明に係るマーカーは、ウシ個体において子牛虚弱症候群に罹患していること、または、子牛虚弱症候群のキャリアであることを診断するためのマーカーであって、機能欠失型isoleucyl-tRNA synthetase(IARS)タンパク質、あるいは、機能欠失型IARSタンパク質をコードするmRNAであることを特徴とする。ここで、本マーカーについて、前記機能欠失型IARSタンパク質が、ウシIARSタンパク質(配列番号3)の79番目のアミノ酸における変異を有することが好ましい。
【0011】
本発明に係るキットは、ウシ個体において子牛虚弱症候群に罹患していること、または、子牛虚弱症候群のキャリアであることを診断するためのキットであって、isoleucyl-tRNA synthetase(IARS)遺伝子の一部または全部を有する単離されたポリヌクレオチドにおいて、前記IARS遺伝子の機能欠失型変異を含む領域を増幅するためのプライマーペアを含むことを特徴とする。ここで、本キットについて、前記機能欠失型変異が、ウシIARScDNA(配列番号1)の306番目の塩基における変異であることが好ましく、さらに制限酵素を含み、前記制限酵素は、前記プライマーペアによって増幅された領域が前記遺伝子の機能欠失型変異を有するか否かに依存して、前記プライマーペアによって増幅された領域の切断様式が異なることがさらに好ましく、前記制限酵素がHincIIであることがより好ましい。
【0012】
本発明に係る、ウシ個体において子牛虚弱症候群に罹患していること、または、子牛虚弱症候群のキャリアであることを診断するための診断方法は、isoleucyl-tRNA synthetase(IARS)遺伝子のジェノタイプを調べる工程を含むことを特徴とする。ここで、本診断方法について、前記ウシ個体から単離されたゲノムDNAまたはmRNAにおいて、isoleucyl-tRNA synthetase(IARS)遺伝子が野生型であるか機能欠失型変異を有するかを調べる工程を含むことが好ましい。また、前記ゲノムDNAに野生型IARS遺伝子が存在しない場合、または、前記mRNAに野生型IARS遺伝子から転写されたmRNAが存在しない場合、前記ウシ個体が、子牛虚弱症候群の罹患個体であると診断し、前記ゲノムDNAに野生型IARS遺伝子と機能欠失型変異を有するIARS遺伝子が存在する場合、または、前記mRNAに野生型IARS遺伝子から転写されたmRNAと機能欠失型変異を有するIARS遺伝子から転写されたmRNAが存在する場合、前記ウシ個体が子牛虚弱症候群のキャリア個体であると診断することがさらに好ましい。さらに、本診断方法について、前記機能欠失型変異が、ウシIARScDNA(配列番号1)における306番目の塩基の変異であることがより好ましく、前記機能欠失型変異が、GからCへの変異であることがより好ましい。
【0013】
本発明に係る、ウシ個体において子牛虚弱症候群に罹患していることを診断するための診断方法は、前記ウシ個体における、野生型isoleucyl-tRNA synthetase(IARS)タンパク質をコードするmRNAの発現量、あるいは、野生型IARSタンパク質の発現量を測定する工程を含むことを特徴とする。ここで、本診断方法について、前記発現量が検出できない場合に、前記ウシ個体が子牛虚弱症候群に罹患していると診断することが好ましい。
【0014】
本発明に係る、子牛虚弱症候群のキャリアであるウシ個体の同定方法は、子牛虚弱症候群を発症していないウシ個体から単離されたゲノムDNAまたはmRNAにおいて、isoleucyl-tRNA synthetase(IARS)遺伝子の機能欠失型変異を有するか否かを調べる工程と、前記ゲノムDNAに野生型IARS遺伝子と機能欠失型変異を有するIARS遺伝子が存在するウシ個体、または、前記mRNAに野生型IARS遺伝子から転写されたmRNAと機能欠失型変異を有するIARS遺伝子から転写されたmRNAが存在するウシ個体を同定する工程とを含むことを特徴とする。ここで、本同定方法について、前記機能欠失型変異が、ウシIARScDNA(配列番号1)の306番目の塩基における、GからCへの変異であることが好ましい。
【0015】
本発明に係る、子牛虚弱症候群に罹患したウシ個体において、isoleucyl-tRNA synthetase(IARS)遺伝子が、前記子牛虚弱症候群の原因であるかどうかを決定する方法は、子牛虚弱症候群に罹患したウシ個体、または、子牛虚弱症候群のキャリアであるウシ個体において、IARS遺伝子の塩基配列の一部または全部を決定する工程と、決定された前記塩基配列と、野生型IARS遺伝子の塩基配列とを比較する工程と、決定された前記塩基配列に機能欠失型変異が存在するか否かを決定する工程と、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によると、ウシ個体における子牛虚弱症候群を診断するためのマーカー及びそれを用いたウシ個体における子牛虚弱症候群の診断方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の一実施形態において、ウシ、ヒト、チンパンジー、テナガザル、マウス、ラット、イヌ、ウマ、ジャイアントパンダ、ウサギ、ニワトリ、アフリカツメガエル、ゼブラフィッシュのIARSタンパク質において、ウシIARSタンパク質(配列番号3)の79番目に対応するアミノ酸の周辺領域のアミノ酸配列を比較した図である。
図2】本発明の一実施形態において、黒毛和種の大脳、小脳、胸腺、心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓、脾臓、骨格筋、舌、食道、第1胃、第2胃、第3胃、第4胃、十二指腸、回腸、直腸、盲腸、子宮、卵巣におけるIARSmRNAの発現量を示す図である。
図3】本発明の一実施形態において、子牛虚弱症候群のキャリア黒毛和種個体(レーン1、5)、子牛虚弱症候群の発症黒毛和種個体(レーン2、3)、健常黒毛和種個体(レーン4、6)のゲノムDNAを鋳型にしたPCR産物を制限酵素HincIIで消化したDNA断片のパターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、上記知見に基づき完成した本発明の実施の形態を、実施例を挙げながら詳細に説明する。
【0019】
実施の形態及び実施例に特に説明がない場合には、J. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis (Ed.), Molecular cloning, a laboratory manual (3rd edition), Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York (2001); F. M. Ausubel, R. Brent, R. E. Kingston, D. D. Moore, J.G. Seidman, J. A. Smith, K. Struhl (Ed.), Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons Ltd.; M. A. Innis, D. M. Gelfaud, J. J. Snindky & T. J. White (Ed.), PCR protocols: a guide to methods and applications, Academic Press, Inc., New York (1990); M. J. McPherson, P. Quirke & G. R. Taylor (Ed.), PCR: a practical approach, IRL Press, Oxford (1991)等の標準的なプロトコール集に記載の方法、あるいはそれを修飾したり、改変した方法を用いる。また、市販の試薬キットや測定装置を用いる場合には、特に説明が無い場合、それらに添付のプロトコールを用いる。
【0020】
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的な実施例等は、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示または説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図並びに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々に修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0021】
==マーカー==
子牛虚弱症候群は、ウシのIARS遺伝子の機能を欠失させる変異(機能欠失型変異)に起因する疾患である。ゲノムDNA上に野生型IARS遺伝子が存在しない場合、そのウシ個体は、子牛虚弱症候群に罹患する(本明細書では、罹患個体とも呼ぶ)。一方、その個体が少なくとも1つの野生型IARS遺伝子を有すれば、そのウシ個体は、子牛虚弱症候群に罹患せず、子牛虚弱症候群を発症しないから、表現型は正常である(本明細書では、正常個体とも呼ぶ)。ただし、そのウシ個体が、野生型IARS遺伝子を有する場合であっても、機能欠失型変異を有するIARS遺伝子(本明細書では、変異型IARS遺伝子とも呼ぶ)を少なくとも1つ有していれば、そのウシ個体は、子牛虚弱症候群のキャリアとなり(本明細書では、キャリア個体とも呼ぶ)、変異型IARS遺伝子を1つも有さなければ、そのウシ個体は、子牛虚弱症候群に罹患せず、キャリアにもならない(本明細書では、健常個体とも呼ぶ)。
【0022】
従って、例えば、そのウシ個体がゲノム上のIARS遺伝子座に1つずつ、2コピーのIARS遺伝子のアリルを有する場合、すなわち、通常のIARS遺伝子以外に、余分な遺伝子コピーを有さない場合に、2つのアリルが機能欠失型変異を有すれば、そのウシ個体は子牛虚弱症候群の罹患個体となり、1つのアリルだけが機能欠失型変異を有すれば、そのウシ個体は子牛虚弱症候群のキャリア個体となり、2つのアリルが野生型であれば、その個体は健常個体となる。
【0023】
本明細書において、ウシ個体が「子牛虚弱症候群に罹患している」とは、そのウシ個体が、子牛虚弱症候群を発症していてもしていなくてもよく、そのウシ個体が野生型IARS遺伝子を1つも有さないことを意味する。なお、3コピー以上のIARS遺伝子のアリルを有する場合、全てのコピーが同じ変異型IARS遺伝子であっても、または、異なる変異型IARS遺伝子が含まれていてもよい。
【0024】
また、本明細書において、ウシ個体が「子牛虚弱症候群を発症している」とは、そのウシ個体が子牛虚弱症候群に罹患していることに起因して、正常な個体では必要とされないケアや治療が必要とされる程度に虚弱症状を呈することを指し、虚弱症状の重軽により制限されない。虚弱症状の例として、起立不能、自力哺乳困難、食欲不振、貧血、体温不正、虚脱、発育不良、易感染性が挙げられる。
【0025】
子牛虚弱症候群の罹患個体では、野生型IARS遺伝子を1つも有さないので、IARS遺伝子から転写されたmRNA中に野生型IARS遺伝子から転写されたmRNAが存在しない。子牛虚弱症候群のキャリア個体では、野生型IARS遺伝子から転写されたmRNAと変異型IARS遺伝子から転写されたmRNAが存在する。そして、健常個体では、野生型IARS遺伝子から転写されたmRNAのみが存在し、変異型IARS遺伝子から転写されたmRNAは存在しない。このように、子牛虚弱症候群は、IARS遺伝子から転写されたmRNAの種類とも関連する。
【0026】
従って、IARS遺伝子の一部または全部を有する単離されたポリヌクレオチドであって、機能欠失型変異を含むポリヌクレオチドは、ウシ個体が子牛虚弱症候群の罹患個体であること、子牛虚弱症候群のキャリア個体であること、または、健常個体であることを診断するためのマーカーとして使用できる。
【0027】
また、前述のように、そのウシ個体が少なくとも1つの野生型IARS遺伝子を有していれば、子牛虚弱症候群に罹患せず、そのウシ個体が野生型IARS遺伝子のみを有していれば、子牛虚弱症候群に罹患せず、キャリアにもならない。従って、野生型IARS遺伝子を含むポリヌクレオチドは、ウシ個体が子牛虚弱症候群の罹患個体であること、子牛虚弱症候群のキャリア個体であること、または、健常個体であることを診断するためのマーカーとして使用できる。
【0028】
ここで、ポリヌクレオチドは、ゲノムDNAやcDNA等のDNAであっても、mRNA等のRNAであってもよい。
【0029】
なお、本明細書において、野生型IARS遺伝子とは、機能欠失型変異を有さないIARS遺伝子であって、個体内でその発現が失われた場合に子牛虚弱症候群を引き起こすウシIARS遺伝子を指し、機能欠失型変異以外の、塩基の置換、挿入、欠失などが生じた遺伝子であってもよい。野生型IARS遺伝子は、配列番号2のウシIARS遺伝子(Gene ID:509885)、並びに、配列番号2のウシIARS遺伝子において、機能欠失型変異以外の、塩基の置換、挿入、欠失などが生じている遺伝子である。
【0030】
本明細書において、IARS遺伝子における機能欠失型変異とは、そのウシ個体におけるIARS遺伝子の全コピーがその機能欠失型変異を有する場合に、そのウシ個体が子牛虚弱症候群に罹患する、全ての変異を指す。従って、そのウシ個体におけるIARS遺伝子の全コピーが変異を有していても子牛虚弱症候群に罹患しない場合には、その変異は機能欠失型変異には含まれないものとする。一方、IARS遺伝子の発現を事実上無くさせる変異は、機能欠失型変異に含まれる。機能欠失型変異は、遺伝子上の位置、塩基の種類によって限定されず、例えば、点突然変異、欠失突然変異、挿入突然変異等のいずれであってもよい。
【0031】
ここで、IARS遺伝子は、isoleucyl-tRNA synthetase(イソロイシルtRNA合成酵素、IARS)タンパク質をコードする遺伝子である。ウシ個体が、IARS遺伝子の機能欠失型変異に起因して子牛虚弱症候群に罹患していれば、IARSタンパク質自体が生成されずそのウシ個体に存在しなくても、あるいは、機能欠失型変異を有するIARSタンパク質(本明細書では、変異型IARSタンパク質とも呼ぶ)がそのウシ個体に存在していてもよい。
【0032】
例えば、変異型IARSタンパク質を発現している場合、IARS遺伝子における機能欠失型変異がアミノ酸置換を引き起こすものであって、翻訳により生成されるタンパク質が、このアミノ酸置換によって機能欠失型IARSタンパク質となる変異であってもよい。ウシであれば、IARS遺伝子cDNA(配列番号1)の306番目の塩基のGからCへの変異は、ウシIARSタンパク質(GenBankアクセッション番号:DAA26586、配列番号3)の79番目のアミノ酸のバリンからロイシンへの置換を引き起こす。あるいは、IARS遺伝子における機能欠失型変異がナンセンス変異であって、翻訳によって生成される変異型IARSタンパク質が短鎖化される変異であってもよい。
【0033】
ここで、ウシIARSタンパク質の79番目に対応するアミノ酸は、ヒトから魚類までの脊椎動物全般で広く保存され、このアミノ酸の周辺領域はIARSタンパク質の正常な機能に不可欠である。このアミノ酸のバリンからロイシンへの置換は、IARSタンパク質の機能を欠失させる。
【0034】
このように、子牛虚弱症候群に罹患したウシ個体、あるいは、子牛虚弱症候群のキャリアであるウシ個体において、変異型IARS遺伝子が転写されてmRNAが生成し、変異型IARSタンパク質が発現する場合には、このような変異型IARSタンパク質、及び、変異型IARSタンパク質をコードするmRNA(本明細書では、変異型IARSmRNAとも呼ぶ)等も、ウシ個体が子牛虚弱症候群の罹患個体であること、子牛虚弱症候群のキャリア個体であること、または、健常個体であることを診断するためのマーカーとして使用できる。
【0035】
また、子牛虚弱症候群に罹患したウシ個体、あるいは、子牛虚弱症候群のキャリアであるウシ個体において、IARS遺伝子における機能欠失型変異に起因し、野生型IARSタンパク質の発現量が、健常個体と比較して低下しているか、無くなっている場合には、野生型IARSタンパク質、及び、野生型IARSタンパク質をコードするmRNA(本明細書では、野生型IARSmRNAとも呼ぶ)等も、ウシ個体が子牛虚弱症候群の罹患個体であること、子牛虚弱症候群のキャリア個体であること、または、健常個体であることを診断するためのマーカーとして使用できる。
【0036】
なお、野生型IARSタンパク質とは、野生型IARS遺伝子によってコードされるタンパク質である。野生型IARSタンパク質は、配列番号3のウシIARSタンパク質、及びそのホモログ、並びに、配列番号3のウシIARSタンパク質またはそのホモログにおいて、アミノ酸の置換、挿入、欠失などが生じているタンパク質であって、ウシ個体内で、そのタンパク質をコードするIARS遺伝子の発現が失われた場合に子牛虚弱症候群を引き起こすIARSタンパク質を指す。
【0037】
==マーカーを用いた診断方法==
これらのマーカーを用いて、以下のように、ウシ個体が子牛虚弱症候群の罹患個体であること、子牛虚弱症候群のキャリア個体であること、または、健常個体であることを診断することができる。
【0038】
ウシ個体が、子牛虚弱症候群の罹患個体であること、子牛虚弱症候群のキャリア個体であること、または、健常個体であることは、まずウシ個体からゲノムDNAを単離し、その単離されたゲノムDNAについて、IARS遺伝子が機能欠失型変異を有する変異型IARS遺伝子であるか否かを調べることで診断できる。すなわち、(1)機能欠失型変異を有するIARS遺伝子の存在に関わらず、野生型IARS遺伝子を有しない場合、その個体は子牛虚弱症候群の罹患個体であると診断でき、(2)変異型IARS遺伝子と野生型IARS遺伝子を有する場合、その個体は子牛虚弱症候群のキャリア個体であると診断でき、(3)野生型IARS遺伝子を有し、機能欠失型変異を有するIARS遺伝子を有しない場合、健常個体であると診断できる。ここで、IARS遺伝子が機能欠失型変異を有するか否かを調べる方法は特に限定されず、例えば、IARS遺伝子の塩基配列を決定してもよく、変異部位を含む適当なDNA断片をプローブに用いるハイブリダイゼーション法、あるいは、既知である特定の塩基置換を検出する場合には、RFLP法などを利用してもよい。
【0039】
特に、機能欠失型変異が、ウシIARS遺伝子のcDNA(配列番号1)の306番目の塩基におけるGからCへの変異である場合、PCRを用いて、当該塩基を含むゲノムDNA断片を増幅し、得られたDNA断片に対して制限酵素であるHincIIを反応させ、PCR産物が切断されるかどうか調べてもよい。この場合、当該塩基がGからCに変異している場合にはPCR産物がHincIIで切断されないが、変異していない場合にはHincIIで切断されるため、当該塩基が野生型か変異型かを容易に決定することができる。例えば、酵素で切断後のPCR産物を、電気泳動で分離し、HincIIで切断されたPCR産物のみが検出される場合、その個体は、子牛虚弱症候群のキャリアでなく罹患もしていない健常個体であり、HincIIで切断されないPCR産物とHincIIで切断されたPCR産物とが検出される場合、その個体は子牛虚弱症候群のキャリア個体であり、HincIIで切断されないPCR産物のみが検出される場合、その個体は子牛虚弱症候群の罹患個体であると診断できる。
【0040】
あるいは、ウシ個体が子牛虚弱症候群に罹患していることは、そのウシ個体の組織における、野生型IARSタンパク質、または、野生型IARSmRNAの発現を調べることによって診断してもよい。組織は、例えば、胸腺、肺、膵臓、子宮、神経、腎臓、肝臓、大脳、小脳、脾臓、胃、盲腸、直腸が挙げられるが健常個体において野生型IARSタンパク質、または、野生型IARSmRNAが発現している組織である範囲で制限されない。その結果、野生型IARSタンパク質、または、野生型IARSmRNAの発現が検出されない場合には、その個体は、子牛虚弱症候群に罹患していると診断することができる。
【0041】
また、ウシ個体が、子牛虚弱症候群のキャリア個体であることは、そのウシ個体の組織において、野生型IARSタンパク質と変異型IARSタンパク質、または、野生型IARSmRNAと変異型IARSmRNAの発現を調べることによって診断してもよい。組織は、例えば、胸腺、肺、膵臓、子宮、神経、腎臓、肝臓、大脳、小脳、脾臓、胃、盲腸、直腸が挙げられるが、健常個体において野生型IARSタンパク質、または、野生型IARSmRNAが発現している組織である範囲で制限されない。その結果、野生型IARSタンパク質と変異型IARSタンパク質、または、変異型IARSmRNAと野生型IARSmRNAが両方とも検出された場合には、そのウシ個体は、子牛虚弱症候群のキャリア個体であると診断することができる。
【0042】
なお、野生型IARSタンパク質、または、野生型IARSmRNAの発現が検出され、変異型IARSタンパク質、または、変異型IARSmRNAの発現が検出されない場合には、そのウシ個体は、子牛虚弱症候群のキャリア個体または健常個体であると診断することができる。
【0043】
ここで、タンパク質、またはそのタンパク質をコードするmRNAの発現の検出方法は、野生型IARSタンパク質または変異型IARSタンパク質、あるいは、野生型IARSmRNAまたは変異型IARSmRNAを特異的に検出できる方法であればよく、タンパク質やmRNAの全長を検出する方法であっても、一部を検出する方法であってもよい。検出方法は、当業者に周知の方法を適宜用いればよく、mRNAであればノザンブロット法や逆転写PCR法、タンパク質であれば特異的抗体を用いたウエスタンブロット法やELISA法などが例示できる。
【0044】
このようにして、ウシ個体を診断することにより、現段階で外見的には正常であっても、子牛虚弱症候群を発症するであろう罹患個体を特定できる。また、子牛虚弱症候群のキャリア個体は、表現型として虚弱症状が認められないが、以上の診断方法によってキャリア個体を同定し、キャリア個体を交配集団から隔離あるいは除去したり、キャリア個体同士を交配させないようにしたりすることによって、子牛虚弱症候群の罹患個体が発生することを未然に防ぐことが可能である。
【0045】
==子牛虚弱症候群の原因となる機能欠失型変異を特定する方法==
子牛虚弱症候群に罹患したウシ個体、または、子牛虚弱症候群のキャリアであるウシ個体において、IARS遺伝子の塩基配列の一部、または、全部を決定し、得られた塩基配列を、野生型IARS遺伝子の塩基配列と比較し、IARS遺伝子に機能欠失型変異が存在するか否かを決定することにより、そのウシ個体の子牛虚弱症候群の原因がIARS遺伝子にあるかどうか、また、そのウシ個体の子牛虚弱症候群の原因がIARS遺伝子にある場合、どのような変異が原因になっているのかを調べることができる。
【0046】
例えば、子牛虚弱症候群の罹患個体、または、子牛虚弱症候群のキャリア個体において、IARS遺伝子に変異が存在し、その変異が機能欠失型変異である場合には、そのウシ個体の子牛虚弱症候群はIARS遺伝子の変異に起因するものであると判定することができる。
【0047】
この方法によって決定された機能欠失型変異を含む、IARS遺伝子の一部または全部を有する単離されたポリヌクレオチドは、ウシ個体が子牛虚弱症候群の罹患個体であること、子牛虚弱症候群のキャリア個体であること、または、健常個体であることを診断するためのマーカーとして使用できる。
【0048】
==キット==
本発明のキットは、ウシ個体において、子牛虚弱症候群に罹患していること、または、子牛虚弱症候群のキャリアであることを診断するためのキットであって、IARS遺伝子の一部または全部を有する単離されたポリヌクレオチドにおいて、IARS遺伝子の機能欠失型変異を含む領域を増幅するためのプライマーペアを含む。
【0049】
増幅に用いるプライマーとしては、上記の機能欠失型変異を含むDNA断片を増幅できるものであれば、特に限定されない。例えば、15〜50個、好ましくは15〜35個のヌクレオチドを含有するものが挙げられるが、配列番号4または5のプライマーであってもよい。
【実施例】
【0050】
[実施例1] 本実施例では、ウシIARS遺伝子における機能欠失型変異を検出することにより、その個体が子牛虚弱症候群に罹患していること、または、子牛虚弱症候群のキャリアであることを診断できることを示す。
【0051】
子牛虚弱症候群のキャリアである黒毛和種の種雄牛1個体の産子について、子牛虚弱症候群を発症している黒毛和種15個体、表現型が正常な黒毛和種146個体、及び、ランダムに選択した表現型が正常な黒毛和種1451個体(東京芝浦の屠場及び大阪南港の屠場より入手)の腎周囲脂肪組織から、フェノール/クロロフォルム法によりDNAを単離した。このDNAを鋳型とし、下記のプライマーペア(配列番号4、5)を用いたPCR法によって、IARScDNA(配列番号1)の306番の塩基を含む392bpの領域を増幅し、塩基配列を決定した。プライマーの塩基配列について、配列番号4のIARS-Fと配列番号5のIARS-RはそれぞれIARS遺伝子のエクソン部分とイントロン部分に相補的である。
IARS-F:TTACCTTCTA TGATGGGCCT C(配列番号4)
IARS-R:TTAACATCCC TGCCCTATGA C(配列番号5)
【0052】
その結果、表現型が正常な146個体のIARS遺伝子において、IARScDNAの306番目に対応する塩基がCのホモ接合である個体は認められず、Gのホモ接合である個体が71個体、GとCのヘテロ接合である個体が75個体であった。また、子牛虚弱症候群を発症している15個体のIARS遺伝子において、IARScDNAの306番目に対応する塩基がCのホモ接合である個体は13個体であり、Gのホモ接合である個体が1個体、GとCのヘテロ接合である個体が1個体であった。また、ランダムに選択した表現型が正常な黒毛和種1451個体のIARS遺伝子において、IARScDNAの306番目に対応する塩基がCのホモ接合である個体は認められず、Gのホモ接合である個体が1233個体、GとCのヘテロ接合である個体が218個体であった。
【0053】
このように、IARS遺伝子においてIARScDNAの306番目に対応する塩基がCのホモ接合の場合、その個体は100%の確率で子牛虚弱症候群に罹患し、発症している。
【0054】
[実施例2] 本実施例では、実施例1に記載のIARS遺伝子における機能欠失型変異が、脊椎動物全般で保存されるアミノ酸残基の置換を引き起こすものであること、そして、このアミノ酸置換がIARSタンパク質の機能を欠失させることを示す。
【0055】
図1に示すように、ヒトから魚類まで、ウシIARSタンパク質(配列番号3)の79番目に対応するアミノ酸はバリンであり、保存されている。また、このアミノ酸残基の周辺領域のアミノ酸配列も高度に保存されている。この事実は、IARSタンパク質が正常に機能するために、このポリペプチド領域が不可欠な領域であることを示している。
【0056】
PolyPhen-2(Adzhubei et al., Nat. Methods 7(4), 248-249, 2010, http://genetics.bwh.harvard.edu/pph2/)によってIARSタンパク質を解析した結果、ウシIARSタンパク質の79番目のアミノ酸であるバリンからロイシンへの変異が有害であると判定された(スコア=1,PROBABLY DAMAGING)。この結果は、ウシIARSタンパク質の79番目のバリンからロイシンへの変異によってIARSタンパク質の正常な機能が失われることを示している。
【0057】
[実施例3] 本実施例では、ウシの広範囲な組織において、IARS遺伝子が発現していることを示す。
【0058】
表現型が正常な黒毛和種の大脳、小脳、胸腺、心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓、脾臓、骨格筋、舌、食道、第1胃、第2胃、第3胃、第4胃、十二指腸、回腸、直腸、盲腸、子宮、卵巣(図2)からmRNAを単離し、cDNAを合成した。各組織におけるIARS遺伝子の発現量を調べるため、このcDNAを鋳型とし、下記のプライマーを(配列番号6〜8)用いて定量PCR(Applied Biosystems製 7900HT Sequence Detection System)を行った。
プライマーF:GGCTTACCCACCAAGGTCTTC(配列番号6)
プライマーR:CACAGTCTTCGTATTCAAAGTCTTC(配列番号7)
蛍光標識プライマー:ATGAAGCTGCCAAGATGTTTGGCCTCC(配列番号8)
【0059】
図2に示すように、IARS遺伝子はウシの広範囲な組織で発現していた。中でも、胸腺、肺、膵臓、子宮、卵巣では、発現が高かった。
【0060】
この結果は、ウシ個体が子牛虚弱症候群に罹患しているか否かを診断するために、表現型が正常な個体でIARS遺伝子が発現しているこれらの組織において、野生型IARSmRNAの発現、あるいは、変異型IARSmRNAの発現を調べることにより、そのウシ個体が子牛虚弱症候群の罹患個体であること、または、子牛虚弱症候群のキャリア個体であることを診断できることを示している。
【0061】
[実施例4] 本実施例では、ウシIARS遺伝子における機能欠失型変異の有無をRFLP法により検出し、その個体が子牛虚弱症候群の罹患個体であること、または、子牛虚弱症候群のキャリア個体であることを診断できることを示す。
【0062】
実施例1に記載の子牛虚弱症候群のキャリアである黒毛和種の種雄牛1個体の産子の中で、子牛虚弱症候群の発症個体2個体、キャリア個体1個体、及び、健常個体2個体の血液(抗凝固剤としてEDTA、ヘパリンを含む)から、自動核酸分離装置NA-1000(クラボウ社製)を用いてゲノミックDNAを調製した。このゲノミックDNAを鋳型とし、プライマー(配列番号4、5)を用いてPCRを行い(Ex-Taq polymerase(タカラバイオ社製)を使用、94 ℃で1分間、60 ℃で1分間、72 ℃で1分間からなる工程を1サイクルとした35サイクル反応)PCR産物を得た。このPCR産物を制限酵素HincIIを用いて消化した後、1.5%アガロースゲル(1 x TBE)を用いた電気泳動に供してDNA断片を分離し、泳動後のゲルをエチジムブロマイド染色した。なお、プライマーの塩基配列について、IARS-FとIARS-RはそれぞれIARS遺伝子のエクソン部分とイントロン部分に相補的である。
【0063】
ここで、発症個体では両方のアリルで、キャリア個体では一方のアリルで機能欠失型変異が生じている。この機能欠失型変異は、IARS遺伝子のコード領域の306番目の塩基におけるGからCへの変異であり、アミノ酸置換を引き起こす変異である。PCRにより増幅された増幅断片において、この変異を有する場合はHincIIで切断されるが、この変異を有さない場合はHincIIで切断されない。
【0064】
図3に示すように、発症個体では、PCR産物がHincIIで切断されず392bpのバンドだけが検出された(レーン2、3)。一方、表現型が正常であるキャリア個体と健常個体について、PCR産物がHincIIで切断され、276bp、及び116bpのバンドが検出された健常個体(レーン4、6)と、PCR産物がHincIIで切断された276bp、及び116bpのバンドと、HincIIで切断されない392bpのバンドの両方が検出されたキャリア個体(レーン1、5)とが判別できた。
【0065】
このように、IARS遺伝子のコード領域の306番目の塩基のGからCへの変異を調べることで、その個体が子牛虚弱症候群の罹患個体であること、子牛虚弱症候群のキャリア個体であること、または、健常個体であることを診断できる。
図1
図2
図3
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]