【実施例】
【0018】
チタン系Mo吸着剤(PTC)の合成
従来のMo吸着剤であるPZCと同等のMo吸着能を有する、塩素フリーのチタン系Mo吸着剤(PTC)の開発を行った。PTC系Mo吸着剤では、Moの吸着は、PZCではZr-Cl結合部分が吸着サイトと推定されているように、Ti-有機基が吸着サイトと考えられる。つまり、Mo吸着量は用いる有機物の性質に依存し、また、Ti-有機基の量に比例して質量当りの吸着部位が増加すると予想される。そこで、分子構造の異なる4種類の有機基を分子内に有する吸着剤を合成することとした。
【0019】
本実施例においては、第1工程において、チタニウムテトライソプロポキシドを原料として、少なくとも一つのイソプロポキシ基を、エトキシ基等で置換させた。
【0020】
次の第2工程においては、残ったイソプロポキシ基をあるいは置換されたエトキシ基を優先的に加水分解縮合させて高分子ポリマーを合成した。詳細には、易加水分解性有機基を選択的に少しずつ加水分解させながら、優先的に鎖状ポリマーを合成した。この際、急激な加水分解を防ぐ為に、2-プロパノールで2倍以上に希釈して加えた。この工程では更に、0.1-0.01molの塩酸を加えることによって、加水分解の速度を制御し遅くした。
【0021】
最後の第3工程においては、縮合を促進させながら溶媒を除去した。詳細には、30℃以上から90℃の間の適当な温度で、エバポレーターを用いて減圧下で加熱しながら縮合を促進させしながら溶媒を除去した。その後、篩い分けしてMo吸着剤(PTCβ)とした。
【0022】
PTCβ系Mo吸着剤の合成(表1)
Mo吸着条件は、Mo吸着剤0.5gを用い、これにMo溶液(pH4、Mo溶液濃度15g/l)を10ml加え、90℃、3hで行った。PTCβ:Prは、チタニウムテトライソプロポキシドのイソプロポキシ基を部分的に加水分解縮合して合成した。PTCβ:Etは、側鎖をエトキシ基に置換し、残りを加水分解することで合成した。PTCβ:Buは、側鎖をブトキシ基に置換し、残りを加水分解することで合成した。PTCβ:Bu1とPTCβ:Bu5は、側鎖に置換するブトキシ基の量の影響を確認する為に合成した。PTCβ:Bu3とPTCβ:Bu4は、最終合成温度の異なる条件下で、側鎖に置換するブトキシ基の量の影響を確認する為に合成した。PTCβ:Bu2とPTCβ:Bu3は、加水分解に使用する水量の影響を確認する為に合成した。PTC β:Bu5とPTCβ:Bu6とPTCβ:Bu7は、最終合成温度の異なる条件下で、使用する水量の影響を確認する為に合成した。PTCβ:Hexは、側鎖の一部をヘキソキシ基に置換し、残っているイソプロポキシ基から加水分解縮合することで合成した。PTCβ:Lは、側鎖を3-オキソブタン酸エチルの配位に置換し、残りを加水分解することで合成した。PTCβ:L1の合成に用いたH
2O量は、0.4molの側鎖を置換した際に、加水分解で吸着剤化する為に使用した水の量を示している。PTCβ:L2の合成に用いたH
2O量は、2molの側鎖を置換した際に、加水分解で吸着剤化する為に使用した水の量を示している。PTCβ:L+Buは、側鎖を3-オキソブタン酸エチルの配位とブトキシ基に置換し、残りを加水分解することで合成した。表中のmolは、Tiに対するmol比である。以下同様とする。
【0023】
【表1】
【0024】
表1の結果から、次のことがわかった。
・側鎖に付加させる有機物量、最終合成温度の組み合わせが重要である。
・側鎖として導入した有機置換基の量を考慮してMo吸着性能を評価した場合、すなわち、Mo吸着剤から完全に有機物をはずしたMo吸着剤に対してMo吸着量を推定した場合、吸着性能は、同様にClを完全にはずしたPZCの2倍程度であることが分かった。
・側鎖として残す有機物の種類によって、加水分解速度が制御できる。
・側鎖に付加させた有機物は、最終合成温度により、付加量が変化する。
・有機物置換に使用する有機物量は、炭素数が2-10個の範囲が最適である。
ここで、3-オキソブタン酸エチルの炭素数は6個であり、実験結果から、アルコール系でもヘキシルアルコールより大きいものは疎水性が大きくなり、水溶液中に浸漬、あるいは粒子内にMo水溶液の浸透が困難になる、及び、アルコールの除去が困難になるため、現実的には6個までが好ましい。
・加水分解に使用する水量は、1-3molの範囲が最適である。
・付加させる有機物の種類は2種類以上でも良い。
【0025】
PTCのMo吸着性能を向上させる為の検討
生体内で利用するTc
99mを生成することが目的あるMo吸着剤において、有機物が混入することは好ましくない。そこで、PTCβの第3工程後にMo吸着剤から有機物を除去することで、有機物を含まないMo吸着剤とすることができる。Mo吸着剤を大量の水と反応させ、30℃から90℃の間で加熱する。その後、篩い分けしてPTC系Mo吸着剤とした(第4工程)。有機物除去において、吸着性能の低下を防ぐために、30℃から90℃、好ましくは出来るだけ室温に近い低温で処理し、有機物が外れて生成されたOHを残すようにすることが好ましい(後述の表2を参照)。
【0026】
また、第2工程において塩酸によって加水分解速度を制御し遅らせることで、吸着剤の性能を制御することができる。ゆっくりと高分子化させたMo吸着剤(表1)の比較として、加水分解速度の制御のために加えていた塩酸を使用せず、同様の手順によりMo吸着剤(PTCγ)を合成した(後述の表3を参照)。PTCβ同様に、PTCγについても、水処理した際の性能を確認した。
【0027】
Mo吸着剤の性能評価
Mo吸着剤の吸着性能は、Mo溶液の濃度に依存するため、合成したMo吸着剤の中でも特に吸着性能の高いものを選択し、Mo吸着剤の限界Mo吸着量を確認した(後述の表4を参照)。
【0028】
性能の向上を目的としたPTCβ系Mo吸着試験(表2)
Mo吸着条件は、Mo吸着剤0.5gを用い、これにMo溶液(pH4、Mo溶液濃度15g/l)を10ml加え、90℃、3hで行った。PTCβ:Bu3とPTCβ:Etは表1のものを使用した。PTCβ:BuH25は、室温で24-72時間水中に静置して有機物を取り除いた。PTCβ:BuH90aは、PTCβ:Bu3を大量の水の中に入れて、90℃で3時間加熱し、90℃で乾燥させた。PTCβ:BuH90bは、PTCβ:Bu3を大量の水の中に入れて、90℃で3時間加熱し、Mo吸着を行う寸前まで水中で保存した。PTCβ:BuH50は、PTCβ:Bu3を大量の水の中に入れて、50℃で3時間加熱し、Mo吸着を行う寸前まで水中で保存した。PTCβ:EtH90aは、PTCβ:Bu3を大量の水の中に入れて、90℃で3時間加熱し、90℃で乾燥させた。PTCβ:EtH25は、室温で24-72時間静置して有機物を取り除いた。PTCβ:EtH90bは、PTCβ:Bu3を大量の水の中に入れて、90℃で3時間加熱し、Mo吸着を行う寸前まで水中で保存した。PTCβ:EtH50は、PTCβ:Bu3を大量の水の中に入れて、50℃で3時間加熱し、Mo吸着を行う寸前まで水中で保存した。
【0029】
【表2】
【0030】
表2の結果から、次のことがわかった。
・有機物を外す為の水処理温度、乾燥と保存条件が重要である。
・有機物を外したMo吸着剤は、水中保存が最適である。
【0031】
性能の向上を目的としたPTCγ系Mo吸着試験(表3)
Mo吸着条件は、Mo吸着剤0.5gを用い、これにMo溶液(pH4、Mo溶液濃度15g/l)を10ml加え、90℃、3hで行った。PTCγ:Bu1は、側鎖をブトキシ基に置換し、残りを加水分解することで合成した。PTCγ:Bu1とPTCγ:Bu2は、側鎖に置換するブトキシ基の量の影響を確認する為に合成した。PTCγ:BuH90は、PTCγ:Bu1を大量の水の中に入れて、90℃で3時間加熱し、90℃で乾燥させた。PTCγ:BuH50は、PTCγ:Bu1を大量の水の中に入れて、50℃で3時間加熱し、Mo吸着を行う寸前まで水中で保存した。ここで、PTCγとは、塩酸を使用しない系のPTCである。そのようなMo吸着剤の性能試験結果を表3に示す。
【0032】
【表3】
【0033】
表3の結果から、次のことがわかった。
・塩酸を使用しないことで、Mo吸着剤の高性能化できる。
【0034】
有機物を含まないPTCの評価
フーリエ変換型赤外分光(FT-IR)を用いて、残存有機物量の違いから、PTC系Mo吸着剤に付加した有機物が外れていることを確認した。測定条件は、400-4000cm
-1、積算回数300、透過測定で行った。その結果を
図1に示す。
図1の結果から、有機物が外れていることが確認できた。つまり、今回採用した方法によって、有機物がすべて外れることが確認で
図1の測定では、PTCβ:Bu3とPTCβ:BuH90bが用いられた。1650-1750cm
-3と3000-3500cm
-3において確認できるピークは、O-Hを示す。400-800cm-3において確認できるピークはO-Tiを示す。2600-2800cm
-3において確認できるピークは、C-Hを示す。また、1050-1250cm
-3において確認できるピークは、C-O、C-Hを示す。
【0035】
PTCの元素比の確認
PTCの元素比を確認する為に、即発γ線分析を用いてPTCの元素比(Ti、Mo)を確認した。即発γ線分析の検出ピークは、778keV、787keV、849keVを選択した。比較の為に、PZCの元素比(Zr、Mo)も確認した(後述の表6を参照)。
【0036】
即発γ線分析による元素比(表4)
ピークの判定基準は、積算回数の高さと誤差の少なさを使用した。Moは778keVのピークを使用した。Tiは1382keVのピークを使用した。Zrは934keVのピークを使用した。サンプルは、Mo吸着試験により、Mo吸着量が判明しているものを使用した。
【0037】
【表4】
【0038】
メタル系Mo吸着剤のMo吸着メカニズム解明
Mo吸着メカニズムを解明する為に、pH変化に注目した。方法としては、pH変化からどのような化学反応によってMoが吸着しているのかを推定した。メカニズム解明にあたり、PTCβ:Buを使用した。まずは、原料であるチタンテトライソプロポキシド 0.5gを10mlの水(pH5.56)の中に添加して、pHを測定した。
【0039】
水のpHはpH2.1を示した。この結果から、水の中で加水分解されたMo吸着剤は、側鎖に結合していた有機物が外れ、OH基に置換され、その結果O-Hの解離により水溶液中のH
+が増えたことで水溶液のpHが低下したと考えられる。この結果から、Mo吸着剤はMo吸着過程で、まず加水分解され、Mo吸着剤中に多量のOH基を生成すると考えられる。
【0040】
以上の結果から、PTC系Mo吸着剤は、加水分解で生成した水酸基がMo吸着サイトとなり、化学的にMoが吸着することが推定される(
図2)。理想的には(1次元鎖状ポリマーであれば)、Ti 1molに対して、1molのMoが吸着することになる。実際には、1次元鎖状ポリマーではなくゲル化させるために3次元架橋ポリマー化されており、Ti原子上の吸着サイトは1箇所であり、したがってTi 1molに対して、0.5mol程度のMo吸着が理想的な上限値となる(γ線即発分析ではこの結果が支持されている(次の表5を参照))。
【0041】
【表5】
【0042】
また、有機置換基を吸着サイトとして有しているMo吸着剤は、密封容器のような水が限りなく少ない場所、OH基を吸着サイトとして有しているMo吸着剤は、水中での保存が最適ということがわかった。
【0043】
図2において、Xは3-オキソブタン酸エチルの配位、1-ブトキシ基、エトキシ基の少なくとも一つ (a) Ti系Mo吸着剤の有機物が水酸基に置換され、その水酸基が外れる際、Tiの1つとMoO
42-の1つが結合する。そして、Mo 1molに対してTi 2molが結合する形で安定化する。この時、有機物が外れた時に生じた[H+]イオンによってpHが下がる。また、Moが結合した際に生じた[OH-]イオンによってpHが上がる。(b) Ti系Mo吸着剤の水酸基は、水溶液中でTiに結合したままの水酸基として在している。その為、Ti系Mo吸着剤を水溶液中に入れて保存することによって、水酸基は維持される。この時、有機物が外れた時に生じた[H+]イオンによってpHは下がる。(c) Ti系Mo吸着剤を水の少ない場所に置いておくと、ゆっくりと加水分解が進行し、水酸基が残らずに、Tiの高分子化が進行する。その為、Ti系Mo吸着剤のMo吸着性能が低下する。
【0044】
PTCの耐久性を向上させる為の検討
Mo吸着性能を向上させたPTC:γ系は、PTC:β系に比べてやや粉化しやくす、耐久度が低いと言う問題点がある。そこで、他のメタル系とのハイブリット吸着剤を作製し、それぞれのハイブリッド吸着剤の性能を確認した(後述の表8を参照)。その際、Tiの側鎖には1-ブタノールを付加させた。
【0045】
他の金属とハイブリッド化したMo吸着剤の比較(表6)
PTCε:Alに用いたAlの原料アルミニウムエチルアセトアセテート・ジイソプロピレートは、3価の側鎖の2つにイソプロポキシ基をもち、1つにエチルアセトアセテート(3-オキソブタン酸エチル)をもつ。Alのプロポキシド基とTiのプロポキシ基が鎖状構造を形成する形で分子設計を行い、残ったエチルアセトアセテートをMo吸着サイトとした。PTCε:Siに用いたSiの原料であるシリコンテトラエトキシドは、4価の側鎖のそれぞれにエトキシ基をもつ。Siのエトキシ基とTiのプロポキシ基が鎖状構造を形成する形で加水分解縮合させ、残りをMo吸着サイトとした。PTCε:Zrに用いたZrの原料であるジルコニウムテトライソブトキシドは、4価の側鎖のそれぞれにブトキシ基をもつ。Zrのブトキシ基とTiのプロポキシ基を鎖状構造に形成する形で加水分解縮合させ、残りをMo吸着サイトとした。このMo吸着剤を合成する際の加水分解では、塩酸を0.01mol混合した水を使用した。
【0046】
【表6】
【0047】
表6の結果から、次のことがわかった。
・他のメタル系と組み合わせても、それぞれのメタルに吸着するMo量はほとんど変化しない。
・AlやSiと組み合わせたMo吸着剤は、PTC:γ系に比べて粉化し難い。
・Zrと組み合わせたMo吸着剤は、PTC:γ系に比べて粉化しやすくなった。
【0048】
PTC系の合成方法を用いたメタル系Mo吸着剤の合成
今回の実験にあたっての予備検討として、PTCβ系の合成方法を用いた他のメタル系Mo吸着剤を合成し、性能試験を行った(後述の表9を参照)。
【0049】
他のメタル系Mo吸着剤との比較
Mo吸着条件は、Mo吸着剤0.5gを用い、これにMo溶液(pH4、Mo溶液濃度15g/l)を10ml加え、90℃、3hで行った。PTCβ:Prは、側鎖にイソプロポキシ基を残し、残りを加水分解することで合成した。PZCβ:Buは、側鎖にブトキシ基を残し、残りを加水分解することで合成した。PACβ:Kは、側鎖にエチルアセトアセテートを残し、残りを加水分解することで合成した。PSiCβ:Etは、側鎖にエトキシ基を残し、残りを加水分解することで合成した。
【0050】
PTCの性能試験
今回の実験にあたっての予備検討として、PTCβ系を使用してpH変化(
図3)、時間変化(
図4)、濃度変化(
図5)に示した。合成しやすいという理由から、PTCβ:Bu を使って検討した。
【0051】
図3に示されたMo吸着量に与える溶液pHの影響から理解されるように、
図1に示した試験結果から、pH変化はpH5以下であれば、飽和吸着量に達することが分かった。また、
図4に示されたMo吸着量に与える吸着時間の影響から理解されるように、Mo吸着時間は3時間以上であれば、飽和吸着量に達することが分かった。さらに、
図5に示されたMo吸着量に与えるMo溶液濃度の影響から理解されるように、
図2に示した試験結果から、Mo溶液濃度は15mg/l以上であれば、ほぼ飽和吸着量に達することが分かった。
【0052】
性能試験の一環として、1一ブタノールで置換したPTC系Mo吸着剤(PTCβ一Bu)について、中性子照射したMoO
3粉末を用いた試験を行いMo(
99Mo)吸着特性及び
99mTc溶離特性を調べた。比較のため、PZCのMo(
99Mo)吸着特性及び
99mTc溶離特性も調べた。それらの結果を
図6を参照して説明する。
【0053】
研究炉で中性子照射したMoO
3粉末を溶解したMo(
99Mo)溶解液を使用して試験した。15mLの20g/L-Mo溶液中に吸着剤1.Og添加し3時間約90度で吸着操作した。吸着操作後、吸着剤を洗浄しカラム充填した。洗浄液及びカラム充填液中のMo(
99Mo)量を測定し、吸着剤1gに対するMo(
99Mo)吸着量を計算した。この結果、PTCβ一Buは193mg-Mo(
99Mo)/g一吸着剤、PZCは260.8mg-Mo(
99Mo)/g一吸着剤であった。
【0054】
99mTc溶離特性調査として、上記のカラム充填吸着剤を使用し、計2回溶離試験した。1回目は、吸着剤を充填後23時間経過したカラムに生理食塩水L5ml×10回通液し、
99Moから生成した
99mTcを溶離した。このときの溶離曲線を
図6の(a)及び(b)に示す。2回目は、1回目の溶離操作後23時間経過したカラムに生理食塩水1.5m1×10回通液し、
99Moから生成した
99mTcを溶離した。このときの溶離曲線を
図6の(c)及び(d)に示す。この結果、PTCβ一Buは平均で約95%の溶離率が得られ、PZCは平均で約55%の溶離率が得られた。溶離曲線からも分かるように、PTCβ一BuはPZCに比べ溶離率が高く非常に少ない量の溶離液により
99mTcを溶離出来た。